タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう   作:フルゥチヱ

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第16話 そうだ、京都に行こう

「サムちゃん先輩、どこか出掛けるんですか?」

 

 

 ウマドル騒動からしばらくが経過したある日。

 俺のルームメイトであるサムちゃん先輩は、遠出用の大きな荷物を準備していた。

 

 

「うん、レースのために遠征するんだ~」

「なるほど。じゃあ俺も応援に行きますよっ」

「いやいや、その気持ちだけで嬉しいよ。プスカちゃんはデビュー前の大事な時期なんだから、自分の練習を優先してほしいな」

「そうですか……わかりました。じゃあせめて、中継で応援します! いつ放送するんです?」

「ありがと~。えっとね、日曜日の15時40分出走で、チャンネルは──」

 

 

 先輩の教えてくれた情報をメモし、それを壁に引っ掛けてあるコルクボードに貼り付ける。これで見逃すことはないはずだ。

 すると、どこかハラハラとしたような、不安そうな表情で彼女はこんなことを言う。

 

 

「私心配だよ~。プスカちゃんを一人にするの」

「だ、大丈夫です! 最近は校内で迷わなくなってきたので!」

「う~ん、でもプスカちゃん一人だと──また誘拐されちゃわない?」

 

 

 瞬間、二度も誘拐された記憶が蘇る。

 

 

「……ゆ、誘拐ってそう何度も遭遇するイベントじゃないですよ?」

「じゃあなんで目を逸らすのかな」

「そ、それに、ある方たちがこんなことを教えてくれたんです!」

「なんて?」

「トレセン学園では──誘拐の一度や二度は常識だって!」

「知らない……何その常識……怖ぁ~……」

 

 

 先輩はドン引きしていた。

 

 

「えっ? サムちゃん先輩、失礼ですが誘拐されたご経験は……?」

「あるわけないよ~……。そんな経験してるウマ娘なんてプスカちゃんくらいだと思うよ」

 

 

 ウオッカさん、スカーレットさん……!

 俺を騙しましたね……っ!

 

 

「やっぱり心配だよ~……プスカちゃん、知らない人でも優しくされたら付いてっちゃいそうだし……」

「俺ってそんなに警戒心が薄そうに見えます?」

「人からご飯を食べさせてもらわないと、自分がお腹減ってることも忘れちゃいそうだし……」

「サムちゃん先輩、もしかして俺のこと幼児か何かだと思ってます?」

「よぉーし決めたよ。プスカちゃんは私が留守の間、毎日電話すること。い~い?」

「あっ、分かりましたよ先輩。本当は俺と離れ離れになるのが寂しいんですね?」

 

 

 実は俺もちょっと寂しかった。

 

 

「いや、定期的に無事を報告してもらわないと不安でしょうがないから……眠れなくなっちゃう」

 

 

 至って真剣な面持ちでそう言われてしまい、何も言い返すことができなかった。

 

 

   ◯

 

 

 そして遠征へと向かった先輩を見送って、寮室で一人過ごす日々が始まった。

 

 

「えっ、寂し。寂しすぎる」

 

 

 一日で孤独に心が折れかけた。どうやら俺は先輩と一緒に過ごす寮生活を相当気に入っていたらしい。

 平日はまだ良い。朝から夕方まで授業があるし、放課後はタキオンさんやカフェさんと一緒に居られるから。本当に孤独な時間は消灯時間までの数時間だけだ。

 しかし、休日は違う。

 当然授業はないから、クラスメイトたちとは約束をしていないと基本的に会えない。

 なので、向かう先は自然とタキオンさんの研究室になるわけだが。

 

 

「ディープさん、休日にきちんと休むこともトレーニングの一環ですよ……」

「プスカ君は練習熱心で偉いねぇ、末は博士か大臣か三冠ウマ娘だねぇ」

 

 

 どうやら毎日研究室を訪れていることで、めちゃくちゃ努力家だと思われているらしい。

 いや実際、彼女たちとトレーニングに励んでいるわけだが、本当はただこの人たちと一緒にいたいだけだ。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、タキオンさんが白衣の袖越しに頭を撫でてくれる。

 三冠は分からないが、博士や大臣になれるほど俺の頭は良くないと思う。

 

 

「でも、カフェの言うことも一理ある。今日はオフにしよう」

「は、はい……」

 

 

 至って真っ当な忠告をされてしまった。

 

 

「……今更ですが、師事する相手は本当にこの人で良かったんですか……? 考え直した方がいいかと……。何か変なものを飲まされそうになったら、すぐ私に言ってくださいね……」

