「ふー…リハビリがてらとはいえ疲れる…」
そう、ついに松葉杖が取れたのである。意識的に足を優先して治した甲斐が合ったというものだ。やっぱり松葉杖は不便だしね
だが、松葉杖を外した瞬間元通りといかないのが人間の悲しい所。意外と元の歩き方を忘れていたりして上手く歩けない事が多いのだ。なのでゲヘナに向かうついでにリハビリ的な事をしてるわけで
「……疲れた」
体力もかなり落ちているので、道中少しづつ休みながら歩く。一人で歩くのがこんなに辛いとは……本当に一人で生活できない体になってるなこれ
「………ここはゲヘナだった」
何の前触れもなく、後ろから爆発音が響いた。ゲヘナ名物の不良生徒か、温泉開発部か美食研究会か。会うなら後者二つがいい。銃撃戦に巻き込まれた瞬間に死ぬ自信がある
「不良生徒だったか…」
不良生徒同士の諍いだ。風紀委員会がどうにかするだろうから、俺は流れ弾に当たらないように気をつけておこう
「さっさとヒナに会いに……」
銃撃戦の中、聴き慣れた銃声が響いた
「イフ!」
「あ、ヒナじゃん。元気してた?」
不良生徒を一瞬で薙ぎ倒し、すぐさま俺の元に駆け寄ってきた風紀委員長こと空崎ヒナ。相変わらずの強さである。何故か焦ったような顔をしている
ま、理由は知ってるけど
「怪我は!?」
「この通り、まだ残ってるけど問題なし」
「そうじゃなくて!流れ弾とか…」
「そっちも無傷。ヒナがさっさと終わらせてくれたおかげでね」
「……心配させないで。連絡してくれたら風紀委員会が迎えに行くから」
「風紀委員会が迎えに来るの…?」
何人か人を送るという意味なのか…?言葉尻に微妙な違和感を感じつつ、俺は口を開いた
「ただいま。ヒナに会いにきたよ」
「……おかえりなさい。イフ」
──────────────────
「おーい、皆久しぶりー」
「おや、イフさ……これは、思ったよりも…」
「イフ!?お前、怪我……大丈夫なの?」
「まだ完治してはいませんが、動く分には問題ないはずです」
挨拶をしながら席につく。思えば、こうして皆に会って風紀委員会の仕事の手伝いをしに来るのは随分久しぶりだ
「や、お礼を言ってなかったなって。ありがとね、助けてくれて」
「本当ですよ本当!ヒナ委員長は話も聞かずに走って行っちゃいますし…」
「そうなの?」
「……焦ってたから」
「…ま、当然か」
「でも、無事で良かった」
そう言って、俺の手を優しく握ってくる。俺の手より小さいが、確かに温もりを感じた
「……あの時、守ってくれたよね。ありがとう」
「……まだまだだよ。もっと早く来れてたら、イフの傷も…」
「気にしないでよ。来てくれなきゃ死んでたし」
「……それでも、ごめん」
「…分かった。受け取っておく」
無限に続きかねないので、ここで会話を切っておいた方が良さそうだ。そう長く話すべきことでもないし
「んじゃ、手伝うよ。まずはこの書類……」
「あ、イフさん、左手は──!」
「いっ───!?」
書類を数枚掴んだ瞬間、激痛が走って書類を床に落としてしまった。左手は碌に使ってなかったから把握できていなかったが、これほどまでとは……
「イフ!」
「ちょっとちょっと、大丈夫なんですか!?」
「いっ…大丈夫だよ。ちょっと痺れただけ」
「……傷が開いたかもしれません。念の為確認しておきましょう」
「チナツ、ちょっと待っ──」
「失礼します」
言い切る前に、腕に巻かれた包帯を解いていく。幸いな事に、左腕は比較的綺麗だ。接続部分がちょっと汚いだけで
「……ね?大丈夫だったでしょ?早く仕事の続き……」
「……イフ、ちょっと黙って」
イオリの声がいつになく怖い。何故だろうか。左腕なんて、黒い傷が腕を巻くようにして走っているだけで、腹や目よりは綺麗なはずだが……
「そこのソファで休んでて。イフは何もしなくていいから。私達が全部やる」
「え?俺が来た意味…」
「イフさん、お願いだから安静にしててください」
「……イフ、座ろう?」
「あー……はい……」
よく分からないが、逆らわない方が良い気がした。大人しく指示に従って、ソファに横になろうと足を動かした瞬間、足がもつれて転んでしまった
「チナツ、足も怪我してたの?」
「松葉杖が取れるほどには治癒している筈です。松葉杖を取った直後に転ぶのはよくある事ですよ」
「……すっごい恥ずかしい」
「なら大人しくしててよ」
ちょうど俺の顔の前に立ったイオリが、俺に屈んで俺に手を差し伸べてくれた。その手を取ってさっさと起き上がろう
……それにしても、足か
「…………足?」
目の前に、イオリの足がある
「ちょっ!?」
瞬間。万全の時の俺顔負けの速度でイオリの足を掴んだ。何故そんな行動をしたのか、何故それほどの速度で体が動かせたのか、上手く動かない筈の腕が完全に動いたのか、何もかもが分からなかったが、ただ一つ、明確な事がある
…………舐めたい
「うひゃあっ!?」
ふっ、舐めたぞ。イオリが可愛い悲鳴を上げている。自分でも何をやっているのか全くわからないが、今はどうでもいい。とにかく、この衝動を我慢する必要はないのだ
「バッ、離れろヘンタイ!どうしたんだ急に!?」
「ん、んん?ん〜?この味は……先生にも舐められたな?」
「っ!?何で知って…!?」
「やっぱりかぁ……」
この反応は図星だ。やはり俺は間違っていなかった。俺の舌は、この足を……イオリの足を欲している!
