V・X・T様 誤字報告ありがとうございました。修正させていただきます。
【オルクス大迷宮】
それは、全100階層からなると言われる巨大な迷宮。七大迷宮と呼ばれるものの一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。逆にいえば浅い階層であれば弱い魔物ばかりであるため、ランクの低い冒険者が経験を積むための場所としては最適であり、最も初心者向けの迷宮とも言える。
そんな迷宮に挑戦するために、俺達は冒険者のための宿場町【ホルアド】に到着した。そこで王国直営の宿屋へと案内され、そこに宿泊することになった。
「ついに……明日だね」
「だな。念のため確認するがハジメ……やっぱり参加するんだな」
部屋のベッドに腰を下ろした俺は久しぶりに気を緩める。考えてみれば、無駄に豪華な部屋で過ごしてきたせいで、こういう普通の部屋がやけに落ち着くような気がする。それは同部屋となったハジメも同じようで、いつもよりもリラックスしているような気がする。
「仁の言いたいことは分かる。でも今回行く20階層までならメルド団長も十分カバーできるって言ってたからそんな心配する必要はないよ」
「……そうか。お前が決めたなら俺もこれ以上余計な口出しはしない。それでもこれだけは言っておくぞ。絶対に死ぬな」
「勿論! 必ず生きて帰るよ」
他のクラスメイトとは違い、ハジメだけは自由参加が許可されていた。最初はそこまで乗り気ではなかったハジメだったが、あまりにもメルド団長の押しが強く、最終的には大迷宮に挑戦することになってしまった。
ついに始まる異世界での本当の戦いが迫っているからか、いつまで経っても睡魔が襲ってくることはなく、オレとハジメは暇を潰すために会話をしていた。そんな時、突如、部屋の扉をノックする音が響いた。時刻はすでに0時を超えている。こんな時間に誰かと思い警戒したが、その正体はすぐに判明した。
「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっといいかな?」
声から相手を理解したハジメは慌てて扉に向かっていく。鍵を外して扉を開けると、そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの姿の白崎が立っていた。
「なんでやねん」
「……マジでなんて格好してんだよお前は」
「えっ?」
白崎がハジメのことが好きなのは知ってたが、だとしてもここまでやるか。俺も大分驚いているが、ハジメはそれ以上に混乱してる。実際に何故か関西弁でツッコミを入れている。
「あ~いや、なんでもないよ。えっと、どうしたのかな? 何か連絡事項でも?」
「ううん。その、少し南雲くんと話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」
その姿を見た瞬間からなんとなく予想はできてはいたが、今の言葉を聞いて白崎の目的を理解した。深夜遅くに想いを寄せる男子の部屋に男を誘惑するような格好で訪れるってことは、つまりはそういうことだ。
巻き込まれる同部屋の人間の心境も少しは考えて欲しい。
「さて、唐突だが俺には急用ができたような気がしないわけでもないからちょっと外に出る。白崎のことはハジメに任せた」
「は?……えっ! ちょ!」
しかし、俺は空気の読める男。お邪魔虫はさっさと消えるにかぎる。ハジメが目で行かないでくれ! と訴えてきているが、可愛い女の子が引き止めてくるなら兎も角、ただのチキン野郎の救援に応える必要はない。
「安心しろ。ざっと2時間くらいは戻らないつもりだ。もしその間にやらしい声とか不自然な物音が聞こえてきたとしても絶対に部屋には入らないから存分に楽しんでくれ」
具体的な説明を加えると、何を想像したのか、ハジメは顔を真っ赤にして固まってしまった。対照的に白崎は何も分かってないのか頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「それじゃあお二人さん。ごゆっくり」
