ただ、やっぱり個人的な感想としては超ブロリーよりも旧ブロリーの方が嬉しかった。ついでに民間人枠にシャモ星人を追加して欲しかった。
「はあ……やっちまった」
「そう暗くなるな。話も聞かずに手を出したのはあのバカ共だろ。坊主が後悔する必要なんかねぇよ。今、他の奴らに説得させてるしな。それにしても、本当に坊主はなんなんだ。槍ぶっ刺されてもあんなケロッとしてる種族なんてみたこともねぇぞ」
「一応、魔人……らしいんだがな」
「らしいって……」
海から現れた魔物を倒し、その直後に現れた海人族達に囲まれて槍を突きつけられたオレは、結局襲いかかってきた海人族達を全員ノックアウトしてしまった。念のため言い訳をしておくが、決してオレから手を出したわけではない。ちゃんと平和的解決を試みようとはした。
めちゃくちゃオレを警戒する海人族相手にかなり言葉を選んで声をかけたつもりだ。しかし、残念ながらオレの言葉は海人族の胸には響かず、その代わりといってはあれだがオレの胸には槍がグサッとぶっ刺さった。
やはり言葉を選ぶのに三分はさすがに時間をかけすぎたか、それとも出来るだけ端的に伝えるために『とりあえず、おまえ達(こんな場所で戦ったら、この船が沈んで関係ない多くの人間が)死ぬぞ?』と言ったのがいけなかったのか。何が悪かったのかオレにはさっぱり分からない。
うん。だからつい手を出してしまったオレも悪くないはずだ。小学校でも先に手を出した方が悪って習ったしな。ただ、勿論ガチで殴ったわけじゃない。そんなことしたら今頃この船ごと海人族達は木っ端微塵になっている。三割くらいの力でデコピンしただけだ。それでも海の上をスリーバウンドするくらいの火力はあったけど。
そんなこんなで海人族達を返り討ちにしたオレだったが、どうやら勢いでやっちまったその行動はやはり正解ではなかった。
これは後で知った話なのだが、オレを襲った海人族達はエリセン周辺の海域を警備する自警団の団員だったようだ。日本風に考えれば、明らかに怪しい恰好をした不審者が警察に連行されそうになった所、逆ギレして警官をぶん殴った感じだ。その状況を間近で目撃した人間がどんな思考に至るのかなど手に取るように分かる。
つまり、
『なにアイツ……ヤバいじゃん』
こんな感じだろ。
その証拠にこの船に乗っているマリク以外の船員の多くはさっきからオレを関わってはいけない奴を見るような目で見てくる。こんな経験は小学生の時の調子に乗って、孤独がかっこいいとか思ってた時期以来だ。大分辛い。
しかし、なんでもかんでもオレが悪いというわけでもないだろう。
先に手を出したのが相手側であるのは事実だし、オレがこの船を救ったということも紛れもない事実だ。確かにオレの容姿から怪しまれる要素は十分にあっただろうが、話も聞かずにいきなり攻撃してくるあちら側にも非はある。
逆にいえば、それほどまでに魔人族という存在は多種族からしてみれば信用できない存在なのだろう。
人間にとって魔人族はいつ自分達を襲うか分からない獣のようなものだ。考えてもみて欲しい。どれだけ人間に慣れているからといっても、ライオンと一緒に生活できる人間などいないだろう。
だからこそ、船員達は助けられた恩はありながらも、その脅威が自分達に向けられるかもしれないという恐怖をオレに感じている。それでも、オレが未だにこの船に乗ることを許容されているのはやはりマリクの働きが大きい。
単純にマリクがこの船で一番発言力があるというのもあるが、それ以上にマリクの熱意ある演説がこの船に乗る者の心に少しは響いたに違いない。言っていたことは『男なら一度言った言葉は最後まで貫く』とか『恩を仇で返すなんで恥ずかしい真似はできねぇ』とか精神論ばかりだったが、こういう単純な言葉の方が人には届くものだ。
そういう経緯があって、警戒はされながらもその場にいることを許されたオレを乗せた船はそのまま目的地であるエリセンに向けて進んでいた。ちなみに気絶させた海人族達は船内にある医務室へと運ばれていった。
