タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう   作:フルゥチヱ

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第6話 メイトルームメイト

 すっかり日が沈み、街灯によって照らされる夜道をカフェさんと一緒に歩く。グラウンドの方からは、こんな時間まで居残り練習に励んでいるウマ娘たちの声が響いていた。

 チラリ、と歩幅を合わせて隣を歩いてくれているカフェさんの横顔を伺う。

 相変わらずお顔が良い。

 

 

「……どうかしましたか?」

「へっ!? あ、いや、その」

 

 

 透き通るような金色の瞳にじいっと見つめられて、恥ずかしくなり思わず目を逸らしてしまう。

 するとカフェさんは、足の爪先に視線を落とすように俯きながら立ち止まった。

 

 

「すみません……私、どうにも雑談というものが苦手で……ディープさんも気まずいですよね」

「あ、いえいえ! そういうことじゃないんです!」

 

 

 むしろこの距離感はすごく居心地が良いくらいです。

 カフェさんからいっぱい話しかけられたら、多分俺メチャクチャ緊張しちゃうだろうし。

 そんな話をしながら歩いていると、薄暗い夜の闇の中に、明るい四階建ての集合住宅が見えてきた。栗東寮である。

 門限には間に合ったようで、まだ鍵は掛かっていなかった。

 

 

「あっ、おかえりぃ~。遅かったね~」

 

 

 玄関を通り抜けて一階のロビーに入ると、聞き覚えのある間延びした声が室内に響く。

 見ると、同室のあの先輩がソファーにちょこんと座ってこちらに手を振っていた。

 

 

「あれ、先輩。どうしたんですか? こんなところで」

 

 

 もしかして、俺の帰りが遅いから心配して待っててくれていたのだろうか。

 だとしたら悪いことをしちゃったな。余計な心配を掛けてしまった。いや、誘拐されたのは事実なのだけれども……。

 

 

「えへへ~。お部屋に鍵を置きっぱなしにしてきちゃって入れなくなっちゃってんだ~。だからプスカちゃんに開けてもらおうと思って。お恥ずかしい限りです」

 

 

 違った。そういえば、朝一緒に部屋を出た時、俺が鍵を掛けたんだっけ……。

 

 

「……寮長のフジキセキさんに頼めば、マスターキーで開けてもらえたのでは?」

 

 

 そんなカフェさんの冷静な指摘。

 すると先輩は、数秒ポカンと沈黙した後、ポンと両手を合わせた。

 

 

「その手があったよ~。さすがカフェさん、"いんてりじぇんす"ですね」

「誰でも真っ先に思いつくと思いますが……」

 

 

 ぽわぽわとした先輩に、カフェさんは薄い苦笑いを浮かべている。

 どうやら彼女たちは初対面じゃないみたいだ。

 

 

「お二人はお知り合いなんですか?」

 

 

 俺がそう尋ねると、カフェさんは小さく頷く。

 

 

「はい……。お互い、海外……海の向こうに興味がありまして……その縁で」

「行ってみたいですよね~」

 

 

 海外……?

 そういえばカフェさんはさっき、趣味は珈琲を淹れることだと言っていた。

 ははーん、なるほど?

 その海外の国というのはもしかして──

 

 

「──ブラジルですね? カフェさん」

 

 

 ドヤ顔で名推理を披露する。

 珈琲といえばブラジルだということくらい、海外に疎い俺でも流石に知っていた。

 きっとカフェさんは、珈琲の産地として有名な国に実際に行ってみたいのだろう。

 

 

「違います……」

 

 

 違った!

 自信満々に言っちゃったよ。恥ずかし!

 

 

「いえ……ブラジルも興味がないといえば嘘になりますが……」

 

 

 じゃあブルーマウンテン? それともキリマンジャロ?

