「「「瞬間移動!?」」」
オレがその技の名を伝えると、三人は声を大にして驚きを示す。
「じゃ、じゃあ、すぐにでもエリセンに帰れるってことですか!?」
「え? そうなの!?」
それを名前通りの技だと受け取ったメルとミュウは分かりやすくその顔に喜色を浮かべる。今オレ達がいるこの場所からエリセンまでの距離はそこそこあり、通常の方法であれば、移動だけでもかなりの時間を必要としただろう。
だからこそ、二人も帰れるのはまだ先のことだと考えていたに違いない。それが、すぐに帰れるかもしれないという希望が見えればその反応も無理はないだろう。
「可能だ。ただ、ちょっと問題がある」
「問題? なんですか?」
「ああ、実は……――」
結論から先に言ってしまえば、メル達の推測は間違いではない。行こうと思えばすぐにでもエリセンに行くことは出来る。しかし、そんな便利すぎる技をなんの制限もなく、ホイホイと使えるわけがない。
"瞬間移動"という技はまさにテレポートのような能力だ。まず、オレが移動したい先にいる生物の気を探知し、それからこの技を発動することで探知した気の持ち主の下へと一瞬の内に移動することができる。
つまり、生物の気を感知して移動する以上、移動したい場所に誰かがいることが発動の最低条件となる。その点に関して、エリセンはなんの問題もない。距離自体は大分離れているものの、今のオレならばこれぐらいの距離でもエリセンに暮らす人々や海人族の気を感じることができる。
問題はオレ自身がエリセンに行ったことがないため、知り合いどころか顔見知りすらいないということだ。
仮に、このままエリセンにいる誰かのところへ"瞬間移動"したとしよう。相手側からしてみれば、赤の他人であるオレ達が誘拐された二人の少女を連れていきなり目の前に現れることになるのだ。
そうなれば当然怪しまれることは避けられない。それは、可能な限り面倒事を避けたいオレにとってかなりの悪手だ。
「そういうわけで、今オレ達が考えるべきはどうやって行くかじゃなく、行った後にどうするかだ。冤罪で捕まるわけにもいかないしな」
「あの……」
そこまで話すと、そもそもオレの説明をよく分かっていない様子のミュウとは違って、ある程度理解した上で何か思いつきでもしたのか、メルがそーっと手を上げる。
「どうしたメル? なんか分からないとこでもあったか?」
「いえ、そういう訳ではないんですけど……」
すると、不安そうにとある提案を口にした。
「その行き先って……パパの所にできないんですか? 仁さんはパパを知ってますし、パパの方も私達の事情を知ってますよね。それに……どうせパパは漁に行ってるか自分の部屋でお酒飲んでるかなので、人目も気にしなくていいと思います」
その提案を聞いて、オレの口からは思わず「あっ!」という声が漏れ出た。その考えが頭の中から完全に抜けきっていたからだ。
「……確かにその通りだ。あのツンデレおじさんならオレの事情も知ってる。バカかオレは、どうしてこんな簡単な方法に気づかなかった」
「ツンデレおじさんって……」
一番最初に思いつくであろう可能性に気づけなかった自分の頭の固さに多少イラつきつつも、オレはメルの意見を取り入れてマリクの気を探る。そこで、オレは自分がその考えに至らなかった理由を理解した。
「見つけた……なるほど、そういうことか。メル、どうやらおまえの父親は今エリセンにいないみたいだぞ」
「え……じゃあどこに……」
「進路的に見て陸の方に向かってるみたいだな……たぶん、おまえを助けに来ようとしてるんじゃないか? まあ、エリセンからそう離れてるわけじゃないみたいだから移動先としてはまったく問題ないけど」
「パパが、私を助けに……」
現在、マリクの気はエリセンから少し離れた位置、恐らく海上であろう場所にあった。十中八九メルとミュウを助けるために船を出したんだろう。だが、オレからしてみれば好都合だ。船の上ということは乗ってる連中はオレが乗った時にいた連中と変わらない。戦力として追加されていたとしてもせいぜい海人族数人程度だろう。
「……よし、気は見つけたし早速行くぞ」
「は? え、急すぎだろ」
「善は急げともいうだろ。早く行くことに越したことはない。心の準備ができたらオレに捕まれ」
「え……は、はい!」
「ギューなの!」
オレの言葉を聞くと、メルが腕にミュウが肩車の状態のまま頭にガッチリとしがみつく。
「え、えっと……」
「顔赤くしてんじゃねえよ気持ち悪い。恥ずいなら肩に手でも置いてろ。少しでも触れてれば問題ない」
「わ、分かった!」
