リンルイ親子との別れを済ませ、ウルの町から離れてから約一時間程の時が経過した現在、オレはメルとミュウに清水を加えた三人を連れ、ウルに来る時に来た道をわざわざ徒歩で引き返していた。
先頭をオレが歩き、そんなオレの上にミュウが肩車の体勢で乗っかり、その後ろをメルと清水が歩いて着いて来ている。今のところかなりゆっくりとしたペースで移動していることもあり、誰にも疲労の様子は見られない。
しかし、このペースで進んでいれば目的地であるエリセンにたどり着くまで相当の日数がかかるだろう。そして、その事実に清水は気づいていた。
「おい、風磨……俺達はこれからエリセンって海にある町に向かうんだったよな? もしかしてこのまま歩いて行くつもりか? 馬車とか使わないと厳しいぞ」
「うるさい。清水は黙って歩いて……」
「そうなの、清水は文句言わないの!」
「……俺はお前らを心配して言ってるんだよ」
メルとミュウの清水に対する扱いは大分酷いが、清水の言っていることにも一理ある。ここからエリセンまで、一度も休憩を挟まずに移動したとしても、徒歩ではきっと一月以上はかかるだろう。休憩時間や予想外の事態を考慮すればもっと時間がかかると思った方がいい。
ウルにいた時に大量の食料を購入して宝物庫にぶち込んだから、一ヵ月くらいは食事関係で困ることはないと思うが、問題なのは体力と環境だ。
エリセンに行くにはあの【グリューエン大砂漠】を超えなければならないのだが、いくらオレが砂嵐と太陽の熱を気のバリアで
「確かに清水の言う通りだ。このままだとオレ以外はエリセンに着く前にぶっ倒れる」
「うわぁ……そこに自分を入れないあたり仁さんらしいですね……というか、歩きがダメならどうやって行くんですか? 分かってると思いますが、馬車は人目が多いから危険ですよ……特に清水が」
「そうだな。オレは見た目を多少いじれるから何とかなるかもしれないが……清水は一発アウトだな」
「清水の役立たずー!」
「なあ、お前らもしかしてちょっと楽しんでないか? 今までは我慢してたけど……ふざけてやってるだったら怒るぞ」
「安心して、私は本気であなたのことが嫌いだから」
「……それはそれで辛い」
罪悪感から大人しくしていた清水が反抗しようとするも、メルの冷たい視線と共に放たれた言葉で撃沈する。
さっきから清水とメルはずっとこんな感じだ。それも仕方ないといえば仕方ない。メルからしてみれば清水はリンの故郷を滅ぼそうとしたただの悪人だ。そんな人間がいきなり自分達と一緒に来ると言われ、そう簡単に納得できるわけがない。
オレへの恩があるからこそこれぐらいで済んでいるが、もしオレが庇っていなければ、今頃清水はメルによって兵士に突き出されて速攻処刑されていただろう。むしろオレの友人だからとすぐに受け入れたミュウの方がおかしい。
他にも、あの下手くそな色仕掛けに引っかかったため、メルの中では清水が下品な男認定されているというのも嫌われている要素の一つといえる。これに関しては完全に清水の自業自得だ。それをオレが擁護するつもりは全くない。
「そんなことよりもっ! 結局、どうやってエリセンまで行くんだよ。徒歩も馬車も無理なんだろ。あっ……そういえば風磨は一回途中まで行ったんだよな? その時はどうしたんだ?」
メルの冷たい視線に耐えられなくなったのか、清水は強引にでも話を変えるために早口でまくしたてる。
「ん、オレか? 普通に空を飛んでいったけど……」
「参考にならねえ!」
しかし、オレの返答を聞くと、体全体で落胆を表すかのようにがっくりと項垂れる。そして【オルクス大迷宮】でオレが"舞空術"を使うところでも思いだしたのだろう、「ああ、そういえば……」と小さく声を漏らした。
