目の前の魔法陣から突如現れた人物、オスカー・オルクスと名乗るその男はゆっくりと話し始めた。
「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」
そうしてオスカーが始めた話の内容はオレの倒すべき敵である、神の物語だった。
今よりもずっと昔の時代、自分達と祭る神が異なるという理由で人間、魔人族、亜人族は絶えず戦争を続けていた。だが、そんな中"解放者"と呼ばれる集団が戦争に終止符を打つために現れた。解放者は神の直系の子孫である強力な力を持った人間の集まりだった。
そんな解放者だからこそ戦争の真実について知ることができた。この戦争は人の意思によって行われたものではない。神によって仕組まれた人を使ったゲームだったのだ。神はあえて人間と魔人、亜人の戦力を均等にすることによって戦争を長引かせて楽しんでいた。まるで人間を自分の玩具のように扱う神を許せなかった解放者は強力な力を持つ七人のメンバーを中心に神へと戦いを挑もうとした。
しかし、その目論見は神に挑む前に破綻する。解放者に二つの悲劇が襲った。
一つ目は、神が人々を操り、解放者が世界を破滅へと導く人類の敵だと認識させた。守るべき人々から"反逆者"のレッテルを貼られた解放者はあらゆる町や国での居場所がなくなった。
二つ目は、解放者を滅ぼすために神によって一体の魔人が作られた。
その魔人の名こそ"魔人ブウ"。神の使者として生まれた魔人は標的を殺すために地上へと降り、圧倒的な力によって解放者を次々と殺して回った。最終的に生き残った者は中心メンバーの七人だけだった。
もはや自分達には神はおろか魔人すら討つことは不可能である。そう判断した解放者はバラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにした。そこで試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神を討つ者が現れることを信じて。
長い話を終えると、オスカーは穏やかに微笑む。
「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」
そう話を終えると、記録映像のオスカーはスッと消えた。
「解放者ってのは、あんたらのことだったか……」
やっとヤコンの言っていた"解放者"が何者か理解できた。確かにあの生き残りならば魔人ブウの復活は何が何でも阻止したいだろう。この世界で生きていた人間の中でも、最も魔人ブウの被害を受けた人間達なんだから。
オスカーの話した通り、魔人ブウは神によって作られた、たった一体しかいない魔人だ。ブウ本人もどうやって生まれたのか、いつ生まれたのかすら知らない。気がつけば、すでに自我を持った状態で存在していた。
『神にさからう反逆者を殺せ』
自分が何故生まれたのかすら分かっていない状態のブウに神が最初に与えた命令がそれだった。
良くも悪くも純粋であったブウは自分を作り出した親である神の期待に応えるため、地上へと降りては反逆者と呼ばれる人間達を片っ端から殺していった。
生まれたばかりの無邪気なブウにとって、自分よりも弱い人間を殺すというのは刺激的な遊びだったんだろう。いつしか神からの命令ということも忘れ、人間を殺すことを楽しんでいた。時には、たまたま目に入ったからという理由で反逆者ではない人間も殺すこともあった。
そんな魔人ブウの存在はオスカーのような解放者からしてみれば、まさに世界の悪そのものだったに違いない。記憶でしか知らないオレでさえも、ブウのやったことが許されることではないのが分かる。
「それでも……オレはブウに救われた」
たとえ悪であっても、擁護しようがないほどの人殺しであっても、オレを助けてくれたことには変わりない。それに、他の誰でもないオレだからこそ分かる。昔のことについては詳しく知らないが、少なくともオレを助けようとした時のブウには善の心があった。そうでもなければ、わざわざオレを吸収してまで助けようなどとは考えるはずがない。もしブウの心が完全に悪に染まっていたならば、今ここにオレがいること自体がありえないのだ。
