タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう   作:フルゥチヱ

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第33話 ナイスネイチャさんのヒモになりたい

 サムちゃん先輩ほど強いウマ娘でも、三冠の夢には手が届かなかったのだと知った。

 ウオッカさんほど強いウマ娘でも、悔しくて泣き叫ぶくらい大敗するのだと知った。

 スカーレットさんほど強いウマ娘でも、ターフに立てないこともあるのだと知った。

 なら──ディープほど強い競争バでも、いつか負けることはあるんじゃないか。

 そんなことを考えたこともあった。

 でもそれが、まさかデビュー戦だなんて。

 

 

「すみ……ません。負けて、しまいました……」

 

 

 覚束ない足取りで、地下バ道に戻ってきていた。

 4着。

 ウイニングライブにすら立てない──俺のデビュー戦の着順だった。

 

 

「練習、いっぱいしたのに、出遅れちゃって……最後も、届く気がしなくって……」

 

 

 トレーナーさんにも、タキオンさんにも、カフェさんにも。

 あんなに、俺のために時間を使ってもらったのに。

 その成果が……これ?

 何をやってるんだろう、俺は。

 そうだ、ディープのせいじゃない。

 俺が弱いから負けたんだ。

 

 

「ごめんなさ──」

「顔を上げよう!」

 

 

 パン! とトレーナーさんが力強く両手を叩いた。

 反射的に顔を上げると、ピカアアアッとトレーナーさんの発光が視界に突き刺さる。

 目がッ!?

 

 

「確かに負けたことは悲しくて悔しい。でも歴史に名を残すウマ娘だって、デビュー戦で負けた子はいるんだ。だから俯くんじゃなくて、前を向いて次のことを考えよう」

「次……? でも、デビュー戦で負けたら上のクラスには……」

「未勝利戦です」

 

 

 カフェさんの言葉にハッとなる。

 未勝利戦──まだ一度も勝ったことのないウマ娘が、1勝クラスに勝ち上がるためのレース。

 

 

「私も……デビュー戦では力を出し切れずに負けてしまいました。ですが、ウマ娘は"本格化"の時期に個人差があります。ディープさんの才能が開花する時に……この敗北は、必ずアナタの力になるはずです」

「カフェさんの言う通りだよ! ね、タキオン!」

 

 

 そんなトレーナーさんの呼び掛けに反応はない。

 タキオンさんは顎に手を当ててブツブツと何かを呟いていた。

 

 

「タキオン、どうしたの?」

「ああ──いやすまない。少し考え事をしていた」

「考え事って……ま、まさか……!?」

「アナタ、ただでさえ挙動不審なんですから、あまり独り言とか呟かない方がいいですよ……?」

「酷い言われようだねぇ」

 

 

 警戒心を露わにするトレーナーさんとカフェさんを横目に、タキオンさんはポンポンと頭を撫でてくれた。

 

 

「プスカ君、お疲れ様。今日はゆっくりと休むといい。今後のことはトレセンに帰ってから話そう」

「はい……」

 

 

 タキオンさんは本当に優しい。

 その優しさに──応えたかったなあ。

 

 

「……相変わらず、ディープちゃんにだけはパーフェクトコミュニケーションなんだよね」

「……その態度を少しでも他の方にも向ければ、自ずと評判は上がると思いますが」

「おいおいカフェ、無理だと分かり切っていることを口にするもんじゃあないよ?」

 

 

 タキオンさんに支えられながら、俺の意識は微睡みへと落ちていった。

 

 

   ◯

 

 

 トレセン学園に戻ってから数日。

 放課後、チームでのミーティングを終えた俺は、多摩川の河川敷を走っていた。

 トレーナーさんには休むよう言われたけど、あんな負け方をしてジッとしてなんていられない。

 同期の中には既にデビュー戦を勝ち、ジュニア重賞レースへの出走も決まっている子だっているんだ。

 

 

「置いていかれてたまるか……!」

 

 

 タキオンさんたちと話し合って、未勝利戦は距離を延長することにした。

 すぷりんとでは発揮しきれなかった末脚を最大限に活かす為である。

 なら、取り組むべき課題は明確だ。

 

 

「もう一本!」

 

 

 トップスピードを長く維持するためのスタミナを身につける必要がある。

 アスファルトを蹴るたび、鉛でも付いたかのように重くなる両足。

 でも、この程度で弱音を吐いているようじゃきっと勝てない。

 

 

「頑張ってるね~若人よ」

 

 

 すると背後から突然、そんなゆるい感じの声。

 いつの間にか、知らないウマ娘が俺の後ろを追走していた。

 

