「よ~し、二人とも休憩しよう!」
「「は~い!」」
11月某日、スズカさんが天皇賞ウマ娘になってから数日たったその日。私アドマイヤベガはクラシック最後の冠『菊花賞』に向けて調整を行っていた。トレーナーさんの元に歩いていく途中でスズカさんと話す。
「スズカさん、あなたどういう体力してるの?3000mもそうだけど2回坂を登ってるのになんで速度が落ちないのよ?」
「なんだか最近身体が軽いんです。いくらでも加速できそうな気がして…アヤベさんだってピッタリくっついてきてるじゃないですか。」
「やっぱりあなたには負けられないもの。レースも、トレーナーさんも。」
そんなことを言ってるとトレーナーさんのところに着いた。
「二人とも、すごいな、さっきの模擬レースはベストタイムだよ」
「わあ、いいですね~」
「正直今回はスズカさんが敵じゃなくて良かったわ…」
トレーナーさんは私たちを見て確認する。
「脚とか身体に違和感はないか?正直菊花賞のコースをこんな速度で走り続けてたら身体が心配だよ」
「私は大丈夫よ。」
「私もです。」
「それならいいんだ。スズカは天皇賞を走ったばかりだからな。ちょっと心配になっただけだよ。何かあったらすぐ言うんだぞ?」
「はい、もちろんです。」
スズカさんは即答する。私は…
「そうね…気をつけるわ…」
言葉を濁した。
その夜自室で、
「それじゃあ電気消しますね。ねえ…アヤベさん…やっぱりトレーナーさんに相談した方がいいと思いますよ…」
「そうかもしれないわね…ごめんなさいカレンさん…」
寮の消灯時間。同室のカレンさんとそんな話をする…カレンさんが心配するのは…
私が見る悪夢だ…
私は走っている…が息が全然苦しくない。当然だろう、これは夢なのだから。ああ…またかとうんざりする。私たちはコースにいる。二人きりで走っているのに勝負服なのは何でかしら?とにかく私とスズカさんはいつものコーナーに突入する。そして出てこれるのは私だけ…スズカさんだったものが今日もコース外に転がっていく…本当に嫌な夢…これで5回目くらいかしら?正夢じゃないわよね…?最初の3回は慌てて飛び起きてしまった。カレンさんにも心配され翌朝なんでもないスズカさんを見てはホッとした…今は声をあげるのをなんとか我慢して冷や汗をかきながら目覚めるだけで済んでいる。つまり今はベッドの中で冷や汗をかきながら目覚めた所。そんなとこを今週ずっとやっていた気がする…つい考えてしまう。これはただの夢だからいいけれど…もう一つ心配なことがあって…ここ最近のスズカさんのスピードはなんていうか…あまりにも危険な気がする…本人は身体が軽いなんて言ってるけど。そんなものではない気がする。なんていうか走りを制御できていないんじゃないかしら?いつか何の予兆もなくポッキリと壊れてしまうという最悪の想像が頭をよぎる…だめよ、そんなことさせない…とはいえどうしたものかしら…やっぱりトレーナーさんに相談しましょう…そう考えながらまた眠りについた…
「・・・ちゃん、おねえちゃん」
「え?そんな…!?」
目の前には私がもう一人…私がしないような満面の笑顔で立っていた。
私の…妹…
かつての贖罪の相手であって…私の『運命』と一緒に消えてしまったはずの…彼女がそこにいた。
「おねえちゃん、あまり時間が無いの。まず大事な要件を伝えるね。よく聞いて」
「え、ええ…」
なんだろう大事な要件って。
「おねえちゃんといつも一緒にいるサイレンススズカさん。あの人の脚はもうボロボロなの」
「なんですって!?」
「でもね少しだけ私が手伝えて、今は症状が落ち着いている状態。だから今のうちに病院に連れて行ってあげて。そうすればなんとかなりそうなの。」
「そんな…わ…分かったわ」
「今すごい速度で走れるのは運命の前借りだと思って。でも病院に行って症状が落ち着けばそれも無くなるはず。普通に戻るって意味だから大丈夫」
「ありがとう…もう大事な人を失いたくない…」
「よかった…おねえちゃんが元気になってくれていて…ずっとは一緒にいられないけど…きっとまた会えるから…」
「え?ま、待って!!」
そう言うと彼女は…スッと消えてしまった。
右手を伸ばしたまま目が覚める。今は…日の出の時間帯かしら?とにかくトレーナーさんに連絡してスズカさんを病院に連れて行ってもらわないと…
とりあえずトレーナーさんには後で詳しく話すとして…しまった!スズカさんはこの時間朝練という名のハードワークをやっているはず!止めないと!無駄だとは思うけど一応電話をかけてみる。当然出ないか。ならば自力で探すしかないわね…パジャマを脱ぎ捨てて慌ててジャージを着る。寮を飛び出して練習場を回っていく…学園外に出られてたらどうしようもない…奥まっていて普段は使わないコースがあったはず…そこにいてスズカさん…
数分後目的のコースに着く。スズカさんは…いた!!