そして最後に清水が肩に手を置き、準備は整った。
「よーし、それじゃあレッツゴー!」
そうして、"瞬間移動"でマリクの所まで来たオレ達の前には、
「……どういう状況だこれは」
あまりにも異常な光景が広がっていた。
移動した先が船の上だったことは分かっていた。海人族が一緒にいたことも想定内だ。だが、どうしてまた
目の前には物凄く見覚えのある海洋生物の足。どこからどう見ても以前この船に乗った時にも襲ってきたあの魔物だ。以前見たことがあるどころか、撃退した経験のあるオレだからこそこれくらいの驚きで済んでいるが、初見のメル、ミュウ、清水の三人は驚きのあまり言葉が出てきていない。
そんな三人の様子を見て、自分より慌ててる奴が近くにいれば逆に落ち着く例の法則に従って冷静さを取り戻したオレは、ちょうど目の前で頭を悩ませているマリクに声をかけた。
「坊主……それに……」
「気持ちは分かるが、もう少し落ち着いてくれ。あんたがそんな調子だとこっちも反応に困る。それに、今はアレの対処が先決だろ?」
オレ達の方に顔を向けたマリクは魔物に襲われたという絶望と娘と再会できたという喜びに感情がぐちゃぐちゃになったかのような複雑な表情をしていた。こんな状態ではきっと何を言っても脳が処理できないだろう。そう判断したオレは勝手に行動する。
「清水、おまえはメルとミュウを守れ」
「ぇ……お、おう!」
「メルは父親を落ち着かせろ。今おっさんに思考停止されたら困るのはオレと清水だ。頼んだぞ」
「あ、はい!」
「ミュウは……まあ勝手に動くな」
「……」
「うん。今は無理そうだな」
ミュウは未だ現実に戻ってきていないようだったが、清水とメルはなんとか冷静さを取り戻し、オレの言葉に反応する。清水の戦闘能力はオレと比べてかなり低いが、それでも元勇者パーティーのチーターだ。二人の少女を守る程度ならできるだろう。
「さて、それじゃあさっさとこの雑魚にはご退場願おうか」
そして、オレは目の前の船を襲う巨大な魔物へと戦いを挑んだ。
〇
それから約一時間後。
「ありがとな坊主。また助けられちまった」
「別に構わないさ。あんたが死んだら困るのはオレも同じだ。というか、メルともう少し一緒にいなくていいのか? 久しぶりの再会だろ。もっとこう……感動に涙を流すような……」
「……いいや、これでいい。俺達親子はこれくらいがちょうどいいんだよ」
オレは船内にある船長室でマリクと机一つ挟んで向かい合っていた。
とりあえず、あれから何があったのかをざっくりと説明しよう。
まずあの魔物についてだが、倒した――というより撃退したという表現の方が正しいかもしれないが倒したということにしておこう。以前よりも足が二本も増えて戦力アップはしていたが、一本一本の強さがオレからしてみればそう大したことない。はっきりいって対処自体は余裕だった。
大変だったのはその後の事だ。
あの魔物と戦い始めたことでオレの存在を船に乗っていた者達が認知したのだ。そして、オレが魔物を倒して船の上に戻ると、予想はしていたが案の定海人族達が槍を突きつけてきた。
とてつもなく既視感を感じる流れに思わず呆れてしまったのは仕方ないだろう。
それから、誤解を解くためにメルやミュウにも協力してもらったのだが、これが全然効果がなかった。海人族達の中でも隊長っぽい奴がメルに「もう大丈夫だから、本当の事を言ってもいいんだよ」とか言い出した時は流石にキレそうになった。
ちなみに清水はオレの仲間だと判断されたらしく船に戻った時には既に拘束されていた。普通に戦えば清水が負けるはずないのだが、まさか味方だと思ってた海人族達が敵対してくるとは思いもしなかったのだろう。
この場で以前のように全員叩き潰すことは簡単だが、信用されなければ困るのはこっちだ。だから、少し下手にでてやったのだが、それがダメだった。マリクに睨みを効かされてビビっていたこの船の船員達はともかく、調子に乗った海人族達がとんでもない条件を出してきたのだ。
1. 四肢の切断
2. 開口禁止
3. メルとミュウへの接近禁止
4. 人攫い仲間の情報の無条件提供
5. 今まで攫った仲間達の解放
それらをエリセンへと入れる最低条件として提示してきやがった。
正直に言ってこの時のオレはもうブチギレ寸前だった。明らかに理不尽な条件に加えて、後半二つに関しては百パーセント冤罪だ。そこまで調子に乗られてこのまま大人しくしているわけにもいかず、ついに我慢の限界を迎えて武力行使に移ろうとしたその時、この場にいる多くの者が想定すらしていなかった事態が発生した。
先程まで父親との再会を喜んでいたメルがブチギレたのだ。
