ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

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本来、この回で帝城制圧させるつもりだったんですが、ちょっと想定よりも長くなっちゃったので次回に回します。
あー……早く次章行きたい。絶対にリリアーナをハジメハーレムから外そうとした影響出てる。

あとサイヤの日(3月18日)とかそういう記念日に投稿してみたかった!


婚約パーティー

 帝城の大広間。そこでは現在、ハイリヒ王国王女リリアーナとヘルシャー帝国皇太子バイアスの婚約記念パーティーが開催されていた。

 

 広々とした会場に豪華絢爛な装飾の数々。立食形式のパーティーであり、純白のテーブルクロスが敷かれたテーブルの上には何百種類もの趣向を凝らした料理やスイーツ。さらには帝国にしては礼儀作法を弁えた熟練の給仕達も揃っており、パーティーとしての質を問うのならば、一流と断言してよいだろう。

 

 そして一流パーティーの参加者も、当然一流に決まっている。会場にいる者全員が帝国のお偉方であり、煌びやかな衣装に身を包んだ国中の文官と武官が今日此処に集結していた。

 

 そんな帝国貴族達に紛れて、パーティー会場には一風変わった雰囲気を醸し出す者達がいた。

 

「ク、ククッ……おい仁、お前それマジでやめろ。笑い死ぬって、ぶふっ!」

「おう、言いたい事があるんならはっきり言えよ。『似合わない』ってな」

「いや違う。そうじゃない、ぷっ! ひひ、似合ってるから余計に面白くて……くふっ!」

 

 ハジメ達だ。立場的には"神の使徒"にして"勇者一行"である光輝達は世間から【オルクス大迷宮】の攻略階層を破竹の勢いで更新した強者として高い知名度を持つ。それは"強さ"を基準に人を見る武官達からしてみれば何とも興味のそそる存在であった。

 

 そのためパーティーが始まってそう時間も経たずに、ハジメ達が武官達から積極的に声をかけられるという展開に至ったのは想像に難くない。

 

 そこには勿論、あわよくば個人的な繋がりを持ちたいという下心もあったが、それ以上にハジメの傍を離れない美女達に強い興味を持ってる者がほとんど。リーダー感を醸し出すハジメに話しかけながらも、チラチラと背後に控えるユエ達に視線を向けているのがバレバレである。

 

 下心見え見えの武官達に対して、ハジメは『ユエ達に指一本でも触れたら殺すぞゴラァ!』という殺気を裏に隠して笑顔で対抗する。互いに一歩も退くことのない究極的に下らない時間が続く。とはいえ、ハジメも本来の目的を忘れてはいない。念話で送られてくるハウリア達の報告には常に耳を傾けていた。

 

 だがその均衡も、リリアーナの少し後に会場にやってきた仁によって終わりを告げる。

 

 リリアーナの――というかこれから夫婦になる主役の登場もある意味衝撃的ではあったものの、ハジメは仁の登場にそれを優に超える衝撃を受けた。あのハジメが驚きのあまり、「ブフォ!?」口にしていた物を吹き出したのだ。相当である。

 

「ぜぇ、ぜぇ……ちょっと待ってお腹痛い! 仁君どうしたのそのかっこ――ブーッ!? だから笑わせるの止めてってば!!」

「シ、シズシズ、風磨君が、風磨君が女の子になってる、ぷぷぷっ!」

「す、鈴、笑っちゃだめよ……くふっ……仁はあれで真剣なん……だから、ふ、ふふっ」

「八重樫も谷口も白崎も……言いたいことがあるんならコソコソしてないで正面から言え、な? オレが拳で会話してやるからよ」

 

 仁の登場に衝撃を受けたのはなにもハジメだけではない。鈴や雫、ユエ達でさえその姿を目にした瞬間口をポカンと開き、直後揃って吹き出した。

 

 それほどまで仁の登場が面白かったのかと言われれば、そういうことではない。むしろ登場シーンに関しては普通の方だった。ハジメ達が反応したのは仁の恰好……

 

 会場に入場してきた仁は――まさかのドレス姿だったのだ。

 