 

「よかったらアタシと併走しない? あそこの商店街までさ」

「いいですけど……」

「よし、じゃあいっちょやりますか~」

 

 

 ゆるい口調だが、その眼差しは真剣そのもの。

 ふわふわとした鹿毛を左右で結ったそのウマ娘は、なんだか不思議な存在感があった。

 

 

  ◯

 

 

「ゼェ、ゼェ……!」

「おつかれ~。付き合ってくれてありがとね」

「い、いえ……こちらこそ……!」

 

 

 商店街のベンチに倒れ込むようにして呼吸を整える。

 あ、あれ!? 俺ってこんなにスタミナなかったっけ!?

 

 

「頑張り過ぎだね。最近、無茶なトレーニングしてたんじゃない?」

「うっ」

 

 

 図星だった。

 怪我、という訳じゃないけれど、慢性的に身体が重いのは事実だ。

 それにしても、初対面の相手のコンディションが分かってしまうだなんて、凄い観察眼である。

 

 

「……デビュー戦、勝てなくて。もっと速くなりたいんです」

「なるほどねぇ。ま、気持ちは分かるよ」

 

 

 ちょっと併走しただけでも、この人の凄さは分かった。そして俺に足りないものも。

 足の運び方、呼吸のリズム、そして眼の使い方──全てのレベルが桁違い。

 レース中にどれだけ頭を回しているのだろう。ちょっと想像がつかない。

 

 

「でも、だからこそ休むことも必要だよ。極限まで自分を追い込んだら秘められし力が覚醒して突然パワーアップ! ……なんて展開、そう簡単に起こるもんじゃないからさ。気負いすぎずに、地道にコツコツが一番ですよ」

「……そう、ですよね」

 

 

 そういえば前にカフェさんも言っていた、休むこともトレーニングの一環だって。

 その意味を、ようやく正しく理解できた。

 

 

「そうだ。せっかく商店街まで来たんだし、何か奢ってあげるよ」

「えっ、いえそんな、悪いですよ……!」

「いいっていいって、ここまで付き合ってくれたし」

 

 

 勝手知ったるという様子でスタスタと商店街を歩く。

 すると、そこら中のお店の人たちが、彼女に「ネイちゃん」と声を掛けていた。

 

 

「なんか大人気ですね」

「あはは~……ま、気安く話せるウマ娘を自負してますから」

 

 

 困ったように笑うその姿は、確かに歴戦の実力者とは思えないほどの親しみやすさがあった。

 

 

「おいっす~。おっちゃん、何かオススメある?」

「おおネイちゃん! ちょうどコロッケ揚げたてだぜ!」

「ホント? じゃ、コロッケ2つ!」

「あいよ!」

 

 

 注文を受けた店主さんは、テキパキと軽食用の紙袋にコロッケを詰めて手渡してくれる。

 

 

「おまち! 熱いから気をつけな!」

「ありがとっ」

「ほら、そっちのお嬢ちゃんも!」

「あ、はい! ありがとうございますっ」

 

 

 いただきます、と呟いてからパクっとコロッケを頬張る。

 

 

「ん、美味しいです!」

 

 

 サクサクの衣とホクホクのじゃがいも。

 無限に食べてしまえそうな、素朴ながらも飽きのこない味わいだ。

 

 

「いい食いっぷりだな。ネイちゃんのチームの後輩かい?」

「あ、いやそういう訳じゃないんだけど、なんかほっとけなかったんだよね」

 

 

 おいしい! 超おいしい!

 今度タキオンさんたちにも教えてあげよう。

 

 

「美味しいもの食べたら元気出たっしょ?」

「はい! ご馳走さまですっ! えっと……」

 

 

 そういえば、このお姉さんの名前を知らない。

 

 

「ありゃ、そういえば自己紹介がまだだったか。アタシはナイスネイチャ。よろしく~」

「ナイス、ネイチャさん?」

 

 

 知らない人……だよな。

 俺たちは、確かに初対面のはずだ。

 そのはずなのに、どうしてこんなに胸が締め付けられるような感じがするんだろう。

 ナイスネイチャさん。

 俺は、僕は、この人に言わなくちゃいけないことがある気がする。

 

 

「あはは、名前負けしてるって思ったでしょ?」

「え!? い、いえ、そんなこと思ってないです!」

「気にしないで。自分でも分かってるんだ……『素晴らしい素質』なんて、アタシには重い名前だよ」

 

 

 ナイスネイチャさんは自嘲するように微笑みながら俯く。

 名前。

 全てのウマ娘に与えられる"運命"。

 でも、彼女がその名前を後ろめたく感じる必要なんてないはずなんだ。

 だってナイスネイチャさんは──

 

 

「……僕は」

「ん?」

「僕は、ディープスカイっていいます」

「なるほど……ディープでスカイね。そりゃまた、良い名前だけど、すごく重い名前ですな」

 

 

 お互い大変だねぇ、と彼女は笑う。

 

 

「ま、こうして会えたのも何かの縁ってやつかもね。今度アタシのチームに遊びにおいでよ。アンタと仲良くなれそうな子がいるからさ」

 

 

 仲良く……?

