タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう 作:フルゥチヱ
「あっ、タキオンさんだっ! タキオンさーん!」
笑顔で駆け寄ってくる愛弟子の姿に、タキオンは途方もない安心感を覚える。この様子ならば、酷い目には遭っていないのだろう。
しかし、こうして心配を掛けたのは事実。ここは師匠として、時には厳しくお灸を据える必要がある。
さあ、ガツンと言うんだアグネスタキオン。彼女の成長の為にも、ここは心を鬼にするのだ。
「わーい!」
ギュッ、と抱きつかれる。
瞬間、タキオンの脳内では無数の方程式が展開された。
「かつて天使は架空の存在だとされていた──だが今は違う!」
「?」
「よしよしよしよし。プスカ君は可愛いねぇ。目に入れても痛くないねぇ」
「タキオンさん、くすぐったいですよぉ~」
弟子の髪の毛をくしゃくしゃに撫で回すタキオンである。
彼女はどうしようもないくらい教え子に甘かった。
「ククッ──随分と丸くなったものだな
カラン、と氷の入ったグラスを鳴らす。
カウンターに座るタニノギムレットは、本当に愉快そうな笑みを零していた。
「
「ほう? 気が利くねえギムレット君。もっとも、私に恩を売ったところで返すつもりは毛頭ないよ?」
「そんなものハナから期待しちゃいない。ただ、そっちの
「あ、アタシですか?」
ギムレットの琥珀色の左目が、スカーレットをジッと射抜く。
その姿に「ああ」とタキオンは合点がいったように頷いた。
「すまないねぇギムレット君。桜花賞ではウチのスカーレット君がウオッカ君に1バ身以上差を付けて完勝してしまって。まあ、格付け完了といったところかな?」
「ハッ、チューリップ賞の結果を知らないのか? これで
「おいおい、まさかG1とそれ以外の重賞の勝敗が等価値だと思っているのかい? それはG1レースを軽視しすぎだろう」
「児戯に等しい安い挑発だな。ウオッカはいずれこのワタシすら超えて頂点に君臨するウマ娘だぞ。この敗北は、ウオッカを更なる至高の領域へと誘う糧となるだろう」
「ふぅン……」
「クククッ……」
舌戦を繰り広げる
そんな彼女たちのことを、スカーレットとウオッカはキラキラとした目で見ていた。
「タキオンさん、やっぱり素敵……!」
「ギム先輩、やっぱカッケーぜ……!」
((何言ってるかは正直全然わからないけど!))
親が親なら子も子だった。
「ていうか、なんで京都でまでアンタの顔を見なくちゃならないのよ!」
「こっちの台詞だコノヤロー! せっかくギム先輩と二人で天皇賞を見に来たってのによ!」
「アタシだってタキオンさんと一緒に来るのを楽しみにしてたのに! それに友達が少ないアンタと違って、こっちにはカフェさんとプスカだっているんだからね!」
「はあ!? 俺とプスカはサシで飲んで語り合った仲なんだが!? 俺たちは一緒にダービーウマ娘を目指すダチ──いやソウルメイトなんだよ!」
「寝言は寝てから言いなさい! それにアタシとプスカは友達を超えて姉妹なのよ! アタシの魂がこの子は妹だって叫んでるのよ!」
「いや寝言言ってるのはお前だろ!」
「麦茶で乾杯してるアンタに言われたくないわよ!」
「「んぎぎぎぎぎぎぎ……ッ!!」」
この二人はいつも通りである。
騒ぐ四人のウマ娘の姿を見て一つ溜め息を吐いたマンハッタンカフェは、静かにディープスカイに近づいた。
「……ディープさん、私たちはこっちで静かに飲みましょうか」
「はーい」
「おいカフェ、何どさくさに紛れてプスカ君と二人になろうとしてるんだい?」
「……話しかけないでください。知り合いだと思われてしまいます」
「知り合いどころか大親友だもんねぇ私たち!」
「お二人共相変わらず仲が良いですねっ」
カフェは物凄い勢いで首を横に振る。
「
「ええ、まあ……。主な目的はタキオンさんの監視ですが」
「ハハハッ!