 肩口は露出しており、体のラインを目立たせないタイプであるため清楚さを強調するような黒薔薇の装飾で彩られたピンクのロングドレス。まるで貴族の令嬢が身に纏うような気品ある豪華なドレスを――何故か仁が着ていた。

 

 これを笑うなという方が無理だろう。風磨仁という存在を正しく認識していないパーティーの参加者や、それが仁だと気づけなかった光輝と龍太郎は顔を赤らめて見惚れていたものの、仁が男だと知ってるメンバーからしてみれば、ただの高レベルな女装に過ぎない。

 

 これがただの恥ずかしい恰好なだけであればハジメ達のダメージもまだ少なかったが、仁はその容姿も相まって無駄に似合っていた。

 

 ティオのような激しいボディラインとは対照的にその肉体は引き締まっており、色気こそなかったものの、無駄な肉の一切ないその肉体は男女問わず参加者達の視線を釘付けにした。加えてガハルドやバイアスですら魅了したその容姿は女ですら嫉妬に心を燃やす。

 

「ぷ、ぷぷ……あ、安心していいですよ。似合ってます…か……あはははは! やっぱ我慢とか無理です! 何ですかそれ!」

「……フッ、完全に乙女」

「こ、これは、なんとも可憐な……ク、ククク。悪い、妾もこれはダメじゃ」

「おまえらなあ……オレだって好きでこんな格好してるわけじゃ……クソ、これも全部あの姫様のせいだ」

 

 そんなわけで、現在進行形で仁はハジメ達に笑いものにされていたのである。中には笑いを堪えるつもりがない者や嘲笑うような笑みを浮かべる者もいて仁のテンションは見るからに下がり始めていた。

 

「はあ、はあ……ふうっ、やっと収まった。で、なんでそんな笑える恰好してんだよ。仁がレイプされそうになってる姫さんを助けたとこまでは見てたがよ……その後何やらかした?」

 

 ハジメのリリアーナがレイプされそうになったというセリフに雫と香織が笑みを消してギョッとした反応を見せるも、2人は特に気にした様子もなく話を続ける。

 

「なんだ見てたのか……ああ、あの後ちょっと話してたら思ったより時間食ったんでな。着替えに行くのも面倒だったから持ってる服で済ませようとしたんだ。でも……なんか姫様からキラッキラした目でこの服を渡されて……」

「なるほど、それを断りきれなかった結果、そうなったと……ぶふっ」

「おいコラ」

 

 リリアーナを助け、『破滅の巫女』の話を聞いた後、仁は以前ウルの町にあるクリスタベル(服屋の乙女())の店で購入した服を着てパーティーに参加するつもりでいた。しかしそこで、待ったをかけたのがリリアーナだ。

 

 仁は顔だけ見ればユエにも引けを取らない美人であり、その上リリアーナからしてみれば愛読書に登場する主人公(推し)のそっくりさんでもある。そんな相手が目の前にいるのだ。とある欲望が心の内から漏れても仕方ない。

 

 そう、可愛い娘に自分好みの服を着せたいという浅はかな欲望が。

 

 その思考回路は、ゲームのキャラメイクに力を入れるオタクに近いだろう。変な方向にやる気を見せたリリアーナに、最初は心底嫌がっていた仁も根負けしてしまった。ちなみに、仁が何故か慣れた仕草でドレスに着替えていたことに関しては触れない方がよいだろう。

 

「ああもう、こんなことになるんならさっさと逃げておくんだった。クソ、何が『傷心してる女の子を一人になんかしないですよね?』だ。上手く時間稼ぎやがって。あの姫様絶対最初からオレを着せ替え人形にして遊ぶつもりだっただろ」

 

 ブツブツと小さく文句を溢す仁とは対照的に、ハジメ達は腹を抱えて再度盛り上がり始める。

 

 そんなこんなで、それから仁はしばらくの間ハジメ達に揶揄われ続けるという羞恥の時間を過ごしたわけなのだが、やがて"慣れ"という究極的な力によってそれも終息する。そして落ち着きを取り戻したハジメは急に真面目な顔で本題を切り出した。

