頑張ってきた。自分という存在を振り返った時、俺が下す評価はそれだと思う
アビドスを襲ったヘルメット団だったり、ゲヘナで暴れる不良生徒だったり、場所を選ばず暴れる犯罪者だったり
撃たれれば血が出て激痛のこの体で、よくもまああんなに走り回って頑張ったものだ、なんて
まぁ、結局全部無駄だったのだけれど
俺は大人になりたかった、遠い家族を救う為に
だから強くなった、立場を持った、言葉遣いを変えた、立ち振る舞いを変えた
その果てに得たものなんて、碌なものじゃなかった
遠い家族に撃たれて、体はバラバラに千切れ飛んだ。大事な人たちが殺し合った。人じゃない事がバレて、出ていけと糾弾された
挙げ句の果てに、俺が何年も掛けて"成ろうとした"ものを、突如現れた"成っている者"に奪われた
自分の積み上げてきた数年は、目の前の女の数ヶ月の足元にも及ばないのだと、一番近くで理解させられた。惨めだった。ひたすらに悔しかった。ただただ本当にイライラして、怖かった
あぁそうだ。俺はあの日から───ずっと怖くて仕方なかった
何者でも無くなるのが怖かったんだ。大人を目指したハリボテこそが俺だから。大人を失くして、今更子供に戻れるのか……なんて考えていたっけ
結局、与えられたのは"子供"なんて贅沢な身分じゃなくて、"化け物"っていう糾弾と排斥だった
俺は、頑張ってきたと思う
ゴールが別にあったとしても、キヴォトスの為、世の為人の為、自分を殺して頑張ってきたと思う
でも、今なら分かる
あぁ────全くもって割に合わない
辛かったんだ、死にたくなるほどに
怖かったんだ、自分がどんどん消えていく
失望したんだ、守ってきたものに排斥されて
絶望したんだ、大好きな憧れに否定されて
苦しかったのに、誰も手を差し伸べてくれない
俺は皆に手を伸ばしたのに、皆は俺に手を伸ばさなかった
終わろうとした。終わらせたかった
でも─────
『私、先輩の生きる理由になれる?』
あんな事言われて、救いの手が伸びてきたなら?
差し伸べられてるその手が、怪物だとして────一体誰が、それを拒む事ができる?
報いよう、救われたのだから
戦おう、彼女だけが俺の全てなのだから
壊そう、邪魔するものを全て
俺の力は、ただ一人の為にあるのだから
──────────────────
「っ………!」
「ははは!どうしたどうした!?」
速すぎる。小鳥遊ホシノが抱いた感想はそれだった
敵として現れた、死んだものと思っていた想い人に対する感情は一旦しまって割り切った。今は、絶望するよりもやるべき事がある。自分が死ぬだけならばまだいいが、後輩たちまで危険に晒す訳にはいかない
だけど───戦ったとて、勝てるなんて思えなかった
「遅い!」
「ぐ、ぅっ……!」
ひしゃげた盾を使い、直感で打撃を何とか防ぐ
"キヴォトス最強"───どこかで聞いた尾噛イフの称号を、小鳥遊ホシノは改めて実感する
(同時!殴られたと同時に撃ち返すしかない……!)
最早純粋な人間の目に追える速度ではない。だが、攻撃の瞬間だけは別。相手の位置が確定するその瞬間を狙い撃つ
「───今ッ!」
誤差は限りなく少なかった。ほぼ同時とも言えた。小鳥遊ホシノの作戦は完璧だったし、それを実行するだけの能力もあった
「がっ……!?」
盾越しの衝撃と同時に喰らった、脳天への踵落とし。ショットガンの弾丸は、ただただ空を舞っただけ
"殴ったと同時にショットガンを避け、そのまま踵落とし"───この一連の動作を、尾噛イフは小鳥遊ホシノの反応より早く行って見せた
無論、普通にやってできる動きではない。からくりは当然存在する
(や、ばっ……)
黒い触手を両手から伸ばし、パチンコのように自分の体を射出しようとしている尾噛イフの姿を視界の端で捉えながらも、小鳥遊ホシノの身体は動かない
からくりの正体───それは、反転した砂狼シロコと繋いだ縁により発生した"共鳴現象"
尾噛イフ本来の神秘、ウロボロスの蛇。創造と破壊を司る存在としての側面がより強く表れたのが、今の尾噛イフだ
故に可能となる、新たな能力の創造
行動により発生する運動エネルギーを体の一部器官に溜め込み、任意のタイミングで放出する────!
