ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

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第四章、ラストです!
次回からは、やっと彼ら彼女らとの再会のために動きます。


アンカジ公国、再び

 まだ日が昇り始めてからそう時間が経っていない早朝。元勇者パーティーであった陰キャ男――清水は一人、ブルックの町をさまよっていた。

 

 朝起きた時には同行者である仁が『ちょっと、出かけて来る』という置手紙を残してどこかに行ってしまい、特にやることもなかった彼は暇潰しがてらに町を散策していた。とはいっても、散財出来る程貯金があるわけでもない。本当に散歩しているだけだ。しかし、これだけでも今の清水にとっては良い気分転換となっていた。

 

 前日、仁が己の過去を打ち明けてから、清水はずっと悩んでいた。

 

「やっぱり……あいつは強い」

 

 仁にとって、あの話は自分が『強者』とは真逆の位置にいる人間だと説明するためにしたのだが、残念ながら清水が抱いたものは正反対のものだった。あの話を聞いた清水は、今まで以上に仁が強者であるという確信を抱いたのだ。

 

 何故か? その理由は一言で言うならば『ありえない』からだ。

 

 仁と雫がイジメを受けていたという過去については衝撃を受けたものの納得は出来た。現在から想定できなくとも人に言えない過去というものはある。実際清水も幼かった頃はやんちゃで近所のお姉さんにセクハラするようなクソガキだった。

 

 ならば仁に辛い過去があっても飲み込めはした。だがその後の話はそう簡単に納得できるようなものではなかった。

 

 イジメられた復讐としてイジメっ子の関係者に手を出す。そのやり方は清水なら別にそこまで嫌悪感を感じることでもない。自分より強い奴よりも弱い奴を狙うのは清水のような卑怯な手段も躊躇わない男からしてみれば、禁忌などではなく手段の一つでしかないのだ。

 

 しかし、それをやったのが仁となれば少し話が違ってくる。昔の仁の性格を清水は知らないものの、それでも今のように善人寄りの人物であったことは容易に想像できる。

 

 そんな人間が、いくら性格を取り繕ったからとはいえ、そんな悪行に手を染められるのか?

 

 その問いに対して清水は悩むまでもなくNOと答える。当然だ。今まで人を傷つけず、理想(光輝)を見てきた人間が多少のきっかけがあったとしても、何もしていない他人を傷つけることなんてできるわけがない。

 

 もし、それができる人間がいたとしたら、そいつはきっと心が部分的に壊れてしまっているか、元からそういう狂気を内に秘めていたかのどちらかだろう。しかし、仁の精神は至って正常で、それどころか自分の行為をやるべきでなかったことだと後悔している。頭も心も制御が出来た上で行動に移したのだ。

 

 それは、誰もができることではない。

 

 ドラマなどに登場する殺人犯を想像してみて欲しい。その殺人が衝動的なものか計画的なものかはどちらでも構わない。それでも、彼ら彼女らは基本的に頭では分かっていても、感情的な部分で耐えられなかったからこそ『殺人』という行為に移るのだ。だからこそ、その罪を犯した後で後悔したり、隠して自分に罰が下るのを防ごうとする。

 

 しかし、仁はそんな殺人犯達とは違う。それがやってはいけないことだと頭で理解し、それをすれば自分が後悔すると心でも納得した上で『それならそれでいい』と判断して行動に移すのだ。

 

 その精神性はもはや異常だ。少なくとも清水はそうとしか思えない。だからこそ、清水は仁を『強い』と判断した。そして同時に理解する。きっと仁はどんな状況であろうとも、自分というものを保ち続けられるということを。

 

 そんな清水の推測はある意味間違ってはいない。

 

 事実、仁は現代を生きるには不似合いな程強固な精神性を持ち合わせている。その原因には勿論光輝やら雫やらが関わってきているのだが、その大部分は生まれ持ってのものだ。故に、その事実には仁自身も気づいていない。それもそのはず、自分のメンタルが特別強いだなんて平和な世界で暮らしていればまず気づくことはない。

 

