一話目導入→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19965020
二話目アヤベさん編→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19965030
絶対この順番で読んでください。ここはマジです。
三人が出会ってチームを組むまでをガッツリやりました。
特にアヤベさんとスズカさんがどうしてここまで仲がいいのか。
どうしてトレーナーさんにベッタリなのかを詰め込みました。
pixiv→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19965038
私は走るのが好き…だった。
走れていれば良かった。でもそれは自由に、トップスピードで、誰もいない景色を走っているから好きだったみたい。
今は…
「サイレンススズカさん!今は"差し"の実習です!スタートで前の人を全部抜かさないでください!」
はあ…これだ…色々な走り方の実習という事で走れてはいるけど…私がしたい「先頭の景色を誰にも邪魔されない」という走りはさせてもらえない…「逃げ」も教科書にはあるが言ってしまえば一番前を常に走ればいい。の一言で終わりだし実際できる人が少なすぎて実習ではまずやらない。そもそも私は大勢と一緒に走るのがそこまで好きじゃないというのもある。囲まれてるのは苦手…そういうわけで最近ではこの実習も憂鬱…トレーナーさんがつけば変わるのかしら?話を聞く限り相性が良い人と組めればいい走りになるしそうでなければ…どのみち逃げをやらせてくれる人は少ないと聞く。トレセンなら好きなだけ走っていられると思ったのになあ…
最近は授業終わりに自主トレとして走るのが唯一の息抜きだけどトレーナーさんや教官無しではコースはなかなか使わせてもらえない。もっぱら普通のグランドか学園の外のマラソンコースかのほぼ二択になる。そこを最高速度で突っ走るのはさすがに危険というのはわかってる…わかってるからこそ憂鬱になってしまう…はあ…いいトレーナーさんに会いたいなあ…
ドンッ
あっしまった…考え事をしながら歩いてたら人とぶつかっちゃった。
「すみません。大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。君のほうこそ大丈夫かい?」
バッジを付けてる。トレーナーさんみたいね。見た事あったかしら?あんまり人の顔を覚えるのは得意じゃないから。
「しかしさすがウマ娘だ。こっちが尻餅をつくことになるとはな。随分鍛えてるんだね。」
「そうですか?自主トレはしてますけど…そんなに走れてませんし…」
「なんだって?まさか…トレーナーがいないのかい?」
随分驚いてるわ…そんなに不思議かしら…
「はい。今年入学したばかりですし。選抜レースに出たこともありません。」
唖然としてる?上から下まで見られるのはちょっと恥ずかしい。
「名前を…聞いてもいいかな?」
「サイレンススズカ…です…」
「サイレンススズカ…そっか…僕はこういうものだけど」
そう言って彼は名刺にペンでトレーナー室の番号を追記して渡してきた。
「君の走りを見せてくれないか?明日コースを借りておくから」
「コースで走って良いんですか!やった!」
やはり芝の上で走れる方が気持ちいい。今日はついてるわ!
「ずいぶん嬉しそうだね。そうかあまりコースは使えないのか。」
「そうなんです。やっぱりデビューしてたりチームが優先されますから…」
「そうだね…わかった。せっかくだから長く借りられるようにしてみよう。それじゃあ明日の15時にこのあたりで待っててくれるかい?」
「はい!準備しておきますね!お願いします!」
こうして久々に明日が楽しみな夜を迎えたのだった…
そして翌日約束の時間、彼は先に来ていた。
「来てくれてありがとう。今日はめいっぱい走ってくれ」
「はい、お願いしますね!」
こうしてコースに向かう。軽くアップしてから…走る!制限なく誰も近くにいない芝の上を一周二周…彼が手招きしてる…何かしら?
「邪魔してごめんよ、ちょっと確認しておきたくて、さっき全力で走ってたのかい?そこまで息を切らしてないみたいだけど?」
「そうですね…走り始めだから…7割くらいでしょうか?芝の上だからいつもより早く走れてる気はしますけど」
「7割…」
ずいぶん驚いてる…最初から飛ばしすぎたかしら?