「ちょっ、本当に、ダメだって……!」
「んー……あ」
「…………」
急に冷や汗が噴き出て、全身に寒気を感じる。背後を振り向けない。振り向いたら死にかねない。バルバラと対峙した時以上の圧だ
「……イフ」
「……ヒナ、男にはやらなきゃいけない時っていうのが……」
「イフ?」
「ごめんなさい」
俺は死ぬかもしれない
「大人しくしていれば寝ているだけで済んだものを……」
「アコさんよー、縛る必要あるのー?」
「ありますよ。イオリが怖がっているでしょう」
「別に……私は、大丈夫だけど」
「強がらない方がいいですよ。イオリ、震えていますから」
「こ、これは……寒いだけだし!」
「もう夏だよー?」
あの後、腕と足を縛られたままソファに寝かされてしまった。お陰で動けないし、下手に動くとソファから落下しかねないので大人しくしているしかない
「頭の怪我の影響でしょうか……?」
「違うぞチナツ。きっとね、大人になるってこういうことなんだ」
あんな事をした後でもチナツは普通に接してくれる。素晴らしい生徒である。だが、流石に俺の顔を直視できないようで、俺と目が合う度に視線を逸らす。それがまた可愛らしい
……チナツの足も中々
「……イフ」
「黙ります」
ヒナが喋った瞬間俺は黙る。圧が怖すぎる。今更ながら、とんでもない事をしたなと思う。というか、どうしてこんなことをしたのだろうか?自分で自分が分からない
「……ま、いっか」
深く考えるだけ無駄だろう。イオリは怪我の治療とか言って背中全開の所見たことあるし、アコには首輪つけた事あるし、チナツは一緒に温泉入った事あるし、足舐めるとか今更だろ
「じゃ、そこまで言うなら大人しくしてるからさ、皆頑張って」
「あの男明らかに変わってません?」
「……これが、大人」
「多分違うと思うけど……」
……ま、辛気臭い雰囲気も消えたし、結果オーライかな
──────────────────
「……寝てたのか」
目を覚ましたのは暗い部屋の中。変な姿勢で寝たせいか、体の節々に若干の痛みを感じつつ体を起こ──起こし…
起こせない。上に何かが乗って……いや、誰かが覆い被さって……
「……ん?」
暗闇に目が慣れてきた頃、ようやく状況が掴めてくる。まず、俺の上にいるのはヒナだった。部屋の暗さを考えると、ヒナ以外は帰ったと考えるのが自然だろう
「………」
ヒナは俺が起きた事に気づいていないようだ。どこか陰のある表情で、俺を……正確には、包帯に巻かれた俺の左腕を見ている
未だに縛られている為行動はできないので、口を動かした
「ヒナ、何してんの?」
「え───」
俺の声に驚いたのか、体を硬直させ、顔を赤く染めて俺を見る。その顔は、とても可愛らしく見えた
「い、いつから…」
「ついさっき起きたばっか」
「そ、そう……」
「……左腕、見たいの?」
「……うん」
「なら外してくれない?」
「……わかった」
俺の拘束を外してもらい、ヒナが上に乗ったまま包帯を外していく。傷が開いた様子もなく、しっかりと繋がっている。傷が消えるまでは時間がかかるだろうが、時間をかければ見た目は良くなる筈だ
「大丈夫、なんだよね?」
「うん。そのうち治るよ。包帯巻くね、見てて気持ちのいいものでもないでしょ」
包帯を巻き直し、上に乗ったままのヒナと目を合わせる。少し潤んだ瞳が、俺の目を捉えていた
「……ねぇ、イフ」
「どうしたの?」
「……その、足、好きなの?」
「んー…?」
これまた完全に予想外の事を聞かれた。何故そんな質問をするのか理解に苦しむが、ここは正直に答えよう。嘘をつく理由がない。好きかどうかと言われれば……
「好きだな。多分」
「……なら、さ」
俺に足を見せつけるような体勢になったところで、ようやく気付いた。ブーツを脱いでいる。生足だ。綺麗な素足だ
……これは、据え膳というやつでは?
「……私の、触る?その、イオリに手を出されるのも困るし──!?」
「ちょっ、イフ!?駄目っ…いきなりそんな……んんっ!激しくしたら…!変な、気分に……ひゃうっ!」
「───て事があったのよ先生。大人って素晴らしいね」
シャーレに戻ってすぐ、先生に出来事を報告した。しなければ後悔する気がしたからだ。先生は何故か頭を抱えているが、気にせず話を続ける
「先生もイオリの足に目をつけるとは見る目あるね。流石だよ」
「……まあいいか」
どこか諦めたような声がする。先生、イオリの足舐めてる時点であんたも同罪だぞ
「……足、足か」
ちなみに、先生はその日一日中ずっと足を気にするような仕草をしていた
「……やっぱり、なんか変」
ぺろぺろ