タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう   作:フルゥチヱ

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第29話 トレセン学園の片隅の研究室にて

「ほらプスカ! 脚が止まってるわよ! あと10本!」

「ひええええ……っ!」

 

 

 春のぽかぽか陽気は過ぎ去り、夏のギラギラ日光が照らすある日。

 すっかり元気になったスカーレットさんと、俺は併走トレーニングをしていた。

 風邪は完全に治ったとのことで、迷惑を掛けたからと彼女の方から提案してくれたのである。

 そんなスカーレットさんは、病み上がりとは思えないほど速くて、ついていくので精一杯だった。

 

 

「まあ、こんなものかしら。まだ本調子じゃないわね」

 

 

 メニューを終えて、そんなことを呟くスカーレットさん。

 じ、実力の底が見えない……。

 対して俺は、虫の息でターフの上に転がっていた。

 

 

「もう疲れちゃって……全然動けなくてェ……」

「スカーレット君の併走についていけるだけで大したものだよ」

 

 

 と、俺たちのトレーニングを見守っていたタキオンさんが、ペットボトルとタオルを差し出してくれた。

 

 

「あ、ありがとうございますぅっ」

 

 

 生き返る……。

 練習後のスポーツドリンクって神の飲み物だよね。

 

 

「スカーレット君も、回復は良好みたいだね」

「はい! しばらくトレーニング出来なかった分を取り戻さないといけませんから! 宝塚に出るウオッカに負けてられません! アタシ、もう何本か走ってきますっ」

「君は本当に頑張り屋さんだねぇ」

「エヘヘ、ありがとうございますタキオンさん」

 

 

 彼女は嬉しそうに追加のトレーニングを行っていた。

 どうなってるんだろう、スカーレットさんの体力。

 

 

「彼女の実力ならオークスも間違いなく──いや、そんなことを考えるのは無粋か」

「タキオンさん、どうかしましたか?」

「なんでもないよプスカ君。それより、そろそろ"あれ"のことを話しておこうかな」

「"あれ"?」

 

 

 なんのことだろう。

 あ、もしかして、ついにトレーナーさんが発光してる理由を知ることができるのかな?

 

 

「タキオンさんっ! 俺も発光してみたいです!」

「プスカ君はもう十分眩しいから輝かなくていいのさ」

「そうなんですか?」

「それ以上君が輝くと、私の目が潰れかねないからねぇ」

「そうなんですか!?」

 

 

 輝くって怖い!

 

 

「話っていうのは他でもない。君のデビュー戦のことさ」

「……………………デビュー戦?」

 

 

 デビュー戦。

 デビュー戦。

 でびゅーせん?

 

 

「新しいお煎餅の商品名か何かですか?」

「違うよ。君のメイクデビューだね」

「めいくでびゅー?」

 

 

 やっぱり、ウマ娘ならお化粧に挑戦しないとダメかな?

 まだ一度も自分でやったことないんだよね、メイク。

 ウマドルの時は、流石にすっぴんはまずいだろうってことで、ゴールドシップさんとシービーさんにやってもらって事なきを得た。

 

 

「ふぁんでーしょん? とか、ちーく? とかですよね! 名前くらいなら知っています!」

「それも違うよ。そして化粧に関しては私も専門外だねぇ」

「女の子って大変ですよね。覚えることが多すぎますよ」

「君も女の子なんだけどねぇ」

 

 

 お化粧でもない?

 じゃあ何にデビューするんだろ?

 

 

「トゥインクル・シリーズさ。ジュニア級のデビュー戦は夏から始まる。君もいよいよレースに参戦できるんだ」

「れーす?」

 

 

 レース……レース!?

 

 

「つ、ついにですか! ここまで凄く長かったです!」

「そうかい? まだ君が転入して数ヶ月なのだから、むしろ早い方だと思うが」

「あ、えっと、そのはずなんですけど、なんか感覚的に」

「まあそうだねぇ、文字数換算で10万字以上だからねぇ」

「文字数とは……?」

 

 

 レースとは程遠いことばっかりやってたから忘れてたけど、俺も一応ウマ娘。

 ディープスカイ、ついに出走の時も近いみたいです!

