タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう   作:フルゥチヱ

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第24話 舞台に立つ/天皇賞春(後編)

『先頭集団を引っ張るのは逃げ宣言ユメノシルシ。それに続くのがマイソールサウンドとマツリダゴッホ、好スタートを決めています』

 

 

 解き放たれたゲートから一斉に飛び出す16人のウマ娘たち。

 中でも一気に前へと躍り出た黒鹿毛のウマ娘は、軽快な足取りで逃げていく。

 サムちゃん先輩は──

 

 

『やや縦長の隊列となりました。メイショウサムソンは中団の辺りでじっくりと構えている』

 

 

 青を基調とし、桃色のラインが入った勝負服を身に纏うサムちゃん先輩。

 勝負服姿の彼女は、落ち着いていながらも鋭い名刀のような雰囲気があった。

 その表情も呼吸も走行中とは思えないほどに冷静。まるで凪いだ水面みたいだ。

 

 

「サムちゃん先輩、カッコいいです……!」

「その位置か。サムソン君の普段の位置取りと比べるとやや後ろだねぇ」

「彼女も常に変化し、そして進化しているということさ」

 

 

 そんなオペラオーさんの言葉。

 この人は、俺の知らないサムちゃん先輩を知っているのだろうか。

 俺が転入してくる前の先輩を。

 

 

「……」

 

 

 でも、それを本人のいないところで聞くというのはダメだ。

 きっと先輩を傷つけることになる。

 だってサムちゃん先輩はあまり、自分のことを話したがらない人だから。

 特にレースの話は、殆どしたことがない。

 その代わり、俺の話をいつも笑って聞いてくれてた。

 穏やかで優しい先輩。サムちゃん先輩と出会えたことは、本当に運が良かった。

 ずっと一緒に居たいな、ずっと一緒に居られたらいいな──

 

 

『1000メートルを通過! 通過タイムは60.3秒! 前回に引き続きもの凄いペースだ!』

 

 

 スタンド前の直線をけたたましい足音と共にウマ娘たちが走り抜けていく。

 実況の人が言うように、確かに素人目で見てもペースは速く感じる。

 先輩たちはより強くそれを感じているようで、特にカフェさんは驚いている様子だった。

 

 

「……このハイペース、前は総崩れになっても不思議ではありませんね」

「ですね! 俺があの中にいたら、多分もうバテて芝に倒れてると思います!」

「プスカ君はちゃんと自己分析が出来て偉いねぇ」

 

 

 タキオンさんは何故か褒めてくれた。

 

 

『半分の1600メートルを通過! 依然としてユメノシルシが先頭で向正面へ。4番手にデルタブルース。内にはトウカイトリックとエリモエクスパイア。メイショウサムソンは悠然と中団をキープ。アイポッパーは最後方。しかし前から後ろまでは10バ身ほど、誰が勝ってもおかしくない混戦状態!』

 

 

 凄い。

 仕掛けどころを探り合っている空気がピリピリと伝わってくる。

 誰かが仕掛けた瞬間に自分も行くぞという、張り裂けてしまいそうなほどの緊張感。

 

 

『さあ坂を下って4コーナーへ! メイショウサムソン早仕掛けで一気に上がってきたぞ! アドマイヤタイトルとエリモエクスパイアも続く!』

「行きなさいタイトル! あなたなら勝てるわ!」

「サムソンさん、頑張ってくださいぃ~……!」

 

 

 アドマイヤベガさんとメイショウドトウさんの声援。

 いや、それだけじゃない。

 周りにいる観客全員が、それぞれ応援しているウマ娘の名前を叫ぶ。

 残り400メートル。

 長い長い京都の3200メートルも、残すは最終直線のみ。

 もっと、もっと近くで……!

