「う、あぁっ…!」
涙を流し、嗚咽しながら、誰もいない夜の街を歩く
何もかもどうでもいいと、もう死にたいと思って、シャーレを飛び出してここまでやって来た筈なのに
──まさか、直前になって怖くなるなんて
何故なのかはわからない。誰もが持っている死にたくないという思いからなのか。それとも──もういない、俺達の先輩を思い出したからなのか。それは俺にもわからなかった
「っ……!くそ……なんで……」
死ぬのが怖いのか。あるいは、会えなくなる事が怖いのか。俺はもう先生の生徒じゃない。そんな状態で全てを投げ出して死んでしまったら、本当に何の存在価値もなくなるのが嫌なのか
「ユメ先輩……俺、どうしたらいいんですか……」
帰ってくる事のない問いを、ただ闇夜に呟く。ユメ先輩なら、何か答えを出してくれる気がした。でも、その先輩も今はいない
「あぁ……クソ……ちくしょう……!!」
涙を拭い、再び歩き出す。何処へ行くあてもなく、ただ彷徨い続ける。そうしている内に朝になった。疲れ果て、路地裏に座り込む。きっと、アリウススクワッドは先生が助け出した筈だ。俺の出る幕はない
「はは……馬鹿みたいだな……」
死ねたならそれが最善だった。怖くなってこんな所にいる時点で俺は最悪だ。生きる理由がない。死んだ方がいい。だけど、まだ生きたいと思う自分がいる
誰か、誰かいないのか?俺を必要としてくれる人は。無価値じゃないと、生きていていいと言ってくれるだけでいいんだ。そうすれば、きっと───
「……イフ?」
耳に響いた、聞き慣れた声。幻聴にしてはよく出来ているなと笑いそうになったが、違う。これは本物だ
「……ホシノ」
「どうしたの?こんな所に座って…」
「何でここに…」
「ここ、アビドスのすぐ近くだよ?」
「え?」
辺りを見渡す。確かにここは見覚えがある場所だった。かつて、俺が毎日のように訪れていた学校の近く。来ていなかった期間はそれほど長くない筈なのに、なんだか酷く懐かしい
「……泣いてるの?」
「っ……!」
必死で顔を背ける。こんなところを見られたくはなかった。弱みを見せたくなかった。しかし、ホシノはそれを許さないというように、俺の顔を掴んで無理矢理視線を合わせた
「っ…!離せ!来るな!見るなよ…!」
「イフ」
「もう、もう嫌なんだよ!俺に関わらないでくれ!ほっといてくれよもう!」
俺の言葉を聞いても尚、彼女は俺の側を離れようとしなかった。そして、優しく俺を抱き締める
「落ち着いて。大丈夫だから」
「うるさい!もう、もう死にたいのに…何で……!」
「……ごめんね。こんなになるまで放っておいて」
「……え?」
何を言っている?そう聞こうとする前に、彼女は俺の耳元で囁き始めた
「私、イフに甘えすぎてた。イフは何でも出来るからって、全部押し付けて。私はそれに気付いてたのに、見て見ぬふりをしてた」
「何で…そんな事言うんだよ……」
「……私が、イフの事が好きだから」
「っ!?」
頭が真っ白になる。思考が停止する。理解が追いつかない。今、こいつはなんと言った?
「ずっと前から好きだった。イフが辛い時、側にいてあげたかった。でも、イフは強いから。きっと何があっても一人で前を向けるって思い込んでた」
「………」
「今度は私が助けるから。この手を取って」
差し出された手を、じっと見つめる。これを取れば、もう戻れないかもしれない。そんな予感があった。だが、俺にはもう何も残っていないのだ。失うものなど何もない
「……俺は」
震えながら、彼女の手に自分の手を伸ばす。もう、どうなってもいい。彼女が救ってくれるというのなら、救われよう
「……やっぱり、やめた」
伸ばした手が止まる。ホシノは驚いた表情を浮かべていた
「ど、どうして……」
「……だって、お前の手を取ったらもう二度と離れられなくなるだろ」
俺は、彼女に依存してしまう。それは駄目だ。俺みたいな奴のせいで、ホシノの輝かしい未来が閉ざされてはいけない。俺は、ホシノに幸せになって欲しい
「もう、行ってくれ。どっか遠くで生きてるから」
「……あっそ」
ホシノは俺から離れて、背中を向けた。俺も同じように背中を向け───
「──なら、無理矢理にでも連れて行く」
後頭部に衝撃が走る。薄れゆく意識の中で、最後に見えたのは──
「もう、絶対離さないから」
そう言って笑う、泣きそうな顔の彼女の姿だった
──────────────────
「……ここは?そうだ、俺、ホシノに…」
目覚めたのは誰もいない教室だった。でも、見覚えのある教室だ。ここは──アビドスの空き教室の中だ
「……縛られてる」
両手は後ろで縛られている。壁を背にもたれかかるような体勢になっている為、逃げようと思えば立って窓を突き破れば逃げられる。だが、何故かそんな気にはならなかった
「……起きたんだ。おはよう」
「シロコ……?」
扉を開いて現れたのはシロコだった。これでこの場所がアビドスだと言う事が確定した。ならば何故俺はここにいるのだろうか
「今朝、ホシノ先輩がイフ先輩を連れて来た」
「……それで、何で俺は縛られてるんだ」
「連れて来た時、ノノミと私は大体理解した。ホシノ先輩がやろうとしている事。セリカとアヤネには秘密だけど。皆、意思は同じだった」
「……?」
「イフ先輩を助け出す。私と、ノノミと、ホシノ先輩で」
「っ……」
その言葉を聞いて、少しだけ安心した自分がいた。まだ、俺を必要としてくれる人がいる。そう思うと、胸が熱くなった
