続きはない
「こんぐらいあれば充分かな………」
ずっしりと重さを感じさせるタンクを、どすんと音を響かせながら地面に置いた。中身はガソリン。普段なら重くなど無いだろうに、怪我をした今の身体にはかなりの重労働だった
「…………」
懐から取り出したハンドガンを、地面のタンクに向ける。引き金を引けば一気に引火して大爆発。再生は追いつかず俺は確実に死ぬ
「………降ってきやがった」
降り出した雨が唯一気がかりだが、きっと大丈夫だろう。俺はちゃんと死ねる筈だ
「思えば、いろんな事があった」
大人になる。それだけを思って積み重ねて来た全てを、今この場で俺の命とともに焼き払う。
喪失感とも、開放感とも、あるいはそのどちらとも言えないような不思議な感情が、俺の中に渦巻いた
引き金に指をかけた。あとは引くだけ、それだけで死ぬことが出来る。
「……みんな」
結局は、身勝手。俺は俺が起こした問題の全てを誰かに丸投げして、ただ何もかもが嫌だからと逃げている
こうする事を選んだ時点で、俺は人間でも化け物でもないただのクズに成り下がった
構わなかった。クズならクズらしく、自分のエゴのままに死んでやる
「さよなら」
バン、銃声が響いた
──────────────────
「……………?」
放たれた銃弾はタンクに当たることはなく、代わりにアスファルトに小さな痕を刻み込む
外したんじゃ無い、外された
「………まに、あった」
銃を持つ俺の手を、誰かが握っている
黒いドレス、長い銀髪、狼の耳。よく似た人は知っているけど、目の前の人を俺は知らなかった
「邪魔するなよ」
知らない相手だったけど、心の中には苛立ち以外何も感じなかった。死ぬのを邪魔された怒り。それだけだった
「誰だか知らねえけど、人の問題に勝手に踏み込んで────」
言葉が、止まった
雨の中だけど、泣いているように見えたから
「……あぁもう」
何だかバツが悪くなって、目の前の少女から視線を外して銃を手放した
「……死ぬ気、だったんだ」
「お前がいなきゃとっくにな」
少し口が悪くなったかな、なんてどうでもいい事を思った。死ぬつもりだったし、別にそれが変わったわけじゃない
「……んで、なんかやたらと知り合いに似てるのは気のせいか?」
「気のせい……じゃないよ。私、シロコ」
しろこ
シロコ
………砂狼、シロコ
「シロコ、か……悪いな。色々あって名前忘れててよ」
「うん。大丈夫、気にしてない」
夜明けが近いのか、東の空は少しずつ明るみ始めている。周りは建物だらけでよく見えないが、きっと綺麗な空なんだろうな
「………んで、何か色々違うってのはもう省くけど、何しに来たの?」
「………その、わからない」
「はい?」
「ただ………先輩に、言いたかった事がずっとあって。そればかり考えてたら、いつの間にか…………」
事情は知らない
けど、何となく嘘はついてない気がした
「んで、言いたいことって?悪いけどさっさと死にたいんだ。なる早で頼むよ」
投げやりにそう言うと、シロコは少しの間黙り込む。きっと考えているんだろう。だけど俺には、その待っている時間が苦痛だった
「…………」
「……あっそ、何も無いなら俺はもう行くから」
立ち去ろうとした俺の腕を、シロコが掴んで止めた
「……なんだよ?」
「私は」
……あぁ、本当に嫌だな。またこれだ
「私、は……ずっと、言いたかったの」
「だから何を────」
「ありがとう」
「ずっと一人で、私たちのために」
「先輩は強いし、頼りになるからって、ずっと甘えてた」
「先輩に頼り切りで、それでいいって思い込んで───こんな事になっちゃった」
「後悔とか、たくさんあるけど」
「一番言わなきゃいけない事は、それじゃないの」
「ありがとう、イフ先輩」
──────────────────
涙、だった
頬を伝うそれが何なのか気づいたのは、それを流し初めてから数瞬の後だった。
「なっ……なんで、なんで………!」
今更。なんで今更
今までやってきた大人モドキを感謝されて、なんで今更心が揺れる?
捨てたはずだ。終わらせたはずだ。ただただ無意味で、空虚だったと切り捨てたはずだ。なのに、なんで
「今度は、私が助ける」
「シロ……コ」
心の揺らぎに突き動かされるように、俺は無意識のうちに口を開いていた
「なぁ、頼むよ。俺、頑張ったんだよ。みんなのためにって必死になって戦ってさ。でも───結局、皆俺を拒絶するんだ」
「うん」
「大人でもなくて、子供でもなくて、ただの化け物になって……俺もう、嫌で────」
首に感じた、柔らかく、暖かい何かの感触
「……マフ、ラー?」
「先輩がいたから、失くさずに済んだの」
シロコ自身と俺。繋ぐように互いの首に巻かれた一つのマフラー
「私、先輩の生きる理由になれる?」
途方もない苦しみを味わった
でも、その果てにこれを見つけた
「おれ……俺は……」
動きの鈍い手で、シロコの細い手と俺の手を繋ぐ
「……俺は、生きたい」
朝日は、俺たちを照らさなかった
──────────────────
「痛………」
色彩との最終決戦。アトラ・ハシースの中心部にて行われた、砂狼シロコによく似た存在との戦い
戦闘だけの事を話すなら、相手一人に対してこちらは多数。圧倒的有利に戦闘を進めていた
だが──爆音と共に放たれた一撃が、状況を完全にひっくり返した
吹き飛ばされた小鳥遊ホシノの盾はひしゃげ、体に目立った傷は無いが、かなりのダメージを負ったことは疑いようもなかった
(今の、は───!?)
衝撃の正体を探るべく、小鳥遊ホシノは周囲を見渡して───
「いやぁ、悪いなシロコ。体治すのに思ったより時間かかってさ」
「……ん、大丈夫」
絶句していたのは、小鳥遊ホシノだけじゃない
「んじゃ、とりあえず決めゼリフはいるよな」
その場の誰も、絶望で動けなかった
「もう大丈夫!」
だって、そこには
「俺が来た!」
最悪のヒーローが、いたから
プレ先「とりあえず延命させたわ。ほな!」