 

「そういやお前、皇太子になんかしたのか?」

 

 それはパーティーの主役の一人、バイアス皇太子についてだった。ハジメにとってバイアスはさほど重要な人間じゃない。死のうと生きようと、名前を覚える価値すらないどうでもいい存在。だからこそ、リリアーナが襲われている場面を蜘蛛型のアーティファクト越しで目撃するまでその存在すら忘れていた。

 

 そんな塵程にも興味がなかった存在であるが、リリアーナと共に入場したバイアスの姿にはハジメも驚かされた。なぜなら、つい先程リリアーナを襲っていた時とはまるで別人のような姿へと変貌していたのだから。

 

 髪は全て抜け落ち、体中の筋肉が膨れ、皮膚の下からは血管が浮き出し、どこか息も荒く常時興奮状態のようにしか見えない。そして最も特徴的なのは、額に描かれる""のマーク。その容姿は誰が見ても異常だった。服装がバイアスの衣装で、隣にリリアーナがいなければ、きっと参加者達はそれが誰であるかすら判別できなかっただろう。

 

 親のガハルドですらその男がバイアスだとすぐには気づけなかったのが、以前との違いを強く物語っている。

 

 明らかに何らかの異変がバイアスの体に起きている。そして先程までバイアスと共にいたのはリリアーナと仁のみ。消去法で考えて、仁が何かやらかしたことは明らかだった。この程度でハウリア達の計画が破綻するとも思えないが、ハジメは念の為仁に問いただす。

 

「ん? ああ、洗脳した」

「……はぁ。そんなことだとは思ったが、せめて相談しろ」

 

 別に大したことでもないように告げてくる仁に呆れたハジメは目元を手で覆う。リリアーナを襲おうとしたところを仁に邪魔されたにも関わらず、当たり前のようにパーティーに参加している時点でバイアスが洗脳されているという予測はハジメの中ではある程度成り立っていた。

 

 仁が洗脳系の魔法を使えるなど聞いたことはないが、神代魔法すら見ただけで真似る仁である。別に不可能なことじゃない。ただ、そこには少しばかりの違和感もあった。

 

「あれが洗脳じゃと? 操られているというには随分と理性が残っておるように見えるが……。それに何故ああも姿が変わってるのじゃ。ただの洗脳であそこまでの変貌するとは思えぬぞ?」

 

 ハジメに変わって疑問を口にしたのはティオだ。過去に清水によって洗脳された経験があるティオからしてみれば、バイアスは異常でありつつも正気だった。その見た目こそ大きく変わっているが、パーティーの参加者と話し合いをしている所を見るに意思疎通は出来ているようだし、リリアーナとのダンスも特に問題なく踊れていた。

 

 それは洗脳されているにしてはあまりに理性的だ。違和感こそあれど、細かな指示がなくとも会話や動くことができるという点でみれば、恵理の扱う魂魄から対象の記憶や思考パターンを抜き取り遺体に付加する降霊術の"縛魂"に近いかもしれない。だがバイアスは生きているし、ティオには己の意思で動いているようにしか見えなかった。

 

 加えて、洗脳するだけならば姿が変わるのもおかしい。仁は『洗脳した』とだけ言ったが、それだけではないという確信がティオの中にはあった。

 

「そっか、まあそりゃあ分かるよな。いいよ、種明かししてやる」

 

 別に隠したいわけでもないから構わないと、仁はハジメ達に説明を始める。

 

「詳しい原理については省くが、オレの洗脳はティオの言ってるみたいにちょっと特殊でな。どっちかと言えば洗脳よりも暗示に近い」

「暗示……なんとなく違いは分かるが、具体的にどこが違うんだ?」

「簡単に言うと、肉体を操るか心を操るかの違いだな。清水とか中村が使ってたのが前者、オレのが後者だ。あの男の意識があるのもそれが関係しててな。今の奴にはオレに対する強い忠誠心を植え付けてある。それこそ、オレが命令すれば実の父親を殺しても構わないと思うくらい強力なやつをな」