 

 

「いつですか!? 俺のデビュー戦っ!」

「トレーナー君とも話し合う必要はあるが、高温多湿の夏より、秋や冬の方が走りやすいかもしれないね」

「じゃあ秋ですかねっ!? すっごく楽しみです!」

 

 

 自然と胸が高鳴ってしまう。

 夏にいっぱいトレーニングして、デビュー戦に備えないと……!

 

 

「よかったじゃないプスカ。頑張んなさいよ」

 

 

 追加メニューを終えて戻ってきたスカーレットさんに、ポンと背中を叩かれる。

 凄いなこの人、全然息が上がってない。

 

 

「スカーレットさん、デビュー戦で気をつけた方がいいことってあります?」

「そうね。蹄鉄選びも大事だけど、やっぱりイチバンは自分の得意な戦法を貫くことよね」

「得意な戦法?」

「デビュー戦の相手は当然データが少ないわ。対策のしようがない。だからこそ、自分の最も得意とする作戦で挑むべきなのよ」

 

 

 流石はG1ウマ娘のスカーレットさんだ。言葉の重みが違う。

 

 

「まずはスタートよね。デビュー戦は全員緊張してるはずだから掛かってもおかしくない。そこですかさず抜け出して、先頭を取りなさい」

「なるほど……!」

「で、中盤に差し掛かったら後ろが距離を詰めようとしてくるからリードをキープするの。イチバン前なら余計なこと考えなくていいし」

「な、なるほど……?」

「最終直線に突入してもイチバンで居続ける。最速で駆け抜ければ絶対に追いつかれることはないわ!」

「え、ええと、それは本当に作戦なんですか?」

「バカねプスカ……ずっとイチバンを走り続けてればイチバンにゴールできるのよ」

 

 

 なるほど完璧な作戦だ。

 俺には不可能だという点に目をつぶればだけど。

 

 

「スカーレット君は賢いねぇ。天才だねぇ」

 

 

 そうかな……? そうかも……。

 

 

   ◯

 

 

「タキオンさん、そういえば一つ気になっていたことがあるんです」

「なにかな?」

 

 

 業者さんの手によって修繕工事が行われ、ちょっとだけ綺麗になった研究室。

 せっかく照明も新しくなったのだけれど、トレーナーさんが眩しすぎて悲しいことにその役目を果たす機会はほとんどなかった。

 

 

「そ、その……俺たちのチームも、カッコいいチーム名があるんですか!?」

「ん? チーム名?」

「この前、チームスピカさんにお会いして思ったんです。この研究室も、一応チームですもんねっ」

 

 

 タキオンさん、カフェさん、トレーナーさん。

 そこに俺を含めた研究室メンバー4人も、トレセン学園に無数に存在するチームの一つだ。

 ならばスピカさんのように、オシャレなチーム名があっても不思議ではない。

 

 

「ああ、確か申請時に適当な名前を付けたねぇ」

「やっぱりっ! あるんですねチーム名!」

 

 

 ど、どんなチーム名だろ!?

 スピカみたいに、星の名前なのかな!?

 

 

「チーム名って、そんなに重要かい?」

「えっ」

「手続きに必要だから記入はしたがね、もう忘れてしまったよ。それくらい適当に付けた名前なんだ。トレーナー君なら覚えてるんじゃないかな?」

「そ、そんな……」

 

 

 確かにチーム名なんてなくても、結束力で他のチームに負けるつもりはないけど……。

 ほ、本当は名乗りたいんだよね、チーム◯◯のディープスカイだって。

 男の浪漫……。

 

 

「ご、ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」

「別に構わないが……どうしてそんなに落ち込んでいるんだい?」

「いえ、なんか一人で盛り上がってた自分が恥ずかしいなって……」

 

 

 研究室の隅っこで体育座りしていると、ガラッと扉が開いてカフェさんがやってきた。

 

 

「やあカフェ。いきなりなんだが、我々のチーム名って覚えているかい?」

「は……? 知りませんよ……アナタが申請したんじゃないですか」

「だってさプスカ君。まあ、元々私たちはチームを結成する前からこの教室を折半してたしねぇ」

「そもそも、私はアナタとチームを組むことに一言も同意した記憶がありませんが……」

「ハッハッハ、何を言うカフェ。我々は一心同体の仲じゃあないか」

「寝言は……寝てから言ってください。チームを作ったのも、交付される活動費が目的でしょう……」

「何のことかな?」

 

