タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう   作:フルゥチヱ

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第2話 ハジメマシテカッコカリ

「ようこそ、私の研究室へ。狭いところではあるが適当にくつろいでくれたまえ」

「お、お邪魔します……」

 

 

 案内されて訪れたのは、校舎の片隅も片隅にある教室だった。廊下に面した窓にはまるで何かを隠すかのように暗幕が張られていて、非常に不気味な様相である。

 タキオンさんが手慣れた様子で扉を開くと同時に、薬品と消毒液をチャンプルーしたかのような臭いが鼻孔を撫でる。

 思わずたじろいでしまいそうになる強烈な臭いだが、俺の意識はそれどころではなかった。

 

 

 "──イラッシャイ、二つの魂"

 

 

 瞬間、何かが語りかけてきたような気がした。

 ゾッと、全身の産毛までも粟立つような感覚。

 首筋を撫でるように隙間風が通り過ぎて行く。

 ひえっ、という悲鳴にもならない吐息が漏れてしまった。

 寒気が止まらない。この部屋は……ヤバいのでは……?

 

 

「あ、あのぅ……た、タキオンさん? 本当にここが研究室なんですか……?」

「ん? ああ。実は研究室とは言っても、一つの教室をふたりで折半しているような状態でねぇ。ここから向こう側は相方のスペースなのさ」

 

 

 タキオンさんの相方……怖い人だったらどうしよう。

 というか、どうして誰もいないのに向こうから視線を感じるんだ……?

 

 

「あっち側の物は勝手に触ったりしないようにね。こっちの薬品なら触れても皮膚が発光する副作用だけで済むが、向こうは何が起こるか分からないからねぇ」

 

 

 怖いっ!

 

 

「あ、ははは……あの、すぐにお暇しますのでどうか命だけは……」

 

 

 両手を合わせて拝みつつ、さりげなく距離を取った。

 するとタキオンさんが実験中に使うと思われる丸椅子を持ってきてくれたので、そこにそそくさと座る。

 俺とタキオンさんはテーブルを挟んで向かい合うような形になる。一呼吸置いてから、タキオンさんはこう切り出した。

 

 

「では早速、当社を希望した理由を教えてもらうかな」

「えっ!? 面接あるんですか!?」

「なんてね。軽いジョークだ」

 

 

 とても愉快そうに笑うタキオンさんである。

 この人が真顔で言うと、とても冗談には聞こえない。

 

 

「それに、もし仮に本当に面接を行うとしたら、私が座るべきは君の隣だろうからねぇ」

「? どういうことです?」

「そりゃもちろん、三者面談さ」

 

 

 この人はいつの間に俺の保護者になったのだろう。

 でも、タキオンさんが親だったら毎日楽しいかもしれない。

 

 

「じゃあ、一番重要なことを聞いておこうかな」

「一番重要なこと……ですか」

「ああ。これはジョークじゃないから安心したまえ」

 

 

 なんだろう。

 やっぱり、どんなレースを勝ちたいか、とかだろうか。

 俺は"ディープ"なのだから、狙うは当然クラシック三冠──

 

 

「君のことをディープ君と呼ぶか、スカイ君と呼ぶかだ」

 

 

 それは本当に一番重要なことなのだろうか。

 

 

「あの……好きなように呼んでもらって構いませんよ?」

「本当はスカイ君と呼びたいんだが、生憎その呼び方はあの子と被ってしまっていてねぇ。ここは間を取って"プスカ君"と呼ばせてもらうことにするよ」

「あ、本当に間を取ってますね」

 

 

 ディープスカイの真ん中の三文字から取って、プスカ。

 なるほど、単純だが分かりやすいかもしれない。ちょっと響きは間抜けな感じだけれども。

 そう苦笑していると、タキオンさんはコホンと咳払いをしてから、こんなことを問うてきた。

 

 

「では改めてプスカ君。君は──自分の限界はどこだと思う?」

 

 

 限界。限りのある境界。

 そんなこと考えたこともなかった。

 

 

「自分の限界がどこかは……分からないです。俺はレースのことも、自分自身の走りのことも、全然分かっていないんです。だけど……」

 

 

 そう。俺は本当に何も知らないし、何も分からないんだ。

 まだ本能のままに走ることしかできない、幼い子ども。

 でも、さっき模擬レースを走ってみて、相手を追い抜いた瞬間に覚えた快感。

 もしあの感覚に、いつか果てがあるのだとしたら。

 

 

「限界があるのなら──俺は周りの誰よりも先に、その究極に辿り着きたいです。魔法みたいに、時を置き去りにするみたいに」

 

 

 感覚さえも。

 時間さえも。

 光さえも──俺が支配してみたい!