それだけ言い残し、俺は扉を潜り部屋から去った。
◯
「…………暇だ」
部屋を出てから適当に歩き回っているが、普通に考えてこんな深夜に暇を潰せるものなんてあるはずがない。2時間というのは少々長すぎたな。
そんなことを考えながら目的もなくフラついていると、広場のようなところに出た。そこでは、真剣な表情で一心に剣の素振りをする八重樫がいた。
「相変わらず……凄いな」
今までも何度か見たことがある八重樫の素振りだが、見るたびに驚かされる。異世界に来る前からそうだったが、その動作には一切のブレがなく、すでに完成されているといっても過言ではない。もはや一種の芸術にも思えてくる。クラスメイト達が女神と呼ぶのも今の姿を見れば納得できた。
しばらくその姿に見惚れていると、夜だというのに視線を感じたのか、八重樫に俺の存在が気付かれた。
「こんな時間になにやってるのよ。あんまり夜ふかししてると明日に響くわよ」
「それはお互いさまだろ。むしろただ時間を潰してるだけの俺より、自主練してる八重樫の方が体力的にはキツいんじゃないかと仁くん思うわけ」
「何言ってるの? 心配してくれるのはありがたいけど大丈夫よ。ちゃんと自己管理ぐらいできるわ」
どうやら余計な心配だったらしい。だが見られていると分かっていてこのまま続ける気もないらしく、剣を収めてこちらに近づいてきた。
「それで、また香織がなんかやらかしたの?」
「え、なに、知ってんの?」
「仁は南雲くんと同じ部屋でしょ。こんな時間に仁だけ一人で外に出るなんてそれ以外考えられないじゃない」
「……俺が友人の部屋に遊びに行くとかは考えなかったのか?」
「あなたにそんな友人は南雲くんくらいしかいないでしょ」
「…………泣きたい」
どうやら白崎の考えは八重樫には筒抜けだったらしい。伊達に幼馴染やってない。でも、さりげなく俺の交友関係を少ないものだと決めつけてくるのはやめてほしい。いや間違ってはないけどさ。
「それで、香織と南雲くんは上手くいきそうなの?」
「知らね。どうせあの奥手コンビのことだから前途多難って感じじゃね」
個人的には上手くいってほしいところだが、部屋を出た時の白崎の様子からして多分R18展開にはなっていないと思う。こればっかりは2人の度胸の問題であって俺が介入できるものでもない。吊り橋効果みたいなイベントがあれば話は変わってくるかもしれないけど、可能性は薄い。
「まあ……そう簡単にはいかないわよね」
ポツリとこぼした八重樫に今度は俺が質問する。
「俺としてはお前の方が心配なんだけどな」
「私? 私は別になんとも……」
「嘘はつくな」
そう言いきると、苦々しい表情で八重樫は俯く。
「こんな時間まで1人で自主練してること自体が異常だろ。お前の『大丈夫』が『大丈夫じゃない』ってことぐらい分かってる」
「っ……そんなことは」
「だからそんな見え見えの嘘を
「っ!?」
思い出すのはこの世界に召喚された最初の日の出来事。イシュタルの提案を自信満々に受け入れた天之河に賛同する際、八重樫は確かに俺の方を見ていた。今思い出してみれば、あの時の八重樫の目は助けを求めているようにも見えた。
「おまえは今、何を考え、何に迷ってる。俺なんかじゃあ頼りにならないかもしれないが、こんなんでも話くらいは聞ける」
「……………………私、やっぱりあの時、光輝を止めるべきだったかしら」
問い詰めると、風の音で掻き消えてしまいそうなほど小さな声で八重樫はポツリと呟いた。
「光輝があの時言ったことはただの理想論よ。現実があんなふうに何もかも上手くいくはずがない。それは分かってるわ。それでも私はあの時、それを知っていて光輝の意見に賛成したの。間違ってるって分かってたのに、みんなのためにって理由を付けて自分を無理矢理納得させた……」
その姿は先程の素振りの際に見せていたような凛々しいものではなく、今にも折れてしまいそうなほどに弱々しい姿だった。
「私はみんなに信頼されてるから、それに応えなきゃいけないって…………」