「おいおいカフェ、私がプスカ君にそんなことするはずがないだろう」

「普通は……誰に対してもしないものなんです……」

 

 

 恨みがましそうなカフェさんの視線を、タキオンさんは笑って受け流している。

 この二人は──特にカフェさんは──否定するだろうけど、本当に相性が良いのだろう。

 そもそも、一つの教室を二人で折半するなんて、本当に仲が悪かったら絶対にできない。

 なにより。

 

 

「「……」」

 

 

 この沈黙だ。

 タキオンさんは研究、カフェさんは珈琲。お互いがそれぞれの作業に没頭して、一言も会話を交わさない静かな時間。

 それが、これ以上ないくらい心地良いのだ。

 これは──ちょっと仲が良い程度の信頼関係では成立しないだろう。

 

 

「ディープさんの分には、ミルクと砂糖を入れますね……」

「あ、はい! ありがとうございますっ!」

「コーヒーじゃなくて紅茶を淹れておくれよ~」

「元々……アナタの分なんて用意していません……」

「えー!? プスカ君聞いたかい!? この仕打ちは酷いよねぇ! そもそも、プスカ君も紅茶の方が好きだろう!? なんたってこの私の弟子なのだから!」

「は……? 彼女はアナタのように異常な甘党ではないんです。ちゃんと調整すれば珈琲も飲めるんです。ディープさん、珈琲の方がお好きですよね……?」

「ええっ!!?」

 

 

 お二人の視線が一気に集まる。

 こ、これ、どっちを答えても今後に角が立つやつなのでは!?

 思わず言い淀んでいると──不意に、研究室のドアが開け放たれた。

 

 

「皆おはよう! ……あれ? どうしたのディープちゃん、そんな目の前に救世主でも現れたような顔して」

「と、トレーナーさん……!」

 

 

 修羅場に颯爽と駆けつけてくれたトレーナーさんには、後光が差しているようだった。

 

 

「眩しいです……」

 

 

 いや、本当に光っていた。

 

 

「おはようトレーナー君。ちゃんとチケットは手配できたのかい?」

「うん。なんとか確保できたけどさ、これからはもっと事前に言ってよ? タキオン」

「何を言うか。私の望みとあらばすぐに応えるのが君の役目だろう?」

「そうなんだけどさぁ」

「アナタも大変ですね……」

「もう慣れたよ」

 

 

 トレーナーさんの輝きによって室内が一気に明るくなる。

 この教室の年季が入ってきている照明を取り替えずそのままにしているのは、トレーナーさんがいるからなのだろうか。

 

 

「トレーナーさん、チケットって何のチケットですか?」

 

 

 映画でも見に行くのだろうか。

 トレーナーさんの輝きは、映画館では営業妨害になりかねない気もするけど……。

 

 

「あはは、違うよディープちゃん。これはね、京都行きの新幹線のチケット」

「……えっ、京都ですか?」

「ディープちゃんの歓迎会も兼ねて、ちょっとした日帰り旅行をしたいってタキオンが──」

「ちょ!? トレーナー君!? それは秘密だって言っただろう!?」

「あ、ゴメン」

「ゴメンで済むなら警察はいらないねぇ!」

「相変わらず騒々しい人たちですね……ディープさん、珈琲をどうぞ」

「ど、どうもです……」

 

 

 カフェさんからマグカップを受け取るが、今の俺にはその香りを楽しむ余裕もなかった。

 た、タキオンさんが、俺のために……? 歓迎会を……?

 うわぁぁ、うわあああ~~……っっ!

 こんなに嬉しいことってこの世にあるんだってくらい、心が浮ついていることが分かった。

 

 

「タキオンさん、ありがとうございますっ! すっごく嬉しいです!」

「見たまえトレーナー君、天使って実在したんだねぇ」

「……タキオンってさ、頭良いのに時々バカだよね」

「……今更すぎるかと」

 "──親バカダナ"

 

 

 そんなわけで、研究室一行はまず東京駅へと向かうのだった。

 

 

   ◯

 

 

「タキオンさん、今日は誘ってくれてありがとうございますっ!」

「なぁに、スカーレット君にはいつも世話になってるからねぇ。むしろ、この大事な時期に付き合ってくれる君にこそ、私は礼を言いたいよ」

「私もオフでしたし、それにトレーナーからも気分転換してこいって言われたので!」

「ふぅン、君のトレーナーは若いのに優秀だねぇ」

 

 

 座席を一つ回転させて、四人で向かい合って座る俺達である。

 先ほど新たに合流を果たしたのは、ツンとした目つきと大きなツインテールが印象的なウマ娘、ダイワスカーレットさんだった。どうやら彼女もタキオンさんから誘われていたらしい。

 タキオンさんとカフェさん、スカーレットさんと俺が隣同士という形で座っている。

 引率のトレーナーさんは通路を挟んだ向こう側の席に座り、新幹線の中でもノートパソコンで作業をしていた。見るからに忙しそうである。というか、基本的にウマ娘が中心のトレセン学園で男性トレーナーって色々と大変そうだ。俺にはあなたの気持ち、痛いほど分かりますよ……!