「まあ、"念力"を使えば数人くらいなら浮かせて移動できるぞ。やってみるか? 速すぎて気圧に耐えられなくて圧死したり、呼吸が上手くできなくて窒息死したり、運悪くオレが落っことして落下死したりするかもしれないけど……」
「「却下!!」」
そこまで説明すると、メルと清水は初めて息をピッタリ合わせて否定の言葉を口にする。ミュウだけはわくわくしているようで、瞳を輝かせてオレを見つめてくるが、多数決でこの案はなしだ。オレ自身も正直にいうとかなり疲れるから普通に冗談として言ったのだが、拒否された今となっては本気にされなくて少しほっとしている。
「そう怒鳴るなよ。ちょっとしたジョークだ。オレもそんな危険な橋を渡るつもりはない。確かに空から行くのは有効な手だが……今回は別の方法で行こう」
人差し指を上に向けてオレが自慢げにそう言うと、メルは興味ありげに、清水は疑いの目を向けつつ、ミュウはもう待ちきれないという雰囲気で、三者三様の反応を見せながら次の言葉を待つ。
「少し前に面白い魔法を手に入れてな。その魔法をオレが使いやすいように改良して、オレ風にアレンジした技を作ったんだ。それでもイメージ通りの形にまで持っていくのはかなり苦労したぜ。オレにちゃんとした魔法の知識があったらもうちょっと楽だったんだがな。それに関しては仕方がない。ちなみにこの技の仕組みはな……」
「勿体ぶってないでさっさと教えろよ」
「……おまえつまらねぇなあ。まあ、いいけど」
オレが苦労をゆっくり語ろうとしたら、清水にストップを掛けられたため仕方なく苦労話を中断する。
この技の元となった魔法は【グリューエン大火山】で手に入れた神代魔法の一つである"空間魔法"。それを魔力ではなく、気で発動できるように改良し、ワープゲートのような余計な工程を挟まずとも、より素早く空間転移を可能とした技。
「技名は"瞬間移動"。シンプルで分かりやすいだろ」
〇
場所は移り、エリセンから少し離れた海上。そこでは、一隻の船が大陸へと向かって進んでいた。
「最短距離で陸を目指す! お前ら、振り落とされるなよ!」
「おう! 任せろ大将!」
「俺達の唯一の癒しであるメルちゃんを取り返すためだ! 命は惜しくねぇ!」
「馬鹿野郎! ミュウちゃんのことも忘れてんじゃねぇぞ! ふふふ、オレがかっこよくミュウちゃんを助ければ……きっとレミアさんは……」
「おい! 誰かこのクズを摘まみだせ!」
船に乗る多くの人間はまるでこれから戦場に向かうかのように、武器を片手に血気盛んな様子を見せていた。それもそのはず、彼らの目的はいつも仕事として行っている漁ではない。人攫いに遭った二人の少女を救うために船を進めているのだ。
特に攫われた少女の内一人は彼らもよく知る人物であり、血の繋がりがなくとも自分達の娘のように可愛がっていた。そんな少女が攫われ、彼らが怒りを抑えられるはずがない。たとえ相手が誰であろうとも、必ず助けだすという覚悟を胸に彼らはこの船に乗っていた。
そして、そんな彼らの他にも、この船には強い覚悟を抱いて乗る者達がいる。
「いいか、必ずあの子達を救い出せ。邪魔する者がいれば容赦する必要はない」
「はっ。承知しました」
「もし抵抗する者がいたらどうしますか!」
「その時は……殺せ!」
「「「はっ!」」」
彼らは海人族の自警団。エリセン付近の海域も守らねばならないため、人数こそ多くはないものの、攫われた少女達を救うためだけに海人族の中でも特に腕の立つ精鋭だけがこの船に集められた。
これは海人族にだけ当てはまるものでもないが、亜人族は種族における結束や情が多種族よりも厚い。その情の強さはたった一人の同族を守るために一つの国にさえ喧嘩を売るほどである。そんな彼らが同種族であり、共に過ごした仲間でもある少女を救いたいという気持ちは人間であるこの船の乗組員達と比べても、勝るとも劣らないと言えるだろう。
