シアとティオが分裂した仁に敗北を期した数分程前、同じ戦場の少し離れた場所では、ユエと仁による激しい戦いが繰り広げられていた。あらゆる魔法の適正と膨大な魔力を持ったユエによって色とりどりの魔法がたった一人の敵の命を奪うためだけに放たれ、戦場を鮮やかな殺意が支配する。
しかし、それを戦闘と呼んでいいかどうかは少し悩みどころだ。
「どうした、この程度なのか?」
「ッ……!」
なぜなら、先程から攻撃を放っているのはユエだけであり、仁はそれを近づいてきた虫を払うかのように防ぐだけ。あからさまに手を抜かれているのは例え戦闘経験がない者が見ても明らかだった。
その上、シアやティオの相手をしている仁のハイテンション具合とは異なり、ユエと戦っている仁にはどこからどう見てもやる気というものが感じられない。ダルそうに欠伸をしながら魔法を防ぐその姿からは、仕方なく相手をしてやってるという雰囲気がありありと見て取れる。
それでもユエの魔法に的確な対処をしているあたり、やる気ゼロというわけでもないのだろう。その気になれば、仁は無防備でもユエの魔法を受けきることができる。この戦いにおいて防御という動作そのものが無駄な動きであるからだ。
「はあ……期待外れにも程がある。さっきからおんなじことの繰り返し、もっと頭を使えないのか? 闇雲に力を振り撒くだけなんざ猿でもできるぞ」
それから戦闘が数分程続き、ついに仁はあまりの落胆に肩を落としてため息を吐いた。
そんな挑発染みた言葉にもユエは動じることなく"壊劫"を発動させる。だが仁の頭上に生まれた正四角形の重力の塊はただ息を吐きかけられただけで空の彼方へと吹き飛ばされてしまう。この程度の攻撃に手を足も使う必要はないということだろう。
「あーあ、やっぱりオレも別の奴と戦いたかったな。弱いもの虐めしてる感じがしててモチベがちょっと……はぁ、というかなんで一割の力しか出せないオレにここまで苦戦してんだよ。清水でももうちょい頭使って戦うぞ。……なるほど。この女、天之河タイプか。どうりでさっきからイライラするわけだ」
「……調子に…乗るな!」
そこで遂に、どんな挑発にも無視を貫いてきたユエも我慢の限界に達した。感情に任せた荒い言葉と共に様々な属性の魔法をがむしゃらに放たれる。まるで流星群のように襲い来る色鮮やかな魔法群であるが、それでも仁は気怠そうな雰囲気を崩さない。ただ呆れたような視線をユエに向け、踊るように魔法を避ける。
「怒るなよ、事実だろ? だっておまえ、魔法の才能はあるのに全然使いこなせてないじゃないか。才能だけを見れば解放者すら上回ってるっていうのに、どうして更なる高みを目指そうとしない。その才能があれば、神代魔法に匹敵するオリジナルだって作れただろうに。まったく、これが宝の持ち腐れか」
「……オリジナルの神代魔法?」
「なんだ、思いつきもしなかったって顔だな。まあ、そんなことはどうでもいい。要するにオレが言いたいことは、おまえが弱すぎてつまらないって話だ。これだから生まれ持っての強者は気に入らない。命がけの努力の跡も、弱者への共感も感じられない。どうして真逆の性質を持つあの
仁は容赦なくユエに厳しい言葉を浴びせる。それは戦う敵を煽るためのものではない。単に、強敵との戦闘を楽しみにしている仁にとって、ハジメパーティーの中で肉体的にも精神的にも最も弱いユエとの戦いは退屈以外の何ものでもないからだ。
これまでの戦い、仁はユエに対して攻撃できなかったわけではなく、攻撃するつもりがなかったということは誰でも分かることだろう。事実、その考えに間違いはない。やろうと思えば、仁はいつでも攻撃に移ることができた……いや、いつだってユエを殺せたのだ。
シアは未来を見続けることで回避に専念した。ティオは仁が攻撃動作に移らないように絶え間ない攻撃を仕掛け続けていた。そんな二人とは大きく異なり、ユエは無防備過ぎるし、攻撃は甘すぎる。火力だけに特化した魔法など、一割の実力しか出せない仁でも余裕で対処できた。
