ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

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海底の支配者

 魔法陣から放たれた視界を塞ぐほどの眩い光が収まると、オレは警戒しつつ周囲を見渡す。先程のようにあの城内にいる可能性も考慮していたが、どうやらそんなことはなかったらしい。

 

 そこは、全体的に青みを帯びた岩壁に囲まれた洞窟の中だった。数キロメートルはあるであろうドーム状の広い空間に、壁に空いている巨大な穴の数々。そして、地面の中央には巨大な円形の穴がぽっかりとあいており、そこには海水が溜まって広大な湖が出来上がっていた。その海水で満たされた湖を覗いてみるも、まったく底が見えない。どうやら、かなりの深さがあるらしい。

 

 空間を見渡す限りでは魔物の姿はない。だが、いないというわけでもない。

 

「……隠れてるな」

 

 先程の幻覚エリアでの出来事から、かなり警戒心が高まっていたからだろう。この場所に来てすぐにオレはそこそこ大きな気の存在を探知していた。

 

「変な気だ……同じ気がいくつもありやがる」

 

 探知した気は大きさこそ、この前再会したハジメよりデカいくらいであるため、そこまで危険視するものでもない。だが、問題はその数だ。

 

 『気』とは、生物の体の内側に存在する生体エネルギーである。だからこそ、同じ大きさのものはいくらでもあるが、同じ性質の気は二つとして存在しない。例えるならば、DNAのようなものだ。誰もが持っているが、完全に同じものを持つ者はいない。

 

 クローン技術などを使えば同一の存在を作り出すことも可能かもしれないが、この世界でそんなことをする奴は恐らくいないだろう。

 

 しかし、今オレが探知している気は全て同じ性質のものにも関わらず、八つも存在していた。

 

 通常ならばありえない現象だ。同じ気が複数あるだけでも異常なのに、しかもその数が八つ。普段のオレならこの状況にもっと焦っていただろう。だが、良いか悪いか、先程の殺戮劇のせいでテンションがいつもの数段低くなっていたため、今の状況を冷静に分析できていた。

 

 考えられる可能性は二つ。

 

 一つ目は、分裂する能力を持つ魔物の場合。元が一つの生物ならば、複数体に分裂しても同質の気であることに不思議はない。事実、やろうと思えばオレもアメーバみたいに体をちぎって分裂することで似たようなことが出来る。ありえない話ではないはずだ。

 

 二つ目は、一つの体の中に複数の気が存在している場合。人間基準で考えればあり得ないことではあるが、相手が魔物ならばこの可能性も十分考えられる。体が一つでもそこに別の人格や意識が共存していたのなら、同じ気を持っていてもおかしくはない。

 

 その二つに共通することは、全てが本物であるということ。分身とは異なり偽物などがいるわけでもないから、倒すとなればその全てを倒す必要がある。

 

「まあいい、全て潰す。それで終いだ」

 

 幸いにも、大した強さではない。探知した八つの気を全て潰していこうと、オレが中でも一番大きな気がある湖の底に潜ろうとした次の瞬間、

 

 

 

「貴様かァ! ワシの眠りを妨げる無礼者は!」

 

 

 

 洞窟中に重みのある低い声が響き渡る。

 

「っ……これは、下だな」

 

 その声が耳に届いた瞬間にオレはすぐさま警戒態勢をとる。そして、ゴゴゴゴッと洞窟全体を揺らしながら湖の底から上昇してくる巨大な気を待ち受ける。その気の持ち主はとんでもない速度で上昇し、あっという間に水面まで近づくと、湖から巨大な水しぶきを上げながら飛び出した。

 

「やっぱり……おまえか」

 

 そして現れたのは、巨大な赤いイカだった。

 

 体の大きさは二十メートル以上もあり、足と触腕の長さはその倍以上ある。長く折れた紫色の外套膜が特徴的で他の足よりも短い二本の内側の足がまるで髭のようにも見える。

 

