「ああクソ……あのゲソ野郎やりやがった」
真っ白な砂浜、遠くに見える雑木林、そして頭上一面にたゆたう水面。
そんな幻想的な景色が広がる広大な空間に現在オレはいた。
「まったく、一体何がしたかったんだよ」
返ってくる声などないことは分かっている。それでも、苛立ちを隠し切れないオレは不満の言葉を口にする。そして、その原因となった先程の出来事について思い返していた。
巨大な触腕に地面の下へと引き摺り込まれた後のことだ。
あの地面の下には、なんと海水で満たされた巨大な球体上の空間が広がっていた。その空間の壁には何十箇所も穴が空いており、その全てから凄まじい勢いで海水が噴き出し、あるいは流れだし、まるで嵐のような滅茶苦茶な潮流が生まれていた。
オレを引きずり込んだ触腕もその穴の一つから伸びており、激流の中にも関わらず、自分が出てきている穴とは別の穴に向かって、オレを押し込むかのようにして進んでいった。勿論足掻きはした。だが、魔法か技能かどちらかは不明であるけれど、本来の力を封じられたオレでは時間稼ぎが精一杯だった。
そうして、何度も何度も岩盤に叩きつけられながらも、穴の奥へと押し込まれ続け、ついに水流が弱まった感じた次の瞬間、いきなり水中から出たかと思うと同時に、近くの陸地へとポイ捨てされるかのように投げ飛ばされた。
その陸地こそ、今オレがいる真っ白な砂浜が広がるこの海岸線だ。投げ飛ばされてすぐに、触腕が体から離れたため抑えられていた力が戻ったオレは瞬時に空中で体勢を立て直し、砂浜に着地する。しかし、砂浜に着地した時には既にあの触腕はまるでオレを馬鹿にするかのように体をユラユラと揺らしながら、海の中へと消えていった。
そんなわけで、怒りをぶつける対象にまんまと逃げられたオレはそのイラつきを発散することも、忘れることもできず、ただひたすらにストレスを溜め込んでいた。
「本当に何だったんだよあいつ。多分あの時船襲ってきた奴と同じ魔物だよな?」
オレはこれまで二度にわたって遭遇した魔物を思い出す。少し形状は違ったが、先程オレを襲った触腕みたいな奴はエリセンに向かっている道中に船を襲ってきたあの触手のような魔物だ。大きさこそ異なるものの、あの触腕からは同質の気を感じた。
「あいつ……こんな海底から足を伸ばしてやがったのか。とんでもないサイズだな」
体の一部であるとはいえ、海底にあるこの迷宮から海面にまで届かせたのだ。その本体の大きさを考えると、少しゾッとする。
「まあ、あいつの本体については後で見つけ出してボコるとして……とりあえず今は移動しよう」
色々と謎は残るが、あの魔物についてこれ以上考えたところで大した憶測は出てこない。それに、この迷宮にいる以上は戦う可能性も十分にあり得るだろう。ならば、このまま先に進んでいれば、いずれはあの触腕の本体にも辿り着く。謎はその時に解けばいい。
そう決めたオレは真っ白な砂浜を進み、草木が生い茂る密林へと入っていった。
幸い、密林では魔物と出くわすことも、罠が仕掛けられているといったこともなく、せいぜい小さな虫と遭遇したくらいで特に問題もなく抜けられた。
しかし、その先には異常な光景が広がっていた。
「これは……城の跡か?」
密林を抜けた先にあったのは、巨大な城だった。しかし、その姿はギリギリ城の形を保ってはいるものの、もはや人が住める環境とは思えないほどにボロボロに崩れていた。きっと、この状態になってから何百年もの時が経っているのだろう。城のそこらじゅうに苔やら蜘蛛の巣やらが作られ、その歴史が垣間見える。
「それにしても酷い。一体なにがあればこんな壊れかたを……」
だが、オレが最も違和感を感じたのは、その城の破壊跡だった。