単純な強さと才能で比較するならば、ユエの実力はこの世界でも五本の指に入るだろう。ただし、戦闘の上手さという観点で見れば、その評価は多少異なってくる。
ユエの戦い方は基本的に膨大な魔力と高位の魔法によるゴリ押しだ。強大な魔法の前には、普通の人間や魔人族程度では戦いにすらならない。実際、ユエは今までそうやって勝利を収めてきた。問題は、その戦法が通じるのは格下限定だということ。
例えるならば、ユエの戦い方は剣と弓で戦う戦国時代にロケットランチャーを持ち込んでいるようなものだ。持つ武器の性能そのものが違うのだ。努力も技量も必要なく、当然のように敵を葬れる。
しかし、相手も同様、またはそれ以上の性能を持つ武器を所持していた場合はどうだろうか? その場合、勝敗を分けるのはどうしても本人の技量に関わってしまう。そしてユエは、その部分をあまり鍛えてはいなかった。自身の現状に満足し、手数を増やすだけで新たな領域に手を伸ばそうとはしなかったのだ。
だからこそ仁は言ったのだ。『おまえは弱い』と。
「そうだな。一つ……面白いものを見せてやろう」
薄く笑みを浮かべると、仁は片手を上げて空を指差す。
「確か、"五天龍"……だったか?」
そう仁が小さく呟いた次の瞬間、突如天候に大きな変化が起きた。暗雲が立ち込め雷鳴が轟き、渦巻く風が竜巻となって吹き荒れ、集う水流が冷気を帯びて凍りつき、灰色の砂煙が大蛇雲の如く棚引いて形を成し、蒼き殲滅の炎が大気すら焦がしながら圧縮される。
そして夜天に姿を見せたのは五体の魔龍。それぞれ、別の属性を持ち、重力魔法と複合された龍である。
「……な、んで」
あまりにも見覚えのある魔法に、ユエはいつものポーカーフェイスを保てず驚愕する。それもそのはず、だってこの魔法はユエ自身が作り出し、ユエ以外には使えないはずの魔法だからだ。
「この程度の魔法なら、見ただけで
「……あり、え…ない…」
神代魔法を習得し、様々な魔法と組み合わせて作ったユエだけが使えるはずのオリジナルの魔法。それを、戦闘中に一度見ただけで仁は模倣した。そんな常識外れな現象を、ユエはそう簡単に受け入れ切れない。目の前の現実を必死に拒絶し、完成された魔法から目を逸らそうとする。
しかし、だからといって敵は止まってはくれない。
「ふむ、呆けるのもいいが、早く逃げた方がいい。…………死ぬぞ」
「……ッ!?」
あまりの衝撃にフリーズしていたユエが仁に警告され正気に戻る。それと同時に、五天龍はユエへと強襲を仕掛けた。
「くっくっく……俺様とやろうってのか?」
「ピーピーうるさいヒヨコにあいさつしてやるぜ……」
「お命頂戴!!! とう!!」
「お前に我々は倒せない」
「かははは!! こいつは本格的なバカだぜ!」
何故か、意味のある言語を発しながら。
「……」
「……」
これには本家の使い手であるユエも使用者の仁も一瞬頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。発動した魔法に自我が宿って、言葉を発すればその反応も仕方ないだろう。しかし、すぐさまユエと五天龍の衝突が始まったことで、そんなことを考える余裕はすぐになくなった。
四方八方、上下左右から五天龍が襲い掛かる。対するユエはあらゆる魔法を駆使し、防御や回避を繰り返しながら捌いていく。コピーされたとはいえ元は自身が作り出した魔法。ユエはその弱点明確に理解していた。だがそれでも、己の扱う最強クラスの魔法を完全に防ぎきるのは至難である。
しかも厄介なことに、自我が存在することで本家とは異なり、フェイントや攪乱、連携攻撃などを自己判断で行ってくる。これを無傷で凌ぐなど、未来の見えるシアレベルの回避能力がなければ困難だ。
当然、ユエも襲い来る五天龍に苦戦していた。だがその抵抗は驚く程あっさりと終わりを迎えることとなる。
「――はい。オレの勝ち」
「……ぁ」
五天龍の対応で精一杯になっていたユエの背後に気配を消して回り込んだ仁が後頭部に手刀を浴びせ、意識を刈り取ったのだ。気絶し、抵抗することすらできなくなったユエを仁はやさしく抱き留め、そのままゆっくりと地面に寝かせる。
