2024年一発目です。
今年も頑張って投稿しますので、よろしくお願いします。
清水幸利は平凡な人間である。
それは他の誰でもない、清水自身が理解していた。
勉強や運動に秀でた所はなく、とはいえ他者に比べて大きく劣るわけでもない。
整った容姿とは言えなくとも、嫌悪される程醜いというわけでもない。
物語の主人公のような輝く人生を望みはするも、自分では不可能だと挑戦すらしようとしない。
イジメを受けている者に同情する程度の良心はあれど、それを止めようとするほどの勇気を持ち合わせていない。
そんなどこにでもいる平凡な高校生。それが清水幸利だった。
そんな彼の平凡な日常にちょっとした変化があったとすれば、それは、風磨仁との出会いがきっかけだろう。
〇
清水と仁が初めて出会ったのは、トータスにクラスごと召喚される数か月前の頃だった。
その日、清水は人生で最大級の大罪を犯そうとしていた。
場所はとある本屋の隅にある特定の本だけが並べられた人気のないコーナー。大きく肌を露出させた女性のイラストが描かれたのれんを潜り、清水が辿り着いた先には、これまた露出面積の多い女性が表紙に描かれた薄い本が数多く本棚に並べられていた。
そして、その全ての本の表紙に共通して見られるR18の文字。
そう、清水がやろうとしていたことは、
未成年時点でのエロ本の購入。
もしバレでもすれば、最悪の場合は家族や教師、クラスメイトどころではなく学校全体の笑い者となるだろう。リスクはあまりにも大きい。だが、それでも男には覚悟を決めねばならぬ時がある。
清水にとって、それがこの日だった。
顔を見られないようにマスクと帽子を身に着け、年齢確認のために持ってきておいた顔写真のところにだけ自分の写真を貼った親の自動車免許証。そして、本命を隠すためにレジまで持ってきたダミーのラノベ。
準備は完璧、失敗は万が一にもありえない。
そう本気で思っていた清水は覚悟を決め、数冊の本をレジの上に置いた。
しかし、清水は分かっていない。この本屋にエロ本を買いに来た時点で既に詰んでいたという事実を。
「あれ、お前確か同じクラスの清水だよな? 何を買うん…………お前マジか」
その瞬間、清水の思考は完全に停止した。
聞こえた声は目の前で本を受け取った店員からだった。何かの間違いであることを期待して、清水は錆びついたロボットのような動作で顔を上げると、そこにはクラスメイトの中ではそこそこ有名な顔があった。
風磨仁。
天之河率いる陽キャグルーブとよく絡んでいるくせに、一番仲良くしている相手はクラスカースト最下位のハジメとかいうおかしな男。清水だけでなくクラス全体からそんな印象を抱かれる男が明らかにゴミを見るような目線を向けながら、目の前に立っていたのだ。
聞こえた言葉が聞き間違いではないことを理解し、絶望すると同時に、店員が仁だと認識した清水はさらに顔を青くする。
もし、相手がハジメや清水のように対人性能が弱い陰キャだったならば、誤魔化してなんとかなる可能性も僅かにあった。だが、この男に関してはそんなその場しのぎの言い訳など通じない。むしろ下手な言い訳は清水の立場をより悪くする。
特別関わりがあるわけでもないため、清水は仁のことを詳しくは知らない。それでも、仁が他人にとって都合の悪い噂にデカすぎる尾ひれを付けた上で流行病の勢いで広めるスペシャリストだということは知っていた。
清水や仁と同じクラスメイトならば誰もが知るあの悲劇、『檜山大介ホモ疑惑事件』。たった三日で一人の男子生徒の地位を地の底にまで引きずり落とした悲惨な事件を思い出し、再度、清水は思考を停止させる。
一つでも判断を誤れば人生が終わる。冗談抜きでその時の清水はそう感じていた。
しかし、仁の対応は清水の想定とはまるで正反対のものだった。
「……はい。四点で1350円ですね」
「……ぇ?」
「いや代金。買うんだろ?」
「あ、ああ、ちょっと待ってくれ」
一体何を考えているのか、普通の店員のように(普通の店員である)仁は清水に対応した。まるで先程の一連がなかったかのような行動に呆気に取られた清水は言われるがままに財布から取り出した一万円札を手渡す。
