タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう 作:フルゥチヱ
主人公、誘拐される。
視界をズタ袋によって奪われた俺は、二人に米俵を運ぶかのようにお米様だっこされ、えっほえっほと連行されていた。
「ぷはっ……な、何するんですか!? ホントに何するんですかっ!?」
そしてどこかの建物の中へ入ると、椅子に座らされて、両手ごと身体を縄でグルグル巻きにされる。そうまでしてようやくズタ袋が外された。
急に明るくなって思わず目を細める。目の前には、件の二人組の姿があった。
彼女たちはまるで一仕事でも終えたかのように、「ふふん」「へへっ」と人差し指で鼻の下をさすっている。
「ど、どこなんですかここは!? かえしておうちにかえして!」
「まあまあ、とりあえず落ち着けよお嬢さん」
「そうそう、ウマ娘なら常に自制心を保つべきだわ」
「あなた達は人を拐っておいてなんでそんなに冷静なんですかぁっ!」
「しかしだな、ウマ娘たる者一回くらい誘拐を経験しとかねーと」
「そうね。トレセン学園じゃ誘拐経験の一度や二度は常識よね」
「いったい何を言ってるんですかあなた達は!?」
そしてその"誘拐経験"というのは拐う方と拐われる方のどちらを指しているのだろう。
笑いながら鍵を掛けてカーテンを塞ぐ二人。隠蔽工作が手慣れている。
ヤバい……! この人たちは絶対にヤバい……!
「アタシはダイワスカーレット。必ず頂点を取るウマ娘よ。よろしくね」
「俺はウオッカだ。ぜってぇ最強のウマ娘に俺はなる! よろしくな」
「これはご丁寧にどうも、ディープスカイと申します──って! なんで誘拐犯が普通に名乗ってるんですか!?」
「「あっ」」
なんなんだろう、この人たち。
まるで何事もなかったかのように、戸棚を漁るスカーレットさんと冷蔵庫を開けるウオッカさんである。
「細かいことは気にしないの! チョコレート食べる?」
「飲み物、コーラとオレンジジュースがあるんだがどっちが良い?」
「えっ、ここから団欒する流れになるんですか!?」
瞬間、ぐぅ~っという間抜けな音を立てるお腹。
そういえば模擬レースを走ってから何も口にしていない。
「くっ、背に腹は代えられません……しょうがないのでチョコは貰ってあげます! 飲み物はオレンジジュースで!」
チョコレートおいしい~!
オレンジジュースおいしい~!
この人たち良い人かも!
「……おい、こいつ恐ろしいくらいチョロいぞ」
「……変な奴に騙されないか心配になるレベルね」
なにやらコソコソと話をしている二人である。
すると突然──
「オラァッッ!!」
バゴンッ! という炸裂音と共に、先ほど施錠されたはずの扉が解き放たれた。
いや、正確に言うと扉は吹っ飛んでいた。向こう側から放たれた凶暴なドロップキックによって、鍵ごと蹴破られてしまったのだ。
今度は何ごと!?
「おうおう! ゴールドシップ様のご帰還だぜ! お前ら、スタンディングオベーションで迎えやがれってんだッ!」
そんな口上と共に入場してきたのは、黄金比の如くプロポーションの整った長身が印象的な芦毛のウマ娘である。
新たな敵勢力の襲来かと身構えたが、その明朗快活とした表情はとても悪い人には見えない。
も、もしかして誘拐された俺を助けに来てくれた白バの王子様なのでは!?
「あ、あの! どなたか存じ上げませんが、助けてもらえないでしょうか!」
彼女は椅子に縛り付けられている俺の姿に気づく。
するとバチンとウインクして、不敵な笑みを見せてくれた。か、かっこいい……!
