「先生、おはよう……あれ?」
いつものようにシャーレに出勤し、扉を開けて目に入ったのは、見覚えのあるピンク色の髪の毛だった
「ん……あ!」
髪の持ち主である彼女も俺に気づいたようで、俺を見るなり走って飛びついてきた
「うわあああイフ先輩だぁぁぁ!」
「コユキ〜!元気してた?」
抱きしめるように受け止めたのは、セミナーの問題児、黒崎コユキだ。大抵はミレニアムの反省室に行けば出会えるのだが、何故ここにいるのだろうか?
「てか反省室は?抜け出してきたの?」
「はい!」
「そっかぁ〜」
うんうん。微妙に心が痛むけどやらざる負えないか
「だって、ノア」
「え?」
コユキを抱えたまま後ろを向くと、そこにはノアが笑顔を浮かべたまま立っていた
「よろしくね」
「はい」
「うあぁああ──なんで──!!」
コユキをノアに引き渡し、ここまで騒いでも反応がない先生に対して若干の違和感を覚えつつ、先生の姿を探そうと辺りを見渡す
「……あ、居た。また机で寝てるのか…?」
奥側の机に座る先生を発見し、起こさないようにゆっくりと近づいていく。やがて先生の姿を視界に収め───
「……え?」
そこに居たのは、口元から大量の赤い液体を流している先生だった。服は胸元が赤く染まり、液体は手も赤く染めている
「───っ、大丈夫か!?」
「……んぇ?イフ?」
「待ってろ!すぐにセナを呼ぶ──」
「……え?待って待って違うから!落ち着いて!」
慌てて電話を取り出そうとする俺の腕を掴み、止めてくる。その表情はどこか恥ずかしげな感じだった
「……これ、トマトジュース」
「……は?」
「ほら、これ」
先生は机の上に置いてある飲みかけのトマトジュースを手に取り、俺に見せつけてきた。なんでも徹夜続きの影響でこぼしてしまったらしいが……
「本当?本当にこれトマトジュースなの?」
「うん」
「……念の為確認する」
「へ?ひゃあっ!」
先生の手を掴み、赤い液体を舐め取る。舌に感じるこの味は……確かにトマトジュースのそれだ
「……心配させないでくれよ」
「……結構大胆だね」
「大胆…?──あ、いや、これは、その……」
無意識に取った行動に、顔が熱くなるのを感じる。先生も顔を真っ赤にして、視線を逸らしている
「と、とにかく!飲み物もまともに飲めなくなるまで仕事するんじゃない!わかった?」
「はい……」
「とりあえずジュース落としてきてくれ。床に溢れた分は俺がどうにかするから」
「ありがとう」
「いいから早く行ってこい!」
「はーい!」
駆け足で部屋を出て行く先生を見送り、俺は床に落ちたトマトジュースを掃除し始めた。幸い、そこまで広範囲には広がっていなかったので、数分程度で片付けを終えることができた
「……本当、よくわからない人」
かっこいい所もあり、抜けてる所もあり、イオリの足を舐めるユーモアもあり……考えれば考えるほど、よくわからなくなっていく人。まぁ、わからないからこそ知りたいと思うんだけど
「お、汚れ落とせた?」
「うん」
先生が部屋に戻ってきた。先程とは違い、きちんと着替えており、髪も整っている。どうやらちゃんとシャワーを浴びてから来たようだ。
「それじゃ──寝ろ、先生」
「いや、仕事……」
「直近の案件は無いだろ。徹夜続きなら寝ろ。寝ないとまたヘラるぞ」
「うぅ……わかった」
「よしいい子だ」
先生をシャーレの仮眠室に閉じ込め、ベッドに横たわらせる。そして毛布をかけてあげると、数秒後には静かな寝息を立て始めた。相当疲れていたんだろう
「自分の管理ぐらい……俺が言えた話でもないか」
ため息を吐きながら、ベッドに眠る先生の側に腰掛ける
「……寝てる」
そう、寝ている。無防備に、警戒心もなく、すやすやと眠っている。俺は、一度先生を襲いかけたというのに
「……少しだけ」
指先で先生の頬に触れると、柔らかさと温かさが伝わってきた。そのままゆっくりと撫でると、先生はくすぐったそうに身を捩った
「……先生」
そのまま指を滑らせ、首筋をなぞり、鎖骨に触れ、そのまま胸元に───
「……危ない。本当、先生の前だと変になる」
慌てて手を離し、頭を冷やそうと立ち上がる。さっさと部屋を出て仕事をしよう。直近の案件は無いとはいえ、そもそもの量が多いのだから
「今日の当番は……お、キサキか」
「…………………ばか」
──────────────────
「うぇ、もうこんな時間……」
気付けば時刻は午後十時前。キサキも帰ったし、仕事も大分進んだと思う。そろそろ帰らないと……
「その前に先生を……」
「イフおはよ…」
「噂をすれば……ってやつだな」
いつの間にか目を覚ました先生が、俺を見て微笑んでいる。まだ眠いのか、目がトロンとしていて、声もいつもより幼い印象を受ける
「おはよう先生」
「ん……ふぁあ……あ、あれ?」
時間を確認したのか、先生の顔色が青ざめていく。そんな先生に苦笑しつつ、俺は帰る準備を始める
「先生、もう帰る時間だよ」
「ご、ごめん!こんな時間まで寝ちゃって……」
「気にしないでって」
「……そうだ。お詫びと言ってはなんだけどさ、時間あるならこの後どっか食べに行かない?」
「え?でも……」
「大丈夫。今日は私が奢るから」
「……じゃあ、行こうかな」
「決まり!ちょっと待っててね。すぐに支度するから!」
……思ったけど、先生はキヴォトスに来てからまだ日が浅い訳だし、美味しい店とか知っているのだろうか?