「もう一つ聞きたい。君は走るのがすごく好きみたいだけど、レースだとしたらどんなふうに走ってみたい?率直に聞かせてほしい。」
今度は真面目な顔…レースだとしたら…
「やっぱり…先頭の誰もいない景色を見たいです。誰にも邪魔されずに。これは普段から思ってますね」
これはいつでも変わらない。やっぱり先頭の景色を独占したいもの。
「なるほど…わかった。ありがとう。邪魔してすまなかったね。走ってきていいよ。」
そう言って笑うのだった。なんだろう?まあ走れるからいいかしら
「そうですか?じゃあ行ってきますね!」
そう言ってしばらく芝の感触を楽しんだ。
「おーい!そろそろ時間だ!戻ってきてくれー!」
彼が呼んでる。名残惜しいが仕方ない。
「ずいぶん満喫できたみたいだね。良かった。」
「はい、久しぶりに自由に走れました。ありがとうございました。」
大分スッキリした気分になれた。やっぱり走るのは楽しい。
「それでちょっと話があるんだけど少し時間いいかな?」
特に用事はない。何かしら?
「はい?なんでしょうか?」
「率直に言うと君をスカウトしたいんだ。」
え!嘘でしょ?
「突然ですまない。けど君みたいな逸材を寝かせておくのはもったいないと思ってね。君の走りと"先頭の景色を見たい"という思いは相性がバッチリ合ってる。スピードとスタミナも素質あり。何よりすごく楽しそうに走れるのは才能の域だよ。だからスカウトしたい。」
一気に説明されて少し混乱してる。えっと、とりあえず褒められてるのね?
「もちろん選抜レースに出て他のトレーナーと比べるのも君の自由だし、今すぐここで決めてくれとは言わない。でも選抜に出て今の走りをすれば恐らく…いや、間違いなく君は一躍注目の的だ。有象無象が寄ってくるのは間違いない。その中で君のしたい走りをさせてくれるトレーナーはどれくらいいるだろうか?ほとんどいないと見てる。みんな先行をやらせたがると思うよ」
それは…あまり嬉しくない…
「君に合ってるのは逃げ。それもただの逃げじゃない、というか形と言えるか難しいが”大逃げ”。要は先頭を好きに走ってたら勝っていた。が理想じゃないか?」
それは確かにそう、でも…
「でも逃げは実際はほとんどはできないし大逃げなんて…できるんでしょうか?」
「100%できるとは断言できない。簡単に断言するのは無責任だ。だけどかなりの高確率で君ならできる。挑戦する権利は持ってるよ。ぜひ一緒に挑戦してみないか?」
彼は真剣に考えて言ってくれている。それならば…
「わかりました。お願いします。」
こうして私達はパートナーになった。
それから選抜レースまでは今後の方針確認とか希望のレースの検討、軽めのトレーニングなどをして過ごした。一応制度上はその年の最初の選抜レースまではトレーナーが付いてはいけないらしい。実際はメジロ家など専門のトレーナーが決まっていたり私のように内定の形で仮トレーナーという例はいくらでもあるようだ。ともかく彼がついてくれたおかげで芝を走れる時間も増えたことは良いことね。ついつい授業の実習でも飛ばしすぎて怒られたりもするけど気にならなくなった。トレーニングの時は彼がこのスピードを誉めてくれるもの…
選抜レースだけど私は別に出る必要がないからパスすることになった。それはそうね。その選抜レースまであと一週間というある日トレーナーさんと歩いていると彼があるウマ娘を見ていた。ずっとグランドを走っている。確か行きの時から走っていたような…
「スズカ…すまない先に戻っていてくれ…それからもしかしたら、しばらくは自主トレをしてもらうかもしれない」
「はい…わかりました…」
そう言って私は彼と別れた。振り向いて見るとトレーナーさんはじっと右耳に青いカバーをしたウマ娘のトレーニングを見ていた。
それからトレーナーさんはそのウマ娘が気になるのかずっとトレーニングを見るためということで私は自主トレをしていた。少し寂しい…
選抜レース当日。私はトレーナーさんとレースを見に行くことになった。一応敵情視察ということだけどトレーナーさんが気にしてる娘が気になるのは事実。どんな走りをするのだろう?