それから海の上を走ること数時間、唯一まともに話せる相手であるマリクが忙しそうであったため、一人で時間を潰していたオレに黒い髪に眼鏡をかけた男が声をかけてきた。容姿は地味目でクラスに一人はいる真面目君という印象を抱かせる。この男の名はハイツ・パーイン。この船で珍しくオレに恐怖心を抱いていない数少ない人間だ。
「少しお時間よろしいでしょうか?」
「ん? ああ、いいよ。今暇だし。それで、どうしたの?」
「えぇ、少しお願いしたいことがありまして……」
メガネをクイッと中指で持ち上げながら、ハイツが話した内容は先ほどオレがKOした海人族についてだった。
どうやら、この数時間の間に気絶させた全ての海人族達が目を覚ましたらしい。そして案の定、オレへのヘイトが凄い事になっていたらしい。実際に見たわけではないが、話しに聞くだけでもオレへの殺意が凄かったということは伝わってくる。
この時点ではオレは嫌な予感しかしなかったが、どうやらその心配は杞憂に終わった。
話の続きを聞くと、船員達がオレが今のところ誰も襲っていない事、そしてこの船を守るために魔物に立ち向かったことを必死に説得した結果、オレへの印象が『すぐにでも殺してやる』という感じから『怪しい動きを見せたら殺してやる』くらいには緩和したらしい。
あんまり変わっていないようにも思えるが、これは大きな変化だ。
「なるほどな。だから後はオレに直接説得して欲しいと……」
「お分かりいただけましたか。私達がどれだけ言っても決定打には欠けます。しかし貴方と直接話すことで彼らの心境にも変化がある可能性があります。海人族は正直に話す者を信用する確率が通常と比べて二十パーセントも高くなるという研究結果もありますし」
「確かに信用を得られるかどうかは別として、オレが直接話すことは必要だな。……それはそれとして、そんな研究結果あるわけないだろ」
「な、なぜ気づいたのですか……」
「もしかしておまえはバカなのか?」
そうして、オレはバカのくせにありもしない情報で知的ムーブするハイツの案内に従って、医務室へと向かった。
しかし、辿り着いた部屋は医務室とは名ばかりの薄汚い部屋だった。清潔感の欠片もない最低限の医療器具が乱雑に置かれ、地面に敷かれたマットの上に多くの海人族が横になっている。それに怪我させたオレが言うのもあれだが、海人族達の処置があまりにも酷い。多分、そこまで医療の知識がないオレがやってもこうはならない
「……おまえら嘘だろ」
思わず顔を手で覆う。他の部屋の設備がそこそこ整ってた分、あからさまに手を抜かれた医務室には驚きを隠せなかった。だが、それもそうだろう。この世界の医療となればそのほとんどが治癒魔法で技術的なものはあくまで応急処置に過ぎない。
「くっ……き、さまは……」
「いや無理に立つなって。怪我悪化するぞ」
「誰の……せいだと」
「あー……悪い」
あまりにも酷い環境に現実逃避をしていたが、オレの存在に気づいた一人の海人族が体を横にした状態であるにも関わらず、忌々し気にこちらを睨んでいるのに気がついた。一応、マントの魔法を使って人間と変わりない姿をしているが、体色以外は変わっていないため普通に見破られたようだ。
いくらなんでもこんな環境では海人族達が不憫すぎる。自分を襲った相手ではあるが、さすがに同情したオレは睨んでくる海人族の折れた腕に触れ"回復の術"を使用する。
「!? これは……怪我が治っているだと!?」
「そのままじゃあ話し合いも出来ねぇだろ。他の奴も治してやるからそこじっとしてろ。ああ、念のため言っておくがオレを殺そうだなんてアホみたいな事は考えない方がいい。こっちも手加減は苦手なんだ。次も生きてるなんて保障はないぞ」
オレの言葉を聞いて歯を食いしばりながらもその場から動こうとしない海人族を確認すると、次々と痛みに呻いている海人族達を回復させていく。そして、五分も経たない内に全ての海人族を回復させたのだが、
「化け物め。何が目的だ!」
「我らの怪我を治したからといって貴様を信用するとは思うな!」
「そうやってこの船の人間達も騙したか!」
「この報いは必ず受けさせるぞ!」
「どうせあの魔物も貴様の手駒なんだろ!」
「そうやってあの子
「どんな手を使ってでも
「殺意モリモリじゃねーか。話が違うんだが……」
