タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう 作:フルゥチヱ
朝。夜明け。モーニング。
それは人にも、動物にも、ウマ娘にも平等に訪れる時間。
カーテンの隙間から入り込む日差しと、微かに聞こえる鳥たちの囀りで、俺は目を醒ました。
「……おはよう世界」
そんな適当なことを呟きながら重たい瞼をゆっくりと開く。
目の前に広がるのは、寝る前にもぼーっと眺めていた栗東寮の天井。
俺のウマ娘転生生活は二日目に突入していた。
「すやぁ~……にへへ……」
「ぷきゅ」
不意に抱き寄せられてそんな声が漏れてしまう。
まだ夢の中にいるルームメイト──サムちゃん先輩は、昨日と同じように俺を抱きまくらにしていた。
微かな吐息と温もりに、思わず鼓動が早まる。
「……冷静に考えて、何故同じベッドで寝ているんだろう」
抱きまくらにされているということはつまり、一つの布団に二人が入っているというわけで。
相部屋に並べられた二つのベッドのうち一つは、寝具としての役割を果たしていなかった。
ルームシェアをしている他のウマ娘たちも皆こうなのだろうか……。
「サムちゃん先輩、起きてください。朝ですよ」
とりあえず離れてもらわないことには顔を洗うことすらできない。
よだれを垂らしながら幸せそうに眠る先輩を起こすのは忍びないが、こちらにも朝の準備というものがある。
何より、今日が実質的な登校初日なので、遅刻するわけにはいかない。
「う~ん、むにゃむにゃ……違うよお父さん、ロミオとジュリエットはハッピーエンドなんだよ……」
どんな夢見てんだこの人。
「二人の愛は誰にも邪魔できない……天国で愛は永遠になったんだよ……」
怖い怖い怖い。
解釈は人それぞれだと思うけれど、ロミオとジュリエットはどう考えてもバッドエンドだと思う。
先輩、ぽわぽわしてるけど実はストレス溜まってたりするのかな?
「せ、先輩、起きないと遅刻しちゃいますよ」
肩を強めに揺すりながら声を掛ける。
すると「ふあ~っ」という欠伸と共に、ようやく先輩は目を薄く開いた。
「あと12ハロン……」
しかし、そう呟いて再びスヤァと目を閉じてしまう。
というか、そこは「あと5分」とかじゃないだろうか。ハロンは時間じゃなくて距離の単位な気がする。
サムちゃん先輩は俺が来るまで一人でこの部屋を使っていたみたいだけど、どうやって起きてたんだろうこの人。
「駄目です。朝ご飯を食べにも行かなくちゃいけないんですから」
そんな小言を遮るかのように、先輩は両手を伸ばして俺を捕まえようとしてくる。
きっと彼女は俺を再び抱きまくら状態にして二度寝へと没入するつもりなのだろう。
だが同じ手を食らう俺ではない。
くるりと身を反転させてその手を躱すと、そのままベッドから抜け出すことに成功した。
よし。後は先輩を起こして一緒に食堂に向かうだ……け……?
「うぅ~ん……プスカちゃ~ん……!」
「わっ、ちょ、サムちゃ──」
寝ぼけたままのサムちゃん先輩が、バッと覆いかぶさってきたのだ。
俺は堪らずバランスを崩し、先輩ごと床に倒れ込む。
幸いベッド横には小さめのカーペットが敷かれていたので、背中を直接フローリングに打ち付けることにはならなかった。
そこは問題なかった。そこだけは、問題なかった。
俺の上へと倒れ込んだ先輩の手は──ちょうど俺の胸に押し当てられるような体勢になっていたのだ。
「ひひんっ!?」
痺れるようなくすぐったさに変な声が出てしまう。
すると、転倒と共にけたたましい物音が響いたからか、流石の先輩もパチリと目を醒ました。
「──え? 前が壁?」
そして、開口一番とても失礼なことを呟いた。
「誰の前が壁だっていうんですかっっ! 誰の胸がっっ!?」
成長の可能性はあると思う! だってまだ成長期だから!
