ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

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ちょっと更新遅れたかも? まあ、これぐらいならセーフでしょ。


裏切りと再会

ハイリヒ王国、王城付近にある広場。緊急時における兵士や騎士達の集合場所としても定められているそこには現在、八重樫雫を含めた異世界人の勇者達が集まっていた。彼女達がこの場に到着するよりも早く集合していた多くの兵士と騎士達は整然と並びながら、壇上にいるハイリヒ王国騎士団副団長、ホセ・ランカイドの状況説明に耳を傾けている。

 

 しかし不思議なことに、雫達を除いたその場にいる彼らは、例外なく青ざめた表情で呆然と立ち尽くし、覇気のない様子でただただホセを見つめていた。

 

 雫達がこのような状況に至っていることを説明するには、少し時間を遡る。

 

 

 

 

 

 

 始まりは、ガラスが砕かれるような不快な騒音によって、自室で就寝していた雫が目を覚ました時だった。すぐさま警戒態勢に移るも、自分の部屋に異常が起きていないことを悟った雫は、状況を把握するために光輝や龍太郎を含めた全てのクラスメイトを部屋から叩き出した。

 

 そしてちょうど全生徒が廊下に集まった時、侍女の中でも特別雫と親しいニアという少女が駆け込んできたのだ。ニアは淡々と語った。現在ハイリヒ王国で何が起こっているのかを。

 

 王国を守る三つの大結界。その一つが破壊され、今まさに魔人族の大群が王都に侵攻してきているということ。まだ二つの結界が残っているとはいえ、その二つも破られるのは時間の問題だということ。

 

 自分達にとっても他人事では済まされない緊急事態を雫達は突如叩きつけられたのだ。

 

 その知らせを聞き、正義感の強い光輝は王都に暮らす人々が避難する時間を稼ぐため、自分達が前に出るべきだと発言した。その言葉を補強する形で自分達だけでは数が足りないと恵理が言い、まずは騎士団と兵団に合流するという結論に至った。

 

 そんな経緯によって、彼ら彼女らは出動時における兵士や騎士達の集合場所である広場へと向けて走り出した。

 

 ――すぐ傍にある三日月のような裂けた笑みに気づかないまま。

 

 

 

 

 

 

 広場に来た光輝達に気づいたホセは一度説明を止めて手招きをする。

 

「……よく来てくれた。状況は理解しているか?」

「はい、ニアから聞きました。えっと、メルドさんは?」

 

 ホセの歓迎の言葉と質問に光輝は頷き、そしてメルドの姿を探す。王国の緊急事態にあの男の姿がないのは異常だとしか思えなかったからだ。そんな光輝の様子にホセは感情のない声でメルドは重要な仕事でここにはいないと説明する。

 

 それを疑うこともなく言葉通りの意味として納得した光輝と他のクラスメイトは、今度はホセに案内され、整列する兵士達の中央に連れられた。既に迷宮攻略組から外れたクラスメイト達は戦力にならない自分達も一緒に連れられているこの状況に戸惑った様子を見せるも、抗議する者はいない。

 

 そんな中、いつもとは異なる不気味な雰囲気を纏う兵士達と、先程理解してしまった信じがたい事実から、雫だけは警戒心を最大レベルにまで引き上げ、いつでも引き抜けるようハジメから与えられた黒刀に軽く手をかけていた。

 

「みな、状況は切迫している。しかし、恐れることは何もない。我々に敵はない。我々に敗北はない。死が我々を襲うことなど有りはしないのだ。さぁ、みな、我らが勇者を歓迎しよう。今日、この日のために我々は存在するのだ。さぁ、剣をとれ」

 

 光輝達の周囲を全ての兵士と騎士達が囲むと、ホセは演説を再開する。その言葉に呼応するように兵士が、騎士が、一斉に剣を抜刀し掲げる。

 

「始まりの狼煙だ。注視せよ」

 

 懐から何かを取りだし、頭上に掲げるホセ。その動作に兵士達だけでなく思わず光輝達も自然と視線が移る。

 

 その次の瞬間だった。

 