「お待たせ!」
「あ、先生。ちなみにだけどどこ行くつもりなの?俺はどこでもいいけど」
「んー…何処か美味しいお店…」
「ゲヘナ周りの店は軒並み美味いぞ」
「そうなの?」
「あぁ。まずい店は殆ど吹っ飛んだからな」
某美食研究会のハルナにより、まずい店は軒並み吹っ飛ばされる。彼女の所属であるゲヘナの周囲に、ハルナがキレるようなものを出す店はもう存在しないだろう
「……と、すると。そうだな。先生、酒は飲めるか?」
「好き!」
「……まさか居酒屋に連れ込まれるとは」
「先生、酒飲むんだな。ちょっと意外」
先生を連れて来たのは、ゲヘナ周辺にあった居酒屋だ。席に座って一息ついた所で先生が口を開いた
「うん。最近は控えてるけど」
「セリナのやつにキレられるからな」
「うん。でも、イフはここで良かったの?」
「あぁ、俺も飲むから、酒」
「……え?」
やけに驚いている。別に珍しくはあれど驚くようなことでも無い筈だが……
「駄目だよ未成年でしょ!?」
「……あぁ、キヴォトスの外じゃそんな感じなのか。ここじゃそんなに関係無いぞ。大体の奴は口に合わないからやめるけど、俺には合ったからな。飲酒も喫煙も経験ある」
「……そう、なんだ」
「立場上、ストレス溜まる事も多かったし。確か一年生ぐらいの時に手出して……そっからずっと。シロコとかにはすぐバレるからさ、匂い消すのとか大変だったんだよ」
「他に飲んでる子は?」
「知らない。ハルナと一回だけ飲んだ事あるけど、あいつは駄目だった」
「へー……」
人の飲酒経験なんて聞いて面白いのだろうか。大人に踏み込んだはいいものの、時々よくわからなくなる
「んー……美味し」
「本当に飲んだ……大丈夫?」
「……逆に、先生はどうなの?酒強い方?俺は強い方だけど」
「……そりゃあ強いヨ」
嘘だな。あまりにもわかりやすい。さっき一口飲んでいたがもう顔が赤い。酔うの早すぎだろ。連れ込んだ俺が言うのも何だけど
「先生、あんまり無理するなよ。二日酔いの経験あるだろ」
「まだ飲めるが!?」
「顔真っ赤だぞ。あーまた飲んで……酒好きなのに酒弱いのか、面倒な…」
「むぅ……だって、こんなに楽しいの久々だから……つい」
「まぁ……確かにわかるが…止めても無駄か」
正直言うと、俺もかなり楽しい。こうして人と飲むというのがここまで楽しかったとは思わなかった。先生は俺以上に楽しんでくれているみたいだし、止める理由もない
「……アル中で死なない程度に飲んでくれよ」
「はーい」
そのまま、先生はどんどん酒を飲み進めていった。俺より酒弱いのに俺より飲むペース早いし……
「うぅ……もうだめ……イフぅ…」
「はいはい、もたれてていいから」
隣に座り、俺にもたれかかる先生を受け止めつつ、背中を擦る。完璧に酔っ払った先生はもう限界らしい
「……イフって好きな人とかいるの?」
「急だな……どうしたの?」
「ホシノとキスしたんでしょ?イオリの足は舐めたでしょ?キスマークつけて帰ってきたでしょ?」
「……やっぱバレてたのか」
「……胸無い方が好きなの?」
「何でそうなる」
「イフの周り、胸無い子多いし」
「気にする奴は気にするんだからあんまり言うなよそれ」
結構なノンデリ発言をかました先生に苦言を呈する。ていうか何をもって周りの人と言っているのか。知り合いなんてキヴォトス中にいるんだから数なんて数え切れない
「ミカとかノノミとか結構あるだろ。メイド部とか含めても結構ある奴多いぞ」
「それもそっかぁ……」
「めんどくさ……」
一つ教訓だ。先生は酔うとめんどくさい。そして絡み酒になる。この辺は要注意しておかないと……
「……私もノノミぐらいあるよね」
