タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう   作:フルゥチヱ

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第30話 迷子の空と月の引力

「あちゅい……暑すぎる……なんでこんな暑いんですか」

 

 

 夏真っ盛り。

 蝉の鳴き声が響き渡り、茹だるような暑さである。

 そんなある日──

 

 

「だあああああああっ! クッソォ負けたああああああっ!!」

 

 

 ウオッカさんが切り株に向かって叫んでいた。

 

 

「チクショおおおおおっ!!」

「あのウオッカさん……何やってるんです?」

 

 

 あまりの酷暑に脳が限界を迎えてしまったのだろうか。

 それとも思春期特有の理由なく叫び出したくなってしまうあれかな?

 俺は手に持っていたビニール袋をゴソゴソと漁り、水の入ったペットボトルを一本差し出す。

 

 

「お水です。まあこれでも飲んで落ち着いてください」

「おおプスカ、サンキュー……なんでそんな生暖かい目をしてんだ?」

「キチンと水分補給して、グッスリ寝ればきっと治りますよ……!」

「俺は至って正常なんだが?」

 

 

 ベンチに並んで座ると、ウオッカさんは冷水を飲むのではなく頭から被っていた。

 スポーツ漫画とかでなら見たことあるけど、リアルでそれをやる人は初めて見た。

 え、カッコいい……。

 

 

「ワリィ、情けないところ見せちまったな」

 

 

 水も滴る良いウマ娘。

 こういうことをサラッと出来てしまうから、きっと女の子にモテてしまうのだろう。

 

 

「まあそんな時もありますよね」

「いや、お前が何を想像してるのか知らねーけど、あそこはそういう場所なんだよ」

 

 

 ウオッカさんは先ほどまで叫んでいた切り株を指差す。

 

 

「大樹のウロってな。悔しいことがあった時とかに、あそこに向かって叫ぶんだよ」

「なるほど、暑さでおかしくなっていた訳ではなかったんですね」

「言うようになったな、お前……」

 

 

 その切り株は、中央にポッカリと穴が空いていて、確かに叫びたくなる形をしていた。

 ウオッカさんは顔に手を当て、前髪をクシャリと握りつぶす。

 

 

「宝塚でレベルの違いを思い知らされたぜ……。クラシックとシニアでこんだけ差があるなんてよ」

 

 

 宝塚記念──先日阪神で行われたそのレースには、俺のルームメイトであるサムちゃん先輩も出走している。

 帰ってきた時に『負けたよぉ。2着だったぁ~』と言っていた。

 

 

「ダービーウマ娘のサムソン先輩が強えのは知ってたけど、ムーン先輩も海外帰りであんなに強えのかよ……」

「ウオッカさん?」

「いつか俺もゼッテー海外に挑戦してやるぜ……!」

 

 

 駄目だ、完全に自分の世界に入ってしまっている。

 天皇賞春を勝ったサムちゃん先輩でも、ダービーを制したウオッカさんでも勝てないなんて、G1はレベルが高いなあ。

 もうすぐデビューって段階の俺には想像も付かない世界だ。

 

 

「そういやプスカも、もうすぐデビュー戦なのか?」

「あ、はい! 秋にデビューする予定です!」

「俺も秋だったな。もう1年経とうとしてんのか……懐かしいぜ」

「ウオッカさんたちの時も、夏の勉強合宿ってあったんですか?」

「ああ……あれな。トレーニングに差し障るから絶対赤点は回避しろってトレーナーに言われて、死ぬ気で勉強したよ。そう言うプスカこそ、大丈夫だったのか?」

「じゃじゃーん、見てくださいこれ!」

 

 

 よくぞ聞いてくれましたと、俺は10枚の答案用紙を差し出す。

 夏休み前の学期試験を、俺はタキオンさんのマンツーマン指導でなんとか乗り越えていた。

 

 

「理系科目で70点なんて初めて取っちゃいました! タキオンさんに教えてもらうと、凄く分かりやすいんですよ!」

「すげえな! ん? あれ、でも英語は赤点ギリギリじゃね?」

「そ、それについては見なかったことにしていただけるとありがたいです……」

 

 

 頑張ったけど、どうしても英語は苦手意識があって赤点を回避するのが限界だった。

 うう、でも俺にしてはよくやった方だと思うんですよ。

 

 

「じゃ、夏はトレーニングに集中できるな。俺も夏合宿でミッチリ鍛えるつもりだぜ」

「夏合宿?」

「クラシック期からは、夏休みに強化合宿に行くんだよ。海岸一帯を貸し切ってな」

「おお……! なんだか青春って感じです……!」

 

 

 勉強合宿とは打って変わって、とても爽やかなイベントだ。

 正直羨ましい。俺も行きたい。

 

 

「ジュニア組は夏からデビュー戦に出る奴もいるしな。その辺に配慮してんじゃねーか?」

「なるほど~」

 

 

 そういえばクラスメイトにも、直近のデビュー戦に登録してる子が何人かいた。

 我らがキャプテンことキャプテントゥーレちゃんも、7月にデビュー戦らしいし。

 

 

「ってことは、プスカとは2ヶ月くらい会えなくなるのか。寂しくなるな」

「……え?」

 

 

 に、2ヶ月……?