少しはオレへの嫌悪感が薄まってるという話が嘘だったかのように、負の感情をオレへとぶつけてきた。というかむしろ悪化しているような気さえする。オレの行動で多少は態度を改めた奴もいたが、せいぜい片手で数えられるくらいだ。
疑うように、ハイツに視線を向ける。しかし。すぐさま逸らされる。
こいつ、騙しやがった。
しかも、ただ殺意が凄いというだけじゃない。どういうわけか、海人族達からは単純な敵意よりも憎悪の感情の方が強く感じられる。ただ怪しまれるくらいならまだしも、ほぼ初対面の相手にここまで恨まれるのは少し不自然だ。
「なぁ、海人族ってのはいつもこんな感じなのか? オレの知ってる情報とだいぶ……いや、かなり違うんだが……」
「いいえ、私の知る彼らは温厚でむやみに人を襲うことなどありません。それが、私達の乗る船の客人ならば尚更です。それに、遺伝子的に争いは好まない種族だと王国の文献にも書いてあります」
「文献関連の話はどうでもいいとして、そこまで言い切るってことは何かあったと考えるべきだな」
「……その可能性が高いかと」
オレの考えにハイツは肯定する。というかさっきの罵倒の中でシレッとヒントになるようなことも言っていたから、何があったかは簡単に推測できる。
「亜人族がここまでキレてるってだけで原因はある程度絞られる。そこからさっき言ってた内容と合わせて考えられる答えは一つ……仲間、それもガキが攫われた。違うか?」
「「「……ッ!?」」」
その分かりやす反応はオレの推測が的中したという何よりの証拠となった。亜人族は種族における結束や情が非常に強い種族だ。他種族間でもそうだが、特に同種族においてその傾向は顕著に表れる。そんな亜人族が仲間を、それも特に力のない子供を攫われたならば、これほどまでに怒りを見せるのも不思議ではない。
それから海人族達を再度拳でわからせてから話を聞くと、嫌々ながらも詳しい事情を話し始めた。
二週間程前、この海域に侵入した人間達によって海人族の娘が二人攫われた。一人はオレとそう変わらぬ年の少女、もう一人はまだ十にも届いていない幼子。その事態に大人達が気づくのにそう時間はかからなかったものの、気づいた時にはもう人攫い達が逃げ去った後だったという。
だからこそ、最近は警備をより厳しくし、なおかつ少しでも怪しい人物が現れれば武力行使に頼った尋問を積極的に行っていたとのことだ。今回のオレはそれに巻き込まれたということだろう。
ただ、冷静に考えると子供を攫った相手は人間なのに、人外だと思われたオレがその件で怪しまれたのは納得がいかない。しかしそれは、それほどまでに海人族達は同族の奪還に焦っていたとも言えるだろう。
そこまで話が進むと、突如医務室のドアがバンッと乱暴に開け放たれ、何者かが入ってきた。
「おい! その話は本当か!?」
「うぉ!? びっくりした。なんだおっさんか……」
医務室に入ってきたのは、マリクだった。どこか必死な様子で、オレの言葉など気にも留めずに治したばかりの海人族に向かって歩いていく。
そして自警団のリーダーらしき男の肩をガシッと掴むように手を置くと声を荒げて言った。
「その娘ってのは……メルのことじゃねえよな!!」
マリクのその言葉に対して海人族からの返答はなく、その代わりに、これ以上ないくらいに歯を食いしばって悔しそうな表情を見せた。それが肯定の意味を示していることはその場にいる誰もが理解した。
「……嘘だ」
まるでこの世の全てに絶望したかのような暗い顔をしたマリクはその場に膝から崩れ落ちる。
「なぁ、もしかして攫われた子供はおっさんの知り合いだったのか?」
マリクのこの様子を見るに、先程名前が出たメルという子供とはよほど親密な関係だったのだろう。事情を知らないオレはハイツに問いかける。
「メルちゃんは……大将の娘さんですよ」
「は? 娘って……マジ」
想定外の関係にオレは呆気にとられる。ちなみに大将とはマリクのことだ。この船の人間にはそう呼ばれているらしい。
「いや、でも攫われた子は海人族だろ?」
「大将の奥様は海人族の女性です。ですから、メルちゃんは人間と海人族のハーフということになります。ちなみに人間族と亜人族の間に子供が生まれる確率は約五十パーセントだと神代の学者が発表しています」
