タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう   作:フルゥチヱ

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第25話 輝く未来を君と見たいから

「ただいまぁ~」

「あ、おかえりなさいっ!」

 

 

 オペラオーさんとの厳しい闘魂トレーニングを終えて栗東寮の自室に戻る。

 すると、新しくルームメイトになったばかりのウマ娘、ディープスカイちゃんが尻尾をブンブンと揺らしながら駆け寄ってきた。

 ディープちゃんと呼ぶと三冠ウマ娘のあの人を思い出すし、スカイちゃんだと二冠ウマ娘のあの人と紛らわしいので、私はプスカちゃんと呼んでいる。

 

 

「サムちゃん先輩サムちゃん先輩! これ見てくださいっ!」

「どうしたの~?」

 

 

 この子は今日も元気いっぱいだなあと思っていると、部屋の中央に巨大なノズルの付いた機械が鎮座していた。

 

 

「アドマイヤベガさんから借りたんです! フトンカンソーキ? と言うそうですよ!」

「へ、へえ~」

 

 

 アヤベさんことアドマイヤベガさん。私にとってはダービーウマ娘の先輩で、ムーンちゃんが慕っていた先輩だ。

 というか、この子はどういう経緯でアヤベさんと親しくなったのだろう。

 ムーンちゃんのルームメイトだった私でも、アヤベさん本人とはそこまで親しくなかったのに。

 昨日はトレーナーを発光させるなど色々と悪い噂が絶えないあのアグネスタキオンさんに弟子入りしたと言っていたし、どんなコミュニケーション能力してるんだ。

 

 

「睡眠は大事だって教えてもらいました! なのでこれからは毎日これを使って寝ようと思います!」

「えっ、毎日?」

 

 

 これって毎日使うものなのだろうか。

 梅雨の時期とかならともかく、普通は1週間に1回とかなんじゃ……。

 

 

「サムちゃん先輩のお布団にもかけて差し上げます!」

 

 

 ブオオオオオンという音を立てて熱風を出す機械。

 もっとうるさいのかと思っていたけれど、最新式のものらしく夜に使っても問題なさそうなくらいだ。

 何故か「私が選んだ至極の逸品よ」と親指を立てているアヤベさんの姿が脳裏に浮かんだ。

 

 

「このふわふわ、まさに三冠級……!」

 

 

 布団をぐいぐいと両手で押して柔らかさを確認するプスカちゃん。

 この子、一応中等部なんだよね……?

 身長以外は、飛び級してるニシノフラワーちゃんの方が大人っぽく見える。

 

 

「プスカちゃん、授業はどうだった? 分からないところがあったら教えてあげるよ~」

「本当ですか!? ありがとうございますサムちゃん先輩!」

 

 

 彼女は鞄から教科書を取り出すと、パラパラと捲って、バッと突き出す。

 

 

「ここから分からないんです!」

 

 

 そのページは、多分ウマ娘なら小学生でも知ってる基本中の基本を記していた。

 

 

「……プスカちゃん」

「はいっ」

「……一緒に頑張ろ。とことん教えてあげるから」

「頑張りますっ」

 

 

 この子、もしかして小学生の子たちよりも……。

 

 

「あと、えぬえいちけーまいるって何メートルなんですか?」

「ウソでしょ……」

 

 

 プスカちゃんは記憶喪失なんじゃないかってくらい本当に何も知らなかった。

 

 

   ◯

 

 

「ごめんなさいタマモ先輩……ッ! ウチ、不甲斐ない結果で……!」

「アンタはよう頑張ったわ。しっかり走りきったやん。偉いで」

 

 

 地下バ道に響く、共に走ったウマ娘たちの啜り泣くような声。

 あの時の私も、あんなふうに泣いていたのだろうか。

 だけど、私は勝った。

 不思議な感覚だ。

 京都の3200メートルを走り抜けて、ウイニングライブを歌って踊って、全身全霊を出し切ったはずなのに──

 まだ走れる気がする。

 いや、実際には気がするだけで多分無理なんだろうけど。

 もっと走れ。もっと進め。

 自分の奥底に眠っていた何かが語りかけてくるようだった。

 昂るように震える四肢をじっと見つめていると、向こうから甲高い拍手が響いてくる。オペラオーさんだ。

 

 

「おめでとうサムソン。君はたった今この瞬間、扉を開いた」

「扉……?」

 

 

 オペラオーさんらしい、役者じみた台詞回し。

 だが、理屈ではない何かで、その言葉の意図が理解できた。

 

 

「歓迎しよう。ようこそ──"領域(ゾーン)"へ」

 

 

 これがオペラオーさんの言っていた、限界の先?