 夏合宿って、そんなに長いの……?

 

 

「ウオッカさん、夏合宿頑張ってきてください!」

「おう、ありがとな。合宿から帰ってきて進化したニューウオッカ様を見て酔っ払うんじゃねえぞ?」

「たまにLANEするので、どうか俺のこと忘れないでぇ……っ」

「大げさだなぁ、別に一生の別れって訳じゃ──」

「ふぐ……えぐ……っ」

「え、ガチ泣き?」

 

 

 夏合宿には当然、ウオッカさんだけではなくスカーレットさんやサムちゃん先輩も行くのだろう。

 すると俺は、2ヶ月も一人で寮生活をしなければならない。

 その孤独を想像するだけでなんだか泣けてきてしまった。

 

 

「泣くなって! 俺が泣かせたみたいじゃんかよ……」

「ず、ずみばぜん」

「そんじゃあよ、合宿の前に夏祭りでも行くか?」

「夏祭り……?」

「近くでやってるらしいぜ。ダービーの応援に来てくれた訳だし、お礼に食いたいモン奢ってやるよ」

「流石ウオッカさん! 太っ腹です!」

 

 

 お祭り……!

 屋台と言えば焼きそば、わたあめ、かき氷!

 何がいいかな、何がいいかな!

 

 

「急ぎましょうウオッカさんっ! お祭りは待ってはくれませんよ!」

「俺、お前のそういう素直なところスゲー好きだぜ」

 

 

   ◯

 

 

「見てくださいウオッカさん! ヨーヨー釣れました!」

「お、やるじゃねえかプスカ! よし見てろ、今度は俺が取り尽くしてやる!」

 

 

 わーい! 夏祭りたのしー!

 商店街の一角で行われる小規模な夏祭りだけど、屋台は充実していて退屈しなかった。

 それに商店街開催なだけあって、美味しそうな匂いがそこら中から漂ってきている。

 

 

「ウオッカさん! 次は射的で勝負しましょう!」

 

 

 水風船のヨーヨーをバインバインしながら、ウオッカさんに話しかける。

 

 

「あれ? ウオッカさん……? あれぇ?」

 

 

 しかし、一緒に来たはずのウオッカさんの姿は見えなくなっていた。

 

 

「なるほど──さてはウオッカさん、迷子になりましたね?」

 

 

 全くしょうがない先輩だ。

 きっとウオッカさんも夏祭りではしゃいでいたのだろう。

 ここは迷子の先輩を見つけ出すのも、後輩の務めというやつだ。

 

 

「いざ、迷子センターへ!」

 

 

 商店街を行く俺の足取りに迷いはなかった。

 迷子と誘拐なら慣れたもんですよ!

 

 

「──お願いします! この通りです!」

 

 

 商店街の通路を駆けていると、遠くの方からそんな切羽詰まった様子の声が聞こえてきた。

 見ると、綿菓子の屋台の前で土下座をしているウマ娘がいた。

 店番のおじさんは、困ったように頭を掻いている。

 

 

「こ、困るよお嬢ちゃん」

「そこをなんとか! 定価の倍……いや十倍でも構わないので売ってください!」

「そう言われてもよぉ……」

「どうかお願いします! 今、手持ちの現金が香港ドルとディルハムしかないんです! 私はふわふわがないと生きていけないんですぅぅ!」

 

 

 鬼気迫った表情でお財布を取り出すその鹿毛のウマ娘は、どこか海外のものと思われる知らないお金を手にしていた。

 どうやら日本円を持っておらず、お買い物が出来ずに困っているみたいだ。

 

 

「あ、あの、もしよかったらこれ使ってください」

 

 

 人混みを掻き分けてそのお姉さんに近づき、1000円札を差し出す。

 

 

「えっ、いいの?」

「は、はい。すごく困ってるみたいですし」

 

 

 主に店員さんの方が。

 

 

「ありがとう! このふわふわの恩は絶対に忘れないよ!」

「ふわふわ?」

 

 

 1000円を受け取り、お姉さんは無事に綿菓子を購入する。

 割り箸にクルクルと巻かれた巨大な白いふわふわはとても美味しそうだ。

 

 

「本当にありがとね。はああああっ、このふわふわが私を甦らせる……何度でも」

「そ、それは良かったです」

 

 

 綿菓子にぱくりと齧り付き、お姉さんは恍惚とした表情を浮かべている。

 な、なんだこの人……。

 もしかして変な人を助けちゃったかな……?

