タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう 作:フルゥチヱ
「わあ~っ! これが京都レース場! 凄いです! 綺麗です! 広いです!」
「最近改修工事が行われたばかりだからねぇ。随分と様変わりしたものだよ」
「ですね……見違えるほどです」
そんなタキオンさんとカフェさんの言葉。
初めて訪れた本物のレース場は、凄い迫力だった。
「思い出すな……ワタシが
「し、シンザン記念ですか……」
「そういや、スカーレットはシンザン記念負けたんだったな?」
「う、うっさいわね! アンタだって黄菊賞で負けてるくせに!」
「なんだと!?」
「なによ!?」
「……君たち、よくお互いの戦績をそこまでしっかり覚えてるねぇ」
トレセン学園の関係者はチケットを購入せずとも入場できるようで、カフェさんがテキパキと係員さんと話をして受付を済ませてくれた。
「ディープさん、これが入場許可証です。……失くしちゃダメですよ? 絶対に失くしちゃダメですよ……?」
「は、はいっ。あの、なんで俺にだけそんな念を押すんですか?」
「ハハハ、カフェは心配性だねぇ」
「タキオンさん……アナタもですよ。もしレース場で変なことをしようとしたら──」
「おいおいカフェ。この私がそんなことをするウマ娘に見えるかい?」
「……私は血に飢えた猟犬となるでしょう」
「三女神に誓って不審な行動はしないと約束するよ」
ビシッと背筋を伸ばすタキオンさん。
血に飢えた……猟犬? ってなんだろう?
「おい! あっちにどて煮をすげえ大食いしてるウマ娘がいるらしいぞ!」
「マジかよどんな娘だ!?」
そんな話をしていた俺たちの横を走り抜けていく男性二人組。
って、どて煮……? レース場ってグルメも売ってるんだ! 俺も食べたい!
「タキオンさん、カフェさん! 俺、どて煮買ってきますっ!」
「ちょ、プスカ君!?」
「15時40分までには戻ってきてくださいね……」
「分かりましたっ!」
「おい、本当に大丈夫なのかいプスカ君を一人にして……」
「……まあ、レース場から出ることはないから大丈夫でしょう。それに……お友だちが彼女を追いかけてくれています」
「それはそれで不安なのだが」
前を行く二人組を追いかけて、俺はフードコートへと向かった。
◯
「すまない、おかわりを貰えるだろうか」
「凄いな。これで100杯目らしいぞ」
「どて煮1杯の熱量は約140キロカロリー。つまり彼女は既に14000キロカロリーをその胃袋に収めた計算になる。凄まじい消化能力だ」
「どうした急に」
フードコートの一角には既に人だかりが出来ており、その人たちの視線は一点に集中していた。
空になった容器がタワーのように重ねられていてお顔は見えないが、感じる。
圧倒的な存在感──怪物の気配を。
「あ、あのすみません!」
先ほどのメガネの男性とパーカーの男性に声を掛けてみる。
あのウマ娘のことを、この人たちは知っているだろうか。
「ん? どうしたんだいお嬢ちゃん」
「もしかして迷った? トイレならあっちだよ」
「ち、違いますっ! 子供扱いしないでください!」
でも後で一応トイレは行っておこう。モクテル飲みすぎちゃったし。
「あの方はなんというウマ娘なんですか?」
「店員さんが言うには、"タマモクロス"と名乗って入店してきたらしいよ」
「あ、あの人がタマモクロスさん……!」
前に追い込みシスターズのメンバー探しで、ゴールドシップさんが候補に上げていた名前の一つだ。あの時は都合が悪かったのか会えなかったけど、まさかこんなところでお会いできるだなんて……!
「あれ……? でもタマモクロスさんは少食な方だってゴールドシップさんは言っていたような……」
突発性の成長期でもやってきたのだろうか。
俺もそこそこ食いしん坊な自覚はあるけど、この人には逆立ちしても敵いそうにない。
「──お? おお! ディープじゃねーか! お前こんなとこで何してんだ?」
どんどん積み上がっていくどて煮の容器をぽけーっと眺めていると、耳に心地良い朗らかな声と共に頭をくしゃくしゃに撫でられる。
振り返ると、そこにはトレセン学園の制服の上に法被を羽織り、焼きそばを販売するゴールドシップさんの姿があった。
「ゴールドシップさん! お久しぶりです!」
「おうよ! ライブ以来だな! 元気してたか!?」
「はいっ! ゴールドシップさん、全然ウマドルの打ち合わせに顔を出してくれないからシービーさんも寂しがってましたよ」
本当に寂しがってるのは俺なんだけど。それは内緒だ。
「すまねえなディープ。ゴルシちゃん、最近始めたバイトが忙しくてよ……」
「アルバイトですか。もしかしてお金が必要なんですか?」
「ああ。前のライブでちょっとステージを破壊しただけで生徒会の連中がカンカンに怒ってよ。ゴルシちゃん、この歳で債務者になっちまった」
「ええっ!?」
し、知らなかった。まさかそんな大事になっていただなんて!
