ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

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魔人の悪意

「おぉ、貴様がエヒト様の言う悪魔とやらか! さあ、我が国を襲う魔人族共を皆殺しにしてくれ!」

「なんだおまえ?」

 

 予想すらしなかったブウの登場にオレが混乱していると、召喚が成功したことでハイテンションになった国王は傲慢にもブウに強気で命令する。しかし、当たり前であるがブウがそんな命令を聞くわけがない。

 

「おい、おまえ……オレ腹減った。なんか食わせろ。エヒトがここに来たらお菓子貰えるって言ってたぞ」

「お、お菓子? そうか、これがエヒト様のお告げにあった……」

 

 国王の命令を最初から聞くつもりがなかったのか、ブウはいきなりお菓子を所望すると、何を勘違いしたのか国王は供え物として用意したカエルと蛇の煮込み鍋をブウに手渡す。

 

 お菓子と言っていたのに何がどうしてそんな思考回路になったのかは知らんが、ブウは渡された供え物の匂いを嗅ぐと、案の定ヤバい匂いだったらしくとてつもなく嫌そうな顔をする。それでも、ブウはカエルと蛇の煮込み鍋をペロリと舐めた。

 

 奇跡的に素材の味がマッチして美味い……なんて都合のいい話は当然なく、

 

「マズい!」

 

 ブウはそう叫んで鍋ごと差し出されたそれをひっくり返した。

 

「な、いきなり何を!」

「気をつけろ、悪魔が暴れ出したぞ!」

 

「いやいや……そうなるに決まってんだろ」

 

 国王や兵士達はブウの突然の怒りを予測できなかったのか、驚きのあまり慌てふためき、そのざわめきでようやくオレも冷静さを取り戻せた。

 

 ブウの反応はある意味当然のものだ。幼い子供のように甘いお菓子が好みなブウがあんな見るからにマズそうな食べ物で喜ぶわけがない。だが、国王達が驚くのもギリギリ納得はできる。彼らからしてみれば、全知全能な神の言葉に従っただけなのだ。自分達に不都合な事態が起きるなどこれっぽっちも想定していなかったのだろう。

 

 だからこそ、その後国王の身に起きたことはある意味当然の流れだった。

 

「もういいっ! チョコになっちゃえー!」

「ぎょえーっっ!!」

 

 次の瞬間には、国王はブウが頭の触角から出した"変化ビーム"によって手のひらサイズのチョコレートに姿を変えられてしまった。

 

「王ーーっ!!」

「貴様! よくも王を!」

 

「おまえらもチョコにして食べてやるー!」

「「うわぁあああああ!!」」

 

 そして、チョコレートにされた王の仇を討つためにブウに挑もうとした二人の兵士も先程の国王同様に"変化ビーム"を浴びせられ、チョコレートに変えられる。

 

「あーん。もぐもぐ……」

 

 すると、チョコレートにされた三人の元人間をブウは口を大きく開けて、バリボリと音を立てながら食べ始める。その顔はたった今人間を殺したとは思えぬ程にこやかな表情をしていた。

 

「ど、どうなってんだよ。人間は襲わないんじゃなかったのか!?」

「いやーっ! 王さまがー!!」

「早く逃げろ! 殺される!」

「もうだだぁ……おしまいだぁ」

 

 そんな異常事態ともなれば、当然城内は騒然とし始める。

 

 神が人を襲わないと伝えたから悪魔を召喚したというのに、その悪魔が真っ先に国王を食ったのだ。絶対に起きるわけがない現象が最初に起き、この場にいる大勢の人達が恐怖に支配される。

 

 しかし、こんな絶望的な状況でも生きることを諦めない者がいた。

 

「皆、城の外へ避難しろ! あの悪魔は我らが食い止める! その間に早く逃げるのだ!」

 

 数多くいる兵士の中でも、ひときわ高級そうな鎧と剣を身に着けた兵士。その装備の差から兵士長だと思われる筋骨隆々の男はこんな状況にも関わらず、ブウ相手に一歩も引かずに立ちはだかり、逃げ惑う人々の盾になろうとする。

 

 その声を聞いた城に暮らす人々は我先にと押し合うようにブウのいる場所とは逆方向に走りだした。

 