「先生、やめとけ」
下から自分の胸を支えるようにして持ち上げ始めた先生を速攻止める。目に毒すぎる。本当、一回襲いかけたの忘れてるのか
「……やっぱり小さい方が好きなんだ」
「どっちも好きだってうるさいなぁ!」
「んふふ……イフ可愛い」
「はいはい……」
頭を撫でられながら、ため息をつく。これはこれで幸せだけど、明日起きたら覚えてるのか?できれば覚えてない方が嬉しいけど
「でも……えへへ、好きなんだ」
「はいはい、もう帰るよ。ほら立って」
「ん~……」
先生の手を取り、立ち上がらせる。これ以上飲ませると大変な事になりそうだ
「先生、歩ける?」
「んー……むりぃ」
「はいはい、肩貸すから」
「ありがとぉ……」
「素面の時に礼してくれよな」
会計できるような状態でない為、俺が会計を済ませておいた。奢ってもらう約束だったけどまぁいいだろう。忘れてたら適当に誤魔化すし、覚えてても何とか言って払わせないようにする
「……にしても、どこに運ぶ?」
シャーレ……駄目だ、着替えがない。起きた時に詰む。なら俺の家──馬鹿か、トキがいる。となると……どうすれば…
「───イフ」
「っ───!?」
耳元での囁きに体が反応する。柔らかい、無防備な体から発せられる、色気に満ちた声
「私の家、いこ?」
酔っていない?あり得ない。さっきのアレが全部演技だった事になる。いや、そんなことはどうでも良かった。目の前の、あまりに甘露な誘いに対し、俺は──
「……行き、ます。先生」
ほぼ無意識のうちに、そう答えていた
──────────────────
「……本当、どうしちまったんだ俺」
あの後、先生の家に案内された俺は今──買い出しに出掛けていた。帰るなり先生がまだ飲むと言い出して、でも冷蔵庫には酒がなかった。これ幸いと飲むのをやめるように言おうとしたが、あんなに悲しそうな顔をされては無理だ
そう、これはいつも頑張ってる先生へのささやかなご褒美なのだ。決して酒が無いと泣きつかれた時の柔らかい感触に負けたとかじゃない。断じて違う。絶対に違う
「ま、もう買ったし帰るだけ───!?」
瞬間、背後から聞こえた複数の足音
「尾噛イフだ!」
「怪我をしているぞ!今しかない!撃て!」
「ゲヘナの不良生徒!?何でこんな時間に……追ってきたのか!?」
ヒナと一緒に散々不良生徒をボコボコにしてきたから、恨みを買っているのは当然と言えば当然だ。だけど、今はまずい。銃弾を回避する術も、新たな傷を治癒する力も俺には残ってない
考えている間にも、銃弾は俺の方に迫ってきている。バルバラの武装を取り出して防ぐ?無理だ、間に合わない
「まず───」
そして、銃弾が俺に────
「────え?」
届く事は無かった。突如目の前に現れた黒い何か。その中から出てきた少女によって、銃弾は全て防がれたから
そして、重要なのは───
「……シロコ?」
その少女が、何故かシロコによく似ているという事だ
「何だあいつ!?」
「構うな!撃──」
「邪魔」
シロコ?が放った銃弾によって、一瞬で不良生徒は倒された。いや、そんな事は気にならなかった。ただ目の前の少女に、俺は目を奪われていた
髪色に、耳に、特徴は完全にシロコのそれだ。しかし、制服ではなく黒いドレスを着ているし、武器にも色が無い。そして身長が高く……でかい、どこがとは言わないけどでかい。あと、雰囲気が違う。見た目は殆ど同じなのに、纏う空気がまるで別人みたいだ
「……えっと、ありがとう。シロコ」
「…………」
「あ、ちょっと待っ……行っちゃった」
言葉を発する事なく、シロコは黒い何かに飲まれて消えた。何だったんだ今の……?