 あれ? でもその国ってどこなんだろう。二つとも山の名前だということは知ってるけど、どこの国にあるのかまでは知らない……。

 あ、もしかしたらエスプレッソが有名なイタリアっていう可能性も──

 

 

「あはは。私達が行ってみたいのはフランスだよ、プスカちゃん」

 

 

 混乱する俺に、先輩が笑いながら助け舟を出してくれた。

 フランス!

 イタリアのお隣さんだった。惜しい……!

 パッと、俺の脳内に教科書で見たことのあるルーヴル美術館やエッフェル塔の美しい風景が想起される。

 

 

「確かに、芸術の都とも言われるあの街並みを眺めながら飲む珈琲は最高だと思います! そうですよねカフェさんっ」

「……ええ、そうですね」

「カフェさん、ここは勘違いを訂正してあげるのも優しさだと思いますよ~」

 

 

 フランスの通りにある小洒落た喫茶店のテラスで珈琲を嗜むカフェさんの姿がありありと想像できた。

 まるでそれそのものが一枚の芸術作品であるかのように、すごく絵になっている。

 

 

「──では、私はそろそろ失礼します。……流石にないと思いますが、夜襲された時はアナタがディープさんを守ってあげてください……」

「えっ? 夜襲……? ……えっ???」

 

 

 カフェさんは先輩に何かを耳打ちで告げた後、さっと頭を下げて栗東寮を立ち去った。

 長い髪が夜風に靡き、後ろ姿は闇の中に溶けていく。

 

 

「カフェさん……カッコよかった」

「う~ん……何が襲ってくるんだろう……? この辺にイノシシでも出たのかな~……?」

 

 

 俺がカフェさんに見惚れていると、先輩は可愛らしく首を傾げながら何やら聞き捨てならない物騒なことを言っていた。

 

 

「……イノシシ、出るんですか?」

「東京でも目撃されたことはあるらしいよ~」

「ひえっ……」

 

 

 出没する動物はせめてシカとかにしてほしい。可愛いし。

 

 

「というか、プスカちゃんも隅に置けないね~。初日から夜遊びして女連れで帰ってくるなんて、このこのぉ~」

「へっ? 夜遊び?」

 

 

 夜遊び。

 意味、夜に遊び歩くこと。

 

 

「いえ、あれは遊びなんて生易しいものなんかじゃありませんでした」

 

 

 先輩の勘違いに対して、落ち着いて今日あったことを思い出しながら答える。

 誘拐と誘拐未遂のダブルコンボだ。決して遊びでは済まないだろう。

 すると、何故か先輩は顔を赤くしてワタワタとしていた。

 

 

「へ、へえ~っ……? あ、遊びじゃないくらい凄かったんだ……ご、ごめんね余計な詮索して」

 

 

 なんだろう。ものすごい誤解をしている気がする。

 

 

「せ、先輩? あの、遊びじゃないっていうのは……」

「わわっ、私っ、ち、ちょっとお友達に電話してきてもいいかなっ?」

「待ってください! 違うんです! 先輩が想像しているような(やま)しいようなことは何も──すごい(はや)さだ!?」

 

 

 引き留めようと手を伸ばすも、あっという間に置き去りにされてしまう。

 待つこと数分、電話が終わったのか先輩はスッキリしたような顔をして戻ってきた。

 

 

「あ、プスカちゃん、今海外にいるお友達に聞いてみたんだけど……」

「先輩! とにかく説明をさせてください!」

「大丈夫っ。最近の若いウマ娘なら普通だって教えてもらったからっ」

「いや先輩が想像してるようなことは絶対に普通じゃないですよ!?」

 

 

 なんだ。その海外にいるというお友達は彼女に一体なにを教えたんだ。

 

 

「まあこの話は一旦置いておくことにして~」

「いえ、できればこの場で誤解を解いておきたいんですけど……」

「それよりも、プスカちゃん宛の荷物が届いてたよ?」

 

 

 へっ? 荷物?