 それに続けて、彼はブウに怯える兵士達を叱責した。

 

「早く動け貴様ら! この城に住まう人々を守るのが我々の使命! 仕える王がいなくなろうとも、一人でも多くの国民を守るために一秒でも長く時間を稼げ!」

 

 その発言から既に兵士長が己の命を諦めているというのは、オレでなくとも理解できただろう。自分の命と国民の命を天秤にかけ、後者を選ぶなど、余程の覚悟と忠誠心がなければできない選択だ。しかも、それを他人にまで強要するのだ。ただのクズでなければ、酷い罪悪感に襲われるに決まっている。

 

 そんな兵士長の姿を目にした兵士達も、恐怖から逃れられずに足を震わせながらも、自分の命を捨てる覚悟を決めて剣を抜く。

 

「ふー……食った食った! んん? なんだ、次はおまえらなのか?」

 

 兵士達が覚悟を決めてから数秒後、三つの元人間チョコレートを全て胃の中へ放り込んだブウは自分に剣を構えて囲む兵士達の存在にようやく気づいた。そして、心の底から楽しそうな表情を見せて怯える兵士達と向き合う。

 

「何にして食べよっかな~。アメ玉かな? クッキーもいいなあ……」

「「「う、うぉおおおおおお!!!」」」

 

 そうして、命を捨てる決断をした兵士達は兵士長を先頭に涎を口元に見せるブウに雄叫びを上げて戦いを挑んだ。

 

 

 

 

 それから先は、まさに地獄のような光景が続いた。

 

 命をかけて足止めを試みた兵士達だったが、大した力もない普通の人間がブウに敵うわけがない。あっさりと"変化ビーム"でチョコレートやらあめ玉やらクッキーやらとお菓子にされ、そのまま食べられてしまった。

 

 唯一の救いはそのおかげで食事中の時間くらいは時を稼げたことだろう。それでも稼いだ時間は数十秒程度。国民達がブウから逃げる時間として考えればあまりにも短すぎる。

 

 そんなオレの推測通り、怯えて逃げる国民達は城から脱出することすら叶わなかった。

 

 兵士達を食ったブウにあっという間に追いつかれた国民達は抵抗することすら許されずに無残にその命を散らしていった。

 

 ある者は国王や兵士達と同じようにお菓子にされ胃の中へ消え。

 ある者は四肢をもがれたことによる出血によって命を落とし。

 ある者は巨大なエネルギーの塊をその身に受け、肉片一つ残さず吹き飛ばされ。

 ある者は粘土のように捩じりあげられた天井で頭から潰された。

 

 そして最後に、生存者が誰もいなくなった城に向かってブウが超巨大なエネルギー弾を放つと、城の六割程がふき飛んだ。

 

「……これが神を信じた者の末路か」

 

 そんな光景をオレは滅んだ城の遥か上空から見下ろしていた。

 

 兵士達がブウに食われてすぐ、オレはこの城から逃げだした。この光景が本当に幻覚ならばブウの攻撃がオレに届くことはないはずなのだが、なんとなく危機感を感じたため、己の勘に従って城内から脱出したのだ。

 

 助けようという考えもありはしたが、そんなことをしても意味はない。これは幻覚、オレが手を出したところで未来に変化はないし、そもそもオレの存在を認識していない以上、助けるという考え自体が間違っている。

 

 それに、何かの異変が起きてあの人間達がオレの存在を認識したとしても、今の実力ではブウには到底敵わない。片手間に殺されておしまいだ。悪いが、オレは勝てない相手と戦いたいと思う程無謀でも戦闘狂でもない。幻覚の存在である彼らは気の毒だと思うが、助けようとは思わない。

 

「まさに地獄絵図だな」

 

 今オレの視界に映る光景は、そうとしか表現できなかった。

 

 城はそのほとんどが崩壊し、至る所から火の手が上がっている。城内には山のような死体が積み上げられ、上空に浮かぶオレのところにまで血生臭い匂いが届く。少し前はそれこそ、多くの人が暮らし、豪華な装飾品の数々が並ぶ『王城』という名が相応しい建物だったというのに、今ではその姿は見る影もない。

 

「なるほどな……少し理解できた」

 

