「――リン?」
振り向いた先にいた、その二十代後半くらいの女性はまるで信じられない物を見るかのような目でオレ達を――正確にはリンの方を凝視している。
対照的にリンはその女性を不思議そうな顔でジーと観察するように見ていた。
そして、少し悩むような動作を見せてから一言。
「……おかあ、さん?」
「ッ……!? リン!」
そのポツリと発した言葉がきっかけとなり、リンの母親だと思われるその女性は勢いよくこちら側に走りだし、リンを抱きしめた。
「あ…………ほんと?……ほんとにおかあさん……なの」
「そうよ! あなたのお母さんよ! 無事だったのね、良かった!」
抱きしめられたことでその人物が本当に母親だと理解したリンは感極まり涙を流す。彼女が一目で自分の母親だと理解できなかったのも無理はない。いくら耳が良いとはいえ、実際にその姿を目にするのは初めてだったのだ。初めて見た人物のことをすぐさま母親だと認識するのは難しいだろう。
そして、母親の方もリンと再会できるなどとは思っていなかっただろう。目の不自由な子供が魔物やイカれた人間達がうようよいる町の外で行方不明になったのだ。無事に帰ってこれるはずがない。リンの声を聞くまで死んだ目をしていたのがその証拠だ。だからこそ、彼女は二度と離してなるものかとリンを強く抱きしめている。
固く抱きしめ合う母娘の姿にメルとミュウも涙を流す。恐らく二人もエリセンに暮らす家族の事を思い出したのだろう。自分達からリンを返すことを優先して欲しいと頼んだが、やはり親の元に帰りたいという気持ちは強かったに違いない。
すると、再会に涙を流して喜んでいたリンの母親が娘の変化に気づいた。
「ぇ……リン、あなた……もしかして目が……」
以前までは閉ざされていた瞼が開いているのだ。生まれた時からリン見ている母親なのだから、そこに気づくのにそう時間はかからなかった。
「うん……お兄さんが治してくれたの」
「お兄さんって……ぁ」
リンの発言により彼女は周囲の見渡す。そして気づいた……オレ達の存在に。恐らく最初からリンの姿しか見えていなかったのだろう。普通ならばすぐ近くにいるオレ達に気づかないはずがない。精神的に追い詰められた人間は視野が狭くなるとか聞いたことがあるから、そんな状態だったと推測できる。
もう少し落ち着いてから声をかけようと思っていたが、どうやらその必要はなさそうだ。
「感動の再会に割って入るようで悪いが、念のため確認しておく。あなたがリンの母親で合ってるな」
「は、はい。えっと……貴方は?」
「ああ、悪い。自己紹介の方が先だったな。オレは風磨仁。どこにでもいるただの旅人だ。すまないが場所を変えてもいいか? ここだと少し人目がある」
「え? ………………ぁ」
オレの言葉を聞き、周囲を見渡したリンの母親は現在の自分の状況を理解した。いくら魔物の襲撃があるからといって、町の人間全てが避難しているわけではない。単純に逃げ遅れた者、この町と最期を共にすると覚悟を決めた者。そんな者が少なからず残っている。
そしてこの場は人目のない屋内ではなく、おもいっきり外だ。当然彼女達の様子を見ていたのもオレ達だけではない。
つまり、
彼女は娘との感動の再会とはいえ、結構な人数の前で子供のように大泣きを見せたのである。
「ああ……あ……」
それを理解したリンの母親は顔を赤くして俯く。周囲の人々は無駄に察しが良いらしく、状況をすぐに理解し、先程からリンとその母親に向けて温かな眼差しを向けている。しかし、今の彼女にはそれすら羞恥を感じる要因になっているようだ。どんどん顔が赤くなっている。
とはいえ、忘れかけていたが一応この町は結構な緊急事態だ。残された時間も少ない。オレは俯くリンの母親に肩を貸し、半強制的にこの場から移動した。
羞恥に悶えているリンの母親――ルイを連れてオレ達が向かった先は近場にある観光客用の休憩所のような場所だった。勿論完全に人の目がないというわけではないが、この緊急事態では流石に利用する人は少ない。せいぜいこの町と最期を共にすると決めた人が数人いるくらいだ。
人の目が減ったからか、または明らかに年下であるオレ達に心配され大人としてプライドが傷ついたからか、どちらにせよ先ほどとは変わって落ち着きを取り戻したルイにオレ達はこれまでに起きたことを説明した。
リンがメルやミュウと一緒の人攫いに攫われたこと、オレがそんな三人を助けたこと、リンを先に親の元へ返すことを優先させたこと、そしてリンの目を正常な状態へと治したこと。それらを要点だけまとめて、出来るだけ手短に説明した。
「――そうですか、この子が人攫いに……本当にありがとうございます。貴方がいなければどうなっていたことか。それに目の病気も治してくださるなんて……何度お礼を言っても言い切れません」
「感謝は有難く受け取っておくが、どうせならこっちの二人にも言ってやってくれ。この二人がどうしてもリンを先に親の元に返して欲しいって我儘を言ったからこそ、ギリギリのタイミングとはいえ間に合ったんだ」
「そうですか……あなた達も辛い立場だというのに、娘のために……ありがとうございます」