「監視だってさプスカ君。私ほど清廉潔白なウマ娘は他にいないっていうのにねぇ」
「はい! タキオンさんはとっても優しいです!」
「……潔白なのは白衣だけでしょう」
全く以てその通りだと思う。
「しかし、良き弟子を見つけたものだなアグネスタキオン。ウオッカ以上の
ギムレットの瞳が、未だ口喧嘩を続ける二人のウマ娘と、酩酊してふらふらのウマ娘を映す。
ウオッカのように運命的なものを感じたわけではない。
しかし、それに近しいものを感じていた。
「これが世界の
「……どういう意味だい?」
「いずれ分かるさ、いずれな。だが一つ忠告しておく。コイツは必ず俺と同じ
「プスカ君はマイラーだと、そう言いたいのかい?」
「分かってるじゃないか。後学のために春天を見せに来たのかもしれないが、止めておけ。
「……」
フッ、と。
タキオンは自嘲するように笑う。
久々に感じた、煮えたぎるような感情。
それはタニノギムレットではなく──そのずっとずっと奥にいる"何か"に向けられていた。
そいつはいつだって、"私たち"のことをじっと見ているのだ。
神様みたいに。
悪魔みたいに。
「ハハハッ! まさか最恐にして最凶の破壊神と恐れられている君がそんなことを言うなんてねぇ。思わず笑ってしまったよ」
「……なんだと?」
「いや、失敬失敬。確かに忠告は受け取ったよ。君の言葉に異論はないさ」
ニコニコと頷くタキオン。
だが、その目は決して笑っていなかった。
「しかし──彼女には私がいる」
ウマ娘には逃れられない運命がある。
いつだってそう感じていた。
その深淵を解き明かすことこそが、自分の存在理由だと定義できるくらいに。
だけど、その"運命"が彼女に牙を剥くというのなら。
「全部ぶっ壊してやる」
「フ……アハハハハハッ!! この俺を前にして『ぶっ壊す』とは、大きく出たなアグネスタキオン!」
「君のお株を奪ってしまったかな? 悪く思わないでくれたまえ」
「いや、いい。だが──その先は
「地獄か。だったら私は特等席じゃないかい?」
「ハッハッハッ! 違いないな!」
高笑いを上げるタキオンとギムレットである。
そんな二人を、子供たちは相変わらず目を輝かせて見ていた。
「か、カッケー! なんかスゲーカッケー会話してる!」
「そういうアンタは凄くバカっぽいわよ」
「う、うるせえな! お、俺だってシニア級になればあれくらい……!」
「アンタはどうせシニアになってもギュルルンギュルルンが限界でしょ」
「俺はウオッカさんもとても格好良いと思いますよっ!」
「ありがとなプスカ、お前やっぱ良い奴だな……」
「はいっ! 顔は凄くカッコいいと思います!」
「ちょっと待て。お前、今さり気なく顔以外はディスってなかったか?」
「そ、そうね。顔だけは認めてあげないこともないわよ!」
「なあ他に褒めるところあるだろ!? ほら、生き様とかさあ!」
「「……」」
「なんで二人揃って黙るんだよ!?」
ウオッカの抗議の声に沈黙を貫くスカーレットとスカイ。
これに目敏くタキオンが反応する。
「ウオッカく~ん、ちょっといいかなぁ? 今彼女たちにカッコいいと言われているように聞こえたんだが……」
「ウワーッ!? な、なんすかタキオン先輩!? なんでそんな怒ってるんすか!?」
「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはないねぇ!」
「言ってませんけど!?」
何故か怒りの形相でウオッカを睨むタキオンである。
そんな彼女を制したのは、意外にもカフェだった。
「タキオンさん、落ち着いてください……」
「か、カフェ先輩、ありがとうございま──」
「……ところでウオッカさん、最近ディザイアさんとはどんな感じですか?」
「へっ? あ、ディザ子のことすか?」
ウオッカの脳裏に、自分のことをよく慕ってくれている後輩の姿が浮かぶ。『ウオッカ様~♡』という彼女の声が聞こえた気さえした。
「どうと言われても、普通に可愛い後輩っすけど」
「"可愛い"とは……? どういう意味で言っていますか? その辺り、具体的に聞かせてください……」
「ウワーッ!? 声は平坦なのに圧が凄い!?」
「ウオッカ君? まさかスカーレット君とプスカ君だけではなく、他の女の子も誑かしているのかい?」
タキオンとカフェに迫られてたじろぐウオッカである。
そんな彼女の姿を、ギムレットは誇らしげに見守っていた。
「フッ。流石ウオッカ、罪な男だ。
「ウワーッ!? 俺は女っすよギム先輩!」
「そうか……今はウマ娘だったな」
「いや元から娘です!」
タキオンはいつの間にか、七色に発光する怪しい試験管を手にしている。
「ウオッカ君、ちょっとこの薬を飲んでみようか? なに安心したまえ、害のある成分は入っていないからねぇ」
「詳しく……説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています……」
「ウワーッ!? ウワーッ!!?」
モテる人って色々大変なんだなあ、とプスカくんちゃんは思った。
◇タニノギムレット
最凶の
◇アグネスタキオン
光速の
◇マンハッタンカフェ
摩天楼の
◇ウオッカ
常識破りの
◇ダイワスカーレット
緋色の
◇ディープスカイ
蒼穹の