「「「っ……!?」」」

 

 辺り一面に、目を眩ませる程の強烈な光が爆ぜた。

 

 原理は不明であるが、ホセの持つ何かは魔法製の閃光弾のようなものだったのだ。無防備に注目していた光輝達にそれを回避するすべはなく、一時的に視覚を光に塗りつぶされる。

 

 視界を奪われた人間が次に頼るのは必然的に聴覚となる。当然光輝達にもそれは当てはまる。そんな彼らの耳に届いたのは……無数の肉を切り裂く生々しい音とあちこちから上がる悲鳴だった。

 

 光に驚いたような咄嗟な悲鳴ではない。苦痛を感じ、意図せず漏れ出たような苦悶の声だ。そんな悲鳴に続くように、今度はドサドサと人が倒れる音が無数に聞こえ始める。

 

 あまりに突然の出来事にクラスメイト達は慌てふためく。誰もが冷静でなくなり、恐怖に囚われた。しかしそんな中、雫だけはすぐさま状況を察し、意識を研ぎ澄ませていた。

 

 雫は、広場に入ってから一度も警戒を解かず、副騎士団長であるホセにさえも気を緩めなかった。だからこそ、光に目を灼かれた直後も、動揺することなく身構え、自分を襲った凶刃を黒刀で防ぐことができたのだ。

 

 不意打ちならば背後から狙ってくるという予測と、鎧がずれる音や僅かな風の動き、意識を集中することによる気配の察知が今の雫を助けた。

 

 そして、閃光が収まり、視力が回復した雫が目にしたのは、()()()()()()クラスメイト全員が背後から兵士や騎士達の剣に貫かれ、組み伏せられている姿だった。全員に魔力封じの枷がはめられ、魔法や技能による抵抗を封じられている。

 

「……そういうことね」

 

 ひとまず、全員生きていることを確認して僅かに安堵すると、雫はこの惨状を引き起こしたであろう人物を睨みつける。

 

「どういうことか、説明してくれるわよね……恵理」

「あらら、流石というべきかな? ……雫」

 

 その人物は、瀕死状態のクラスメイト達が倒れ伏す中、ただ一人だけ平然と立っているクラスメイト――中村恵理だった。

 

 そこにいる恵理は普段の気配り上手で心優しく、苦楽を共にしてきた親友の姿はなく、どこか粘着質で不気味な笑みを浮かべていた。余りに雰囲気が変わっていることに雫は多少驚くも、それを表には出さずに向かい合う。

 

 その瞬間、再び雫の背後から一人の騎士が剣を突き出す。

 

「甘いわよ!」

 

 よく知る相手の豹変に動揺しつつも、迫りくる剣を軽く横にずれることで余裕で躱し、黒刀で騎士の剣を斬りあげることで弾き飛ばす。その流れるような対処に恵理は呆れたような視線を向ける。

 

「これも避けるとか……ホント、雫って面倒だよね?」

「それは褒め言葉として受けるべきかしらっ!」

 

 そこに更に数人の兵士や騎士も加わり、激しく突き出される剣の嵐。雫はそれらも全て回避し、逸らし、受け止め、時には迎撃することで無力化する。しかし、突然自分の名を叫ばれてそちらに視線を向けた。

 

「雫様! 助けて……」

 

 そこには、騎士に押し倒され馬乗りの状態から、まさに剣を突き立てられようとしているニアの姿があった。ニアは普通のメイドであり、戦闘の経験はない。ステータスの高いクラスメイト達とは異なり剣を突き刺されば即死してしまうだろう。

 

 そんなこと、雫は当然分かっていた。その上で……

 

「ニア……ごめんなさい」

 

 騎士の剣に貫かれるニアを見捨てた。

 

「しずく…さ…ま…………」

「……ごめんなさい。そうなる前に助けられなくて」

 

 背中から貫かれたニアは口元から血を吐き出し、自分を助けてくれなかった雫に()()()の怒りを向ける。やがてその動きは弱々しいものへと変わっていき、そして……動かなくなった。

 

