正直に言うと、彼女の現状を完全に考えていなかった。今の今まで精神的に限界だった──というのはただの言い訳か
アズサが補習授業部に入れられた理由に、俺自身が受けたあの仕打ちから容易に察する事ができるトリニティ生の陰湿な本性……クーデターを扇動した彼女に、それが向かない筈がなかったのだ
事実、彼女は全てを失ったと言った。自業自得と言えばそうかもしれないが、恐らくアリウスに利用されたんだろう。俺と同じく、トリニティにはもう居場所がない
「……いいから、早くトリニティに戻れよ。俺も同じだよ、化け物だなんだって退学求められてる。まだティーパーティーだからさ、全部終わったらお前の処分もいい感じにするから」
説得を試みるが、無駄だった。銃口を向けられ、仕方なくこちらも応戦の姿勢をとる
「……やっぱり、イフ君は優しいね。でも、そういう所が嫌い」
「元々そんなに好きじゃなかったろ」
「……本当に、割と好きだったよ」
今の俺に、新しくついた傷を治癒する力は残ってない。ミサイルでボロボロの体内と、動作不良を起こしている部位がいつまで経っても治らないのはそのせいだ
安静にしていれば治るんだろうが、それは無理な話。ミサキに殴られるだけなら大した傷でもないが……彼女に殴られでもするとまずいし、銃弾なんてもってのほか
「ッ───!」
全力で横に動いて銃弾を回避するも、思ったよりもギリギリで、脇腹を掠めてしまった。この程度ならまだセーフだが、体力を温存して速度を抑えていてはいずれやられる事になるだろう
だが、彼女相手に消耗しすぎる訳にもいかない。ならどうすればいいのか?簡単だ
銃を使わせなければいい
「ッ──!?」
彼女の元へ全力疾走する。彼女はそう凝った動きはしない。動き続けていれば狙いは定めづらいし、撃った後は装填が必要だ。その隙を突けば、今の俺でも勝機はある
「くっ……!」
彼女が俺に向かって二発目を撃つ。それを紙一重で回避し、一気に距離を詰めていく。俺が近づくにつれ、彼女の表情は焦りの色を見せ始めた
ハンドガンを取り出し、それを殴るように腹部に当て、打撃と銃撃を同時で行う。戦闘時の彼女がどれほどのものなのか知らないが、これは流石に───
「ッ─!」
「おいマジか!?」
全ての痛みとダメージを無視し、俺の顔面に拳を振り下ろす
「……なーんてね」
「え──」
想定内だ。殴ってくるなら狙うのはまず顔。避ける準備はできている。逆にその腕を掴んで、勢いに任せて背負い投げをしてやった
地面に叩きつけられた彼女の顔に、真上から肘鉄を叩き込もうとするが、紙一重で回避され、横になった俺に上から拳が振り下ろされる。狙いは変わらず頭だ
「狙いが甘い」
横にずれて回避し、逆立ちのような体勢を取って足で彼女の頭を挟んでそのまま頭から地面に叩きつける。地面にヒビが入り、砂埃が舞い──その中から拳が伸びた
「甘いって言ってんだろ」
腕で後ろに跳躍して拳を回避し、逆さになっている彼女の腹を思い切り蹴り飛ばした
「……痛」
「まだやるか?一対一ならお前なんてこの程度だぞ」
返事はない。ただ、こちらにゆっくりと歩いてくるだけだ
「……鏡みたいだ」
全てを無くして、復讐に縋るしかなかった彼女。全てを無くして、先生に縋るしかなかった俺。アツコを助けてアリウスを出ても、トリニティに俺と彼女の居場所はないだろう
……でも、彼女にはまだ残っている。俺にも、残っていたんだから
「まだ、残ってるものはあるよ」
「……?」
「ナギサも、セイアも、お前の事を想ってる。責任は全部俺が取るからさ、元はと言えば俺の不甲斐なさが招いた事だし。また皆でお茶飲もう」
「……本気で、全部元通りになると思ってるの?私は──私が奪われた分、スクワッドからも奪いたいだけ」
「…………」
わかっている。何もかも元通りは不可能だ。ここまで捻れて歪んだ以上、もう二度と戻ることはない。それでも俺は、彼女を救いたいと思っている
それが──大人の責任だ
「奪って、それで満足か?」
「……どういう意味?」
「サオリを──アリウススクワッドの結末を、お前が救われないものと定める事の意味を知った上で、お前はそれでも奪いたいと?」
「だから何言って───」
「俺も、お前も、サオリも同じなんだ。救われたいと願って、救われなくて、それでも諦めきれなかった。俺は大人になる事を、お前はアリウスとの和解を」
「それでも救われないから、周りを壊すしかなかった。皆平等に傷つく為に」
「でも、お前にも救いはあるよ。俺にもあったし、サオリにもある。お前だけ無いなんて、そんな悲しいことは無いだろ」
「……難しい事ばっかり。セイアちゃんみたい」
「お前な……」
俺じゃどうやっても無理──いや、そういうのは辞めたんだった
「サオリはとっくに気付いてる。お前に奪われる覚悟もできてる。でもそれじゃ駄目だ。自分は救われないと、口で言うならまだいい。でも行動に移した瞬間、もう取り返しはつかないぞ」
「……何、それ」
「サオリと会って話せ。銃は置いて、真っ向から向き合え」
