【ライセン大迷宮】の内部は……
正しくは、大迷宮らしきものが何もない場所だった。と言うべきだろう。
【ライセン大迷宮】の入口を発見してから数時間が経過し、清水も無事にオレが出した条件をクリアしたことを確認してから、一時間の小休憩を挟み、オレ達は大迷宮へと突入した。
しかし、そこには魔物の気配が一切なく、ところどころ罠が設置されているものの、その全てが破壊、もしくは停止した状態となっていた。さらに、迷宮そのものも至る所が破壊され、まるで何者かが手当たり次第に全ての罠に引っかかってその全てを正面から破壊して無理矢理突き進んだような跡がいくつも残っている。
迷宮っぽいところがあるとすれば、めちゃくちゃ広くて迷路みたいになっているため、何も考えず突き進めば多分迷うであろうということぐらいだ。つまり、もうアトラクションの迷路と変わらない。
とてもじゃないが、こんなものが本当に大迷宮とは思えなかった。
「おかしい。いくらなんでも何もなさすぎる。どういうことだ?」
「いや、何もないんだったら別にいいんじゃね?」
危険がないと言えば聞こえはいいが、大迷宮に危険がないのはもはや異常事態だ。そのありえない現状に気づいていない清水は少し怯えながらもそんな気楽なことを口にする。あまりに楽観的過ぎるその考えに、オレは呆れるあまりため息を溢した。
「……アホかおまえは。魔物もトラップもない大迷宮なんて人も建物もない国みたいなもんだ。安全な大迷宮なんてあるわけないんだよ」
「そ、そこまでなのか?」
「そこまでだ。分かったら絶対に警戒を解くなよ。『何も起きてない』ってのは逆に言えば『何が起きてもおかしくない』ってことだ。最悪の未来として、オレが死ぬ可能性も考慮しておけ」
「……それは流石に嘘だよな?」
「……さあな」
そんな会話を続けながらも、オレ達は最大限の警戒を解かないまま、相変わらず何も起きない迷宮を進んでいった。
それから更に数時間の時が経過し、オレ達は今まで通った場所とは一風変わった部屋に辿りついた。そこは、長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。壁の両サイドには無数の窪みがあり、騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほどの半壊した像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には既に開かれている荘厳な扉があった。開いた扉の先には大きな通路が続いている。
「へぇ……誘ってるな。いいぜ、乗ってやるよ」
「マジか!? どう見ても罠だろ!」
「大丈夫だ、問題ない。オレがこの程度で死ぬわけないだろ。……実はオレ、この戦いが終わったら例のあの子に告白するんだ」
「あからさまなフラグを立てるな!」
清水の言ってることは間違いない。どこからどう見ても罠だ。
常識的に考えて、ここまであからさまに罠だと分かる部屋には当然入るべきではない。しかし、ここまで探索して何もないのだ。この代わり映えのない状況を変化させるには、わざと罠に引っかかるのも一つの手。すぐにその判断に至ったオレは躊躇いもなく部屋に足を踏み入れた。
だが……
「……いやおい。この騎士はマジで飾りか? 普通はここで動くもんだろ。っていうか動けよ。剣振れよ。飛べよ。爆発しろよ」
部屋をもう少しで出るというところまで進んだというのに、『おれっち今から動くぜ』とでも言いたげな騎士達は微動だにしない。一瞬、もしかしたら本当にただの装飾品かもと思ったが、それにしてはやっぱり騎士が持つ剣と盾はガチ過ぎる。
せっかく盛大にフラグを立てて入ったというのに、これではまったく面白くない。
「おい、縁起でもないこと言うな」
「だってよ~……流石に意味もない警戒は飽きたし……」
「お前が満足する刺激は俺が死ぬんだよ……」
なんのギミックもないただ怪しいだけの部屋に、オレのテンションがだだ下がりになりつつも、そのまま扉を潜り、その先にある大きな通路を進んでいった。
それから十分程無機質な通路を歩き続けると、遂に通路の終わりが見えた。視線の先には途切れた通路が見え、その先にはどれくらいなのかも分からない程の広大な空間が広がっている。そして、途切れた道の十メートル程先に見える宙に浮かぶ正方形の足場。