 その巨大な体からは大きな気を感じ、長く伸びた足からはそれぞれに独立した同質の気を感じる。どうやら、二つ目の推測が的中したようだ。体と足が別々の生物として独立して生きている。同じ気を感じた理由はそういうことだった。

 

「あの時の本体だな。デカいはデカいが……想定よりは小さいな」

 

 その姿――というかその足を見て。オレはこのイカが以前、二度に渡ってマリク達の船を襲撃し、少し前にオレを引きずり回したあの触腕の本体だと理解した。こんな海底から海上まで足を伸ばしていたのだから相当巨大なのだと思ったが、想定していた程大きくはなかった。まあ、その分足が異常に長いのだけれど。

 

 ここまではオレも想定はしていた。だが、次の瞬間オレにとって想定外の事態が発生した。

 

「んあ? 何見てんだ人間」

「……ほぇ?」

 

 こちらをギロッと睨んだ巨大イカが自分から出てきたにも関わらず、誰彼構わず喧嘩を売るヤンキーのような事を言ってきたのだ。先程まで冷静だったオレの思考がイカが人語を喋ったという事実に驚愕し、思わず変な声がでる。

 

 声帯的にどう考えても喋れるはずがないのだが、そこはやはり異世界、多分魔法や技能で喋っているんだろう……と自分に言い聞かせて無理矢理納得する。そうでもなければどう反応していいのか分からない。喋る魔物と出会うのは初めてではないが、流石にイカに喋られてはオレも驚かざるを得ない。

 

 そんなオレの驚愕をどうやら巨大イカは変な方向に勘違いしたようで、愉悦を感じたような笑みを浮かべた……気がする。

 

「くっくっく、そのマヌケそうな顔。さてはワシの姿に恐れおののいたか!」

「え、いや違うけど。イカが喋ったら驚くだろそりゃ……」

 

 あまりにも検討違いな推測を自信満々に言うものだから、ちょっとムカついたオレが訂正すると、今度は地雷を踏んだようで、巨大イカはただでさえ赤い顔を真っ赤にしてぶちギレる。

 

「人間如きの分際で、このオケノス様をイカ呼ばわりだと! 図に乗るなよ下等種族が!」

「ええ……情緒不安定過ぎだろ。怖ぇって」

 

 精神構造がめちゃくちゃなオケノスと名乗った巨大イカに、もうオレはついていけずに呆れてしまう。キレながら突然出てきたかと思えば、なんかいきなり冷静になって、勝手に勘違いして気分を良くすれば、本当の事を言われてまたキレる。もう訳が分からない。

 

 ただ一つ分かることがあるとするならば、百パーセントこいつがめんどくさいタイプだということだけだ。

 

「はぁ……分かった分かった。それで、そのオケノス様がオレに一体何の用だよ」

「しらばっくれるなぁあ! ゲソを切りまくってワシを起こしたのは貴様だろうが! ゲソはすぐ生えてくるからいいものの。ワシの眠りを妨げたのは許せん!」

「ゲソって……アレだよな。いや、あれってオレのせいか? 確かにぶっ飛ばしたのはオレだが……先に襲ってきたのはそっちだろ。オレは被害者だ。怒りを向けるのは見当違いだろ」

 

 恐らく、オケノスが言っているのはマリクの船での事だろう。確かにオレはあの足を消し飛ばした。だが、それはそもそもこいつがオレの乗る船を襲ったからだ。降りかかった火の粉を払って文句を言われるなど理不尽にも程がある。

 

 だが、そう言って納得してくれる物分かりのいい相手であったならどれほどよかっただろう。残念ながら、オケノスはそういうタイプではなかった。

 

「黙れぇい! 言い訳なんてみっともないことを! 自分のしでかしたこと……地獄で後悔するがいいィ!」

「うわぁ……聞く耳持たないなこいつ」

 

 少しどころか、大分酷い身勝手な理由でオケノスはオレに襲い掛かって来た。

 

「食らえ、"参の手"!」

 

 鞭のようにしならせたゲソがオレに迫りくる。

 