「……馬鹿じゃないの?会ったら、私がサオリを殺しにかかるかもしれないじゃん」
「お前はやらないよ。そう信じてる」
「……裏切られたのに?」
「あぁ、裏切られたのにだ」
彼女の元に歩み寄り、手を伸ばす
「どうする?」
彼女は無言で手を取った
「……知らない間に、変わっちゃったね」
「……ありがとう」
「こっちの台詞だよ」
──────────────────
「……で、何であいつ連れてきたの」
「うわぁ…怒ってますねぇ……」
「そんなに怒らなくてもいいだろ」
スクワッドの皆と合流し、少し休める場所を見つけた。俺、ミサキ、ヒヨリは休憩。サオリは彼女と話している。勿論、銃は置いて
「しかもサオリ姉さんと二人にさせるとか……あの女絶対何かするでしょ」
「しないよ。絶対」
「……随分信頼してるんだね」
「うん、あいつはもう大丈夫。自分で気付けるよ」
「……………ふーん」
「痛い痛い」
脇腹をつねられつつ、失った体力を回復していく。正直、もう動きたくない
「……まぁいいか。あの女と戦うどころかこっちについてくれるならありがたいし」
「だろ?………はぁ」
「イフ兄さん、大丈夫ですか……?」
「大、丈夫……多分」
流石にミサイルでボロボロの身体に鞭打ちすぎたらしい。いつもよりも疲れているし、脇腹の傷が思ったよりも響いている
……掠っただけでこれか。もし直撃してたらと思うとゾッとする
「……隠してるね」
「ナニモカクシテナイヨ」
「お腹だして、包帯巻くから」
「最初から分かってたなお前」
綺麗な包帯を手際よく脇腹の傷に巻いていく。あの頃は包帯もぐちゃぐちゃだったのに、いつの間にこんなに上手くなったのか
「よし、終わり」
「……上手くなったな。自分でやってたのか?」
「そんなところ。休みなよ、私達で見とくから」
「そうさせてもらう……」
眠れるような状態ではない為、ぼんやりと空を見上げる。彼女がついてくれるなら心強い。ババア相手でも有利に戦えるだろう。問題は俺の方だが、まあ何とかするしかない
「……お、戻ってきた」
彼女とサオリが戻って来た。敵意を向けあってるようには見えない。彼女も、もうわかっているんだろう。自分の過ちも、これからどうすべきかも
「上手く行ったみたいで安心したよ。お帰り、二人とも」
「……あぁ、戻った」
「ただいま、イフ君」
上体を起こして二人を迎える。これでひとまず一難去った訳だ
「仲良くなったならもういいよ、さっさと行こ──!?」
「イフ君!」
移動しようと立ち上がって──視界が揺れる。地面に衝突する前に彼女が受け止めて、なんとか倒れずに済んだが、これは……
「イフ、お前……」
「ちょっと、立ち眩みしただけ。気にすんな」
「……嘘つかないで」
「だとしても、アツコを助けに行かなきゃいけないんだ。休んでる暇なんかないだろ」
「……イフが休むぐらいの時間はあるよ」
……正直に言えば、休みたい。でもそれは許されない
「大丈夫だって、俺は平気だから───」
「いい加減にして!!」
「────」
彼女の怒鳴り声に、思わず黙ってしまう。怒った彼女は何度も目にして来たが、ここまでの激情を目の当たりにするのは初めてだった
「……イフ君が私を気にかけたのと同じで、私もイフ君の事が心配なんだよ!お願いだから、無理しないで……」
「……」
「私は、イフ君が居なくなったら嫌だよ……」
「……悪い」
彼女に肩を貸してもらいながら、再び座って休憩する。少し休めば動けるようになるだろうし、ここは言われた通り大人しくしておいた方がいい
「……ごめんなさい、大きな声で」
「いや、俺が悪いよ。お前の言う通り無理しすぎだ」
「……いい機会だし、ゆっくりしときなよ。その様子じゃ戦闘も厳しいんじゃない?」
「……そうする。ミサキもありがとね」
傍らの体温を感じつつ、目を閉じる。少し眠れば、きっと回復する筈だ
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「……寝るの早」
「元々、私達のせいで体の状態は最悪だ。その上あれだけ戦って来たわけだ、体力的にも限界なんだろう」
目を閉じてから数分と経たず、イフは眠りについた。呼吸は安定しているし、恐らくこのまま起きないだろう。ずっと戦いっぱなしだったし、休息が必要なのは明らかだ
「……で、何であんたはそんなに近くにいるの」
「えー?別に普通じゃない?」
寝ているイフの傍らに座るミカに、ミサキが突っかかる。確かに近すぎる……どころか密着して膝にイフの頭を乗せているが、当の本人は至って普通の態度だ
「……!」
「ミサキやめろ、無理矢理引き剥がそうとするな!」
「あわわ……」
「あははっ☆無理無理!」
「っ、このゴリラ女!」
「は?」
イフが眠った瞬間にこれである。サオリは内心早く起きて欲しいと思いつつ、休んでいる以上それは望めない
「……イフもこんな気分だったのか」
幼い頃、まだバラバラだったスクワッドを纏めていたイフの苦労をよく理解しながら、必死で二人をなだめていた