 

 清水の洗脳は、対象の五感を闇魔法によって操ることで肉体の制御権を奪う。そのため、操られている際も意識ははっきりとしているし、まるでロボットのように与えられた命令以上のことはできない。本当の意味で生物を操り人形にしているだけなのだ。脳にも精神にも魂にだって干渉できてはいない。

 

 そんな清水の洗脳に対して、仁は肉体はそのままに心だけに干渉した。それがバイアスに未だ理性が残っている理由である。つまり、今のバイアスは仁に対する絶対的な忠誠心が付加されたことを除けば、元の状態となんら変化はないのだ。

 

 故に、元からあった野心や傲慢さも消えてはいない。バイアスの中には今すぐにでもリリアーナを襲って汚したいという薄汚い欲望もしっかり残っている。ただ、仁がそれを望んでいないから行動に移さないだけなのだ。

 

 命令を聞かなかったり、勝手に行動したりする危険性はあるものの、戦闘力の劣化がない忠実な部下を生み出す。それが仁の"魔術"による洗脳だった。

 

「ただこの洗脳、心の弱み――要するに邪心につけこんで操るタイプのやつだから。心の綺麗な善人とかには普通に弾かれるっぽいんだよな。だから多分、ハジメには効くけど白崎とかシアには効かないんじゃね」

「おい、誰が心が汚い悪人だって?」

「え、おまえ自分の心が綺麗だと本気で思ってるの?」

「……」

 

 なんとも言い返しずらい返しにハジメは口元を引き攣る。昔ならばともかく、今の自分が心優しい善良な人間と即答できる自信がなかったからだ。

 

「それとあいつの見た目についてだが……洗脳したついでに潜在能力を限界超えるレベルで無理矢理引き出したら副作用でなんかああなった。ちょっと強引に強くしたせいか、体の方に負担がきてるっぽいし、間違いなく寿命は縮んでるな」

「うっわ……いちいちやることがえげつねぇ」

「今更そんなこと気にするタイプかおまえ。どうせあの男を生かす予定はないんだろ。だったら有効活用してやれ。一応ハジメの命令にも従うように言ってあるから、好きなだけ使い潰せばいい。――そうだな。ハウリア達(おまえの部下)にも伝えとけよ。せっかく駒を手に入れたのに活躍場面もなく死んだんじゃ勿体ない」

「安心しろ、さっきから"念話"を通してこの話は聞かせてある。"了解"……だってよ」

「わお、返事が早い。これでハジメみたいな性格じゃなかったらオレの部下に欲しいくらいだ」

「一緒にするな。あいつらのアレは突然変異だ」

 

 こうしてバイアスが変貌した件についての話は終わり、仁とハジメがもうすぐ開始するであろう計画について話を移そうとしたその時だった。2人は少し離れた場所から近づいてくる人影を見つける。

 

「あー……なんの用だ。姫様」

 

 それはリリアーナだった。

 

 雰囲気から真剣そうな様子を悟り、仁は問う。内心にある『よくもこんな服を着せやがったな!』という怒りを押し殺しながら。そんな内心不満タラタラな仁にリリアーナは更に近づいてから静かに手を伸ばしていく。

 

「風磨仁様、一曲踊って頂けませんか?」

 

 まさかのダンスのお誘いだった。

 

 予想外の誘いに仁は呆気に取られるも、それが単に踊りたいだけでなく別の理由も混じっていることを察し、どうするべきかと頭をカリカリと掻いて思案する。

 

「随分といきなりなお誘いだな。形だけとはいえ主役だろ。パートナーと離れていいのか? というか、オレはダンスなんかよりもこのドレスについて不満が山ほどあるんだが?」

「あら、似合ってるではありませんか。可愛いですよ」

「ふっ……ぶっ殺すぞテメェ。っていうかマジで皇太子(あのハゲ)は放っておいていいのかよ」

「挨拶回りなら大体終わりましたし、今は、パーティーを楽しむ時間ですよ。もともと、何曲かは他の人と踊るものです。それに皇太子様も『俺なんかと踊ってる暇があったら仁様を楽しませろ』と言っていましたしね」