八重樫が悩む理由も分かる。クラスメイトでの八重樫の立場はみんなの頼れるお姉様といったところだと思う。そんな八重樫は常に周囲の支えとなる柱でなければならない。それがたとえ間違ったことだとしても、彼女は周りに迷惑をかけてはいけない。そうとでも思ってるんだろう。
「そうだな。結論から言えば、確かにあの時の八重樫は間違えた」
「…………そう」
自分でもそれを理解していた八重樫は俺の言葉を素直に受け止める。だが、俺の言葉はこれで終わりじゃない。
「それでも、あの行動が最善だったことも事実だ」
「えっ……」
「あの状況にそもそも正解の選択肢なんてなかったんだよ。この世界に召喚された時点で、あの時俺達がどれだけ足掻こうが、結局は戦争に参加することになってたと思う。それに最悪の場合はもっと酷いことになってた」
「じゃ、じゃあ…………」
「あの時の八重樫の判断は確かに間違ってたけど、悪くはなかった。それでいいじゃん」
そうだ。あの時の俺達に戦争を回避する方法なんてなかった。万が一にもありえないとは思うが、天之河がしっかり現実を見えるようになったとしても最終的な結果は変わらない。
「それに、誰が悪いのかって話をはじめたらキリがない。真っ先に戦争の話に乗っかった天之河は当然悪いし、それを止めなかった俺達も悪い。そう考えればそもそも俺達を呼んだエヒト神が一番悪いしな。だから、そうやって1人でうじうじ悩むな。もうちょっと周りを頼れ」
「でも……それは迷惑じゃ……」
「その程度の迷惑、俺達が嫌がるわけないだろ。むしろ頼ってもらえない方が信用が足りてないと思って自信無くすぞ。白崎にもおんなじことを聞いてみろ。あのお人好しは喜んで迷惑をかけられることを望むぞ」
昔から八重樫はそうだった。全部1人で抱え込んで、自分だけで問題を解決しようとする。そうなるようにしちゃったのは多分俺と天之河が原因なんだろうが、そんな八重樫を見たいわけじゃない。
「もし誰かを頼る度胸がないって言うなら初めに俺を頼ってみろ。天之河みたいにくさいセリフは言えないが、解決能力でいえば俺の方が上だ」
「どうして……そこまで……」
どうして? そんなことは単純だ。俺が八重樫に頼ってほしい理由なんて1つしかない。
「俺が……いや、ここはこういう言い方をするべきか……
「あっ……」
昔、愚かにも俺が天之河に憧れを抱いていたあの時のような口調でそう告げる。すると八重樫はそれが俺の予想以上に刺さったのか、俺の胸にしがみついてワンワンと泣き始めた。最近では見ることがなくなった彼女のその姿に少しだけ困惑したが、俺は泣き止むまで黙って胸を貸し続けることにした。
「……………………もういいわ」
「お、もうおしまいか? 美少女の泣き顔はいくら見ても飽きないからもっとやっていいぞ」
「びしょっ!? ……って何言ってるのよ! 趣味が悪いわよ」
「それは悪かった」
しばらく時間が経って、八重樫の涙は俺のシャツを犠牲になんとかおさまった。今更ながらに恥ずかしくなったのか、この暗闇でも頬が赤く染まっていることがよく分かる。
「その、仁。…………ありがとう」
「八重樫のためだからな。あの程度なら安いもんだ。俺の頼りない胸でよければいくらでも貸してやる」
「あら、もう『雫ちゃん』とは呼んでくれないの?」
「…………サービスタイムは終わったんだよ」
「残念ね。あの時の仁は素直で可愛かったのに。今からでも戻してみるつもりはないかしら?」
「絶対にやらん」
涙を見られてしまったからか、どこか吹っ切れた様子の八重樫は俺を揶揄うように笑っている。こんなことになるのなら、あんな言い方するんじゃなかったとちょっとだけ後悔していると、八重樫はまばゆい笑顔を浮かべながら言った。
「仁の言う通り、私もこれからは他の人を頼ってみることにするわ。でもこれだけは忘れないで。私も仁を頼るから、仁も私を頼って。これだけは譲れないわ。約束よ」
「…………はは、確かにそうだ。じゃあ俺も遠慮なく頼らせてもらう。約束だ」
そうして俺達は互いの小指を結び、誓いを行った。その時の八重樫の笑顔は空に浮かぶ満月に勝るとも劣らないほどに輝いて見えた。
ちょっと主人公の過去を匂わせました。まあ天之河光輝と幼馴染ってだけで普通の人生は歩んでなさそうですが。