その様子は恐ろしく、見間違いかもしれないが背後に般若のようなナニカまで見え始めた。あまりにどす黒いオーラを発するメルの姿は矛先を向けられた海人族達だけじゃなく、オレや清水までもが思わずビビッてしまうほどだ。
特に最初の「そろそろふざけるのもいい加減にしてください」と言いながら近づいてきた時のあの表情はもうちょっとしたホラーだった。全く表情筋が仕事をしていない上に瞳に光が宿っていないのだ。ミュウなんて恐怖のあまり泣き出してしまった。
そんな感じで海人族達への説教タイムへと流れが変わったことで、オレの怒りは治まり、どうすればいいものかと悩んでいたところでマリクがこっそりと船長室に連れていってくれたのだ。
そうして、今に至る。
船長室に連れてこられていきなり酒を出されたことには流石に驚いたが、どうやらマリクの目的はオレに正式な感謝と謝罪を伝えることと、メルとミュウを助けるまでの経緯を聞くためらしい。ちなみに興味本位で酒を口にはしたが普通にマズかった。もうきっと飲むことはない。
「あのバカ共に関しては本当に悪かった。まさかあそこまで恩知らずな連中だとは思わなかった」
「いや、あんたが謝る必要はない。それに、今頃あいつらはメルにこってりと絞られてるんだろ? 年下の女の子の怒られるってだけでも十分な罰だ。むしろ少し同情してるくらいだぜ」
「ふっ……確かにそうだな。流石俺の娘だ。親として誇らしいぜ」
「……話題に出したオレが言うのもなんだが、自分の部下を娘が説教して誇らしく感じるのは大人としてどうなんだ?」
船長室に来るまでの間に出会った船員にマリクが指示を出したことで既に船はエリセンへと向かっている。どうやらオレの予想通りこの船はメル達を助けるためだけに出されたものらしく、その必要がなくなった今はこれ以上進む理由がないとのことだ。これはオレにとっても都合が良いので特に止めようとも思わない。
ただ一つ問題があるとするならば、この船にいる奴らがエリセンでオレにとって都合の悪い噂を流さないかどうかだが、そこはメルに任せよう。どうやらこの船の人間は船長含めて全員メルに頭が上がらないみたいだからな。
「もし俺に出来ることがあるんなら、いつでも頼ってくれ。こう見えて顔は広いしな。知ってるか? 俺は王国の騎士団長様とも酒を飲む仲なんだぜ」
「騎士団長って……いやまあ、確かに気は合いそうだが……」
「ん? どうした?」
「いいや、なんでもない。でもそうだな、そこまで言うなら二つ程頼みたいことがある」
「おう、何でも言ってみな」
「ありがたい。実は……――」
〇
そうして、海を走ること更に数時間の時が経過した。
道中、オレに無茶苦茶な提案をしてきた海人族達が顔を真っ青にして土下座するなんていう面白い事態があったりしたが、ようやく目的の場所にまでやってこれた。
ちなみにあの海人族達はオレの許しを得られないとメルの説教十八時間コースらしいから気持ちの良い笑顔で「ダメで~す、許しませ~ん!」と言っておいた。今更だがメルってあんなキャラだったか?
「おお……マジで海の上にあるじゃん。あれって魔法で浮いてんのか?」
視界の奥に見える海上に浮かぶ大きな町『エリセン』の存在を把握し、思わず声が上がる。思い返してみれば、ただ大迷宮に行くための中間地点として行くつもりだったのに随分と遠回りをしてしまった。
マリクが船員達に指示を出し、船を空いている桟橋付近に停泊させる。すると、武装した海人族と人間の兵士が近づいてきた。どうやらメル達を助けるために少し前に出た船が一日も経たずに帰ってきたことに違和感を覚えたようで、かなり焦っている様子だ。
それを見たマリクがオレと清水に船で待つように伝えると、メルとミュウを連れて事情を説明するために前に出て、兵士達のリーダー的な人物と話し合いを始めた。何度かオレの方を指差している様子をみるにオレのことも説明しているんだろう。念のため言っておくが、ちゃんとマントに付与された魔法は発動させているから今のオレの姿は普通の人間と変わりない。
それからしばらくして、マリクと話していた男がいきなりオレに近づいてきた。少し警戒しながら相手の行動を観察すると、その兵士は落ち着いた口調で語り掛けてきた。
「君が彼女達を助けてくれた旅人だな。すまないが、名を教えてもらってもいいだろうか?」
「……風磨仁。覚えても覚えなくてもどっちでもいい。どうせ短い付き合いだ」
「そうか。風磨殿、この町に住む人間を代表して、礼を言おう。彼女達を救って頂き感謝する」
