ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

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この小説の続きを待ってくださった方、別にどうでも良かった方、お久しぶりです。
訳あってしばらくの間投稿出来ていませんでしたが、ようやく次の話を投稿できる準備が整いました。
投稿しなかった理由については、モチベの低下やリアルが忙しかったとか色々ありますが、一番の理由はある程度先まで作っておいた書き溜めを超つまらないからと全部ボツにしてしまったことです。
まあとはいえ、投稿ペースが上がるわけではないので気長に待っていただけるとありがたいです。

不満やアンチコメントなどがあれば私ではなく神エヒト様に言ってください。民の不満は彼が受け入れてくれるっぽいので。

作者「くっそぉ! どんどん執筆ペースが遅くなる! しかもなんでか文字数も次第に増えてる気が……ダニィ!? この上で仕事が今より忙しくなるだと!! これがお前のやり方か、エヒトォォォォォッ!!!」
エヒト「知らん、なんだそれ」


第六章
ウサミミの兵士達


 高く、高く、樹々よりも高く、雲よりも高い。地上から遥か遠く離れた空の領域。誰もがそこへ至ることを願い、ごく僅かの選ばれた者にしか辿り着くことのできなかったそこに、その姿はあった。

 

 全長200メートルを超えたマンタのような形状をした鋼鉄の塊。剣と魔法の世界には似つかわしくない高速で飛行する巨大な飛行物体。

 

 その正体こそ、ハジメが作り出した飛空艇"フェルニル"。重力石と感応石を主材料に、その他諸々の機能を搭載して建造された対空移動用アーティファクトである。

 

 重力石で物体を動かすことはそう難しいことではない。ただ、その質量が大きくなればなるほど熟練した"生成魔法"の行使が必要という難点が存在する。事実、以前までのハジメであれば"クロスビット"で人一人を持ち上げるのが限界だった。

 

 しかし、空き時間に修練を積んできた結果、ハジメの技量はみるみる内に成長していき、ついには大質量を自在に浮かせて操作できるまでに達した。その集大成として彼は飛空艇"フェルニル"を開発したのである。

 

 このフェルニルは、帝国まで馬車で2ヶ月という長距離を僅か1日半で走破してしまうという破格の性能を誇るが(仁がその気になれば1時間もかからず到着することに触れてはいけない)、空に浮かせているだけでも相当な魔力を消費するという欠点も存在する。膨大な魔力量と高い"生成魔法"の技量を持つハジメでなければ長時間使用することすらできないハジメ専用とも呼べるアーティファクトだ。

 

 そんな雲を掻き切るようにして空を突き進むフェルニルの横には、並走するようにして高速で飛翔する小さな人影があった。

 

 鳥でも飛ばないであろう高度を、風すら置いていく速度で移動し続ける飛空艇と並走する存在など、そうはいない。それが誰であるかは、説明するまでもなくその特徴的なピンクを目にすればすぐに分かるだろう。

 

「ひゃっほーーい! 空飛ぶ戦艦ってのもロマンがあるが、やっぱり空は自分で飛ぶにかぎる!」

 

 いつもの男(風磨仁)だ。

 

 仁とて、ファンタジー世界でSFっぽい空中戦艦に搭乗するというある意味貴重な体験を当初は楽しんでいた。しかし、いつもと異なる手段で空を飛ぶという感覚にジッとはしていられず、わざわざ自分からハジメに頼み込んでフェルニルの外に放り出してもらったのだ。

 

 そんなアホみたいな理由で共に王都から出発したハジメ一行や光輝達が快適な艦内で過ごしている中、ただ一人自力で飛んでいた仁だが、意外にも真面目に考えている所もあった。

 

 あのハジメが用意した戦艦であるため、フェルニルには当たり前のように数々の兵器が備え付けられている。もし飛翔可能な魔物が襲い掛かってきたとしても、一瞬の内に消し炭にすることができるだろう。

 

 とはいえ、現在仁達のいる高度まで来れる魔物など見たことがなく、存在していたとしてもフェルニルの速度には追いつけるはずもない。加えて、もしこの高さまで飛行することが可能であり、フェルニルと同等の速度で動けたとしても、電車との交通事故のように衝突した瞬間にバラバラになってお終いだ。

 

 常識的に考えて、この戦艦が危機的状況に陥る可能性はハジメの操作ミスを除けばゼロに等しい。それでも、"絶対"と言い切れないのが可能性というものだ。故に仁は万が一を考慮して気の探知による周囲の警戒を買って出た。最優先目的が自力で飛びたいからというのも紛れもない真実ではあるが。

 

「……うん?」

 

 そんな時だった。仁が少し離れた地上から感じられるどこか覚えのある知らない気に気づいたのは。胡坐をかいた体勢のまま高速で水平移動している仁は首を傾げながらも意識をそちらに集中させる。

 

「はぁ? なんだあの状況。兵士が亜人を追ってる? いや、逆に誘われてるのか? 別に放っておいても問題なさそうだが、一応報告だけはしておくか」

 

 こめかみに人差し指を当て 仁はつい先日ハジメから教えてもらった(パクった)"念話"を発動する。送る相手は今現在もフェルニルを操縦しているハジメだ。

 

『あー、あー。ただいまー、マイクのテスト中。ハジメー、聞こえるかー? 聞こえてるなら返事しろー。緊急事態でもないが、報告だぞー』

『はぁ……聞こえてる。聞こえてるからもう少し音量下げろアホ。お前の声が頭の中でガンガン響いてうるせぇ』

『あ、悪い。あー、あー……このくらいでいい?」

『いや、まだデカいが……まあいい。それで? 何があった』

 

 仁からの"念話"に応えるように、今度はハジメから"念話"が届く。その様子はとても気だるい感じで、フェルニルの操縦に相当魔力と集中力を持っていかれているのだと仁はすぐに察した。そんなハジメを気遣ってか、仁は余計な話は省いて簡潔に状況を説明し始める。