「この程度の攻撃……っ!!」

 

 かなりのスピードとパワーだが、この程度の攻撃はオレには届かない。一瞬の内にそう見極め、ゲソを正面から受け止めようと手を出し……すぐさまその場から飛び除いた。

 

「……あぶなっ。その巨体で魔法も使うのかよ」

 

 オレの手が触れる直前、オケノスのゲソが突然魔法陣を展開し、炎を纏い始めたのだ。ただの炎であれば問題はない。マグマすら容易に耐えたこの肉体がその程度の熱を通すわけがない。だが、そこに魔法で生み出されたという工程を挟めば話は変わってくる。

 

 魔法については多少の理解はあるが、それでもまだ不明な点は多い。何が起こるか分からない以上、迂闊に触れるのはマズい。そう判断したからこそ、オレは防御から回避に行動を移した。

 

 回避したことで空を切ったオケノスの足は先程までオレがいた地面を叩き割ると、そこから巨大な火柱が上がる。

 

「避けるかっ、だが空中ではこれを避けられまい! 終わりだ、"伍の手"!」

 

 安心するのも束の間、空中にいるオレに向かって、今度は電撃を纏った足が突き出される。その狙いはオレの着地点を狙ってきており、このまま自由落下に従えば間違いなく直撃するだろう。

 

 ただ、それは空中での移動が不可能という前提での話であるけれど。

 

「おっと!」

「だにぃ!?」

 

 "舞空術"を使って空中で緊急停止することで、突き出された足を躱す。すると、オレの行動がそんなに想定外だったのか、オケノスは目を飛び出して驚く。

 

「そこまで驚くことか? 今時宙を浮かぶことなんざ、少し強い魔物でもできるだろ」

「き、貴様、それは"舞空術"か!?」

「……へぇ、分かるのか。珍しい」

 

 "舞空術"という技をオレは技能として最初から習得していたが、本来は長年の修行を重ねた武道家の内、一握りが習得できるという高等技術だ。

 

 だからこそ、今の時代で"舞空術"を使える者はオレの知る限りいない。そもそも普通の人間には自分の生命エネルギーである気を理解することすら困難であるため"舞空術"を習得するほど武を極めた人間はオスカーの生きていた時代でさえ、片手で数えられるくらいしかいなかった。

 

 それを、いくら魔物とはいえ今を生きる存在が見ただけで理解したという事実にオレは少し驚いた。しかし、驚いたのはオレだけではなかったらしい。

 

「ま、まさか……いや、そんなはずはない。奴は既にこの世にいない。そんなはずがあるわけがない。そうだ。人間でいう人違いという奴だ! そうに決まってる!」

「……大丈夫かおまえ?」

 

 オケノスは赤い顔をだんだんと青く染め、ブツブツと独り言を呟く。なにやら自分に言い聞かせるように言っているが、相変わらず情緒不安定な奴だ。

 

「き、貴様……名を名乗れぃ!」

「それ必要か? というかなんで今になって……」

「いいから名乗れと言ってるだろうがあ!」

「いや本当になんなんだよ。まったく……風磨仁。ほら名乗ったぞ。これでいいか?」

「ふうまじん……ふふ、ふふふふふ」

 

 いきなり名前を聞いてきたオケノスに面倒ながらも答えると、今度は急に顔色を取り戻し、心底安心したといった様子で笑い始めた。ここまできたら、もう完全にこいつの思考が読めない。

 

「やはり違うではないか! まぎらわしいことをしおって、今度という今度は許さんぞ。じっくりと痛めつけて苦しめてから殺してやる!」

「は、はぁ!?」

 

 そしてまたキレた。

 

 もう意味が分からなすぎて怖い。"舞空術"がきっかけだったのは確かだと思うが、その後オレは名乗っただけだ。キレる要因が全くといっていいほどない。

 

「後悔するといい! このワシを怒らせることがどれほどの大罪か、思い知らせてやろう!」

 