「6番、アドマイヤベガ」
呼ばれたその娘は落ち着いていて客席を見つめる。トレーナーさんを見つけたのかじっと見ているようだ。トレーナーさんも彼女を、いや彼女だけを見ている。
レースの結果彼女は斜行により四着。でもその末脚は強力な武器ということは伝わってきた。なにより覚悟…かしら?気迫が違う。トレーナーさんは一番最後に彼女の元に行き名刺を渡して戻ってきた。
翌日トレーナー室に行くと彼女がいた。
「トレーナーさん?お客様ですか?」
「ああスズカ、ちょうど良かった。今日からチームを組むことになったアドマイヤベガだ。こっちは先に入っていたサイレンススズカ。」
「え〜と?初めまして?ですか?アドマイヤベガさん。よろしくお願いしますね。」
彼女はじっと私を見ている。どこかに寝癖でもついてたかしら?
「よし、それじゃあまずは蹄鉄の調整だな。早速出かけよう。ついでだしスズカのもやっておこう。これでより走りやすくなるぞ。」
「わあ、いいですね!」
一週間くらい前から蹄鉄についてトレーナーさんが調べていたわね。走りやすくなるのはいいことだから楽しみ。やはりアドマイヤベガさんは私たちをジッと見つめていた。
それから約1ヶ月。新しく調整した蹄鉄とトレーナーさんに見てもらうことでフォーム等も改善できたおかげで驚くほど走りやすくなった。アヤベさんとはあまり話したりはしてない。お互い話をする方ではないし彼女は勝利のために計画を立てる。そしてしっかりこなすタイプだから私みたいにとにかく走りたい!という風ではなくちゃんと筋トレなどもこなしている。少しは見習ったほうがいいかしら?たまに模擬レースをすると後ろから気迫が迫ってくるようですごくいい刺激になる。だけど並走するとなぜか息が合わない。これにはトレーナーさんも首を傾げている。でもすごく充実している。
年が明けクラシック級、私は王道のクラシック三冠ではなく距離も芝もダートも色々試してみたいというワガママをトレーナーさんに伝えた。流石に驚いていたけど「スズカがそうしたいなら」ということでOKしてくれた。色々と調整が大変なはずなのに本当にありがとうございます。一方アヤベさんはクラシック三冠に挑戦することにして早速皐月賞に挑んだ。でも私から観ても一目でわかる酷い体調不良で全然力を出せていなかった…
その後ダービーに向けての特訓として私とアヤベさんはひたすら模擬レースになるのかしら?とにかく走り込んで勝ったり負けたりしながら調整をしていった。普通に競い合うと私達は相性がいいのかもしれない。あの後ろから迫ってくる気迫は時々怖いくらいだけど本当に楽しい。調整が完璧だったようでアヤベさんは見事ダービーウマ娘となった。
あのときのアヤベさんは本当に楽しそうに走ってたなあ…
夏合宿のある夜、アヤベさんとトレーナーさんと海岸で星を観ていた。アヤベさんは星に詳しくて夏の大三角形について教えてくれた。でもその時アヤベさんは顔を真っ青にして走り出してしまった。慌てて追いかけたけど暗くて見失ってしまう。翌朝帰ってきたアヤベさんは左足を庇っていた…
その後アヤベさんはどんどん体調が悪くなって熱と脚の痛みとで入院するまでになった。普通の治療が全然効果がなくトレーナーさんも頭を抱えてしまっていた。
「アヤベ…どうしたらいいんだ…せめて苦痛をやわらげてあげられれば…」
「トレーナーさん…」
苦痛…痛み…保健室…保健委員…?そういえば
「そういえばメジロアルダンさん、病弱だったときはずっと脚が腫れて熱も出ていたって聞いたことあります。」
「そうか!彼らなら何か知ってるかもしれない!ちょっと行ってくる!」
「あっトレーナーさん!」
そう言うとトレーナーさんは部屋を飛び出した。慌てて追いかけるけど見失う。ええと彼らのトレーナー室はどこだったかしら…
少し遅れて目的地につくとトレーナーさんが90度のお辞儀でアルダンさんのトレーナーさんにお願いしていた。