 

『進行方向からはちょっとズレるが、少し先で亜人が人間に追われてる。気の感じからして亜人の方はシアと同じ兎人族だ。人間の方は……まあ見た目的に帝国兵だろうな。なーんか追われてる兎人族の方が余裕ありそうなのが気になるが……どうする? 特別関わる必要もないが、余計なお節介をかけるか?』

『兎人族……まさか、な』

 

 手を軽く丸めて覗けるような穴を作り、双眼鏡のように覗き込みながら地上を人間離れした視力で観察する仁に伝えられた情報に、ハジメは顎に指を当てて考え込む。強欲な人間が亜人族を奴隷としようとする光景はこの世界ではもはや見慣れたものである。だが、仁の見解ではどうしてか追われている亜人の方に余裕があるという。

 

 一瞬ハジメはうん? と首を傾げもしたが、残念ながらハジメには帝国兵にも躊躇いなく喧嘩を売りそうな兎人族に心当たりがあった。念話のため話の内容が聞こえておらず、キョトンとしているシアにチラリと視線を送ってから、大きくため息を吐くとハジメは"念話"を返す。

 

『ちょっと艦内に戻ってこい、少し寄り道する』

『オーケー。今はおまえがリーダーだ。大人しく従おう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甲板に着地し、フェルニルのブリッジで既に集まっていたメンバーと合流した仁は中央に置かれた水晶のようなものを見て引き攣った笑みを浮かべた。

 

 "遠見石"と"遠透石"を生成魔法で付加したその水晶は、遠くの光景をディスプレイのように映し出す機能を持つ。脳裏に嫌な想像を浮かべながら、進路を変えたハジメが水晶に地上の光景を写し出したのだ。

 

 最初はまだ、この世界においてはありふれた光景だった。帝国兵と兎人族のリアル鬼ごっこ。地球出身の者からしてみれば胸糞の悪い光景であるが、強さに誇りを持ち、奴隷制度が導入されている帝国の兵士が愛玩奴隷として人気が高い兎人族を力づくで手に入れようとすることなど、この世界の住人にとっては違和感すら感じない。

 

 その映像を目にしてすぐ、光輝は追われている兎人族を助けに行くべきだと声を上げた。この映像はリアルタイムのものであり、正義感の強い光輝でなくとも、助けにいきたいと望む者は少なくない。しかし、仁やハジメがその必要はないと断言したことで、それを行動に移せなかったのだ。

 

 襲われそうな女性を助けられる立場にいるにも関わらず、行動に移ろうとしない。そんな2人の様子に苛立った光輝が一切の躊躇いもなくブリッジを飛び出そうとしたその時、水晶ディスプレイに映された映像は変化を見せた。

 

 先程まで追われる側であり、どう見ても弱者側にしか見えなかった兎人族が突如帝国兵達を刈り始めたのだ。

 

 相手がかよわい兎人族であるから警戒していなかったのだろう。見るからに油断していた帝国兵は待ち伏せしていた別の兎人族に矢で頭部を撃ち抜かれ、首を落とされ、そう時間もかからず死体の山は完成した。

 

 光輝達やリリアーナ、近衛騎士達は温厚な兎人族の突然の変貌に目を点にする。そんな間にも、ぞろぞろと投入されていく憐れな帝国兵(被害者達)は兎人族によってまるで玩具のように首をポンポンと飛ばされていく。

 

 その光景があまりにもグロテスクかつ猟奇的であったことに加え、殺戮劇を繰り広げる兎人族が実はハジメが鍛えたシアと同族の"ハウリア族"であると知り、流石の仁も「えぐっ……」引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。

 

「こ、これが兎人族だというのか……」

「マジかよ……」

「うさぎコワイ……」

「これが噂の首斬りバニー……」

 

 フェルニルのブリッジにそんな戦慄を感じさせる呟きが響く

 

 仁が最初に予想した通り、追われていた兎人族には確かな余裕があった。それもそうだろう、己を餌にして帝国兵を釣り、数多くの仲間が待ち伏せしている谷までの誘導。つまりは、罠だったのだ。どちらが刈る側なのかははっきりしている。

 

 そしてまんまと罠に嵌った帝国兵はまさに追い込まれた魚だ。右と思えば左から、後ろと思えば正面から、縦横無尽、変幻自在の攻撃に終始翻弄される憐れな被害者。彼等の首が余さず飛ぶまで……そう時間はかからなかった。

 

 その後、最後にハジメが潜んでいた帝国兵の頭蓋を撃ち抜くと、シアの提案によって何故か不敵な笑みを浮かべてビシッ! とワイルドな敬礼を決めたハウリア族達の元にフェルニルを着陸させることとなった。

 

 フェルニルを地上に近づけている最中、事情を知らない者達に意外にもハジメはハウリア達のことを親切に説明した。ハウリア族が訳あってハジメによる魔改造を受け、温厚とは真逆の残虐性を手に入れたこと。そして、あまりの強さに酔いしれて暴走してしまった過去があり、樹海から離れて行動している今回もその可能性があるということを。

 

 しかしその想定に反し、谷間に降りたハジメとシアを迎えたのは、様々な種族の亜人族の女子供が100人程、そして軍隊のような惚れ惚れする敬礼を見せるハウリア族だった。

 

 前回暴走した時から成長を実感できたのだろう。ハジメはニヤリと口元に笑みを浮かべてハウリア達の成長を褒めると、ウサミミ女性2人とウサミミ男4人は敬礼を決めつつ、感無量といった感じで瞳をうるうると滲ませ始めた。それでも涙を流そうとしないのはハジメに対する覚悟の表れだろうか、全員、空を仰ぎ見ながら目にクワッ! と力を込めて流れ落ちそうになる涙を堪えている。

 

