あれはいい……百合の趣味はなかった筈なのに…
「あぁクソ、よく見えん……」
徹夜明けでぼやける目を擦りながら、監視カメラの映像を使って補習授業部の監視を続ける
先生を含め、彼女達は特に目立った行動をするでもなく、ただ退学を免れようと必死に勉強していた
一つ心配な事があるとすれば、アズサだ
毎日深夜になると何処かへ出かける。睡眠中の無防備な補習授業部の面々を守らなければならない為、どこへ行ったのかはわからないが、まず間違いなく"仲間"の元だと推測できる
大事なのはそこで何をしたかだが、考えたって無駄だ
「……はぁ」
日中はエデン条約周りの事務作業、夜中は徹夜で補習授業部の監視兼護衛。日中だろうと空いた時間は先生含めた補習授業部の生徒の監視。全く、こんなに忙しい日々は生まれて初めてだ
隈が酷くなってるのも自覚してるし、もう何日も家を空けてる。アビドスに顔を出す事も、ヒナの手伝いをしに行く事もできてない、そろそろ皆が不審がる頃合いだ
「……これじゃキレられる」
せめて表面上は取り繕えるようにしないと……
「……はぁ」
無意識のうちに、また溜息をついていた
………正直、立ち位置を間違えたかな、と思う。裏切り者を探し出し、何としてでもエデン条約を締結させたいナギサの理想。裏切り者を和解の象徴とし、また皆で手を取り合いたいミカの理想
アズサを告発してナギサの理想を叶えれば、ミカの理想は完全に潰える。アズサの事を黙って和解への道を踏み出せば、まず間違いなく一悶着起きる。そうなればエデン条約の締結が危うくならないとは言えなくなる
「……無様だな」
ナギサの理想と、ミカの理想。両方を叶える最も理想的な方法は、アリウス、ゲヘナ、トリニティが完全に和解した上でエデン条約を締結する事だ。限りなく不可能に近い事を考えなければ最適な方法
「……どうすっかねぇ、本当に」
ミカと約束した以上、目指すのは完璧なハッピーエンドだ
……できるのか?大人のなり損ないでしかない俺が
「……裏切り者は俺か」
既に、裏切り者を見つけて欲しい、と言ったナギサを裏切っている。このままではミカすら裏切る事になる
「……やっぱり、アズサに会わないと話にならないよな」
翌日、補習授業部に与えられた二度目のチャンスで───
──ナギサは、試験会場を吹っ飛ばした
──────────────────
「どういうつもりだナギサ!?」
「裏切り者を潰すまでです」
補習授業部に与えられた三度のチャンス。その二回目において、ナギサは試験会場を吹っ飛ばす暴挙に出た。試験用紙すら消滅し、結局彼女達全員が不合格。残されたチャンスはあと一回だけ
「いくら何でもやり過ぎだろ!補習授業部があの日の為にどれだけ努力してきたと思ってんだ!」
「裏切り者を排除する事の方が重要でしょう?」
「ならコハルは?あいつはそもそも疑われてすらいない。あいつだけじゃない、そもそも裏切り者があそこにいなかったら?無実の奴らを四人も退学させる事になるんだぞ」
「……随分と、彼女達を庇うんですね。……えぇ、考えてみればそういう可能性もあります。裏切り者は──貴方ですか?」
「っ…お前…」
刺すような鋭い視線。その目を見た瞬間、俺は確信してしまった。今のナギサに何を言っても無駄だ、と
「……ナギサ、一度しか言わないぞ」
「何ですか?」
「信じてるからな」
「……?どういう──」
「一度しか言わないって言っただろ、追加説明もなしだ。忙しいから、じゃあな」
そう言い残してその場を去る。俺の言葉の意味を理解できなかったのか、ナギサは少し呆然としていた
「……結局、この程度が限界か」
今の俺には、ナギサの疑心暗鬼を治してやることはできない。自分で犯した間違いに気付くと、信じるしかない
ならナギサの件はここまで、次やる事は───
「……会いに行こう、アズサに」
夜中、補習授業部が寝泊まりする合宿所からそう遠く無い場所
いつもの報告を行う為、白洲アズサは郊外の廃墟へと向かう途中だった
「え……」
その驚愕が、どれほど大きなものであったか、今となっては知る由もない