「……」
とりあえず、帰ろう。今ので完全に酔いが覚めた。今は一刻も早く先生に会いたい気分だ
「先生、戻ったぞー」
「イフ……おかえり」
先生はソファの上で横になっていた。酔いのせいで眠くなったのか、それとも俺を待っていたのか。どちらにせよ、待たせてしまった事に変わりはない
「寝るなら寝る。飲むなら飲む。どうする?」
「んー……飲む!」
「はいよ」
買ってきた缶ビールを机に並べていく。まだ酔っているせいか、先生は少しおぼつかない手つきで開けようとしている
「開けれるか?」
「ん……あれぇ?んん……開かない……」
「ほら、貸してみ」
先生の手から取り、プルタブを開ける。そのまま渡すと、先生は一気に半分ぐらいまで飲んでしまった
「ぷはぁ~……美味しい……」
「あ、こら。一気飲みは危ないって」
「ん、あ…ごめん……」
口の端から零れそうになる酒を手で拭いながら微笑む先生に思わず見惚れてしまう。やっぱり黙っていれば美人だよなぁこの人
「イフも飲みなよ」
「いや、俺は……」
「……飲まないなら」
先生は酒を口に含み、俺の方に近付いてくる。突然の行動に動けずにいた俺の頬を両手で掴むと、強引に唇を合わせてきた
「っ───!?」
「ん……ふぅ……ちゅ……くちゅ……ごく……ぷぁ……はぁ……イフ……もっと……欲しい……イフ……イフぅ……好きぃ……」
驚きすぎて先生の声がよく聞こえない。口内に酒と舌が入ってくる。熱い。アルコールの味なんて分からない程に頭が熱に浮かされる
「っ…!馬鹿!」
無理矢理引き剥がし、距離を離す。酒の勢いとはいえやりすぎだろ!?
「何考えてるんだよ!酔った勢いで簡単にそういう事するな!」
「イフ……」
「……あんまそういう事ばっかりやってると本気にするぞ」
軽い脅しのようなものだ。事実、俺は先生を襲いかけた事があるんだから、流石にこれで止まってくれる筈だ
「いいよ」
「……え?」
「私、本気だから」
先生は真っ直ぐ俺を見つめながら、はっきりとそう言った。酔っていない。これは素面だ。だとしたら、どういう意味なのか。先生は本気と言った。つまりそれは────
「冗談だとしても言って良い事と悪い事が────」
「私は本気」
「ッ────」
先生が俺に抱きついてくる。柔らかい。温かい。先生の匂いだ。頭の中で思考がぐるぐる回って、上手く考えられない
「ホシノのキス、イオリの足、肩の痕。私が何も思ってないと思った?なのに、毎日毎日色んな子に手を出して……」
「なん、で…自分を襲いかけた奴の事なんか……」
「関係無いよ。ちょっとドキドキしたし」
「はぁ!?」
爆弾発言を繰り返す先生のペースに完全に乗せられている。だけど、不思議と嫌じゃなかった
「大人の女が、好きでもない人家に連れ込むと思う?しかも、酔った状態で」
「え、あ、えっと……」
「ねぇ、イフ。私の事、嫌い?」
それは、ずるい
「き、らいじゃない……」
「なら、好き?」
「え、いや、その」
嫌いでは無い。なら好きなのか?実際一度襲いかけた訳だし、それなら好きなのかもしれない。でも、それが恋愛感情かと言われれば……
「んっ───!?」
また、先生に口を塞がれた。今度は触れるだけの優しいもの。そして、先生は俺から離れていった
「え、あ……う……」
「あはは、かーわいい」
顔が熱い。多分真っ赤になっているだろう。そんな俺を見て、先生は楽しそうな笑顔を浮かべていた
……なんか段々腹が立ってきた。何でこんなに掻き乱されなくちゃいけないんだ。俺が乱された分、先生も乱されなくちゃ釣り合いが取れない
「え?ちょ──んむっ───!?」
先生をソファに押し倒し、乱暴に唇を奪う。貪るような激しいもの。さっきまでの仕返しだ
「ん……ちゅ……くちゅ……ぷぁ……はぁ……イフ……激し……」
「はぁ…はぁ……先生が悪いんだぞ」
荒くなった息を整え、再び先生を見る。先生は少し驚いたような表情をしていたが、すぐにいつもの調子を取り戻した
「……もう終わり?」
「っ────!」
完全にやられた。俺の気持ちを知っていて、それを楽しんでいる。先生の思惑通りなのは分かっていても、このまま終われるわけがない