「よし、清水。投げるから着地しろ」
「……は? え、いや……ちょ、おい! やめろ、投げんな!」
ここまで来たらやることは一つ。その足場に向かって、オレは抵抗する清水の首根っこを掴んでから力任せにぶん投げた。そしてオレ自身も、投げた清水を"舞空術"で追うようにして飛んで、正方形の足場に飛び移ろうと……したのだが、
「……あ、やべぇ」
まるで清水を避けるかのように、宙に浮かぶ足場がスィーとスライド移動し始めた。
「ぎゃぁああ! 落ちる落ちる落ちる!」
「ほらよっと」
空を飛べるオレならば兎も角、目の前から足場が急になくなったことで重力に従って底の見えない暗闇に落ちそうになった清水は悲鳴を上げる。まあ、落下する前にオレが抱えて移動を続ける足場の上に着地したのだが。
「し、死ぬかと思った……」
「この程度で死ぬんだったら大迷宮に連れて来るわけないだろ。……いや普通に死ぬな。悪い」
足場に四つん這いになり、はぁはぁと息を荒げる清水に向かってオレはそう告げる。今の不意打ちには多少驚いたが、想定外ではない。そんなことよりも、今注目するべきはこの空間だ。
「どうなってんだよここ。なんで全部浮いてんだ?」
「多分、重力でも操ってんじゃないか? オレが持ってる記憶が正しければこの大迷宮の主はそんな感じの魔法を使ってたと思うし。それにしても、かなり面白い光景じゃないか」
清水の言葉通り、直径二キロメートル以上もあるその空間には、今オレ達が足場にしているような色んな形の大小様々な鉱石ブロックが重力に逆らって浮遊していた。
どう見ても完全に重力を無視しているようにしか思えないが、不思議なことにオレと清水はしっかりと重力を感じている。おそらく、この部屋にある特定の物質だけが重力の制限を受けていないのだろう。
「周囲に気の反応は無い。なんだ、敵が来るってわけでもないのか?」
この異常重力空間には多少驚かされたが、言ってしまえばただ重力がおかしいだけだ。魔物が襲ってくるわけでも罠があるわけでもない。意思があるようにブロックが動いたことから、何者かがいることは確かなのだが、近くに敵意を持つ気も感じないし、この空間にいるはずの誰かの目的がさっぱり分からない。
本気でこの空間の存在理由が理解できず、オレは顔には出ていないつもりだが思いっきり困惑する。しかし次の瞬間、強大な殺気を感じたと同時に、清水の「あっ……」という漏れ出た声が耳に届いた事で、オレに思考は高速回転し始めた。
考えるよりも早く清水の方へ視線を移す。そこには、四つん這いになっている清水の顔前に野球ボールくらいのサイズのスパークを走らせる黒く渦巻く球体が出現していた。
「クソッ……!?」
「うをぁああああああ!?」
それがどんなものかまでは分からない。それでも、本能で近づいてはいけないものだと判断したオレは清水を先程まで歩いていた通路に向かって投げ、自身もブロックの足場を破壊するレベルで強く蹴り、背後に勢いよく飛んだ。
「おい、風磨! いきなりな……に……を…………」
通路にゴロゴロと転がりながらもなんとか受け身に成功した清水は勢いよく立ち上がってオレに文句を言おうとするも、視界に入った光景に絶句している。それもそうだ。なぜなら……
先程まであったオレの左腕が根本から消滅しているからだ。
すぐに腕は再生するから見た目的には問題ないし、ダメージ的にもゼロだ。それでも、オレを最強だと信じて疑っていない清水にとって、オレの腕が消滅したという事実は言葉を失うくらいには信じられない現象だったのだろう。
「一体、何が……」
「詳しい原理は知らんが、ブラックホールみたいなもんだ。あの黒い球体からエグイ引力が発生してにいきなり吸い込んできた。なんとか体全部を吸い込まれることは避けたが、吸い込まれた方の腕は粒子レベルで粉々にされたみたいだな。うん、マズイ」
そう、あの黒く渦巻く球体はブラックホールかのように強力な引力を発していた。清水を後ろに投げ飛ばしたことで僅かに退避のタイミングが遅れ、腕一本持ってかれてしまったが、この程度のダメージで済んだことはまだマシだっただろう。