「え、あいつが? マジ……思ったより洗脳効果強いな」

「ふふ。それより、そろそろ手を取って頂きたいのですが……踊っては頂けないのですか?」

 

 補足しておくと、仁は会場に入場してからというもの何度も踊りに誘われていた。ただその相手は……まあ案の定のオール男。当然その誘いを仁が受けるはずもなく、愚かな男達は爽やかな殺気を至近距離で浴び、膝をガクガクさせながらトイレへと駆け込んでいった。加えて、ユエ達に近づこうとする男連中もハジメの"威圧"によって追い払われており、今現在仁の近くにはハジメ達と雫、そしてリリアーナしかいない。

 

 光輝は、話の途中で半ば強引に淑女達に連れ出されて慣れないダンスを必死に踊り、龍太郎はひたすら食っている。鈴は、どこぞのダンディーなおっさんと「ほぇ~」と流されるままに踊っていた。

 

 相手が女の子であれば仁にも特に不満はない。しかもそれが可愛いタイプであるのなら尚更だ。リリアーナの誘いを断る理由はなかった。だがこの瞬間、仁の脳内に生まれた悪い妄想が仕事を始める。

 

 それはもしリリアーナと踊り、それを見た雫が悪い印象を抱いてしまったらという可能性。リリアーナと雫は異世界にて出来た新たな親友のような関係性。つまり、もし仁がリリアーナと踊ってしまえば、雫は『幼馴染が年下の親友に迫ってた』みたいな勘違いを起こすかもしれない。

 

 『それはいけない』と、純愛主義者でもある仁はまだ恋人関係でもないくせに浮気がどうとか面倒なことに頭を悩ませはじめる。一応仁もこれが初めてのダンスパーティーなのだ。若い悩みだと多めに見てやって欲しい。

 

 返答を渋る仁に、いつの間にか隣にいた雫はどうせ下らないことで悩んでいるのだろうと、ため息を吐く。

 

「仁、早く手を取ってあげなさい。リリィに恥かかせる気?」

「……。あの、いや、えー……八重樫は、オレが姫様と踊っても気にしない感じ?」

「……? 何言ってるの? 2人が踊るのに私は関係ないでしょ」

「うぐっ……分かったよ。この鈍感がッ

 

 パーティーで真っ先に本命の女以外と踊るのは浮気(付き合っていません)。そう思い込んでいる仁は、雫に相変わらず自分が恋愛対象として見られていない事実を突きつけられ深いダメージを負う。謁見での件もあって相当傷は深そうだ。

 

 悩みの元凶からOKサインを貰ってしまえば、もう仁にもリリアーナの誘いを拒絶することは難しい。

 

「さて、こんな人外でよければ喜んでお相手しますよ。お姫様」

 

 注目を集めていることもあってか、何故か仁はスカートを摘まみ上げ、洗練された淑女のような礼を取ると、リリアーナの手を取ってダンスホールの中央に導いた。

 

「……本当に女の子じゃないんですよね?」

 

 対して、自分よりも貴族っぽい動きでエスコートされたリリアーナは相手が男であることを思い出し、口元を滅茶苦茶引き攣らせていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ゆったりした曲調の旋律が流れ始める。ゆらりゆらゆらと優雅に体を揺らしながら密着するリリアーナと仁。仁の肩口に顔を寄せながらリリアーナがそっと囁くように話しかけた。

 

「……先程は有難うございました」

「やっぱ用件はそれか。別にいいって。礼ならさっき何回も貰ったろ」

「何度だって言いたいんですよ。風磨さんにとっては大したことじゃなくても、私にとっては人生で1番2番を競うくらいに嬉しかったんです」

「そんなもんか?」

「そんなもんです。香織が南雲さんに助けられた時の話を聞いてから、少し憧れてたんです。いつか誰かが、私を姫ではなく一人の女の子として助けてくれることを」

 

