「うぉおおおおお!!」
場所は【ライセン大狭谷】。谷底の魔力分散作用の性質によって魔法詠唱者が無能と化すそこでは、ぞろぞろと襲い掛かる大量の魔物を相手にたった一人の人間が挑んでいた。
その人物こそ、勇者パーティーの裏切り者であり、闇魔法のスペシャリスト(仮)。オレによって命を救われた清水である。
得意である魔法を封じられ、もはや己の肉体だけでしか抗うことのできない状況で魔物に周囲を囲まれ、大量の魔物から浴びせられる攻撃をギリギリの状態で回避し、その手に持つ短剣で応戦していた。
いくら元勇者パーティーのメンバーである清水とはいえ、得意分野である闇魔法を封じられた状態では【オルクス大迷宮】表層の魔物より少し弱い程度のこの谷の魔物相手は流石に厳しい。一手でも余計な行動を挟めば、その隙に命を奪われる。そんな緊張感の中、清水は魔法なしで戦い続けていた。
「ほら、がんばれがんばれ。それとも助けが必要か?」
「いらねぇ! お前は手を出すな!!」
そんな清水と魔物達との戦いを……オレは助太刀することも、助言することもなく、ただ空中からお菓子片手に観戦していた。
ブルックの町で一夜を過ごしたあの日から三日後。変態男と変態女とただの変態の見送りを受けながら町を出たオレ達は、一度は通り過ぎた【ライセン大狭谷】を再度進んでいた。目的は分かっているだろう。大迷宮の捜索だ。
本来の予定では、清水はブルックに置いていくつもりだった。
単純な戦闘能力が足りず、大迷宮での攻略経験も無く、危機的な局面に立ち会えば恐怖に支配されてどんな行動を取るかすら分からない。まあ、はっきりと言ってしまえば……足手まといなのだ。
たとえ足手まといがいたとしても、オレなら大迷宮を攻略するくらい難しいことでもなんでもない。今までの経験上、苦戦することはあったとしても、攻略不可能という程高難易度ではないだろう。今のオレの実力なら、清水を守りながらでも余裕でクリアできる。
しかし、それでは意味がないのだ。
詳しい事情については知らないが、どうやら清水は神代魔法を手に入れることを望んでいるらしい。
その心意気自体は認めてやってもいいし、強くなりたいという想いもオレは否定しない。だからこそ、オレにおんぶに抱っこの状態で大迷宮を攻略しても意味はない。
大迷宮にはそれぞれ、挑戦者の強さ又は神に対する反逆心を計る試練が用意されている。最深層までを辿りつけばいいのではなく、その試練を突破しなければ本当の意味で攻略したとは言えず、神代魔法は与えられない。
オレから見て、清水は肉体的にも精神的にもその試練を突破できる程の実力があるとはどうしても思えない。ただ挑んだだけでは結局最後までオレに頼り切りで、神代魔法を手に入れられないという
数日前のエリセンで清水の心境にどんな変化があったのかをオレは知らない。それでも、今までの在り方を変える程の何かがあったのだろう。そうでもなければ、こんなリスクの高い事をあの清水が言うわけがない。
だから、少なくともその覚悟だけは認めてやった。自分の死すら可能性に入れるほど本気であるのだとも理解した。しかし、それでも実力不足であることに変わりはない。大迷宮に挑戦することを認めるわけにはいかなかった。
そういうわけで、オレは大迷宮に挑むための条件を清水に突きつけた。その条件こそが、『【ライセン大狭谷】を進む道中で遭遇した魔物の単独撃破』である。
清水程度の魔力量では【ライセン大狭谷】で強引に放てる魔法など全魔力を使っての初級魔法がせいぜいだ。だからこそ、自身の得意分野を潰された状態でこの程度の魔物を倒せなければ話にならない。これを突破できなければ、大迷宮の攻略など夢のまた夢だ。
魔物は強さ的には大した相手ではない。万全の状態の清水なら普通に勝てる程度だ。それでも、魔法が封じられて敵が大勢でこちらの体力など気にせず次々と襲い掛かってくるのならば話は別となる。