 

 

「すみません、もっと近くで見てきます!」

 

 

 タキオンさんの制止を振り切って飛び出す。

 階段を転びそうになりながら駆け下りて、人混みの中を掻き分けて、ターフの最も近い場所へ。

 無意識に、手すりを両手で強く握っていた。

 

 

『メイショウサムソンが先頭に代わった! メイショウサムソンが先頭に代わった!』

 

 

 そこには、俺の知らないサムちゃん先輩がいた。

 大きな躰で力強くターフを蹴り、燃えるような闘志と氷のような執念をその瞳に宿したウマ娘がそこにいた。

 いや、知らなかったんじゃない。

 知ろうとしなかったんだ。

 サムちゃん先輩は、ずっと何かを隠していた。

 だから、俺も聞こうとはしなかったし、探ろうともしなかった。

 そんなことをしたら、サムちゃん先輩に嫌われるんじゃないかって、怖かったから……。

 

 

「サムちゃん先輩……!」

 

 

 でも。

 でも先輩はそんな人じゃないって、俺は知っていたはずなんだ。

 最初は見向きもしてくれなかったけど、何度もちょっかいをかけてたら少しずつ反応してくれるようになった。

 それが嬉しくって、"僕"が何度ちょっかいをかけても、あの人はいつだって笑って許してくれた。

 大きな躰に違わぬ、大きな器。それがメイショウサムソン先輩だって、僕は知っていたはずなのに!

 

 

「サムソン先輩……!」

 

 

 ああ。

 どうして僕はあの舞台に立っていないのだろう。

 どうしてこんなところで、見ていることしかできないんだろう。

 分かっている。今の僕はまだ弱くて、その資格がないからだ。

 サムソン先輩は僕のところに来てくれたのに、俺はサムちゃん先輩のところに行けない。

 あれ? サムちゃん先輩のルームメイトになったのは俺だから、先輩のところに行ったのは俺の方なのかな……?

 分からない。

 分からないけど、そんなことは重要じゃない。

 どっちが先かなんて本当にどうでもいいんだ。

 だって僕たちは今までずっと一緒で、これからもずっと一緒なのだから。

 

 

『外からアイポッパー! 内からはトウカイトリックも追い込んでくるぞ!』

 

 

 大外から猛烈な末脚で駆け込んでくる栗毛のウマ娘と、内を突いて追い抜こうとする鹿毛のウマ娘。

 先輩も懸命に粘っている。だけど──

 

 

『内からトウカイトリック! トウカイトリック抜いた! メイショウサムソンここまでか!?』

 

 

 うるさい。

 そんなこと言うな。

 サムちゃん先輩が諦めるもんか。サムソン先輩が負けるもんか。

 あの人が誰よりも強いことは、僕は一番よく知ってるんだ!

 

 

サムちゃん(サムソン)先輩!!」

 

 

 今は応援することしかできない。

 でも、いつか。

 いつか必ず、あなたと同じ舞台に立つから。

 サムちゃん先輩のルームメイトとして恥ずかしくないくらい、強くなるから。

 だから、だから──!

 

 

「勝ってくださいっっ!!」

 

 

   ◯

 

 

「──新しいルームメイト、ですか……?」

 

 

 大阪杯を終えてトレセン学園に戻ってきた私に、栗東寮の寮長であるフジキセキさんはこんな提案をした。

 

 

「うん。サムソンはムーンが留学してからずっと一人だろう? せっかくだし、転入生のポニーちゃんの面倒を見てあげてくれないかな」

「はあ、まあ構いませんけど~……」

「あはは。台詞と表情が一致していないよ」

 

 

 だってあの部屋は、私とムーンちゃんの部屋だ。

 いきなり新しいルームメイトだなんて言われても、はい分かりましたと切り替えられるわけがない。

 

 

「君、大阪杯を勝ったのに全然嬉しそうじゃないんだもの。次の天皇賞のためにも、いい気分転換になるんじゃないかな?」

「……お気遣いありがとうございます」

 

 

 一応、久々に勝ったわけだから嬉しいことは嬉しいんだけどな。

 表情には出ていなかったのだろうか。

 

 

「で、その子はどこにいるんですか?」

「実はさ、既に君の部屋で寝かせてるんだよね」

「え、もうですか?」

 

 

 眠るには少し早い時間ではないだろうか。

 それとも、移動で疲れてたのかな。

 

 