 何故、こんな地獄絵図を幻覚まで使って見せてきたのか。そこに違和感を感じていたが、なんとなく分かってきた。

 

 恐らく、この大迷宮を作った解放者は迷宮の挑戦者に神の悪行を伝えたかったのだろう。オレのように最初から神に対して嫌悪感を感じている奴ならともかく、普通にこの世界で暮らしてきた人間にとって神という存在はメガネ君が泣いて頼りにする青い猫型ロボットのように信頼できるのだ。

 

 だからこそ、この世界の住人にとって神が悪であると証明することは、現代人からスマホの使用を禁止させるぐらい難易度の高いミッションだ。しかし、逆に言ってしまえば、今までの常識を破壊することさえできれば、それは不可能ではない。

 

 その方法として、自分の目で耳で肌で体験させるという方法は実に合理的だ。

 

 きっと、オレも手段さえあれば同じ方法を取るだろう。それほどまでに、『体験』というやり方は効果的なのだ。実際に強制的に体験させられたオレの気分は最悪だ。それは、ブウと同一の存在であるオレだから特に効果的だったというのもあるが、オレ以外の奴でも良い思いはしないだろう。

 

「今までの大迷宮とは違って……ここは精神的な試練がメインって感じか」

 

 七大迷宮はそれぞれ必要とされる能力が異なる。例を挙げるとするならば、【オルクス大迷宮】では単純な戦闘能力と罠を見逃さない注意力を。【グリューエン大火山】では熱への対応能力と長時間の迷宮攻略を続けられる集中力を。

 

 その例と合わせて語るならば、この【メルジーネ海底遺跡】で必要とされる能力は水中での探索能力と神に反逆できる精神力といったところだろう。

 

「そりゃそうか。神を倒す奴を見つけるための七大迷宮だもんな。肝心の攻略者がヤバめの信徒だったなら敵に塩を送る形になっちまう」

 

 もしイシュタルみたいなエヒト様大好き人間が大迷宮を攻略したと仮定しよう。きっと、神に敵対する反逆者が作った危険な地帯として人を遠ざけた上で、自分と自分にとっての都合の良い者だけが神代魔法を入手できるように独占するだろう。

 

 そうなってしまえば戦争はより過激化し、まさに神が望んだ方向に世界は動く。

 

「まあ、魔人族のトップは思いっきり自分のために神代魔法使ってるみたいだし。そういう可能性も十分あり得るよな」

 

 フリードとかいう魔人族が神代魔法を手に入れ、それを神に抗うためではなく、人間との戦争に勝利するために使っているというのはアンカジを襲った魔人族から聞き出した。オレも私情で神代魔法を使うことはあるが、流石にその使い方は解放者も望んでいないだろう。

 

 そんな事態を防ぐため、この大迷宮を作った解放者はこんな面倒な仕組みを作ったに違いない。

 

 そう考えれば、【メルジーネ海底遺跡】の挑戦条件が【グリューエン大火山】の攻略だったのも頷ける。単純な戦闘能力が低くとも攻略可能なこの大迷宮ならば、弱者でも神代魔法を手に入れることは不可能ではない。だからこそ、【グリューエン大火山】を攻略して力を先に示せということなのだろう。

 

「まあいいか。どうせ、オレのやることは変わらない。エヒトのクソ野郎は殺して、神代魔法使って暴れてる魔人族も潰す。何も問題はないな」

 

 偽りの神も、神代魔法を使って人間を殺しまくる魔人族も、いずれはオレが相対すべき敵だ。目的に変更はない。目の前でブウが大勢の人々を殺戮したことで精神的なダメージを負わなかったわけではないが、最初から知っていたことだ。別に狂乱するほどのことでもない。

 

 そう考えることで、解放者の思考を推測することを終わらせ、オレは未だ生者が消えた城を破壊し続けるブウがこの場から消えるのを気配を殺して待ち続けた。

 

 

 

 それからしばらくして、ブウが破壊に飽きたのか、それとも用事でも思いだしたかは分からないが、城から去っていったことを確認すると、オレは崩壊した城へと再度足を踏み入れる。

 