「あ~あ、死んじゃった。雫のせいだよ。助けられたのに見捨てるなんて酷いことするね。もしかして、あの子のことそこまで好きじゃなかった? そりゃそうか、所詮ただのメイドだもん。雫も内心だと馬鹿にしてたんでしょ?」

「恵理。貴女一体どこまで堕ちたの。私を無力化するためだけにあの子を殺すなんて。まともとは思えないわ」

「っ…………へぇ、気づいてたんだ」 

 

 既にそこに命の灯がないとはいえ、目の前で親しい者の死を見せつけられた雫は怒りに顔を歪める。その反応に恵理は少し驚いたのか目を見開く。

 

 二人のやり取りの意味を光輝を含めたクラスメイト達は何一つとして理解できていない。恵理の言っていることも雫の言っていることもこの場で理解できているのは彼女達だけだ。

 

「ねえ、いつから気づいてたの?」

 

 雫が真実に辿りついたことが余程意外だったのか、恵理は問う。答える必要はない。それでも、雫は時間稼ぎの意味も込めて、敢えてゆっくりと答える。

 

「――違和感はずっと感じてたわ。王様や騎士団の人達がおかしなったことや、先生やメルド団長と連絡が取れなくなったこととかね。でも、確信したのはついさっきよ。私達を呼びに来たニアが私の手を握った時に分かったのよ。あの子がもう死んでることをね……」

「うんうん。それでそれで?」

「死んでいるのに体は動いてる。誰かの魔法で操られてるのはすぐに分かったわ。問題はそれが誰か。兵士や騎士団の人達でもそこまでの魔法を使える人はいないし、魔人族が王国に侵入してたとしても、見下している人間を操るだなんて考えられない」

「そうだね。あいつらは人間のことを戦力にすら見てないからね。よく分かってるじゃん」

「高度な魔法が使える実力があって、人間を戦力として見ている人物。それでなお、王宮で暮らす人達に手を出しやすい立場の人間。消去法で数はかなり絞られるわ。その中でも一番可能性が高いのが……貴方よ、恵理」

 

 先程、廊下でニアと会った時、既にそれがただの動く肉塊であることに雫は気づいていた。目は虚ろで、肌は冷たく、脈は感じられない。その事実を知った雫は当然絶望した。親しい相手が気づけば死体となり、何者かに操られていたのだ。驚いたし、信じられなかった。

 

 そんな状況でも、動揺を表に出さずにいられたのは、雫のこれまでの生き方に関係していた。本来の弱い自分を偽り、『皆の頼りになる八重樫雫』を何年も演じ続けてきた彼女にとって、恐怖に支配された心を無理矢理抑え込み、外面を偽ることなど容易だった。

 

 あの場で真実を告げて状況を更に混乱させることよりも、様子を見て犯人を見つけだすことが『八重樫雫のするべき最善』だと判断した結果、今に至る。

 

 本来、雫の外面はこれほどまでに厚くはない。しかし、最も身近に完璧なまでに強い自分を演じることに長けた仁がいたことが、無意識の内に雫の精神性を強化させた。きっと、仁との交流がなければ、雫は今頃ニアが死んでいることにさえ気づかず、他のクラスメイトのように地に伏せていただろう。

 

「降霊術で受け答えまではできないはずだけど。どうせ最初から裏切るつもりだったんでしょ。それなら、実力を隠してても不思議じゃないわ」

「アハハハ、スゴイね雫。その通りだよ! 既に、みんな死んでま~す。アハハハハハハ!」

 

 予想していたとはいえ、嘲笑うかのような恵理の答えに雫は歯を噛みしめる。

 

 恵理を犯人だと睨んだ理由は先程口にしたものだけではない。雫本人は差出人を知らないものの、清水からの手紙によって仁とハジメを【オルクス大迷宮】の奈落に落とした犯人が檜山であることは知っていた。

 

 その檜山が稀にコソコソと隠れるように恵理と会って、何かをしていることを監視していた雫は把握していたのだ。そのことは勿論メルドにも伝えていた。しかし、確証がない以上は迂闊に手を出すべきではないと、止められていたのだ。

 