 見る者が見れば感動的な場面なのだろうが、その姿にハジメ、ユエ、シア以外のメンバーはドン引いていた。

 

「よっと……オレが最後かな?」

 

 だがしかし、最後に仁がフェルニルから降りた瞬間、空気が一変する。

 

「「「「「「ッ……!?」」」」」」

 

 先程まで主人が帰ってきた時の忠犬のようにハジメに駆け寄ってきたハウリア達が即座にバックステップで数メートル程距離を取って武器を構え、帝国兵によって攫われていた所をハウリアに救出されたであろう亜人族達も顔を青くしてジリジリと後退りを始めたのだ。

 

「あれ? もしかしてオレ歓迎されてない感じ?」

 

 光輝達やハジメはおろか、異常なほどに警戒されている仁本人にも状況が理解できず、不思議そうに首を傾げる。そんな緊迫した状況が数秒程続き、ハジメが説明を求めようとハウリアに声をかけようとしたその時だった。

 

 突如、先程まで帝国兵に追われていたウサミミ女性2人がその手に持つ小太刀を逆手に持ち替え、仁へと飛び掛かった。

 

「速さはあるが……軽いな」

 

 頸へと向けて高速で振るわれる小太刀。常人であれば、斬られたことにすら気づかないままその首を飛ばされていただろう。だが仁は反射的に右腕を盾にして防ぐ。2本の小太刀が仁の腕に食い込み、抜けない事を瞬時に察したウサミミ女性はあっさりと己の武器を捨て、再度距離を取ろうとする。

 

「判断も早いか。悪くない」

「うっ……」

「なん、て……速さ……」

 

 後ろに飛んだハウリアの女性達だったが、仁の人間離れしたスピードにはついていけず、あっさりと背後から肘打ちを受け、地面に倒れる。

 

 一瞬の内に2人を無力化した仁だったが、息つく暇もなく今度はハウリアの少年からボウガンを放たれる。このボウガンも試作品であるとはいえ、ハジメの手がかかっている武器。地球にあるものよりも速く、そして高火力だ。

 

「良い武器だ。でも少しばかり近いな。そこはまだオレの射程内だ」

 

 そんな異常な破壊力を持った矢を仁はあろうことか人差し指と中指で掴み投げ返した。一瞬でその軌道を呼んだウサミミ少年はなんとか矢を回避するも、ほんの僅かであるとはいえ仁から目を離してしまい、物理的に伸びた腕にグルグル巻きにされ拘束されてしまう。

 

 数秒も経たない内に仲間の半分が無力化され、危機感に焦ったハウリアの男性陣も仁に飛び掛かろうとするも、その間に2つの人影が入り込み両者は動きを止める。

 

「みなさん落ち着いてください! 突然どうしたんです!」

「お前もだ、仁。今のはこいつらが全面的に悪いが引いてくれ」

 

 シアとハジメが間に割り込んだことで突然起きた戦闘は一旦中断し、仁は無力化した兎人族の女性2人と少年1人も解放し、ハウリア達も仁から距離を取って警戒しつつも武器を収めた。

 

「それで、今のは一体どういうつもりだ。俺の友人(だち)にいきなり手を出しやがって、納得のいく説明をしてくれるんだろうなァ!」

「オレも詳しく聞きたいな。いくらこの容姿が人間とは違うとはいえ、亜人族(おまえ達)がオレを殺しにくる理由はないはずだ。それとも、オレが気づかない内におまえらになんかしたか? もしそうなら謝るが、ただ怪しいってだけで喧嘩売ったんなら、相応の覚悟は見せてもらうぞ」

 

 流石の仁でも理由もなく襲われて喜ぶ性癖はない。イラつきを隠すことなく殺気をハウリア達へと向ける。そして師であるハジメも、自分が育てた部下が突如殺意モリモリで親友に襲い掛かってきた事実にあからさまな不満を顕にし、青筋を浮かべながら凄んだ。

 

「「「「「「ヒィ……」」」」」」

 

 2つ強大な殺気を浴びせられ、詰め寄られるハウリア達は先程までの殺気はどこへやら、涙目を浮かべて肩を寄せ合い、恐怖に怯えながらも事情を話した。

 

 とはいえ、ハウリア達の言い分は実に曖昧なものだった。

 

 彼らの口から語られた第一声は「自分でも、よく分からないんです……」だった。それは自己保身に走った政治家のような見苦しい言い訳ではなく、本心からの言葉だというのを仁とハジメはハウリア達の様子からすぐに察し、詳しい話を聞く。

 

 最年少の少年、パル――いや、"必滅のバルトフェルド"と名乗った彼の説明によると、ハジメと話していた時はなんともなかったのに、仁から溢れ出る気持ちの悪い感覚を感じた途端、嫌悪と恐怖に心を染め上げられ、気づけば襲い掛かっていたというのだ。

 

「気持ち悪い感覚? ああ、もしかしてオレの気か?」

 

 その元凶を仁はそう推測した。

 

 仁の気は魔人ブウのものをそのまま受け継いでいるだけあって、かなり異質なものへと変わっていた。それこそ、例え人格が善側の者であったとしても、分かる者からしてみれば心を乱されてしまうくらい邪悪に感じてしまう程に。

 

 そして、野生に生きる亜人族はその気を無意識の内に感知することができていた。勿論、仁のような高精度ではないものの、近くの気配を探る技術が彼らはどの種族よりも発達していたのだ。

 

 それでも、普通の亜人族程度であれば仁の気は感じ取れても暴走することはない。もしくは、シアのように単独で一国を制圧できる強さがあれば邪悪な気に心を揺るがされずに己を律することもできただろう。

 

 ただハジメによって他の亜人族とは一線を画す強さを手に入れたものの、ハジメ達のような人外レベルに達することのできなかったハウリア達は、言ってしまえば一番中途半端な強さだったのだ。

 