 それから、オケノスの怒涛の連撃が始まった。

 

 

 

「凍りつけ、"肆の手"!」

 

 周囲を凍えさせる冷気を漂わせた足が真正面から振るわれるも、壁を抉るようにして取り出した岩を盾にして防ぐ。

 

「蝕むがいい、"陸の手"!」

 

 液状の毒を付着させた足が背後から迫るも、口から息を勢いよく吐き、押し返す。

 

「潰れろ、"捌の手"!」

 

 まるで鉄のように色と質量と硬度を変化させた足が真上から振り下ろされるも、片手で殴って弾く。

 

「吹き飛べ、"漆の手"!」

 

 特に見た目上でなんの異常もないが、直撃した際に爆発を引き起こす足が刺すようにして迫るも、普通に飛んで回避する。

 

 それから先も、攻撃こそ続くが、その全てがオレに届くことなく防御や回避で対処する。

 

 戦い方は【オルクス大迷宮】のラスボスであるヒュドラに近いだろう。異なる魔法を扱う足を使って戦う戦法。手数が多ければ多いほど戦いを有利に運べるのは戦闘の基本だ。しかも、そのスピードも速さも魔法の威力もヒュドラを大きく上回っている。

 

 それでも、オレには届かない。

 

「ぬぉおおお! 小癪なぁ! 大人しく潰れるがいい!」

「甘えてんのか? 当ててみろよ」

「ぐぬぉおおお!!」

 

 単純に実力差が大きいというのも理由の一つだが、オケノスの攻撃はどれも単調なものばかりで行動を読みやすい。それに加えて自分から次どんな攻撃を出すか分かりやすく宣言しているのだ。この程度の技に当たるわけがない。

 

「グググッ……何故だ! 何故当たらん!」

「……なあ、一つ思ったんだが」

「なんだ!?」

 

 キレ気味に答えるオケノスにオレはずっと疑問だったことを問いかける。

 

「おまえのゲソ……足じゃなくて手なのか?」

「……」

 

 どうしようもなくくだらない疑問だということは理解している。だが、オレにはそれが気になって仕方がなかった。タコやイカの足は本当は腕だという話を日本にいた頃に聞いたことがあるが、それが本当かどうか気になったオレはこの際本人に聞いてみた。

 

 オケノスはポカンッと意表を突かれたかのような反応を少し見せると、前足を器用に組んで悩むような動作を見せる。

 

 そして、成る程と言わんばかりにポンッと足を手のようにして打つと、

 

「"陸の足"!」

「いいのかよそれで!?」

 

 あっさりと技名を変更した。

 

 あまりにも雑なオケノスに思わずツッコミを入れる。質問したオレが言うのもなんだが、敵の疑問を真面目に受け止め、技名まで変えるのはどうかと思う。

 

「自分の技だぞ! もうちょっと誇りを持てよ!」

「黙れぃ! 勝てばよかろうなのだ! "肆の足"! "捌の足"! "参の足"! …………"伍の手"!」

「戻ってんじゃねぇか!!」

 

 やっぱり言いにくかったのだろう。技の改名は数秒で終わりを告げた。そして再開されるゲソによる連続攻撃。短いヒゲのような二本の足と触腕を除いた六本の足がオレに向かって何度も突進を繰り返す。

 

「学ばない奴だな。そんな浅い攻撃がオレに届くわけないだろ」

「そのよく回る口もここまでだ! この一撃で終わりにしてやる!」

「よく回る口って、おまえにだけは言われたくないんだけど……」

「く~た~ば~れ~~!!」

 

 そう叫ぶながら、オケノスは顔の口のようなところにある漏斗の奥をキラリと輝かせる。その瞬間、オレは次の攻撃を悟った。

 

 イカが漏斗から出すものといったら、一つしかない。

 

「"零の手"!」

 

 墨だ。

 

 圧縮された漆黒の墨が極太のレーザーのようになって吐き出される。普通の人間が直撃すればその体を容赦なく消滅させるだろう。オレの場合はそこまで深刻なものでもないが、あれが墨である以上は視界が防がれる可能性は十分にある。