 

 

「? どうかしたのディープちゃん」

「あ、いえ! どうかお気になさらず! お仕事の邪魔しちゃってすみませんっ」

 

 

 通路側のタキオンさんとスカーレットさんは、楽しそうに談笑を続ける。

 

 

「ああそうそう、これも言っておかなくちゃね。G1初勝利おめでとうスカーレット君。流石、私の見込んだウマ娘だ。末は博士か大臣かトリプルティアラウマ娘だねぇ」

「あ、ありがとうございます! ご存知だったんですね!」

「当然じゃないか。次の目標はやはりオークスかい?」

「はい! アタシ、絶対トリプルティアラを掴んでみせます!」

「う~ん素晴らしい向上心だ。なあカフェ? 君もそう思うだろう?」

「……ええ。スカーレットさんは素晴らしいと思います」

「そうだろうそうだろう! いやぁ、私も鼻が高いよ! きっとご両親の教育が良かったんだろうねぇ!!」

「…………」

 

 

 カフェさんは疲れ切った目をタキオンさんに向けている。

 

 

「はあ、何故私まで……」

「何を言う、"京都"と言えば君だろう?」

「人を便利なガイド扱いしないでください……」

 

 

 なんだかやけにニヤニヤしてるタキオンさんの絡みに、カフェさんは本当に怠そうにしていた。

 

 

「あの二人、やっぱり仲が良いのね! 大人の関係って感じで憧れちゃうわ!」

「ど、どうですかね……」

 

 

 そういえば、スカーレットさんとこうして一対一で話をするのは初めてだな。いつもはウオッカさんも一緒にいたから、なんだか新鮮だ。

 

 

「スカーレットさんが勝ったG1って、なんというレースなんですか?」

「桜花賞よ。ふふん、これでウオッカでもマーチャンでもなく、アタシがイチバンだって証明できたわね!」

 

 

 桜花賞──確かティアラ路線の一戦目。

 そして、クラシック期のウマ娘にとって最初のG1だったはずだ。それをいきなり勝ってしまうだなんて、やっぱりスカーレットさんってめちゃくちゃ凄いウマ娘だったんだな。

 まあ、彼女の速さは身を以て体験してるし……誘拐的な意味で。

 

 

「流石です! スカーレットさんなら絶対トリプルティアラになれますよ!」

「ええ~? そう? やっぱりそう思う? プスカ、アンタやっぱ良い子ね~!」

 

 

 ガシガシと頭を撫でられる。すごい良い笑顔だ。

 

 

「見たまえカフェ。ここが──楽園か?」

「何を言ってるんですか……」

 

 

 呆れた様子を隠そうともしないカフェさん。

 すると彼女は、タキオンさんにそっと何かを伝えていた。

 

 

(そんなことよりタキオンさん、分かっていますよね……?)

(ああ、勿論だともカフェ。トレセン学園でならともかく──)

 

 

((京都で誘拐されたら洒落にならない……!))

 

 

 なんだろう。二人の視線がやけに突き刺さる気がする。

 ふと窓の外に目を向けると、いつの間にか遠くまで来ていたようで、富士山が目の前にあった。

 

 

「わあ~見てくださいスカーレットさん! 日本で一番大きな山ですよ!」

「バカねプスカ……イチバンはこのアタシよ」

 

 

 スカーレットさんはまだ満面の笑みを浮かべていた。




◇アグネスタキオン
 主人公とそのお姉ちゃんの保護者その1。
 プスカ君とスカーレット君は私が守らなきゃねぇ……。

◇マンハッタンカフェ
 主人公の保護者その2。
 ディープさんは私が守らないと……。

◇お友だち
 主人公の保護者その3。
 オレガ守護ラネバナラヌ……。

◇トレーナー
 主人公の保護者その4。
 京都ということで宇治抹茶色に発光している。

◇サムちゃん先輩
 主人公の保護者その5。
 レースのために現在遠征中。

◇ダイワスカーレット
 先日の桜花賞でウオッカに勝ってテンション高めなお姉ちゃん。
 次の目標レースはオークス。

◇ディープスカイ
 主人公。ヒロインかもしれない。
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