 きっとそれが原因だったのだろう。仁の邪悪な気を至近距離で感じてしまったハウリア達は、その気を"悪いもの"であると無意識的に認識し、本能に従って仁の抹殺に動いた。不意打ちや奇襲を得意とする彼らがらしくもなく真正面から仁に挑んだこともそれが理由だろう。普段のハウリア達であったならば、ハジメの言いつけを守りどんな手段を選んででも勝つために最適解を選んでいたのだから。

 

 ハウリア達の説明を聞き、外だからといって気を垂れ流しにしたままにしていた自分にも責は多少あると、仁は気を完全に抑える。

 

「なるほどな。ふぅ……これぐらいでいいか?」

「あ、楽になりました。先程はすいません、ボスのご友人。それとボスにもお見苦しい姿をお見せしました」

 

 仁が気を抑えたことで体中から感じられる気持ち悪い感覚が消え、ハウリア達は安堵の息を漏らすと、仁とハジメに揃ってバッ! と頭を下げる。気を完全に抑えたということは同時に気配も消したということでもあるため、目の前にいるというのに気配が感じられない仁にハジメ達は感嘆の声を漏らし、光輝達は目を見開いて驚愕していた。

 

 そこから先の話し合いは、特別問題もなく順調に進んだ。唯一問題としてあげるならば、ハウリア達がポーズを取りながら厨二病的な名乗りを上げ始めたくらいだが、これによる被害者は家族のシアと教官のハジメが羞恥心で死にかけたくらいであったため、特別大きな問題ではない。ちなみに、仁は大爆笑していたし、雫と鈴も必死も笑いを堪えていた。

 

 そんなこんなで、ハウリア達が暴走しているという可能性はここで消失した(別の意味で暴走はしていたけれど)。ならば、亜人族全体で何かが起きたと推測したハジメだったが、それは帝国兵に捕らわれていた亜人族の一人、亜人の国"フェアベルゲン"の長老アルフレリック・ハイピストの孫娘であるアルテナ・ハイピストが出てきたことによって真実であると証明される。

 

 長老の孫娘と言えば紛れもなく森人族のお姫様ということであり、当然、その警護やいざという時の逃走経路・方法もしっかり確立してある。それらを使用することもなく、あるいは使用しても捕まってしまったと言うのなら、それだけの事態に晒されたということだ。

 

 次なる大迷宮である"大樹"に何かがあっては困る、とハジメは"必滅のバルトフェルド"、略してパルに亜人族達を樹海に送るから纏めて付いてこさせろと命じる。そうして、亜人族達は手錠や足枷、奴隷用の首輪を仁の力技によって外され、全員がフェルニルへと乗り込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大勢の亜人族を連れて飛行するフェルニル。その内部では多くの亜人族が物珍しげにあちこちを探検している中、仁を加えたハジメ達はブリッジにてパル達ハウリアの話を聞いていた。

 

 パル達曰く、樹海にも王国同様に魔人族が魔物を引き連れてやって来たらしい。目的は神代魔法の眠る【ハルツィナ樹海】の大迷宮。勿論、フェアベルゲンの戦士達も無抵抗で殺されるはずがない。最大戦力を持って抗いはした。だが魔人族はともかく、樹海の中でも十全の戦闘力を発揮する魔物の前にその抵抗は虚しく、次々と返り討ちに遭ってしまったという。

 

 そこで、フェアベルゲンの長老会議は同胞を守るためにも大樹の情報を教えることにした。元々、亜人族達にとっては大樹も本当の大迷宮も大して価値のあるものではないようで、かつてのハジメと同様の対応をとることで紛争を避けようとしたのだ。

 

 しかし、同じ大迷宮を求める者でも、ハジメと魔人族では決定的に違う点があった。魔人族は自分達こそが神に愛され、繁栄していくべき種族であると心から信じていたのだ。その信仰はもはや狂信者のそれに近い。故に、神から見放された亜人族に対する嫌悪感は強く、憎悪の域にまで達していた。

 

 そんな魔人族が、求める情報が手に入ったからといって亜人族を見逃すだろうか? いいや、ありえない。『異教徒シスベシ』の教訓に従って、彼らは亜人族の蹂躙を開始した。

 

 相当に悲惨な状況だったのだろう。このままではいずれ全てが蹂躙されてしまうと考えたとある熊人族の戦士が、隙を見て密かにフェアベルゲンを抜け出し、ハウリア族に恥も外聞もなく頭を下げて助けを求めたのだという。

 

 ハウリア族はシアが関連したとある事件によってフェアベルゲンを追放された過去があり、その先でハジメという運命に出会った。そして仲間に頼らずとも生きていける力を身に着けたところに、ハジメをよく思わない亜人族に襲撃を受けるも見事返り討ちにしたのだ。そのハウリアに返り討ちにあった集団のリーダーこそ、助けを求めた熊人族の戦士レギン・バントンであったのだが、仁にとっては知る由もない話である。

 

 そのレギンの願いに、亜人族を助けたいと思う気持ち3割、ハジメのために大樹を守る目的7割でハウリア族の族長カム・ハウリアは応えた。

 

 ハジメの教えを受けたハウリア達は相手が何者であろうと油断することはない。相手が決死の覚悟が必要な難敵と定め、闇討ち、不意打ち、騙し討ち、卑怯、卑劣に嘘、ハッタリと使えるものは何でも使って確実に情報を集めてから万全の状態で配置が終わったチェスのように、一斉に攻勢に出た。

 

 その結果、ハウリアは若干の被害は出しつつも、魔人族達の首を落とし、魔物の殲滅に成功という勝利を収めたのだった。

 

 だがそこに第2の脅威が襲いくる。

 

 それが帝国兵だ。

 

 王国やフェアベルゲン同様、帝国にも魔人族の襲撃があったらしく、復興のための労働力確保と消費した亜人族の補充の必要性から亜人族を攫うため樹海へと侵入してきたのだ。

 