 

 ほんの僅かであっても、戦況がこちらの不利に進むことは避けた方がいい。まあ、目が見えなくても気で相手の位置は分かるからそこまで問題はないのだけど。

 

「避けるのは簡単だ。だが、そろそろ力の差ってやつをみせてやらなきゃなあ。さあ、火力勝負といこうじゃないか。"イノセンスキャノン"!」

 

 オレは目の前まで近づいたレーザーを両手から放った巨大なエネルギー弾で迎え撃つ。

 

「お、おおお!? なんだそれは!」

「ほらほらどうした! もっと火力を上げないと押し返されるぞ!」

「ぬをぉおおお!!」

 

 直径二十メートルはある巨大な光球が漆黒のレーザーを押し返し始めると、オケノスは慌てた様子で墨の威力を高める。しかし、それでもオレが放った巨大エネルギー弾を押し返せないようで、どんどん墨レーザーは押されていき、最終的にはそのままオケノスの顔面に光球が直撃する。

 

 ボンッ!!

 

 まるで、花火が破裂したかのような爆発音が洞窟内に響く。

 

「ぐっ……あが……この、ゆるさ、ん!」

「おお、いくら本気で撃ってないとはいえコレを耐えるか。意外に耐久力はあるみたいだな」

「この程度でぇ! ワシが死ぬとでも思ったか!」

 

 オケノスは顔中に焦げ跡を作ってはいるものの、そこまでダメージを負っているようには見えない。耐久力でいえば、恐らくあのマグマの巨人をも超えるだろう。それでも、確実にダメージは入っている。その証拠にオケノスの気は先程よりも減っている。

 

「っ……認めよう。貴様は強い。だが、ワシを怒らせるべきではなかったな! 今の攻撃でワシは完全にキレた! もうガチギレだ、絶対に許さん!」

「えぇ……今までもキレてなかったか?」

「うるっさい! 謝るならば今の内だぞ! その強さに免じて、今なら許さないでやらんでもない!」

「どっちだよ。というか……おまえはまだオレに勝てる気でいるのか?」

「ぐぬぉおおおお! この期に及んでまたそんな事をぉ! いいだろう、ならば我が本気を見せてくれる!」

 

 恐らく痛みを感じることすら久しぶりなのだろう。どう考えても強がっているオケノスはその強気な様子を崩さずに謝罪を要求してくる。何故この状況でそんな提案をしてきたのかは理解に苦しむけれど、当然断った。すると、オケノスはまた顔を真っ赤に染めて怒りながら襲い掛かってきた。

 

 振るう足は今まで経験から四つ目の足と六つ目の足。既に魔法を発動させオレへと向かって接近してきている。だが、もうその攻撃は何度も見た。今更避けることなど難しくもない。

 

「"弐拾肆の手"!」

「んんん?」

 

 回避しようとしたその瞬間、オケノスの声にオレの思考は一瞬高速回転した。

 

 攻撃してくる足は四と六。宣言した技名は二十四。

 

 四と六が二十四。しろくにじゅうし……四×六=二十四(しろくにじゅうし)

 

 

 

「………………掛け算かよ!! あっ、やべ!?」

 

 

 

 思わず回避の動作も忘れ、ツッコんでしまったオレに冷気を纏った足と毒液を纏わせた足が同時に直撃する。ギリギリ防御に間に合ったおかげか、ダメージはないが、四つ目の足が纏った冷気によって体が部分的に凍り、六つ目の足が纏った毒液によって体が少しづつ溶けはじめている。

 

「フハハハハ! 見たか、これこそワシの奥義! その名も、"あし算"!!」

「そこは足なのか……」

 

 高笑いを浮かべて技名を宣言するオケノス。絶妙にたし算感が強いその名前にオレは怒る気持ちすら静まって呆れてしまう。

 