 つまり、メルドの静止を無視してでも独断で動いていれば、この結末を回避することが出来ていたかもしれない。それを全てが手遅れになってから理解し、雫はどう表現していいのかも分からない不快な感情に襲われる。

 

「……次は貴女が答える番よ。目的は何?」

 

 今もニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる親友であった彼女に雫はそう問いかける。

 

 恵理がこの惨劇を起こした犯人であることは本人の口からも発せられたため間違いはない。しかし、その動機までを雫は知らない。狂人としか思えない恵理の考えなど、理解できないかもしれないが、時間を稼ぐ為にも今は会話を続けるしかないのだ。

 

 雫の問いに、敢えて急所を外され、死なない程度の重症を負わされた生徒達も苦悶の表情を浮かべ、コツコツと足音を立てながら兵士達の間を悠然と歩く恵里を見つめる。

 

 恵里は雫の質問に答えない。いいや、答えないのではない。言葉ではなく行動で証明しようとしているのだ。ニヤニヤと笑いながら光輝の方へ歩み寄った恵理は、眼鏡を外し、光輝の首に嵌められた魔力封じの一つである首輪をグイっと引っ張ると艶然と微笑む。

 

「え、恵里…っ…一体…ぐっ…どうしたんだ……」

 

 いくら頭の中が楽園化しているとはいえ、親しい友人で仲間の一人である恵里の雰囲気に、体を貫く剣の痛みに堪えながら必死に疑問をぶつける光輝。その声には、まだ恵理が誰かに無理矢理こんな事をさせられているという淡い希望を抱いているように見える。

 

 だが、恵里はどこか熱に浮かされたような表情で光輝の質問を無視し、

 

「アハ、光輝くん、つ~かま~えた~」

 

 そう言いながら、光輝の唇に自分のそれを重ねた。妙な静寂が辺りを包む。ぴちゃぴちゃと生々しい音がやけに明瞭に響き、まるで長年溜め込んでいたものを全て吐き出すかのように恵理は夢中で抵抗することもできない光輝を貪った。

 

 やがて満足したのか、恵里が銀色の糸を弾きながら唇を離す。そして、目を細め恍惚とした表情で舌舐りすると、おもむろに立ち上がり、雫に視線を定めて笑みを浮かべた。

 

「とまぁ、こういう事だよ。雫」

「っ……そういうことで、いいのね」

 

 ここまであからさまな行動を見せられては、雫も納得せざるをえなかった。

 

 つまり、恵理は光輝に異性としての好意を向けていたのだ。それこそ、他人を傷つけても構わないと思うほど狂気的なまでのものを。たった一人の男を手に入れる。それだけの為に大勢の人を殺した。

 

「相変わらず理解が早いね。そうだよ。僕はね、ずっと光輝くんが欲しかったんだ。だから、そのために必要な事をした。それだけの事だよ?」

「だったら、日本にいる間に告白でもすればよかったじゃない。光輝は断らないわよ」

 

 雫の反論に、恵里は一瞬無表情になる。しかし、直ぐにニヤついた笑みに戻ると再び語りだした。

 

「ダメだよ、ダメ、ダ~メ。告白なんてダメ。確かに光輝くんはオッケーしてくれるだろうけど、それは僕を特別にしてくれるわけじゃないでしょ。光輝くんはね、優しいから特別を作れないんだ。何の価値もないゴミでも、優しすぎて放っておけないんだ。だから、僕だけの光輝くんにするためには、僕が頑張ってゴミ掃除をしないといけないんだよ」

 

 そんな事もわからないの? と小馬鹿にするようにやれやれと肩を竦める恵里。一人称まで変わっており、この場にいる誰もが、目の前の少女が本当に中村恵理だとは思えなかった。

 

 自分や友人をゴミ呼ばわりした恵理を、雫は本当なら怒るべきだったのだろうが、何故か湧いてきた感情は怒りではなかった。

 

「ふふ、異世界に来れてよかったよ。日本じゃ、ゴミ掃除するのは本当に大変だし、住みにくいったらなかったよ。もちろん、このまま戦争に勝って日本に帰るなんて認めない。光輝くんは、ここで僕と二人、ず~とずぅ~~と暮らすんだから」

