タキオンさん助けて、俺ウオスカの間に挟まれちまう   作:フルゥチヱ

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第8話 モーニングクライシス(後編)

「プスカちゃんこっちこっち~、この先が近道だよ」

「ま、待ってくださいサムちゃん先輩……ッ! は、速すぎ……」

 

 

 ホップステップジャンプといった感じで石畳の上を軽快に疾走する先輩。それを必死に追走する俺である。

 既に全力を出して息も絶え絶えな俺に対して、サムちゃん先輩は笑顔でこちらを振り返る余裕すら見せていた。

 どんだけスタミナあるんだこの人……?

 

 

「春は暖かくていいよね~。私、春が好きだな~。あ、でも秋も好き。ご飯が美味しいからっ。プスカちゃんはどの季節が好き?」

「ろ……6月は……! 春ですかね、夏ですかね……っ?」

「う~ん……夏じゃないかな? 最近6月でも30℃超えるから」

 

 

 動いてなくても暑いよね~と微笑むサムちゃん先輩だが、それに相槌を打つこともできないくらい俺は切羽詰まっていた。

 登校のために一緒に走っているだけでハッキリと分かった。

 俺とこの人ではまるでレベルが違う。文字通り桁違いだ。

 いや、もちろん向こうはトレセン学園に何年も在籍している先輩で、こっちは編入してきたばかり。差があって当然だ。

 それでも──自分が"ディープ"という驕りは間違いなく存在していて。

 だったら、こんなにも俺が劣っているのは。

 

 

「"俺"のせいか……?」

 

 

 俺の存在。

 俺という異分子が、ディープという才能をダメにしているのか?

 ゾッと、背筋へ這い寄るような焦りに襲われる。

 

 

「……こんなんじゃダメだ」

「? プスカちゃん?」

「もっと練習しないと、もっと勉強しないと、もっと、もっと……!」

「プスカちゃん前見て! 前!」

「──へ?」

 

 

 瞬間。

 完全に前方不注意になっていた俺は、飛び出してきた何かと激突してしまった。

 

 

「あいったー!?」

 

 

 ゴチン! と。

 目の前がチカチカするような感覚。それと同時に襲ってきた衝撃に吹っ飛ばされそうになる。

 最初は大木か柱にでもぶつかったのかと思った。

 だって、誰かとぶつかった場合は衝撃を分散するようにお互いが吹っ飛ぶはずだから。だけど今回、衝突した相手側はまるで地面に根でも張っているかのように微動だにしていない。

 だから想像もしていなかった。

 まさかウマ娘と衝突していたなんて。

 

 

「──おっと。大丈夫か?」

 

 

 倒れる寸前。

 そんな爽やかな声と共に、何者かの手が俺の背中を支えてくれていた。

 恐る恐る目を開く。

 するとそこには、結った髪を春風にはためかせる、とんでもないイケメンがいた。

 

 

「おお、誰かと思えばプスカじゃねーか」

 

 

 我々はこのイケメンを知っている!

 いや! この眼差しと外ハネを知っている!

 

 

「う、ウオッカさん……!」

 

 

 先日、俺を誘拐した張本人その一の姿がそこにはあった。

 

 

「いいタックルだったぜ。朝っぱらから元気だなお前」

「そ、そんなつもりじゃ」

「おかげでこっちも完全に目が醒めた。ありがとな」

 

 

 ニカッと笑うウオッカさんである。

 か、かっこいい──じゃない! この人は誘拐犯だぞ!? なに見惚れてるんだ俺!

 

 

「こ、こちらこそ助けていただいてありがとうございます……ゴニョゴニョ」

 

 

 でも一応お礼は言っておこう。ウマ娘として最低限の礼儀だ。

 気にすんな、と笑って、ウオッカさんは俺を下ろしてくれた。

 すると、俺たちの遥か向こうからこれまた聞き覚えのある声が響いてくる。

 

 

「ちょっとウオッカ! 遅刻寸前なの忘れたわけじゃないでしょうね!? 置いていくわよ!」

 

 

 巨大なツインテールを揺らしながら走り去って行くのは、誘拐犯その二のスカーレットさんである。

 どんどん小さくなっていくその背中に、ウオッカさんは「やべぇ!」と声を上げて駆け出した──何故か俺の手を引いて。

 爆発的な直線加速に、一瞬身体が宙を浮きかけた。

 

 

「待ちやがれスカーレット! お前にだけは負けらンねえ!」

「追いつけるものなら追いついてみなさい! この万年遅刻ウマ娘!」

「はあ!? 今学期はまだ遅刻ゼロなんだが!?」

「そりゃ始まったばっかなんだから当たり前でしょ!」

「あばばばばばば~!」

 

 

 走りながら息切れ一つせず言い合いを続ける二人に、足を全力で回してついていくので精一杯。

 というかこの状況。もし俺が少しでも遅れた瞬間、つんのめって顔面から地面にめり込むだろう。

 お、おろされる! 大根のようにおろされちゃう!

