嬉しい。
メルとミュウの二人をエリセンに送り届けてから三日が経った。
あの後、ミュウの母親であるレミアの足の怪我をサクッと治したオレは、お礼として、エリセンに滞在している間は自分達の家を使ってほしいというレミアの提案を受け入れ、その日以降、オレと清水は普段レミアとミュウが暮らす家に住まわせてもらう事となった。
それから先は、ちょっとしたカオスな展開が続いた。
レミアの家にオレが泊まっていることを知ったマリクが酒瓶片手に超ハイテンションでやってきたり、メルに滅茶苦茶説教された結果、なんとしてでもオレから許しを貰おうと、海人族の自警団達が部屋まで押しかけて集団土下座をしてきたり、清水が何故だかヘラりだしたり、オレが人妻に手を出す事を危惧したメルがほぼ毎日監視に来たり、レミアのママ味についオギャリそうになったりと、色々あったわけだ。
そんなある意味戦闘よりも過酷な日常を過ごしながらも、十分な休息を取ったオレは、遂に本命の目的である【メルジーネ海底遺跡】の探索へと乗り出した。
〇
エリセンから西北西に約三百キロメートル。
そこが、オスカーの記憶から読み取った【メルジーネ海底遺跡】の存在する場所だ。海底遺跡というぐらいなのだから、勿論それは海の底にある。つまり、そこに辿り着くためには海の上を進むための移動手段が必要となるわけなのだが、そこに関しては問題ない。エリセンに行くまでの間にマリクにこの場所まで送ってもらうように頼んでおいた。
ここで、『おまえ空飛べるんだからそれで行けばいいじゃん』という疑問も出てくるだろう。その疑問に対してオレは即答でこう答えよう。
『まさに正論!』と。
本音を言ってしまえば、わざわざ船なんかに乗って行くよりも、オレが"舞空術"を使った方が時間的にも安全面的にも効率が良い。にも関わらず、マリクに頼んでまで船を出してもらったのには当然理由がある。その理由についてはまた今度機会があったら説明するとして、今は迷宮攻略に集中しよう。
そんな感じで、仕方なくマリクに船を出してもらったオレは現在、【メルジーネ海底遺跡】のあるであろうポイントまでやって来ていた。
今、この船に乗る者はオレ、マリク、船を動かすための船員数人、そして海人族の護衛が一人だけだ。清水はエリセンに置いてきた。本人は知らない奴ばかりで気まずいと言って着いてこようとしてきたのだが、あいつにはエリセンでやってもらわねばならないことがある。大迷宮攻略に連れていくわけにはいかない。
広大な大海の上でオレはざっと周囲を見渡す。しかし、迷宮らしきものどころか、それらしきものの目印すら見えない。分かっていたことではあるが、ここまで何もないと少し不安になってくる。そう感じたのはオレだけではないらしく、何も見つからないこの状況に疑問を感じたマリクがオレに声をかけてきた。
「なあ坊主、本当にこんなところに迷宮なんかあるのか? 俺達はここら辺の海のことならよく知ってるが、そんなもんがあるなんて聞いたこともねぇぞ。ここら辺は海底が浅いくらいで何か特別な海域ってわけでもねぇしな」
「ある、それは間違いない。まあ見てな……」
時刻はちょうど深夜0時。頭上には暗く輝く月が見下ろしている。それを確認したオレは宝物庫から【グリューエン大火山】攻略の証であるペンダントを取り出す。サークル内の女性がランタンを掲げている姿がデザインされたこのペンダントはランタンの部分だけがくり抜かれ、穴あきとなっている。
オスカーの記憶を辿っても【メルジーネ海底遺跡】の詳しい位置については分からなかった。だが、このペンダントがそこまで導いてくれるということは知っている。
何もない空間から突如出現したペンダントに少し驚いた様子を見せるマリクを無視し、オレはペンダントを月の光にかざす。すると、ペンダントに少しづつ変化が現れた。
「……すげぇ、光が溜まってやがる」
その様子を後ろから見ていたマリクが感嘆の声を上げる。
彼の言葉通り、ペンダントのランタンは少しずつ月の光を吸収するように底の方から光を溜め始めていた。それに伴って、穴あき部分が光で塞がっていく。
やがて、ランタンに光を溜めきったペンダントは全体的に光を帯びると、次の瞬間、輝くランタンから一直線に光が放たれた。その光は海面のとある場所を指し示している。