ちょうどスタートダッシュをするところみたいね。負荷がかかるわ!ダメ!
「スズカさ…」
呼びかけたところでスタートしてしまった。え?何よあの速度!?嘘でしょ?
そこにはとてつもない速度でターフを駆け抜けるスズカさんがいた…
一目でわかってしまう。あれには追いつけないと…
ダメ!弱気になってる場合じゃない!早く止めないと!
無理に追いかける必要は無い。逆走したってなんだって止めればいいんだから。
私はスズカさんのスタートとは反対に走り出す。普段は危険だから絶対やってはいけないとされているがこの場にはスズカさんしかいないし何より緊急事態だからどうでもいい。とにかくすぐ止めないと…すぐにスズカさんと鉢合わせになる。
「スズカさん!!止まって!!!」
普段絶対出さない大声で叫びながら手を大げさに振る!
「え?アヤベさん!?」
スズカさんは減速して…私のところに来る…
「どうしたんですか?こんなところに来て」
「スズカさん!脚!脚は大丈夫?違和感とかない!?」
「え?脚ですか?絶好調ですけど?アヤベさんも走りますか?気持ちいいですよ?」
「ええと…どこから話したらいいのかしら。とにかくまず脚を安静にしてほしいの。」
「え?そうしたら走れませんよ?」
「そう、つまり走らないでほしいの。それからトレーナーさんが手配するからすぐにでも病院に行って」
「えっと…?どうしてですか?こんなに絶好調なんですよ?」
「それは…」
しまった。止めることに必死になって理由を作るのを忘れていた。スズカさんには”あの娘”の話をしてないんだった…どうしよう…
「どうしたんですか?なんで走ったらいけないんですか?トレーナーさんからのご指示ですか?」
まずいわね、走るのを邪魔されたうえに走るなと言われてスズカさんの目が細まっているわ…こうなったら…
「スズカさん…ごめんなさい…今は詳しい事は言えないの。後でトレーナーさんから指示が出ると思うけど…お願いだから脚を安静にして病院に行ってちょうだい…」
「ふーん、アヤベさんには話せるのに私には話してくれないんですね。それはいつ決まったんですか?昨日は何も言ってませんでしたよね。こんな朝早くにアヤベさんだけにメッセージが来たんですか?何かおかしいですよね?普通私に直接来るじゃないですか。」
しまった…どうしようかしら…
ピロン♫
「あれ?トレーナーさんからのメッセージですね。どうぞ、この件についてなんでしょうから」
「あ、ありがとう…確認するわね」
『二人とも時間があれば朝ミーティングをしたい』
「ということなんだけど」
「そうですか…わかりましたすぐ向かいますね。速いですから」
「ダメ!ダメよ絶対ダメ、お願いだから走らないで…私も一緒に行くから走らないで…お願い…」
「アヤベさん…そうですか、そこまで言うなら何か訳ありなんですね…」
泣き落としでもなんでもいいとにかく走らせないことが大事。
もう大事な人を失いたくないもの…
スズカさんと一緒にトレーナーさんのところに行く。言葉はない。普段からあまり話す方ではないけれどここまで居心地が悪いのは初めてじゃないかしら。とにかくトレーナー室に着く。
「二人ともおはよう。とりあえずスズカは座ってくれ。アヤベ…ちょっと…」
「ええ…」
スズカさんは静かに座る、でも視線は私を見ていた。
「今朝のメッセージはスズカの脚が危険だから絶対安静ですぐに病院に連れて行ってという話だね?」
「ええ。」
「トレーナーである俺から見ると確かに急激に速度が上がっているしスタミナもおかしいくらい伸びているというのは分かる。だが危険で絶対安静とは思えないんだけどどういうことなんだい?アヤベのことだから何かしら理由があるとは思うんだけど?」
「そうね…トレーナーさんの見立てはその通りだと思うわ。でも”あの娘”が言ったの…スズカさんの脚はボロボロで、それから”運命を前借りしている”って」