 そう言って、リリアーナは仁の肩口から少し顔を離すと言葉通り嬉しそうな微笑みを浮かべた。その笑顔は、皇太子の婚約者の顔でも、ハイリヒ王国の姫の顔でもない。リリアーナという一人の女の子の純粋な笑み。意図せずに見せたその表情に、注目していた周囲の帝国貴族達が僅かに騒めいた。

 

「それはまた、夢に溢れた夢だな」

「ええ、そうですね。でも、貴方はそんな都合の良い夢を叶えてくれました。その上このようなドレスを無理矢理着させるだなんて、風磨さんは見かけによらず独占欲の強い方なんですね」

「うん? えーと、もしかしてオレの渡したドレスってなんかマズかった?」

 

 本来パーティーに着ていくはずだったドレスを破かれたリリアーナに、仁は完全に自分のセンスに任せて漆黒のドレスを渡した。だが、リリアーナの容姿や婚約パーティーという趣旨を考えれば、もっと明るい色のドレスの方が相応しかっただろう。これではまるで、『義務としてここにいます』と宣言しているようなものだ。

 

 ただし、花嫁が黒のドレスを着ること自体には別の意味も存在する。それは『あなた以外には染まりません』という結婚に向けた花嫁の決意表明だ。それを逆に考えれば、男から花嫁に黒のドレスを渡すことは『自分以外には染まるな』という受け捉え方も可能となってしまう。

 

 当然、仁にそんなロマンチックな知識があるわけがない。単純にカッコいいからという厨二心だけでドレスを選んだだけ。しかし、仁が黒のドレスを渡し、リリアーナが受け取ったという事実は既に出来上がってしまった。つまり見方を変えることで、仁がリリアーナにプロポーズしたという拡大解釈も出来てしまうということだ。まあ、これは少しこじつけが過ぎるだろうけど。

 

「あんなあられもない姿を見られて……あぁ、これはもう風磨さんに責任を取っていただく他ありません」

「はえ? いや、小声とはいえ何言ってんのおまえ? というか、さっきから近すぎない? ほら、あの皇太子(ハゲ)もすんごい形相でこっち見て……いや、なんだあれ。すげぇ温かい目してる」

「いいじゃないですか。今夜が終われば私は皇太子妃です。今くらい、女の子で居させて下さい。それとも、近いうちに暴行……はないにしても、愛人達に苛められる哀れな姫の些細なわがままも聞いてくれないのですか?」

 

 見え見えのウソ泣きを見せるリリアーナ。だがその全てが偽りではない。すぐに表情からそれを見極めた仁は、ふざけた様子もなく告げる。

 

「……それが、おまえの望みか?」

「っ……」

 

 真剣な表情でそう問う仁に、リリアーナは口を引き締めて一度ギュッと抱きつく。これまでの会話で仁はなんとなく察していた。リリアーナが何を望んでいるのか、何をして欲しいのかを。そしてそれを可能とするだけの実力が自分にはあるということも。

 

「はぁ……回りくどいことしないではっきり言え。姫様、あんたはどうして欲しい」

 

 それでも敢えて自分からは口に出さず、リリアーナから言わせようとする。風磨仁は助けを求める者を見捨てない。だが助けを求めようともしないで、自分が我慢すればいいなどと考えてる者を無理に助けようとする程お人好しでもない。

 

 つまり、全てはリリアーナの勇気次第だった。

 

 表情を隠したリリアーナは一度大きく深呼吸してみせると、涙を流し、絞り出したかのような震えた声音で呟いた。

 

「っ……"助けて"、ください。私も、普通みたいに、好きな人と結婚したい……」

 

 リリアーナ自身、こんなことを言うつもりはなかった。帝国の皇子との婚姻関係の締結は今後の為にやらねばならないこと。両国が魔物と魔人族の襲撃によりダメージを負い、聖教教会総本山が消滅して不安定になっている北大陸の人々を安心させるために見て分かる形で人間族の結束の強さを示さなければならないのだ。王族の一員として、果たさねばならない役目なのだ。たとえ、尊厳すら奪われかねない辛い結婚生活が待っていたとしても。

 