「それがさ、三女神像の噴水で倒れてたんだって。ポニーちゃんたちの噂話だと、空から女の子が落ちてきたとかなんとか」

「いやいや、そんな映画じゃないんですから……」

「まあ、仲良くしてあげてよ。最近の君、ちょっとピリピリしてるからさ、優しくね」

 

 

 ピリピリ……してただろうか。

 まあ、話し相手がいないというのも退屈ではあったし、時差があるムーンちゃんに電話を掛けるのも悪いと思っていた。

 いい機会ではあるのかもしれない。

 

 

「分かりました。それで、その子のお名前は?」

「うん、ディープスカイっていうポニーちゃんだってさ」

「…………はい? ディープ?」

 

 

 えっ。

 まさか、あの人の妹さん……?

 

 

「いや、そういう訳じゃないみたいだよ。ただ、面白いよね」

「面白いって……フジキセキさん、もしかしてワザとその子を私の同室にしました?」

「公正な判断に基づいた振り分けさ。ま、これも何かの縁ってやつだね。あははははっ」

 

 

 そんな風に笑いながら、フジキセキさんは寮長室へと戻っていった。

 絶対ワザとだ。

 

 

「……またディープかぁ」

 

 

 これじゃ私、最も運のあるウマ娘ではなくて、最も悪運のあるウマ娘なんじゃないかな。

 

 

   ◯

 

 

 どうして──

 どうして今、こんなことを思い出すんだろう。

 京都の最終直線。

 栄誉ある春の天皇賞が今まさに決着しようとしているのに、私の思い出すことはそれか。

 ああ、やっぱりダメだな私。

 どんなに足を動かしても、どんなに頭を使っても、あと一歩のところで届かない。

 三冠ウマ娘に届かなかったように。

 

 

『内からトウカイトリック! トウカイトリック抜いた! メイショウサムソンここまでか!?』

 

 

 私が負けて帰ってきたら、やっぱりあの子は泣いちゃうのかな。泣き虫だからなあ、プスカちゃん。

 あの子とは色んな話をしたけど、レースの話は殆どしたことがない。

 夢は三冠ウマ娘だと語る彼女に、夢破れた二冠ウマ娘()という現実を教えるのが怖かったから。

 きっと彼女の方も、私の雰囲気を察して、レースのことには触れないよう気を遣ってくれていたのだろう。

 ごめんね……。

 私の方が先輩なのに、こんなダメな先輩で本当にごめんね。

 勝ちたかったなあ。

 そうすれば胸を張って、私は二冠ウマ娘だって言えたのに。

 

 

「──サムちゃん先輩!!」

 

 

 幻聴まで聞こえてきた。

 トレセン学園にいるはずの、ここにはいないはずのあの子の声が聞こえる。

 やっぱりスタミナが足りなかったのかな。

 菊花賞みたいに……。

 三冠の夢が終わったあの時みたいに……。

 

 

「勝ってくださいっっ!!」

 

 

 違う。

 幻聴なんかじゃない。

 確かに聞こえた。

 プスカちゃんの声が。

 ディープスカイちゃんの声が。

 そうだ。

 そうだった。

 あの子はずっと──私のそばにいてくれた。

 

 

「だああぁぁああっっ!!」

 

 

 まだレースは終わってない!

 並ばれたからってなんだ! 抜かれたからってなんだ!

 諦めるもんか! 絶対勝つんだ!

 競り合いでの粘り強さこそが、私の武器なんだから!

 

 

『いや、メイショウサムソン驚異的な粘りを見せる! エリモエクスパイアも突っ込んできた! エリモエクスパイアか!? メイショウサムソンか!?』

 

 

 壮絶な叩き合い。

 その中で抜け出した私たち三人がほぼ横並びでゴール板を通過した。

 全員が着順掲示板に注目する。

 一番上に表示されたのは──6だった。

 

 

『勝ったのはメイショウサムソン! 二冠ウマ娘ここにあり! 菊花賞の雪辱を乗り越え、見事淀の舞台で春の栄冠を手にしました!』

 

 

 ああ。

 やっと私、前に進めたんだ。




◇メイショウサムソン
 舞台の主役。

◇ディープスカイ
 舞台のヒロイン。
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