「一万円お預かりします。……多い……8650円のお返しです。ありがとうございましたー!」
「……」
そして、当たり前のように購入した本をレジ袋に入れられた状態で渡され、そのまま清水は店から出ていく。普通なら、この場で仁に何か言うべきなのだが、残念ながらこの時の清水の思考は色々とグチャグチャになっていたため、まともに頭が回らずに、流されるまま帰路についてしまった。
清水が正気に戻れたのは、本屋を出てしばらくしてからのこと。
「……見逃された、のか?」
正気に戻った清水は先程まで想像していた風磨仁とは異なる仁の行動について思考を巡らせる。
レジに置いたエロ本を見つけた時、仁は確実に引いていた。それだけは間違いないと自信を持って言える。ならば、何故見逃したのか。その謎が解明できずに迷宮入りし、清水は永遠と頭を悩ませる。
確実に言えることがあるとすれば、一時的にとはいえ、清水が救われたという事実だけだ。
「明日……学校行きたくねぇ」
もし、仁が本当に善意だけで清水を見逃してくれたとしても、それが明日も続いているとは限らない。最悪の場合、明日の朝には今日の清水の痴態が全校生徒に広まっている可能性すらある。そう考えると、清水はようやく落ち着いてきた感情が再度爆発しそうになるのを感じる。
そうなってしまえば、もう黒い感情が溢れてとどまらない。既に清水の脳内では校舎裏に呼び出され、脅され、財布代わりにされるというマイナス思考が故の暗い妄想が流れ始めていた。
そんな暗い雰囲気のまま帰宅した清水は、結局その不安を拭いきれず、せっかく購入したエロ本すら読まずに翌日の朝を迎えた。
そして、部分的にとはいえ、清水の妄想は的中することとなる。
「よう、話すのは昨日ぶりだな」
「おお、お、俺に何の用だよ!」
昼休憩の時間、清水は仁に校舎裏へと連行されていた。
〇
「お前に一つ……聞きたいことがある」
「な、なんだよ……」
重苦しい雰囲気の中、低い声で発せられたその言葉に清水は震え上がる。場所は校舎裏、呼び出された清水は目の前で腕を組んで睨む仁を前に怯えた様子で震えている。
何を聞かれるのか? そんなことは分かりきっている。昨日の今日で声をかけてきたのだ。十中八九清水が購入したエロ本の件に決まっている。頭の中で何度も嫌なシミュレーションを繰り返しながら、清水は仁の言葉を待つ。
得体のしれない恐怖が清水へと襲い掛かり、気持ちの悪い汗が体中から溢れ出す。そして、ついに仁は口を開いた。
「お前……もしかして畑山先生に欲情してたりしないよな?」
「っ………………はあ?」
一瞬、仁が何を言っているのか理解ができず、清水は口をポカンと開けて呆然とする。そして、数秒して脳が発せられた言葉の意味を理解しはじめると、清水は顔を真っ赤にして怒りの声を上げた。
「な、なに言ってんだよ! そんなわけねえだろ!」
先ほどまで襲っていた恐怖が吹き飛んでしまったかのように、清水は怒気を強めて怒鳴る。清水がそう怒ってしまうのもおかしくはない。ほぼほぼ初会話の相手に『お前先生見て発情してるんだろww』と言われて怒らない奴の方がおかしい。しかも、対象はあの愛子だ。
実年齢はかなり上だが、彼女は見た目だけ見れば小、中学生くらいにしか見えない。つまり、愛子を性的な目で見ていると認めてしまえば、連鎖式に小さな子に欲情するロリコンということを自ら認めたということになってしまう。
到底、そんなことを易々と認められるはずがない。
「……本当か?」
「嘘つくわけないだろ!」
「……」
しかし、いくら否定しようとも仁から送られる怪しむような目線はどんどん強くなる。
「だったら、昨日のアレはどういうことだ。あんな物を見せられて、そんな薄っぺらい言葉が信用できるとでも思ってるのか?」
「一体何のことだよ!」
そもそも、どうしてそんな意味の分からない事を聞かれたのか、清水には全く理解できない。昨日のエロ本の件で脅されるのだと思っていたら、いきなり幼女に欲情する変態だと宣言され(そこまでは言っていない)、清水は軽いパニック状態に陥っていた。