 

 カフェさんも知らないんだ。

 やっぱりチーム名って、そんなに大事じゃないのかな……。

 

 

「カフェさん、チームの方がいるのにお邪魔してよろしかったのですか?」

「構いませんよ。ですが、タキオンさん(この人)には関わらないようにしてくださいね……」

「なんだいその非常に遺憾な紹介は」

 

 

 見ると、カフェさんの後ろにもう一人ウマ娘がいた。

 黒みががった鹿毛を赤いリボンで結った、とても見覚えのある女の子だ。

 

 

「あ、アナタは……! ディープスカイさん! 何故ここに!?」

「レッドディザイアちゃん……?」

 

 

 向こうも俺のことを覚えていたようで、驚愕の声を上げる。

 

 

「まさかディープスカイさん、ウオッカ様のみならずカフェさんまでも……?」

「ご、誤解……!」

 

 

 そして鋭い殺気を向けられる。

 この子はウオッカさんのことが大好きすぎて、何故か俺に敵意を向ける、ちょっと困った女の子なのである。

 

 

「おや、ディープさんとお知り合いだったんですか……?」

「いえ、知り合いではなく(ウオッカ様の可愛い後輩の座を競う)ライバルです……!」

「なるほど……(友達以上で仲間の)ライバルですか……良き関係ですね」

 

 

 なんだかディザイアちゃんとカフェさんの間に認識のズレがある気がする。

 

 

「まあまあ君、落ち着きたまえよ。せっかくの来客だ、お茶でもどうだい?」

 

 

 すると、ヒョイっとタキオンさんが間に入って話題を逸らしてくれた。

 そして手際よくティーカップを用意すると、そこにアルコールランプで煮ていたポットから紅茶を注ぐ。

 

 

「……待ってくださいディザイアさん。タキオンさんが出すものは絶対口にしないでください」

「おいおいカフェ。私はただお客さんをもてなそうとしただけなんだが?」

「では──先にタキオンさんが飲んでみてください」

「……………………さあディザイア君? ぐいっと飲んでくれたまえ」

「なんですか今の間は……やはり変なものを入れていますね……!」

「か、カフェ! 暴力はよくないねぇ! 暴力反対!」

 

 

 逃げ回るタキオンさんをカフェさんが怒りの形相で追いかけ回す。

 なんだかあの2人の関係性、俺とディザイアちゃんに似てるような……。

 

 

「カフェさん、なんてお優しい……素敵です」

 

 

 そんなカフェさんのことをディザイアちゃんはキラキラとした目で見ていた。

 ウオッカさんに向ける視線には若干危険な香りがしていたが、カフェさんには純粋に憧れているみたいだ。

 

 

「ディープスカイさん、ウオッカ様のみならずカフェさんにまで手を出したら──許しませんよ

 

 

 そして俺への視線にはやっぱり殺意の波動が込められていた。

 な、何もかもが誤解なんだけどな……。

 

 

「ところで、ディザイアちゃんはどうしてカフェさんと一緒に研究室に?」

「話しかけないでくださいっ。知り合いだと思われてしまいます」

「一応会うのは二回目だよね俺たち……?」

「カフェさんにお勉強を教えてもらいに来たんです。もうすぐ試験ですので」

「へえ~……え? 試験?」

「赤点の生徒は、勉強合宿に強制参加らしいですよ」

「べ、勉強合宿……?」

 

 

 なんだその地獄のようなワードは。

 

 

「た、たたたタキオンさん! 試験で赤点を取ったら勉強合宿って本当ですか!?」

「ん? ああ、そういうものもあるとは聞くねぇ。尤も、私には縁のない話だが」

「出席日数と授業態度と素行は最悪ですけど……試験の成績だけは良いですからねこの人……」

「カフェ? もっと素直に褒めてくれてもいいんだよ?」

 

 

 タキオンさんは知ってのとおりだし、カフェさんは真面目だし間違いなく成績も良いのだろう。ディザイアちゃんも、純粋に高得点を狙うためカフェさんに教えを請いに来たって感じの様子だ。

 こ、これはまずいぞ……! 俺だけ赤点の危機!