「……久しぶり」
「……何で──イフ」
「ちょっと話…しよっか」
─────────────────
「…色々、話はあるけど、まずはごめん」
アズサがアリウスにいた頃、彼女を──彼女達を鍛えた、親代わりのような存在だった男。それが、尾噛イフだった
「……あの時、お前らを置いて逃げた事、謝りたかったんだ」
「……何で、置いていったの?」
「大人になる。そうすれば、お前らを…救えるって思ったんだ」
「……そう、わかった。時間もないし、これ以上の追及はしない」
「…助かるよ」
充分だったとは言えないが、少なくともこの場においては、アズサが聞きたかった情報は既に得ていた
「ところで、その、聞きたいんだけど……」
「……セイアの、事か?」
「……あぁ、あれはお前がやったのか?」
「……そうだ」
「……そうか」
アズサの名前を見た時点で分かってはいた。それでも本人の口から聞かされた事実は、あまりにも俺の未熟を痛感させられるもので
「……すまない」
「いいよ、怒ってない。こうなる前に止められなかった俺の落ち度だ。……こうなる前に止められるような人に、なりたかった筈なのにな」
「でも、セイアは生きている」
「……はぁ!?」
訳がわからない。セイアは死んだと、俺は確かに聞いた。それでも、アズサが嘘をついてるようには見えなかった
「おま、それを先に言えよ!」
「言うタイミングが無かった」
「……はぁぁぁ、よかった。本当に、良かった……」
安堵のため息を吐く。アズサの表情は未だ曇ったまま。胸を刺すような罪悪感を誤魔化すように話題を変える
「……ねぇ、アズサは、どうしたい?」
「どうしたい、というのは…」
「このまま、楽しく過ごしたい?」
俺は先生を含め、補習授業部の監視を続けていた。そこで見たものは──アズサの笑顔だ
アリウスから逃げてまで、俺が求めたもの。アズサの幸せそうな表情
「……できるなら、このままでいたい。でも、それは───」
「無理、なんて言うなよ。……そっか、楽しいんだな、補習授業部」
「……うん」
「そっか。……あー、どうしよ、ほんとに」
元々する気も無かったが、これでナギサの依頼を完全に裏切る事になっちまった
「どうしたんだ?」
「ナギサから言われててさ、裏切り者を見つけろって。多分ナギサが探してるのはお前の事だから、どうしようかなって、色々と。あ、勿論お前の事は絶対言わないよ?」
「……そうか」
アズサは俺の元まで歩くと、俺の顔を両手で挟み込み、下から覗くように見つめてくる
「……隈が酷い、ちゃんと寝てる?」
「あ、ああ。大丈夫、寝てる寝てる」
「嘘が下手だね」
アズサにはばれてしまった。ちゃんと隠せるようにしておかないと……
「一人じゃ難しいなら、先生を頼ってみるのはどうだろうか」
「───アズサ、正気か?あの大人を信用すると?俺たちがどれだけ大人に煮湯を飲まされてきたと思ってる」
「……あの人は違う。それに、あの人なら、きっと何とかしてくれる」
「……根拠は?」
「ない」
「……おい」
「でも、あの人の事を信じてる。それだけは本当」
アズサの目は真剣そのもの。随分と、先生を信頼してるようだ
「……そんなに、いい人だったのか?」
「あぁ」
「そうか」
……思うところは、あった
アリウスにいた時、あれだけ求めたアズサの笑顔。それが──ああも簡単に見られるとは
そして、自覚もしていた。アズサに笑顔をもたらしたのが俺じゃない──なんて、醜い嫉妬じみた物が渦巻いている事も
「……vanitas vanitatum」
「……!」
「それでも、俺は諦められない。お前は?」
「……それでも、抗うことをやめるべきじゃない」
「充分だ」
アズサの頭を軽く叩いて、歩き出す
「怪しまれないうちに行っとけ」
「……あぁ」
互いに別の方向に歩き出す。既に日付は変わっているため、確認するのは今日の予定。そこには───
「……シャーレの当番、ね」
当面の目標はヒナホシノトキの目の前にバラバラになったイフ君を転がす事です