 

 

「ん? よく見たら君、トレセンのジャージじゃん」

「あ、はい。ちょっと前に転入してきました」

「へえ~。可愛いね中等部? てかLANEやってる?」

 

 

 この人すごいグイグイくる!

 

 

「お、お姉さんはトレセン学園の生徒じゃないんですか?」

 

 

 お姉さんは巨大なリュックサックを背負っていて、まるでバックパッカーのような出で立ちである。

 でもウマ娘だし、トレセン学園の関係者……なのかな?

 そう聞くと、彼女はすごく渋い表情で顔を顰めた。

 

 

「う~んなんと答えたらいいのか……その辺深く考えるとちょっと色々と複雑というか……」

「???」

「まあ、ふわふわキメて細かいことは忘れよ。君も食べる?」

 

 

 なんだか軽くあしらわれてしまった気がする。

 

 

「ふわふわがお好きなんですね」

「うん。一族の宿命ってやつなのかな~」

「一族……?」

「私の先輩に、布団乾燥機に命を懸けてる人がいてさ~」

 

 

 なんだろう、すごく知っている人な気がする。

 

 

「それにほら、ふわふわを摂取すれば辛いことも忘れられるし」

「ふわふわにそんな効果が……!?」

「まあその代わり、ふわふわがない状態が長時間続くと指先が震え出すんだけどね」

「そ、それは果たして大丈夫なんですか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。ふわふわは全てを解決するから」

 

 

 と言いつつ、お姉さんの指先は既に震え始めていた。

 本当に大丈夫なのだろうか。ふわふわに対する耐性ができてはいないだろうか。

 

 

「そうだ。なにか奢ってもらったお礼をしなくっちゃね」

「気にしないでください。このお金も、トレーナーさんがお祭りで使っておいでってくれたお小遣いですし」

「え。君、トレーナーからお小遣い貰ってるの?」

「お掃除をお手伝いしたら頂いたんですっ」

「へ、へえ、偉いね……。君、本当に中等部? 初等部じゃなくて?」

 

 

 トレーナーさんからお小遣いを貰う時、一緒にタキオンさんが黒いカードを渡そうとしてくれたんだよね。それはカフェさんに没収されちゃったんだけど。なんだったんだろう、あれ。

 

 

「トレセン学園は楽しい?」

「はいっ! 皆さんすごく優しいですし、その期待に応えられるようなウマ娘になりたいです!」

「ふーん……愛されてるんだね、君は」

 

 

 まるでお月様のように淡く輝く瞳が、じいっとこっちを見ていた。

 

 

「──でも、ターフの上では独りだよ」

 

 

 サアッと、やけに静かな風が耳元を撫でた。

 お祭りの喧騒が遠くに聞こえるような、そんな感覚。

 

 

「君の周りの優しい人達も、レースでは君を助けられない。君は君だけの力で、競争を勝ちぬかなきゃいけないんだ」

「えっと……?」

「こんなに残酷なことってあるかな? でも仕方ないよね──それが私たちの生まれてきた意味なんだから」

 

 

 まだ夕方だというのに。

 空には月が浮かんでいる。

 

 

「私には心に決めた"太陽"がいるから、君と戦えるかは分からないけど……でも、その才能にはやっぱり惹かれるよ。空と月で相性良さそうだしね、私たち」

 

 

 太陽? 空? 月?

 

 

「ねえ、君さえ良かったら私と一緒に──」

 

 

 と、お姉さんが手を差し伸べた瞬間である。

 商店街のスピーカーから、アナウンスが流れてきた。

 

 

『続いては迷子のお知らせをいたします。トレセン学園からお越しのディープスカイちゃん。お連れ様のウオッカさんとダイワスカーレットさんがお待ちです。至急本部までお越しください』

 

 

 なんだろう今の放送は。

 

 

「ウオッカさん! スカーレットさん! 俺は迷子なんかじゃありませんよっ!」

 

 

 むきーっ! これじゃディープスカイという名前が迷子のお子様としてご町内に知れ渡っちゃうじゃないか!