 タキオンさんの弟子なのに、もし赤点なんて取ったら……!

 

 

『え~? ディープスカイさん、あのタキオンさんの弟子なのに赤点なの?』

『師匠が優秀でも、弟子がこれじゃ……ねえ?』

『タキオンさんかわいそ~』

 

 

 い、いや、俺が悪く言われるだけならまだいい。

 もしそのせいでタキオンさんの名声に傷がついたりしたら……!

 

 

『プスカ君、悪いけど弟子の件については考え直させてもらうよ』

『残念です……ディープさん……』

 

 

 最悪の場合、チーム追放なんてことに……!?

 拾ってくださいと書かれたダンボールに入ってメソメソと泣いている自分の未来が嫌ってほど鮮明に想像できた。

 それだけはイヤアアアっっ!!

 

 

「た、たたたタキオンしゃんっ! お、俺も、べ、べべ、勉強教えてくだしゃい!」

「それは勿論構わないけど、どの科目だい?」

「え、えっと……! 国語と数学と英語と社会と理科と音楽と美術と保健体育と技術家庭とレース座学ですっっ!」

「なるほど、全部だねぇ」

「お、俺、頑張りますから、どうか捨てないでください~……っ!」

「プスカ君は今日も元気で可愛いねぇ」

「本人は……気が気ではなさそうですが……」

 

 

 誠心の誠意を示すため頭を低く下げていると、トレーナーさんが研究室にやってきていた。

 その手には可愛らしい風呂敷で包まれたお弁当が握られている。

 

 

「ほらタキオン、今日の分のお弁当だよ」

「わーい!」

「ディープちゃんとカフェさんの分もあるよ」

「わーい!」

「そっくりですね……アナタたち……」

 

 

 トレーナーさんのお弁当だ~!

 タキオンさんが食べてるのを羨ましいなあと思って見ていたら、俺の分も用意してくれるようになったのである。なんて良いトレーナーさんなんだろう。

 絶対に赤点を取るわけにはいかない……! この素晴らしい人たちと一緒に過ごす学園生活のためにも……!

 

 

「ところでトレーナーさん、我々のチーム名って覚えてます……?」

 

 

 冷めてもなおジューシーで美味しいハンバーグを頬張っていると、カフェさんがそんなことをトレーナーさんに聞いてくれていた。

 

 

「ん? "チームタキオン"だよ?」

 

 

 あっけからんとした様子で、トレーナーさんは答える。

 

 

「タキオンが適当に付けておいてくれって言ってたから、適当に付けといた」

「……い、いや、私は無難なチーム名を付けておいてくれという意味で言っただけであって、決してそんな自己主張がしたかった訳では」

「まさかタキオンさん……恥ずかしくて忘れたふりをしていたのですか?」

「僕はいいチーム名だと思うんだけどな。ディープちゃんもそう思うよね?」

 

 

 トレーナーさんに尋ねられる。

 チームタキオン──それが俺たちのチーム名。

 す、凄く……! すっごく……!

 

 

「カッコいいですっ! チームタキオン! これから名乗る時はチームタキオンのディープスカイって名乗ります!」

「ほら、ディープちゃんもこう言ってるし」

「プスカ君がそういうのなら、ま、まあ悪い気はしないけどねぇ……」

「……私としては、是非とも改名を要求したいのですが」

「ですよね! チームマンハッタンかチームカフェの方がカッコいいですよ!」

「いえディザイアさん……私は自分の名前を付けろと言ってる訳では」

「あ、じゃあ間を取ってチームタキカフェ──」

「「それは絶対にやめてくれたまえ(ください)」」

 

 

 チームタキオンの一員として、これからも頑張ります!




◇アグネスタキオン
 研究室のリーダー(自称)
 彼女の研究室には近付いてはならないと生徒会からお達しが出ている。

◇マンハッタンカフェ
 研究室のメンバー。
 チームに加入すると同意した記憶はない。

◇ディープスカイ
 研究室のメンバー。
 タキオンの全肯定bot。

◇チームタキオンのトレーナー
 研究室のメンバー。
 タキオンに脳を焼かれている。身体も発光している。
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