アリウス自治区へと続く地下通路。普段は静寂に包まれている筈のその場所に、今日に限っては大勢の人影があり──銃撃の音が響いていた
「おい、何であいつがいるんだ!?」
「数年前にいなくなった筈だろ!?何で───」
「──ウロボロスの蛇が!?」
壁の中に触手を通し、邪魔をするアリウス生の真横の壁から出現させて銃を破壊。そのまま触手の打撃で気絶させる
「走れ!」
銃弾飛び交う中、最短距離で自治区を目指す。目標は自治区にいるヒヨリとミサキ。まずはその二人と合流する必要がある
「邪魔だ──!」
サオリの正確無比な射撃が敵を撃ち抜いていく。流石、腕前は衰えていないようだ
足に纏わせた触手をバネにして跳躍。狙いを外す事なく、ハンドガンを相手の頭に向けて引き金を引く
「サオリ!相手してられないから無理矢理突っ切る!」
「分かった!」
サオリを抱えるように持ち、触手のバネを利用して一気に加速する。触手を弾除けに利用し、強引に突破していく
やがて地下通路を脱出し、自治区へと到達した
「この触手、物置みたいな事もできるんだよな」
以前触手の中に取り込んでおいた催涙ガスを取り出し、地下通路の出口へと放り投げる。これで後ろは大丈夫
「……後は前だな」
数年ぶりの自治区に想いを馳せる暇もなく、大勢のアリウス生が待ち構えていた。数は十人以上。全員武装している
「邪魔だって!」
触手を使い、道を埋めるほど巨大な狼の顔を作り出す。触手の射程ギリギリまで最高速で伸ばし、アリウス生達を殆ど吹き飛ばした
「っ……!」
「大丈夫か!?」
「俺はいい!早く行くぞ!」
かなり乱暴な使い方をしたせいで、少し疲れた。しかし構わず走り続ける。背後からも来ているが、振り切れる距離だろう
「撃ち漏らしか……!」
狼の射程範囲外に残っていた連中がこちらに銃を向ける。建物の上にはスナイパーライフルを持った奴もいる
「っ……!?」
悪寒を感じて背後を振り返った。正体は、建物の上にいるアリウス生──が持っている武器
「ロケットランチャー!?」
「何……!?」
ロケット弾はとっくに放たれていた。回避しようにも、サオリを抱えては爆発の範囲外に逃げられない。服の中にガソリンを持っている以上、火は致命的だ
俺が万全なら撃たれる前に対処できたのだろうが───
「舐めんな!」
──ロケット弾を、正面から素手で受け止める。弾の推進力を全力で抑え込んみ、その場で回転して投げ返した
着弾を音で確認し、空気の揺らぎから読んだスナイパーライフルの弾道をしゃがんで回避。そのまま触手のバネで高く飛び上がり、ハンドガンを連射した
一発も外さない。屋根上のスナイパーは全員倒れ伏した。残りは地上の撃ち漏らしだけ───
「地上は終わったぞ」
「よくやった」
撃ち漏らしは既にサオリが片付けてたらしい。少ししんどいが、休んでいる暇などない。一刻も早くヒヨリとミサキを見つけてアツコを救い出さなければ
「まだ来るか…!」
正面から複数のアリウス生が現れた。さっき程数は多くないが、それでもかなりの数だ。このままでは消耗戦になる
二人で銃を構えた瞬間───狙撃が、アリウス生達を次々と気絶させていった
「この狙撃……」
「あぁ……ヒヨリだ」
「ヒヨリだけじゃないよ」
──────────────────
「うわぁん!マダムに逆らってしまいました…もうおしまいですぅ……!」
「……変わってなくて安心した」
こうして言葉を交わすのは数年ぶりだが、ヒヨリもミサキも変わっていないように思えた
「……それで、何でイフがここにいるの?」
「私が頼んだ。姫を助ける為に、どうしてもイフの力が必要だった」
「……ふーん」
ミサキは俺の元まで歩いてくる。そして───
「えぇ!?」
「な──!?」
渾身の力で俺の頬を殴ってきた。防ぐつもりなんてない。まともに食らった俺は地面に倒れ込み、ミサキはその上に馬乗りになった
「ミサキ、何を──」
「黙ってて!」
有無を言わせぬ雰囲気に、二人は黙って見守るしかなかった。頬が痛むが、そんな事はどうでもいい。今はただ、ミサキの言葉を待つだけだ
「……私と一緒に死んでくれるんじゃなかったの?」
「……」
「何も言わずに離れて、その約束が果たせると思ってる?」
