大人になりたい少年の話   作:かゆ、うま2世

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BADEND1 アビドスの傷跡

 

「う、あぁっ…!」

 

 

涙を流し、嗚咽しながら、誰もいない夜の街を歩く

何もかもどうでもいいと、もう死にたいと思って、シャーレを飛び出してここまでやって来た筈なのに

 

──まさか、直前になって怖くなるなんて

 

何故なのかはわからない。誰もが持っている死にたくないという思いからなのか。それとも──もういない、俺達の先輩を思い出したからなのか。それは俺にもわからなかった

 

 

「っ……!くそ……なんで……」

 

 

死ぬのが怖いのか。あるいは、会えなくなる事が怖いのか。俺はもう先生の生徒じゃない。そんな状態で全てを投げ出して死んでしまったら、本当に何の存在価値もなくなるのが嫌なのか

 

 

「ユメ先輩……俺、どうしたらいいんですか……」

 

 

帰ってくる事のない問いを、ただ闇夜に呟く。ユメ先輩なら、何か答えを出してくれる気がした。でも、その先輩も今はいない

 

 

「あぁ……クソ……ちくしょう……!!」

 

 

涙を拭い、再び歩き出す。何処へ行くあてもなく、ただ彷徨い続ける。そうしている内に朝になった。疲れ果て、路地裏に座り込む。きっと、アリウススクワッドは先生が助け出した筈だ。俺の出る幕はない

 

 

「はは……馬鹿みたいだな……」

 

 

死ねたならそれが最善だった。怖くなってこんな所にいる時点で俺は最悪だ。生きる理由がない。死んだ方がいい。だけど、まだ生きたいと思う自分がいる

誰か、誰かいないのか?俺を必要としてくれる人は。無価値じゃないと、生きていていいと言ってくれるだけでいいんだ。そうすれば、きっと───

 

 

「……イフ?」

 

 

耳に響いた、聞き慣れた声。幻聴にしてはよく出来ているなと笑いそうになったが、違う。これは本物だ

 

 

「……ホシノ」

「どうしたの?こんな所に座って…」

「何でここに…」

「ここ、アビドスのすぐ近くだよ?」

「え?」

 

 

辺りを見渡す。確かにここは見覚えがある場所だった。かつて、俺が毎日のように訪れていた学校の近く。来ていなかった期間はそれほど長くない筈なのに、なんだか酷く懐かしい

 

 

「……泣いてるの?」

「っ……!」

 

 

必死で顔を背ける。こんなところを見られたくはなかった。弱みを見せたくなかった。しかし、ホシノはそれを許さないというように、俺の顔を掴んで無理矢理視線を合わせた

 

 

「っ…!離せ!来るな!見るなよ…!」

「イフ」

「もう、もう嫌なんだよ!俺に関わらないでくれ!ほっといてくれよもう!」

 

 

俺の言葉を聞いても尚、彼女は俺の側を離れようとしなかった。そして、優しく俺を抱き締める

 

 

「落ち着いて。大丈夫だから」

「うるさい!もう、もう死にたいのに…何で……!」

「……ごめんね。こんなになるまで放っておいて」

「……え?」

 

 

何を言っている?そう聞こうとする前に、彼女は俺の耳元で囁き始めた

 

 

「私、イフに甘えすぎてた。イフは何でも出来るからって、全部押し付けて。私はそれに気付いてたのに、見て見ぬふりをしてた」

「何で…そんな事言うんだよ……」

「……私が、イフの事が好きだから」

「っ!?」

 

 

頭が真っ白になる。思考が停止する。理解が追いつかない。今、こいつはなんと言った?