トレーナーさんは驚いたようにこちらを見る。
「待ってくれ。それはつまり…」
「ええ…今朝夢に”あの娘”が出てきて…そう言ったの。」
「妹さん…かい…?」
「そう…それだけじゃなくて…ここ5日くらい同じ夢をみたの。スズカさんがカーブで転倒して…そのまま…」
「そうか…分かった、病院はすぐ手配しよう。それから妹さんの話はスズカにはしてないんだろ?」
「ええ…できればその…」
「大丈夫、そこはボカして伝えるから…」
「ありがとうトレーナーさん…」
軽く打ち合わせた私たちはスズカさんのところに戻る。
「お待たせスズカ。」
「それで…どういうことなんでしょうか?」
「うん…スズカは最近すごく伸びてるじゃないか、それ自体はすごくいいことだと思ってる。ただね、あまりにも急激すぎるんだ。そこが心配でね。」
「どういう心配なんですか?」
「こういう例は過去にもあってね、稀に、というか結構な確率で身体が追いついていけない現象なんだ。ケガに繋がる恐れが高くてね。だから事前に検査とかしておいたほうが安心だろ?」
「そうなんですね…まあそれは分かりました」
「そうか、良かった。すまないけど検査までの間は安静にしていてほしい。最近レースにも出たしそれでなくても長距離の練習ばかりだったからね。」
「はい…そうだその検査はいつになりそうですか?」
「そうだな…本当は今日行きたかったんだけど…いつもの先生がいないらしいんだ。だから…明日の午前中だな。学園には俺から言っておくから。詳細な時間はまた後で伝えるよ。」
「分かりました…お願いしますね。」
良かった…もっとゴネられるかと思ったけどすんなりいきそうね…
「ところで…なんでアヤベさんが止めに来たんですか?それも結構な勢いで。」
そうなるわよね…目が細まってるわ…
「ああ、それはね。俺が間違えたんだ。スズカに送るはずがアヤベにメッセージを送ってしまってね。それで慌てて止めに来てくれたんだろう。」
「ふーん…そうですか…」
あんまり納得してなさそうね…まだ目が細いわ…
「まあ分かりました。とにかく走らなければいいんですね?」
「そうだね。とりあえず明日まではそうしてくれ」
とりあえずこの朝はこれで終わった…
スズカさんはトレーナーさんと話し終えてからずっと私を見ていた…
授業が終わる、今日はスズカさんはお休み。私はプールトレーニングでスタミナを鍛えることになった。スズカさんは大丈夫かしら…あの娘に久しぶりに会えたのは嬉しかったけど…もっと話がしたかったなあ。
寮に戻る途中でスズカさんとすれ違った。
「スズカさん…大丈夫なのよね…?」
「はい、大丈夫ですよ。明日の午前中に病院に行きます。」
「そう…お願いだから無事でいて…」
「アヤベさん…どうしてそこまで心配するんですか?なんだか…変ですよ?」
「それは…ごめんなさい…変でもいいし疑うのも無理はないわ…それでもいいからお願い。安静にして病院に行って…。」
「アヤベさん…アヤベさんがそこまで言うんだったらきっと理由があるんですよね…」
「お願いね…」
「ええ…わかりました…」
そういうとスズカさんは歩いて行ってしまった…
ごめんなさいスズカさん…あの娘のことは…あなたにも…
その夜、門限は過ぎて消灯時間の一時間くらい前。私はお風呂に入っていてそろそろ出ようかというタイミングだった。誰かが浴場に入ってくる。あれはスペシャルウィークさん…そうだ、スズカさんの様子を聞いておこう…
「ねえスペシャルウィークさん、スズカさんは部屋にいる?何か変わったことはないかしら?」
「スズカさんですか?特に変わったことはないですよ?」
良かった。なら大丈夫そうね。
「今日も走りに行くって行って出て行きましたよ。そういえばまだ帰ってきてませんね。」
は?