 それでも、リリアーナは分かってしまった。自分の本心がそれを望んでいないことを。そして知ってしまった。声も届かず誰の助けも期待できない状況であっても、仁は救いの手を差し伸べてくれることを。だからこそそれは、王女としては絶対にしてはいけない我が儘だった。

 

 それほどまでの覚悟を崩してまで溢した望みだったからだろう。仁の返答にリリアーナは足元が崩れ去ったのかと思える程の衝撃を受ける。

 

「うーん……無理」

「えっ……」

 

 目の前が真っ白に染まり、膝がガクガクと震え出す。リリアーナはもう踊りどころではなかった。それが普通の反応であると分かっていながらも、仁ならばきっと助けてくれると思い込んでいたから。自分のことも、王国のことも、纏めてなんとかしてくれるという甘過ぎた考えを抱いてしまったから。

 

「は、はは……そう、ですよね」

 

 乾いた笑みを溢し、リリアーナは仁から離れようとする。これ以上一緒にいてしまえば"期待"してしまう。それが分かっていたから。これが普通、当たり前の反応であると自分に言い聞かせ、繋いだ手を離す。

 

 だが離れた手はまたすぐに繋がった。

 

「おいおい、勘違いするなよ。オレが助けられないってだけで、誰もおまえを助けないとは言ってないだろ。断言してやるよ姫様、おまえは必ず救われる」

「……はい?」

「オレが助けるまでもなく、助かっちまうってことさ。今夜のメインはオレじゃない。オレがやることと言えば、せいぜいあいつらの作戦に便乗して、王国のお姫様の婚約をぶち壊すぐらいだしな」

 

 目を点にして思わず顔を上げるリリアーナに、仁はニッと口元を吊り上げる。その仕草はやはりどこか女の子っぽい。

 

 冷めた体に再び熱が籠る。きっと自分の顔は真っ赤になっているのだろうという確信が今のリリアーナにはあった。そして同時に押し寄せる嫌な予感。絶対になんかヤバいことが起こると頬を緩ませながらも引き攣るリリアーナの頭に仁はポンッと手を置く。

 

「よく頑張ったな。後はオレ達に任せとけ」

 

 勇気を出して助けを求めたリリアーナに対する賞賛。その言葉にリリアーナの瞳からは今度は別の理由で涙が溢れ出した。王国が魔人族と魔物の襲撃により小さくないダメージを負い、両親は殺され、国の運命はまだ14歳であるリリアーナに背負わされた。それはあまりにも大きな重荷だ。

 

 リリアーナは頑張った。親を失った悲しみを押し殺し、国を守れなかった王族への批判を一身に受け、まだ幼い弟の前でいつも通り気丈に振る舞い、無茶を承知で他人の力を借りて、嫌だった結婚も受け入れた。ハジメや仁よりも年下の少女が、自分の欲を一切捨てて国のために頑張り続けたのだ。

 

 だから嬉しかった。仁にその努力を認められ、自分の我が儘を聞いてもらえると安心したリリアーナの体から一気に力が抜ける。「おっと……」と、仁に支えられたことで自分が倒れそうになっていたことに気づいたリリアーナは気合いを入れなおし、ダンスを再開する。

 

「はい……私、頑張ってますよね……」

「ああ、まだ社会人にもなってないオレでもヤバいと思えるレベルのブラック具合だ。もうちょっと自分のこと優先しとけ」

「そう、ですよね。私、頑張ってますもんね。少しくらい我が儘言ってもいいですよね」

「だな。じゃんじゃん言っちゃえ。おまえはお姫様だからな。周りを困らせるぐらい我が儘言っても許されるぞ」

 

 涙を流したまま、リリアーナは笑顔で仁を見つめる。仁もそんなリリアーナの顔を穏やかな笑顔で見つめ返しながら踊り続ける。そんな2人の周囲には、仁の服装も相まって百合の花が舞ったかのような幻覚を周囲の者達は見た。曲はいよいよ終盤。リリアーナは涙を拭いて「ふぅ~」と息を吐くと、体を仁に預けて、ただ今この瞬間のダンスを楽しむことにした。