それから仁は、何故か主である自分ごと殺しにかかってきた五天龍への魔力の供給を遮断して消滅させると、そのまま地面の上で眠るユエを一瞬だけ視界に入れてから、興味を失くしたかのようにその場を去っていった。
〇
「……終わったな」
「なにがだ?」
時を同じくしてハジメと仁が戦う戦場では、本体である自分以外の自分が勝負に決着を付けたことを共有した感覚で理解した仁がそんな言葉を溢していた。
四体に分裂したとはいえ、元は同じ生命体。お互いの状況を事細かに把握できるのはそれほどおかしなことでもないだろう。
「周りを見てみろ。すぐに分かる」
「なにを……」
戦闘中に相手から目を離すなど、愚行とも思える行為だ。そんな初歩的な罠に今更ハジメが引っかかるわけがない。通常であるならば……という前提での話だが。
目の前の敵が今更こんな姑息な手を使うわけがないという根拠と、感知系技能によってユエ達の生命反応が弱まっていることを把握していたハジメは警戒は解かずに目線だけで周囲を見渡す。そして、見つけてしまった。
「っ……ユエ! シアとティオも!」
共に戦ってきた仲間達が敗れ、地に倒れた姿を。
シアもティオも体の至る所に打撲跡が見られ、満身創痍だということは調べるまでもなく分かった。ユエには目立った外傷こそないものの意識を失っているため安心することなどできない。そんな彼女達の側では勝利した分裂体の仁達がイラつく笑顔を見せながら大きく手を振っている。
その光景を視界に入れてしまったハジメの行動はまさに反射的だった。すぐさまユエの近くに立つ分裂体の仁に風を裂くような速度で迫り強襲する。常人ならば反応することすらできない動きではあるが、それよりも速く動いた本体の仁に先回りされ、顎を蹴り飛ばされる。そして地面を数回バウンドし、吹き飛んでいったハジメは元の位置にまで戻されてしまう。
「そこをどけ!」
「おいおい、おまえの相手はオレだろ。余所見しないでくれよ。寂しいじゃねぇか」
一刻でも速くユエや仲間達を助けなければ殺されてしまう。そんな危機感を焦らされたハジメは仁に所有する技能を駆使し、最大限強化した義手による絶大な威力の拳撃を叩き込む。それに対して仁は一切反応せず、防御も回避もしない。
ハジメの拳が顔面にジャストミートする。だが仁は動かない。後ずさりすらせずに、愉快そうに口の端を釣り上げているだけ。その光景に驚愕したハジメの方が後ずさり、辺りには愉快げな笑い声が響く。
「はははっ……」
「何が可笑しい!」
「いや……前にも思ったことなんだが、おまえ意外に仲間想いなんだな。優しいところもあるじゃないか。嫌いじゃないぜそういうの」
ハジメは【オルクス大迷宮】に甘さや優しさという生き残る上で不要な感情を捨てたと思っていた。しかし、それはどうあっても完全に捨て去ることなどできない。ユエに出会い、愛子に諭され、ハジメはゆっくりとだが確実に、その感情を取り戻しつつあった。
その事実を知れたことを、仁は友として素直に喜んだ。どれだけ変わっても、どんなに辛い経験があったのだとしても、根本の部分では昔のハジメが残っていることに。そこに邪な感情など一切なく、ただひたすらに友を想う純粋な気持ちだった。
「っ……殺す!」
しかしどうやら、ハジメはそれを完全に挑発として受け取ってしまった。メツェライを取り出して構えると、目の前の本体である仁をその後方にいるユエの近くに立った分裂体ごと狙って連射する。凄まじい威力ではあるが、今更この程度の弾丸が仁の命に届くわけがない。どちらの仁にも、体中に小さな穴が空くだけですぐに塞がってしまう。
そうなることはハジメも散々繰り返して分かっていたのだろう、すぐさま新しく出現させたクロスビットを強襲させると、自身も義手にパイルバンカーを装着して突撃する。ここまでの戦いで、仁に対しては変に工夫するよりも単純に力任せな攻撃の方が効果的だと判断したからだ。
それは仁と互角に近い戦いをしていたミレディも同様の結論に至っていたことから、あながち間違いではないだろう。