「……お前、もしかして気づいてないのか?」
「だから何言ってんだよ!」
「はあ……マジか。お前が昨日買った本のことだが……」
「コレのことだろ! この本がなんだ!」
「……いや、なんで学校に持ってきてんだよ」
「…………ぁ」
そんな精神状態で冷静さを欠いていた清水はつい例の本を制服の内側から取り出してしまった。仁の今までにない冷めた視線と同時に発せられた声で正気に戻るも、既に手遅れである。
別に学校でコソコソとエロ本を読もうなどという小学生染みた企みをしていた訳ではない。清水には清水なりの事情があったのだ。昔から清水は部屋の掃除を母親に任せきりにしていた。そして、その掃除は例外なく清水が家を留守にしている間に行われる。
少し想像してみて欲しい。
勇気を振り絞って買った叡智な本を誰の目にもつかぬように自分の部屋に隠したにも関わらず、少し外出していた隙にきっちりと整理されて本棚に並べられていた時の気持ちを。
考えるだけで発狂物だ。
そんな最悪の未来を避けるため、清水は肌身離さずエロ本を持ち歩くことにしたのだ。常識的に考えれば、その方が気持ち悪い行動だと自覚はしている。だが、それ以上に母親にエロ本の存在がバレることが嫌だった。
その行動が今、最悪の形で清水に牙を向いた。思いっきり自滅ではあるのだが。
「こ、これは違う! 偶然服に入り込んでて……」
「へぇ、偶然服の内側に入り込んでも気づかないくらいに日常的にエロ本を持ち歩いていると……中々面白い奇行だな」
「うぐッ!」
咄嗟に誤魔化そうとするも、流石に嘘に穴がありすぎる。当然、騙されてくれるはずがない。
「まあ、実物があるっていうなら話は早い。ちょっとそれの表紙をよく見てみろ。なんか気づかないか?」
「気づくこと? おかしなとこなんてどこにも…………んん?」
まだ完璧に冷静になったとは言えないが、仁に言われて清水は自分が掴んでいる本の表紙をよく観察する。
実のところをいえば、清水は自分が買ったエロ本がどんなものかをよく分かっていなかった。18禁の本ならどれもそう変わりないだろうという勝手な決めつけと、誰かに見つかる前に急いで買わなければならないという緊張感から、清水はあの18禁コーナーに入って一番近くにあった本をよく確認もせずにレジに持って行ったのだ。
そして、自宅に帰ってからも仁に見られたという恐怖心でエロ本を読む気分にもならなかった。そのため、今まで自分の買った本をじっくりと見たことがなかった。
そんな経緯があったからこそ、清水はこの場で初めて自分が買ったエロ本をねっとりと見る機会を得たわけなのだが、表紙に描かれた半裸の女の子がどこか見覚えのある容姿をしていた。
具体的にいえば、先ほどまで話題に出ていた清水や仁のクラスの社会科担当の教師に。
しかもどんな偶然か、その女の子は小さい体に似合わない教師のような恰好をして、タイトルには『合法ロリ』やら『貧乳教師』やらと狙ったかのように愛子を連想させるような単語が並んでいる。
ここにきて、清水はようやく仁がこんな意味不明な事を言い出したのかを理解した。
もし他の誰かがこの本を読んでいたならば、恐らく清水も同じ事を思ったはずだ。
「ご、誤解だ!」
「証拠はお前の手の中にある。言い逃れは諦めろ」
とはいえ、そう簡単に認めるわけにもいかない。
他者から見れば間違いなくそうだとしても、百パーセント誤解だ。自らロリコンだと認めるなどそんな恥ずかしい真似を清水が出来るわけがなかった。
「せめて、せめて話を聞いてくれ!」
「いいぜ五秒やる。話せ」
「短すぎだろ! もう少し情けをかけろ!」
「悪いがロリコンにかける情けは持ってないもんでな」
「だから、誤解だって言ってるだろー!!」
それからも清水の弁明は続き、ようやく誤解が解けた頃には、もう既に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始めていた。