 それほどまでの強固な精神を持っていたからこそ、ブウに吸収されたにも関わらず自分の意識を本体であるブウを押しのけてまで表層に無理矢理出てきているのだ。もし仁の精神性が常人とそう変わっていなければ、きっと死んではいなくともその意識は未だ眠ったままだっただろう。

 

 そんなことを考えながら清水がブルックの町中を歩いていると、町の入口にある門付近に大勢の人だかりができて、何やら騒ぎが起きているのを発見した。

 

「……? 何かあったのか?」

 

 別に特別興味があるわけでもないがこの先これといった予定もない。というかぶっちゃけ暇である。野次馬根性に惹かれた清水はその人だかりに近づくと、大勢の人が集まる中心で仰向けに倒れるとある人物の姿を目にした。

 

「おい……何であんたが……こんなところにいるんだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤銅色の世界とも呼べる広大に広がる赤き砂漠【グリューエン大砂漠】の上空。真っ赤に染め上げられたそこを、オレは気のバリアを纏って砂嵐と太陽光を遮断しながら飛び続けていた。

 

「……正直あそこに行くのはかなり気乗りしないが……苦しむ奴がいて……助ける手段があって……何もしない。それは流石に気が引ける」

 

 目的地はアンカジ公国。()()ビィズがいる例の国だ。正直、来たくはなかった。そりゃそうだろう。深夜に男に襲われかけたトラウマのある国だ。出来れば近くにいたくもない。

 

 そんな国にわざわざ寄り道してまで向かう理由などただ一つ。例の汚染されたオアシスの件だ。具体的には汚染初期段階であるため体内に取り入れたとしても常人には大して問題はないのだが、それでもアンカジの生命線であるオアシスが住人の飲み水や食料となる作物に与える影響は少なくない。不安要素はなくしておいた方がいいだろう。

 

 以前のオレではどうしようもなかったことであるが、今のオレなら話は別だ。再生魔法を改良して作りだした技"リ・バース"。浄化でなくとも復元の効果があるこの技を使えば汚染されたオアシスを元に戻すのも不可能ではない。

 

 ミレディに対して使った時の気の消費量から考えればかなりコスパの悪い技であるが、どうやら復元する対象によって気の消費量が変わってくるらしい。

 

 例えば、ミレディに使ったように魂の時間だけを対象に発動した場合、一秒前の状態に復元するだけでも馬鹿みたいな気を消耗する。だが無機物に使えばめっちゃデカいものでもなければ大量の気を消費することはない。

 

 まあ、それでも普通の魔法や技に比べてみれば燃費が悪いことには変わりないのだが、それを知れただけでも収穫は十分だ。

 

 ブルックで寝泊まりしている間にその事実に気づいたオレは、不意にアンカジのオアシスを思い出した。方向的に考えればちょっとした寄り道になるけれど、どうせ数日はブルックに滞在する予定であったのだ。問題はない。

 

 そして現在、アンカジの入場門が見える場所まで来たのだが、何やら前回来た時と違って随分と行列が出来ている。並んでいるのは雰囲気からして荷馬車を引いた商人だろう。

 

「あー……これは……歩いた方がいいかも?」

 

 アンカジでは結構な大暴れをしたため、あそこの住人はほぼ全員オレの本来の姿を知っている。だから変装する必要はないと考えていたのだが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。

 

 きっと、この長蛇の列はアンカジがハイリヒ王国に救援依頼をし、要請に応えてやって来た救援物資運搬部隊……に便乗した商人達だ。水分や食料を必要としているこの国は商人からしてみればいいカモに違いない。

 

 実際のところ、オアシスの水は飲んでもそこまで酷い症状には至らないし、至ったとしてもオレが大量に作ってやった"静因石"があるから問題はない。とはいえ、それだけではアンカジの住人達も汚染されかけた水や食料を口に入れる気にはならなかったのだろう。他国に救援物資を要求したとしてもおかしくはない。

 

 ただ相手を選んでいる余裕すらないということではないらしい。どんな基準で判別しているかは知らないが、追い返されている商人達も少なからずいる。

 

 分かりきっていることではあるが、この行列の集団はオレのことなど知るわけがない。この場で変装しないままオレが現れれば間違いなく騒ぎが発生する。避けられるなら避けるべきだ。