「マジかよ。そりゃあ狙われるわけだ」
多種族感での出生率は非常に低い。その確率は五十パーセントなどで済むはずもなく、生まれただけでも奇跡のようなものだ。それが、奴隷として人気な海人族とのハーフであればその希少価値はさらに高まる。
娘がいるとは言っていたが、その娘がまさかそんな激レア種族だとは思いもよらなかった。肉親が攫われたとなれば、あそこまで必死なるのも無理はない。恐らく、今までも何度か狙われたこと自体はあるのだろう。そうでもなければ海人族が攫われたという情報だけであそこまで露骨に反応するはずがない。
オレがその事実を知るのと同時に、膝をついたマリクがゆらゆらとふらつきながらも立ち上がる。そして、
「――ぁえろ」
「はい? 大将?」
「進路を変えろ! 今すぐ引き返せ!」
「え!? い、今からですか? 無茶ですよ。さっきの魔物のせいで船ボロボロなんですよ。このまま陸までなんてもちません。一度修理しないと無理です」
「うるせぇ! さっさと準備しろ!」
怒気を強めてマリクはそう船員に指示する。しかし、船員達もそう簡単には顔を縦に振れない。先程の魔物の襲撃で船のそこらじゅうにガタがきている。もうすぐ到着するエリセンならばまだしも、今から出航した陸地にまで戻れるほどの余力はこの船にはない。
それはマリクにも分かっていないはずがない。だが、今の彼にはそこに意識を割く程の余裕すら無いのだろう。それに今更追ったところで攫われてからもうかなりの時間が経っている。常識的に考えて間に合うはずがない。最悪の場合、もう既に売られている可能性すらある。
止めようとする船員達を振り払い、マリクは甲板に向かって歩き出す。どうやら自分で舵をきって無理矢理にでも引き返そうとしているらしい。
「待ってください大将! ダメですって沈みますよ!」
「そうッスよ! このままじゃ俺ら死んじまいますよ!」
「お願いだからもう少し冷静になってください!」
船員達は必至にしがみついてでも止めようとするが、完全に冷静さを欠いているマリクは止まる様子すら見せない。
そんなマリクの前に一人の男が立ちふさがった。
「いい加減にしてください。リーダーである貴方が暴走してしまってどうするんですか。こういう時だからこそ落ち着くべきです。異常事態の時ほどいつも通りに行動すれば生存率が5%ほど上昇すると、かのエヒト神もおっしゃっています」
それは、ハイツだった。
どういう原理か、眼鏡を眩しいくらいに輝かせたハイツはマリクを前に全く怯む様子もなく立ちはだかる。
「……どけ」
睨みを利かせて脅すようにマリクは言う。
「いいえ、どきません」
その言葉に対してハイツは一歩も引かずに返す。
それはまさに、一触即発と言うにふさわしい状況だった。船内は静まり返り、無音の時間が流れる。
その静寂を破ったのは一刻でも早く娘を助けに行きたいマリクの方だった。
「どおぉぉぉけえぇぇ!!」
拳を握り締め、ハイツに殴りかかる。冒険者ではないとはいえ大人数人がかりでも止められない男の腕力。普通ならば直撃しただけでも、重症は避けられないだろう。
しかし、
「仕方ありません。戦いは苦手ですが、止まる気がないのなら力づくで止めるしかありませんね。ふぅー…………はぁ!!」
「……」
どうも普通ではないらしいハイツは本当に原理が不明なのだが、眼鏡を外すと同時に筋肉が膨張し、着ていた服が破け散った。
そして現れたのは……体中を分厚い筋肉に包まれた、ボディービルダーのような体をした(元)眼鏡の男だった。ぱっと見痩せ型の男が突然筋肉ダルマになれば誰もが驚くだろう。それはオレも例外ではなく、思わず絶句する。
「すぅ……セイヤァ!!」
「ぐはっ!?」
すると筋肉ダルマとなったハイツは振るわれた拳をその胸筋で受け止め、随分と気合の入った正拳突きを放つ。いくらマリクの力が強いとはいえ、どう考えても筋肉量に差がありすぎる。当然防げるはずもなく顔面に拳をめり込ませたマリクは勢いよく吹っ飛び、背後の壁に叩きつけられる。
そのままマリクは壁にもたれかかるように倒れ、白目を向いてピクリとも動かなくなった。
