夏も終わりに近づき天気が悪くなることが増えてくるこの頃。練習途中に突然の雨に降られたアヤベとスズカ。トレーナー室に退避して早々仲良くし始めた。
「ねえスズカさん…悪い事は言わないわ。そのままだとトレーナーさんに迷惑になるの。だから…」
「アヤベさんこそ…そう言ってトレーナーさんを困らせてますよ?だから…」
「「私がトレーナーさんに拭いてもらうの!!」」
「いいから二人ともシャワー浴びてきなさい…また風邪ひくぞ」
どうしてこの二人はいつもいつでも仲が良いのだろうか?今日も今日とて仲良く火花を散らしている。
「トレーナーさん、大丈夫よ。すぐフワフワタオルで拭いてもらうわ。大切な愛バ、つまり私を拭いてくれるのよね?」
「あ、抜け駆けはズルイです。私も拭いてください。」
「あのねぇ…残念だけどダメよ。トレーナーさんの手は二本しか無いのよ?両方とも私をフワフワで包むのに忙しくなるの。スズカさんにはフワフワを貸してあげるから自分で拭いてね。」
「フワフワは大丈夫です。自分でタオル持ってきてますから。私もトレーナーさんの愛バです。だから拭いてもらって良いはず。それに私の方が先に担当になってもらったんですよ?ここは私が先では?」
トレーナーは呆れたように言う。
「分かった分かった。二人とも拭いてあげるからまずシャワーを浴びてきなさい。本当に風邪ひくぞ…」
「まったく聞きわけが無いのね…その引かない姿勢、嫌いじゃないけどレースか練習中にしてくれる?それならいくらでも相手になるわ。」
今日のスズカは少々機嫌が悪かった。せっかくのいい気候なのに雨で走るのを止められるしトレーナーを取られるのも彼女には癪だったから…この際だ、いつも思ってることを訊いてみようと思ってしまった。
「それはそっくり同じです。どうしていつもお姉さんぶるんですか?同い年でしょ?」
今の二人はお互いしか見えていない。だからトレーナーの空気が変わったことに気が付かなかった。いつもなら冷静なアヤベもトレーナーのことになると少々視界が狭くなる。売り言葉に買い言葉。つい言わなくてもいいことまで言ってしまった。
「そうよ、同い年だけどスズカさんはカレンさんと同じくらいに見えるわ。」
スズカの沸点が今日は低くなっていることにトレーナーもアヤベも気づいていない。
「……へえ…今日は大丈夫なんですね…」
そしてスズカの目が細まる。こういうときのスズカは…鋭すぎる。
「…何が言いたいの…?」
前にアヤベと喧嘩した時と同じように気づいてはいる。これを言ったらどうなるか。それでも今日のスズカは我慢ができなかった。アヤベを『お姉ちゃん』と呼んだらどうなるか。
「おねえ…」
その時トレーナーの怒声が響く。
「二人ともいい加減にしろ!!なんだ子供みたいに喚いて!!それでもG1ウマ娘か!!」
二人はピタリと止まる。そしてトレーナーを驚いたように見る。
「この前のことがあって…また風邪なんかひいて次のレースに影響したらどうする!!二人とも自分だけの身体じゃないんだぞ!大勢のファンをガッカリさせる理由がバカなケンカで風邪ひきましただと?ふざけるな!!そんな気持ちでターフに立つ気か!!G1のゲートに入れるのが何人か!そこに入りたい思いがどれだけか自分が一番知ってるだろう!!」
二人は同時に思う。トレーナーさんが…怒鳴った…?