 なんて放送をしてくれるんですか!

 

 

「すみませんお姉さん! 俺、急いで本部に行ってこの誤解を解かないとなりませんので!」

「あ、ああうん。こっちこそお金本当にありがとうね。私、しばらく日本にいるから見かけたらまた声掛けてよ」

「わかりました! それでは!」

 

 

 お姉さんと別れて本部へと向かう。

 急いでいたので、去り際の彼女の呟きは俺の耳元には届かなかった。

 

 

「面白い引力をしてる子だなあ。サムちゃんが気に入るのも分かるよ」

 

 

   ◯

 

 

「あれ? プスカちゃん?」

「サムちゃん先輩! ウオッカさんとスカーレットさんを見ませんでしたか!?」

「さっき、そこの本部にいたよ」

 

 

 本部に向かう最中、ルームメイトのメイショウサムソン先輩と偶然出会った。

 どうやら彼女もお友達と遊びに来ていたらしい。

 

 

「はぐれちゃったんだけどね。自由人すぎるよ全く……」

「サムちゃん先輩も大変なんですね」

「そうだね、大変だよ」

 

 

 先輩は何故かじっと俺のことを見ていた。

 

 

「それよりプスカちゃん、また迷子になったんだね」

「ち、違います! 迷子になったのはウオッカさんの方というか……!」

「うんうん。一緒に本部まで行こうね~」

「話を聞いて欲しいのですが!?」

 

 

 手をガッチリと握られて、商店街を一緒に歩く。

 

 

「あ、あの、そんなに混んでないですし、手を繋ぐ必要はないのでは……?」

「駄目だよ。プスカちゃん、すぐどっか行っちゃうし、知らない人にもついてっちゃいそうだし」

「先輩、やっぱり俺のこと幼児だと思ってませんか?」

「そんなことよりほら、焼きにんじんの屋台があるよ」

「えっ!? 食べたいです!」

 

 

 一本の焼きにんじんを先輩とはんぶんこして食べる。

 にんじん美味し~!

 お祭りの屋台飯って、どうしてこんなに美味しく感じるんだろう。

 

 

「おっ、来たかプスカ」

 

 

 サムちゃん先輩が口元に差し出してくれる焼きにんじんをもぐもぐ頬張っていると、いつの間にか本部にたどり着いていた。

 ジャージ姿のウオッカさんと、浴衣姿のスカーレットさんである。

 スカーレットさんは着替えていた為に到着が遅れたらしい。

 

 

「ウオッカさん! さっきの放送はなんですか!」

「えっ、俺なんか間違ってることしたか?」

「あれじゃまるで、俺が迷子のお子様みたいじゃないですか!」

「「「何一つ間違ってないと思う」」」

「なんで!?」

 

 

 先輩たち3人は俺のことをなんだと思っているんだろう。

 

 

「サムソン先輩、プスカとルームメイトなんすよね。大変じゃないすか?」

「う~ん、毎日退屈はしないかな。楽しいよ」

「プスカ、アンタも浴衣に着替えなさいよ。せっかくのお祭りなのにジャージなんて勿体ないわ!」

「い、嫌です! そんな可愛らしい感じの服なんて! 男らしさ皆無じゃないですか!」

「話が分かるじゃねーかプスカ! ジャージの方がいいよな、動きやすいし」

「アンタたちには女子力ってモンがないわけ!? サムソンさんはどう思います!?」

「そうだね~。ウオッカちゃんもプスカちゃんもせっかく可愛いんだから、もうちょっとオシャレした方がいいかもね」

「うっ、ダービーウマ娘のサムソン先輩がそう言うなら……」

「そ、そうですね、サムちゃん先輩がそう言うなら……」

「なんでサムソンさんの言うことは素直に聞くのよ!」

「君たちは本当に仲良しだね~」

 

 

 あっという間に賑やかになる。

 夏の暑さは得意じゃないけど、夏祭りはとても楽しかった。




◇アドマイヤムーン
 月の名前を持つウマ娘。
 各地を旅して世界中のふわふわを堪能するのが夢。

◇メイショウサムソン
 新旧ルームメイトに振り回されがち。
 実は将棋がめちゃくちゃ強い。

◇ウオッカ
 宝塚記念では初めて掲示板外という敗北を経験。
 いずれ海外に行くという野望を持っている。

◇ディープスカイ
 超優秀な師匠のおかげで赤点を回避した。
 もうすぐデビュー。

◇ダイワスカーレット
 流行やオシャレに敏感。
 ウオッカとプスカが夏祭りでジャージ姿だったのを見て流石にキレた。
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