「……いや、アレ死んでないか?」
「大将ぉーーーー!?」
「やりすぎだこの筋肉バカ!」
「少しは手加減しやがれ! 自称知的筋肉!」
まだ気は残ってるから死んではいないと思うが、そのあまりにも衝撃的な光景に誰もが死んでしまったのではないかと思ってしまうのは自然な流れだった。先ほどまでマリクを止めようとしていた船員達もかなり焦った様子でハイツに暴言を吐きつつ、マリクの安否を確認する。
「はっ!? まだ息がある。早く医務室に運ぶぞ!」
「「「おう!!」」」
「おいクソ筋肉! おまえも手伝え!」
「ふむ。いいでしょう。正当防衛とはいえ私にも非があることは事実。しかし、いいのですか? 多人数で一つの作業をすれば二十パーセントほど効率が下がると「「「さっさと手伝え!!!」」」……分かりました」
案の定マリクに命の危機は無かったようで、この場にいる人間は安堵の息を吐きつつも、急いで先ほど離れたばかりの医務室へと運ばれていった。
「なんというか……恐ろしいくらいに展開が急だったな」
そんな慌ただしい状況の中、オレにまで意識を割く者がいるはずもなく、ただ一人ポツンとその場に置き去りにされてしまった。
「……それにしても、娘が攫われた……ね」
一人になったオレは現状を一度考え直す。
攫われたのが二週間前という話が本当ならば、既に奴隷として売られた可能性は低い。この世界に奴隷など数えるのが嫌となるほど存在するが、その奴隷が売られる場所となればある程度数は絞られる。
中でも奴隷商人達が好むような高額で奴隷が売れる場所と考えれば可能性は二つ。
一つはこの世界の中で最も奴隷が多く、国そのものが奴隷制度を推奨している『帝国』。そして、もう一つはこの世界中の大都市で不定期に行われるオークション。確か直近では『ヒューレン』という国でオークションが行われるとアンカジで聞いた。
もし、誘拐犯達がより高値で少女達を売ろうとするならば、そのどちらかに向かうはずだ。
帝国にしてもフューレンにしても、海から行くとなればそこそこの距離がある。だからこそ、攫われてから大分時間は経ちはしたものの、普通の人間の移動速度ではどちらの国にも辿り着けてはいないはずだ。
今のオレならば容易に追いつける。
「一時間あれば行けるか……」
わざわざ進んだ道を戻ってまで助けてやるメリットはあるか? そうと聞かれれば、自信を持ってNOと言える。
「ただ……それじゃあダメなんだよな」
なんでもかんでもメリットデメリットありきで考えるのはオレが二番目に嫌いな人間の在り方だ。そんなつまらない奴にオレはなりたくない。
「誰かを助ける理由なんて、『そういう気分だから』それだけでいいよな」
だったら、迷いはいらない。オレはオレのやりたいようにやりたいことをやる。
そうと決めたオレの体は自分でも驚くくらいに躊躇いなく動いた。
医務室で眠るマリクに攫われた少女達を助けに行く旨を伝える手紙を残し、甲板へと出たオレは宝物庫に入れてあった地図を取り出す。ヒューレンも帝国も大陸の東側にある大きな国だ。方角さえ分かっていれば見つけること自体はそう難しくはない。
それに海人族の気はさっき確認した。道中で似たような気を見つければそれが攫われた少女達である可能性は十分にある。
「……よし、行くか」
そう覚悟を決めると同時に、オレは舞空術を使って宙へと浮かぶ。勿論マントの魔法はOFFにした状態でだ。下からいきなり飛んだオレに対する船員達の困惑の声が聞こえるが、それを無視して方角を定める。
そして、限りなく全速力に近い速度で東に向かって飛んだ。
〇
人間は最も欲深い種族である。
まだ二十年も生きていない少女、メルがそんな結論に至ったのには、とある理由があった。
メルという少女は、人間族と海人族のハーフとしてこの世に生を受けた。この世界において異種族間の混血とは珍しいものであり、種族によっては『破滅を呼ぶ者』『神に選ばれし者』だったりと異なった意味を持つ。
その点でいえば、メルは幸運な方だった。
人間とある程度の親交がある海人族の母と元から海人族達からの信頼も厚かった父を持ったメルは家族だけでなく、同じ町に住む同族達にも大切に育てられてきた。