 

 クスクスと笑いながらそう語る恵里に、雫は、怒りも悲しみも驚きもなく、ただ理解できてしまった推測を話す。

 

「……大結界が簡単に破られたのも……恵理が関係してるの?」

「アハハ、気がついた? そう、僕だよ。彼等を使って大結界のアーティファクトを壊してもらったんだ」

 

 兵士や騎士達を殺した者が分かっても、こんなタイミングよく魔人族が、王都近郊まで侵攻できた理由までは雫は思い至らなかった。きっと恵里が、死体として操った彼等にやらせたのだろう。

 

「君達を殺しちゃったら、もう王国にはいられないし……だからね、魔人族とコンタクトをとって、王都への手引きと異世界人の殺害とお人形にした騎士団の献上を材料に魔人領に入れてもらって、僕と光輝くんだけ放っておいてもらうことにしたんだぁ」

「馬鹿な……魔人族と連絡なんて……」

 

 光輝がキスの衝撃からどうにか持ち直し、信じられないと言った表情で呟く。仲間が裏切った現実をまだ受けきれていないのだろう。恵里は自分達とずっと一緒に王宮で鍛錬していた以上、コンタクトを取るなんて不可能だと、未だにあるわけのない希望を抱きながら反論する。

 

 しかし、恵里はそんな希望をあっさりと打ち砕く。

 

「【オルクス大迷宮】で襲ってきた魔人族の女の人。帰り際にちょちょいと、降霊術でね? 予想通り、魔人族が回収に来て、そこで使わせてもらったんだ。あの事件は、流石に肝が冷えたね。何とか殺されないように迎合しようとしたら却下されちゃうし……思わず、降霊術も使っちゃったし……怪しまれたくないから降霊術は使えないっていう印象を持たせておきたかったんだけどねぇ……まぁ、結果オーライって感じだったけど……」

 

 その言葉通り、恵理は、魔人族の女に降霊術を施し、彼女を探しに来た魔人族にメッセージを残したのだ。なお、魔人族からの連絡は、適当な"人間"の死体を利用している。

 

「じゃあ少なくとも、あの時からこのレベルの降霊術を使えるわけね」

「せいっかい! 僕流オリジナル降霊術"縛魂"。生前の記憶と思考パターンを付加してある程度だけど受け答えが出来るようにしたんだよ。それでも違和感はあるけどね~」

 

 本来、降霊術での遺体の操作は性能面は生前に比べて劣化し、思考能力も持たないので指示がなければ動けない。それを、違和感を覚える程度で実現できたのは、恵里のいう"縛魂"という術が、魂魄から対象の記憶や思考パターンを抜き取り遺体に付加できる術だからである。

 

 もはやそれは、魂への干渉といってもいい。ハジメや仁ですら未だ到達できていないその領域に末端であるとはいえ恵理は手をかけたのである。天職であるというのに降霊術が苦手と周りに言っていたのは、全てこの時のためだった。

 

 ちなみに、恵里が即座にクラスメイト達を殺さないのは、この"縛魂"が、死亡直後に一人ずつにしか使用できないからである。

 

「まあ、メルド団長には逃げられちゃったんだけど、皆がいれば魔人族の人達からすれば十分だよね。くふふ、大丈夫! 皆の死は無駄にしないから。ちゃ~んと、再利用してあげるからね!」

 

 まだ雫は立っているものの、たった一人では何もできないと勝ちを確信している恵理は友人として接してあげたクラスメイト達にそう死刑宣告を告げる。

 

「ぐぅ…止めるんだ…恵里! そんな事をすれば……俺は……」

「僕を許さない? アハハ、そう言うと思ったよ。光輝くんは優しいからね。それに、ゴミは掃除してもいくらでも出てくるし……だから、光輝くんもちゃんと"縛魂"して、僕だけの光輝くんにしてあげるからね? 他の誰も見ない、僕だけを見つめて、僕の望んだ通りの言葉をくれる! 僕だけの光輝くん! あぁ、あぁ! 想像するだけでイってしまいそうだよ!」