 先輩と一緒に部屋の前まで歩くと、ドアの横に大量のダンボールが積み重なっていた。

 

 

「本当は昨日届くはずだったんだけど、手違いで今日になっちゃったんだって~」

 

 

 そうか、引っ越し用の荷物。

 そういえば、相部屋の片側のテーブルや棚にだけ不自然に物がなかったのを思い出す。

 

 

「転入初日なのに大変だよね~。一緒に片付けちゃお?」

 

 

 そんな先輩の優しい提案。

 だが、その親切に感謝するよりも先に、一つ引っ掛かっていることがあった。

 彼女が今言った、"転入"という言葉。

 それと似た字面の大事な何かを、俺は忘れてしまっている気がする。

 そう、確か転入と一文字違いの言葉。

 転入、転入、転──

 

 

「……あ、"転生"か」

「ん? 転入じゃなくて?」

「あっ、そ、そうですねっ、言い間違えました」

 

 

 なんだか激動の一日すぎて、すっかり忘れてしまっていた。

 俺が"ディープ"に転生したということ。

 転生といえば、異世界に飛ばされた主人公がモンスターと戦ってチート能力に覚醒したり、超高いステータスで周囲から驚かれたり、女の子を助けてモテモテになったりする。

 ──ここで、改めて俺の一日を振り返ってみよう。

 モンスター相手に覚醒どころか、普通に追いつかれて誘拐された。

 周囲を驚かすどころか、周囲に驚かされてばかり。

 女の子を助けてモテモテどころか、女の子に助けられてメロメロになった。

 

 

「俺の知ってる"転生"と違う……ッ!」

 

 

 あまりの理想と現実の落差に、思わずその場に崩れ落ちてしまう。

 シクシクと涙を流していると、先輩がぎゅっと抱きしめて背中を撫でてくれた。

 

 

「良お~しよしよしよしよしよしよし。Don't cry、泣くのはおよし~」

 

 

 優しさが目に染みて涙が止まらない。

 好きになっちゃいそう。

 

 

「……ありがとうございます、先輩」

「私のことは親しみを込めて"サムちゃん"でいいよ~」

「サムちゃん、先輩……」

 

 

 ひとつ違いとかならともかく、どう見てもそれ以上に差がある先輩を流石にちゃん付けだけでは呼べない。

 彼女は「先輩は付けなくてもいいんだけどな~」と苦笑していたが、そこは譲れなかった。

 

 

「まあいっか~。じゃあ、改めまして……」

 

 

 コホン、とサムちゃん先輩は一つ咳払いをしてから、両手を広げて、

 

 

「トレセン学園にようこそ~。これからよろしくねっ、プスカちゃん!」

 

 

 そうやって迎え入れてくれた。

 思わず目頭が熱くなってしまう。

 それを振り切るかのように、力強く頷いてから応えた。

 

 

「はい! よろしくお願いします、サムちゃん先輩!」

「えへへ、一人は寂しかったから後輩ちゃんが来てくれて嬉しいな~」

 

 

 そうか、朝はぼーっとしてて実感がなかったけど、相部屋ってことは当然一緒に暮らすってことなんだよな。

 可愛い先輩とひとつ屋根の下で共同生活──それを想像するだけで、俺の頭からは細かいことが全て抜け落ちていた。

 まあいいか! よろしくなあ!

 

 

「よっと。これ全部とりあえずお部屋に入れちゃうね~」

 

 

 そんな掛け声と共に、サムちゃん先輩は積み上がった全ての荷物を軽々と抱えてしまう。

 えっ……? それ総重量何キロあるの?

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 気にしないで~という気の抜けた声と共に部屋に入っていく。

 サムちゃん先輩は可愛らしい顔に似合わずとっても力持ちだった。




◇ディープスカイ
 転生転入初日から色々あったせいで情緒不安定。
 泣いちゃった!

◇サムちゃん先輩
 ルームメイトのお姉さんウマ娘。
 海外を走ってる友達がいて、今はドバイにいるらしい。

◇フランス
 多くの日本ウマ娘にとっての憧れの地。
 実はプスカくんもちょっとした縁があったりする。
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