 城の内部は外で見る以上に酷い有様だった。あらゆるものが破壊されていることもそうだが、一番酷いのはこの見渡す限りの死体だ。鉄臭い臭いが鼻に入り、思わず顔をしかめる。歩く度に地面流れる血だまりがピチャピチャと音を立てる。

 

 それでも立ち止まることなく歩き続け、ようやく数多くの死体の中を抜けると、目的の部屋に辿り着いた。

 

「やっぱり、ここだったか」

 

 そこは、オレがこの幻覚を見せられて、最初にいた玉座の間だ。他とは比べ物にならないレベルで破壊され、最も多くの死体が転がっているその部屋の中央には赤く輝く魔法陣が佇んでいた。

 

 この魔法陣は先程、この城の王がブウを召喚する際に使ったものだ。

 

 ブウが消えてからしばらく経つが、幻覚から解放される気配はない。単なる推測ではあるが、幻覚で作られたこの世界は自動(オート)で戻るわけではなく、こちらから何かアクションを起こす手動(マニュアル)式だろう。

 

 そう考えると、一番可能性が高いのが玉座の間にあるこの魔法陣だ。そんなオレの推測は正しく、ブウを召喚してからしばらく経過しているというのに、目の前の魔法陣は未だ光を放ち続けていた。

 

 そして、オレがそんな光り輝く魔法陣に足を踏み入れると、再度視界がぐにゃりと歪んだ。

 

「あぇ?」

 

 しかし、次の瞬間にオレが立っていた場所は幻覚を見る前にいた廃城の中――ではなく、ブウに滅ぼされる前のまだ綺麗な城の中だった。

 

「……なんだこのデジャブは」

 

 場所も装飾も人々でさえ最初に幻覚を見せられた時と全く変わらない。違いがあるとするならばたった一つ。

 

「こいつら……()る気か?」

 

 先程まで幻覚で見せられていた国王や兵士達、そして城の住人達が武器を手にして、その矛先をオレに向けてきていた。その姿は、すぐにでも襲い掛かってきそうなほどだ。

 

「どうなってんだ一体……」

 

 幻覚の世界から抜けたと思えば、また幻覚の世界にいて、今度はオレを認識していなかった幻覚の人間達がオレに敵意を向けている。しかも、どういうわけかこの場にいる奴らは全員……まるで()()()()()かのように瞳に光を宿していない。

 

「洗脳……ってわけでもなさそうだな。大迷宮の試練の一貫か?」

 

 普通に考えて、この状況は大迷宮が与える試練と考えるべきだろう。だが、意図が分からない。幻覚で見せた人間と戦わせてなんの意味がある。

 

「アァアアアアア!!」

「おおっと!」

 

 すると、一人の兵士が雄叫びをあげながら襲い掛かってきた。幻の兵士とはいえモデルとなった者は普通の人間。オレは迫る剣を後ろにさがり、余裕で回避する。

 

「おまえは……」

 

 その姿をよく見れば、いきなり襲いかかってきた兵士は、先程の幻覚世界で絶望的な状況にも関わらず命を捨てる覚悟でブウに挑んだあの兵士長だった。先程見せられた幻覚では、恐怖に抗った勇敢な兵士に見えたけれど、今の彼は理性が失われているのか、ただの狂戦士にしか見えない。

 

「アガガガガァ!」

「アラララライ!」

「オォオオオオオ!!」

 

 

 

「……ああ、そういうことか」

 

 兵士長の男に続いて今度は三人の兵士達が襲い掛かかってくる。その兵士達も兵士長と同様に意味のある言葉を口から出すことはなく、雄叫びしか発さない。

 

 兵士達が何故こんな雄叫びしかあげないのかは分からないが、この大迷宮が彼らにオレを襲わせる理由に関しては少し分かってきた。

 

「こいつら全員皆殺しにしろってことだろ。あんなの見せた後にこれをやらせるとか、性格悪すぎだろ」

 

 理屈は分かる。この世界で暮らす者のほとんどが崇めている神に逆らうということは、世界そのものを敵に回すと言ってしまっても過言ではない。魔人族は勿論、人間と戦うこともあるに決まっている。そのために、人間を殺せる程度の非情さはあってもらわなければ困るということなのだろう。

 