城の半分以上が跡形もなく消滅し、何か巨大なものが貫通したであろう大きな穴もところどころに見られた。天井は剥がされ、まるで絞られた雑巾のように細長い形状となって城に上から突き刺さり、外から見るだけでも、僅かに原型を保っているレベルで徹底的に破壊しつくされていた。
いくら魔法の存在するトータスとはいえ、この壊れかたはどう考えても異常だ。巨大な怪獣に襲われたと言われた方がまだ説明がつく。
そんな疑問を感じながらも、オレが城内に足を踏み入れる。その直後の事だった。
『お前のせいだ……』
「っ……誰だ!」
いきなり耳元で誰かに囁かれた気がした。だが、周囲を見渡してもボロボロの城内しか見当たらない。人の姿どころか、魔物の気配すらない。
「気のせい……なのか?」
気を探っても周囲に生物の気配はないため、何かの聞き間違いかとも思ったが、その声は、オレが城内にある最も大きな部屋に入った瞬間、再び語り掛けてきた。
『お前さえいなければ……』
「……またか?」
再度耳元で誰かに囁かれる。しかし、やはり周囲には誰もいない。一度だけならまだしも、二度目となれば間違いはない。この場に誰もいない以上、何者かが魔法か何かでオレにこの声を送っているか、この大迷宮自体がそういう仕組みだと考えるべきだろう。
ある程度の推測はできたが、まだ謎は多く残っている。この声の正体を突き止めるため、オレは城内の探索をさらに続ける。探索している最中、不思議な声は何度も耳に届いたが、毎回性別も年齢も異なる声色をしていたため、声の主の特定には至らなかった。
そして、ついに城内で最も徹底的に壊されていた一番奥の部屋に足を踏み入れると、先程から何度も聞こえる謎の声がまた耳に届いた。
『『『我々は貴様を許さない!!』』』
「っ!?」
しかし、今回は今までの囁くような声とは異なりはっきりと聞こえ、しかも複数人が同時に発したような声だった。
今までとは異なる異変にオレが警戒していると、いきなり周囲の風景がぐにゃりと歪み始めた。意識を保とうとして自分を殴りつけるも、視界の歪みは一層激しくなるばかりで収まる気配はない。
そして次の瞬間、
――わぁあああああ!!
「おいおい……どういうことだこれは?」
気づけば、オレは豪華な装飾で飾られた王城の中にいた。
周囲に視線を巡らせば、そこに先ほどまでのボロボロの城内はなく、煌びやかな装飾で彩られた城内で何十何百という大勢の人々が部屋の奥にある豪華な椅子に座った一人の男に向かって喝采の声を浴びせていた。
「マジでどうなってんだこれ……しかも、この城って……」
周囲の人々は変装もしていないオレが近くにいるというのに、まるで存在に気づいていないかのように部屋の奥にいる男へと声をあげて褒めたたえる。あまりにも意味が分からない状況に混乱してしまうが、唯一分かることがあるとするならば、この部屋は先程までオレがいたあの廃城の最後に訪れた部屋にそっくりだということだ。
先程までオレがいた城はボロボロすぎたため確証こそないが、あの部屋を完全に修復して、高級そうな装飾で飾ればこの部屋のような感じになると推測できる。つまり、可能性として最も高いのは、
この城があの廃城の以前の姿だということ。
「静まれぃ! 我が愛する国民達よ!」
そんな、大分ぶっ飛んだ推測をしていると、今まで喝采を浴びせられていた男が声を上げた。
豪華な宝石が埋め込まれた赤いマントと王冠を身に着け、まさに国王という名が相応しい恰好をした年配の男。そんな男の言葉に従うように、先程まで声を大にして騒いでいた周囲の人々の声はピタリと止んだ。
騒ぎが落ち着くのを確認すると、国王っぽい男は語り始める。
「今これより、
――わぁあああああ!!