 

 

「ずっと前から好きだった。イフが辛い時、側にいてあげたかった。でも、イフは強いから。きっと何があっても一人で前を向けるって思い込んでた」

「………」

「今度は私が助けるから。この手を取って」

 

 

差し出された手を、じっと見つめる。これを取れば、もう戻れないかもしれない。そんな予感があった。だが、俺にはもう何も残っていないのだ。失うものなど何もない

 

 

「……俺は」

 

 

震えながら、彼女の手に自分の手を伸ばす。もう、どうなってもいい。彼女が救ってくれるというのなら、救われよう

 

 

「……やっぱり、やめた」

 

 

伸ばした手が止まる。ホシノは驚いた表情を浮かべていた

 

 

「ど、どうして……」

「……だって、お前の手を取ったらもう二度と離れられなくなるだろ」

 

 

俺は、彼女に依存してしまう。それは駄目だ。俺みたいな奴のせいで、ホシノの輝かしい未来が閉ざされてはいけない。俺は、ホシノに幸せになって欲しい

 

 

「もう、行ってくれ。どっか遠くで生きてるから」

「……あっそ」

 

 

ホシノは俺から離れて、背中を向けた。俺も同じように背中を向け───

 

 

「──なら、無理矢理にでも連れて行く」

 

 

後頭部に衝撃が走る。薄れゆく意識の中で、最後に見えたのは──

 

 

「もう、絶対離さないから」

 

 

そう言って笑う、泣きそうな顔の彼女の姿だった

 

 

──────────────────

 

 

 

「……ここは?そうだ、俺、ホシノに…」

 

 

目覚めたのは誰もいない教室だった。でも、見覚えのある教室だ。ここは──アビドスの空き教室の中だ

 

 

「……縛られてる」

 

 

両手は後ろで縛られている。壁を背にもたれかかるような体勢になっている為、逃げようと思えば立って窓を突き破れば逃げられる。だが、何故かそんな気にはならなかった

 

 

「……起きたんだ。おはよう」

「シロコ……?」

 

 

扉を開いて現れたのはシロコだった。これでこの場所がアビドスだと言う事が確定した。ならば何故俺はここにいるのだろうか

 

 

「今朝、ホシノ先輩がイフ先輩を連れて来た」

「……それで、何で俺は縛られてるんだ」

「連れて来た時、ノノミと私は大体理解した。ホシノ先輩がやろうとしている事。セリカとアヤネには秘密だけど。皆、意思は同じだった」

「……?」

「イフ先輩を助け出す。私と、ノノミと、ホシノ先輩で」

「っ……」

 

 

その言葉を聞いて、少しだけ安心した自分がいた。まだ、俺を必要としてくれる人がいる。そう思うと、胸が熱くなった

 

 

「だから、抵抗しないで。大人しくして欲しい。イフ先輩を傷つけたくはないから」

「……そうか」

 

 

それだけ言って黙り込む。拘束自体は触手で破壊できるが、それは何の意味もない行為だ。だから、今は従う事にした

 

 

「ありがと。じゃあ、始めるね」

「何を?」

「質問。何をしようとしていたのか、何があったのか。答えてくれる?」

「……自殺する為に外に出た。直前で怖くなって失敗したけどな」

「どうして自殺しようとしたの?」

「……大人の夢も無くなって、トリニティでも迫害されて、残ったのは先生の生徒って立場だけだった。なのに……先生は俺に言ったんだ」

 

「『もう私の生徒じゃない』ってさ。……俺、もう何者でもない半端なクソ野郎だ。生きる理由なんて残ってないんだよ」

「……そんな事ない」

「あるんだよ。俺の居場所はもうどこにも無い。お前らも俺に構うなよ。ほっといてくれ」

「嫌」

「……どうして」

「私が今のイフ先輩みたいになってたら、イフ先輩は私を放っておけるの?」

「………」

 

 

分かりきっている。無理だ。放っておく事など出来ない。きっと、どれだけ突き放されようとも手を伸ばし続けるだろう

 

 

「それで、どうすればいいか考えた」

「……?」

「イフ先輩を苦しめる全てを排除すればいい。流石にトリニティの生徒は無理だと思うけど……先生なら、きっとなんとかなる」

「……は?ちょっと待てよ。お前らまさか……」

「イフ先輩、おはようございます〜」

 

 

扉からノノミが入って来た。いや、重要なのはそこじゃ無い。ノノミの後ろにいるホシノだ。表情は三年前のそれだ。怒りが伝わって来る

 

 

「ノノミちゃんとシロコちゃんはイフを見張ってて。私が行ってくるから」

「まさか……話、聞いてたのか……?」

 

 

さっき、シロコは俺を苦しめる全てを排除すると言った。それに、先生なら何とかなる、とも言った

それは、つまり───!

