「……やっぱり美味しい」
右手でカップを掴み、紅茶を飲んだ。空が見えるテラスの席で、穏やかな風に当たりながらお茶を飲む
……この感覚は久しぶりだ
「……ねー、イフ君」
「どうした?」
「凄いあっさり戻ってきたね」
ミカは気怠げな声でそう告げた。今この場には、ナギサとセイアもいる。そう──久しぶりの、四人でのティータイムだ
「そりゃそうでしょ。戻ってこようと思えばいつでも戻ってこれるんだし。てかさ、俺がいなくなってから大丈夫だった?ちゃんとやっていけてる?」
「えぇ、こちらは特に変わりなく」
「そっか。なら良かった。寂しくて泣いてるんじゃないかと思ってたからな、特にミカが」
「あぁ、それはもう泣いていたとも。ミカをなだめるのは苦労した」
「な、泣いてないし!」
「泣いてないんだ……」
「あ、いや、別に寂しくなかったとかそういう訳じゃなくて…」
ミカの様子はいつも通り。表情をコロコロ変えながらあたふたしている。うん、元気なのは良いことだ
「イフさ……イフ先生は大丈夫ですか?その、傷は…」
「好きに呼んでくれていいよ。傷は見ての通り。日常生活を送る分には問題ないけど……戦えないのは、どうにもね」
「───ってことだからイフ君が居なくなって寂しくないわけじゃ無くて…って聞いてる!?」
「おう、聞いてる聞いてる」
ミカも元の様子に戻ったようで良かった。やはり、彼女には笑顔が一番似合っている
「……ミカ、いじめとかはされてないの?」
「……されてないよ、おかげさまでね」
「そっか、なら安心」
それなら、嘘をついた甲斐が有るというものだ。俺が嘘をつかなければ、彼女がどのような扱いを受けるかは容易に想像できたから
「イフ、名前の方は大丈夫なのかい?」
「うん。名簿で一通り名前見たから、もう忘れてる名前は無いと思う」
脳の半分が無くなった影響で忘れてしまった皆の名前も、今ではしっかり覚えている。もともと記憶力は悪くない
「……名前、か」
ふと、ミカが小さく呟いた
「私はイフ君が思い出してくれたけど……二人は違うんだっけ?」
「………」
「…………」
「……わーお」
ナギサとセイアの雰囲気が一気に怖くなった。三人の間に火花が散っているのが幻視できる程に睨み合い、バチバチと音が聞こえてきそうなほどに視線をぶつけ合う
「……だからどうしたというんだい」
「別にー?」
ミカは席を立って、軽やかな足取りで俺の元に歩み寄ってくる。手には数枚のクッキーを持っていた
「イフ君、あーん」
「……おいひぃ」
二人の視線が鋭くなったが気にしない。放っておいたら面白そうだし
「……ミカさん、何をしているんですか」
「別に?イフ君怪我してるから、食べさせてあげようかなーと思って」
「それをミカがやる必要はあるのかい?」
「私がやっちゃ駄目って理由もなくない?はい、あーん」
「むぐ……美味い」
「あははっ、やっぱりイフ君は私がいいよね?」
後頭部にあたる二つの幸せな感触に意識を向けつつ、二人の様子を伺う。これはあれだな、修羅場というやつだ。ちょっと面白い
「……どうなんですか、イフさん」
「イフ、はっきりしたまえ」
「聞く必要なくない?だってイフ君言ってくれたもんね」
「『俺の姫』って。あの時のイフ君、すっごく格好よかったなぁ……」
……確かに、言った。まずい、ここにきて冷や汗が止まらない。あまりに放っておきすぎてしまった
「……へぇ?詳しく聞こうじゃないか、イフ?」
「イフさん?どういうことですか?」
「……ギスギスティーパーティーじゃん」
どう転んでも俺が大変なことに。この場をどう切り抜けるべきか……いや、詰んでない?