「悪魔だって? また良くない響きだな」
多分国王であろう男の言葉に呼応するように周りの人々からは歓声の声が上がる。それを聞いて、オレはもう嫌な予感がした。この世界に来て、『悪魔』という単語を始めて聞いたが、どう考えても良いものであるわけがない。
そんな不穏な空気を感じつつも、オレはきっと国王に違いない男の話を聞き続ける。
どうやら、この城に暮らす人々は現在魔人族との戦争真っ只中だという。そして良くないことに戦況は圧倒的にこちら側の劣性。もはや、降伏する他道はないという所まで追い込まれているようだ。そんな危機的な状況で国王にエヒト神からのお告げが下った。
『エヒト』という名が出たことでどんどん嫌な予感が増してくるが、話を続けよう。
そのお告げで伝えられたものというのが、人間を一切傷つけず、魔人族のみを殺戮する悪魔の召喚方法だった。そんな都合の良過ぎる悪魔がいるわけないだろとは思ったが、エヒト様絶対のトータス住民である国王はそのお告げをあっさりと信じ込んだ。
そして、今日この時、ついに悪魔を召喚する時が来たのだ。
「……絶対騙されてるだろ」
あまりの胡散臭さに思わずそう口にしてしまったが、周囲がオレの言葉に気づく様子はない。やはり、オレの存在を認識していないらしい。
今オレがいるこの城はあの廃城が滅ぶ前の姿と見て間違いないだろう。理由こそ分からないが、この光景は大迷宮が見せる幻覚のようなものだと認識していいと思う。きっとあの廃城に何があったのかを見せようとしているに違いない。幻覚だからこそ、誰もオレには反応を見せないし、オレが近くの人に触れようとしても幽霊になったかのようにすり抜ける。
「それでは、儀式を始める」
そんな風にオレがこの空間について思考を巡らせていると、気づけば国王の話は終わり、ついに悪魔召喚の儀式は始まろうとしていた。
部屋の中央に描かれるのは直径十メートルはあるであろう巨大な魔法陣。そこにカエルやら蛇やらを煮込んだ気持ちの悪い煮込み鍋を兵士が置くと、国王がその魔法陣の正面に立つ。そして、威厳のある声でゆっくりと詠唱を始めた。
「闇の世界に潜む悪魔の魂よ。今、ここに供え物を捧げる。太古に封じられし秘術、その力を持って、我が前に現れよ。"スイー ツダイ スキマ ジンオ ナカ ペコぺーコ"!!」
そんな詠唱を国王が唱えた直後、一瞬の内に部屋中が暗闇に包まれた。
「な、なにっ!?」
「悪魔が来たのか!」
「どこだ、どこにいる!」
突然の異変に周りの人間や兵士、国王までもが慌てふためく。そこはもう、先程までの賑やかな城内ではなく、ただ不穏な空気が漂う怪しげな空間へと変貌していた。しかし、そんなことよりも、オレの視線は赤く眩く輝いている魔法陣に釘付けとなっていた。
「……ヤバい」
幻覚で見せられた光景であるにも関わらず本能で理解した。あの魔法陣から出てくる奴は普通の人間が従えられるような奴じゃない。いいや、その程度ですらない。オレでも太刀打ちできる気がしない。そんな圧倒的な気配を魔法陣から感じ取った。
あまりの存在感に、今まで感じた事のない程の恐怖を肌で感じ、無意識の内に後ずさる。
そして、ついに奴は姿を現した。
魔法陣の輝きが更に増し、部屋全体が眩い赤い光に包まれる。オレだけでなく、周囲の人々もその明るさに瞼を閉じてしまう。そして次の瞬間、城内には想像すらしなかった巨大な気が出現した。
「はぁはぁ……」
今まで感じたことのない圧倒的な強大で邪悪な気に思わず呼吸が荒くなる。一体目の前に何がいるのか? それを知りたくないという恐怖を感じながらも、視界を覆っていた光が治まったため、覚悟を決めて目を開く。
そして、今度は別の意味で驚愕した。
「あ……あはは……誰か嘘だって言ってくれよ……」
あまりにも信じられない光景に乾いた笑いが漏れる。
すぐに目を引いたのはオレと同じようなピンク色の肌。そして、全体的に丸々と太った体に人の良さそうな温厚な顔。その頭に髪はなく、触手だかしっぽだかよく分からないなにかが生えている。それは、恐らくこの世界でオレが最も理解している相手だった。
その者の名は、
「ブウーーーーーッ!!」
ネタバレ 次回、仁と魔人ブウは戦いません。
理由 死ぬから。