「お願いします!アヤベを…アヤベを助けたいんです!どうか教えてくださいお願いします!!」
「落ち着いてください!事情は分かりました!でも今すぐには動けないんです!少しだけ待ってください…」
流石に騒ぎが大きくなってしまったみたいでトレーナーさんは警備員に連れ出されてしまった。それでも最後までアヤベさんのために声を出していた…
それから毎日アルダンさんのところに行っては追い返されることを続けて3日目…その日はトレーナーさんも覚悟を決めたような顔付きで…
「どうか…どうかお願いします…私にできることならなんでもします…チームの雑用係として使ってください…お願いします。アヤベを…アドマイヤベガを救いたいんです!!」
会って早々。トレーナーさんは開幕土下座して懇願した。絶対にてこでも動かないという覚悟を見た。
「……負けました…それではメジロ家のサブトレーナー候補ということにしましょう…それならある程度融通がきく、よしこれならいける…じゃあ早速アドマイヤベガさんの状態を詳しく教えてください」
「ありがとうございます!!アヤベは今……」
良かった…これでアヤベさんが助かればいいけど…その後メジロの主治医さんや有名な針師秘伝の漢方薬…飲んでみたけど…独特ね…
それから
「マッサージの練習ですか…?」
「そう、向こうのトレーナーさんが編み出した専用のマッサージ。それを教えてもらえることになった。だからといっては申し訳ないんだけど練習に付き合ってくれないか?」
「分かりました。私でお役に立てるなら!」
そうして向こうのトレーナー室で練習する。トレーナーさんは器用なのか執念なのかとにかく全て覚えようとした。そして実際覚えてしまった。
そして帰り際、
「ありがとうございます。早速アヤベに試してみます!」
トレーナーさんが言うとアルダンさんが
「絶対効果は出ますよ。そのマッサージはお互いの愛が強ければ強いほど効果が出るんですから。」
「こ、こらアルダン…まったく」
なるほど…ん?今私は練習台として施術を受けたばかり、そしてすごく脚が軽いというか全身ポカポカしている。ということは…
「すごく効いてますよトレーナーさん…」
「スズカ…?そうか良かった上手くいってるんだな!」
トレーナーさんは私の手をとって上下に振って喜んでる。そうじゃないんだけど…まあ今はアヤベさんで頭が一杯だからしょうがないかしら…ちょっと羨ましい…
マッサージの効果はすごいものでみるみるアヤベさんは回復していった…でももうすぐ退院というその数日前
「アヤベさんの元気が無くなったんですか?」
「元気がないというか…生気がないんだ…その…すごくショックなことがあってな…」
一体何が…そんなに酷いことが起きたの…?どうしたのかしら…?とにかく体調的には回復したので予定通り退院はできるらしい。
そして帰ってきたアヤベさんは…本当に生気が抜けていて…本当にアヤベさんなの…?数日様子を見てたけど全然回復していない…身体はもう大丈夫、でも心が抜け落ちてる…さらには
「トレーナーさん…今なんておっしゃいました…?」
「アヤベが…”自分には何もない”ってな…”どうして私は生きてるのか?走る理由もないのに。”って言ってたんだ…アヤベは命の危機は去ったけど心が死んでしまったみたいに…それが辛くて…俺はただあの娘が無事に良くなってくれればそれでよかったんだ…うまくいかないものだな…」
そう言うとトレーナーさんは”メジロ家のサブトレーナー候補”の仕事をしに行った。もう限界だった…私が!
トレーナーさんの名前でトレーナー室にアヤベさんを呼び出す。もし来なければ寮のドアを壊してでも連れ出すつもりだけどアヤベさんは必ず来る…流石にわかるわ…だって…
トレーナー室のドアが開く
「アヤベさん、来てくれてよかったです。」
「スズカさん?」
本当に…本当にこれがアヤベさんなの…?
「トレーナーさんは会議だそうです。違ったかしら?とにかく夜まで戻ってきません。」
「そう…」
完全に頭にきた!