「そ、そんな……頭を下げないでください」
「えーと、どういたしまして……これでいいの?」
あの時、留守であった自宅にルイが戻って来たのはマジで偶然だった。
娘とはぐれ、一人で町に帰ってきてしまったルイにはもう生きる希望などなく、ただ周りに流されるままに避難をしていた。そんなルイが危険を承知で自分の家へと戻って来たのにはそこまでの理由はなかった。
ただ娘と共に暮らした家をもう一度その目で見たい。
そんな引っ越す前の思い出作りのような気分で戻って来たからこそ、運良くオレ達と出会うことが出来たのだ。
もしオレがエリセンに向かうことを何よりも優先していたら、メルとミュウがオレにリンを先に家に帰して欲しいと頼まなかったら、間違いなくこのタイミングで再会することはなかっただろう。最悪の場合、オレがウルに着く頃には町が滅んでいる可能性すらあった。
そう考えると、メルとミュウの行動は本当に大手柄だ
「本当に……本当にありがとうございます」
「ど、どうすればいいの!? メルお姉ちゃん!」
「お、落ち着いてミュウちゃん!? あ、あの、本当にもう大丈夫ですから!」
とはいえ、それから先も何か話すたびに何度も何度もオレ達に頭を下げてくるのはこちら側としても少し罪悪感を感じてしまう。感謝されるのは悪くないが、感謝され過ぎるとちょっと複雑な気分だ。実際にメルとミュウも困ったような反応をしている。
「そう何度も頭を下げないでくれ。こっちの子達はそういうのに慣れてないみたいだから困っちまう。それよりも、恩を感じてくれるなら一つ頼みがある」
「頼み……ですか? はい、私にできることならどんなことであってもするつもりですが……今この町では……」
「分かってるよ。魔物の軍勢のことだろ」
「それが分かっているのなら何故……」
先ほどから彼女は違和感を感じていたのだろう。あと数時間も経てば魔物が襲ってくるというのに、こんなにのんびりしていることを。それもオレだけじゃなくメルやミュウ、娘のリンまで慌てた様子がないことに。
ウルに来る道中にも何度か魔物と遭遇し、オレが瞬殺した様子を見ていた三人からすれば魔物の軍勢くらいなら倒せるかもしれないと本気で思っているんだろうが、オレのことを良く知らないルイからしてみれば違和感しか感じないのもおかしくはない。
とりあえず信じてもらえないかもしれないが、そこら辺のことをダメ元で説明してみよう。
「その事についてだが……」
そう考え話を始めようとしたその瞬間、
『聞け! ウルの町の勇敢なる者達よ! 私達の勝利は既に確定している!』
「うおっ!? うるさっ、近所迷惑だろ」
突如、どこか聞き覚えのあるような馬鹿でかい声が町中に響き渡った。
咄嗟にオレ達は耳を手で塞いで守る。鼓膜を破るほどの大きな音ではなかったが、危険を感じるには十分すぎるほどクソでかい声だった。特に耳の良いリンなんかは頭をクラクラと揺らしている。
「何ですか今の……あっちからですよね」
メルが声の聞こえた方向に指を向ける。そこでは、遠目ではあるが大勢の人が集まって騒いでいる様子が見えた。
「……行ってみるか」
「ええ!?」
この距離からでは何が起きているのか分からない。だからこそ、声の聞こえた方へ向かおうとすると、ミュウが露骨に嫌そうな顔をする。ただでさえうるさい声にさらに近づくのが嫌なのだろう。その気持ちは非常に良く分かる。
「ミュウはここで待ってるか? リンも回復にはもう少しかかりそうだし」
「……ううん、我慢するの」
「そうか、辛くなったらすぐに言えよ」
「分かったの!」
あの声は辛いが置いてかれるのはもっと嫌なのだろう。少し不満そうなミュウを連れ、オレとメルはそのでかい声の発生源に向かって歩いて行った。ちなみに、混乱しているリンはルイがみていることになった。
多くの人々が密集しているそこでは、町の外側に造られた壁の上にある土台に上り、迫り来る魔物に背を向けるオレと同じくらいの年の少年がこちらを見下ろして演説していた。内容はざっくりと説明すると『この町が魔物に滅ぼされることはないから安心しろ!』って感じだ
黒い外套を身を纏い、真っ白い髪に真っ赤な瞳、右目に眼帯を付けた男。
その姿は……なんというか……
「――かなりレベルの高い厨二病だな」
「厨二病?」
「あ、こら! ミュウちゃんは見ちゃいけません!」
もしこの世界が日本ならば、確実に子供に悪影響を与える姿だ。関わってはいけない人物というのは世界が変わってもなんとなく分かるようで、ミュウの目をメルがその手で覆って男の姿を見せないように隠す。
この世界そのものがファンタジーだからか、今までそういうのはあまり感じてこなかったが、あそこまで厨二病感満載の奴は初めて見た。中学生時代のオレでもあそこまでヤバくはない。見てるだけでもこう……共感性羞恥が凄い。
「メル……ミュウを連れてさっきの場所に戻っててくれ。アレは教育的によろしくない。それと避難の必要はなくなったから適当に暇でも潰してるといい」
「え、あ、はい。じゃあ仁さんは……」
「ひとまず様子を見ておく。あの男ならオレが出るまでもないと思うが万が一ということもあるしな」