 

 オレは人目につかない場所に着陸し、順番待ちをする隊商を無視して門前まで歩いて行く。騒ぎを起こすつもりはないが、このクソ長い行列に並ぶつもりもない。何時間も待ってまで訪れる価値はアンカジにはない。

 

 分かりやすいように門番に手を振ってやると、オレの姿に気づいた門番達は慌てたように奥の詰所へ入っていく。そして、数秒してから再度ぞろぞろと詰所から兵士が現れた。そんな兵士達の中から一人の男が武器も構えずにオレに近づいて来る。

 

「やはり仁様でしたか! 再びお会いすることができて光栄です!」

 

 目の前で敬礼っぽい動作をして、心の底から幸せそうな顔をする名前も知らないキモイ男。きっと、あちら側が一方的にオレのことを知っているだけだろう。この町でのオレの活躍を考えれば、別に不思議なことでもない。

 

「領主に話を通してくれ。オアシスを完全に浄化できる手段を手に入れた」

「オアシスを!? それは本当ですかっ!?」

「あー……やっぱ期待はしないでくれ」

「いえ、流石は仁様です。……と、こんなところで失礼しました。既に領主様には伝令を送りました。入れ違いになってもいけませんから、待合室にご案内します。仁様の来訪が伝われば、領主様も直ぐにやって来られるでしょう。きっとビィズ様もお喜びになります」

「あの変態は呼ぶな。連れてきたらおまえを殺す」

 

 やはり、国を救った神という認識が強いのか、兵士がオレを見る目には多大な敬意に加えてどこか信仰の色が見て取れる。あからさまな好待遇だ。そのままオレは好奇の視線を向けてくる商人達を尻目に、門番の案内を受けて再びアンカジ公国に足を踏み入れた。

 

 ちなみに……ビィズは王宮の自室に閉じ込められたらしい。

 

 

 

 

 

 

 領主であるランズィが息せき切ってやって来たのは、オレが待合室に来て十五分後くらいだった。王宮とはそこそこ距離があるというのに随分と早い到着だ。それだけ、ランズィ達にとってオレという存在は貴重なのだろう。

 

「久しい……というほどでもないか。無事なようで何よりだ、仁殿。以前は本当にあの馬鹿息子がすまなかった。国を救って頂いたというのに、あのような失態を……」

「そのことはいい。許すわけじゃないが、今話す内容でもない。あいつをオレに会わせるなんて馬鹿なことでもしない限りはオレから責めるつもりもない。それより、やっぱり救援物資は必要だったんだな」

「ああ。仁殿が作ってくれた"静因石"があるとはいえ、それだけでは民の不安に繋がる。未だ死傷者は出ていないが、万が一ということもあるからな」

 

 そう言って、少し頬がこけたランズィは穏やかに笑った。アンカジを救うため連日東奔西走していたのだろう。疲労がにじみ出ているが、その分成果は出ているようで、表情を見る限りアンカジは十分に回せているようだ。

 

「それで、オアシスの浄化の方はどうなんだ?」

「……オアシスは相変わらずだ。新鮮な地下水のおかげで、少しずつ自然浄化は出来ているようだが……中々進まん。このペースだと完全に浄化されるまで少なくとも三ヵ月、土壌に染み込んだ分の浄化も考えると半年は掛かると計算されておる」

 

 少し憂鬱そうに語るランズィに、今すぐ浄化できる可能性があると伝える。それを聞いたランズィの反応は劇的だった。掴みかからんばかりの勢いで「マジで!?」と唾を飛ばして確認するランズィにオレはビンタで答えた。

 

 その後、腫れた頬を押さえながら取り乱したと咳払いしつつ佇まいを正したランズィから早速浄化を頼まれ、オレはオアシスへと向かった。

 

 

 

 オアシスには、全くと言っていいほど人気がなかった。普段は憩いの場所として大勢の人々で賑わっているはずなのだが……そのことを思い出したのかランズィが無表情ながらも何処か寂しそうな雰囲気を漂わせてくる。

 

 そんなランズィを置いて、オレはオアシスの畔に立つ。

 