そう言って頭を下げる人間族の兵士。その胸元にはハイリヒ王国の紋章が入ったワッペンがついており、王国が海人族の保護の名目で送り込んだ駐在部隊の隊長格だというのはすぐに分かった。
「その感謝は素直に受け取っておく。ただ、オレのことよりもミュウを母親のところに帰すのが先じゃないか?」
「むっ、確かにそうだな。とにかく、あの子を母親の元へ……あの子の母親の状態を知っているか?」
「ん? いや知らんけど……もしかしてなんかやばいの?」
人間族の兵士達のリーダー、サルゼと名乗った男の話によると、どうやらミュウの母親は足に酷い怪我を負っているらしい。
そもそも、海人族側がメルとミュウが誘拐されたと断定していることに疑問を感じてはいたが、その理由こそ、ミュウの母親が二人を攫った犯人達と遭遇したからだという。
いつまで経っても帰ってこないミュウを探していた彼女は、怪しげな男達と遭遇したそうだ。そして、その男達こそがメルとミュウを攫った誘拐犯だったのだ。ミュウの母親に見つかったことに焦った誘拐犯達は彼女を殴り、蹴り、魔法を放ち、足に大怪我を負わせたという。なんとか一命は取り留めたらしいが、もう歩くことも、泳ぐことも出来ない状態らしい。
そんな事情があり、現在ミュウの母親は立って歩くことすら出来ないとサルゼは言った。
「んー……治してやろうか?」
「な、治せるのか!?」
「うん。死んでなけりゃいける」
話に聞く限り、かなり酷い状態だというのは分かる。それでも、言ってしまえばただの重症だ。"回復の術"ならば容易に治癒することができる。その傷が呪いとかだったら話は別かもしれないが、そういうわけでもないのだろう。
オレの言葉に絶句するサルゼだったが、それならばと、すぐに気を持ち直してオレとミュウをミュウの母親の下へと連れて行こうとする。道中、ミュウを知る者達が声をかけたそうにしていたが、サルゼが怒鳴り声をあげたことで大人しく道は開いていく。
「お兄ちゃん。早く帰るの! ママに会いたいの!」
「はいはい……転ぶからもう少しゆっくり歩こうな」
オレの手を懸命に引っ張り、早く早く! と急かすミュウ。彼女にとっては、ひさしぶりの我が家と母親なのだ。無理もない。道中も笑顔を多く見せていたが、やはり母親が恋しい年頃のようで、一人になると何度も涙を流していたのをオレは知っている。
そんな状況で空気を読まない一人の男が乱入してきた。
「お、おい風磨! 俺を置いてくなよ!」
「いや、おまえ……親子の感動の再会にはルックス的に場違いだろ」
「顔で決めんな! 間違ってはないけどさあ!」
「分かってんならいいじゃん。大人しく留守番しとけ」
「……でも、知らない奴ばかりで居心地悪くて」
「人見知りってキャラでもないだろ……」
ザ・陰キャの清水が場の空気に耐えられずオレに着いてこようとしたのだ。確かに先程まで自分を拘束してきた奴らの中でオレという強者が近くにいないという事実はメンタル弱者の清水にとっては辛いのだろうが、いくらなんでも感動の親子の再会に立ち会わせるには清水は不似合い過ぎる。
どう言って置いてこうかとオレが思考を巡らせたその時、通りの先で誰かが騒ぎ始めた。少し聞き耳を立てると若い女の声と、数人の男女が言い合ってるような声が聞こえる。
「レミア、落ち着くんだ! その足じゃ無理だ!」
「そうだよ、レミアちゃん。ミュウちゃんならちゃんと連れてくるから!」
「いやよ! ミュウが帰ってきたのでしょう!? なら、私が行かないと! 迎えに行ってあげないと!」
どうやら、家を飛び出そうとしている女性を、数人の男女が抑えているようだ。おそらく、この町の住民がミュウの帰還を母親に伝えたのだろう。
そのレミアと呼ばれた女性の必死な声が響くと、ミュウが顔をパァア! と輝かせた。そして、玄関口で倒れ込んでいる二十代半ば程の女性に向かって、精一杯大きな声で呼びかけながら駆け出した。
「ママーー!!」
「ッ!? ミュウ!? ミュウ!」
ミュウは、ステテテテー! と勢いよく走り、玄関先で両足を揃えて投げ出し崩れ落ちている女性――母親であるレミアの胸元に向かって満面の笑顔で飛び込み、両者はもう二度と離れないというように固く抱きしめ合った。
こうして、人攫いによって離れ離れとなった最後の親子が再会を果たした。
誤字報告、感想ありがとうございます。
必殺技紹介
『瞬間移動』
気を探った相手の目の前、または自身の視界に映るどこかへ過程を無視して一瞬で移動できる。マリクの船に行く際に使用。"空間魔法"をベースにして仁が作った技であるため、『ドラゴンボール』で孫悟空やヤードラット星人が使っていたものとは別物。