タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう   作:フルゥチヱ

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第10話 二〇〇八ガールズトーク

「──はい。それでは午前の授業はここまでとします。午後は移動教室があるので遅れないでくださいね」

 

 

 昼休みの到来を告げるチャイムが鳴り、先生が退室した瞬間、俺は思わず机に突っ伏してしまった。

 

 

「つ、疲れた……」

 

 

 トレセン学園はウマ娘がレースで活躍するための教育機関である。が、同時にトレセン学園に所属するウマ娘たちは学生という身分でもある。そして、学生の本分は勉強だ。

 なので当然、授業にはレース座学・実技以外にも国語・数学・英語といった一般科目も存在していた。

 それが何を意味するか。

 単刀直入に言おう。俺は勉強ができない。

 因数分解や微分積分なんて視界にすら入れたくないし、夏休みの宿題はギリギリまでやらないで最終日直前に追い込むタイプだった。

 そんな俺が、中等部とはいえトレセン学園の高い授業レベルについていけるはずもなく。

 

 

「疲れたぁー!」

 

 

 授業中、なんとか眠らずに耐え抜いたことを褒めてほしいくらいである。

 

 

「荒れてるね、ディープスカイちゃん」

 

 

 すると、そんな俺の机へとやってきたウマ娘が一人。

 最初に声をかけてくれた、鹿毛の子だった。

 

 

「す、すみません。お見苦しい姿を晒してしまいました」

「気にしないで、叫びたくなる気持ち分かるもん」

 

 

 彼女は微笑むと、近くの空いている席を引っ張ってきて、自然に俺と向かい合わせになるように座った。

 

 

「やっぱりウマ娘たるもの授業でも走りたいよねー。今日は実技がないから憂鬱だよ」

 

 

 そして鞄からお弁当を取り出すと、それをそっと俺の机に置いた。

 

 

「一緒にお昼ごはん食べよ~」

 

 

 すごい。なんて恐ろしく早い距離の詰め方なんだ。

 なんなら既に彼女と友達だったような気がしてきたが、まだ名前すら知らない。

 

 

「えっと……」

「あ、自己紹介がまだだったね。私は──」

「ちょい、シエル」

 

 

 突然隣から声を掛けられた。

 相変わらず片肘を突いている栗毛のギャルウマ娘は、呆れたような視線を向けている。

 

 

「アンタグイグイ行きすぎ。なんなん、肉食系ウマ娘なん?」

「え~? だって仲良くなりたいじゃん」

「そういう接し方が好きじゃない子もいるんよ。初日で緊張してるだろーし。転入生には転入生なりの打ち解け方があるんじゃね? 知らんけど」

 

 

 こ、この人ぶっきらぼうに見えてすごく気を遣ってくれてる!

 

 

「そうなの?」

「えっ、あっ、いや、俺は声を掛けてもらえて凄く嬉しいですよ」

「そう? やっぱりそう思う? えへへ」

「……ま、アンタがそう言うならウチはなんでもいいけどね」

 

 

 なんだろう、なんだか凄く居心地が良いなこの空間。

 この二人と仲良くなりたいかも。

 

 

「じゃあ改めて、私は"ブラックシェル"。皆からはシエルって呼ばれてるよ。これからよろしくね、ディープスカイちゃん」

「よ、よろしくシエルちゃん」

 

 

 満面の笑みを浮かべるシエルちゃんと握手を交わす。

 

 

「ほら次はケンちゃんも自己紹介して」

「や、ウチは別に……」

「ケンちゃん?」

「可愛いでしょ? この子のあだ名」

「やめろし。アンタが勝手に呼んでるだけのニックネームをまるで周知の事実みたいに言いふらすの」

 

 

 あー、と頭をガシガシと掻きながら彼女は名乗ってくれた。

 

 

「ウチは"オウケンブルースリ"……ま、好きなように呼べば?」

「よろしくお願いします、ブルースリちゃん!」

「ん、よろ」

 

 

 ブラックシェルちゃんに、オウケンブルースリちゃん。

 トレセン学園で始めてできた、クラスメイトの友達。

 そのはずなのに、なんでだろう。

 なんで──こんなに懐かしい感じがするんだ……?

 

 

「じゃ、ウチはアンタのこと"プス子"って呼ぶから」

 

 

 謎の哀愁に浸っていると、ブルースリちゃんがなにやら聞き捨てならないニックネームを俺に付けている気がした。

 え? 今なんと?