 眼を閉じ、気を使用するためにマントに刻まれた魔法をOFFにし、意識を集中させて右腕を突き出してからその技の名を小さく呟く。

 

「――"リ・バース"」

 

 次の瞬間、オアシスに外から内に戻るような不自然な波が発生する。対象が液体であるため視覚的な情報からは分かりずらいが、間違いなくこのオアシスの『時』は巻き戻っている。

 

 一応、汚染の原因となったスライムまでも復活させないよう、生物は対象外にして技を発動しているため、そこを心配する必要はない。

 

 本来あり得るはずのない波の動きにランズィ達は息を飲んでオアシスを見つめる。それから数十分。完全に汚染される前の状態まで戻ったことで"リ・バース"の発動を終えても、ランズィ達はしばらく余韻に浸るように言葉もなく佇んでいる。

 

「終わったぞ……さっさと調べろ」

 

 オレの言葉にハッと我を取り戻したランズィは、部下に命じて水質の調査をさせる。

 

 部下の男性が慌てて検知の魔法を使いオアシスを調べ、固唾を呑んで見守るランズィ達。検知を終えた男は信じられないといった表情でゆっくりと振り返り、ポロリとこぼすように結果を報告した。

 

「……戻っています」

「……もう一度言ってくれ」

 

 ランズィの再確認の言葉に部下の男は、息を吸って、今度ははっきりと告げた。

 

「オアシスに異常なし! 元のオアシスです! 完全に浄化されています!」

 

 その瞬間、ランズィの部下達が一斉に歓声を上げた。手に持った書類やら荷物やらを宙に放り出して互いに抱き合ったり肩を叩きあって喜びをあらわにしている。ランズィも深く息を吐きながら感じ入ったように目を瞑り天を仰いでいた。

 

「当然だ、オレがやったんだから失敗するわけがない。あとは土壌の方だな……作物は全部捨てたのか?」

「……いや、一箇所にまとめてあるだけだ。廃棄処理にまわす人手も時間も惜しかったのでな……まさか……それも?」

「少し疲れたが、飯食えばすぐに回復する。問題はない」

 

 オレの言葉に、本当に土壌も作物も復活するのだと実感し、ランズィは胸に手を当てて人目もはばからず深々と頭を下げた。領主がするべき行動としては間違ってるが、一人の人間としては好感が持てる。ここまで感謝されてオレも悪い気がしないしな。

 

 ランズィからの感謝を受け取り、早速農地地帯の方へ移動しようとする。しかし、その直後、招かれざる客が現れた。

 

「……この気は?」

 

 隠そうともしないあからさまな殺気とどこか覚えがあるような気を感じたオレが振り向けば、遠目に空を飛ぶ三人の銀髪碧眼の女の姿が見えた。どう見ても普通の人間ではない。白を基調としたドレス甲冑を纏い、ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。どう見ても戦闘服だ。

 

 そしてなにより、その背には魔法で作られた銀色の翼が広がり、両手には二メートル近い白い鍔無し大剣が握られている。

 

 空飛ぶ女達に目が行って気づかなかったが、その後ろをよく見てみれば、アンカジの兵士とは別の……この町の聖教教会関係者と神殿騎士の集団がぞろぞろ歩いていた。

 

「わぁお……これは珍しいお客さんだ」

 

 呑気なことを言うオレとは対照的にランズィ達はどこか慌てたような反応を見せる。そんなオレ達を気にした様子もなく、翼付き女共と神殿騎士達はオレを取り囲んだ。そして、神殿騎士達の合間から白い豪奢な法衣を来た初老の男が進み出てくる。

 

 物騒な雰囲気に、ランズィが咄嗟に男とオレの間に割って入った。

 

「ゼンゲン公……こちらへ。()()は危険だ」

「フォルビン司教、これは一体何事か。二度に渡り、我が公国を救った英雄に対して『それ』呼ばわりですと? 彼への無礼は、アンカジの領主として見逃せませんな」

 

 フォルビン司教と呼ばれた初老の男は、馬鹿にするようにランズィの言葉を鼻で笑った。

 