「ちょっと遅くなるかもって言ってましたけど…どこまで行っちゃったんでしょうね?」
「ねえ、何時ごろに出て行ったの?」
私は震える声で聞く…
「えっ…2時間くらい前だったと思いますよ。」
「どこに行くかとか行ってなかった?お願い、なんでもいいの。何か言ってなかった??」
「アヤベさん…?ええと…そういえばマラソンコースの地図を見てましたね。すみません他には何も言ってませんでした。」
「マラソンコース…」
コースと言っても色々ある…学園指定もあれば私たちのチームで決めたコースもある…どれ?そもそもその通りに走るかしら…今日のスズカさんは不機嫌だから違うところを走ってるかもしれない…
「あの?どうしたんですか?スズカさんが門限を守らないのは今に始まった事じゃないですし…」
「ダメなの!今日は絶対走っちゃダメなの!!お願い。スズカさんが帰ってくるか連絡があったらすぐ教えて。探してくる。」
「えっ!ア、アヤベさん!?」
私は下着だけ着けて部屋に駆け戻る。バン!とドアを開けるとカレンさんが何事かとこちらを見る。
「アヤベさん!?どうしたんですか!?」
私はジャージを着ながら答える。
「スズカさんを探してくる。ごめんなさい。寮長さんに伝えておいて。」
「えっ!だって門限過ぎてますよ!?」
「知ってる。でも緊急事態なの。だからお願い…」
それだけ言うと私は部屋を飛び出した。すぐにトレーナーさんに電話する。数コールのはずなのにやけに長く感じた。玄関を飛び出したところで電話が繋がる。
「もしもし、どうしたんだ…」
「トレーナーさん!スズカさんがまだ帰ってきてないの!私探してくる!」
「なんだって!ダメだアヤベ!俺が探すから君は寮に…」
「ダメなの!私が…ちゃんと説明しなかったから…」
「アヤベ…分かった。あまり遠くには行くんじゃないぞ。スズカを見つけたら呼んでくれ。迎えに行くから」
「ありがとうトレーナーさん。」
それだけ言うと私は電話を切った。
スズカさんがどこにいるか当ては全然無い…一体どこにいるの…
1時間後…当てもなく探すけど見つかるはずがない…ああ、どこに行ったの…何度も電話するけどもちろん出ない。一旦立ち止まり…はぁっと一息ついて上を見上げる…今日は満月だったのね…星があまりみえないわね…星…?マラソンコース…まさか?でも当てもないし行ってみましょう。私はそこに向けて走り出す…
15分くらい走って私はそこに着く。一度だけ二人で入ったプラネタリウム…あの時も喧嘩してたっけ…確か広場があったからベンチとかもある…その一つによく目立つ綺麗な髪のジャージ姿のウマ娘がいた…上を見て…月を見ているようだった…
私は歩いて近づく、まだ向こうは気づいていないようだ。ベンチの脇まで行ってから声をかける。
「スズカさん…」
ゆっくりとこちらを見るスズカさん。
「アヤベさん…ダメですよ。門限は過ぎてますよ。」
「そうね…消灯時間も過ぎてるわ…それより…」
「脚は大丈夫です。でもなんででしょう…ここで待ってないといけない気がして…ここにいればアヤベさんに会える気がしたんです。」
「私に…?」
「とりあえず座りませんか?今日の月は綺麗ですよ。」
「…」
私は無言でスズカさんの隣に座る。
「今日は…ごめんなさい…私のことを心配してくれていたのに…酷い態度になってしまって…走りを止められたことより…アヤベさんがトレーナーさんとだけ話しが進んでるみたいに見えてしまって…」
スズカさんが謝る…いいえ、理由も言えなかった私が悪いのに…
「ううん…私がいけないの…最初にちゃんと理由を言えば良かったのに…ねえ、その走らないで欲しかった理由…聞いてくれる…?」