 カム達は、すぐにハウリア族以外の兎人族の集落に駆けつけた。しかし時すでに遅く、女子供のほとんどが攫われた後だった。ハウリアとは異なり本当にか弱い兎人族が労働力のために攫われるはずがない。帝国の民に使()()()()ことは確定していた。

 

 流石に同族の悲惨な末路を見過ごせなかったハウリア族は、仲間の過半数を樹海の警備のためにおいて、カム率いる残り少数で帝都へ向かう輸送馬車を追うことにしたらしい。だがそろそろ帝都に着いたというあたりでカム達からの連絡は途絶え、待ち合わせ場所に現れることもなかった。

 

 何かあったのではと考え、じっとしていられなくなった樹海に残った者達は、今度は何人か選抜して帝国へ斥候に出した。

 

 そして、カム達が帝都に侵入したまま出て来れないと判明する。

 

 その後、帝都に侵入したカム達の現状を知るべく、パル達が警備体制などの情報収集をしていたところ、大量の亜人族を乗せた輸送馬車が他の町に向けて出発したという情報を掴み、パル達の班が情報収集も兼ねて奪還を試みた。

 

 ここまでが、先程の出来事に繋がるまでの話だ。

 

「しかし、ボス。もしや魔人族は他の場所でも?」

「ああ、あちこちで暗躍してやがるぞ? 肝心のリーダーは運悪くこいつに喧嘩売って自滅したみたいだけどな」

「別にオレがいなくても、そのうちハジメが殺してただろ。どっちにしろあいつはそういう運命だったんだよ。というか魔人族からしたら、おまえの方が疫病神だからな?」

 

 明確に種族全体に対して敵対意識を持っているわけでもないのに、事を起こした場所にタイミングよく居合わせて、邪魔だからという軽すぎる理由で蹴散らしてくる。仁の言う通り、魔人族からしてみればハジメは関わるだけで一方的に被害を受けるまさに疫病神以外の何者でもないだろう。それは仁にも当てはまるのだが。

 

「まあ、大体の事情はわかった。取り合えず、お前等は引き続き帝都でカム達の情報を集めるんだったな。捕まってた奴等は任せておけ。どうせ道中だ。樹海までは送り届けてやるよ」

「有難うございます!」

 

 パル達が一斉に頭を下げ、最後に樹海に残っている仲間への伝言を預かる。そして帝都から少し離れた場所でリリアーナ達とパル達を降ろしてから、一行は【ハルツィナ樹海】に向かって高速飛行に入るのだった。

 

 その間、終始シアが何か言いたそうにモゴモゴしていたが、それを指摘する者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【ハルツィナ樹海】に足を踏み入れた一行はこれといった問題もなくフェアベルゲンにまで辿り着いていた。本来なら、寸先を閉ざすような濃霧に感覚を狂わされるてしまうはずだが、亜人族が周囲を囲むように先導することで問題はあっさりと解決する。

 

 道中、ギルと呼ばれる虎人族と引き連れた武装した集団に遭遇したが、アルテナが共にいることとハジメが顔見知りだったこともあって衝突することなく、最短でフェアベルゲンに向かうことが出来た。

 

「アルフレリック様には既に伝令を送っています。アルテナ様は一刻も早く元気なお姿を見せて差しあげて下さい。……少年、アルテナ様を、仲間を助けたお前には感謝している。いくら礼を言っても言い足りないくらいだ。だが……」

 

 しかし、

 

「――その者だけはフェアベルゲンに入れるわけにはいかない」

 

 フェアベルゲンの入口付近まで来たところで、ギルは両刃の剣の剣先を仁へと向けてそう告げた。

 

 亜人族が人間族をよく思っていないことは帝国兵による亜人族の扱いを見れば誰だって想像がつく。実際にも、以前フェアベルゲンにハジメが訪れた時もハウリアを除いた種族は嫌悪感を示していた。だが、ハジメ達は長老の娘を含めた複数の亜人族を奴隷という身分から解放して連れてきている。そこで拒絶する理由も、何故仁に限定しているのかも分からず、一行は疑問を感じざるを得なかった。

 

「それが同胞を助けてやった相手に対する態度か? どうやら自分の立場が分かってないみたいだな。10秒やる。理由を話せ。もし下らねぇ理由だったら……撃つ」

 

 仲間であり友でもある仁が助けた立場だというのに拒絶された現状に少し機嫌を悪くしたハジメがドンナーを構え、"威圧"で相手に物理的な圧力を与えながら告げる。

 

 先程は気をまったく抑えておらず、ハウリア達を暴走させてしまったものの、仁は今現在意識して気を完全に抑えている。そのため、気配も感じられなくなり樹海を先導していた亜人族も『あれ? あの人どこいった?』といった感じにキョロキョロと辺りを見渡すということが何度かあったが、今の仁を亜人族が必要以上に恐れたり、襲い掛かるといったことはない。

 

 ならば、何故仁だけを拒絶するのか?

 

 ギルは前回ハジメと相対した時の恐怖を思い出したのだろう。冷や汗を大量に流し、掠れそうな声ではあるものの、強い意志を瞳に宿して告げた。

 

「かつてこのフェアベルゲンの警備を任された際、長老方から言われたことがある。"薄紅色の魔人が現れたならば、どんな理由があろうとも決してフェアベルゲンに入れてはならない"と。それが何故かまでかは知らないが、俺はその命令に従うまで。もし本当に、お前が国や同胞に危害を加えないというなら、手を出すつもりはない。だがフェアベルゲンに入れるわけにもいかない。この場で少年達の用件が終わるまで待機していろ」

 

 これでもギルにとっては限界ギリギリの譲歩だった。本来なら、樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑される。しかも今回は帝国兵に多くの女子供を連れ去られてそう間もない。きっと、この場に現れたのが仁だけであったならば即刻戦いに発展していたはずだ。