しかし、ハジメが仁に接近戦で挑むのはまだ早すぎた。
クロスビットを気合いだけで吹き飛ばされ、パイルバンカーはその細腕一本で真正面から受け止められる。それだけに留まらず、腕をスライム状にさせると一メートル以上もあるパイルバンカーをハジメの義手ごと絡み付け拘束してから、上空に投げ飛ばした。
それだけでは済まさず、次の瞬間には飛ばされたハジメより上空に先回りして蹴り落とし、自身も急降下。地面に衝突する直前のハジメを蹴り上げ、踵を振り下ろして地面に再度蹴り落とす。そこにダメ押しとしてエネルギー弾を放つ。
ハジメもやられてばかりではいられない。痛みを感じつつも歯を食いしばって耐えきり顔を上げると、エネルギー弾を寸前で躱し、仁の足を振り払って立ち上がる。そこから顔に蹴りを直撃させるが、仁は僅かにのけぞっただけ大きなダメージは入っていない。
所詮普通の人間を一撃で粉砕できる程度の力、魔人ブウの肉体を持つ仁に通じるわけがない。
「隙だらけだぞ!」
仁の裏拳がハジメの顔を捉え、ハジメは鼻血を吹き出しながら倒れ込んだ。どれだけステータスを上昇させようとも、強大な力にそこそこの技量を持つ仁の攻撃をフィジカルで耐えられるはずがない。
あらゆる武器をそして技能を使い攻めるハジメであるが、その全てを正面から叩き潰され、ダメージはハジメにだけ一方的に蓄積されていく。しかしハジメの戦意も衰えることはない。すぐに立ち上がり、武器と技能の新たな組み合わせで有効打を探ろうとする。
それでも仁に通じることはなく、逆にハジメがカウンターでダメージを負ってしまう始末。
両者共に一歩も退かず、高速での戦闘が繰り広げられる。僅かに距離が開けばその瞬間に様々な武器から放たれる弾丸や爆撃が仁を襲い、それが着弾するよりも速く仁がハジメの背後に回り込み強襲する。
攻撃を受けて吹き飛びつつも、ハジメは新たな武器を取り出し攻撃を続ける。それすらも仁は軽々と避け、急速で迫って今度は連撃を浴びせた。
ハジメの持つ武器から放たれる破裂音や爆音と拳がぶつかる鈍い音が辺りに響き、まるで空で地震が起きたかのような衝撃波が幾度となく発生し続ける。
その戦いは仁の一方的なものではあるが、あまりに超高速であるため、常人では目で追うことすら困難に違いない。
「クソッ! まだだ、オレは二度も負けるわけにはいかねぇんだよ!」
二人の戦いは壮絶なものである。だがハジメは仁に一撃も有効打を与えていないにも関わらず、既にハジメの方は限界が近い。三割の力しか出せないとはいえ、それでも相手は仁なのだ。実力に差がありすぎた。
このままではどちらが勝つかは明白だ。
しかしそんなことを傲慢なハジメが受け入れるはずがない。怒りの声を上げると共に、その体からは紅色の魔力が一気に吹き上がった。今現在、光輝しか辿り着いていないその領域、"限界突破"の最終派生"覇潰"である。
「ほう、そう来たか。ますます面白くなってきた。……ただ一つだけ疑問が残るな」
力の差を強引に埋めようとするハジメが挑み、仁が迎え撃つ。二人の拳が衝突し、初めて拮抗する。それに対して仁は笑みを浮かべながらハジメに合わせて戦う。絶え間なく打撃音が響き、何度も二人の姿が消えては縦横無尽に駆け回る。
その戦いの最中、仁はとあることを問いかけた。
「――どうしておまえはそこまで敗北を拒絶する。たった一度負けたくらいで、何故そこまで怒りを引き出せる? おまえにとって敗北とはなんだ?」
「黙れっ、俺はもう負けるわけにはいかねぇんだよ! おまえを殺して、俺は俺の弱さを否定する!」
「……愚かだな。それほどまでに弱さを嫌悪するか。一つ教えてやろう。"弱さ"は罪でも欠点でもない。その弱さに慣れ、成長を諦める者こそが真の意味での"弱者"だ」
激しい怒りの為か、話さなくてもいい余計なことまで口にしてしまったハジメは、自身へと向けて放たれた言葉を耳にした瞬間、脳裏に聞き覚えのある誰かの声が流れた。