「あはははははは!! お前バカじゃねぇの! 表紙も見ずにエロ本買うって、性欲溢れすぎだろ! どおりで挙動不審だったわけだ! マジで腹痛ぇ! やべぇ死ぬ!!」
「~~~~っ! う、うるせぇ! そもそもなんでお前があんなとこにいるんだよ!」
「ぷくくく……バイトに決まってんだろ。こちとら金がいるんだよ」
とはいえ、誤解が解けたら解けたで、また違う理由で清水は怒りに顔を染めることとなったのだが。
「いつまで笑ってんだよ! さっさと教室戻れ!」
「それはお前もだろ。ふぅ……久しぶりにこんな笑ったわ。いやー面白かった。ありがとよ」
「お前には人の心がないのか……」
人の弱みを知って大爆笑しておいて、謝るどころかお礼を言う仁に清水は怒りのあまり拳を握りしめる。もし、仁がハジメのような陰キャだったなら、迷うことなく殴りかかっていたに違いない。
「悪い悪い。自分でもちょっと笑いすぎたと思うわ。詫びといっちゃあなんだが、この事は他言無用にしとくよ」
「い、いいのか!?」
「当たり前だろ。もとより、クラスメイトの性事情を面白いからって理由だけで言いふらすほど人でなしじゃない。お前もどうせ檜山の件で俺にそういう印象を持ってるんだろうが、アレはあいつの自業自得だからな。あんまり噂ってもんを当てにしない方がいいぜ」
それだけ言うと、仁は笑いを堪えながら教室の方へと走っていった。
「はあ……結局あいつはなにがしたかったんだ……」
絶対に脅されると思ってついてきたらロリコン扱いされ、その誤解を解けば大爆笑され、清水に何も要求することなく去っていった。
真意が分からない仁の行動に清水は思わず頭を抱える。
「もしかして、本当に俺がロリコンか確かめるためだけに呼んだのか?」
確かに、清水が本当にロリコンなら絶賛愛子の身の危険なのだが、それを知って仁が何をしたかったのか全く理解できない。
可能性があるとすれば、清水の悪い噂を広めるぐらいである。だが、それは本人の口から否定された。勿論それが嘘という可能性もあるが、あの状況で嘘をつく理由もない。
それに、よく考えてみれば檜山は頻繁にハジメに対してイジメを行っている生徒だ。そして仁とハジメは仲が良い。加えて、内容までは知らないが、あの事件の少し前までハジメに関してあまり良くない噂が流れていたことを清水は思いだした。
そこまで考えれば、ただ仁が噂を広めたというより、友人の悪い噂を広められたから更に酷い噂でその噂を塗り潰したという考察の方がしっくりとくる。その際にハジメにも誤爆していたような気がしないでもないが。
「まあ、いいか。あいつともう話すこともないだろ」
仁がこれでこの件について関わらないでいてくれるという言葉に嘘がないのなら、もう仁から声をかけて来ることはない。そもそも通常ならば、仁のような陰キャ寄りの陽キャが清水に声をかけてくる方が珍しいのだ。
それなら、元通りの目立たない平凡な生活に戻れる。
そう安心した清水はやっと止まっていた足を動かし、自分の教室へと向かって歩いて行った……案の定、授業には遅刻した。
しかし、清水には一つ知らないことがあった。
「よう清水。お前がこの前買った例のアレ、新作が店に入荷したぞ。どうする? 買うか? 条件次第では手伝ってやらなくもないぞ」
「……は? あ、え」
この男はクラス中から嫌われているハジメとすら仲が良いのだ。ただの陰キャであるという理由だけで、不審者感MAXな面白い男との関わりを止めるほど繊細ではないということを。
というわけで、正月感が全くない清水と仁君の出会いでした。
正直、個人的には過去編というのは苦手なのでサクッと終わらせる予定です。
解説 『檜山大介ホモ疑惑事件』
1. 檜山が『ハジメが香織に告ってフラれた』という噂を流す
2. 仁がその噂を聞く
3. ハジメの噂を消すために美術部の腐女子先輩にハジメと檜山のBL漫画を描かせ、新聞部に提供して学校新聞に載せる
4. 檜山とついでにハジメが腐女子の間で大人気になる
5. ハジメよりも名前が広く知られている檜山の印象が勢いよく堕ちる