「それはリーダーの俺にも責任があります! そのアルバイト、お手伝いさせてくださいっ!」
「お前マジで良い奴だな。でもお前、中等部だろ?」
「あ……ですね」
中学生はよっぽどの事情がない限りアルバイトはできない。労働基準法違反になってしまう。
「あれ? でもゴールドシップさんは高等部なんですか?」
「ん? おう、たぶんそうだな、部分的にそうだな」
なんて曖昧な返答なんだろう。
「ちょっとゴールドシップさん! なに立ち話をしてますの!? キリキリ働いてくださいまし!」
すると、ゴールドシップさんの後ろから一人のウマ娘が怒りながらこちらへ歩いてきていた。
その芦毛のウマ娘はとても高貴な顔立ちながらも、どこか親しみのある雰囲気を纏っている。ゴールドシップさんのお知り合いかな?
「わりぃなマックちゃん! よっしゃあ! 焼きそばを売って売って売りまくってやんぜええええ!」
「ええ、その意気ですわよ!」
「マックちゃん……?」
そういえば、前にゴールドシップさんが言っていた。抱えた時のフィット感が俺とそっくりなウマ娘がいると。
こ、この人が生マックちゃんさん!
「ま、マックちゃんさん! はじめまして! お会いできて光栄ですっ!」
「あら?
「紹介するぜマックイーン。こいつが前に話したディープスカイだ」
「まあ、貴方が! ゴールドシップさんがいるアイドルグループのリーダーだそうですわね。さぞかし大変でしょう?」
「いえ! ゴールドシップさんはとっても優しいです!」
「えっ……ゴールドシップ。貴方、もしかして彼女に洗脳を……?」
「してねえよ? アタシのこと何だと思ってやがんだ?」
ゴールドシップさんとマックちゃんさん、なんだかちょっと似てるかも。目元の優しい雰囲気とか。
『"──おおおおお!? 子孫をオイカケテいたら、こんなところにマックちゃんが!!?"』
すると、急にそんな声が脳裏に響いた気がした。
「ゴールドシップさん、何か言いましたか?」
「いや、何も言ってないぞ」
「ディープさん、どうかしましたの?」
『"なんだト!? 我が可愛い子孫よ、俺様の声が聞こえているのカ!?"』
「は、はい! ぼんやりとですけど……」
『"可愛い子孫よ、よく聞ケ! 俺様はお前の魂の祖先ダ!』
「ご先祖様、ですか……?」
それは耳で聞くというよりは、脳内に直接響くような声だった。
だけど、間違いなく幻聴なんかではない。
『"そ、そうカ! 京都という地脈に満ちた土地に加えて、今この空間にはカフェ、ディープ、そしてマックちゃんの前壁
「何故でしょう。物凄くバカにされている気がいたしますわね」
『"イヤイヤイヤ! 俺様はマックちゃんの身体こそ至高だと思ってるゼ!? 前壁最高!"』
「ゴールドシップ、塩撒いてくださいまし」
「悪霊退散!」
『"グワアアアア!?"』
「ご先祖様ー!?」
脳内に響く悲鳴。
このままじゃご先祖様が成仏しちゃう!
『"良いのダ可愛い我が子孫よ……。俺様はマックちゃんに会えただけで──シア……ワセ……"』
「ご先祖様ぁ……ご先祖様ぁぁぁ!!」
「おい。アイツめちゃくちゃ泣いてるけど、これってアタシたちが悪いのかな?」
「……思い込みの激しい方なのでしょうか」
はあ、とマックちゃんさんは一つ溜め息を吐いた後、すっと何かを差し出してきた。
「ほらディープさん。焼きそばですわよ。これ食べて泣き止んでくださいまし」
「……あの、皆さん俺のことをお腹いっぱいにすれば泣き止む幼児か何かだと思っていますか?」
『"ウオオオオオオ!! マックちゃんのくれるメシ!! 喰ウ!!"』
「ご先祖様!? さっきの消滅しかけてた雰囲気は何だったんですか!?」
『"感謝するぜマックちゃん! 焼きそばを喰って俺様完全復活ダ!!"』
「ほらディープさん。おかわりもありますわよ」
「やっぱディープといると退屈しねーな」
マックちゃんさんがくれる焼きそばをズルズルと頬張っていると──コースの方からトランペットによる演奏が鳴り響く。
レースの開始直前に演奏される、ファンファーレというやつだ。
サムちゃん先輩の走りを一秒たりとも見逃したくない!