「無理に話さなくてもいいんですよ?ちゃんと病院には行きます。」
「ありがとう…でもこれはあなたにも聞いてもらいたいから…」
私も…覚悟を決めないとね…
「分かりました…お願いします。」
「初めから話すわ。私には…妹がいたの…双子の…生まれてくることはできなかったけど…そのことを知ったのは小学生の頃。それからは私の生きる目的は走って勝ってあの娘に償うことだけになった…」
スズカさんはじっと聴いている。
「それからトレセンに入って、あなたとトレーナーさんに出会った。ダービーの前後のころからね。走るのが楽しいってことに気づいた…いえ気づいてしまったの…それから合宿の終わりから私が入院して…退院した時腑抜けになったのは覚えてると思うけど、その理由はその妹なの。」
「え?」
「ここからの話はオカルトとか思い込みとか言われるかもしれないけど正直に言うわね。退院する数日前に夢であの娘に会えたの。その時に言われたわ。ダービーやその他のレース、いえただ走るだけでも楽しかった。私のために走ってくれてありがとう。それから…それから『運命は私が持っていくから』って」
「運命…?」
「私も明確には分からないけどその夢以来脚も身体も元に戻ったの。多分あの娘が何か悪いものを持って行ってくれんだと思ってるわ…」
しばしの沈黙
「それからあの娘がいなくなったショックで私が腑抜けになって…スズカさんのおかげで立ち直れた時に思ったの。しっかり生きて、あの娘に楽しかった話をたくさんしてあげて、少しでも恩返しをしようって。」
「そうだったんですね…」
「今日スズカさんに走らないでほしいって言ったのは…あの娘が教えてくれたの…」
「え?妹さんが…ですか?」
「ええ、まずこの五日くらい同じ夢を見ていたの。その…二人で走ってる時にスズカさんがカーブで転倒して…亡くなってしまう夢…ごめんなさい…」
「ええと…その…なんと言うか…」
無理もない。夢とはいえあなたは死ぬと言われているのだから…
「そして今日、夢にあの娘が出てきてこう言ったの『スズカさんの脚はボロボロで危険な状態だからすぐ病院に行ってほしい。それから今の速すぎる速度と異常なスタミナは運命の前借り』とも…」
「運命の…前借り…」
「だから今朝トレーナーさんにすぐ連絡して、あなたを探して走るのを止めたの…もう大事な人を失いたくないから…スズカさんには元気に走っていて欲しかったから…また私と一緒に走って欲しかったから…スズカさんとトレーナーさんと一緒にいたいから…」
私は最後泣いていたみたい。
「アヤベさん…」
スズカさんはハンカチを貸してくれた。緑色で芝の匂いがした…
「ありがとう…走るのを止めた理由を言えなかったのは…あなたにあの娘を否定されるかもしれないと思って怖くなったのかもしれない…スズカさんが走れなくなる…死んでしまうかもしれないことに比べたら小さいことなのに気にしてしまって…ごめんなさい…」
「そうだったんですね…私こそごめんなさい…意地を張ってしまって…アヤベさんが意味もなくあんな事言うわけないって分かってたはずなのに…」
しばしの沈黙…その時スズカさんのスマホが鳴る。
「トレーナーさんです。出ますね?」
私は頷く。
「はい、私です。…はい、ごめんなさい…今はプラネタリウム前にいます。…はいアヤベさんも一緒です。…事情はアヤベさんに聞きました…すみません、お願いします。」
スズカさんはスマホをポケットにしまう。
「トレーナーさんが迎えに来てくれるそうです。」
「そう…分かったわ…」
再びの沈黙。もともと口数の多い方でない私たち…でも今は不思議とサッパリした気分だった…
「アヤベさん…さっき私とトレーナーさんと一緒にいたいって言ってくれましたよね。」