そして、そんな異なる二種族の集団を率いているのが攫われた少女の内一人、メルの実の父親であるマリクだ。仲間達からは大将と呼ばれる彼も、最初こそ娘が攫われたと聞いて冷静さを失い暴走しかけたものの、仲間の助けもあって今では怒りを感じつつも冷静さ保つことが出来ている。
一度冷静になりさえすれば、彼も人の上に立つ人間。すぐさま救助隊を編成し、船の修理を済ませ、最短で出航させた。人間でありながらマリクがこの集団を任せられるのは、その実力をエリセンに暮らす多くの者が認めているからこそだろう。
そんな彼に一人の船員が声をかける。
「大将……一つ聞きたいんですが、あのピンク色の魔人は本当に信用できるんですか?」
「んぁあ? 何言ってんだ今更」
それは、数日前に出会った魔人族らしくない魔人を名乗る少女のような少年についての話だった。
エリセンに行きたいから船に乗せて欲しいと頼んできたその少年は、船に乗ってから色々とアクシデントに襲われ、マリクが意識を失っている内にその姿を船から消した。そのことを不審に思い、少年が少女達が攫われた件に何かしら関係しているのではないかと勘繰る者まで出始めたが、その誤解はすぐに解かれた。
きっかけは、意識を取り戻したマリクが服のポケットに入れられていた紙切れに気づいた事だった。その紙切れには殴り書きでとても読みずらい字ではあったが、確かにこう書かれていた。
『ちょっとあんたの娘を助けに行ってくる』
短い文章で差出人の名前もなかったが、あの場にいる者の中でちょっとコンビニ行ってくる的な感覚で重要な手紙を残すような者は一人しかいない。ほんの数時間程度の付き合いでしかないが、少年の常識外れさを理解していたマリクはこれが例の少年が残したものであると確信した。
そして同時に、メモの存在を確認したマリクは心の底から安堵した。
彼はあまり頭を使うのは得意でないが、人の善悪を見極める才能はあると自負していた。そんな彼から見て、少年は紛れもなく善側の人間だった。それに加え、船を襲った巨大な魔物を軽々と撃退するほどの力を持つこともその目で見たため知っている。そんな彼ならば安心して娘を任せられる。マリクはそう判断したのだ。
だからといって、このままじっと待っているというのも性に合わない。そんな理由からマリクは仲間を連れ、陸へと向かうことにしたのだ。あのメモに書かれたように少年が娘を助けたならば迎へに行くために、少年が娘を助けられなかったとしても己の手で救うために。
とはいえ、その少年を信用できるというのは結局のところマリクの勘でしかない。故に、彼以外の人間がそこに不信感を感じるというのはごく自然な流れであった。
「いやだって魔人族ですよ! 人間と戦争してるあの種族がどうして俺達に手を貸すようなことするんですか!」
「おめぇなあ……あの坊主のことは何度も説明しただろ?」
「そ、それはわかってます。でも……やっぱり魔人族は……」
そんな気になる会話に船に乗る多くの者が聞き耳を立てる。そうなってしまえば自然と先程の喧騒は静まり、船上には沈黙が広がる。
「はぁ、お前達の言いたいことは分かった。でもなあ、今の俺達にとってそんなことどうでもいいだろ?」
「はい? どうでもいいって……」
「もし坊主が残した手紙が嘘だったとしても、俺達がやることは変わらねぇ。このまま陸に向かって。メル達をなんとしてでも救い出す、違うか?」
「そ、それは……そうですけど」
マリクの言葉に思わず声をかけた船員の言葉が詰まる。実際、その考えに間違いはない。マリクの勘が正しくとも、船員達の不安が的中しようとも、彼らの進路に変更はないのだ。だが、それはそれとして、自分達のリーダーが魔人族を信用していることに不安を感じる者は少なからずいる。