『――お前は弱いけど。本当の意味でいったら違うだろ? 弱いってのはそいつの個性の一つだ。一番ダメなのは、自分が弱いからって強くなろうともしない情けない奴だな。うん、俺の嫌いなタイプだ!』
(なんだ? 昔、俺は似たようなことを誰か言われた……)
攻撃の手を緩めないまま、ハジメはそんな思考を抱くも、すぐさま振り切って更に攻めを強める。
どんどん過激さを増していくあらゆる武器を駆使したハジメの連撃、しかし仁もその動きにあっさりと対応していき互角の状態へと無理矢理追い込まれる。いくらハジメが"覇潰"を習得したからとはいえ、単純な戦闘力ならばどうしても仁に軍配が上がってしまうからだ。
しかしハジメは圧倒されながらも必死に食らいついていた。今のハジメは弱かった頃の自分に戻ってしまうという恐怖と自分が負ければユエ達が殺されてしまうという危機感に背を押されていた。故に、相手が誰であろうとも倒れるわけにはいかない。
他の全てで劣ろうとも、武器の扱いでハジメに勝る者はこの世界にはいない。絶え間なく襲い来る弾丸の嵐にさしもの仁も後退を余儀なくされ、しかし下がりながらもエネルギー波を的確に放つ事でハジメに確実にダメージを与えていく。
「オレはおまえに何があったのかを知らない。どれだけの絶望を知り、どれだけの恐怖を乗り越え、絶対的な力を望んだとしても、オレには関係のない話だ。でも、これだけは分かる。……その在り方は歪んでる」
「ふざけるな! 俺が歪んでるだと……!? 本当にそうか、その体で確かめてみろ!」
「確かめるまでもない。おまえは力を求めるくせに、甘さや情けといった人間らしい感情が抜け切れていない。本当に強いままでいたいのなら、大切な人など作らず、全て切り捨てて生きた人形になるべきだったな。まあ、そんな人生はクソつまらないだろうが」
煙を裂いてハジメが突撃し、ドンナーとシュラークを両手に近接で弾丸と拳が飛び交う。そんな最中、再度ハジメの脳裏には聞き覚えのある声が流れた。
『――俺みたいに強くぅ!? やめとけやめとけ、俺は大分歪んでるから絶対に参考にならん。確かに喧嘩とかじゃあそこそこやれる自信はあるが、俺の根本は激甘だ。本当に強くなりたいんなら、感情を切り捨てた生きた人形みたいな奴の方が参考資料としてはいいと思うぜ。俺はそんな奴と仲良くなれる自信はまったくないけどな』
(っ……誰だ。誰なんだお前は!)
先程と同じ声、同じような喋り方。もうすぐ靄が晴れる寸前という所まで出かかっているというのに、誰に告げられた言葉なのかが思い出せない。そんなモヤモヤとした感覚によってハジメの攻撃の手が一瞬緩み、その隙を見逃さなかった仁が放ったイノセンスキャノンをその身に受け、大きく吹き飛ばされてから、地に膝をついた。
「さて、そろそろ終わりにしよう。そっちの時間制限も近いようだしな」
「勝手に終わらせようとしてんじゃねぇ! 死ぬのはテメェだ!」
「ふっ、口だけは達者だな」
ハジメの身体は既に満身創痍。まだ意識を失ってはいないがもうどれだけ立ち上がったとしても勝ち目はない。そう決定づけた仁は勝利を確信し、とどめを刺すべく近づこうとする。
だが、直後……
「おぉおおおおおおっ!!」
空間全体が震えるかのような雄叫びがハジメの口から放たれたと同時に、ハジメから莫大な力が噴き上がった。まるで嵐のような力の奔流がハジメを中心に渦巻く。それはF5レベルの竜巻の如く。紅はより色を強めて深紅と成り、空間が悲鳴を上げるように鳴動する。
限界突破の最終派生である"覇潰"。それは使用者の能力を五倍にまで引き上げるというもの。しかし、今のハジメの力はそれにすら収まらない。”竜人形態”となったティオと同等、もしくはそれ以上の強化が今のハジメには施されていた。
もはやこれは、ハジメだけに許された"覇潰"を越えた"限界突破"の派生。名付けるならば……"極破"。
「ほぉ、ここに来て己が限界を乗り越えたか。いいぞ、面白い! おまえの全力を見せてみろ!!」
桁違いに膨れ上がったハジメの気は驚くことに
新たに習得した技――"極破"は途轍もない程の力をハジメに与えた。だが、そんな強大なパワーに満身創痍でありながら酷使され続けたハジメの身体が耐えられるわけがない。