 辿り着いた……。

 置いていかれてばっかりで、泣きじゃくっていた私が、この舞台に辿り着けたんだ。

 

 

「あの、オペラオーさん。本当にありが──」

「おっと待ちたまえサムソン。今日の主役はボクじゃない、君だ。そして主役にはヒロインが必要だろう?」

「……ヒロイン?」

「スペシャルゲストの登場さ」

 

 

 ひょこっと。

 オペラオーさんの背中から顔を出す女の子。

 

 

「さ、サムちゃん先輩っ」

 

 

 明るい栗毛とその中心を走る白い大流星、そして青空のように澄み切った瞳のウマ娘。

 

 

「プスカちゃん……」

 

 

 どうしてここにいるの? という疑問なんてどうでもいい。

 だってあの時、確かに聞こえたのだから。

 プスカちゃんの、私を呼ぶ声が。

 

 

「プスカちゃん!」

「ぷしゅ!? さ、サムちゃん先輩っ!?」

 

 

 思わず抱きついてしまった。

 小さくはないけれど、まだデビュー前の細い身体。

 それを一つになるくらい、強く強く抱きしめる。

 

 

「ずっと……ずっと、言ってなかったことがあったの」

 

 

 私は今、どんな顔をしているのだろう。

 笑えているだろうか。

 

 

「私は二冠ウマ娘、メイショウサムソン」

 

 

 やっと言えた、という安堵と。

 

 

「……三冠ウマ娘になれなかった、君のルームメイト」

 

 

 言ってしまった、という後悔。

 まるで懺悔みたいだ、と思った。

 ならば、いったい何に対する懺悔なのだろう。

 

 

「そう、だったんですね……」

 

 

 静かに目を伏せるプスカちゃん。

 

 

「ごめんなさい。俺、サムちゃん先輩の気持ちを考えず、三冠だなんて……」

 

 

 その綺麗な瞳に少しずつ涙が潤む。

 本当にこの子は、なんて純粋なんだろう。

 

 

「私の方こそごめんね……」

 

 

 話す機会なんていくらでもあったはずだ。

 だって私たちはルームメイトで、ずっと一緒だったんだから。

 でも、私が怖がっていたせいで、プスカちゃんを悲しませてしまった。

 

 

「泣かないで、プスカちゃん」

「サムちゃん先輩こそ泣かないでくださいっ。俺のせいなのにっ、先輩は悪くないです!」

「えっ……?」

 

 

 思わず自分の頬に触れる。

 指先が濡れた。

 笑えてなんかいなかった。私も泣いていたんだ。

 

 

「ち、違うから。これはその~……ただの目汁だから」

「いやメチャクチャ泣いてるじゃないですかっ!」

「そ、そういうプスカちゃんこそ、私以上に泣いてるよ!」

「な、泣いてませんっ! それに万が一泣いてたとしても自分が泣いてることを認識しなければ泣いていることにはなりません!」

「どういう理屈?」

 

 

 やっぱりこの子は恐ろしいほど純粋で無垢だ。

 長距離を走り切って磨耗した肉体と脳には、ちょっと眩しすぎるくらいに。

 でも……。

 

 

「……」

「サムちゃん先輩?」

 

 

 レースの世界の現実は、どうしようもなくシビアだ。

 出走前には人気が発表され、ゴール後には順位と着差が全員分発表される。

 こんな残酷なこと、他にあるのだろうか。

 才能は間違いなくある。

 しかし、無慈悲な競走の世界で、この子は勝ち残ることができるのだろうか。

 

 

「プスカちゃん」

「は、はいっ」

 

 

 だけど。

 だけど、しょうがないんだよね。

 だって私たちは、ウマ娘に生まれてきてしまったのだから。

 ウマ娘は走るために生まれてくるのだから。

 それが、私たちの"運命"なのだから。

 

 

「こんな言葉を知ってる? 皐月賞は最も速いウマ娘が勝つ、ダービーは最も運のあるウマ娘が勝つ、菊花賞は最も強いウマ娘が勝つ」

 

