現在、俺達はオルクス大迷宮の正面入口がある広場に集まっていた。
勝手な妄想ではあるが、大迷宮の入口はそのまま洞窟の入口のようなものだとばかり思っていたのだが、入場ゲートのような入口があり、制服をきた職員らしき女性が笑顔で受付対応をしている。
正確な死傷者数を把握するためと言っていたが、異世界のダンジョンに来たにもかかわらず、空港の入国審査みたいなことをしてたもんだから、なんだか一気に冷めてしまった。
メルド団長が審査を済ませると、俺達はカルガモの親子のように大迷宮へと入っていく。
◯
オルクス大迷宮は"緑光石"という光る石が洞窟の暗闇を照らしているため、松明などの明かりがなくとも視界に不自由はない。
大迷宮の内部は外の賑わいとは対照的に静寂に満ちていた。緊張に包まれた雰囲気の中、俺達がしばらく進んでいくと、高さが7、8メートルほどはありそうなドーム状の空間へとたどり着いた。
その空間へと足を踏み入れた瞬間、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出し、物珍しげに辺りを見回していた俺達の前に立ち塞がった。これは戦闘開始の合図と捉えて問題ないだろう。
「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 他のメンバーは交代で前に出てもらうからな、気を緩めずしっかり準備しておけ!」
指名された天之河達が威勢よく返事をする。いざ戦闘かと身構える中、いきなりメルド団長は言った。
「この中の誰でもいい! あの魔物の名前が分かるやつがいたら答えてみろ!」
「は? 魔物の名前?」
「おい、お前分かるか?」
「いや……絵で見たことはあるけど、魔物の名前なんかいちいち覚えてるわけねえだろ……」
いきなりのメルド団長の質問にクラスメイト達は即座に答えることが出来ずに戸惑っている。そうなるのも当然で、この世界に来てからというもの、ほとんどのクラスメイトは戦闘訓練ばかり行い、座学をまともに受けていたのはごく少数の生徒だけだった。俺が言えたことでもない気はするが。
そんな中、ただ1人だけ手を挙げる者がいた。
「多分……ラットマンだと思います……」
「正解だハジメ! あいつは素早いが、たいした敵じゃない。落ち着いて行け! 他の者も覚えておけよ!」
ハジメの解答にクラスメイト達は分かりやすく驚いている。特に天之河なんか面白い。よほど信じられなかったのか少しの間動けずにメルド団長に怒鳴られている。今まで『無能』だと決めつけていたハジメが誰も答えられなかった問題を答えたことはそれほどの衝撃だったに違いない。
以前、俺は天之河がハジメに本ばかり読んでないで真剣に訓練をしろ……と説教している場面を何度か目撃した。どうやらハジメが異世界に来る前と同じようにラノベのようなものを読んでいると思っていたようだ。普通に考えて日本とは違い、娯楽が圧倒的に不足しているトータスにハジメが好むような本があるはずがない。
そんな当たり前なことにも気づいてない天之河に、俺はハジメは魔物について書かれた本を読むことで知識の面で俺達をサポートするつもりだということを懇切丁寧に教えてやったというのに何故か逆ギレされた。
これは何を言ってもダメだと思い、情報の有用さを知らしめてやるためにメルド団長に遠征中に知識面でのテストをしてくれないかとダメもとで頼んでみたところ、メルド団長は快く了承してくれた。何事もまずは行動に移してみるものだな。
そしてメルド団長の指示のもと、戦闘が始まる。
天之河は純白に輝く聖剣で切り潰し、坂上はひたすら殴り倒し、八重樫は西洋風の刀で切り落としていく。どうでもいいが以前、俺と天之河をぶっ飛ばしたあの大剣は使わないんだろうか。絶対に火力の面ではあっちの方が高いと思う。
そんなこんなでチートパーティーによる小動物殺害ショーをしばらくの間見届けていると、ようやく俺の列の順番が回って来た。俺は天之河や八重樫みたいに武器を扱う技能は持っていないから坂上みたいに素手でやる方が一番強い。
「あっ……」
さっそく始めよう。そう意気込み始めた瞬間、体当たりを仕掛けてきたラットマンを思わずキャッチする。
「……」
片手で掴んだラットマンをこちら側に向けると目が合った。潤んだつぶらな瞳で『殺さないで』と訴えかけてくる。こう見ていると多少罪悪感が浮かんでくる。
「まあ、殺すけど」
そのまま野球のピッチャーのフォームでぶん投げる。高速回転しながら綺麗なカーブを描いてラットマンは吹っ飛んでいき、別のラットマンの集団に衝突する。投げられた個体は勿論、衝突した個体も数体が絶命する。結果的には倒せたからいいのだろうが、これが武闘家の戦い方かと言われれば絶対に違うと答える。
「……それにしても、やっぱり気持ちのいいものじゃないな」
覚悟はしていたが、やはり命を奪うという行為は気分がいいものではない。感覚的には実験でネズミを解剖した時によく似ている。それが仕方ないものとはいえ、殺すのには多少の抵抗感がある。
もしこれが人間だったらと考えると、俺には耐えられるのかが分からない。
命を奪う覚悟を決めていた俺でさえ不快感を感じるんだ。きっと八重樫はもっと大変だろう。そう思い八重樫の方に視線を向けると、彼女は震える自分の手をただただ見つめていた。
「大丈夫か?」
「……うん。まだなんとか」
「そうか、ヤバかったらすぐに言え」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
そんな会話をした後、後衛組の魔法の威力が高すぎてメルド団長に注意されたり、ハジメが錬成を上手く使って魔物の足を止めて止めを刺してメルド団長に感心されたりと色々ありながらも俺たちは順調に階層を下って行った。
そしてようやく当初の目的であった20階層へと足を踏み入れる。
メルド団長が静止の声をかけ、戦闘準備をする様に促す。姿は見えないが魔物が近くにいるのだろう。
「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」