 

 恍惚とした表情で自分を抱きしめながら身悶える恵里。そこに、穏やかで気配り上手な図書委員の女の子の面影は皆無だった。クラスメイト達は思う。彼女は狂っていると。傀儡にしてもなお、光輝を望むなど正気とは思えなかった。

 

 しかし、雫だけは違った。

 

 その後に恵理の一番の親友だと思っていた谷口鈴の必死の訴えを、恵理の全てが嘘で友好関係は光輝に近づくためだったと本音を吐いて絶望させた時でさえ、怒りは湧いてこなかった。恵理の本性を知って雫が抱いた感情はただ一つ。

 

「……可哀想に」

 

 ――同情だった。

 

「…………あ?」

 

 そんな同情するあまり漏れ出た雫の言葉を恵理は聞き逃さなかった。

 

「んん~? ねえ雫。今なんて言ったのかな? もしかして、私を憐れんだとかじゃないよね?」

「そんな姿見せられたら、憐れみもするわよ」

 

 目の前でクラスメイト達が裏切られ、絶望しているというのに、雫はため息を吐いて可哀想なものを見るような視線を恵理に向けた。それに気づいた恵理はこの状況でなお自分が下に見られていることを知り、ふつふつと怒りの感情を煮えたぎらせる。

 

「恵理。貴女……男の見る目ないわよ」

「ッ~~~~!?」

 

 煽っているわけでもなく、本気で心の底から告げた雫の言葉に、恵理の怒りは一気に限界突破する。彼女からしてみれば、自分だけでなく自分の愛する男のことも否定されたのだ。いくら狂っているとはいえ、そこだけは許せなかった。何気に、ここで一番傷ついているのは光輝であるけれど。

 

「今改めて分かったよ。僕ね、やっぱり君が大っ嫌いだ! 光輝くんの傍にいるのが当然みたいな顔も、自分が苦労してやっているっていう上から目線も、何もかもが気に食わない!」

「だから私が怖いんでしょ。その程度の嫉妬なら今まで飽きるほど受けてきたわ。ああ、だから私と光輝が一緒にいる時、よく話に割って入ってきたのね。本当に可哀想……どうせ、どっかで光輝に救われたんでしょ。一時的に助けられたつもりになって、大切にされてると思い込んで、それを今まで信じ続けてきた。同情するわ」

「その目で僕を見るな!」

 

 念のためもう一度言っておくが、雫は本当に煽っているわけではない。

 

 光輝に狂気的なまでの愛情を向ける恵理の姿を見て、雫は昔の自分を重ねたのだ。光輝のカリスマ性に酔い、あらゆる障害を払いのけて自分を助けてくれる王子様だと思い込み、自身を世界で一番想ってくれていると盛大な勘違いをしていたあの頃の自分を。

 

 恵理の様子と光輝の性格から、雫はすぐに二人の出会いを悟った。

 

 あの光輝のことだ。どうせ、辛い事があって困っている恵理を積極的に助けようとしたのだろう。もはやいつものことだ。それが恵理の場合は運良く――いや、運悪く成功してしまった。成功率の低い光輝の救済が最悪のタイミング、最悪の相手に上手くいってしまったのだ。

 

 たった一度でも、自分の窮地を救われてしまえば、恵理のようなタイプはその相手に強く依存する。絶望して誰かの助けを望んだ時、損得感情なし助けてくれる相手がいれば、その相手がどんな人物であろうとも、運命の人だと心から信じてしまう。昔の雫も、そういう夢見る少女であったため、その思考回路は嫌という程理解できた。

 

 雫と恵理の違いを明確に挙げるとすれば、それは一つ。

 

 光輝が救うことに『成功した』か『失敗した』かだ。言うまでもなく、雫は失敗した方だ。たったそれだけの違いが、人生に大きな分岐点を作った。

 

 自分の理想を光輝に望んだ雫は、その理想を容易く破り捨てられた。上辺だけの平和を何度も見せつけられ、裏で行われる人間の悪意を見たくもないのに見せられた。それは、あまり良い思い出とは言えないだろう。それでも、その経験が今の雫を作りあげた。

