洞窟の中に光が満ち、視界を白一色に染めあげると体が一瞬、浮遊感に包まれた。そして光が収まると同時に俺達は地面へと叩きつけられる。
クラスメイト達の多くは尻餅をついていたが、メルド団長を始めとした騎士団と天之河のような一部のクラスメイトはすでに立って周囲への警戒を行なっている。
転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。端から端までざっと100メートルはあるだろう。天井も20メートルほどで橋の下は川などなく、落ちれば1発で奈落の底だ。
「お前達! さっさと立ち上がってあの階段まで走れ! 急げ!」
メルド団長の鬼気迫る声にクラスメイト達は慌てて動き出す。
しかし、1度トラップにかかってしまった人間をそう簡単に逃がしてくれるほど、この迷宮は甘くない。
階段側の橋の入口と通路側にそれぞれ魔法陣が出現し、階段側からは大量の骸骨の魔物、通路側には1体の巨大な魔物が出現した。その巨大な魔物を見たメルド団長は呆然と呟く。
「まさか……ベヒモス……なのか……」
メルド団長がそう言ったのと同じタイミング、俺はベヒモスと呼ばれた角から炎を吹き出すトリケラトプスのような魔物の気を感じ取っていた。自分から感知しようとしたわけではない。探ろうと思うまでもなく、ベヒモスの気を感じ取れてしまったのだ。
「ふざけるな。あんなの勝てるわけないだろ」
本能が危険信号を鳴らす。戦うまでもなく、今の俺では敵わないことを理解した。後ろからは剣をもった骸骨の魔物が湧いてきているが、その強さはベヒモスと比べればただの雑魚だ。
「グルァァァァァアアアアア!!」
「ッ!?」
ベヒモスの咆哮により、俺達は魔法を使われているわけでもないのに体が怯む。逆にメルド団長は正気に戻ったらしく、矢継ぎ早に指示を飛ばす。骸骨の魔物の群れを突破するために、ベヒモスから俺達を守るために。その指示は実に迅速かつ的確だった。
しかしどんな戦場においても最も警戒するべきは有能な敵ではなく無能な味方。今この状況においてもそれは変わらなかった。
「待って下さいメルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイんでしょう! 俺達も……」
「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは本来65階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をしても歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」
メルド団長の鬼気迫る雰囲気に天之河は一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる。そんな二人を魔物が大人しく待ってくれるはずもなく、ベヒモスは咆哮と共に突進してきた。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!!」」」
2メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。1回きりの、しかも1分だけであるが何物にも破れない鉄壁の守りが顕現する。
その絶対防御は確かにベヒモスの突進を阻んだ。だがその攻撃の影響は凄まじく、強い衝撃波が発生する。衝撃波によりベヒモスの足元の橋が粉砕される。その影響から橋全体は大きく揺れ、逃げようとしているクラスメイト達からは多くの悲鳴が上がった。
それでも我先にと脱出しようと試みるが、骸骨の軍勢がそれを阻む。必死に応戦するが、相手の数があまりにも多すぎる。負傷者の数は次々と増えている。
あまりにも想定外な事態。それでも訓練通りに動けていればここまでの被害にはなっていなかったはずだ。骸骨の魔物は20階層の魔物と比べてみれば確かに強いが、勝てないほどではない。個々の強さならば、俺達の方が上回っている。にもかかわらず、こうして危機的状況に陥っている理由はただ1つ。
「勇者がいない。……それだけでここまで違うか」
天之河の存在だ。
今この場にはリーダーである天之河がいない。あんなんでも先頭に立って人をまとめる才能だけはずば抜けて高い。しかしそれは逆に言ってしまえば、今まで天之河に頼りきっていたこのクラスはあいつがいないだけで簡単に崩れる。
「なんとかしてあの馬鹿を連れてこないと……」
今俺がすべき最善は天之河をなんとかしてこっちに連れてくることだが、正直言って仲の悪い俺がいくら言ってもそう素直に聞いてくれるとはとてもじゃないが思えない。