「だから悪いけど、オレはブウを殺すつもりはない。そもそもオレがブウになっちゃってるから、殺す方法って自殺ぐらいしか方法ないけどな」
そうオレが言葉を溢した直後、すでに輝きを失ったはずの魔法陣が再度輝きはじめた。いや、良く見てみれば書かれている魔法陣が少し変わっている。さっきとは違う。
「っ……今度はなんだ?」
先程と同様に魔法が発動され、周囲を光が包む。すると、再度オスカー・オルクスがオレの目の前に現れた。
「これが起動しているということは、今、私の目の前の君は魔人ブウなのだろう。どんな目的があって君が私の迷宮に訪れたかは知らない。だが、もし万が一、私の計画が上手くいった結果、君が善なる心を手に入れてくれたならば、これ以上に嬉しいことはない」
それは魔人ブウが来た時のためだけに用意された記録映像だった。
「今の君では、私が何を言っているのか理解できないと思う。それもそうだろう。私の想定通りなら今の君は私のことを忘れてしまっている。だが安心してほしい。もうすぐ君は私の言いたいことを嫌でも理解することになる」
「ぐっ…………クソ、体が!」
すると、上手く隠されていたが、部屋の壁に刻まれていた魔法陣が輝き始め、オレの肉体の動きを封じる。
必死に抵抗しようとしても体は動かない。通常ならばこの程度の魔法がオレに効くはずがないのだが、現在進行形でオレは動きを封じられている。原因こそ分からないが、何故かオレの体がこの魔法を受け入れている。
「君は多くの仲間を殺した。そのことに少しでも罪悪感を感じてくれるならば、どうか神殺しを頼みたい。そのためならば私は喜んで力を渡そう。解放者である私が解放者を殺すために生まれた君に頼むのも変な話ではあるが、どうか世界を救って欲しい」
その言葉を最後にオスカーは消える。それと同時に魔法陣から体の動きを止めた魔法とは別の魔法が発動し、オレの脳裏に何かが侵入してきた。
「うっ……こ、これは……」
この感覚は一度味わったことがある。ブウに吸収されたあの時、こっちの配慮など考えもせず大量の情報を送り込まれたあの時と一緒だ。あの時は意識も失っていたから痛みもそれほどなかったが、ばっちり意識のある状態でコレはキツい。
つまりこれは、
「オスカー・オルクスの……き、おく…………」
自分の中に経験したことのない他人の記憶が流れ込んでくる。自分ではない自分の人生を追体験してるような感覚。やはりブウの時と同じだった。オスカーはオレに自分の記憶を植え付けようとしている。
「……ああ、いいぜ。受け取ってやるよ」
オスカーの意図がどういうものかは分からないが、これは悪いものではない。直感でそれを理解したオレは裂けるような頭の痛みに耐え続けながらも、記憶を受け取る。
「そう……か。そういうことか」
やがて頭の痛みが収まると、オスカーが何をオレに伝えたかったのかを全てを理解した。
「記憶に欠陥があったのはおまえのせいか」
オレは確かに魔人ブウの記憶を持ってはいるが、ブウが経験した事を100%知っているわけじゃない。オレの脳にあるのはあくまで記憶。当然記憶とは時間が経つにつれて曖昧となるもの。特に物忘れが激しかったブウの記憶にはところどころ穴がある。
そんなブウの記憶の中にどう考えても不自然な穴があった。
それは、神に逆らうまでの過程。
ある日、人間を殺すための日課として地上へと向かったブウはそこで一人の解放者を見つけた。ちょうど殺しても文句を言われない人間を見つけたブウは喜んでその解放者を殺すために襲い掛かった。
そこで、ブウの記憶は途切れている。
次の記憶は神にとてつもない憎悪と怒りの感情をぶつけたブウがもうすぐ封印される、というところまで飛んでいた。
つまり、ブウが神に逆らったことは分かるが、どうして逆らったのかが分からない。元々自分よりも弱いくせに偉そうに命令してくる神をブウは鬱陶しく感じ始めていたから、いつ逆らってもおかしくはなかった。それでもそんな重要な記憶を覚えていないのは不自然でしかない。確実にその解放者と出会ってから神を封印されるまでの間に何かがあった。
今まではそれが分からなかったが……ようやくその疑問は解けた。
オスカーから与えられた記憶を見るに、オスカーは迷宮を作りあげてからしばらく経った後、とある計画を立てた。