「いいか…今日はもう寮に帰ってすぐ風呂に入るんだ。そこでどうして自分は走るのかよく考えてからあがるんだぞ。それから明日は練習休みだ。自主練も禁止だからな。これは絶対だ。フジ寮長とルームメイトにも言っておく。分かったか…」
二人は一瞬戸惑いそして、
「「…はい……」」
それ以上口を開く事はできなかった…
二人はそう言って黙って出ていく…後ろでドアの鍵が閉まる音がした。
「ごめんよ二人とも…いくらでも恨んでくれていい…」
ウマ娘の敏感な耳はドア越しでもトレーナーの声を拾ってしまう。
「大事な二人が元気に走ってくれればそれでいいんだ…」
それきり声は聞こえなくなった。どちらともなく二人は歩き出す。言葉はない…
そのまま黙って栗東寮に戻る。玄関には連絡を受けたのだろうフジ寮長がタオルを持って待っていた。
「おかえり…連絡は受けてるよ。小さい方のお風呂は誰もいないから。ゆっくり温まっておいで」
「「…はい…」」
そして二人とも指示通りそれぞれしっかり温まり、早く寝るのだった。
翌日も天気は下り坂。どちらにせよ朝練は禁止だ。二人はそれぞれあまり進まない朝食を取り一応授業を受ける。だが考えることは昨日のこと、なんであんなことで言い合ってしまったのか…そしてそれぞれ走る理由。スズカは明白だ。走りたいから。言ってしまえばそれだけではある。それにトレーナーのためでもある。アヤベは少々複雑だがこちらも以前考えて解決してはいる。でも…自分はトレーナーさんの重荷になっているのではないだろうかと考えてしまうと中々抜け出せない。
「アヤベさん…?」
「トップロードさん…おはよう…」
「アヤベさん、今お昼休みですよ?どうしたんですか?体調でも悪いんですか?」
「体調は大丈夫、平熱よ?風邪をひいたらダメなの…期待を裏切ってしまうから…」
「…あの…ご飯食べてますか?なんだか元気無いですよ?」
「そうかしら?大丈夫よ。今朝もちゃんと食べたわ」
「……」
会話がかみ合わない…明らかに問題ありだ…
放課後、アヤベは図書館に向かう。自主練も禁止だとやる事がない。なんとなく星座の本を開いて眺めてみる。そう言えばトレーナーさんからチケットを貰ってスズカさんとプラネタリウムに行ったっけ…それから三人で本物を観に行こうという約束もした…あのときのチケットの星座は…
「いつか三人でみなみじゅうじ座を…」
ピロンッ♫
チーム用のメッセージアプリの音がした。
『二人とも明日の放課後、いつもの時間に来てくれ』
無意識に了承の返事をする。スズカも同じ返事をすぐにした。
翌日、相変わらずの天気…アヤベがまるで今の気持ちみたいねと自嘲してると昼休みになる。
「アドマイヤベガさん。いらっしゃいますか?」
教室の外からアヤベを呼ぶ声がする。聞き慣れない声だ。
「…え?メジロアルダンさん…?」
「こんにちは。ちょっとお話よろしいですか?」
「ごめんなさい保健室でお話なんて」
アルダンに連れられてアヤベは保健室に来ていた。ちょうど他に誰もいないようだ。
「それは構いませんが…ええと…なんでしょうか?」
「はい、あなたのトレーナーさんのことです。」
「え?」
「実は昨日私のトレーナーさんにあなたのトレーナーさんが、ある相談をなさったそうでして…内容は心当たりがありますね?」
「ええ…」
「外野から野暮かもしれませんが…サイレンススズカさんとあなたのことが心配になりました。特にアドマイヤベガさん、あなたのことが。」
「どうして…ですか?」
「私の勘違いだったら仰ってくださいね?以前よくお会いしたのはサイレンススズカさん、ということはあのマッサージを本当に必要としていたのはあなたの方。そしてアドマイヤベガさん。あなたは今自分がトレーナーさんの重荷になってしまっているんじゃないかと心配してらっしゃるのではないですか?」
まさにその通りだ。
「どうして…わかったんですか?」
「私も…いえ私とトレーナーさんと同じだったからです。私は身体が弱くて医者からは禄に走れないとまで言われていました。それでもトレーナーさんはどうにかここまで引っ張り上げてくれました。そこまでの間何度も思いました…『私がいなければトレーナーさんはもっと優秀な人を担当できるのに』と。それでもトレーナーさんは絶対私を見捨てたり諦めたりしませんでした。『君が走りたいと思うなら絶対に諦めない。何だってする』そう言って絶対に手を離してはくれませんでした。」
そう思い出しながら言うアルダン。そして、
「私達があなた達に協力したのは、あなたのトレーナーさんがあなたに絶対復帰してほしい。いえ何をしてでも復帰させるという覚悟があったから。」
笑顔を崩さずアルダンは続ける。
「だからね…アドマイヤベガさん…あなたのトレーナーさんはあなたを重荷になんてこれっぽっちも考えていません。それは私が保証します。安心して頼ってあげてください。」
「……ありがとう…ございます……」
「いい顔に戻りましたね…あの時みたいですよ。そうだ!あのタックルは見事でした。あれだってあなたをケガさせないようにってしっかり受け止めてくれたじゃないですか!」
最高の笑顔でそう言ってくれるのだった…
そして放課後…示し合わせたようにアヤベとスズカはトレーナー室の前で合流する。
「それじゃあ…行きましょうか…」
「はい…」
控えめなノック音のあと二人が入室する。やはり…どこかよそよそしい…
「二人とも来てくれてありがとう。まずは座ってくれ。」
「はい…」
「失礼します…」