「そうね…」
「私もです。アヤベさんとトレーナーさんと一緒にいたいです。この前、天皇賞の直前に助けてくれた時嬉しかったですし、やっぱり一緒に走ってると楽しいですから…ありがとうございます。」
「私こそ…スズカさんに助けてもらったし…トレーナーさんにも…」
「アヤベさん、菊花賞、頑張ってください。でも無理はしないでくださいね。」
「そうね、でも無理はしないでってあなたが言うの?」
「それもそうですね…フフ…ッ」
「なによそれ…フフフ…」
そうして笑い合う私たち…
「あれ?トレーナーさんじゃないですか?」
スズカさんが指す方を見るとトレーナーさんが歩いてくるのが見えた。
「そうね、じゃあ帰りましょうか」
「はい」
私たちは立ち上がりトレーナーさんの方に歩く。スズカさんの脚は大丈夫そうね。
「スズカ!アヤベ!無事で良かった…」
「トレーナーさんごめんなさい」
「ごめんなさい…つい居ても立っても居られなくて…」
揃って謝る。
「まあ…二人が無事で良かったよ。とりあえず帰ろう。車はあっちだ。」
トレーナーさんとスズカさんと歩く。やっぱり三人でいるのが一番しっくりくる…ずっと一緒にいたいな…
帰りはトレーナーさんの車で帰る。その途中、
「事情はアヤベが話してくれたんだな。ありがとう。」
「いいのよ、スズカさんが無事で良かったわ」
「すみません…なぜかあのプラネタリウムの前で待ってないといけない気がして…」
「なんというか…まあ不思議なこともあるもんだな…それはそうと…フジ寮長と話してきたんだが…カンカンだったぞ?一応検査のことでナーバスになっているとは言っておいたからしっかり謝るんだぞ?」
まあ…そうなるわよね…
「ああ…どうしましょうアヤベさん…」
「あなたねえ…しょうがないじゃないの…」
はあ…完全に巻き添えね…まあいいわ…スズカさんが無事だったから…
(続く)
実はアヤベさんとスズカさんが病んでるのがすごくすごい好きなんです。これはこのおやつシリーズが始まった時から言い続けてきたのでまだ知っている人はあんまりいないんじゃないかなあって思ってるんです。さぞや驚かれたでしょう。えーおやつもだいぶ続きましたがその中でもこの『はじまり』編は一応続きものでここだけは明確に時系列があるんですよね。とはいえ要は三人がどうして仲がいいのかを書きてえなあと念じていると生えてきた物語なのでつまり純愛の形なんですよね。今回の『菊花賞』はなんと前代未聞の三部作になってしまいました。なんで菊だけで三本になるかといいますと全部合わせると約45000字つまり30おやつになるんです。あ、1おやつは1500字です。これは最初のおやつが約1500字だから生えてきた単位です。今決めました。とにかく長いがすぎると思いまして…でもいい感じに区切れるか難しい感じなんですよね。というか切っても長いし切らなくてもいいんじゃね?という邪念も無いことはないんですけどね。まあとにかく病んでるアヤスズを書きてえなあ…と祈っていたところお告げがありましてね?書いちゃえ書いちゃえとばかりに指一本でぽちぽち書いてみた次第なんですよ。するとどうでしょう。やっぱりアヤベさん視点は書きやすいんですよね。はかどる捗る墓掘る。違うよね?まあとにかくこの菊花賞編第一部はこれから菊花賞に挑むぞ!というアヤベさんの心境を克明に描いたドキュメンタリー風物語なんですよね。半分くらい違うよね?いつものおやつだよね?はいすいませんドキュメンタリーではありません。でもアヤベさんとスズカさんがさらに仲良くなるためには必要なお話なんです。やっぱりアヤスズに挟まれて純愛する必要があると思うんですよね。これはそのための助走なのです。