「発勁!」
今までのそれとは桁外れの威力の蹴りが、小鳥遊ホシノの腹部に直撃した
「か───」
それ以上の言葉を発する時間は無く、小鳥遊ホシノの体は文字通り宙を舞い、そのまま地面に叩き付けられた
「はは……あーぁ。こんなに弱いのかよ、頑張りすぎたかな?どう思うよ」
残った力を振り絞って立ちあがろうとするホシノの側へと、イフはゆっくり歩み寄る
「この後たくさん来るんだろ?できるだけ余力残して────」
───イフの意識外から放たれた紫色の弾丸と同時に、イフの体が掻き消えた
ただ皆が、頑張っただけ。ほんの少し、頑張ってくれたから───空崎ヒナは船に乗れたのだ
「っ……!不意をついたのに!」
「"危機感知"だよ!新たな力だ!」
敵意に反応して脳に警告を送る"危機感知"により、意識外からの攻撃に完璧に対応
「浮遊!」
羽もない、特別な装備もない───なのに、尾噛イフの体は宙に浮かんだ
「なんで!?」
「そういうもんだ!」
指を弾いて発生させた風圧で速度をプラス、触手を使って軌道修正の補助。まさに縦横無尽、鳥のごとき空中機動性
「やべーな先生!俺楽しくて仕方ねえよ!」
今回の作戦における指揮官であり、生徒を導く大人の模範───先生は、その言葉に顔を歪ませながらも、決して俯かない
「大変だなぁ!?守るものが多いってのは!」
「君、は………!」
そんな人じゃ無かっただろう、なんて言葉は、先生の口からは出なかった。自分が言うにはあまりに────悪辣に思えたから
「おーらっ!」
「ごふっ……!」
触手で"発勁"を起動し、それを皮膚下に張り巡らせる事で可能とする、一時的な四肢性能の向上。普通に四肢に溜め込むよりも素早く、多くのエネルギーを溜め込むことのできる拳が、空崎ヒナの腹に突き刺さった
「ち、がうっ………!」
「あ?」
腹に突き刺さった左腕を、それでも空崎ヒナは掴んだ
「あなたは……!笑いながら人を殴るような…!人じゃ、ないっ……!」
「ハッ、何も知らねーのな」
無感情に、そう答えた
「残念、こちとらアリウス生まれアリウス育ちだ」
拳を受け止めている空崎ヒナの体が、少しづつ後ろへ押し戻される。不可解なのは、尾噛イフ自身の体が全く動いていないことだったが────
「は────」
途中から千切れ、さながらロケットパンチのように放たれた一撃が、空崎ヒナの体を吹き飛ばした
「まただ!また千切れちまった!お前らが出しゃばるからだ!」
千切れた腕を触手で接続。一瞬で重傷を完治させた。反転現象により強く表れた彼の神秘───当然、それが持つ再生能力も、以前とは桁違いに強化されている
「えっと、何だっけ……あぁそうそう。アリウス生まれアリウス育ち…ゴミ食って人殴って育ったんだ。育ちの悪さにゃ一家言あるぜ」
反転による性格の変化。大人を目指した心優しい少年は消え、ただ自分の内心を撒き散らし、思うがままに力を振るう悪が、そこにはいた
その言葉の全ては、今まで尾噛イフが隠してきた本心でもある。ずっと飲み込んで殺してきた子供らしい不平不満が、言葉や振る舞いとして今出ているに過ぎない
大人も目指さず、家族にも出会わず、文字通りゴミを食い、人を殴って育った"イフ"のイフは、きっと目の前のそれだ
「あーあ、羨ましい。みーんな先生信じてこんなとこまで来たわけだ。命掛けてさぁ」
どこか遠くを見つめた後、イフが天井を仰いだ。数秒ほど続いた沈黙の後、先程までの無感情な瞳が豹変した
「ほんと……反吐が出るよ」
尾噛イフという人間の根本。黒い炎が燃えるように揺らめき、怒りとなって溢れる
「俺が死のうとした最後のきっかけはそこの女だってのに、みーんな忘れたみてえに協力かよ」
「っ……!」
イフの敵、三人の体が強ばった。そう、彼女達は全て覚えている。尾噛イフが死を選ぼうとした理由───それは
「何も思わなかったのか?事情を知らなかった?知ってた?どっちにしても最悪だな」
誰にとっても忘れられない、ある条約を巡った過去の振り返り
「頑張ったって、思うんだよ」
落ち着いた、内心の吐露でもあった
「廃校寸前の学校があるって聞いて、できる事全部やりに行った」
「ゲヘナとトリニティが仲悪いって知って、どうにかできないか手を尽くした」
「その先は、まぁ分かるよな。めちゃくちゃだ」
誰にだってある。何かの為に頑張れる理由なんて、結局のところ殆どの人は無意識に持っているのだ。頑張る事に対する"報酬"が無いからやらないだけであって
「頑張ったって、報われないんだよ」
「辛そうなやつに手を伸ばしても、辛い時に手を伸ばされるとは限らない」
「一方通行なんだ。手を差し伸べるのはいつだってこっちで、貰えたとしてもその場の共感とか感謝だけで、いずれそれすら消えていく」
「意味が無いんだ。頑張ったって無駄なんだよ。一番大事な時に何も返ってこないなら……もう、頑張る理由なんて無いだろ」
それは、大人を目指そうとしていた少年の心の叫び
「腹が立つんだ。先生……アンタを見てると」
「アンタの数ヶ月が、俺の数年を容易く超えるなら、俺はどうなる?」
「まるでピエロだ。さぞ滑稽に映っただろうさ」
それは、絶望に叩きのめされて折れた少年の心の叫び
「良かった事があるすれば、助けてくれるやつがいたって事だな。ただ静観を決め込むんじゃなくて、手を伸ばして、ありがとうって。こんなクソみたいな落伍者に」
怒りは鳴りを潜め、再び瞳から色が消えた
「今にして思えば……先生、アンタが主人公の物語にはさ、俺みたいなのは邪魔だろう?俺がちゃんとやれてたら、アンタの役目を食っちまうからな───殺人以上の禁忌だったのかも」
「そん、な、事───!」
「俺は道化だ」
無数の触手が体中から飛び出、滅茶苦茶な動きで"発勁"をチャージしていく。戦闘再開への準備は、着々と進められていた
「滑稽に踊って、無様に失敗して、惨めに落ちぶれて、それがアンタの物語での、俺の役割だった」
「でも、俺は聖人じゃない。ここまでされて、憎くないわけがないんだよ」
「逆恨み?その通りだよ。でもさ───道理の通らない感情任せは、子供の特権だろう?」
もはやそこには、尾噛イフという子供がいるだけだった。どうしようもなく、泣きたい子供の心があるだけだった
「だからさ、死ねよ先生」
空崎ヒナも、小鳥遊ホシノも立ち上がる
先生も、戦う覚悟を決める
最強への抵抗が、始まる