そのウマ娘、ゴールドシップさんという方は俺の方へと手を伸ばし──
「お前さん、腹が減ってるんだろ? ほら、カツ丼だ」
そっと、丼ぶりを差し出してくれた。
俺はこの人たちからどれだけ食いしん坊だと思われているのだろう。
「いっぱい食べて大きくなりな……!」
「違います! この縄を解いて欲しいんです!」
カツ丼もくれるというのなら遠慮なく頂きますけれども。
「おおマジか!? 縛られてるじゃねーか!? お前ら、幼気な嬢ちゃん相手になんてことを……! この素行不良ウマ娘共が!」
「「お前(アンタ)にだけは素行についてとやかく言われたくねーよ(ないわよ)!!」」
言い争いを始める三人。
本当になんなんだこの人たち……。
彼女たちの視線が逸れている間になんとか自力で縄を解けないかと格闘してみるけど、やはりビクともしない。
もう駄目かと諦めかけたその時──不意に、壊れた扉の前に誰かの影が見えた気がした。
「……しっ。声を出しちゃ駄目ですよ。気づかれてしまいますから……」
それは気の所為ではなかった。透き通るような声が、俺にだけ聞こえる声量で届く。
その影は言い合いをしている三人の視線を巧みに掻い潜り、俺の側までやってくると、一瞬にして縄をバラバラにしてしまった。
急に拘束を失ってバランスを崩しそうになり、思わず目を瞑る──しかし、一向に床に激突する気配はない。
ひょいっと、冷たくも心地良い手が倒れそうになった俺の身体を支えてくれていたのだ。
「大丈夫ですか……?」
ようやく、俺はその影の正体を目撃した。
そこにいたのは、腰まで伸びた艶やかな青鹿毛と、頭上にピョンと伸びた白い癖毛──そして、その奥に覗く黄金色の瞳が綺麗なウマ娘だった。
そして俺は今、そんな眉目秀麗な彼女にお姫様だっこをされている。
「ひ、ひゃい、大丈夫でしゅ……」
思わず変な声で返してしまった。頬が急激に熱くなる。
えっ、黒バの王子様……?
いや、王子様の黒バ……?
や、やばっ、ヤバイ。か、カッコいい~っ!
「あ、あなたは?」
俺が緊張で震えた声で尋ねると、その漆黒のウマ娘は薄く微笑む。
「先ほどはお会いできませんでしたもんね……。はじめまして……私はマンハッタンカフェ。タキオンさんと共同であの研究室を使用している者です。アナタがディープスカイさんですね……ご無事で何よりです」
この人がタキオンさんの相棒の方! す、凄く美人なウマ娘さんだ!
俺が抱かれたまま動けずに固まっていると、今度はドタドタという規則的ながらも力強い足音と共に、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「プスカ君! 大丈夫かい!?」
タキオンさんである。
どうやら行方不明になっていた俺を探し回ってくれていたみたいだ。
彼女はギョロギョロと室内を見回し、俺と目が合うと安堵したように溜め息を吐いた後──俺をお姫様だっこしてくれているカフェさんを認識した。
「この通り……ディープさんは無事ですよ、タキオンさん」
カフェさんが優しい声色でタキオンさんに報告する。
しかし、何故かタキオンさんは鋭い眼光をカフェさんに向けていた。
「ふぅン──カフェ、どうやら君とは一度じっくり話し合いの場を設ける必要がありそうだねぇ……」
「……は?」
カフェさんはそんなドスの効いた声すらも、とてもカッコよかった。
◇ディープスカイ
拐われた幸薄ヒロイン系ウマ娘。おうちにかえりたい。
◇ウオッカ
何があろうと立ち止まらないウマ娘。常識は突き破るもの。
◇ダイワスカーレット
イチバンは絶対譲らないウマ娘。常識は置き去りにするもの。
◇ゴールドシップ
みんな大好きハジケウマ娘。常識がそもそも通用しない王子様の白バ。
◇マンハッタンカフェ
見えない何かを感じ取れるウマ娘。お友だちに導かれて助けに来てくれた王子様の黒バ。
◇アグネスタキオン
プスカの師匠に就任したマッドサイエンティストウマ娘。過保護気味。
◇お姫様だっこ
お姫様を持ち上げるかの如く蝶よりも花よりも丁重に扱う抱え方。
抱く方も抱かれる方も少年少女の憧れ。
◇お米様だっこ
米俵を運ぶかのように人を担いで運ぶこと。これに憧れる少年少女はたぶん少ない。
ライスのせいだ……。
ライスは悪くないよ。