「本当に抜け殻みたいですね。私の知ってるダービーウマ娘のアドマイヤベガとは別人がこの部屋に何の用ですか?」
「スズカさん?」
「私はダービーを勝ち取った。いえ別に賞はどうでもいいです。いつも勝利に貪欲で静かだけど闘志を燃やしてどうしたら勝てるかいつも考えてる。そんな覇気があって。でも走る楽しさを知っている。私が前を走ってると背中に心地いいプレッシャーを感じるライバルのアヤベさんに来てほしいと言ったんです。あなたみたいな抜け殻に用はありません。」
自分にしては弁が立つなと少し冷静な自分も一瞬で消えた。
「用は無い。と言いたいところだけど…一つだけ文句があるわ…トレーナーさん…あの人がどれだけあなたの事を考えていたか分かる?あなたが入院してるとき何をしてたか!」
アヤベさんは固まっている。
「不思議に思わなかった?突然違う医者や有名な針師が来たり、よくわからない漢方薬やその他の差し入れ。そして…あのマッサージ…」
「聞いたことあるでしょ?メジロアルダンさんの異名”ガラスの重戦車”って。ガラスの脚だって言われたのに全部弾き飛ばして勝つあの人のこと。」
「トレーナーさんは高熱と痛みの症状がアルダンさんと似ているから…その対策や主治医さん、それからメジロ家の伝手であの針師を紹介してもらって…それから一番の秘密はあのマッサージ。あれはアルダンさんのトレーナーさんがアルダンさんのために研究した特別なマッサージよ。」
「もちろんタダのわけがない…元々トレーナーさんはメジロ家に伝手なんか無い一般人ですもの…だから…三日頭を下げ続けて…最後はメジロのチームの前で土下座してどんな雑用でも何でもするから紹介してくださいって!!泣いて頼んでくれたのよ!!」
私は…最後はもう泣きながら…全部ぶちまけた…
彼女は何も言わなかった… 沈黙が部屋を包む…
「それでもトレーナーさんはアヤベさんには心配させたくないから内緒だって言って…チームの汚れ仕事を全部どうにか片付けて毎日あなたのお見舞いに行ってたのよ…ただあなたが無事に良くなってくれればそれでいいって言って…それなのに!!」
私は彼女の両肩を掴んで揺さぶりながら叫ぶように言う。
「それなのにどうしてあなたは全然治らないのよ!!あのダービーウマ娘のアドマイヤベガはどこに行ったの!!返してよ!!トレーナーさんが…トレーナーさんがずっと待ってるのに…私だって…またあなたと走りたいのに…」
最後は声にならなかった。泣き崩れる私をアヤベさんが抱きかかえる。
「…トレーナーさんは…どこ?」
「…第三グランド…メジロのチームが使ってる…」
「ありがとう…それから…ごめんなさい…」
「謝るなら…トレーナーさんに謝ってください…ずっと…ずっと待ってたんですから…」
「そうする…スズカさん…本当にありがとう…私…走りたい」
アヤベさんは扉を蹴破るように部屋から飛び出す。もう大丈夫そうね…
彼女が絶対呼び出しに応じる理由は…マッサージが私と同じくらい効いていたから…
私はしばらくトレーナー室で泣いていた。いつの間にか夜になってたみたい。
アヤベさんが教えてくれた夏の大三角形。
こと座のベガがひときわ明るく光ったような気がした。
アヤベさんが元気になってから少しして私達はトレーナーさんに呼ばれた。
「二人とも次のレースについてだが…何か目標はあるかい?アヤベは菊花賞かな?」
「そうね…夏の遅れを取り戻して2つ目の冠を目標にしたいわ。」
確かにアヤベさんはクラシック路線だからそうなるわね…私も出ようかしら…出られるかな?
ふと今朝のことを思い出す。確か寮のテレビで秋の天皇賞について特集をしていた。そうだ!
「私は秋の天皇賞がいいです!」
「え?天皇賞?」
「大きく出たわね…シニアばかりよ?」
確かに言われるとそのとおりね…でもなぜかしら?一度思いついたこの”秋の天皇賞”というワードが頭から離れない…
「まあ経験を積むのもいいんじゃないか?それにスズカの走り方だとクラシックもシニアも関係ないしな」
「そういうもの?でもスズカさんが出たいならいいんじゃないかしら?」
「わあ!ありがとうございます!天皇賞…」
そう、いつになくソワソワしてる自分がいた。
「ちょっと!スズカさん!どうしたの!?」
「スズカ!?おい大丈夫か!?」
二人の声が遠い…どうしたのかしら…たしかスパートの練習で…アヤベさんを引き離してたら…倒れた…?なんで…?
