「っ………!?」
体が揺れたような感覚がして、すぐに意識が覚醒した。机に突っ伏するような姿勢に、目の前に置いてある大量の書類。仕事中に寝てしまった事はすぐにわかった。寝てる間に体が震えて起きた事もわかった
………ただ、この起き方、どこかで…
『起きろよ先生』
……あぁ、そうだった
一度だけ、彼がこうやって起こしてくれたっけ
「……もう朝。仕事しなきゃ」
セナやセリナには怒られかねないが、休んでいられるほど余裕があるわけでもない。何より───
「……頑張らなきゃ、イフは怒るよね」
机の上に置いてある一丁のハンドガンを、優しく撫でた
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ベアトリーチェは倒され、秤アツコは救い出され、聖園ミカは正しい道を歩み始めた。エデン条約事件の騒動など最初から無かったかのように、世間はいつも通りの平和な日々を享受している
大多数の人間は、その裏で潰れてしまった一人の存在を知る事はない
「…………」
扉を開けた、一人の少女。夏が訪れたというのに、季節外れの黒いロングコートを羽織っている。帰宅の連絡をする事はない。この家には彼女以外誰も住んでいない。かつては、一人の少年が住んでいたが、今はもう居ない
買ってきた食材を手早く冷蔵庫にしまい、再び外に出る。向かった先は、彼女がよく訪れる場所。その場所にある墓石の前に立つと、花を供えて両手を合わせた
「……来ましたよ、イフ様」
その呟きは、風に乗って消えていく。ここに眠る者はもう何も答えてくれない。それでも、彼女は話し続ける
「イフ様の上着、夏でも着ていたのでてっきり涼しいものだと思っていたんですが、普通に暑いじゃないですか。おかげで汗をかいてしまいました」
クスリと笑いながら、彼女は言葉を続ける
「……私は強くなりました。ネル先輩にも負けないぐらいに。私は無敵のメイドですから。……貴方以外の主人を持つつもりはありませんが」
「……それでも、貴方に届かない。アビ・エシュフを使っても、またバラバラに引きちぎられる未来しか見えません。一体どうしたら……貴方に追いつけるのでしょうか」
「……私は、弱いままです。貴方がいないだけでこんなに弱くなって……ダメですね。貴方が隣にいてこその私なのに」
「……寂しいです、イフ様」
少女の瞳から涙がこぼれ落ちる。拭っても拭っても止まらない。頬に伝った雫が地面へ落ちていった
「……泣いてはいますが、止まりはしません。ヒナ先輩も、ホシノ先輩も、ティーパーティーの皆さんも同じです。貴方の死を受け入れて、乗り越えて、それでも先に進もうとしています」
「あまり泣いてばかりいると、イフ様はきっと怒りますよね?わかっては、いるのです」
彼女の声は次第に震え始める。抑えていた感情が溢れ出してきた
「……それでも、貴方に会いたい。抱きしめて欲しい。もう一度、あの時のように頭を撫でて欲しい」
「私だけではありません。貴方の痕は、このキヴォトスの至る所に残っていますから。貴方に助けられた生徒達だって沢山います。私もその内の一人なんですよ?」
「……駄目ですね。貴方がいないと、どうも弱気になってしまいます。もっとしっかりしないと──」
「来てたんだ、トキ」
左から聞こえた声に振り向けば、そこには先生が居た。買い物袋を手に持ちながらこちらに歩いてくる
「先生もですか?奇遇ですね」
「うん。まあ…私の責任だし」
「…………」
尾噛イフの自殺。要因は多く存在したが、最後の一押しは間違いなく先生にある。だが──その事実を経て尚、尾噛イフがキヴォトスを託したのは先生だ。断罪される事はなく、ただ背負うものが一つ増えただけだった
「……イフは、元気にやってる?」
墓石を撫でながら、先生は尋ねた
「私も頑張る。イフが繋いで、託してくれたキヴォトスは必ず守ってみせるから」
「……後悔は、消えないけど。イフを救えなかったのは、私にとって一生の傷になると思う」
「でも、前に進むよ。立ち止まる事はしないから。私が生きてるのは、そういう事なんでしょ?」
尾噛イフが死に、原因が先生にあると判明してからの話。彼を慕う生徒達の怒りの矛先は先生に向けられた。殺される事も覚悟していたが、トキがそれを止めた
許された訳ではない、一生、許される事はないのだろう。それでも、彼女は前に進んでいくしかない
「あれ?二人も来てたんだ」
二人が声の方を向けば、そこにはホシノとヒナが居た。二人とも、手に花を握りしめている
「イフはどう?こっちはいつも通りかな〜。皆で借金返す為に色々頑張ってるよ〜」
「風紀委員会も、いつも通り。大変だし、めんどくさいけど……それでも、頑張ってる」
それぞれが、思い思いの言葉を口にする。この場の四人は全員が多忙の身、あまり長く居られるわけでは無い。全員が背を向けて去って行こうとする中、トキが振り返る
「イフ様、預かっていてください」
そう言って、花と同じ場所に一振りのナイフを置いた
「私がイフ様にも負けないような最強のエージェントになった時に取りにきます。それまで、預けておきますね」
「トキー!どうかした?」
「今行きます」
先生の呼び声に返事をして、墓地を後にしようとする。最後にもう一度だけ、墓の方を振り向いて──
「──私、大人になります。目指すものが多いですが、えぇ、これだけは外せません。イフ様のような人も救えるような、強い大人に」
今度こそ、振り返る事なくその場を去っていく。トキの髪を、心地よい風が揺らし───
『─────』
トキは、少しだけ微笑んだ
言いたい事はわかるよ?
でもな?俺は思ったんだ
ここのトキはイフ君が最後の最後まで折れていなかった事を知ってるし、イフ君の事なら何でも知ってるから恨みで先生を殺すとかは絶対しないしさせない。でもって自分もその辺の感情は一切捨ててイフ君の幻影を追い続けるんだろうなって
で、一年のトキがそんなんだから上級生組も目が覚めるんだよね。ただ表面上吹っ切れてはいるけどめちゃくちゃ引きずるだろうし彼氏とか絶対作らないんだろうなって
だからバッドエンドってよりビターエンド感ある