「ふん、英雄? 言葉を慎みたまえ。魔人族が我らの英雄になどなれるわけがなかろう。その化け物はそこにいる使徒様が世界の敵と告げられた。不用意な言葉は、貴公自身の首を絞めることになりますぞ」

「使徒様……だと?」

 

 オレを囲むようにして浮かぶ三人の女に視線を向けたランズィが息を呑む。そう、この女達は正真正銘"神の使徒"だ。あのクソ野郎の手足となって、戦争を長引かせるためだけの量産品だ。魔人ブウとしての記憶がそれを告げている。間違いはない。

 

 ランズィとて、聖教教会の信者だ。その神秘的な美しさと神々しさから本物の神の使徒であると納得してしまったのだろう。それ故に、何かの間違いでは? と宙に浮かぶ女の方を凝視している。

 

「退きなさい。アンカジの領主よ。その者は人の平穏を乱す者。今ここで神の使徒として排除します」

「まさか使徒様がいらっしゃるこのタイミングでそちらの方からやって来るとは……クク、何とも絶妙なタイミングだと思わんかね? きっと、神が私に告げておられるのだ。神敵を滅ぼせとな……これで私も中央に……」

 

 最後のセリフは声が小さくて聞こえなかったが、どうやらオレが神の敵と判断されたことは真実だと理解し、ランズィはオレの方を振り返る。

 

「……奴らの言うことは事実だ。好きにしろ」

 

 そんなランズィにオレは特に焦りも驚愕もなくそう告げた。神を相手にする以上こういう時は必ず訪れる。それは最初から覚悟していたし、むしろ遅いくらいだと言ってもいい。想定では【オルクス大迷宮】を出たあたりで襲撃されるものだとばかり思っていたから、今更なんの驚きもない。

 

 オレの返答を受けて眉間に皺を寄せるランズィに、如何にも調子に乗った様子のフォルビンがニヤニヤと嗤いながら口を開く。

 

「さぁ、私はこれから神敵を討伐せねばならん。相当凶悪なおと……こ? だという話だが、果たして三人の使徒様と神殿騎士百人を相手に、どこまで抗えるものか見ものですな。……さぁさぁ、ゼンゲン公よ、そこを退くのだ。よもや我らと事を構える気ではないだろう?」

 

 そんな五月蠅い言葉を無視してランズィは瞑目する。そして、しばらく沈黙した後に目を見開き、イライラした様子のフォルビンに鋭い眼光を真っ向からぶつけ、アンカジ公国領主としての答えを叩きつけた。

 

「断る」

「……今、何といった?」

「……」

 

 その言葉が余程想定外だったのだろう。フォルビンの表情は面白いほどの間抜け面となった。対照的にその返答を聞いた神の使徒は無表情のままオレだけでなくランズィにも殺気をぶつけてくる。強大な殺気を向けられ後退りはしたものの、ランズィは覚悟を決めた顔で言葉を繰り返した。

 

「断ると言った。彼は救国の英雄。例え、使徒様であろうと彼に仇なすことは私が許さん!」

「なっ、なっ、き、貴様! 正気か! 使徒様に逆らうことはエヒト様に逆らうということだぞ! 異端者の烙印を押されたいのか!」

 

 ランズィの言葉に、驚愕の余り言葉を詰まらせながら怒声をあげるフォルビン。周囲の神殿騎士達も困惑したように顔を見合わせる。ただオレを囲む女達だけは既に攻撃の準備を完了させていた。いつでも殺せるという宣言でもあるのだろう。

 

 オレもランズィに気づかれないよう、神の使徒共に殺気をぶつける。そうすることで、お互いが相手の動きを警戒して動き出せない膠着状態を作り出す。

 

「フォルビン司教。貴殿は、彼の偉業を知らないのか? 彼はこの猛毒に襲われていたオアシスを浄化し、報告によればエリセンの町も救われているというではないか……そんな彼が世界の敵だと? その判断の方が正気とは思えん。故に、ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは彼を裏切ることはないっ!」

「だ、黙れ! これは神のご意志だ! 逆らうことは許されん! 公よ、これ以上その魔人族を庇うのであれば、貴様も、いやアンカジそのものを異端認定することになるぞ! それでもよいのかっ!」