 

 だが、ハジメと攫われた仲間達が共に現れたことで、仁に害がないと認めざるを得ない状況になってしまった。しかしそれでも己の役割は果たさなければならない。恩人の仲間であると認めた上で、かつ、仁をフェアベルゲンに入れさせないためのギリギリの提案。

 

「いいよ。それくらいなら受け入れてやる」

「仁、いいのか?」

「別に構わん。おまえが怒ってくれたのに悪いが、ここで面倒事起こすのも嫌だろ。別に死ねって言ってるわけじゃないし、少し待つくらい苦でもない」

 

 見た目に似合わず、中々理性的な判断ができる奴だと、仁はギルに少し感心していた。そして、彼に与えられた命令とやらが、ブウの恐怖を知った過去の亜人族から受け継がれてきたものだと勝手に納得した仁は悩むまでもなく待機の選択肢を取る。

 

 元より、仁にとってフェアベルゲンは必ずしも行かなければならない場所ではない。亜人族に匹敵する五感を持つ仁にとって樹海を進むことはそう苦ではないし、言ってしまえばシアさえいれば大樹の入場制限は突破できる。フェアベルゲンからの信用は別になくとも構わないのだ。

 

 それに大人しくするかどうかは別として、待機していればフェアベルゲンと敵対しなくてすむ。どちらを選んだ方が楽かなど火を見るよりも明らかだった。

 

「話は決まったな。喜べ、オレが珍しく大人しくしといてやるよ。その代わり、おまえらもふざけた真似はするなよ。こんな小さな国くらい、オレなら一瞬で消し飛ばせる」

「……無論だ。部下を置いておく。お前達、ここは任せたぞ!」

「「「「「了解!」」」」」

 

 ギルの言葉に、武装した亜人達がハリのある返事をすると、仁を囲むようにして立つ。筋骨隆々のむさくるしい男共に囲まれ、うげぇ! といった反応を見せる仁だったが、自分で決めたことなのだから仕方ないと渋々地面に胡坐をかく。

 

「……とまあ、こういうわけでオレはここでお留守番だ。出来るだけ早めに終わらせておいてくれよ。あんまり遅いと先に帝国に行ってるからな」

「ああ、悪い。さっさと終わらせるからちょっと待っててくれ」

 

 そうして、仁1人を虎耳男の集団と共にフェアベルゲンに入口に置いて行ったまま、ハジメ達はギルの先導のもとフェアベルゲンに踏み込んでいった。最初から最後まで光輝達は状況についていけなかったようだが、残念ながらハジメはそれについて詳しい説明を挟む程優しくない。なんだかよく分からないまま入口で手を振る仁を見つめながらハジメを追ってフェアベルゲンに入っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 辿り着いたフェアベルゲンは、ハジメ達が知るものよりも大きく様変わりしていた。至る所が破壊されて崩れてしまい、そこで暮らす亜人族もどこか暗く冷たい風が吹いているような、どんよりした雰囲気を漂わせている。

 

 ただそれでも、アルテナが戻ってきたことが人々の間に知れ渡ると、徐々に生気を取り戻しつつあった。同族を攫った相手と同じ種族だというのにハジメに対して律儀に礼を告げていくのは、いかにも種族における結束や情が強い亜人族らしい行動だ。どこぞの海人族の兵士共とは違う。

 

 それからしばらくして、伝令が届いたのかフェアベルゲン長老衆の一人アルフレリック・ハイピストがハジメ達の前に現れた。アルフレリックとアルテナはもう二度と会えることはないと思っていた家族との再会に涙を流して抱きしめ合うと、ハジメに礼を告げてタイミング悪くフェアベルゲンから離れている他のハウリア族を待つために自分の家へと招待した。

 

 それから差し出された茶を一杯飲み終わった頃、ハウリア族の男女が複数人、慌てたようにバタバタと駆け込んできた。

 

 そして例の如くハジメに軍隊式の敬礼をしてから厨二的な二つ名を名乗るハウリア族の男女とその他にハジメは死んだ目でパル達から預かった情報を伝える。すなわち、族長のカム達が帝都へ侵入したらしいという情報を掴んだ事と、自分達も侵入するつもりであること。そして、応援の要請だ。

 

 ハジメがいた時よりもハウリア族の勢力は拡大しているようで、他の兎人族も取り込んで自ら訓練を施し勢力を拡大していた。その規模は今や実践可能メンバーだけで120を超えている程。随分と増加したものだとハジメのみならずシアやユエも驚きをあらわにするも、そのすぐ後にハジメが全員まとめて帝都に行くと言い出し、ハウリア達はそれを超える衝撃を受けた。

 

 ハウリア達は、ハジメは大迷宮のために戻って来たのであって、自分達を手伝ってくれるとは思っていなかったのだ。意外すぎる言葉に動揺する他ない。そして、それは何も彼らだけでなく、むしろ一番驚いているのはハジメの傍らにいるシアだった。その大きな瞳をまん丸に見開き、ウサミミをピンッ! と立ててハジメを凝視する。

 

 シアは家族と共に生きる道を捨ててハジメについて来た。ならば、父親達は父親達の道を、シアはシアの道を進むべきだと、今までそう考えていた。

 

 それでも家族の行方が分からないと知れば、心配する気持ちは自然と湧き上がるもので、そう簡単に割り切れるものではない。しかし、ハジメの目的は大迷宮。父親の事情も帝国もハジメにとっては関係のないこと。まして、カム達は連れ去られたというわけではなく、自分達から向かったのだ。何があっても自己責任である。

 

 だからこそ、わざわざ面倒事が待ち受けていそうな帝都に行ってまでカム達の行方を探して欲しい等の我が儘をシアは言えなかった。だがそれが憂いとなって顔に出ていたことは、ハジメにもユエ達にも筒抜けである。

 