そう忠告された直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は褐色となり、2本足で立ち上がる。壁だと思っていたものは魔物であり、カメレオンのような擬態能力があるらしい。
「なにあれキモッ……ハジメ、名前分かるか?」
「あれは……ロックマウント! 擬態能力と剛腕が特徴の魔物だ!」
「聞いたの俺だけど、そこまでスラスラ出てくるのは普通に凄いな」
この階層に来るまでに複数の魔物と遭遇したが、その全ての魔物の名前をハジメは見事に答えられていた。だからか、魔物が現れたらまずハジメに情報提供を要請するのは、もはや恒例のようになっている。
ハジメから情報を聞きだし、前衛組が行動しようとした直後、
「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」
部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。
「っ!?」
体にピリピリとした衝撃が走る。動けない程ではないが、多少体が麻痺していて動かしづらい程度で済んでいる。恐らく魔法の一種だろう。俺はまだ距離があったからこの程度で済んでいるが、前方をみれば見ればかなり近くで咆哮をくらった前衛組は動くことすらできていない。
前衛が機能していない隙にロックマウントは傍らにあった岩を持ち上げ後衛組に向かって投げつけてくる。
「っ……あれは!」
実践による経験というのはやはり大きいのか、20階層に来るまでに俺はある技術を習得した。それは"気の感知"。自分の気を感じる感覚で外側を探ると近くの生物の気まで察知することができるようになった。
今まで考えもしなかったが、少し頭を使えば当たり前のことだ。どんな生物でも生きている限り気は必ず存在する。自分の気を感じることができるなら、他人の気も感じることができても不思議ではない。
今まではそんなことに意識を向けたことすらなかったから気づかなかったが、気を操作しながら戦闘をしたおかげでそれに気づくことができた。
そんなわけで新たに他の生物の気を感知する技を習得したわけだが…………なんか飛んできたあの岩から気を感じる。
それを瞬時に理解した俺は咄嗟に舞空術を使って、岩に向かって飛ぶ。
まさにそのタイミングで投げられた岩の擬態をした魔物は擬態を解き、両腕を広げ血走った目をした状態で後衛組に襲い掛かろうとした。白崎含め女子生徒はその嫌悪感を抱く姿に顔を青くして固まっている。
だがおそらく、今一番驚いているのはロックマウント自身だろう。
「分かってんだよ!」
何故なら、バレてないと思って擬態を解いたら目の前に今にも拳を振りかぶって殴る気満々の俺がいるんだがらな。案外魔物も表情豊かなようで『嘘だろ』とでもいいたげな表情をしている。そんな魔物の顔面に俺は躊躇いなく拳をめり込ませる。
「さっさと陣形を立て直せ!」
「仁くん! あ、ありがと!」
礼を言う白崎たちの顔はいまだに青いままだが、オレが叱責したことで何とか再起動する。そうして後衛組が冷静さを取り戻す中、何故かは分からないが、いきなりブチギレた天之河が怒りと共に聖剣を輝かせた。
「万翔羽ばたき、天へと至れ――"天翔閃"!」
「なっ!? 馬鹿者!」
メルド団長の静止を無視して、天之河は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろす。
その瞬間、強烈な光の斬撃が放たれた。その曲線を描く斬撃はロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。
「……あの馬鹿。さっきもやりすぎだって言われたろ」
思わずため息がこぼれる。
自分がやらかしたことに気づいていない天之河は、もう大丈夫だと言わんばかりの自信満々な笑みを浮かべて女子生徒達の感謝の言葉を待っていたようだが、やってきたのはメルド団長からの拳骨と説教だった。
「へぶぅ!?」
「この馬鹿者が。気持ちはわかるがこんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」
「うっ……すみません……」
流石にこれには天之河も自分の非を認めたようで謝罪を入れている。そんな天之河を白崎たちは苦笑いしながら慰めていた。結局あいつは何にキレてたんだろうな。
その時、ふと白崎が崩れた壁の方に視線を向けた。
「あれ何かな? キラキラしてるけど...」
その言葉に、全員が白崎の指差す方へ目を向ける。
そこには青白く発光する鉱物が壁から生えていた。よく知らないが緑光石とは違う鉱石だというのは詳しくない俺でも分かる。白崎を含め女子達はその美しい鉱石にうっとりと目を奪われている。
「ほぉ、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」
どうやら有名な宝石の原石らしい。
装飾品として非常に人気のある物らしく、求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ3に入るとか。なんでメルド団長がそこまで詳しいのかは知らない方がいいだろう。
「素敵……」
メルド団長の説明を聞いた白崎は頬を染めながらうっとりとした表情を浮かべる。そして誰にも気づかれないようにチラチラとハジメに視線を送っていた。もっとも俺は普通に気づいたし、多分八重樫にもバレてる。
「だったら俺らで回収しようぜ!」
「おい! 勝手なことをするな安全確認もまだなんだぞ!」
警告するメルド団長を、無謀にも白崎に想いを寄せている檜山は聞こえないふりをして登る。そしてそのまま鉱石の場所へと辿り着いてしまった。
メルド団長は、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープという罠を見つける道具で鉱石の辺りを確認すると、一気に青褪めた。
「団長! トラップです!」
「ッ!?」
しかし、その警告は一歩遅かった。
檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。それはまるで転移したあの日の再来のようだった。
次はようやくベヒモス戦。さて、どうやって主人公を奈落へ落そうか。