「え、あの人ってもしかして凄いんですか?」
オレの言葉が信じらないのか、思わず口元に手を当てて驚くメル。まあ見た目はただのイタい奴だからそう思うのも仕方ない。
この町に来た時に感じた複数の大きな気の持ち主。その中でも一番でかい気を持つ奴があの男だ。普通の人間基準で考えればかなりの実力者だといえる。もしかしたらブウに吸収されたばかりのオレと互角、いやそれ以上の強さがあるかもしれない。それに他にも数人ぐらい強力な気を持った奴も近くにいる。恐らく、あの厨二病男の仲間だろう。
普通に考えて、雑魚の魔物相手には過剰な戦力だ。
とはいえ、不測の事態が起きる可能性も否定しきれない。オレはメルを先程の場所へ戻らせ、厨二病男がどう行動に移っていくのか様子を見ることにした。
「なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている"豊穣の女神"愛子様だ!」
「……愛子様?」
そうこうしている間も厨二病男の演説続いていた。今度はどうやら神がどうとか言っているようだが、出てきたその神の名にオレは聞き覚えがあった。
愛子……どう考えても日本人の名前だ。
オレの記憶が正しければ、オレ達の担任である畑山先生の下の名前が愛子だった気がする。ざっと周囲を見渡したが畑山先生らしき人物は見当たらない。といっても、本当にその女神が畑山先生のことだったならば、この人混みの中で見つけるのは困難だろう。
「先生ちっちゃいもんなー……後回しでいいか」
かなり気にはなるが、今は先生の事は後回しで構わない。もしその豊穣の女神とやらが本当に先生ならばいずれ目にする機会は訪れるだろうしな。
「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ! 我ら人類の味方にして"豊穣"と"勝利"をもたらす、天が遣わした現人神である! 私は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た! 見よ! これが、愛子様により教え導かれた私の力である!」
そう宣言した厨二病男は何もない空間から取り出したライフルを手にし、押し寄せる魔物の群れ向かって光線のようにも思える弾丸を放ち魔物達を粉砕した。
もう一度言おう。
あの男はライフルを使った。
「……は?」
この世界において、銃なんて近代兵器を使う奴、というか作れる奴はオレの想像する限り一人しかいない。だが、どこからどうみてもあの男はオレの知っている
見た目も口調も雰囲気も気でさえも全く違う。オレの勘違いだと言われた方がまだ納得できる。
「おいおい、どうなってんだよ……」
正直に言おう。
ちょっとオレは混乱してる。
「これは……一度確かめる必要があるな」
オレの記憶が脳がそれを否定するならば、自身を納得させるものを見つけてやればいい。そうと決めたオレが周囲を見渡すと、たった今見せつけられた厨二病男による魔物の殺戮ショーによって唖然として口を開きっぱなしにするウルの町の人々の姿があった。
「愛子様、万歳!」
厨二病男が最後の締めにそう声を上げると、
「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」
「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」
不安や恐怖も吹き飛んでテンションがハイになった町の人々は希望に目を輝かせて女神を讃える雄叫びを上げ始めた。
「うわ~怖っ……これじゃあエヒトとあんま変わんねえじゃん」
どう見てもあれは女神の奇跡などではなく、科学技術と魔法による組み合わせの結果でしかないのだが……そういう知識を持たない一般人からしてみれば、まさにあれは神々の力そのものなのだろう。
こういう光景はあまり好きじゃない。
神の力と言われただけでここまで人が変わる光景を見せられたら、この世界の人間がどれほど神の存在を重視しているのかを再認識させられる。
「……ん? もう動くのか」
オレが周囲の人間達を観察していると、あの厨二病男とその近くにいる高い気を持った者達が戦闘態勢に移ろうとしているのが見えた。
「さて、それじゃあオレも動くとするか。お前達の戦い、特等席で見させてもらうよ」
24話ぶりに彼が登場しました。
でも、色々変わっているので仁は本人か分かりません。勿論、彼の方も仁に気づいていません。
オリジナルキャラクター紹介
名前 :ルイ・テーテイ
年齢 :29歳
身長 :158.2
体重 :50.4
一人称:私
性格 :繊細・内気
リンの母親であり、ウルの町に住む住民の一人。リンが死んだと思い、精神的に一度死んだ女性。夫がリンの産まれた年に病で倒れ、今まで一人でリンを育ててきた。引っ込み思案であり、繊細な性格でもあるため、人一倍心が弱い。リンがいなくなった時も荒れに荒れ、多くの人に迷惑をかけたという。最後に家を見に来たところ、リンを連れた仁と出会う。他人との交流を避ける傾向があるが、何故か有名人との出会いが頻繁に訪れてしまう主人公体質。