 恐縮して口籠るシアの頬をそっと両手で挟み込み、ぶっきらぼうではあるが、紛れもなくシアを想っての言葉をハジメはかける。そんな愛する男から想いを受けたシアは湧き上がる気持ちのままに己の思いを口にした。

 

「父様達が心配」「一目でいいから無事な姿を見たい」そんなシアの心からの言葉は確かにハジメの心に届いたのだった。

 

 まるでラブコメの名シーンのような二人の姿に優しく微笑む者もいれば、嫉妬する者も現れる。ただ仁がこの場にいたならば間違いなく『他所でやれよリア充共』と空気感ぶち壊しな発言をしていたに違いない。

 

「さて、イオ達が戻ってくるまでもう少し時間がかかりそうだな。おい、アルフレリック。お前に聞きたいことがある」

「ふむ、構わんとも。お前さんには莫大な恩ができてしまった。そう簡単に返せるものでないと分かっておるが、私にできることであれば可能な限り力になろう」

 

 そんなこんなでハジメ達の次の目的地が決まり、ハウリア達が仲間全員を連れて来るのを待っている間に、ハジメは思い出したかのようにアルフレリックに問いかけた。

 

「実は俺の仲間がもう1人いるんだが、そいつがフェアベルゲンに入ろうとした時、あの警備隊長が止めてきやがった。『お前を入れるわけにはいかない』ってな」

「なに? それはすまない。警備の方にはすぐに通すよう伝えよう」

「いいや、そこはあいつも納得してるから必要ない。こっちの用事も終わったしな」

「しかしだな。恩人の仲間に対して無礼な対応を取ったとあれば、長老として示しがつかん。せめて謝罪くらいはさせてくれ」

 

 それはフェアベルゲンの入口に置いてきた仁のこと。詳しい詳細を知らず、警備の人間が国の恩人に失礼な態度を取ったという情報だけを知ったアルフレリックは長老としての威厳を保つため、伝令を送ろうと近くにいた亜人を呼び寄せる。

 

「――それが、"魔人ブウ"だとしてもか?」

「なっ!? お前さん、一体どこでその名を……」

 

 だがハジメの言葉を聞いた瞬間、アルフレリックは目を見開いて驚愕の表情を浮かべ、その行動を中断する。そしてアルフレリックの反応に、ハジメはある確信を得た。

 

「その反応だと。やっぱ魔人ブウについては知ってたみたいだな」

 

 かつての時代では、その名を知らぬ者はいないとまで言われていた魔人ブウだったが、現代ではその名を聞くことはほとんどない。ハジメもオスカー・オルクスの住処の日記を読むまでその存在すら知らなかったことがその証拠だ。

 

 だが仁に刃を向けたギルの言葉は、長老達がブウの存在を認知していることを匂わせていた。そこでハジメはこの話題を切り出すことによってアルフレリックの反応を観察していたのだ。

 

 そんなハジメの見透かすような視線を向けられたアルフレリックは一瞬その瞳に焦りの感情を漏らすも、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐いていつものポーカーフェイスを取り戻す。

 

「なるほど……お前さんは資格者。その名を知っていても不思議ではないか。ああ、確かに私はブウという名の魔人を知っている。知識のみだがな。それで南雲ハジメ、何が聞きたい」

 

 アルフレリックは強い意志の籠った視線をぶつけるも、ハジメがこの程度で怯むはずがない。

 

「全部だ。フェアベルゲンと魔人ブウの関係性を全て教えろ。俺にとってはどうでもいいことだが、あいつも自分の体についてよく分かってないみたいだからな。土産話くらいは持って帰ってやった方が喜ぶだろ」

「ははっ、お前さんは相変わらずだな……」

 

 以前と変わらず傲岸不遜なハジメの物言いにアルフレリックは怒るどころか、むしろ笑みを浮かべた。彼にとって実物を目にしたことのないブウよりも、その恐ろしさを実感させられたハジメの方が脅威度が上なのだろう。あのブウのことをまるで友人のように語るハジメに思わず安心してしまっていた。

 

「よかろう。お前さん達も先を急いでいるようだし、ひとまずは手短に話そう」

 

 そう言うとアルフレリックは椅子から立ち上がり、ハジメ達に背を向けて語り出す。

 

「お前さんがかつてフェアベルゲンに来た際、長老の座へ就いた者に伝えられる口伝のことは説明しただろう? その口伝の一つに、"不死の魔人Bと厄災の化身Gに手を出してはならない"というものがある」

「G? ……ゴキb」

「ハジメ君、今は真面目に聞こうよ。質問したのはハジメ君なんだから」

「口伝にはそれのみしか伝わっていないが、不死の魔人Bが魔人ブウと呼ばれる薄紅色の肌をした魔人だとは、リューティリス・ハルツィナの言い伝えから分かっていた。そして魔人ブウが亜人族へ与えた悲劇も……――」

 

 かつて、ファベルゲンという国が生まれるよりもずっと昔、亜人族には絶滅寸前まで追い込まれたという過去があった。それは病でも災害でもない。たった一体の魔人の癇癪によって引き起こされた種の危機。

 

 その元凶となった魔人こそ、ブウだった。

 

 "自分をカッコいいと言わなかった"。たったそれだけの理由で、亜人族は暮らしていた場所を破壊され、おやつにされ食べられ、遊び感覚で大勢が殺された。もしブウに"飽き"が来るのがもう少し遅ければ、今頃この地域に住んでいた亜人族は樹海ごとこの世界から消滅していただろう。

 

 その悲劇を歴史に刻むため、この地に住んでいた亜人の一族は延々とその恐怖と『魔人ブウとは関わってはならない』という教訓を伝えてきたのだ。だが時代が進むにつれ、姿を見せなくなった魔人の存在は薄れていった。

 