骨が砕け、筋肉が断裂し、口や鼻、目からは血が溢れ、自壊しながらもハジメは地を蹴った。それと同時に仁も勢いよく飛ぶ。二人の速さはもはや人の域を余裕で超えていた。もはやこの状況を正しく認識できる者はこの世界で彼らのみ。
「これで、終わりだぁああ!!」
ハジメが吐血混じりに叫び、義手を全力で振るった。それと同時に仁が桜色に輝く刃を振り上げ――。
義手となったハジメの左腕が、宙を舞った。
「……ちっ……くしょう!」
「ふぅ……今のは本気で危なかったな」
ハジメは以前爪熊に左腕を喰われた時と同じ感覚を味わったことで義手の喪失を理解し、同時に自身が敗北したということも実感させられた。更に"極破"による能力の上昇も消え、今まで忘れていたダメージが一気にその体に圧し掛かる。当然、ボロボロになったハジメの身体がそれに耐えられることなどなく、意思に反して体は地に倒れる形となった。
"限界突破"は時間切れ。大きなダメージを受けた状態でなお、限界突破の最終派生にまで辿り着き、それすらも己の意思で乗り越えたのだ。膨大な力の代償として払うダメージは想像を絶するものだろう。そう簡単に動けるはずがない。唯一動かせたとしても、腕一本が精一杯だ。
「……今のは本気で驚いた。流石のオレもここまでとは思わなかったぞ。弱体化した肉体を更に分離したとはいえ、単純な戦闘力でオレを超えるとはな。覚醒するのが遅くて助かったよ。おまえがその力にもう少し早く目覚め、アーティファクトの用意も万端であったなら……今倒れているのはオレの方だったかもしれない」
「まけ……た、ら。意味ねぇん……だ…よ…」
「そう悲観的になるな。おまえは魔人ブウに本気を出させたんだぜ。この先数千年は自慢できる大偉業だ。喜ぶといい。それに負けるのもたまにはいい経験になる。なんてったって自分の弱点を再認識できるわけだしな。次に活かすってやつだ。まあ、オレは今のとこ喧嘩だと全戦全勝だけど……」
そしてまた、意識が薄れかけているというのに、目の前の敵から放たれた言葉をきっかけにしてハジメの脳裏に聞き覚えのある声が流れ込んだ。
『――失敗するのが怖いって? そんなの誰でも同じだろ。誰だってミスる時はミスるし、負ける時は負ける。忘れちゃあいけないのが、それを意味あるものできるかどうかだ。失敗したら何故失敗したのか? 勝負に負けたなら次はどうすれば勝てるか? そういう反省と改善を繰り返して、人間ってのは強くなる。ほら、よく言うだろ。『次に活かしなさい』って。あれって簡単に言ってるけど滅茶苦茶大事だからな。だから存分に失敗を怖がれ。もう同じ失敗を、敗北を経験したくないってガキみたいな気持ちがお前を強くする』
(……知ってる。俺は……こいつを知ってる……)
そこでようやくハジメは理解した。先程から脳裏で流れるこの声は目の前の
しかし、どれだけ頭を悩ませても答えには辿り着けない。先程から脳裏に流れる声と変わり果てた姿だけでは、あまりにもヒントが少なすぎた。
「じゃあ、おしゃべりはこれくらいにしようか。命を賭けて戦い、勝敗は決した。それなら、敗者であるおまえは勝者であるオレに葬られるのが定めだ」
ハジメの内心を知らず、仁は掌を倒れるハジメに向ける。そして、掌サイズのエネルギー弾を生み出した。避けることなどできるはずがない。数秒後には死が待ち受けている。それを理解し、実感した上でなお、ハジメが思考を止めることはなかった。
「最期の言葉くらい聞いてやろうか?」
「……」
「なんだよ無視か。つれないな」
仁の声に反応することもなくハジメは脳をフル回転させ続ける。心のどこかで分かっていたのだ。今自分が見つけ出そうとしている真実は、そう簡単に頭の片隅に追いやっていいほど軽いものではない。とても、もしかしたら自分の命よりも重要かもしれない。そんな本能にも近い感覚がハジメの内にはあった。だからこそ、考えることは止めない。