 

 どこか狂的な光を瞳に宿しながら、フォルビンは、とても聖職者とは思えない雰囲気で喚きたてる。弱い犬ほどよく吠えるという言葉があるが、今の状況はまさにそれが相応しい。

 

「……言い切ったな。神を敵に回すんだぞ。領主として、その判断はどうなんだ?」

 

 ランズィはオレの問いには答えず、事の成り行きを見守っていた部下達に視線を向ける。それに釣られて、誘われるように視線を向けると、オレ達の視線に気がついた部下達も一瞬瞑目した後、覚悟を決めたように決然とした表情を見せた。瞳はギラリと輝いている。明らかに、『殺るなら殺ったるでぇ!』という表情だ。

 

 その意志をフォルビンも読み取ったようで、更に激高し顔を真っ赤にしながら最後の警告を突きつけた。

 

「いいのだな? 公よ、貴様はここで終わることになるぞ。いや、貴様だけではない。貴様の部下も、それに与する者も全員終わる。神罰を受け尽く滅びるのだ」

「このアンカジに、自らを救ってくれた英雄を売るような恥知らずはいない。神罰? 私が信仰する神は、そんな恥知らずこそ裁くお方だと思っていたのだが? 司教殿の信仰する神とは異なるのかね?」

 

 ランズィの言葉に、怒りのパレメーターが振り切れたフォルビンは更に怒りの声を上げた。

 

「ぬっ、ぐぅ……ふざけるなふざけるなふざけるな!!」

「……黙りなさいフォルビン。要するに、そこの"失敗作"と共にアンカジの領主もその他の人間達も、みな神の敵ということでしょう。ならば……排除の対象です」

 

 しかし、どれだけランズィが覚悟を見せようと、この場にはそれを武力で解決できてしまう者が三人もいる。

 

 神の使徒はたった一言冷酷に事実を告げると、ランズィやその部下を含めたオレ達のいる方へ向けて、銀翼から殺意をたっぷり乗せた銀羽の魔弾を射出した。恐るべき連射性と威力を秘めた銀の魔弾が数多の閃光となって標的に殺到する。

 

 これは、神の使徒に仕組まれている能力の一つだ。分かりやすく説明すると、超速超火力超連射力のデカめの弾丸だ。

 

 切羽詰まった声で部下に退避を指示するビィズだが、それはあまりにも遅すぎる。瞬きする間もなく、銀の魔弾はオレ達に直撃し、アンカジを血で染め上げる……などということには当然ならない。

 

「――中身のない攻撃だ。火力も速さも魔力も殺すという覚悟も何もかもが足りてない。所詮は操り人形の一芸だな。もしかして、本気でこの程度の技でオレを殺せるとでも思ったのか? だったら舐められたもんだ」

「な、なんだと……使徒様の攻撃を防いだ? いや、ありえん、そんなことあるはずが……」

 

 魔弾が直撃する直前、オレは気でドーム状のバリアを張ることでランズィ達をその攻撃から守った。それに気づいた神の使徒は忌々しそうな視線を向け、フォルビンやその他の神殿騎士達は見るからに動揺した様子を見せる。

 

「まったく……おまえらなあ、オレの事なんか放っておいても良かったんだぞ?」

 

 一番の当事者であるにも関わらず、蚊帳の外に置かれていたオレが殺意を向けてくる女達に視線を向けることもなくランズィにそう告げる。すると、自分達の安全を再確認したランズィがほっと胸を撫でおろすと答えた。

 

「なに、これは"アンカジの意思"だ。この公国に住む者で貴殿に感謝していない者などおらん。そんな相手を、一方的な理由で殺させたとあっては……それこそ、私の方が"アンカジの意思"に殺されてしまうだろう。愛すべき国でクーデターなど考えたくもないぞ」

「はははっ、オレがこんな雑魚共に殺されるとでも?」

「そうだろうな。つまり貴殿は、教会よりもそして"神の使徒"よりも怖い存在ということだ。救国の英雄だからというのもあるが、半分は貴殿を敵に回さないためだ。信じられないような力をいくつも扱い、竜を従えた魔人族すら容易く倒す。教会の威光をそよ風のように受け流し、百人の神殿騎士と神の使徒を前にして歯牙にもかけない。いや、実に恐ろしい。父から領主を継いで結構な年月が経つが、その中でも一、二を争う英断だよ」