「ふっ、その涼しげな顔もそこまでだ。ワシの冷気は少しでも触れればたちまちに相手凍らせ、毒液は数秒の内に体全体へと浸食し死に至る。これで貴様も終わりだ!」

「ああそう」

「そう、これで貴様も……貴様、も………………何故生きている!?」

「いや、何故って言われても……効いてないからだけど」

 

 正確にいうと、効かないわけではない。冷気も毒もしっかり効いてはいる。それよりも高い再生能力で完全に無効化しているという意味だ。どれだけ凄い冷気や毒だったとしても、オレにとってこの程度の魔法では効果はほぼない。

 

 せいぜい、ちょっと涼しくなったり、皮膚が溶けたくらいだ。ダメージ的にはゼロに等しい。

 

「ぐぬぬ、これならどうだ! "拾弐の手"!」

 

 冷気と毒がオレに通じないと理解したオケノスは今度は再度冷気を纏う四つ目の足と炎を纏う三つ目の足を伸ばす。しかし、それはオレを直接攻撃するものではなかった。

 

 二つの足がオレの一メートル程前で合わさった次の瞬間、

 

「っ……マジ、か!」

 

 足の接触面を中心に広範囲の大爆発が発生したのだ。

 

 至近距離でその爆発に巻き込まれたオレに強力な爆風が襲い掛かる。詳しい理屈については分からないが、原理としては水蒸気爆発のようなものだろう。冷やした空気が瞬間的に熱せられて空気が膨張して爆発を起こした。オケノスはふざけた奴だが、意外にも頭は悪くないらしい。

 

「……え、なんか爆発した。なんで?」

「分かってなかったのかよ!」

 

 前言撤回する。やっぱりこいつはバカだ。

 

「ええい! そんなことはどうでもいいわ! 勝てばよいのだ! 食らえ、"拾弐の手"! "拾弐の手"!! "拾弐の手ぇ"!!!」

 

 覚えたての技を何度も使う子供のように、何度何度も爆発を巻き起こすオケノス。しかし、初手では驚いたものの、こうも何度も見せられれば対策など容易に想像がつく。

 

 だからこそ、オレは敢えてオケノスの戦い方を真似る。

 

「なるほどな……こんな感じか」

 

 オレは自身の右手に炎、左手に冷気を纏わせる魔法を発動させる。それはまさに今、オケノスが使っている魔法だ。

 

「な、なんだと!? 何故貴様がその技を!」

「おまえが使えるんだ。オレが使えてもおかしくないだろ」

 

 魔法に関してはそれほど得意分野ではないが、何度も見れば模倣(コピー)くらいはできる。もし本物のブウだったなら一度見ただけで使い手以上に真似ることができたんだろうが、オレに出来るのはせいぜい何度も観察した技をオリジナルと同等の精度で扱えるくらいだ。ある程度経験を積めば誰にだって出来る(多分)。

 

 そしてオレは先程から大暴れしているオケノスの足に瞬時に近づき、燃える右手で冷気を纏う四つ目の足を冷気を纏った左手で炎を纏う三つ目の足を掴む。

 

「なにぃ、は、離せ!」

「おいおい、つれないなあ。仲良くしようぜ」

 

 実際に使ってみて分かったが、どうやらこの魔法は自分に被害が及ばないような仕組みになっているらしい。だからこそ、こんなに燃えたり冷えたり、爆発したりしてるのにオケノスにはダメージどころか怪我すらないのだ。

 

 だが、それはあくまで自分が発動した時での場合だ。そこに同じ魔法とはいえ、他人の魔力で発動された魔法が加われば、その制限は消える。

 

 ボオオォォォォン!!

 ボオオォォォォン!!