そこまで悩んでもなお、ハジメは答えに辿り着けない。それも仕方ないだろう。真実はハジメの想定よりも大きく複雑化している。未だ常識の範疇に囚われているハジメではどうあってもその答えには辿り着けない。
そう、何かしらの"きっかけ"でもなければ……
「……じゃあな。
「ぁ……」
初めて魔人ブウが己の名を口にしたその瞬間、ハジメの脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。
日本でも、異世界でも、命を失いかねない危機的な状況でさえ、自分の味方をしてくれた親友。誰よりも頼りにし、誰よりも頼りにして欲しかった相棒。自分を助けようとしたせいで奈落へ落ち、それ以降再会を望み続けた南雲ハジメが憧れた男の姿を。
ありえない。真っ先にハジメは脳裏に浮かんだ推測を否定した。所持している技能が、共に過ごした記憶が、『そんなはずがない』という結論を導き出す。だというのに、その可能性が頭を離れてくれない。
そこに確実性を帯びさせるように地上で聞いた多くの信じられない噂が頭を過る。話を聞いた時はあまりの現実味のなさに信じられなかったが、今ハジメの中に生まれてしまった可能性と照らし合わせると、ピースに嵌ったかのように組み合わさってしまう。
もう一度目の前の魔人の顔を確認する。やはりどう見ても、記憶にあるものとは違う。だというのに、どうしてかその顔が忘れるはずのない
震える声で、ハジメはその名を呼んだ。
「ま、さか……仁…なのか?」
突如放たれたその言葉に、今まで正体を隠して親友をボコしていた男――風磨仁は僅かに驚いた反応を見せる。ここまで殴り合ってなお、正体に気づかなかったハジメが、このタイミングで自身の正体に気づくとは思わなかったからだ。
しかし、すぐに落ち着きを取り戻すと生み出したエネルギー弾を消してニヤリと笑みを浮かべた。その動作に疑問を抱いたハジメだったが、再び口を開くよりも早く仁が動く方が早かった。仁は分裂した自分達をアメーバ状にすると、指をクイッと自分に向けて曲げる。その直後ただの肉片となった分身体達は仁の身体にベチャベチャとくっついた。。
そして全ての分身体を取り込み元の一人の状態に戻ると、仁は倒れるハジメを再度上から見下ろす。しかしその表情は先程までの強敵に向ける笑みではなく、呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな。そんな親しい友人に向けるような笑みがあった。
再びハジメに手が向けられる。だが今度は先程のように攻撃的なものではない。まるで倒れた者に手を差し伸べるように、ハジメの顔前には手が置かれていた。
そして遂に、仁は口を開く。
「気づくのが遅いんだよ、この鈍感野郎。男相手にそれを発揮してどうする」
笑みを浮かべながら告げられたその言葉を耳にし、ハジメはやっと確証を得た。姿が違う。声も違う。強さも雰囲気も種族も何もかもが違う。それでも今自分の目の前にいる男は風磨仁であると。それを認識した途端、既に枯れたはずの涙がハジメの瞳から一筋流れた。
そのことに自分ですら気づくことがなく、ハジメは差し伸べられた右手に最後の力を振り絞って動かした右手を伸ばす。今のハジメには目の前の相手を警戒するという考えすらない。なぜなら、今までの経験からハジメは、風磨仁というだけで無条件に相手を信用してしまうのだから(先程までこの人にボコされていました)。そして、躊躇うことなく伸ばされたハジメの手は仁によってしっかりと掴まれる。
「ほれっ!」
「っ……おい、こっちは重傷人だぞ。もうちょっと丁重に扱え」
「ははっ、その傷を負わせた相手にそれを言うのか?」
「そっか。それも…そうだな……。この野郎、バカスカ殴りやがって。後で覚えとけよ。絶対に殴り返してやるからな」
「いいぜいいぜ。やってみろよ。どうせダメージゼロだろうから」
「このチート野郎め……」
「……おまえがそれを言うか」