 

 過程がどうであろうとも、今の雫は真っ当に生きることが出来ている。

 

 対して、理想通りに光輝に助けられてしまった恵理は、ずっとその理想を光輝に押し付け続けてきた。勿論、理想はあくまで理想。現実を知って蛙化現象のようなことが起きたこともあっただろう。

 

 ただ恵理は相手の悪い所も含めて愛せるという、無駄に器の広い女だった。そのくせして、自分が一番でなければ納得できないという我儘な一面もある。結果、彼女は光輝を見限ることなく、一方的な理想を信じ続けてきたのだ。

 

 そんな女が、今まで喉から手が出る程欲しかった物を手に入れられる手段を得てしまえば、それは狂うだろう。程度の差はあれど、雫はそれを共感してしまった。

 

「貴女も……被害者なんでしょ?」

 

 だからこそ、同情する。

 

「私には、恵理の気持ちが少しくらいなら分かるわ。だって、貴女も私と同じ被害者だもの。

光輝に救われる前みたいな惨めな自分に戻りたくないから、こんな強硬手段を使ってまで、光輝を自分のものにしようとしてるんでしょ。違うかしら?」

「……黙れよ」

 

 そしてそれは、恵理にとって屈辱以外の何物でもなかった。

 

「雫なんかが僕のことが分かるわけない。僕を理解できるのは光輝くんだけだ! もういい、君の声なんか聞きたくもない。本当はお人形にして香織を殺させるつもりだったけど、今ここで殺して、光輝くんの目の前で魔物の餌にしてあげるよ!」

「……そんなこと、無理に決まってるでしょ」

 

 こんな状況にも関わらず、焦ることも怒ることもなく、ただ自分に憐れみの視線を向けてくる雫に恵理は本来の計画である傀儡にした雫を使って、香織を殺害することを中止し、今すぐにでも雫を殺そうと殺意をぶつける。

 

 その恵理の計画を、雫は不可能だと断言する。

 

 仮に雫が傀儡にされたとしても、香織のすぐ傍にはあのハジメがいる。すぐに正体を見破られて、容赦なく撃ち抜かれて終わりだ。それに、今ここで雫は負けるつもりなど一切ない。まだ雫は()に会えていないのだから。

 

「私は死なないし、香織が死ぬこともない。負けるのは貴女よ」

「アハ、なにそれ? 現実逃避? いいよ。じゃあ、今すぐ楽にして上げる……」

 

 恵理は光輝達を抑えていた騎士達にも指示を出し、大勢の兵士と騎士達を雫一人に対して同時に襲わせる。

 

 光輝は雫を救うために抵抗を始め、必死に制止の声を張り上げるも、魔力封じの枷に亀裂を入れるのが精一杯で、剣を握ることも立ち上がることすらできない。

 

 そんな小さな抵抗を光輝がしている間にも、数えることすら億劫となる兵士と騎士達が雫に迫る。雫は再度黒刀を構え、攻撃に対してカウンターを与えるために待ち受ける。

 

「じゃあね? 雫。君との友達ごっこは反吐が出そうだったよ?」

 

 そして、恵理の言葉と同時に振り下ろされた大量の剣を雫が黒刀を横薙ぎに振るうことで弾こうとした次の瞬間、

 

 ――雫の顔前まで迫っていた兵士と騎士達が突如空から降り注いだ赤黒いエネルギーの柱によって肉片すら残さず消し飛んだ。

 

「え?」

「え?」

 

 雫と恵里の声が重なる。そして、二人を除いたクラスメイト達も、突然の状況に理解が追いつかず唖然とする。

 

「よーし、間に合った! ギリギリセーフ!」

 

 誰もが思考を停止させる中、聞き覚えのない女性のような声が響くと同時に雫の前に何者かが地面にクレータを作る程の勢いで大きな音を響かせながら、空から落ちて来た。

 

「さて……無事か、八重樫?」

「あ……ああ……」

 