 ということは、タキオンさんやカフェさんのように──

 

 

「落ち着いてて頭脳派なウマ娘の方ですか?」

「えっ? あ、うん。頭脳派な子もいるけど、想像してたのはむしろ真逆の子かな」

 

 

 ワシャワシャと頭を撫でられる。

 

 

「はあ~、なんだか孫と話してるみたいで落ち着くわ~。色々とお節介を焼きたくなっちゃうもん。もしかして、ヒモの素質あるんじゃない?」

「ヒモの素質とは……?」

 

 

 そんな素質よりも今はレースの素質が欲しい。切実に。

 

 

「まっ、ほどほどに頑張りな~。陰ながらアンタのキラキラを応援してるからさ」

「キラキラ?」

 

 

 俺はトレーナーさんのように発光してはいないけど……。

 

 

「それじゃ、アタシは商店街の皆に挨拶してくから。アンタはしばらく自主練禁止、もう帰って休みなよ。無茶は良くないからね~」

 

 

 再び釘を刺されてしまった。

 なんて面倒見の良い人なんだろう。

 

 

「──あの、ナイスネイチャさん!」

 

 

 その背中を呼び止める。

 そうだ。

 僕は彼女に、お礼を言わなくちゃならない。

 

 

「ありがとうございます! 僕、頑張りますから!」

 

 

 あと、と続ける。

 

 

「ナイスネイチャ、すっごく良い名前だと思います!」

 

 

 素晴らしい素質。

 それがいつ開花するのかは誰にも分からない。

 でも、その素質はいつかきっと──誰かを救うはずだから。

 

 

「商店街のド真ん中でいきなり何を仰るのかなこの子は!?」

 

 

 ナイスネイチャさんは顔を真っ赤にして駆け寄ってきて、俺の口を両手で塞いだ。

 その騒ぎに、周囲のお店の人達がなんだなんだと顔を出す。

 

 

「たは~っ……恥ずかしいなあ」

「恥ずかしくなんかないです! 何度でも言いますよ!」

「や、やめい! うにゃあぁ……これが若さってやつか、眩しいですなあ」

「? ナイスネイチャさんも若いですよ?」

 

 

 彼女の方が年上だとは思うが、そこまで離れてるようにも見えない。

 

 

「え、そう? 若く見える? 全くもぉ、ネイチャさんを煽てたって飴ちゃんしか出ませんよ?」

 

 

 ナイスネイチャさんは何故かやけに喜んでいた。

 

 

   ◯

 

 

 そうだ、ナイスネイチャさんの言う通りだ。

 突然秘められし力が覚醒するなんて、それこそ絵空事。

 だから皆、一生懸命努力するんだ。

 頑張ればきっと──

 

 

『ディープスカイ2番手に上がってきた! しかしロードバリオス振り切ってゴールイン!』

 

 

 いつか必ず──

 

 

『ディープスカイ一気に追い込む! が、届かない! ピサノエミレーツゴールイン!』

 

 

 報われるはずだと信じて──

 

 

『先頭マイサイドキックゴールイン! 2番手は接戦! ディープスカイが体勢有利か!』

 

 

 だけど、現実はどうしようもなく厳しかった。

 

 

   ◯

 

 

「俺はチームのお荷物です……ッ! プスゥッ!」

 

 

 3戦連続2着。

 もうすぐ年が明けるというのにまだ未勝利を抜け出せない、あまりにも不甲斐ない結果だった。

 

 

「え~ん、うえ~ん……」

 

 

 ウイニングライブの後はいつも一人でこっそり泣いていた。

 いつトレセン学園を追放されてもいいように、寝床用のダンボールを用意して、食べられる草も調べておかなきゃ……。




◇ナイスネイチャ
 面倒見のいい商店街の看板ウマ娘。
 素晴らしい素質で素晴らしい功績を残した。

◇ディープスカイ
 負けて落ち込んでいたところをネイチャさんに救われた。
 誰かに似てヒモの素質がある。
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