ただでさえ、周囲を魔物に囲まれるという状況だけでも常人にとっては精神的に辛いものにも関わらず、それが長時間続くのだ。乗り越えられるのは相当の強者だろう。当然そんな苦痛に清水が耐えられるわけもなく、すぐにオレに助けを求める……と思ったんだが。
「なんだ、意外に根性あるじゃないか」
魔物に襲われてから約一時間。未だに清水は弱音を吐きつつも戦い続けていた。
正直驚いている。予想では三十分もしない内にリタイアするものだとばかり思っていた。しかも、魔物との戦いも苦戦してはいるものの善戦していた。
常に一対一の状況を心がけて同時に二体以上の魔物と戦っている状況を作らないようにしているし、どこで覚えたのか、魔力を体の内側で回すことで身体能力を強化して無駄な魔力が分散しないように戦っている。
「これは……足手まといから役立たずくらいにはなるかもしれないな」
嬉しい予想外だった。流石に大迷宮の強めの魔物やガーディアンが相手では無理だと思うが、オレが相手にするのも面倒だと思うくらいの雑魚ならば清水でも対処できるかもしれない。
「……ふっ、判断を急ぐべきでもないな。もう少し続けさせるか」
そうして、オレは清水と魔物達との戦いを観察しつつ、【ライセン大狭谷】を進みながら大迷宮の捜索を再開した。
それから二時間の時が経過し、日も暮れ始めた時間帯、ようやくオレはそれを見つけた。
「ん……なんだあれ?」
そこは、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれかかるように倒れており、壁面と岩の間に不自然な空間が出来た場所だった。
確証はないが、どう考えても怪しい。いかにもここに何かありますよと言っているような空間だ。
それに……
「……前に来た時はこんなの無かったよな?」
そう。この場所はまだブルックの町からそう離れておらず、以前も探索したことのあるポイントだった。オレの記憶が正しければ、あの時はこんなあからさまに怪しい場所は見ていない。
見逃したという可能性もなくはないが、いくらなんでもこんな見るからに怪しい場所を見逃す程オレはマヌケなつもりはない。もし、マジで見逃してしまったとしたら多分オレはショックで寝込む。
そういうわけで、見逃しがないという仮定で考えると二つの可能性が浮かんでくる。
「条件出現型か完全ランダム型か……まあ、パッと思い浮かぶのはこんな感じか」
何らかの出現条件があって、数日前のオレでは達成していなかったそれを今のオレが気づかぬ内に達成してしまった。または、完全にランダムで出現する感じで偶然今日このタイミングで現れたのか。
「まあ、どっちでもいいか。確認が先決だな」
とはいえ、空中からでは本当に大迷宮の入口かどうかは分からない。オレは"舞空術"を解き、地上に着地する。その際、清水を襲っていた魔物が数体オレに襲い掛かってきたが、気を解放して殺意を向ければあっさりと清水の方に戻っていった。
邪魔者も消えたことで、オレは壁面と一枚岩の隙間に足を踏み入れる。
そこには、壁面側が大きく窪み、予想していた以上に広い空間が広がっていた。その空間を更に進み、オレは『それ』を見つける。
壁を直接削って作ったであろう見事な装飾の長方形の看板。そこには、女の子らしい丸っこい文字でこう書かれていた。
"おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪"
「……うん。当たりを引いたな」
どこからどう見てもいたずら好きの小学生が作ったかのような、大迷宮の雰囲気をぶち壊しにする看板。きっと誰もがこんな所を解放者が暮らす大迷宮の入口などとは認めたくないだろう。しかし、残念ながらオレには分かってしまった。オスカーの記憶がここが間違いなく大迷宮の入口だと認めている。
ミレディ・ライセン。
解放者のリーダーにして【ライセン大迷宮】の主……なのだが、オスカーの記憶を見ればそんな威厳のある相手ではないことはすぐに分かる。
オスカーの記憶から知ったミレディの印象は一言で言わせてもらうならば、『黙ってれば美人』というのが一番的を射ている。心なしかオレの中のオスカーも滅茶苦茶首を縦に振って頷いている。