 

 別にオレはビィズを除いてアンカジと敵対するつもりはないのだが、ランズィは万一の可能性を考えて、神の使徒とオレを天秤にかけた結果後者をとったのだろう。確かに、国のためとは言え、教会の威光に逆らう行為なのだ。英断と言っても過言ではない。

 

 まあ、この国の人間はオレを神と思ってるみたいだけど。それに関しては変な噂を広めたビィズが全部悪い。

 

「……雑談とは余裕ですね、失敗作」

「それはこっちのセリフだ、ガラクタ」

 

 しかし、そんなオレとランズィの会話に痺れを切らした神の使徒は凍えるようなほど冷たい視線を向けて来る。ランズィ達は恐怖に顔を歪めるが、オレにとって近所のクソガキが睨んでいるようなものだ。別に怖くもなんともない。

 

 神の使徒が言う"失敗作"とは、きっとオレのことだろう。神に造られたくせに神を裏切るなど、奴らからしてみれば失敗作という評価こそが相応しい。

 

 怯えるランズィと兵士を後ろに下がらせ、オレは神の使徒の内一人と向かい合う。

 

「まさか、たったの三体でオレに勝てるとか本気で思ってるわけじゃないだろ。出し惜しみなんてしないで、隠してる戦力を出せ。後から小出しで出しても時間の無駄だ」

「ふざけているのですか? 失敗作の処理など……私達だけで十分です」

「…………正気か?」

 

 戦闘体勢に移り、オレに武器を構える神の使徒達の姿を見て、オレは煽るわけでも馬鹿にするわけでもなく困惑する。単純な気の量だけでもいってもオレとこいつらには月とスッポンと表現してもいいほどに圧倒的な差がある。オレが負ける可能性は万が一にもない。

 

 それに、神の使徒としての能力もブウの記憶から大体把握している。以前のブウはこの量産型の女共を暇潰しがてらに殺していたのだ。つまり、奴らはオレの危険性を正しく把握しているはずだ。

 

 だというのに、たった三体でオレに挑もうなどとは考えが甘すぎる。あの神が差し向けたにしてはあまりにも小さ過ぎる戦力だ。

 

「長く生き過ぎてとうとうボケたなあいつ……」

 

 マジでそう思ってしまうくらいには浅すぎる考えだ。しかし、どうやら目の前の神の使徒共は本気でオレを殺せると思い込んでいるようで、銀の魔弾と"分解"の固有魔法が付与された大剣を手に襲い掛かってきた。

 

 

 

 勝負は……一瞬だった。

 

 

 

 戦闘が始まって数秒後、オレの視界に映るのは、目の前に喉を掴まれ持ち上げられる神の使徒。そして、周辺に散らばる神の使徒であった者の肉片。

 

 戦いが開始した次の瞬間には、飛んできた銀の魔弾を素手で掴んで投げ返したことで一体目の神の使徒がその命を散らした。その一秒後には、瞬時に接近して大剣を握る両腕を掴んで同時に引きちぎり、エネルギー波で消し飛ばしたことで二人目の神の使徒が死んだ。そして、残った一人は四肢を切断された後、こうして喉を掴んで持ち上げたことで血の泡を吹いて痙攣している。

 

 頼みの綱であった神の使徒が瞬殺されたことで、フォルビンは顔を真っ青にしてみっともなく逃げ出し、それに続くような形で神殿騎士達も走り去っていった。もはや、勝敗は誰の目からみても明らかだ。

 

 誰一人助ける者がいなくなった神の使徒に視線を移すと、驚くことに感情のないはずの彼女の顔は、恐怖に歪んでいた。これには一瞬驚いたものの、別に同情してやるつもりはない。

 

「………………!!」

「死ね、バーカ!」

 