「ふああ~……あ、プスカちゃんおはよ~」
「あ、はい、おはようございます──って違う! どうして何事もなかったかのようにグッドモーニングしようとしてるんですか!?」
「ごめんね~。私、寝相が悪くって」
これは寝相が悪いとかそういう問題なのだろうか。
ラッキースケベというやつを一度くらいは体験してみたいとは思っていたが、まさかスケベされる側で体験することになるとは思いもしていなかった。
「今どくね~」
と言ってサムちゃん先輩は立ち上がり、そのまま俺のことも起き上がらせてくれた。
何故か俺の胸に手を当てたままで。
「プスカちゃん、昨日はよく眠れた?」
「は、はい。おかげさまで……あの」
「そっかそっか~。私も久しぶりに誰かと一緒だったからグッスリ眠れたよ~」
「そ、それは良かったです……ところでその」
「じゃあ一緒に食堂行こっか~」
「いやその前にこの手を放してほしいのですが!?」
寝ぼけ眼をこすりながら、反対の手はまるで胸元で固定されたかのように微動だにしない。
なんて豪快で堂々としたセクハラなんだ。多分悪いのは寝相じゃなくて手癖だと思う。
「でもプスカちゃん、昔からこう言うでしょ」
「何ですか?」
「──胸に手を当てて考えてみろ、って」
「それは自分の胸なのでは!?」
他人の胸に手を当てながら考えても、思い浮かぶのは煩悩だけだと思う。
「というか、サムちゃん先輩は自前で立派なものをお持ちなんですから、それこそ自分の胸に手を当ててみればいいじゃないですか」
「自分の胸揉んでも面白くないよ~」
「だからって他人の胸を娯楽感覚で揉まないでください!」
想像以上の距離感の近さだ。
女の子同士って皆こうなのか……?
「それに、私はただ徒にお胸を揉んでるわけじゃないんだよプスカちゃん」
「そ、そうなんですか?」
ただのセクハラとしか思えないこの行為だが、実は心臓の鼓動で体調を測ってたり……?
俺がその真意を考えていると、先輩は至って真顔でこんなことを言った。
「だって~、プスカちゃんのお胸が私の手のひらを揉んでるとも言えるよね?」
このコペルニクス的転回には流石にビックリだ。
「実質Win-Winだよね~」
「どこがWinなんです? 俺勝ってる要素あります?」
「ぺったんこしか勝たん!」
「流されませんよ! そんな勢いだけの勝利で俺は流されない……!」
でもぺったんこを肯定してくれてちょっと嬉しかったり。
「ところでさプスカちゃん」
「なんです? もうサムちゃん先輩の口車には乗せられませんよ」
「う~ん、お喋りも楽しいんだけど、時間だいじょーぶなのかなって」
「時間? ……時間?」
即座に振り返って時計を見ると、時刻は既に八時を回っていた。
さっと血の気が引いていく。
確かホームルームは八時半からだったはずだ。
「や、ヤバイじゃないですか! サムちゃん先輩、急いで着替えますよ!」
「え~……もう一眠りしたいなあ」
「ダメに決まってるでしょ!」
あたふたしながら制服に着替える俺たち。
「サムちゃん先輩! それ片っぽ俺の靴下です!」
「間違えちゃったあ。じゃあプスカちゃんは代わりに私の片っぽ使って~」
「仕方ありません……! 時間ないですもんね!」
てんやわんやで部屋を飛び出す。
当然朝食は抜きだ。
「プスカちゃんのおかげで久しぶりにホームルームに間に合いそうだよ~」
「やっぱり先輩、遅刻常習犯だったんですね」
「できる後輩がいるって幸せだなぁ」
そんな気の抜けたことを言いながらはにかむ先輩。
そう言ってもらえると嬉しい気もするが、できれば朝は普通に起きてほしい。
寮の玄関で靴箱から急いでローファーを取り出す。
「サムちゃん先輩! それ片っぽ俺の靴です!」
「間違えちゃったあ。じゃあプスカちゃんは代わりに私の片っぽ使っていいよ~」
「いや流石に靴はサイズ的に無理がありますよ!?」
波乱の朝である。
だけど、この時の俺はまだ知らなかった。本当の波乱は、まだ始まってすらいなかったということを。
◇ディープスカイ
作者の趣味で胸が削られた。
◇サムちゃん先輩
間違いなくデカい(確信)
◇前が壁
同義語:ぺったんこ、地方レース場のホームストレッチ、竹を割ったような胸。