それは、解放者にとって神の次に厄介な敵である魔人ブウを味方側に引き入れる計画だった。たとえ全ての迷宮を突破する強者が現れても、ブウの強さは次元が違う。それを理解していたからこそ、オスカーは神よりもブウをまずは対処するべきだと判断した。
そしてオスカーは偶然地上を一人でうろついていたブウを見つけ、その目の前に自ら姿を現して勝負を挑んだ。
結果は分かり切っている。オスカーはブウにお菓子にして食べられてしまった。だが、そこまでがオスカーの計画の内だった。
ブウは相手を食べ物に変えて食べたり、自分の体で包み込んで吸収したりすることを、長い年月をかけて調べ上げたオスカーは自分の肉体に"鉱石"という概念を付与した上で新たなアーティファクトへと作り変えた。その魔法は体内へと取り込まれることで発動し、対象者の心の在り方を反転させる。善人ならば悪人に悪人ならば善人に。
そんなことを警戒もせず、食欲を満たすためだけにオスカーを食べたブウは見事に策略に引っかかり悪へと傾いていた心が善へと反転した。
しかし、長い年月をかけて考えたオスカーの計画にも一つだけ欠点が存在した。本来の計画であれば、オスカーは自分の記憶を与えることで魔人ブウを神に反逆させようとした。だが、心の在り方を反転させる魔法には副作用があった。一度発動されれば、対象者の前後の記憶が失われるという。
このままでは運良く魔人ブウが善の存在となり、自分の記憶を渡したとしても、すぐに忘れてしまう。そう焦ったオスカーは対策として、オルクス大迷宮の最深層にブウが訪れた時のために自分の記憶を与える魔法陣を設置した。それが先程発動した魔法。オレの体が魔法を拒絶しなかったのは、体の中にある忘れていたはずのオスカーの記憶が拒むことを拒絶したからだ。そう考えれば納得ができる。
ブウの記憶から推測するに、善なる心を手に入れたブウは今まで自分が殺した人間達に罪悪感を感じ、同時にそんな命令を自分に与えた神に怒りを感じた結果、逆らったのだろう。
オスカーの記憶を得ただけで、ブウの記憶が戻ったわけではないから想像することしかできないが、そうとしか考えられない。
「やっと話が繋がった」
ブウの記憶が欠落していることも、オレがこの場所に既視感を抱いていたことも、記憶の中にあるブウとオレの知るブウの心の在り方が真逆だったことも、生成魔法が使えなかったことも、ようやく理解できた。
「それにしても世界を救う……か」
自分達を殺したんだからその償いとして神を殺してほしい。それがオスカーの願いだった。当然断るつもりはない。最初から神は殺す気だったし、予定の変更をするつもりはない。だが、オレが思ってる以上にそれは大事みたいだった。
「それにオスカーの奴も、随分と気前がいいみたいだしな」
今まで使用不可で使えなかった生成魔法がさっきの魔法で使えるようになった。それに加えて、オレの右手の人差し指には黒い宝石のついた紫色に輝く指輪が嵌められている。これもさっきまでは装備していなかったオスカーからのプレゼントだ。
生成魔法は魔法を鉱物に付与し、特殊な効果が付与された鉱物を生成できる。まさに錬成師のためのような魔法だ。高位の錬成師ならば、アーティファクトすら自分で作ることすら出来る。オスカーの記憶があるとはいえ、天職ではないオレでは難しそうではあるけれど。
そしてこの指輪はその生成魔法によって作られたアーティファクトの一つである、"宝物庫"と呼ばれるアイテムだ。雑に説明すればアイテムボックスだと思ってもらえればいい。収納スペースが広く、保存性もバッチリなそれは長旅をする上で快適さがグンッと上がる最高のアイテムだ。
使えなかった魔法を使えるようにしてくれるだけじゃなく、超有能アイテムまでくれるなんて、オスカーはゴミみたいなアイテムしかくれない某RPG二作目の王様とは比べものにならない。
ここまでサポートされておいて、「神が怖くて逆らえません」なんてふざけたことが言えるはずがない。
「いいぜ、オスカー。おまえが望んでいた魔人ブウじゃないかもしれないが……その依頼、オレが受けてやる」
こうして、オレの神を殺すという覚悟はより強固なものへと固まった。
一応、オスカーを食べたから生成魔法を所持させてみたが、吸収してないのに能力を奪うのっておかしくね?
そう、読み直していたら思いました。