「大変ですっ! レースが始まっちゃいます!」
「ゴールドシップ!」
「おうよ! マック&ディープの二刀流で観客席にGOーッ!」
マックちゃんさんと共にひょいっとゴールドシップさんの両脇に抱えられる。
もはや拐われることに違和感がなくなってきている自分が怖かった。
「そういえば、マックちゃんさんは高等部なんですか?」
「いえ、中等部ですわよ」
「えっ……バイトしても平気なんです?」
「いや、だってマックちゃんはほら、中等部だけど立ち位置的には年長者っていうか」
「???」
『"可愛い子孫よ。時系列は気にしたら負けダ"』
「?????」
ゴールドシップさんとご先祖様の言葉の真意はいまいち分からなかった。
◯
コツ、コツ──と。地下バ道に、自らの足音が響く。
菊花賞以来の京都レース場。
しかも今回は栄誉ある春の盾、天皇賞春だ。
緊張していないと言えば嘘になる。不安がないと言えばそれも嘘になる。
だけど、それ以上に今は自分の力を試したい。
三冠の夢が潰えたあの瞬間からきっと、私の時間は止まったままなんだ。
この舞台に再び立つことで、ようやく私はウマ娘として、もう一度走り出せる。
「やあ。良い顔をしているじゃないか、サムソン」
「オペラオーさん」
私を鍛え直してくれた恩師──テイエムオペラオーさん。
「サムソンさん、まさに武士って感じの雰囲気ですぅ……!」
「ドトウさん」
私に諦めない執念を教えてくれた恩師──メイショウドトウさん。
「本当にありがとうございました。お二人がいなければ、今の私はここにはいません」
「いえいえ……っ! サムソンさんの努力の成果ですよぅ……!」
「そうだね。本当によく頑張った」
ポン、と。
オペラオーさんは優しく頭を撫でてくれた。
かと思うと。
「フンっ!」
バチーン! と。
今度は同じくオペラオーさんから、強烈な平手打ちをお尻に叩きつけられた。
「あいったー!? な、何するんですかぁ~!?」
「ハーッハッハッハ! 優しくするだけが師ではないだろう! 時に優しく時に厳しくというやつさ!」
「厳しくってそういう意味じゃないと思います!」
「ふあああああ!? た、大変ですぅ、今冷やすものを~……」
「必要ないよドトウ。彼女は既に冷えているのだからね」
「ど、どういうことですか~……?」
ドトウさんの疑問には、私が答えた。
「頭は
「そうだ。常に思考を止めるな、考え続けるんだ──勝利のために」
「サムソンさんなら絶対勝てるって、私信じてますぅ~!」
この人は。
この人たちは、私の勝利を信じてくれている。
何度も負けて何度も折れてきた、この私を。
「前へ進め、メイショウサムソン。悪路の先にこそ、君の求めているものはある」
「はい──行ってきます」
勝利のために頭を回す。
その片隅で、私はこんなことも考えていた。
(プスカちゃんも、寮のテレビで見てくれてるのかな)
夢は三冠ウマ娘だと無邪気に口にする、新しいルームメイトのウマ娘。
最初はちょっとだけムッとしたけど、きっとあの子は純粋なだけなんだ。
それに、初めて会った時から本当は分かっていた──彼女の可能性。
ディープという名のウマ娘は、そういう星の下に生まれてくるのだろうか。
(……見ててね)
流星のように煌めく才能と、青空のように澄み切った心。
それに導かれるように、転入して来たばかりの彼女の周りには、大勢の人たちが集まって来ている。きっと、あの子もあの人と同じ、主人公というやつなのだろう。
羨ましい。
ああ、羨ましいな。
だけど──やっぱり私は最も運が良いウマ娘だ。
ディープさんにもムーンちゃんにも置いていかれてしまった私のところへ、プスカちゃんは流れ着いてきてくれた。
それこそ、流れ星みたいに。
(私、勝つから。そしていつか……)
いつか、君が強くなった時、立ちはだかる存在でいられるように。
私は、進み続ける。
◇ディープスカイ
多分主人公の女児ウマ娘。
純粋すぎてお友だちの声が聞こえてしまった。
◇お友だち
説明不要の偉大なる魂のご先祖様。
マックちゃんのことが大好き。
◇ゴールドシップ
全てのデータが謎に包まれているウマ娘。
ウマドルの時に破壊したステージの修理費用を稼ぐために京都レース場でバイトしている。
◇メジロマックイーン
史上初の天皇賞春連覇を果たしたウマ娘。
ゴルシの手伝いで(半強制的に)バイトのヘルプに駆り出されている。
◇メイショウサムソン
天皇賞春の出走ウマ娘。
ドトウとオペラオーを姉のように慕っている。