「だから、抵抗しないで。大人しくして欲しい。イフ先輩を傷つけたくはないから」
「……そうか」
それだけ言って黙り込む。拘束自体は触手で破壊できるが、それは何の意味もない行為だ。だから、今は従う事にした
「ありがと。じゃあ、始めるね」
「何を?」
「質問。何をしようとしていたのか、何があったのか。答えてくれる?」
「……自殺する為に外に出た。直前で怖くなって失敗したけどな」
「どうして自殺しようとしたの?」
「……大人の夢も無くなって、トリニティでも迫害されて、残ったのは先生の生徒って立場だけだった。なのに……先生は俺に言ったんだ」
「『もう私の生徒じゃない』ってさ。……俺、もう何者でもない半端なクソ野郎だ。生きる理由なんて残ってないんだよ」
「……そんな事ない」
「あるんだよ。俺の居場所はもうどこにも無い。お前らも俺に構うなよ。ほっといてくれ」
「嫌」
「……どうして」
「私が今のイフ先輩みたいになってたら、イフ先輩は私を放っておけるの?」
「………」
分かりきっている。無理だ。放っておく事など出来ない。きっと、どれだけ突き放されようとも手を伸ばし続けるだろう
「それで、どうすればいいか考えた」
「……?」
「イフ先輩を苦しめる全てを排除すればいい。流石にトリニティの生徒は無理だと思うけど……先生なら、きっとなんとかなる」
「……は?ちょっと待てよ。お前らまさか……」
「イフ先輩、おはようございます〜」
扉からノノミが入って来た。いや、重要なのはそこじゃ無い。ノノミの後ろにいるホシノだ。表情は三年前のそれだ。怒りが伝わって来る
「ノノミちゃんとシロコちゃんはイフを見張ってて。私が行ってくるから」
「まさか……話、聞いてたのか……?」
さっき、シロコは俺を苦しめる全てを排除すると言った。それに、先生なら何とかなる、とも言った
それは、つまり───!
「──馬鹿!何しようとしてるんだ!」
止めなければ。ホシノがこれからやろうとしている事は、このキヴォトスを滅ぼしかねない事だ。先生が死んだら、間違いなくキヴォトスは滅びる
拘束を触手で破壊し、ホシノの元に走り出そうとして───
「大人しくしててって言った筈」
「イフ先輩?ちょっとじっとしててくださいね?」
二人に押さえつけられる。負傷した今の俺に、二人を跳ね退けるだけの力は無い。そのまま床に押し倒される
「ホシノ!自分が何しようとしてるかわかってんのか!?」
必死に叫ぶ。だが、彼女は聞く耳を持たなかった
「分かってるよ。イフを自殺まで追い込んだ大人を殺すだけ。……やっぱり信用なんてできなかった。大人なんて、信じるべきじゃ無かった。完全に奪われる前に、間に合ってよかった」
「やめろ行くな!お前は……人を殺しに行くんだぞ!?」
「うん。でも、イフを助ける為なら仕方がないよね」
「っ……!」
「大丈夫だよ。全部終わったら、皆で一緒に暮らそう。イフを傷つける人はいないよ」
「やめて……やめろ……やめてくれ……!!」
ホシノの姿が、段々とドアの影に消えていく。行ってしまう。俺のせいで、ホシノが人を殺める事になる。それだけは駄目だ。それだけは───!!
「止まれホシノ──!」
「っ───!?」
腕に全力を込めて、拘束を振りほどく。恐らく、ノノミとシロコに走るであろう一瞬の困惑。その一瞬だけでいい。ホシノに近づく為の、たった一瞬の隙があれば──────
「──大人しくしてて!」
「っ──!?」
次の瞬間には、俺の体は仰向けに押し倒されていた。俺の腹の上にはノノミが馬乗りになり、首にはシロコの手が添えられていた
「イフ先輩、動いたら締める」
「駄目、だ…ホシノ……!」
「大丈夫ですよ〜。イフ先輩は何も考えなくていいですからね」
「やめてくれ……頼む……やめてくれ……!!」
涙を流す俺を見て、ノノミとシロコは悲しげな顔をしていた。だが、それでも俺を押さえつける力は弱まらない。やがて、ホシノの姿が完全に見えなくなった
「あ………」
扉が閉まる音が聞こえる。もう、止められない。ホシノは、もう戻れない所へ行ってしまった。俺のせいだ。俺が自殺なんかしようとしたから、俺が──
「イフ先輩?泣いているんですか?」
「ごめんなさい。でも、イフ先輩の為だから。私達が慰める」
俺が完全に脱力したのを知ったのか、二人は手を離した。実際、正しい選択だ。もう動く気力は無い
二人が服を脱いでいくのを無気力に眺めながら、時間は過ぎて行く。先生が死んだというニュースを見たのは、その数時間後の事だった
──────────────────
「イフ、おはよう」
「……おはよう、ホシノ」
教室に訪れたホシノに、力なく挨拶を返す。結局、あれから俺は何もしなかった。いや、できなくなった。俺に出来る事など何もなかったのだ
「ご飯持って来たんだ。一緒に食べよ?」
「……ありがとう」
「はい、あーん」
あれから、俺はずっと空き教室で暮らしている。ノノミ、シロコ、ホシノに世話をされながら、何もせずただ生きて居るだけだ。こんな生活が──きっと、全てが滅ぶまで続くんだろう
「イフ」
「……どうし──んっ」
舌が入ってくる。濃厚なキスだ。だが、こんなのはもう慣れっこだ。三人ともキスはしたし、それ以上の事もされた。今更恥ずかしいとは思わない
「……私、やっと守れた」
きっと、ユメ先輩の事を言っているのだと思う。俺たちが過去に負った同じ傷であり、後悔だから
「イフは、どこにも行かないでね」