 

 どれか一つがほんの僅かに足りないだけで、三冠という夢には届かない。

 

 

「私には強さが足りなかった……でも、君にはまだ可能性があるよ」

「可能性……」

「夢は大きく三冠ウマ娘、良い目標だよ。二冠ウマ娘()に気なんて遣わなくていいからね」

 

 

 後輩の夢を後押しできず、何が先輩だ。

 それにこの子は、この中で一番大事なものを既に持っている。

 

 

「で、でも俺、速くないし強くないし、運も……」

「ううん。君は間違いなく"運"を持ってるよ」

「そう、でしょうか?」

「ダービーウマ娘の私が保証してあげる」

 

 

 どんなに努力したって、"運"だけは自力のみでは手に入らない。

 それは天性のものだったり、或いは後天的に授け賜ったものだったりする。

 人事を尽くして天命を待つという言葉があるように、運は最終的には降ってくるのを待つことしかできないのだから。

 でもこの子には間違いなく、他者との繋がりを紡ぐ"運"がある。

 

 

「お、俺、もう3回誘拐されてるんですけど、運ありますかね……?」

「えっ、3回? 2回じゃなかった?」

「えっと、京都駅でその……」

「……」

「……」

「あ、悪運も、運の一つではあるから。一応……」

「本当ですかっ? サムちゃん先輩メチャクチャ目を逸してますけど本当に俺には運がありますか?」

 

 

 大丈夫なのかなこの子の将来……。

 でも、こういう危ういところも、他人を惹きつける魅力なのだろう。

 実際に私は、プスカちゃんから目を離せなくなっているわけだし……。

 あのアグネスタキオンさんに弟子入りだなんてどうなることかとハラハラしていたけれど、もしかしたら振り回されているのはタキオンさんの方なのかもしれない。

 

 

「あ、あの、サムちゃん先輩」

「うん」

「俺、全然何も知らなくて、多分これからも先輩には迷惑掛けちゃうと思うんですけど……」

「……うん」

「その時は遠慮なく言ってくださいっ。俺たち、ルームメイトですからね」

「そっか。……そうだね。わかった」

 

 

 ──いつか。

 いつかこの子も、私より先へ駆けていくのだろうか。

 ディープさんみたいに。ムーンちゃんみたいに。

 

 

「じゃあ、早速一ついいかな~?」

「は、はい! なんでもどうぞっ」

 

 

 でも、そのいつかは今じゃない。

 今、私たちは同じ場所にいる。

 なんとなく、それで十分な気がした。

 

 

「プスカちゃん、いつもお風呂でタオル巻いてるけど、あれは外した方がいいよ~」

「……へっ?」

「あと、着替えるときとか大浴場の中でいつも目をつぶってるけど、あれも危ないから止めたほうがいいよね。転んじゃうよ~」

「い、いや、えっと、それはその……」

「タオルを巻いて浴槽に入るの、マナー違反だよね? ダメだよね? プスカちゃん、悪いウマ娘だなぁ」

「やっ、でもぉ……」

「フジキセキさんに言っちゃおっかなあ~。きっと手取り足取り胸取り指導してくれると思うよ?」

「サムちゃん先輩、なんか楽しんでませんか!?」

「違うよ。これはルームメイトとして必要なことなんだよ」

 

 

 すぐ笑って、すぐ泣いて、天真爛漫なウマ娘。

 彼女と出会えたことは、きっと"幸運"なのだから。

 

 

「やっぱりウマ娘同士、裸の付き合いは大切だと思うな~」

「ぅぅぅ、分かりましたっ! お付き合いいたしますとも! その代わり、先にこの目を潰しておいていいですかっ!」

「いやダメだよ。どんな覚悟してるの?」

 

 

 強くなってねプスカちゃん。

 君がいずれ立つ舞台に、私も立ち続けるから。

 

 

「とりあえず、今日は一緒に寝ようね」

「いつも抱きまくらにされている気がするのですがっ!?」

「もう君を離さない~」

「ひゃああっっ!? サムちゃん先輩、密着しすぎですっ!」

「よいではないか~よいではないか~」

 

 

 誰より速く走り続けて。

 いつか笑える最高の──そんな未来が、待ってるといいな。




◇ディープスカイ
 青空の名を持つウマ娘。

◇メイショウサムソン
 太陽の名を持つウマ娘。
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