先程までオレ達が足場にしていたブロックを見つめると、どうやら完全に黒球に吸い込まれたようで跡形もなく消滅している。感覚で分かるちぎれた方のオレの腕も肉片一つ残らないレベルで粉々にされているようで、もう遠隔操作もできない。きっと呑み込んだものを粉砕する性質があるのだろう。ブラックホールという例えは本当に的確な気がする。
それから数秒して、あらゆるものを呑み込む黒球は霧散するかのようにして消滅する。きっと、魔力で生まれた存在であるため、通常の魔法と同じように注がれた魔力が底をついたことで消滅したのだろう。
「何だったんだよアレ……」
「どう考えても敵襲だろ。あからさまにオレに殺意向けてきたからな。なんで気をまったく感じなかったかは分からないが……」
未だに姿を見せない敵にオレは最大限の警戒を向けて周囲を見渡す。【メルジーネ海底遺跡】で戦ったオケノスが扱う二つ目の触腕のように、気が信じられないくらい小さいというわけじゃない。完全に気の探知から外れている。
「……読みが甘かった」
「風磨?」
「清水、さっさと逃げろ。この敵は今のおまえがまともに戦える相手じゃない」
本当に読みが甘い。一瞬漏れ出た殺意を見逃していなければ、清水は今頃とっくに死んでいた。地上の魔物を単独で撃破できれば最低限の働きはできるなどと、あまりにも浅すぎる考えだった。今の攻撃がまた来れば、今度も清水を助けられるなどという保証はない。
「悪いが、おまえはこれからの戦いについていけない。今すぐこの迷宮から脱出するか、少なくとも戦闘に巻き込まれないところまで避難しろ」
「で、でも俺は!」
「…………死ぬぞ」
「っ……!」
この言葉はふざけているわけでも、大袈裟に言っているわけでもない。このまま清水がここにいれば、間違いなく死ぬ。オレが本気だということを清水はすぐに察したようで、歯を食いしばりながらも、通ってきた通路を走って戻っていった。
清水が逃げたことを確認してから、オレは"舞空術"を使って再び異常重力空間に侵入する。そして、その空間の中央まで来ると大きく息を吸って迷宮中に響く程の大きな声を上げた。
「おい、さっさと出て来い! 出てこないつもりならこの迷宮を手当たり次第に破壊するぞ!!」
先程の不意打ちと殺気から、襲撃者は知性のある生物だということは分かっている。だからこそ、敢えて己の姿を見せる。この迷宮のガーディアンかどうかは知らないが、ここを破壊されて困るのはあちらも同じはずだ。
「へぇ~……足手まといは逃がしたんだ。まあ、あんなのどうでもいいんだけど」
すると、どこか気の抜けたような、それでいて透明感のある女性のような声がどこからか響く。それと同時に、天井から人間サイズのなにかが急速に落下してきた。それは瞬く間にオレの数メートル前方まで姿を落ちてくると、ギュンッと急停止してその場に留まる。
「おまえは……」
目の前に現れたのは、一人の少女だった。
黒と白を基調としたドレスのような衣装を身に纏い、巻き髪が特徴的な金髪のポニーテールに青い瞳。まさに絶世の美少女という言葉が相応しいだろう。しかし、その瞳には光がなく、感情の色が見られない。
そしてなにより、オレはこの女のことを知っている。
「なんでおまえが生きてんだよ……ミレディ・ライセン」
少女の名はミレディ・ライセン。既に分かっていると思うが、解放者の一人でこの迷宮の製作者だ。つまり、とっくの昔に寿命で死んでいるはずの人間であり、この時代に存在しているわけがない人物だ。
「う~ん、それは私のセリフかな~? 姿がどれだけ変わっても私がお前を間違えるわけがないからねぇ。……いつの間に復活したのかな、魔人ブウ?」
「その顔でその声で話すな。反応に困る」
顔はまったくの無表情なのにも関わらず、声だけはいたずら好きの少女のような感情が乗っている。率直に言って凄く気持ち悪い。昔のミレディの姿を知っている分、その違和感の不気味さが更に増す。
オレ――というより、ブウに対する殺意を隠しきれていない。まあ、解放者殺しまくって、人間と国壊しまくって、オスカーも殺したんだから恨みを買う心当たりは多すぎるくらいにあるため、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
「ん~? ど~して私がお前の命令聞かないといけないのかなぁ? もしかして、頭の中まで筋肉が詰まっちゃって、自分の立場すら忘れちゃったのかな~。かわいそぉ~に……」