「……こっちか。なかなか面白い演出をするじゃないか」
その様子を見ていたマリクやその他の船員達が「おぉ~」と感嘆の声を上げる。自他共に認めるバカ集団である彼らだが、こういうロマンのある演出で感動できるぐらいの子供心は持ち合わせているらしい。
「光の強さから見て……そこまで深くないな。これぐらいなら、息を止めたままでも行けるだろ」
オレが息を止めて行動できる最長時間はざっと二時間くらい。それだけあれば、この光を辿って迷宮の内部に入り込むことぐらいは容易い。
「よし……行くか」
「……お、おお、もう行くのか。俺達も流石に海底まではついていけねぇが、どうすればいい? ここで坊主が戻ってくるまで待てばいいのか?」
「いいや、先に帰っといてくれ。それよりも……例の件、頼んだぞ」
「言われるまでもねぇ。任せときな」
「ああ、頼んだ」
そう最後に言葉を交わし、オレはランタンの光を辿って海に飛び込んだ。
それから、大体三十分くらいの時間が経過しただろう。オレは【メルジーネ海底遺跡】の入口にまでやって来ていた。
意外にもここに来るまでそう苦労することはなかった。
当然泳いで移動する以上、移動速度に制限はあった。それでも、想定よりも水流は穏やかであったから泳ぐこと自体は困難でなかったし、それに襲ってきた魔物もオレが戦った中では中の下くらいの強さでしかなかった。
それに、これにはオレ自身も驚かされたのだが、どうやらオレは水中であっても普通に呼吸ができるらしい。といっても、魚のようにエラ呼吸が出来るわけではない。正確にはこの体は呼吸を必要としないのだ。息を止めてもまったく苦しくならなかったからおかしいとは思っていたが、まさかマジで空気が無くても生きていけるとは思わなかった。
改めて人間をやめてしまった感が強くなったが、息を止めることに意識を割く必要がないというのはこの海底でかなり有利に働いた。そのおかげで大分時間も短縮できた気がする。
他にも、ここに辿り着くまでに多少の謎解き要素もありはしたが、小学生でも分かる程度の難易度であったため、はっきり言って悩むことはなかった。
そんな謎解きを終えると、今度は今までのような水中ではなく、今オレがいる空気で満たされた洞窟に辿り着いた。恐らく結界でも貼って海水の侵入を防いでいるのだろう。ここが【メルジーネ海底遺跡】とみて間違いない。
そんな洞窟の中をオレはただ一人歩いていた。
「うわぁ……びっちょびちょだ。気持ち悪っ……ん?」
泳いできたから仕方ないとはいえ、ずぶ濡れとなった服に不快感を感じつつも、オレは洞窟の奥へと進む。すると、突如頭上から殺気を感じると同時に複数の小さな気を探知した。思わず顔を上げると、レーザーのごとき水流が流星さながらに襲いかかってきていた。それは、まさに圧縮された水のビームであり、人体くらいなら容易く貫くだろう。
しかし、それは普通の人間であったらの話。
降り注ぐ水のレーザーを最低限の動きで躱し、躱しきれなかったものは手の甲で弾く。ちょっと手のひらがヒリヒリしたが、大きなダメージはない。そして、水のレーザーの対処を終えると、天井に向かって腕を横薙ぎに振るうようにして広範囲にエネルギー弾を放った。
洞窟内に響き渡る爆発音と同時に、ボロボロと攻撃を放っていた原因が落ちてくる。それは、一見するとフジツボのような魔物だった。天井全体にびっしりと張り付いており、穴の空いた部分から水レーザーを放っていたようだ。率直に言って気持ち悪い。
「……弱いな」
だが、オレの口から最初に出てきたのはそんな感想だった。基本的に大迷宮の魔物というのは地上の魔物よりも強いのがデフォだ。しかし、このフジツボモドキの強さは地上の魔物とそう変わらない。むしろ弱いと言ってもいい。
この時はまだ初戦であったため、オレの勘違いかもしれないとも思ったが、先に進むにつれ、その違和感はどんどん大きくなっていった。
手裏剣のように飛んでくるヒトデ、水中から襲い掛かてっくる海蛇、その他数体、大迷宮の魔物にしてはあまりにも弱すぎる魔物達と遭遇した。
「どうなってんだこれは……」
予想以上に難易度が低いこの状況にオレは多少混乱するも、答えが出ぬまま進み続けると、通路の先にある大きな空間に出た。