 

 

「ぷ、プス子って俺のことですか?」

「他に誰がいるんよ」

「あ、いいねプス子ちゃん。呼びやすいし」

「それな」

「待ってください! なんだか響きがマヌケな感じです!」

 

 

 ブルースリちゃんはともかく、明らかにクラスの中心人物であるシエルちゃんからもそう呼ばれたら、俺はクラスメイト全員からプス子と呼ばれる学園生活を送る羽目になってしまう気がする。

 

 

「ん、だから似合ってるっしょ?」

 

 

 前言撤回。このギャル凄く失礼です!

 

 

「誰がマヌケな感じですかあー! 誰が靴下片っぽ履き忘れてそうなウマ娘ですかあー!」

「そこまでは誰も言ってないよプス子ちゃん」

「やば、プス子想像以上にアホの子かもしれん」

 

 

 いかん、プス子で完全に定着しかけている。

 

 

「そんなことよりプス子ちゃん」

「できればそんなことでは片付けたくないんですが……」

「さっき目標はクラシック三冠って言ってたけど、本気?」

 

 

 スン──と。

 和やかなガールズトークの雰囲気が霧散する。

 や、やっぱり聞かれるのか。できればさっきの自己紹介はなかったことにしたいんだけど……。

 

 

「あ、いやその、なんと言いますか……」

 

 

 しどろもどろになっていると、意外にも助け舟を出してくれたのはブルースリちゃんだった。

 

 

「ま、いんじゃね? 目標は高い方がいいっしょ。ウチだって取れるなら取りたいよ三冠。シエルは違うん?」

「私は……うん、三冠も取ってみたいけど、それ以上に勝ちたいレースがあるんだ」

 

 

 一瞬何かを懐かしむように目を細めてから、シエルちゃんは言った。

 

 

「NHKマイルカップ。憧れの人が勝ったレースだから、私も勝ちたいんだ」

「あーね、マイル路線なんだ」

「えぬえいちけーまいる?」

「おっとこの子NHKマイルを知らないっぽいぞ」

「嘘だよねプス子ちゃん、一応G1だよ……?」

 

 

 怪訝そうな視線を二人に向けられる。

 ま、まずい。このままだとアホの子という認識にさらに拍車が掛かってしまう。

 

 

「ば、バカにしないでください! もちろん知っていますとも!」

「ほーん、じゃあ開催レース場と距離言ってみ?」

 

 

 し、知らない……。

 いや待て、もしかしたらNHKマイルという名前から推測できるかもしれない。

 まずはNHK。

 これは言うまでもなくあの放送局のことだろう。確か本社は渋谷にあったはずだ。

 で、問題は距離だ。

 マイル戦。確か、1400メートルから1800メートルのレースのことを指す言葉。

 つまり──当たる確率は1/401!!

 

 

「なんか真剣な顔して凄くアホなこと考えてる気がすんだけど」

「奇遇だねケンちゃん。私もそんな気がするよ」

 

 

 待てよ? そういえば、ダービーや有記念なんかの俺でも知っているG1レースの距離は100の倍数だったはずだ。

 ということは同じくG1のNHKマイルもその可能性が高い。これで選択肢はグッと絞られた。

 後は5択!

 20%を引き当てれば俺の勝ち……!

 

 

「レース場は渋谷で、距離は1500ですよね!」

「うん、違うよ」

「知んないなら知んないって素直に言ったほうがいいと思う」

 

 

 哀れみの目を向けられてしまった。

 

 

「まーでも憧れのウマ娘が勝ったレースを自分でも勝ちたいってのはわかりみが深いわ。ウチも三冠の中で一番勝ちたいのはダービーだし」

 

 

 そんなブルースリちゃんの言葉。

 憧れのウマ娘……。

 そういえば、タキオンさんはどのレースを勝ってるんだろう?