 

 そして、余韻をたっぷり残して曲が終わり、どこか名残惜しげに体を離したリリアーナは、繋いだ手を離さずに少しの間、ジッと仁を見つめると零れ落ちたかのような声音で呟く。

 

「風磨さん。もう一つ、我が儘言っていいですか?」

「おう。……あ、いや、やっぱ服関係のはNGで」

「え……ふふっ、大丈夫ですよ。もう満足してますから」

「それはそれでなんか嫌だな。まあいい、それで何がお望みだ?」

「私のこと、リリィって呼んでください。私も貴方のことを名前で呼びますから」

「おっと、思春期男子にとっては最強クラスの勘違いイベントだな。でも、それぐらいなら安いお願いか。じゃあ――」

 

 繋がれていた手が離れ、2人の顔には一切の濁りもない純粋な笑みが浮かぶ。

 

「案外楽しかったぜ。()()()

「こちらこそ、ありがとうございます。()()()

 

 そして、僅かな間のあと、この日一番の盛大な拍手が送られた。そこには一切の下心はなく、ただ純粋に称賛の気持ちがあらわれていたことだろう。

 

 

 

 

 

 

 そして数分後、会場からは全ての光が消え、闇に呑み込まれる。

 

 帝国の終わりを告げるカウントダウンが、ついに始まった。




風磨仁
人生で初めてドレス着た男子高校生。
リリアーナとの長話の結果、パーティーの参加に遅れる。その上半強制的にリリアーナにドレスを着せられた。本人的にはかなり小恥ずかしく、黒歴史入りすることは確定。恥ずかしさを誤魔化すため、稀に女性っぽい動作で気を紛らわせることがあるとか(何故?)。
原作でのハジメポジションを奪い、リリアーナとのダンスシーン。露骨にユエ大好きアピールするハジメより中途半端にリリアーナを思いやる仁の方が多分酷い。なお、リリアーナに対して恋愛感情は抱いていない。彼は一途なのであった。
リリアーナのことをリリィと呼ぶようになった。

リリアーナ
完璧なまでにハジメサブヒロインフラグをブチ折られたお姫様。
本来なら、ハジメに助けられ、ここでダンスを踊ることでサブヒロインルートに突入するのだが、仁が助けちゃったせい運命が狂った。まあどっちにしろ正ヒロインにはなれない。
14歳で国の命運任されるという重すぎる荷物を背負ったことで、精神的に脆くなり、ちょっと優しくされた相手に強く依存するようになる性格。つまりはチョロイン。
今回の件で確実に仁を異性として意識するようになる。というか普通に惚れた。ハーレムルートになるか失恋ルートに入るかはまだ未定。
仁の事を名前呼びするようになった。

八重樫雫
仁とリリアーナのダンスを見て内心ジェラってた女子。
無意識の内に、リリアーナに対してちょっとした嫉妬心のようなものを感じ始めている。もう少しで自分の気持ちにも気づく……かもしれない。
というかおまえらさっさとくっつけ。そろそろ鈍感って言い訳も厳しくなってきた。
作者が嫌いなラブコメキャラは明らかなアピールに気づけない鈍感男です。

バイアス皇太子
なんか禿げた王子。
多分ストレスとか色々あったんだと思う。洗脳された奴はまず髪が白くなってから禿げる。これは常識。
仁によって戦闘力が底上げされているため、その実力は以前とは比べ物にならないレベルで高い。舞空術も使えるし、エネルギー弾も撃てる。多分首がグルって180度くらい曲がっても気合いで戻す。洗脳ってそういうもん。
無理矢理強くさせられたため、寿命は確実に縮んでいるが仁は使い潰す気満々であるためどちらにしろ長くは生きられない。
洗脳されているとはいえ、あくまで仁に対する忠誠心を植え付けられただけであることから、今でもリリアーナを汚したいと思っているし、仁に異性としての目線を向けている。ただそれよりも与えられた命令を優先する性格になっているため、基本は逆うことがない。逆らう時は本当に殺されそうになった時ぐらいだろう。
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