その時、骸骨の魔物と応戦しながら頭を悩ませていた俺に声をかける人物が現れた。
「仁! 天之河くんを連れてくるから耐えて!」
端的に最低限の言葉だけ発したハジメの声には、根拠こそないが、それを成せるという謎の確信があった。ならば俺のやるべきことはただ一つ。
「任せろ!」
ハジメを信じて時間を稼ぐ。そう覚悟を決めると、俺は思考を骸骨の魔物から時間を稼ぐことだけに集中させる。
「一度でいい。決定的な一撃があれば、あいつらも少しくらいは冷静になる」
今俺がどれだけ頑張ろうと1人では限界がある。でも他のクラスメイトは恐怖によって冷静な行動を取れていない。問題はどうやってクラスメイト達を落ち着かせるほどの隙を作るか。
「……やるしかないか」
方法はある。
今まで何度も練習はしたが、1度も成功したことのなかった俺の奥の手。それを今、ここで成功させるしかない。
俺は右手を突き出し、手のひらを魔物の方へと向けると、そこに気を集中させる。体中の気が1点に集中していく。だがまだ足りない。更に気を集中させる。そして俺の気のほとんどを手のひらへと集中させると、左手で右腕を抑えて固定し、溜まった気を一気に前方へと放出させる。
「ハァッ!!」
その瞬間、手のひらから俺の気が人1人包み込んでしまいそうな程の青白い光線となって放たれた。光線はクラスメイト達の隙間を通るような軌道を描いて飛んでいき、骸骨の魔物の軍勢に直撃する。
直撃した光線は多くの魔物を巻き込んで、大爆発を起こす。先ほどまで50体程はいた骸骨の魔物は今はだいたい20体くらいになるまで減っていた。
「……成功した」
自分の気を体外へと放出する。思いつきで練習してみたそれが本番のこの状況で初めて成功した。ようやく成功したそれは俺の使える中でも最高火力の技ではあったが、デメリットが大きい。気の消費が桁違いに多いのだ。
気とは生命エネルギーそのものであり、気を使い切るということは文字通りの死を意味する。そして今の俺の気の残量はMAXが100だとするならば20程度しか残っていない。
さっきの光線……エネルギー波とでも名付けようか。それをもう一発撃つ余裕なんて流石に残っていない。
「ぼさっとしてないで立って戦え! 今の攻撃でかなり数は減らした! また増える前に少しでも多く倒せ! もうすぐ天之河が来る! それまで絶対に耐えろ!」
だが、俺自身に余裕がなくとも味方を鼓舞することぐらいは出来る。今の攻撃から希望を見出した様子のクラスメイト達は少しずつ冷静さを取り戻していく。この様子ならきっと俺の助けがなくともしばらくは耐えられる。
そして時間にしては僅かだが、内心では無限にも思えるほどの時が経った後、ようやく待ち人は訪れた。
「ーー"天翔閃"!」
純白の斬撃が魔物達を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。
橋の両側にいた魔物達も押し出されて奈落へと落ちていく。斬撃の後は、直ぐに崩れ込むように集まった魔物達で埋まってしまったが、確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段が見えた。
「……遅い!」
「ごめんなさい。光輝の説得に手間取って」
「いや、謝罪は後だ! 天之河! この状況をなんとかできるのはお前だけだ! 責任持って全員助けろ!」
「ああ! 皆! 諦めるな! 道は俺が切り開く!」
そんなセリフと共に、再び天翔閃が敵を切り裂いていく。相変わらずの天之河のふざけたカリスマがクラスメイトを活気づかせる。
「お前達! 今まで何をやってきた! 訓練を思い出せ! さっさと連携をとらんか! 馬鹿者共が!」
続いてメルド団長が天之河の一撃に匹敵する一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。いつものような頼りがいのある声に、沈んでいた気持ちが復活する。
負傷者を白崎が癒し、魔法適性の高い者が後衛に下がって強力な魔法の詠唱を開始する。前衛職はしっかり隊列を組み、倒すことより後衛の守りを重視した堅実な動きを心がける。
後衛組が詠唱を終えると、チート軍団の強力な魔法と技能の波状攻撃が、怒涛の如く骸骨の魔物目掛けて襲いかかる。その速度は凄まじく、遂に魔法陣による魔物の召喚速度を超え、階段への道が開けた。
「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」
天之河の掛け声と同時にクラスメイト達は走り出す。
坂上と八重樫は天之河に続き、魔物の包囲網を広げていく。