「うおっ!? なんだこれ……クラゲか?」
オレがその空間に入った途端、半透明でゼリー状の何かが先の通路へ続く入口を一瞬で塞ぐ。
試しにエネルギー弾を撃ち込めば、一瞬だけゼリー状の壁に穴が開くくらいで、壁から現れた新たなゼリー状のなにかによってすぐに穴は埋められる。
「……上か」
すると、ゼリーの壁に開けられた穴が塞がると同時に、今度はオレの頭上から先端が槍のように鋭く尖った無数の触手が襲いかかってきた。その攻撃にすぐに反応したオレはその場からバックステップで下がって回避し、触手に向かってエネルギー弾の弾幕を張る。
触手には溶解機能でもあるのか、オレのエネルギー弾を少しづつ溶かそうとするも、圧倒的な物量差でゴリ押し、無理矢理触手を消し飛ばす。
すると今度は、ゼリー状の壁と触手を生み出していた魔物が姿を現した。
天井の僅かな亀裂から染み出すように現れたそれは、空中に留まり形を形成していく。半透明で人型、ただし手足はヒレのようで、全身に極小の赤いキラキラとした斑点を持つ。頭部には触覚のようなものが二本生えており、宙を泳ぐようにヒレの手足をゆらりゆらりと動かすその姿は、まるでクリオネのようだ。もっとも、全長十メートルのクリオネはただの化け物でしかないのだが。
姿を現した巨大クリオネは、何の予備動作もなく全身から触手を飛び出させ、同時に頭部からシャワーのようにゼリーの飛沫をこちら側に飛び散らせた。
「ちょ、おい! 汚ねぇだろうが!」
半透明でゼリー状で噴射する。そんな生理的に嫌悪感しか感じないナニカをオレが受け止められるはずもなく、多少冷静さを失ったオレは"イノセンスキャノン"を放ち、周囲の壁ごと巨大クリオネを巨大な光球で粉々に吹き飛ばした。
しかし、
「はあ? どうなってんだ。なんでまだ気が残ってる……」
こっぱみじんにしたにも関わらず未だ気を感じるということは、巨大クリオネはまだ死んでいない。攻撃を耐えられたことはあった。肉体の一部を破壊してもすぐに再生されたこともあった。だが、ここまで粉々にして全く気が減っていないという経験は初めてだった。今までにない事態にオレは内心冷や汗をかく。
すると、そのオレの予測は的中していたようで、粉々になったクリオネはまるでアメーバのようにくっつくと完全に元通りの姿へと戻った。しかも、よく見ればその腹の中には先程何度も倒したヒトデモドキや海蛇がおり、ジュワーと音を立てながら溶かされている。
「マジでどういう仕組みだ。単純な再生能力だけでいったらオレに匹敵するかもしれないぞ。それに魔石も見当たらない。なんで魔石なしで魔物が動いてる」
このサイズの魔物ならば、魔石もかなりのサイズがあるはずだ。なのに、さっきバラバラにした時に、クリオネから魔石らしきものの影すら見れなかった。これはどう考えても異常だ。
だが、対応策がないわけでもない。
細胞一つ残らないレベルで消滅させれば、きっと倒せる。そして、オレにはそれを可能にするだけの力がある。ただ、それほど高火力の攻撃をすれば、ほぼ間違いなくこの洞窟が崩れるだろう。出来ればそれは最後の手段としてとっておきたい。
ならば、簡単に終わらせる方法は一つ。
「これは、できれば戦闘で使いたくなかったんだがな……」
そんなオレの呟きと同時に、再び巨大クリオネが攻撃を開始した。今度は、触手とゼリーの豪雨だけでなく、足元の海水を伝って魚雷のように体の一部を飛ばしてきている。
そんな巨大クリオネにオレは人差し指を向け、
「キャンディーになれ!」
"変化"ビームを放った。
今までオレはこの技を雑魚相手にしか使わなかったが、本来"変化ビーム"は格上にも通づる初見殺しの技だ。直撃さえすれば、オレの命じたものに姿を変え、ほぼほぼオレの勝利が確定する。弱点があるとすれば、スピードが遅いから避けられやすいし、その気になればはじき返すこともできることぐらいしかない。だが、オレはこの技を戦闘で使うのはあまり好きではなかった。
理由は単純、面白くないからだ。
当たれば終わり、そんな技を使って勝ったところで何も嬉しくない。例えば、タイマンで戦う格ゲーのようなゲームがあったとしよう。普通は立ち回りやコンボなどを練習して、勝率を上げるだろう。
だが、そこに一撃必殺技を持つキャラがいたとしたらどうだろか?