「……大人になって、ババアを殺さなきゃって思ったから。置いていった。……本当に悪かったと思ってる。約束、何個も破っちゃったな」
「……」
「でも、今は違う。先生に会って、やっと、自分の気持ちに整理がついたんだ。だから───」
「───もう一度だけ、信じてくれ」
ミサキの手が、ゆっくりと俺の顔に伸びる。殴られるのかと思ったが、ミサキの手は優しく、そっと、俺の頭に触れただけだった
「……言われなくても」
立ち上がったミサキが、俺に手を差し伸べてくる。その手を取って立ち上がる。それだけで充分だった
「……とりあえず、全員揃った事だし。さっさとアツコの所に向かう。アツコは何処にいる?」
「バシリカに居る。マダムもそこだろう」
「バシリカ……あの趣味の悪い教会か」
触手を突っ込まれたからよく覚えてる。ガキの頃、アツコとの時間の殆どをあそこで過ごしたのだ。忘れる訳がない
「……じゃあ急ごう」
止まっていられる時間はない。こうしている間にも追手は迫ってきている。全員で走り出した瞬間───無数の塵のようなものが集まり、人型をとった
一体だけじゃない、数えきれないほど大勢だ
「ユスティナ!?俺が権限を破壊した筈だろ!?」
「……一回でも持てば複製できるのかも」
「ガチの使い捨てじゃんお前ら……」
流石に数が多い。アリウス生も加わってくるとなると尚更だ。この場で全員相手にするのは難しい。元々あれは文字通り無限の戦力、相手にするの自体間違いなのだ
「退け!」
触手を伸ばしてユスティナ信徒を串刺しにする。そのまま勢いに任せて振り回し、壁に叩きつけた。見えている分はあらかた倒したが、それでも無限に湧いてくる以上キリがない
「…!また来ました!」
「もう追手が…!」
アリウス生も追加で到着し、挟み撃ちの形になってしまった。逃げ道は……ない
優先して倒すべきはいくらでも湧いてくるユスティナではなく、限りがあるアリウス生の方だと判断し───
横からの銃撃で、倒れていくアリウス生を目にした
「……誰だ?」
あの一瞬でかなり正確な射撃。アリウス生は一人残らず倒れた。建物の路地裏から出てきたそれの正体は──
「……みーつけた」
「お前……」
アリウス自治区の雰囲気に似合わない、白い制服に何処か浮ついた雰囲気。名前を忘れてしまった──約束の彼女
「……何しに来た」
「…あれ?何でイフ君がここにいるの?私はそこの──錠前サオリに用があるだけなんだけど」
ミ、ミ……駄目だ、どうやっても思い出せない
「目的を聞いてるんだよ。俺たちはアツコを助けに行かなきゃならん。手伝わないなら帰ってくれ」
「あはっ☆無理無理!逃がさないよ!だって───」
「───貴方達にだけ居場所が残されてるなんて許せないじゃん」
顔を伏せ、肩を振るわせる少女。やがて顔を上げた彼女の瞳には、涙が滲んでいた
「学園も……友達も……宝物も……帰る場所も……イフ君との約束も…私は全部失ったのに」
「何でイフ君がそっちにいるの?貴方達だけ救われるなんて許さない」
「私が失った分だけ、貴方達も失ってよ。そうじゃないと──不公平でしょう?」
「……ミ」
「黙れ。あいつの名前を言うなよ。言った瞬間に俺は帰る」
誰かに教えてもらったのでは駄目だ。自力で、彼女を思い出さなくては
「……俺もあんな感じだったのかな…後で謝っとこ」
「イフ、どうするの。ユスティナも来る。あいつを相手にするのは無理」
「……しょうがないか」
正直に言ってかなり疲れているし、少し危ないかもしれないが…やるしかない
「先行ってろ。あいつは俺が抑える」
「大丈夫なの?」
「信じろ」
「……行くぞ」
三人を逃し、彼女と正面から向き合う
彼女は泣いていた。俺の知っている笑顔は影も形も残ってない。ただそこにあるのは──抱えきれない程の悲しみと憎しみだ
「なん、で…?イフ君と戦いたい訳じゃないのに……どうして、私の邪魔をするの?復讐しちゃいけないの?」
「あぁ、駄目だ。お前のことは何とかするから、トリニティに戻ってろ」
「……ほんと、イライラする。私の名前も覚えてない癖に」
ハンドガンに弾を込め、戦闘の準備を整える
左目はよく見えない。左腕と右足は上手く動かない。万全なら彼女程度簡単にあしらえるが、今はそうもいかないだろう
なら──真正面から倒すしかない
「……7分だ」
「7分間だけ、相手してやる」