腕を引っ張られ、無理矢理立ち上がらせられたハジメは仁に小言を言いながら倒れ込もうとするも、そんなハジメに仁は肩を貸して支える。きっと今までの戦いも含めて、お互いに言いたいことは山程あるに違いない。それでも今だけその言葉を呑み込み、二人は再会を喜び合い、絶えることなき笑みを浮かべていた。
「さてと、オレの予測が正しければそろそろ八重樫と白崎がここに来るはずだ。流石にこの状況だけ見られたら、怒られるのはオレだけだしな。その前におまえとなんかおまえが作ってたハーレム共の治療くらいはしてやるよ。大サービスだ」
「回復まで出来るのかよ。……そんなん、どうやって勝てばいいんだよ……」
「今のおまえ達じゃあ無理だ。これでも二代目魔人ブウだぜ。そう簡単に負けるようじゃ魔人の名が廃っちまうよ」
「また意味分かんねぇ状態になりやがって。なんで人間辞めてんだよ。せめてもう少し面影とか残しとけって。分からないだろうが」
「いや、だからおまえに言われたくはないんだが?」
こうして、クラスメイトの裏切りによって離れ離れとなった二人の友は二度の衝突を経て再会を果たした。
しかし、ハジメも仁も以前とは外も内も大きく変わってしまった。孤独と絶望の中で命の軽さを知り、自分と自分の大切以外全てを切り捨てる選択を選んだハジメと、絶望を経験することなく世界の悪と共に生きる道を歩き、悪でありながら善行を成す選択を選んだ仁。そんな二人が本当の意味で分かり合うのは難しいだろう。
これから先いつか、二人は必ず衝突する。きっかけは何であろうとも、それはきっと間違いない。だが、彼らならきっとそんな仲違いも乗り越えられるだろう。
だってハジメと仁は――豹変しようともお互いのことを忘れなかった親友同士、なのだから。
ユエ
ハジメパーティーの中で唯一、覚醒も成長もせずに仁に圧倒されて敗北した貧乳女子。
仁からの評価はハジメ達の中で最低。シアのように戦闘継続能力があるわけでもなく、ティオのような純粋に肉体の強度を上げるわけでもない、それでいてハジメのような主人公補正もない。つまりは戦っていてつまらない相手。
魔法の才能はトータスでも神を除けばトップであるが、既に存在してる魔法やその派生として作った魔法しか扱っていないため、これぞといった技を持ち合わせていない。分かりやすく言うならば、個性がない。そこで満足している所が仁にナメられた要因。
今の仁は強者の部類にあるが、子供の頃は光輝に頼るしかなかった弱者という経験がある。そのため、生まれた時からずっと強者として生きてきたユエのことを光輝と重ねて少し嫌っている。
南雲ハジメ
やっと親友の存在に気づけた原作主人公。
【オルクス大迷宮】での経験から敗北することに異常なまでの拒絶感を見せるようになり、仁に一度こっ酷く敗北したことでその感情が更に肥大化した。原作ではエヒトと戦うまで敗北経験はなかったが、この作品ではウルの時点で既に敗北を経験しているため、力に対する執着が特に強い。
極破を習得させた理由
光輝の方が限界突破の最終派生に先に辿り着いたのが気に入らなかったため、その先を作ってハジメを覚醒させといた。光輝の技を使ってハジメが強くなった……というのが純粋にイラッときたからでもある。想像以上に、作者は光輝が嫌いなのかもしれない。
極破
限界突破の最終派生である覇潰を更に超えた限界突破。
言葉にするとちょっと意味が分からないが、スーパーサイヤ人を越えたスーパーサイヤ人を更に超えたスーパーサイヤ人とかもあるし気にしなくてもいいかと。限界は超えるためにあるものだし。
『覇潰』があらゆる能力を五倍に引き上げるのに対して、『極破』はざっと十倍まで引き上げる感じ。その分体の負担が大きく、短時間しか発動できない上に発動後は体に酷いダメージが襲うというデメリット付き。
最初は覇潰を覚えさせるだけのつもりだったのだが、なんとなく光輝の二番煎じみたいな感じがしたのでオリジナルの進化形態を用意した。
名前の由来は「極限を破壊」するという意味(後付け)。とりあえず思いついたカッコいい文字を二文字くっつけただけです。
ハジメパーティー
現状の強さ
ユエ<シア<ティオ<ハジメ
成長期待値
ティオ<ユエ<ハジメ<シア