 ジタバタ暴れる神の使徒に最後にそう告げて、オレは顔面を殴って首から上を粉々に吹き飛ばすと、周囲に散らばる肉片も含めてエネルギー弾をぶつけて塵一つ残らず消滅させた。

 

 こうして神の使徒の()()を終えると、オレは少し離れた位置で戦いを見守っていたランズィに近づく。自分達を助けてくれた感謝とか、逃げたフォルビンについてとか、色々言おうとしていたが、それを中断させてオレの要求を押し付ける。

 

「悪いが、早めに処分用の作物があるところまで案内してくれ。少し急ぎの用事ができた」

「か、構わないが……一体どうしたというのだ?」

 

 ランズィはたった今目の前で行われた惨殺を見て、明らかに動揺している。この世界では人の死などそう珍しいことでもないが、自身の信仰する神の使いが殺される場面を目の前で見せられた心境は相当複雑だろう。

 

 他の兵士達も似たような感情を抱いたのか、少しオレに恐れを抱いているような気がする。しかし、どうやらその視線は恐怖というより畏怖の感情の方が割合を占めているように見える。

 

「……これは憶測だが、奴らがオレに襲い掛かってきた以上、離れた所にいるオレの仲間の方も襲われてるかもしれない。ちゃちゃっと要件を済ませて早めに戻りたい」

「そ、それは大変だ。ならばすぐに戻ったほうがっ!」

「安心しろ。一応オレの仲間だぞ。そう簡単にやられはしない。それに襲われてるなんて確証もないしな。だからさっさとこの町での仕事を終わらせたい」

 

 そんな説明すると、ランズィは少し慌て気味にオレを処分用の作物がある場所にまで案内し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 それから、約数時間の時が経過した。

 

 農作地帯と作物の汚染を浄化したオレは、そのまま休む間もなくアンカジを出て、"舞空術"でブルックに戻った。そんなオレを待ち構えていたのは、顔を真っ青にして如何にも慌ててますという雰囲気を漂わせた清水の姿だった。

 

「お、おお! やっと戻ったのか風磨! いいか、落ち着け、落ち着いて聞けよ!」

「…………いや、まずおまえが落ち着け。一体何があった」

 

 まさか、本当に神の使徒が襲ってきたのかとも思ったが、こうして無傷な様子を見るにそれはないだろう。そして、清水はオレの想定とは全く異なる言葉を吐いた。

 

()()()()()がいるんだよ! この町に!」

「…………はい?」

 

 思わずオレの口からそんな気の抜けた声が漏れたのは仕方ないだろう。




悩む少年 清水
なんか色々悩みながら散歩中、どこか見覚えのありそうな騎士団長に遭遇。

ランズィ
領主としても男気を見せた人。
仁の味方をしたことで神と敵対することになってしまった。神か魔人という究極の二択を突き付けられ、危険度が低い方を選んだ。原作読んでても思ったけど、このシーンのランズィさん無駄にカッコよすぎる。なんでこんな人の息子が香織の厄介ファンになるんだろう。

ビィズ
仁との対面禁止通告を与えられ、王宮内に謹慎中。

アンカジの住人
風磨仁ガチ勢。
本気で仁がエヒトと同レベルの神だと思い込んでいる。仁の命令なら死にかねないレベルで信仰心がヤバい。後にランズィから話を聞いて仁への信仰心がワンランクアップした。

ポポロとその母親
アンカジに食べ物売りにきた商人達の対応で大忙しであるため、仁が来ていたことに気づいていない。後で知って会えなかったことに凄い後悔する。

神の使徒×3
大勢の手下を引き連れ、意気揚々と現れたにも関わらず瞬殺された量産型の人形。
強さ的にはこの後ハジメが戦うノイントと同レベル。時代的に魔人ブウの恐ろしさを知識としては知っているものの、経験として感じたことはないため、仁を舐めきっている。一応神も仁の存在には気づいているだろうが、そこまで危険視していないため、その影響もあって余裕で勝てると思い込んでいた。
まだ神代魔法集めきれてないハジメに有利対面で挑んで負けるんだから、仁に勝てるわけがない。当然の結末。

フォルビン司教
一生中央に行けない人。

メルド団長
なんで生きてるんですアンタ?
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