 

 オレの両手がオケノスの足を掴むのとほぼ同時に二度の爆発が発生し、オレ達は互いに真逆の方向へと吹き飛ぶ。しかし、オレのダメージはほぼゼロだ。事前に体全体を気のバリアで覆っていたから腕の一本すら欠けていない。

 

 そんなオレとは対照的にオケノスのダメージは大きい。体中に火傷ができ、三つ目と四つ目の足に関しては先端が爆破で吹き飛んでいる。

 

「き、さまあぁ! またワシのゲソをぉ!」

「まだゲソの心配か? そろそろ自分の命の危機を察した方がいいぜ」

「う、ぐっ……"壱の手"」

 

 苦しそうに呻くオケノスは右側にある触腕を爆破した足の断面に当てる。すると、みるみる内に体中の火傷が癒え、吹き飛んだ足が再生した。

 

「へぇ……回復もできるのか」

 

 多種多様な攻撃方法に高い回復能力。本当に【オルクス大迷宮】のヒュドラに似ている。確かに大迷宮最後の魔物としては相応しい。ブウとなったばかりのオレでは負けていたかもしれない。しかし、今のオレの敵ではない。こっちはいつでも殺せる状況であちら側はオレに対する有効打を何一つ持ち合わせていないのだ。懸念点があるとすれば、オケノスのボケに思わずツッコんでしまうことくらい。

 

「悪いが、おまえとの戦いはお終いだ。"サクラブレード"」

 

 【グリューエン大火山】でマグマの巨人をぶった切ったように、腕に刃状のエネルギーを纏わせ、オケノスに斬撃を浴びせようと構える。だが、その直後のことだった。

 

「クックックッ……油断したな」

「はあ、今度はなん……ッ!?」

 

 オケノスが不適な笑みを浮かべたと思うと、オレの体に何かが巻き付いてきた。

 

「くっ……なんだ、力が入らない!」

「この時を待っていた。貴様が最も油断したこの時を! これがワシの奥の手"弐の手"の力だ!」

「これは、あの時の!」

 

 巻き付いてきたものは、オケノスの左側にある触腕だった。地面から生えているのをみるにオレの油断を誘うために地中に潜らせていたのだろう。抗おうとしても、体に力が入らず思うように気を操作できない。腕に纏わせたエネルギーの刃も消えてしまっている。

 

「ふははは! 体に力が入らんのだろう! "弐の手"は触れた者のあらゆる力を封じる! これには()すらも例外ではないぞ!」

「そういうことか……どおりで!」

 

 相手を弱体化させる魔法、納得だ。それならこの状態も頷ける。だが、それだけでは説明がつかないこともある。

 

 仕組みこそ分からないが、この足からは魔力も気もほとんど感じない。この大迷宮で一度不意を突かれ、地中に引きずり込まれた時もそうだった。あまりにも小さすぎる気のせいで、肉眼で確認するまで気づけなかったのだ。

 

「このまま握り潰してやってもよいが、ここまで戦った貴様に褒美として一撃で終わらせてやろう」

 

 オレがそんなことに思考を割いている間に、オケノスはオレを漏斗の目の前にまで持ってくる。そして、

 

「死ねぃ! "零の方"!」

「あ、これヤバいかも……」

 

 オレの全身を圧縮された墨のレーザーが呑み込んだ。




油断したら負ける。これドラゴンボール界の常識。

【オケノス】

【メルジーネ海底遺跡】に住み着く巨大イカ。
モデルは『ドラゴンクエスト』に登場するオセアーノン。
本来は関西弁で喋らせる予定だったのだが、作者の知識不足で少し違和感のある口調になった。
頭と足が独立して生きているものの、全身に命令を下すのは頭であるため頭吹き飛ばしたら死ぬ。
一見弱そうだが、現状のハジメパーティーと戦っても余裕で勝てるぐらいには高い戦闘能力を持つ。

分かりずらいので技名解説
『零の手』 口から墨ビームを発射する
『壱の手』 超回復
『弐の手』 敵の弱体化
『参の手』 燃えながら殴ってくる
『肆の手』 冷たくなって殴ってくる
『伍の手』 使った?
『陸の手』 毒液まみれで殴ってくる
『漆の手』 触れると爆発
『捌の手』 ゲソ版アイアンテール
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