ことあるごとに他人を煽り、それを止めようとした者を煽り、自分に善意を向けた相手であろうとも容赦なく煽る。そんな煽って煽って煽りまくって色んな奴を敵に回しつつも、飄々と生きてきた人間。それがミレディだ。
そんなナチュラルに人を煽るめんどくさそうな性格をした女が作った大迷宮ならば、こんな場違いな看板があってもおかしくない。むしろこれがあるからこそ本物だとオスカーの記憶が断言している。
仮にも自分のチームのリーダーがそういう扱いでいいのかとも思うが、そんな気楽な部活的なノリのメンバーだからこそ、神に反逆することができているのだろう。
「なんでこんな奴をオスカーは……いや、他人の恋路に口を出すべきじゃないな」
正直に言えば信じたくはないし、未だに誰かのいたずらとも思ってしまうが、この場が大迷宮の入口だということは非常に不愉快だが真実だ。
オレは半分呆れ気味にその壁面と岩の空間から出て、未だに魔物と戦い続けているであろう清水を呼びにいった。
〇
場所は移り、【ライセン大迷宮】の最下層。大迷宮を攻略した者だけが入ることのできる解放者の住居にて一人――いや、
「ああ、忙しい忙しい! まったくあの子達ってば好き勝手ミレディちゃんの迷宮を破壊してくれちゃってさ。これ直すのすっごい時間かかるんだからね。もうプンプンだよ!」
その人物の名はミレディ・ライセン。ゴーレムの肉体に魂を定着させたことで、寿命という人間が持つ制限を乗り越え、神代の時代から今日まで生存し続けた唯一の解放者である。
彼女は現在、ニコちゃんマークの白い仮面と乳白色のローブを身に着けた小さなゴーレムの体で慌ただしく大迷宮の修繕を行っていた。
何故、迷宮の製作者である彼女がこのようなことをしているのかといえば、それはまあ、ぶっちゃけハジメのせいである。
仁がこの大迷宮の入口を見つけるよりもずっと前、ハジメは【ライセン大迷宮】をとっくに攻略し、二つ目の神代魔法を手に入れていた。それ自体はミレディにとってもなんら困った話ではない。むしろ、数千年ぶりに神に敵対する強者が生まれたことは好ましいことである。
しかし、ハジメのあの性格まで流石のミレディも読めなかった。
まさに傍若無人という言葉が相応しいハジメは周囲から変人という扱いを受けていたミレディでさえ、非常識と言わざるをえなかった。
傲慢という二つ名がよく似合うハジメと誰彼構わず煽り散らかすミレディの相性ははっきりいって最悪だった。二人は始めからそうと定められていたかのように汚い口喧嘩を始め、そんなハジメに賛同するかのようにユエとシアというハジメガールズもミレディを物理的に脅しにかかる。
それは自分の死すら偽って挑発したミレディの方にも悪い所はあったのだが、最終的に己の身以外の全てを奪われそうになった彼女は、まるでトイレに汚物を流すかのようにハジメ達を迷宮の外へ無理矢理排出した。
しかし、その際ハジメが置き土産かのように投げた手榴弾がミレディの暮らす住居をぶち壊したのだ。
ただでさえ、ハジメ達が迷宮攻略する際に大迷宮の至るところが破壊されているにも関わらず、ここで自身が暮らす住居まで破壊された損失は大きい。大迷宮の広さは広大だ。これをミレディただ一人で修復するのはかなり骨の折れる作業だ。今のミレディに骨はないけれど。
その上、ハジメ達に破壊されたラスボス用のゴーレムも新しく作り直さなければならないのだ。前のパーツをかき集めても完全修復することはできない。最初にそのゴーレムを作ったように【オルクス大迷宮】から素材を採ってくる必要がある。
少なくとも完全な修復には数年単位の時間を必要とするだろう。それは、ミレディにとってかなりの痛手だった。まあ、今のミレディにとって時間は腐る程あるのだから、次の攻略者が来るまでの暇潰し程度にしか考えていないだろうが。
そういう経緯があって、ミレディは迷宮の修繕とゴーレムの作製を大分キレ気味になりながらも、その笑顔を崩さずに行っていた。
そんな時だった。
ビー! ビー! ビー!