「スズカさんしっかりして!」
「誰か担架を!早く!!」
視界が黒く塗りつぶされた…
ここは…?
ふと気づくと自分はレース会場の観客席にいた。掲示板にあるレース名は
「第**回天皇賞(秋)」
1枠1番サイレンススズカ
私が出場してる?
遠くて見えにくいが勝負服姿の私がゲートインしているようだ
ファンファーレもなく唐突にスタートが切られた
走っている私は…なにこのペースは?いくらなんでも速すぎない?
そのまま進んで大ケヤキの向こうに自分が消えたと思ったら
その自分は…転倒した…全速力で走っていてしかも受け身も取れてない
ゴロゴロと転がって止まって…動かなくなった…
それを見た途端
「え?」
観客席にいる”私の左足首が砕ける音がした”
「スズカ!大丈夫か!?」
「え…?あれ…?」
気がつくと天井が見える。消毒液の匂い…保健室?
「良かった、起きたか…大丈夫か?痛いところとか気持ち悪かったりしないか?スズカ…?聞こえるか?」
「トレーナーさん…?私…足は…?」
なんとか声を絞り出す…今のは何…?夢?
「足?足が痛いのか?どれ…見た目は大丈夫だぞ?どこが痛い?」
「痛くない…です…でも左足首…変になってないですか?」
「左足首だな…?触るぞ?痛いか?触った感じは大丈夫そうだが」
「大丈夫…です…」
「変な夢でも見たのかな?すごいうなされてたぞ?熱中症か?ああ動かなくていいから、今アヤベが保健の先生を…連れてきてくれたみたいだな」
その後保健の先生が診てくれた…後で聞いたら外傷なし意識あり応対は不安定だが支離滅裂ではない。夢のせいだろうとのこと。軽い熱中症ではないかということで休んで様子を診ることになった。でも今の…夢よね…?
その夜からが酷かった…昼の夢がより鮮明になって実況が聞こえてきた。
ほとんどは起きたときには忘れてるけど必ず覚えてるのは
”1000m57.4秒!”
”沈黙の日曜日!”
この二言は絶対に脳裏から離れない…呪いみたいに…
うなされて飛び起きてもう散々…眠れているのかよくわからない…トレーニングどころではない…目をつぶるのが怖い…走るのが怖い…
それから2日くらい経ったのかな…時間の感覚が曖昧でよくわからない…
「お邪魔するわよ」
スペちゃん?じゃない…アヤベさん?なんで?
「ちょっとスズカさん…あなたこんな布団で寝てるの?だから悪夢を見るのよ」
そう言いながらカーテンを開けて窓を開けるアヤベさん。
外の空気が怖い…ムグッ
「はい、このフワフワクッションを抱いてていいからちょっとベッドから降りて。乾燥機をかけるわよ。」
そう言うとクッションを押し付けられてアタフタしてる私をさっと抱きかかえてベッドから降ろす。手早く布団乾燥機をセットするとスイッチオン。慣れてる…じゃなくて
「ア…アヤベ…さん?どうして」
「どうしても何もあなたが部屋から出てこないから迎えにきたんじゃない。ついでに乾燥機もかけてあげるわ。」
「そうじゃなくて…」
「はっきりしないわね。いつものあなたも言葉は少ないけどもっとハッキリ喋ってるじゃない。」
「え?えっと…」
「ほらトレーニングの時間よ、着替えて行くわよ。あなたがいなかったら私は誰の背中を追って走ればいいのかしら?」
「え?」
「あなたがいないときのトレーニングはダメね全然張り合いがなくて集中できないわ。早く戻ってきてくれないと菊花賞に間に合わないじゃない。あなたも天皇賞出るんだから」
天皇賞…それを聞いた途端に寒気がした…
「ヒッ…ヤダ…」
「あのねえ…」
はあ…とため息をついてアヤベさんは私を座らせて向き合う。
「あなたこの前私になんて言ってたのか覚えてる?いいわ思い出させてあげる。
本当に腑抜けになったのね?私の知ってる”異次元の逃亡者”のサイレンススズカはどこに行ったの?」