 それでも亜人達にとってブウの恐怖は強く、長年の時が経過した今でさえ、多少の脚色が加わったとはいえ長老と一部の側近にはその口伝は受け継がれていた。

 

 ギルにその歴史の真相を語らず、薄紅色の魔人をフェアベルゲンに入れてはいけないと告げたのは、この悲惨な歴史を亜人族全体で共有できるものではないが、それでも万が一のことを警戒してのことらしい。ただアルフレリックの方も実際にこの口伝が効果を発揮する日が来るとは思わなかったようだが。

 

「それであの野郎は理由もあやふやなまま仁を警戒してたってことか……」

 

 アルフレリックの説明により、仁を受け入れない理由が判明しハジメは納得する。対して、アルフレリックの方は意外にもハジメがすんなりと受け入れたことに驚いていたが、そこを指摘して機嫌を悪くされても困るため敢えて口にすることはなかった。

 

「すまぬがこちらにもそういう事情がある。もし本当にお前さんがあの魔人ブウを手懐けていたのだとしても、奴をフェアベルゲンに入れるわけにはいかない。悪いが先程の話は聞かなかったことにして欲しい。口伝ということもあるが、この国を守る者としてそこを譲るわけにはいかんのだ」

「手懐けた? いや、説明もめんどくさいからいいか。……さっきも言ったが、そこに関しては別に構わねぇよ。あいつが納得してることに俺が横から口を出すつもりはない。あいつもこのぐらいの障害は想定してるはずだ」

 

 なにやらアルフレリックが勘違いしていることは気にしないことにして、ハジメはわざわざこの場でそれを攻めるつもりはなかった。別に死ねと言われたわけではないし、仁も納得している。ここでハジメが異議を申し出すのは非常にみっともないからだ。

 

 ただハジメや仁がよくとも、亜人族側に問題がある可能性も十分ありえる。

 

「あいつは俺よりも甘いが、だからといって調子に乗ったりするなよ。俺自身あいつの沸点がどこにあるかは分からない。死にたくないなら友好的な関係を築くか、関わらないことだな。知らない内にお前の同胞があいつに喧嘩売ってフェアベルゲンが消えても困るだろ?」

「それは……勿論同胞達には手を出さぬよう伝えておくつもりだが、やはり魔人ブウもお前さんと同じようなタイプなのか?」

「んなわけないだろ。俺はあいつと違って常識がある」

 

 『一体どの口が……』とハジメの彼女達を除いた全員が引いた反応を見せ、空気が静まり返ったところで、ちょうどハウリア族の準備が整ったという連絡が届いた。ハジメの想定より時間はかかったものの、十分迅速な対応である。

 

 そして帝国出発の準備の終えたハジメ達は再びフェルニルを飛ばすため、アルフレリックとアルテナ達の見送りを受けながらフェアベルゲンの入口で待つ仁の元へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方そのころ、お留守番していた仁はといえば……

 

「レディ……ファイト!!」

 

 ボキッ!

 

「ぐあぁああ!! 腕が折れたぁあ!!」

「いやちょっとしか折れてないだろ? ほらよ、"回復の術"。さて、これでオレの6連勝。次の命知らずはどいつだ。ハジメ達が帰ってくるまでだがオレは何度だって相手になるぞ」

「クソッ! 前回のフェアベルゲン腕相撲大会準優勝のナガさんが負けちまった。今回こそは勝てると思ったのによぉ!」

「強すぎるだろ! さっきから全部一瞬で試合が終わってるぞ!」

「へぇ、小娘。ナガに勝ったのか」

「あ、あなたは!!」

「初代腕相撲大会優勝者のギンさん!」

「まったく騒がしいと思って来てみたらこんな面白いことやってるなんてよ。俺も混ぜろや」

「次はアンタが相手かおっさん。いいぜ相手になってやるよ。あとオレは小娘じゃなくて小僧の方だな」

「おいおい、今度こそ勝てるんじゃねぇのか!」

「いや、あのピンクはさっきの試合も手加減してやがった。この試合、分からねぇぞ」

「いいぞー! どっちもやっちまえー!」

 

 共にフェアベルゲンの入口で待機していた警備の亜人族達と何故か意気投合して腕相撲に盛り上がっていたのであった。




ハウリア族
シアの家族である首斬りバニー集団。
気配を消せて、武器の扱いが上手く、素早くて怖い。それに加えて猟奇的という殺人鬼適正が揃ったヤバめの兎人族。この作品では野生の本能で"気"を僅かながらに感知できているという設定が追加された。仁が鍛えれば恐らく気のコントロールも可能。
他の種族よりも気という概念に触れられるも、それ相応の強さを持っていなかったことから仁の邪悪な気にあてられ"目の前の魔人絶対に殺す状態"になってしまうという欠点が露わとなった。シアは十分な強さを持つため例外。
Q. 海人族のあの子達はどうして仁にビビってなかったの?
A. 弱すぎて仁の邪悪な気を感じ取れないから

アルテナ・ハイピスト
フェアベルゲンの長老であるアルフレリックの孫娘。
原作では最終的にただのドMと化す変態女だが、あまりにも憐れかつ無意味であったため仁に手錠や足枷をぶっ壊させて、フラグをへし折っていただいた。サブヒロインと言っていいのかすら分からないし、何故彼女がドMにならなければいけなかったのだろう。劣化版のティオにしか思えない。

アルフレリック・ハイピスト
フェアベルゲンの長老にして、亜人族に存在する話の分かる者の一人。
恐らく原作では相当まともな部類に入る亜人族。だが同胞からの批判があってもハジメ達を受け入れたり、下手に出した提案もハジメに否定されるというかなりの苦労人でもある。
本人は滅茶苦茶国のことを想い、その上で長老としての責務を全うしようとしているのだが、ハジメが関わると毎回胃薬が必要となる。原作ではその上で孫娘がドМになるのだからもう同情してあげてもいいと思う。
憐れな被害者。
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