「………………は?」
突如、ミレディの脳内に無機質な機械音が直接鳴り響いた。その音を聞いて、ミレディはあまりに信じられない現象にニコちゃんマークの仮面を切り変える余裕もないほど驚愕する。
この【ライセン大迷宮】では、何者かが大迷宮の中に入ることで警告音がミレディの元へと届く。それは、他の大迷宮とは異なり、ミレディ本人が大迷宮のラスボスとして待ち構えるこの迷宮だからこそ、なくてはならない機能なのだ。
万が一、ミレディが寝てる間に何者かが大迷宮に来たとして、もしその相手が最深部まで辿り着ける実力者だとしよう。その攻略者は一向に敵が現れないボス部屋で新たな道が開くわけでもなく、ただただミレディが気づくまで待ち続けるというなんとも微妙な時間を過ごすことになるのだ。
それは、大迷宮を神殺しを育てる場としての他にテーマパークとしての知名度も広げようとしているミレディにとって許されないことだった。そのため、自分が気づかなかった保険も含めて警告音が鳴る仕組みを作ったのだ。
警告音の種類は大きく分けて三つ。
一つ目は最も多く聞いたであろう迷宮攻略者が入ってきた時の音。これは、実際にハジメ達が来た時にも鳴ったものであり、久しぶりの来訪者にミレディも少しテンションが上がっていた。性格までは見抜けなかったようだけれど。
二つ目は一つ目とは逆にここしばらくの間全く聞いていない解放者が訪れた時の音。解放者全員の生体情報がこの迷宮には記録されており、その生体情報と一致した相手が来た時のみその警告音は鳴り響く。既に自分以外の解放者がいなくなった現代でも、この機能を残しているのは、ミレディの僅かな希望と仲間の存在を忘れたくないという感情からだ。
そして、三つ目こそが今鳴った問題の警告音。これが鳴ったということは、とある一つの事実を証明していた。
「どう、して……魔人ブウ……が…………」
多くの解放者を殺害した神の下僕にして、世界の破壊者、魔人ブウが大迷宮に侵入したという最悪の現実を。
そう。この警告音はブウが大迷宮内に入った時にだけ鳴るものだったのだ。
「ありえない……前に確認した時は復活の兆候なんてなかったよ」
今この迷宮にブウが現れるということは、同時にブウの封印が解かれたことを意味する。しかし、それはあり得ないことだった。
遥か昔に製作者である神によって封印されたブウは生き残った解放者達が隙を見つけて盗み出し、二度と復活しないよう【オルクス大迷宮】で管理することにした。その管理を任された者こそが、ゴーレムとしてこの先の未来も生き続けるミレディだった。
彼女は長い間に渡ってブウの封印が解けぬよう完璧な環境を整え、少しでも封印の魔法に綻びが生まれればすぐさま修復していた。そんなミレディの地道な努力があったからこそ、今までブウが復活することがなかったのだ。
だからこそ、万が一ブウが復活するとしてもミレディが死んだ上で数千年以上が経った後のことだろうと推測していた。
実際に、ミレディの推測は間違っていない。もしも、なんのアクシデントもなければブウが目覚めるのは数千年以上先のことだっただろう。もしかすれば、それまでの間にブウが干からびて消滅する可能性もある。
彼女に唯一の誤算があったとするならばただ一つ。
前回メンテナンスした際に入口を開けたまま"空間魔法"を使って帰ってしまったことだろう。その凡ミスに彼女は未だに気づいていない。
「ううん。悩んだところでどうしようもない。ここは、私がやらないといけないんだから」
ちょっと思いだせば気づきそうなものであるが、やっぱり気づかないままのミレディは覚悟を決めた。どれだけその可能性を否定しようとも、現実に警告音が鳴ったということはブウはこの大迷宮にやってきている。ならば、もう戦い以外の選択肢は存在しない。
ミレディは自分が知っているブウと今の
「きっと私は、この世界の未来を見ることはできない。でも、もう大丈夫。私達の意思はきっとあの子達が継いでくれる。今まで歩んだ道は無駄じゃなかった。だから、迷わない。私があの子達にしてあげられる唯一のこと……」
そして、今度は怒りの表情を表す仮面を被ったミレディは意気揚々と宣言した。
「来なよ、魔人ブウ。最後の解放者としての意地を見せてあげる。これから先の未来に、お前は必要ない!」
清水
めちゃくちゃ頑張って【ライセン大迷宮】に挑もうとしてる。
仁の見ていないところで強化イベを超えて強くなった。ちなみに、清水が強くなった原因にはブルックの町にいるとある服屋の乙女が関わっている。
現状の強さ的には天之川とタイマンでやってギリギリ負けるぐらい。一応これでも凄い強くなった。
あと二回変身(強化イベ)を残している。
ライセン大迷宮
時系列的には大分前にハジメ達がクリアした大迷宮。前回と同じ難易度であれば簡単にクリアできるのだが……
ミレディ・ライセン
魔人ブウがやってきたことにめちゃくちゃ慌ててるゴーレム。
迷宮の罠をほとんどハジメに壊され、ラスボス用ゴーレムもハジメに壊され、ついでに色々便利なアイテムとか置いてある自分の住居もハジメに壊された。それからの魔人ブウ登場。必然的に奥の手を出さなければいけなくなった。きっとハジメによる最大の被害者。
大迷宮の警告音
【ライセン大迷宮】にのみ設置された侵入者を知らせる音。
攻略者が来た時はピーンポーンとインターホンのように鳴り、解放者が来たらコンビニに入った時のような音楽が流れ、ブウが来た時にはガチの危険を知らせる機械音が流れる。ミレディの魂が定着したゴーレムの頭の中に直接流れる仕組みであるため、他者には聞こえない。
この設定は原作にはないけけど、数千年もボッチでいたならそんな感じの対策ぐらいは作ってるという事にした。