 その人物は顔だけを振り向き、笑顔を浮かべながら雫に声をかける。

 

 雫はその人物と目が合った瞬間、体に電撃が走り、脈が激しく音を鳴らし、どんな事態にあっても剥がれることのなかった『皆の頼れる八重樫雫』の仮面が外れ、その裏に隠れていた臆病な彼女が姿を現す。

 

 顔も含めて全身ピンク色の肌、女の雫でも見惚れる程の美貌、清楚な雰囲気を醸し出す透き通った声に、なんとなく感じられる邪悪な気配。五感から感じられる情報から、雫はその少女との面識はないと判断する。

 

 しかし、魂が……記憶が……それを否定していた。

 

 目の前の人物は少女でなく少年であり、その少年は自分もよく知る――いいや、自分こそが誰よりも知っていると断定できる人物。奈落へ落ちたあの時より、ただ再会することだけを望んで探し続けた相手。

 

「悪い。待たせたな」

「まっ、たく……ほん……とに……待たせ過ぎなのよ…………」

 

 姿が違う、纏う雰囲気も違う、強さも心の在り方であっても違うように思える。だが分かる。どれだけ変わっていようとも、八重樫雫が彼のことを間違えるわけがない。

 

「おかえり、仁」

「ただいま、八重樫」




八重樫雫
やっと再会できた女の子。
仁と一緒にいたことから外面がめちゃくちゃ厚くなり、なんか色々凄くなった。原作ではニアにグサッといかれるのだが、この小説では恵理の本性を見破って最終的に同情までするメンタルつよつよ人間になった。
どうしても恵理との掛け合いから煽ってるようにも思えるが、本人は至って真面目。実際光輝を好きになる女は男を見る目がないと思っているし、心の底から恵理を可哀想だと思っている。
ただ再会を望んだ男の子に会っただけですぐ顔面ゆるゆるになるので心を許したらチョロいタイプ。
残念ながらこんなヒロインムーブしてるのに仁に異性としての好意を抱いていない。正確には気づいていない。ハジメに匹敵する鈍感女子。

中村恵理
腹黒系ヤンデレ僕っ娘
キモイくらいの光輝ガチ勢。性格的には好きになった相手には尽くすし、多少の女の影があったとしても大切にしてくれるなら見逃す。悪い所があっても気にしないと笑ってくれるし、何があっても信じてくれる、いい女……なのだが光輝に惚れたことで何もかもが狂った。
魔法詠唱者の才能でいえば、かなりヤバい。技能に恵まれてればユエにも匹敵してたと思う。これで本人が強かったら完璧。なんとなくだけど、清水といい恵理といい『ありふれた職業で世界最強』の中ボス? は「もう少しこうだったら強いのに!」って感じのキャラが多い気がする。
きっとメインヒロインになったら速攻で18禁ルートに突入するため絶対にヒロインには入らない。ただ、確実なことを言うなら作者的には嫌いじゃない。
この後、腕か足もがれます。

天之河光輝
雫から見る目がない女から選ばれる男認定された自称正義の味方。
親しいメイドを近くで見たのに死んでることに気づかない。敵の不意打ちをまんまと受ける。愛する者の危機に覚醒できない。敵の女にキスされる。この話だけでも王道の勇者らしいことを何一つできていない。やっぱりなんちゃって勇者。
雫が殺されそうになるこの状況でも恵理はきっと誰かに脅されて仕方なくやってると思い込んでいる。悪い意味で諦めが悪い。
もし運命が狂って恵理に告られたら、OKしつつ他に告ってきた女の子にもOKを出してハーレムを作った結果最終的に恵理に刺される。
この後、仁が助けても助けなくてもキレる。

谷口鈴
絶望シーンカットされた女の子。
原作でのこの子の絶望シーン普通に忘れかけてたからいいかなって。

近藤礼一
原作では見せしめに恵理のお人形にされて、ハジメに突っ込んで死んだ雑魚。
別にあのシーンいらないかなってなったから生かした。あんな技紹介のシーンより雫に恵理を怒らせたかった。まあ生きてるんだからいいでしょ。
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