「……後悔しても知らないからな」
「大人同士で、遠慮する必要……あ、る………」
「?先生?」
途中で様子が変になったので声をかけてみても返事が無い。まさかと思って先生の顔を見ると、目を閉じていた
「……は?寝た?寝る?この状況で?」
ここまでしておいて寝るか普通?いや、先生らしいと言えば先生らしいけど……
「……はぁ、まあいいか」
起こさないように先生をベッドに運び、布団をかける。何だか帰るのも面倒になったので、もうこのまま一緒に寝てしまおう
「……ミカの気持ちがちょっとわかった」
寝てる女性を襲う趣味はない……筈。てか眠いし、さっさと寝よう。なんか色々やばい事してる気がしなくも無いけど明日の俺に丸投げしよう
「んー………」
先生に抱きつき、首筋に噛みつきながら目を閉じた
──────────────────
「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい………」
「俺の馬鹿……」
同じタイミングで起きて、目を合わせられなくなって、二人揃って悶えてます。昨日の記憶はしっかり残っています。死にたい
「……あー、その、ごめん…」
「いや、こっちもごめん…」
「……酒はほどほどに、だな」
「うん……」
しばらくお互いに謝りあって、それからは沈黙が続いた。何を話せば良いのか分からない。あんな事があった後に、平然と会話出来る程俺は図太くない
「イフ」
「な、何?ヴァルキューレ行き?」
「違うよ」
いきなり声をかけられてビクッとする。先生は照れくさそうに笑いながら、ゆっくりと言葉を紡いだ
「別に、嘘を言ったつもりはないから」
「え?」
「今度は、酔ってない時にね?そっちの方が──きっといい思いできるから」
それだけ言って、先生は支度を始めてしまった
「……勝てねえ」
──────────────────
「せ〜ん〜せ〜い〜?また課金しましたね!?」
「イフ様、あれは……」
「無視無視」
最早いつもの光景となったユウカと先生のやり取りを見ながら、テキパキと仕事を片付けて行く
あれから先生との仲が気まずくなる事もなく、ただゆったりと毎日が過ぎている
「イフ様、コーヒーをどうぞ」
「ありがとう……近くない?」
「適切な距離感です」
やけに距離が近いメイドもいるけれど、それでも毎日楽しく生きている。辛い事も、苦しい事も乗り越えて手にした日々
きっと、問題や危機が尽きる事はない。これから先も、色々な事があるだろう
それでも──皆がいれば、必ず乗り越えていける
「……いい天気」
窓の外は、一点の曇りも無い快晴だった
「……それとイフ様。帰ってこないのなら連絡をお願いします」
「……ごめん」
──────────────────
「今日はシャーレに一人……」
先生も生徒もおらず、俺しかいないシャーレはいやに寂しい。仕事は進んでいるのだが、やはり寂しいのは良くない
「……?あ、クロコじゃん」
「……クロコ?」
「あ、ごめん。何か知り合いを黒くしたら君みたいになりそうだったからつい」
酒を買いに行った時に助けてくれたあの子が、またどこからともなく現れた。あれ以来、俺が一人でいるとたまに現れる。本当に神出鬼没というかなんと言うか……
「手伝いに来てくれたの?」
「……ん」
「そっか、ありがとね」
素性はよくわからないけれど、手伝ってくれるしそんなに気にしない。俺以外彼女の事は知らないし、彼女が俺以外の誰かと話している所を見たことが無い。まあ、俺以外には見えないとかそういうオチかもしれないけど……
「じゃあ、さっそく……?」
「………」
後頭部に感じる柔らかい感触に、ちょうど胸の辺りにある二本の華奢な腕。抱きしめられている事は言うまでも無かったが、問題は別にある
「……うん。よくわかんないけど、俺はここにいるからね」
「っ……!」
啜り泣くような、か細い声。この子が何を抱えているのか、どんな過去を持っているのか、俺にはわからない。けれど、彼女は俺の生徒だ
「……ラーメンでも食べに行く?」
「……ん」
はい、まあ完結です
いやー、うん。ここまであざした
気が向いたらバッドエンドとか番外編とか書くかも?