「なるほど、それは悪かった。確かにこんな辛気臭い場所に何千年も引きこもってた引きこもりがオレと会話を成立させられるはずがなかったな。……でもそうか。オレみたいなおバカ君に負けるぐらいなんだから、きっとおまえ以外の解放者はよっぽどマヌケだったんだろうな。ひっそりと生きてれば良かったものの、無駄に頑張るから死ぬんだよ」
まさに売り言葉に買い言葉といった感じだろう。煽るというよりは嘲笑うといった感じでオレを見下すミレディにオレも一番触れられたくないであろう仲間の死を使って挑発する。
目の前の存在が本当にミレディであるかは不明だが、他人を積極的に煽るウザキャラであるくせに仲間想いの一面もあるミレディならば、この挑発に乗ってこないはずがない。
そんなオレの推測は正しく、先程以上の強烈な殺気がぶつけられる。
「んふふ~……やっぱりお前のことは嫌いだなぁ」
「そうか? オレはおまえのこと結構気に入ってるぞ。結構相性いいんじゃないかオレ達」
「うっわ……そういうのマジで気持ち悪いからやめてくれない。ちょっと吐き気がしたんだけどぉ」
「おいおい酷いな。健全な男の子に対して言うセリフじゃないぜ」
あからさまに嫌悪感を剥き出しにするミレディに対して、オレは煽るようなセリフを吐き続ける。相手がこちら側に強い敵意を向けてくれるのなら無駄な探り合いもせずに情報を引き出しやすい。
「まあ、そんなことはどうでもいいとして……」
「ははは、確かにお前のことなんてどうでもいいよねぇ」
「だよな。今はオレのこととかどうでもいいんだよ。それよりおまえが生きてる理由を教えてくれ。オレの記憶と歴史が正しければとっくの昔にミレディ・ライセンは寿命で死んでるはずだろ。もしかして、オレと同じで長生きするタイプなの? もしかして憧れてる? サインいる?」
「あはは、お前と一緒とか死んでも嫌だからやめてくれない? うん、教えるつもりはなかったけど、そんな気持ち悪い勘違いは耐えられないから特別に教えてあげるよ」
心の底から嫌そうな顔でオレを見下ろすミレディからは本当に気持ち悪いという心の声が聞こえてくるかのようだ。この状態でスカートをめくって下着を見せてもらえたらきっと興奮できる気がする。
それから、肩をすくめて馬鹿にするかのような動作を見せてから、ミレディは話を始めた。
「今の私は正確にはミレディ・ライセンじゃないよ。ミレディ・ライセンという人間の細胞から新たな人間を複製し、私自らの手でパーフェクトなボディに改造して、あらゆる技術を詰め込んで強化した。長年の研究の成果が詰まった魔人ブウを殺すため
自身の功績を見せびらかす子供のように先程までの死んだ表情がガラッと変わり、ミレディはキメ顔をキメると、まるで戦隊モノのヒーローポーズを取りながら声を大にして名乗りを上げた。
「人造人間
人造人間
ミレディ・ライセンが作った最高最強のゴーレム?
ざっくり説明すると、ミレディのクローンを作って、Dr.ゲロのように改造しまくって有機体タイプの人造人間にした。それに自分の魂を定着させることで中身も合わせて完成する。
戦闘力的には過去の自分をも遥かに超えている。ハジメ達の時にこれで戦っていたらハジメは多分死んでいた。
容姿は素体がミレディのクローンであるため、人間の時の頃とまったく同じ容姿、服装をしている。つまり、黙っていれば美人ということ。
ライセン大迷宮
ハジメのせいで滅茶苦茶に壊れているため、ミレディ自身も壊れかけの罠作動させても意味ないだろうなーと判断して機能停止した。それに合わせて、例の煽り文章も出てこないため、仁達は結構快適に進めている。
迷宮の中で穏やか暮らしていた魔物達は全部ハジメ達に駆逐された。
走れシミズ
これから起きるであろう戦いから逃げるために全力疾走中。ただ、一応大迷宮内は迷路のようになっているためこの後迷子になる模様。
ミレディが姿が変わったブウに違和感を感じていない理由。
ブウの肉体は意味不明であるため、姿くらいなら簡単に変えられると思っている。性格面に関しては少し違和感を感じているが、ブウの思考など考えるだけ無駄だと切り捨てている。
結論:ミレディは魔人ブウぶっ殺すマンになってるから細かいことはどうでもいい状態。