しかし、この場で最もメル達の身を案じているマリクがこうして認めているのだから、他の者がこれ以上口を出す事も出来ない。そんな感じに、少し空気感が悪くなったまま船は進んでいった。
とはいえ、この船の乗組員は基本的に頭の緩い――悪くいってしまえばアホな人間ばかりなため、数十分も経てば海人族の自警団を除いて普通にバカ騒ぎを始めるのだけれど。
そうして、彼らが船を進めること約一時間。
既に先程までの暗い雰囲気が嘘かのように船員達の士気は上がり、そんな船員達の様子を同乗している海人族達は呆れたような目で見つめている。船の進み具合は順調で、もうすぐで陸に到着するというところだ。
その時、彼らの行く手を阻む存在が現れた。
「っ……!? おい、こいつはまさか!」
舵を握っていたマリクが突如船を襲った大きな衝撃に反応する。船員達や海人族の自警団達はいきなりの衝撃に慌てふためき、それどころではなかったが、彼だけはその衝撃が体験したものであることに気がついた。
そして、海から生えるようにして襲撃者は現れた。
その姿はマリクが予想した相手そのものだった。吸盤のようなものがついた赤い触手のような魔物。全体像は見えず、体の一部だけが海から姿を現して船に絡みついてきた。その数合計五本。
それはまさに数日前、魔人を名乗る少年を船に乗せていた際に襲い掛かって来た魔物の姿だった。あの時との違いといえば……あの時はいなかった海人族の自警団が船におり、魔物を撃退した少年がこの場にはいないこと。そして、今度は触手の数が二本多くなって襲い掛かって来たこと。
「チクショウ。こんな化け物にまた出くわすなんざどうなってんだ」
マリクの口から思わず愚痴がこぼれる。それも無理はない。彼らは長年この海域で漁をしていることもあり、エリセン周辺の海のことならこの世界で一番詳しく知っていると言っても過言ではない。そんな彼らだからこそ、どのルートで進めば最も魔物との遭遇が少ないかは把握していた。
百パーセント魔物との遭遇がないとまではいかないが、この海域では最も遭遇率が低く、仮に遭遇したとしても弱い魔物ばかり、そんなルートを彼らは今も使っていた。にも関わらず、ここまで巨大な魔物に一度ならず二度までもここ数日の間で襲われるなど異常としか考えられない。
「マズいな……」
予想外の事態にマリクは顔を青くする。
既に船員達は迎撃を開始し、海人族の自警団も海に潜って船に絡みつく魔物を引き剥がそうとしている。だが、戦況は確実にこちら側の不利に傾いてきていた。
前回は運良く同乗していた者に恵まれたが、今回はそうはいかない。自分達の力だけで乗り越えなければならないのだ。しかしそれは、多少戦いの心得がある程度の船員達と海中ならば人間の兵士よりも強い程度でしかない海人族である彼らにとって不可能に等しいことだった。
「戦力が圧倒的に足りねぇ。ここは引くべきだが……あの化け物がそう簡単に逃がしてくれるとも思えねぇ。どうする……」
撃退することも逃走することも不可能。戦力の差は圧倒的。そう遠くない内にマリク達が全滅するのはもはや確定だった……逆転の一手が無ければ。
「戦力が必要か? だったらオレが手を貸してやろう」
突如、背後から聞こえた最近聞いた記憶のある声にマリクは思わず呆然とする。先程まではそこに誰もいなかった。それは間違いない。しかし、背後から聞こえる声は彼がそこにいることを証明していた。
恐る恐るマリクは後ろを振り向く。
そこには、
「よっ、こないだぶり」
先程まで話題に出ていた魔人を名乗る少年。
そして、
「えっと、その……ただいま?」
攫われたはずの愛する娘が、そこにいた。