どれだけ立ち回りが上手かろうとも、どれだけコンボを繋げようとも、一度でもその技を食らえば負け。対策しようにも、そのキャラがぶっ壊れていることは事実であるため限界がくる。そうなれば必然的にそのキャラクターは環境トップを維持し、一番有効な対策方法が同じキャラで相手よりも早く一撃必殺技を決めるとかいうクソゲーになりかねない。
それはある意味現実でも同じだ。
チートすぎる技で強大な敵を倒したとしても、それはオレの力ではない。技が強いだけだ。満足感も達成感もありはしない。だから、オレは今まで"変化ビーム"を無機物とか雑魚にしか使ってこなかった。
ただ、そんなプライドにこだわって命を落としてはただのバカだ。事実、そのせいで【グリューエン大火山】では死にかけた。だからこそ、もう同じミスをするつもりはない。勿論、普通に戦って勝てる相手ならば"変化ビーム"を使うつもりはないが、この巨大クリオネのように実力の底が分からない相手ならば躊躇う必要はない。
ノータイムで放たれた"変化ビーム"は巨大クリオネに真正面から直撃すると、本体の巨大クリオネに加えて、壁に擬態していた体の一部までもがピンク色の光に包まれる。そして次の瞬間には、ボンッという音をあげてその姿を野球ボールくらいのサイズのイカ臭い白濁色のキャンディーへと変えた。
「ふんっ!」
そして、オレは空中に現れた元巨大クリオネのキャンディーを掴み、握り潰す。バキッという音を鳴らして破片となったキャンディーはそのまま地面に落ちていく。
こうして、巨大クリオネとの戦いは一瞬の内に終わった。
「うん……やっぱりこれチートだわ」
実際に戦闘目的で使うと、改めて"変化ビーム"のぶっ壊れ性能を理解できる。どれだけ強力な再生能力を持っていても、こうしてお菓子にしてしまえば簡単に倒せるのだ。とはいえ、やはり勝利の喜びはない。むしろ消化不良でちょっと不満なくらいだ。
効率重視で考えればこれが最適な手段であるから仕方ないとはいえ、やはりこれで勝つのは面白くない。
そんな不満はさておき、道を塞いでいた邪魔者は消えたため、洞窟の探索を続けようとしたその時、オレはとあることに気づいた。
「……は?」
真下の地面にある亀裂から生えた、巨大な触腕のような真っ赤なナニカがオレの足に絡みついていたのだ。
「いつのまにっ!? うぉおおおお!」
気配どころか気すら感じなかった触腕の登場に一瞬思考が停止してしまい、不意を突かれたオレはその触腕に地面へと引きずり込まれそうになる。
「クソッ! どうなってやがる!」
地面の亀裂に向かって引きずり込まれそうになりながらも、オレは必死に触腕を引きはがそうと抵抗する。だが、どれだけ力を込めようとも触腕は体にピッタリとひっついて離れない。
普段の状態ならば、この程度の拘束など容易く抜けられただろう。しかし、どういうわけか体に力が入らない。気も魔力も単純な力でさえ、全力を出し切れない。これでは、本来の実力の十分の一でも出せればいい方だろう。
それ自体もかなりの驚きであるが、この魔物の能力だと判断すればまだ説明がつく。だが、オレが一番衝撃を受けたところはそこではない。
「おかしいだろ、気が小さすぎる!」
体の一部分だけとはいえ、その触腕の大きさはオレの体を優に超える。それに、弱体化してるとはいえ、オレを引きずれる程の力も持っている。なのに、その気は小動物程度の大きさしかない。今まで出会った魔物ではあり得なかった現象だ。
経験にない状況に、焦りながらも打開策を考える。だが、こんな状況で都合の良いアイデアが浮かぶはずもない。
そうして、オレは巨大な赤い触腕によって、そのまま地面の下にある空間へと引きずり込まれた。
やっぱり「キャンディーになっちゃえ!!」はチート。