そうして、遂に全員が包囲網を突破した。
魔法適正のある者が背後で橋との通路を肉壁ならぬ骨壁により閉じようとするが、そうはさせじと天之河が魔法を放ち蹴散らす。
クラスメイト達が訝しそうな表情をする。俺も一瞬何をしてるんだ? と思ったがすぐに違和感に気づいた。
「待て……ハジメはどこだ?」
「そうだよ! 南雲くんを助けなきゃ! 南雲くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」
「は?」
あまりにも信じられない白崎の発言を聞き、橋の方に視線を向ける。他のクラスメイトも俺同様に目を向けると、そこには確かにハジメの姿があった。
「なんだよあれ、何してんだ?」
「あの魔物、上半身が埋まってる?」
ハジメは橋を錬成してベヒモスを拘束していた。しかしベヒモスも拘束から逃れようと暴れている。あの巨体を拘束しておくのはいくら錬成が得意なハジメでも厳しそうで、今にも倒れてしまいそうなほどに顔が青い。
「そういうことか……」
どおりで天之河もメルド団長もこっちの援護にこれたはずだ。ハジメが一人で抑えていたからこそ、あの短時間で骸骨の魔物を突破することができた。
「そうだ! 坊主がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」
腹の底まで響くような声に気を引き締め直すクラスメイト達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている奴もいるが、メルド団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。
すると夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスに襲い掛かる。ダメージこそ無いが、確実に足止めにはなっている。
それを認識したハジメは頭を下げて全力で撤退を始める。ベヒモスとの距離はすでに30メートルは開いている。この調子でいけばベヒモスが追いつくよりもハジメが逃げ切る方が早い。
そう思ったのも束の間、ハジメを援護しているはずの魔法の1つが明らかにおかしな方向へと曲がった。その先にはハジメの姿がある。
俺は……考えるよりも先に体が動いていた。
逸れた魔法はハジメの足元に直撃する。
最悪の事態を想定するよりも早く、俺は舞空術でクラスメイト達の頭上を飛び越え、ハジメのもとへ今まで出したこともないほどのスピードで飛ぶ。
そして今にも落下しそうになり、縋るように伸ばされたハジメの手を……
…………掴んだ。
すでに橋は崩れかけ、ベヒモスもかなり近づいているが、舞空術によって足場がなくとも移動できる俺には関係ない。残りの気は少ないが、ハジメを抱えて戻るくらいの余裕はある。
そのはずだった。
「仁! 前!」
「何を…………あがっ!!」
焦るハジメの声に導かれ顔を上げると、そこには風属性の魔法がすぐ目の前にまで迫っていた。咄嗟のことに避けることすらできずに直撃する。
真正面から衝撃を受けたことにより集中力が途切れ、舞空術を維持できなくなった俺はそのまま重力に逆らえずに落ちていく。体勢を立て直そうにも、気を使い過ぎた上にダメージを食らった体はピクリとも動かない。
薄れゆく思考の中で、必死にこっちにこようとする八重樫と目があった。それは、昔の弱かった彼女を連想してしまいそうなほどの苦しそうな泣き顔だった。
あまり実感がないからだろう。落ちるのも死ぬのにもそれほど恐怖は感じない。
今の俺にあるものは……
自分のせいで八重樫に
「ちくしょう。最悪だ」
自信満々に頼れなんて言っておいて結局なにもしてやれなかった。これじゃあ天之河と変わらない。綺麗事を言えるだけ言って何も果たせないで終わる。
「……そんなの嫌だ」
このまま死ぬのなんてまっぴらごめんだ。俺にはまだやらなきゃならないことがある。
俺達を戦争に参加させた天之河を殴ってやりたい。下らない理由でトラップに引っかかった檜山を土下座させてやりたい。自分1人を犠牲に他者を助けようとしたハジメに説教してやりたい。今まで見守ってきた白崎の恋愛がどうなっていくのか結末を見届けたい。そして八重樫に……俺の想いを伝えたい。
「ああ、そうだ。俺はまだ死ねない。絶対に……生き残ってやる!」
そう呪うように吐いた言葉は……闇の中へと消えていった。
ようやく2人が奈落に落ちてくれました。ぶっちゃけ『ありふれた職業で世界最強』は落ちてからが本編だと思っているのでここまで来れて嬉しいです。
ちなみにエネルギー波と気功波、どっちにするかめちゃくちゃ悩みました。