 確かにその通りだ。実際にかつての解放者は守るべき人達を傷つける非情さがなかったため神に敗北した。同じ失敗を大迷宮の挑戦者にしてほしくないという気持ちはよく分かる。

 

 だが、やり方というものがあるだろう。

 

 神に騙された結果、抵抗することすら許されず殺された人間達と知った上で自分の手で殺すというのはたとえ幻覚であったとしても気分が良いものではない。特に彼らを殺した相手はある意味自分自身ともいえるブウなのだ。オレからしてみれば本当に嫌な気分になる。

 

「はぁ……分かったよ。やってやるよ」

 

 それでも、やりたくなくてもやならければならないことというのはこの先嫌という程待ち受けている。これもその一つだ。

 

「かかって来いよ。せめてもの情けとして、一瞬で殺してやる」

 

 それから、オレの殺戮劇は始まった。

 

 驚くことに種族としての人間を殺すことにそこまでの抵抗はなかった。魔人族を殺した時の方がまだ精神的な衝撃が強かったぐらいだ。最初こそ、その理由が分からなかったが、城の人間を半分ほど殲滅したぐらいでやっとその理由に気がついた。

 

 オレは人間を殺す事に慣れていたのだ。

 

 オレ自身にその経験がなくとも、魔人ブウとして人間達を殺しまくった記憶をこの肉体は覚えている。力のない弱者をどうすれば容易く殺せるかを、オレは本能で理解していた。

 

 そんな欲しくもなかった慣れのおかげで、十分程度の時間で城内にいる人間は一人残らず死に絶えた。

 

 

 

「……」

 

 気分は最悪だった。幻覚の人間であるため、血も死体も残らず彼らは消滅したけれど、オレの手に残る人を殺した感覚はずっと残っていた。それが嫌なわけではない。その事実にそこまで拒絶感を抱いていない自分がいることがなによりも許せなかったのだ。あまり実感していなかったが、オレは自分が思っている以上に『魔人ブウ』に近づいているらしい。

 

 このままでは、いつかオレにも破壊と殺戮を愉しんでしまう時が来るのかもしれない。

 

「それは、嫌だなあ……」

 

 そんなどうしようもない気分のまま、オレは未だに輝き続ける魔法陣に再度足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、外の世界とは隔離された不思議な空間。上下左右全てがピンク色のブニブニとした柔らかい壁に囲まれ、空間全体には濃いピンク色の粘糸が無数に広がり、まるで無重力空間かのように赤い液状の球体がプカプカと至る所に浮かんでいる。そしてなにより、その空間は汚染された空気に満ちており、常人ならば容易く死に至るだろう。

 

 その空間に現在、二人の男女がいた。

 

 一人は黒いローブに黒い眼鏡をかけた肩にかかるくらいまで伸ばした長い黒髪が特徴の男性。

 

「メイルには少し悪いことをしてしまったかな。いくら君の頼みとはいえ、彼女の試練に部外者である私が手を加えてしまったからね。それにしても、本当に良かったのかい? 確かに彼は甘いところがあるかもしれない。それでも、既に人の命を奪う覚悟はできていたはずだ。わざわざ、こんな試すような真似をする意味があるとは思えないよ」

 

 どこか落ち着いた雰囲気を醸し出すその男性は柔らかい地面に腰を降ろす少女にそう語り掛ける。

 

 白く透明感のある肌に腰まで伸びた茶色い髪、瞳はまるで汚れの無い海のように青く澄んでおり、その容姿は驚く程に整っている。パッチリとした瞳にプクッと膨らんだ唇が左右対称についており、その美貌は十人いれば十人が振り返ると断言してもよいだろう。

 

 黄金の装飾で飾られた白いドレスのような衣服を身に纏うその十代後半くらいの年齢であろう少女は、男性の言葉に対して首を横に振って『否定』の動作を見せた。

 

「……意味なんてありませんよ」

 

 少女は悲しそうな瞳で虚空を見つめながら、その透き通った声で言う。

 

「これはただ……理解して、拒絶して、その上で認めて欲しい。そんな私の我が儘です……」

 

 この場にいない誰かに向かって少女は祈る。その姿はもはや神秘的にも見え、神々しささえ感じてしまうものの……どこか、風磨仁に似ていた。

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