そんなメルに最初の恐怖が訪れたのは六歳の頃だった。
まだ幼いメルはその日初めて親に隠れて一人で外出した。そして、運の悪いことに彼女は海人族を攫うためにエリセンまで来ていた人攫いの男達と遭遇してしまった。その時はすぐ近くに大人がいたこともあって最悪の事態にはならずに済んだが、その時の記憶はメルにとって悪い意味で忘れられないものとなった。
しかし、これは始まりに過ぎなかった。
その日の出来事を境にどこから漏れたのか、ハーフの海人族の噂は瞬く間に広がった。エリセンには次から次へと、メルを我が物にしようと多くの人間達がやってきた。
当然、彼女を守るために海人族の同胞達も全力を尽くした。しかし、それが永遠に続くわけではない。警備する物資も人材も無限ではない。それに、長い間続けていれば油断も生じる。それが今回の事件へと繋がった。
最初はただ近所に住んでいる子供と一緒に遊んであげるだけの予定だった。その時はエリセンの住民でもごく一部しか知らない秘密の場所で遊んでいたことも油断していた理由の一つだろう。そんな彼女達は二人の人間の男に見つかった。急いで逃げようとしても時すでに遅く、メルは一緒に遊んでいた子供と共にその人間に捕まってしまった。
そこから先のことは、メル自身もよく覚えていない。
気づけば手足を拘束されて陸地まで運ばれていた。今は馬車の荷台に積められ、まるで荷物のように運ばれている。すぐにでも泣き叫びたいような状況であるが、メルはそれを必死に我慢する。
現実から目を背け続けるのは簡単だ。それでも、メルが真っ先にそれをしてしまえばきっと目の前にいる
そうして、メルは両脇にいる少女達を見ながら覚悟を決める。
二人の少女の内メルと一緒に攫われた海人族の少女の名はミュウ。エメラルドグリーンの髪が特徴的なまだ四歳の少女だ。
もう一人の少女は二人と異なり人間であり、名はリン。赤みがかった茶髪を肩まで伸ばし、目を塞いで開こうとしないミュウよりも一歳年上の少女。彼女はメルとミュウが攫われたその時には、既に馬車に乗せられていたのだ。
リンは生まれつき病によって視界が奪われ、杖がなければ歩くことさえままならなかった。そんな彼女が攫われたのは母親と共に里帰りしている最中だった。魔物の群れに襲われ、母親と逸れた際にエリセンへと向かおうとしていた人攫いに攫われてしまった。
二人は自分達がこれからどんな目に合うのか想像し、恐怖に体を震わせている。
そんな二人をメルは不安にさせないように抱きしめ、ひたすら声をかけ続けた。
「大丈夫。きっと誰かが助けに来てくれる」
『大丈夫』『助かる』そんな言葉を何度も使い、そしてそれを自分にも言い聞かせるように、メルはひたすら声をかけ続ける。
そんなメルの願いが届いたのか、彼女達を乗せた馬車に変化が起きた。
外からズドンッというなにかが勢いよく落ちてきたかのような大きな音が響くと同時に、馬車が急停止した。
「な、なんだ一体!?」
「お、おい、嘘だろ。なんで魔人族がこんなところにいるんだよ」
外からはメル達を運んでいる二人の男の声。そして、
「おお、大当たり! 思ったより見つかるのは早かったな」
透き通った女性のような声が聞こえるのと同時に、大きな衝撃音と二人の男の悲鳴が辺りに響いた。
「何が……起きたの?」
突然の異変にミュウもリンも状況を把握しきれていない。勿論メルも今外で何が起こっているのか理解できず、ただただ困惑している。
その直後、荷台の扉をガタガタと何者かが開けようとしている音が聞こえ始めた。敵なのか味方なのか、それすら分からない恐怖の中で三人は身を寄せ合う。
そして、
「みぃつけた……」
開いた扉からは猟奇的な表情をしたピンク色のナニカが顔を覗かせた。
それを見たメル達は、
「「「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」
恐怖のあまり思いっきり泣き叫んだ。
この時点でお察しの方もいるとは思いますが、二人の人物がハジメのヒロイン候補から消滅します。
彼女達が推しの方は申し訳ありません。先に謝っておきます。原作と比べて絶対に出番が少ないので。