 

 

「──馬鹿!何しようとしてるんだ!」

 

 

止めなければ。ホシノがこれからやろうとしている事は、このキヴォトスを滅ぼしかねない事だ。先生が死んだら、間違いなくキヴォトスは滅びる

拘束を触手で破壊し、ホシノの元に走り出そうとして───

 

 

「大人しくしててって言った筈」

「イフ先輩?ちょっとじっとしててくださいね?」

 

 

二人に押さえつけられる。負傷した今の俺に、二人を跳ね退けるだけの力は無い。そのまま床に押し倒される

 

 

「ホシノ!自分が何しようとしてるかわかってんのか!?」

 

 

必死に叫ぶ。だが、彼女は聞く耳を持たなかった

 

 

「分かってるよ。イフを自殺まで追い込んだ大人を殺すだけ。……やっぱり信用なんてできなかった。大人なんて、信じるべきじゃ無かった。完全に奪われる前に、間に合ってよかった」

「やめろ行くな!お前は……人を殺しに行くんだぞ!?」

「うん。でも、イフを助ける為なら仕方がないよね」

「っ……!」

「大丈夫だよ。全部終わったら、皆で一緒に暮らそう。イフを傷つける人はいないよ」

「やめて……やめろ……やめてくれ……!!」

 

 

ホシノの姿が、段々とドアの影に消えていく。行ってしまう。俺のせいで、ホシノが人を殺める事になる。それだけは駄目だ。それだけは───!!

 

 

「止まれホシノ──!」

「っ───!?」

 

 

腕に全力を込めて、拘束を振りほどく。恐らく、ノノミとシロコに走るであろう一瞬の困惑。その一瞬だけでいい。ホシノに近づく為の、たった一瞬の隙があれば──────

 

 

「──大人しくしてて!」

「っ──!?」

 

 

次の瞬間には、俺の体は仰向けに押し倒されていた。俺の腹の上にはノノミが馬乗りになり、首にはシロコの手が添えられていた

 

 

「イフ先輩、動いたら締める」

「駄目、だ…ホシノ……!」

「大丈夫ですよ〜。イフ先輩は何も考えなくていいですからね」

「やめてくれ……頼む……やめてくれ……!!」

 

 

涙を流す俺を見て、ノノミとシロコは悲しげな顔をしていた。だが、それでも俺を押さえつける力は弱まらない。やがて、ホシノの姿が完全に見えなくなった

 

 

「あ………」

 

 

扉が閉まる音が聞こえる。もう、止められない。ホシノは、もう戻れない所へ行ってしまった。俺のせいだ。俺が自殺なんかしようとしたから、俺が──

 

 

「イフ先輩?泣いているんですか?」

「ごめんなさい。でも、イフ先輩の為だから。私達が慰める」

 

 

俺が完全に脱力したのを知ったのか、二人は手を離した。実際、正しい選択だ。もう動く気力は無い

二人が服を脱いでいくのを無気力に眺めながら、時間は過ぎて行く。先生が死んだというニュースを見たのは、その数時間後の事だった

 

 

 

──────────────────

 

 

「イフ、おはよう」

「……おはよう、ホシノ」

 

 

教室に訪れたホシノに、力なく挨拶を返す。結局、あれから俺は何もしなかった。いや、できなくなった。俺に出来る事など何もなかったのだ

 

 

「ご飯持って来たんだ。一緒に食べよ?」

「……ありがとう」

「はい、あーん」

 

 

あれから、俺はずっと空き教室で暮らしている。ノノミ、シロコ、ホシノに世話をされながら、何もせずただ生きて居るだけだ。こんな生活が──きっと、全てが滅ぶまで続くんだろう

 

 

「イフ」

「……どうし──んっ」

 

 

舌が入ってくる。濃厚なキスだ。だが、こんなのはもう慣れっこだ。三人ともキスはしたし、それ以上の事もされた。今更恥ずかしいとは思わない

 

 

「……私、やっと守れた」

 

 

きっと、ユメ先輩の事を言っているのだと思う。俺たちが過去に負った同じ傷であり、後悔だから

 

 

「イフは、どこにも行かないでね」

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