二人はソファの対面に座る。
「まずは二人に謝らせてほしい。怒鳴ってすまなかった。申し訳ない。」
そう言ってトレーナーは頭をさげる。
「トレーナーさん…」
「そんな…」
「いや謝罪は当然だ。二人を傷つけてしまったのだから。」
「「…」」
二人は黙ってしまった。どう話していいのかわからないのかもしれない。当然だろう。まだ高校生なのだ。
「それでだ。俺の本心を正直に伝えたい。聞いてくれるかな?」
二人は頷く。
「この部屋には二人の努力の結果がたくさんある。アヤベのダービー。スズカの天皇賞。その他も、どれも大切だ。それは間違いない。でも、それでも俺にとって一番大切なのはこれなんだ。」
そう言ってあらかじめテーブルに置いておいた『なんでもない日の写真』をトレーナーは二人の前に置く。
「トレーナーさん…!」
「これって…!」
「覚えているかな?二人が楽しんで走ってくれているときの写真だよ。あの時は二人とも本当に楽しそうだった。今でも走ってるときの二人は楽しそうだけどね。」
一拍置く。二人は黙って聴いている。
「二人が元気に走ってくれること。それがどんな賞より一番大事な事なんだ。それから二人が仲良くしていてくれる事も必要だ。もちろん永久に仲良しこよししてくれというわけじゃないぞ?この写真の頃か、もしくはそうだな。ちょうど二人がお互いに助け合ってもう一度走れるようになった事があっただろ?あの時みたいにお互いにリスペクトして高めあってほしい。そして俺にできる事はそのサポートでしかないけれど、二人が元気でいてくれる様子を一番側で。二人のトレーナーとして観させてほしいんだ。」
彼は一旦二人の様子を見る。じっと聴いている。その目は真剣そのものだ。
「これが俺の本心だ。聴いてくれてありがとう。でももし俺を許せないなら遠慮なく言ってくれその時は…」
「ダメよトレーナーさん。そんなの許さないわ。」
アヤベが言う。スズカは…何も言わずにアヤベの方を向く。
「トレーナーさんは何も悪くない。悪いのは意固地になっていた私よ。ごめんなさい。スズカさんにも酷い事言ってしまったわ…ごめんなさい…」
「それなら私も同じです。意地になって…アヤベさんに酷い事言おうとしてしまったんです…本当にごめんなさい…トレーナーさんにもご迷惑をおかけしました…すみませんでした…」
「二人とも…ありがとう…」
アヤベが続ける。
「それから…トレーナーさん。私もあの後お風呂で考えたの。走るのはもちろんあの娘のためもあるわ、だけどね。トレーナーさんも私の走る目的の一つなのよ?サポートしかできないなんて寂しいこと言わないで。そんなことないわ。それにスズカさん。あなたも私の目標よ?」
「私もですか?」
「そうよ、まだあなたをG1で抜かせていないわ。だから走るのを止めたりしないでね?」
そう言って微笑むアヤベ。そしてスズカも
「それなら尚更、先頭は譲れませんね。アヤベさんが追ってきてくれないとタイムが縮まりませんから。私、速いですよ?」
そう言って笑ってくれた。
やはり二人は笑顔のほうが似合うな…トレーナーはそう思う。
それから少し三人は話をして、トロフィーの掃除をすることにした。雨も降ってるし、思い出話もたまにはいいだろう。やはり二人は現役ウマ娘。お互いに思い出のレースに興味があるようだ。言葉は少なくても通じるものがあるらしい。ザッと拭き終わるころにトレーナーはふと思いついた。
「そうだ、写真を撮らないか?ここにもう一枚追加したいんだけどどうかな?」
それはあの『なんでもない写真』の隣。
「わあ、いいですね。アヤベさんは?」
「もちろんいいわよ。この写真はちょっとぶっきらぼうすぎだしね。」
「アヤベさんらしくていいと思いますよ?キリッとしてるというんですかね。」
「あなたは目を細めるのはターフの上だけにした方がいいわよ?そういう時は鋭いんだから。」
「そうなんですか?」
「自覚は無かったのね…」
「お、二人とも窓を背景にしよう!ちょうどほら…」
窓の外を指差す。雨があがって…
そこには虹が出ていた。
実はアヤベさんとスズカさんとトレーナーさんが仲良くしてくれているのが好きなんですよね。これはこのシリーズがいつの間にか25作超えて…いくつだっけ?前回+1なのでとにかく総集編めいたものを作ろうかなあ…ついでだからシリアスを小さじ一杯分振りかけて…しまった間違えてバケツ二杯分ぶっかけてしまった…せっかくだから箱に入れてリボンもつけて、としてたらオヤツシリーズにあるまじき長さになってしまいました。なので表裏編というわけなのです。ということでアヤスズ編です。はい前回の妄文ついでにリサイクルしましたエコロジー。今回はガッツリアルダンさんにも出てもらいました。いいよね覚悟ガンギマリおせいそ重戦車アルダンさんとアルトレさん。アルダンさんは多分これでおおよそアプリ版そのまま流用しましたリユースなのでエコロジーなのです。
あとここのアルダンさんとアルトレさんは神がかった善人さんなのではやく永遠刻んでください。最近目に光のないアルダンさんがマイブームなのです。
ちなみに作中でアヤベさんとアルダンさんが話してる過去のお話は以前のここ(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19965030)に詳細があるのでこちらも読んでみてね。よし今回も完璧なステルスマーケティングが炸裂したので皆さん誘導されたことにも気づかないでブクマしてくれるでしょうやったね!