その目は真剣だった。レース中のそして、一緒に走ってるときの目だ。
「私はね…いつも走ることしか考えてなくて普段はのほほんとしてるのにレースになると目をギラギラさせて絶対誰にも前を行かせないって逃げていく。そして走るのが大好きでその楽しさを私に教えてくれたサイレンススズカに用があるのよ。」
「あ…」
それはいつか私がアヤベさんに言ったことだ…
「こんな腑抜けに私は用は無いけどトレーナーさんは用があるんですって。聞きたい?」
私は…コクンと頷いた…
「いつまでもゴールで待ってるって。君が先頭で帰ってくるところで必ず待ってるからって。また先頭の景色を一緒に独占できるようになるまで待ってる。って言ってたわ」
アヤベさんは優しげな表情で…伝言を伝えてくれた。
「それに私だってあなたがいないと張り合いがなくてつまらないわ。レースも。トレーナーさんも。」
そう言って笑うのだった。
「このままトレーナーさんをくれるって言うならもらってあげるわ。嫌なら…一緒に行きましょう?」
そう言って立ち上がって手を伸ばしてくる。
私は…
先頭の景色もトレーナーさんも
欲しい!
アヤベさんの手を掴む。そのままグイッと引っ張られて立ち上がる。でもしばらく動いてなかった身体はふらついて…でも支えてもらった。
「ちょっと、あなたのほうが抜け殻みたいじゃない。しょうがないわね」
そう言うとアヤベさんは私をおんぶしてしまった。
「しっかり捕まってなさい。それなりに飛ばすわよ。着いたらトレーナーさんがマッサージしてくれるって言ってたわ。あの特別なマッサージをね。」
「それは…嬉しいな…」
「それじゃ行くわよ」
布団乾燥機に見送られて私達はトレーナーさんの元に行った。
もちろんマッサージの最中に寝てしまった。
悪夢は見なかった。
代わりに草原の向こう側にいるトレーナーさんの元に全力で飛び込む幸せな夢を見た…
11月1日日曜日秋の天皇賞当日1枠1番にはサイレンススズカの文字。
その控室でトレーナーさんと最後の打ち合わせ、といっても作戦なんてない。私の作戦は全力で走り切るだけだから。
「スズカ、ゴール前で待ってるからな。行っておいで」
「はい!行ってきます!」
こうして秋の天皇賞はスタートした。
「1000mのタイムは…57.4秒!」
「1着は…サイレンススズカ!!栄光の日曜日になりました!!」
(了)
これまだバレてないと思うんでネタバラシしますけど実はアヤベさんとスズカさん大好きなんですよ。
だから大型ハドロン衝突型加速器で加速した二人に挟まれて対消滅してえなあという純粋無垢な動機からこのおやつシリーズは始まりました。
しかもカワイイ二人が病んでるとカワイイの乗算でトッテモカワイイってことになるよね?ということでおやつとおやつの次の日が生えてきたのが全ての元凶です。
今回のスズカさん編はアヤベさん編の裏側とスズカさんには栄光の日曜日が必要だよなあ?ということで生成されました。スズカさんの悪夢は以前投稿した自作からパク…借りてきました(だって便利だし栄光の日曜日に持っていきやすいんだもん)そっちも読んでみてね。
話を戻すと今回はアヤベさんがスズカさんに発破をかけるところがメインですね
二人が仲良くトレーナーさんと順位を取り合うならやっぱりお互いにリスペクトしてちょっとケンカするのが一番手っ取り早いと思いました。なんだかんだ似た者同士で仲が良いのです。
おおよそアプリの導入にしようかなあと思いましたけど面倒なので速攻トレーナーさんに着いてもらいましただってスズカさん速いですからね。
アヤベさんのフワフワと布団乾燥機は入れたいけどタダのギャグにするのは違うよなあどうすっかなあと思ってたら最後に出番がきました。
信じると意外となんとかなるもんですね。