 今日の朝、本気を出したタキオンさんを見たのは一瞬のことだったけど、その刹那ですら息を呑んでしまうくらい凄かった。

 あんな凄い走りができる人がG1を勝っていないわけがないよね。なんならタキオンさん、三冠バだったりして。

 

 

「じゃあウチとプス子が目指すのは同じ三冠路線だけど、シエルはマイル路線を目指すってことでおけ?」

「んん? いや、別に三冠路線を諦めるとは言ってないよ?」

「や、だって三冠は中長距離じゃん。一番の目標はNHKマイルなんっしょ?」

「うん。だからどっちも走ろっかなって」

 

 

 至って真面目な顔で頷くシエルちゃんに、ブルースリちゃんは口をあんぐりとさせている。

 シエルちゃんは何かおかしなことを言っているのだろうか。

 俺はすごく良い考えだと思う。

 

 

「実はそれ俺も思ってました。クラシック三冠もNHKマイルも走れば実質四冠ウマ娘なんじゃないかって」

「あ、プス子ちゃんもそう思う? やっぱり色んなレースを走りたいよね」

「は? いやバカなん? アンタらバカなん?」

 

 

 二回もバカって言われた気がする。

 

 

「中2週しかないんだが? 皐月からNHKマイルも、NHKマイルからダービーも、中2週で走らなきゃならんこと分かってんの?」

「でもそのローテーションで勝った先輩もいるよ?」

「いやさ、それができんのは一握りの天才だけだって……」

 

 

 中2週、っていうのは3週間後ってことだよね。

 

 

「それにさ、変則二冠ウマ娘ってカッコよくない!?」

「へんそく? ってなんですか?」

 

 

 自転車のギア?

 

 

「NHKマイルとダービーを勝ったウマ娘のことだよ。私の憧れの人ですら届かなかった偉業なの。なにより響きがいいよね、変則二冠」

「いやそれ、今んとこ歴代でも一人しかいねーじゃん……」

「ひ、一人だけなんですか!? 歴代で!?」

 

 

 確かにそれは文字通り唯一無二だ。

 

 

「ま、ウチらはクラシックのこと考える前に、まずスカウトしてくれるトレーナーを見つけてデビュー戦を突破しなきゃ」

「それもそうだね。チーム選びもよく考えなきゃだし……」

 

 

 トレーナーさんかあ……。

 今日も虹色に光ってるのかな。

 あれ? そういえば俺って転入初日でトレーナーとチームを決めちゃったことになるのかな? もしかしてもうちょっと悩んだ方が良かった……?

 でもタキオンさん優しいしいいよね。トレーナーさんはまだ素顔すら見たことないけど。

 

 

「そういえばずっと気になってたんだけどさ、プス子ちゃんは昼食持ってきてないの?」

「? ちゃんと紅茶がありますよ?」

 

 

 タキオンさんが紅茶が好きって言ってたから、俺も飲みたくなって休み時間に買っておいたのだ。

 商品名に午後って付いてるけど午前中に飲んでやりましたよ。くっくっく。

 

 

「や、それ飲み物じゃん。ゴハンは?」

「ゴハン……?」

 

 

 なんだか懐かしい響きである。

 そういえば、朝ごはん食べてなかったなあ……。

 

 

「お腹空きすぎて一周回って空腹なこと忘れてました」

「ヤバいっしょそれ……」

「私のお弁当分けてあげるよ」

 

 

 お弁当の蓋におにぎりやおかずを取り分けて差し出してくれる。

 シエルちゃん、なんて優しい子なんだ。好きになっちゃいそう。

 

 

「ありがとうございます!」

「ん、ウチの菓子パンも分けたげる」

「わーい!」

「おあがりよ」

 

 

 そう言ってブルースリちゃんがちぎって渡してくれた菓子パン……菓子パン? はなんだか凄く強烈な緑色をしていた。

 

 

「なんですかこれ……?」

「ロイヤルビターブレッド。知らず?」

「こんな禍々しいパンは知りません」

「栄養価は保証するよ」

 

 

 それって栄養以外の全てが保証されていないということなのでは……?

 プス子は訝しんだ。




◇ディープスカイ
 あまりにもチョロすぎる主人公。
 アグネスタキオンを神様よりも仏様よりも慕っている。

◇ブラックシェル
 コミュニケーション能力の鬼。
 憧れのクロフネが勝利したNHKマイルカップを自分も勝つのが夢。ウイニングチケットと仲良し。

◇オウケンブルースリ
 つっけんどんに見えるが実は気配り上手。
 ジャングルポケットのアウトローっぷりに憧れている。

◇ロイヤルビターブレッド
 トレセン学園の購買部で販売されている緑色の菓子(?)パン。
 栄養バランスは完璧だがやる気が下がるほど苦い。

◇変則二冠ウマ娘
 NHKマイルカップと日本ダービーを勝利したウマ娘に与えられる称号。長い歴史を誇るトレセン学園においても達成者は未だ一名のみ。
 またこの二つのG1レースに中2週で出走するローテーションは通称"MCローテ"と呼ばれている。
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