 

 

「……ふぅン」

 

 

 タキオンさんはそんな俺の荒唐無稽な言葉に、そう小さく頷いた。

 その口元に、歪んだ笑みを湛えて。

 

 

「嗚呼、嗚呼! いいじゃないかプスカ君! 君のヴィジョン、この耳で確かに聞かせてもらったよ!」

 

 

 面白くてたまらないという風に、高笑いを上げながら拍手喝采のタキオンさんである。

 俺の方こそ、笑いが止まらない。

 だってウマ娘には、走る以上に楽しいことなんてないのだから。

 

 

「だからタキオンさん、お願いがあるんです!」

「奇遇だねぇ。私も、君に頼みたいことがあるんだ」

 

 

 もし、この出会いが運命だったのだとしたら。

 神様というやつは、よっぽど性格が悪いのだろう。

 いや──性格が悪いのは、俺達も同じか。

 

 

「俺にレースを教えてください!」

「私に君を鍛えさせてくれたまえ!」

 

 

 限界に挑むということは、自分自身の全てを──魂さえも賭けるということ。

 その意味を、俺はまだ知らなかったんだ。

 

 

   ◯

 

 

「あれ? タキオン、ディープスカイちゃんは?」

 

 

 トレーナーが研究室に戻ると、先程スカウトした栗毛の少女の姿は既になくなっていた。

 

 

「もう帰ったよ。トレーナー君、遅い。飲み物を買うだけなのに時間をかけすぎじゃないかい?」

「せ、せっかくのお客さんだから良い紅茶買ってこようと思って駅前まで……」

「なにをやっているんだい全く……」

 

 

 項垂れるトレーナーに、タキオンは呆れた表情を隠そうともしない。

 すると、教室の扉が開き、漆黒のウマ娘が入ってきた。彼女はジト目でタキオンを睨め付けている。

 

 

「……あの、タキオンさん。何故か"お友だち"が落ち込んでいるんですけど、今日は何をしでかしたんですか?」

「やあやあカフェじゃないか。いきなり私を疑うなんて酷いねぇ……。あ、ちょうど紅茶が余ってるんだけど、いるかい?」

「いりません」

 

 

 即答である。

 

 

「じゃあトレーナー君にあげよう。私特製の角砂糖も使うといい」

 

 

 タキオンの方も断られることは承知の上だったようで、今度は流れるようにトレーナーに角砂糖を差し出す。

 するとトレーナーは疑うことなく角砂糖を紅茶に落とし、溶けたその液体をグビグビと飲み込んだ。

 

 

「ありがとうタキオン──うっ」

「さて、実験を始めようかカフェ」

「勝手にしてください」

 

 

 これがタキオンの研究室の日常である。

 

 

 "アノ子、怖がってタ。嫌いにならないデ……"

 

 

 お友だちは一人で密かに反省していた。




◇ディープスカイ
 基本的に能天気だが、怖いものは苦手。

◇アグネスタキオン
 実はこっそり研究室のスペースの比率を6:4にできないか画策中。

◇マンハッタンカフェ
 研究室唯一の常識人。穏やかで面倒見の良い性格(タキオン相手を除く)

◇タキオンのトレーナー
 通称モルモット君。偉大なトレーナーというのは輝いて見えるものだよ。

◇タキオンの研究室
 実験器具と骨董品が乱雑に置かれている摩訶不思議な空間。タキオンとカフェが共同で使用している。

◇お友だち
 カフェにのみ姿を認識できる存在。魂に直接語りかけてくる。
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