「……この話やめよ?雰囲気相当ギスギスしてるからさ。皆には仲良くしてて欲しいなー……」
「仲は良いとも、それとこれとは別の問題だ」
「そうですね」
「……ですよねー」
この話題は危険だ。これ以上触れれば、間違いなく面倒なことが起きる。そう判断し、俺は話を逸らすことにした
「……そういえば、ミカは怪我大丈夫なの?」
「うん。傷口は塞がったし、今は痛みもそんなに無いよ」
「そっか。本当に良かった」
「……でも、イフ君のはそのままなんだね」
「……いいの。よし!もっとお茶飲むぞー!」
「……話を逸らされた気がするな」
「そうですね」
「……気のせいでしょ」
気のせいだ。気のせいに違いない。人を騙すには自分から…なんか違う?とにかくそう自分に言い聞かせながら紅茶を口に含んだ。美味しい……まあ、流石にバレるか
「……まぁいいでしょう。二人の時にゆっくり聞くとします」
「イフ、覚悟はしておきたまえ」
「はい、あーん」
「あーん」
ミカから差し出されたクッキーを頬張る。うん、美味い。甘いものは正義だ
「ッ───!」
「やば」
「あっ」
ナギサがロールケーキを手に立ち上がり、ミカの口にねじ込んだ。そのまま馬乗りになって力比べが始まったが、ミカとナギサでは正直勝負には……
「なってる……」
「火事場のなんとやら、という奴かな?」
セイアが無言で席を立ち、座ったまま二人の争いを見つめている俺の元に歩み寄る
「イフ、あーん」
「あーん」
ミカとナギサの争いをBGMに、穏やかなティータイムが過ぎていく
……本当に、昔に戻ったみたいだ
──────────────────
あの後しばらくして、ティータイムは終わりを告げた。ナギサVSミカ以外に何か問題が起こることもなく、俺が詰められる事もなく、平和に終わった。俺は三人に別れを告げ、早いとこ家に戻ろうとしたのだが
「ねぇ、イフ君」
「……どうした?」
「まだ、時間ある?」
俺を一人追ってきたミカは、少し照れくさそうに俺を誘った。その様子はまるでデートの誘いのようで、俺の心拍数が跳ね上がる
「大丈夫だけど……どうかした?」
「えっと、その……ちょっと家でトラブル起こしちゃって、イフ君何でもできるから助けてくれないかなーって」
「それぐらいなら構わないけど、何があったんだ?」
「それは着いてから話す。とりあえず、行こ?」
「……分かった」
ミカにてを握られ、二人で歩く。いつもより距離が近いような気がするが……うん、きっと気のせいだろう。そして、ミカの家はすぐそこだった
「お邪魔しまーす」
ミカの家に入り──後ろから、鍵をかける音が聞こえた
「……ミカ、お前」
「……騙されちゃったね、イフ君?」
ミカの顔は赤く染まっていた。それが何の感情によるものなのか。今の俺には分からない。ただ一つ分かることは、ミカが俺を逃がすつもりは無いということだけだ
「私の部屋、いこ?」
「……わかった」
ミカに手を握られ、部屋へと案内される。彼女の手は小さく震えていて、それでも俺の手を強く握りしめていた。だから、俺も強く手を握る
「……それで、何でこんな事したの?」
「えっと…あはは。やっぱり、これぐらいじゃ駄目だよね。イフ君の周り、可愛い子沢山いるし。ナギちゃんもセイアちゃんも、私よりいい子で可愛いもんね」
「ミカもいい子だよ」
「イフ君はそう言ってくれると思ってた。でもね、私が問題児だって事、イフ君はよく知ってるでしょ?」
「それで、結局何が目的なの?」
「……今日だけ、でいいの」
俺の腕を掴んで、部屋のベッドに押し倒された
「今日だけ、私だけのイフ君になって欲しいなー…なんて」
多分、俺の目は驚愕に染まっていただろう。こんな強行策に出るとは思わなかったし、まさか彼女が俺の事を好いているなど、想像すらしていなかったから
「……あ、ごめん、ごめんね?嫌だよね?気持ち悪いよね?でも、我慢できないんだ」
「……ミカ」
「怒ってるよね?嫌いになった?もう二度と顔見たくない?そうだよね?でも、お願い……」
「ミカを嫌ったりしないよ」
「やっぱり、イフ君は優しいね」
「……だから、うん。ミカのもの、っていうのは難しいけど、今日一緒に寝るくらいなら」
「……え?いいの?」
心底驚いたように目を丸くする彼女に、俺は笑みを浮かべて返した
「誰にも言わないならね」
「……!うん!誰にも言わない!二人きりの秘密!」
嬉しそうに俺の胸に顔をうずめる彼女を撫でながら、俺はこれからどうしようかと頭を悩ませるのであった
──────────────────
結局、あれから何事もなく朝が来て、俺はシャーレに戻った。出る時にも誰にも見つからなかったので、普通に帰ることができた
……何もなかったよ?
「あ、イフ。おはよ……」
「おはよう…だけど、どうかした?」
先生の様子がどこか変だ。何か、信じられないものを見るような眼差しを向けられている気がする
「……イフ、首のそれ…」
「………え?」
言われて視線を向ければ、何かの痕がついていた。サイズ的に、人の口のような……?
ミカ様!?
「え?な、何だろうねこれ?寝てる時にどっかぶつけちゃったかな…?」
「……そうかもね」
危ない危ない。何とか誤魔化せたか……
「……………誰?」