 

 

「う、ウオッカさん……! て、手を離──」

「ああ大丈夫だぜプスカ! この手はゼッテー離さねえ……!」

「ち、違う……ちぎゃう~……!」

 

 

 助けて~! 誰か助けて~!

 

 

「ってあら? プスカもいたのね。おはよ」

「お、おは、おはようございます……! あ、あのスカーレットさん、ウオッカさんを止め──」

「急がないと遅刻よ! 一緒に行きましょう!」

「なんでええええっ」

 

 

 反対側の空いていた手もスカーレットさんにガッチリと握られる。

 俺の身体は猛烈な推進力で宙を浮いていた。

 気分は大空に打ち上げられた凧揚げである。

 

 

「「うおおおおおお間に合ええええええッ!!」」

 

 

 む、無理ぃ~! 無理ですぅぅっ!!

 

 

「──プスカちゃんプスカちゃんっ」

 

 

 揺られすぎて段々吐き気すらしてきた俺に、そんな楽しげな声をかけてきたのは、頼もしいルームメイトのサムちゃん先輩だった。

 彼女はスカーレットさんとウオッカさんの併走にも、汗一つかかずについてきていた。

 

 

「さ、サムちゃん先輩、た、助け──」

 

 

 そんな俺の半泣きの懇願に、サムちゃん先輩はグッと親指を立てる。

 

 

「それ楽しそうだねっ、今度私ともやろうねっ」

 

 

 うわぁん! この人たち全然話聞いてくれない!

 

 

「ギリギリでも校舎内に入っちまえば!」

「遅刻にはならないわよね!」

「このまま突っ込むんですか!?」

 

 

 既に校舎は目の前だというのに全く速度を落とさないスカーレットさんとウオッカさん。

 このままじゃ校舎前にある三女神様の像に激突してしまう気がする。

 

 

「スカーレット! あれをやるぞ!」

「ええ! よくってよウオッカ!」

「や、やるって何をですか!? いったい何をですかっ!?」

 

 

 なんだか猛烈に嫌な予感がした。

 しかし、俺が制止するよりも早く、二人は「せーの」と声を合わせる。

 

 

「「いっ──けええええええええ!!」」

「ひゃああああああああああ!?!!?」

 

 

 その瞬間、世界がひっくり返った。

 自分でも驚くほどクリアな視界が、急にスローモーションになっていく。

 遠くなっていく意識の中で、誰かが手を振っているのが見えた。なんだろう、知らない人のはずなのにすごく懐かしい感じがする。あと、なんだかカフェさんに似てるような……。

 

 

「…………ってこれ走マ灯では!?」

 

 

 気づくと、俺はくるくると宙を舞っていた。

 比喩表現でもなんでもなく、間違いなく飛んでいた。

 そう、俺はウオッカさんとスカーレットさんにブン投げられたのだ。

 

 

「やあああああっ!? た、助けてー!? 誰かー!? 助けてーっ!」

 

 

 神様ぁー! 仏様ぁー! 三女神様ぁー!

 

 

「た──タキオンさあーんっっっ!!」

 

 

 ほとんど無意識にその名前を呼んでいた。

 そんな都合よく助けなんて来てくれない。それを分かっていながらも発さずにはいられない、せめてもの叫び。

 だから、まさか本当に助けてくれるなんて、思いもしていなかった。

 

 

「──やあ、私の名を呼んだかい?」

 

 

 それは、異様な光景だった。

 異次元から突然顕れた。そう錯覚してしまうくらい、彼女は彼女以外の全てを置き去りにしていたのである。

 見る者全てを眩ませてしまうような──超光速。

 まさに、光だった。

 

 

「愛弟子が空から降ってきてくれるなんて、今日は良い日だねぇ」

 

 

 長い白衣をバサッと翻し、優しく受け止めてくれる。

 

 

「う、うええ~ん!! タキオンさああ~ん!!」

 

 

 俺は泣いた。

 それこそ赤ちゃんのように泣きじゃくった。

 トレセン学園怖い!! もうおうちかえりゅ!!




◇ウオッカ
 アクセル全開のウマ娘。
 ぶん投げたプスカはゴルシに受け止めてもらう算段だった。

◇ディープスカイ
 まだまだ未熟なデビュー前ウマ娘。
 早くトレセン学園の日常に慣れなくてはいけない。

◇ダイワスカーレット
 ノンストップのウマ娘。
 間違いなく成績優秀で品行方正な優等生。

◇サムちゃん先輩
 ちょっとやそっとのことでは動じない天然ウマ娘。
 でも寒いのはニガテ。

◇アグネスタキオン
 現在絶賛三徹目突入中のウマ娘。
 朝から弟子が空から降ってきて眠気が吹っ飛んだ。

◇空から女の子
 何度見ても好きな作品。
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