首が飛び、悲鳴が上がる。手足の健が切り裂かれ、悲鳴が上がる。舌を裂かれ、悲鳴が上がる。
つい先程まで古風的でありながらも芸術的な音楽が響き渡り、多くの帝国貴族達による楽し気な話声で湧いていたパーティー会場は、絶え間ない悲鳴が響き続ける地獄へと変貌していた。
〇
ハウリア族の帝城制圧作戦は順調だった。
パーティー会場を照らす光を全て奪い、暗闇という圧倒的有利なフィールドを強制的に作り出した。加えて戦力的に厄介になりそうであった武官達の首を刎ね、それ以外の者達も手足の健を切り裂いて身動きを封じた。何一つとしてミスはない。このまま予定通りに帝城の制圧は完了するという確信が、オレとハジメの中には確かにあった。
ただ一つだけ。想定外があったとするならば……皇帝ガハルドがオレ達が思ったより強かったことだろう。
別に舐めてたわけじゃない。あんな性格でも実力主義を掲げる軍事国家のトップ。一筋縄ではいかないだろうとは思ってた。それを踏まえた上で、今のハウリア達であれば大丈夫だとオレもハジメも判断したからGOサインを出したのだ。だがその想定が甘かった。
ハウリア達は複数で、ガハルドは1人。しかも暗闇から不意を突いた急所攻撃という、反則染みた戦い方を繰り返している。普通の人間であれば防御どころか攻撃された事にすら気づかずその生涯を終えただろう。そんな人数的にも環境的にも不利な状況にあるというのに、ガハルドはハウリア達と互角以上に渡り合っていた。
「ククク、心地いい殺気を放つじゃねぇか! なぁ、ハウリアぁ!」
四方八方からヒット&アウェイを基本とした絶技と言っても過言じゃないレベルの連携攻撃にガハルドは独特の剣術で対抗しつつ楽しげに叫ぶ。どうやら、こっちの正体はもうバレてるらしい。
とはいえ、それだけで戦況が覆るはずもない。『勝負は戦う前から決まってる』という言葉があるように、既にハウリア達の勝利は確定していた。なぜなら、とっくにガハルドの周囲には魔物用の麻痺毒が散布されているからだ。
いくらガハルドが人間にしては強力な力を持つとはいえ、普通の人間である以上毒の無効化は不可能。精々効き目が遅くなる程度のものだろう。そして既にガハルドの肉体には麻痺毒が回り始めている。後はもう時間の問題でしかない。つまり、ガハルドがどれだけ頑張っても敗北は避けられないってわけだ。
だが一つだけ懸念点を上げるとするなら、毒の効果が表れるまでにハウリア側にどれだけの被害が出てしまうか。
この作戦を実行に移す際、ハジメはハウリア達にある条件を提示した。
それは……誰一人として死者を出さないこと。
それを帝国の武人が聞けば、『命を捨てる覚悟がないとはなんと情けない』と嘲笑うことだろう。しかし奴らと違いハジメは生きたいという願望の強さを身をもって知っている。だからこそ、敢えてそう告げたのだろう。
それにハジメはその容赦のなさから非情だと思われがちだが、意外にも以前のような甘さも残ってはいる。確かに関わりのない他人に対しては酷い対応だが、対照的に情の湧いた相手にはなんか……こう……ちょっと面倒なツンデレみたいな感じになるのがその証拠だ。
そのため、純粋に情の湧いたハウリア達に死んで欲しくないという気持ちもその条件を提示した理由の一つに違いない。このことをハウリア達が知ってか知らずかはどうでもいいとして、彼らは確かにあの場で誰一人欠けずに帝国に勝利して見せると宣言して見せたのだ。
だがこのままガハルドが抵抗を続けていれば、麻痺毒の効果が表れるよりも先にハウリア側から1人や2人脱落者が出てもおかしくない。
「……ちょっとマズいな。ハジメ、次の手は?」
「俺にはない。ただ
「へぇ、そろそろ頃合いだとは思ってたがおまえも同意見か。いいぜ、指示はオレから伝える。タイミングは任せた」
「ああ……」
オレはこめかみを指先で2度叩くと、"念話"を発動してとある人物に言葉を送る。そして、未だハウリアの猛攻に抗う愚かな皇帝を見つめて小さく呟いた。
「さて、と。王である男が息子を殺せるか……見ものだな」
そんなオレの顔を、肉片でグルグル巻きにした状態で脇に抱えられていたリリィが真っ青な顔で見つめていたとか……。
〇
(おかしい……)
四方八方から迫る刃を聴力と殺気と勘を頼りに弾き続けるガハルドは、拭いきれない違和感を感じていた。
(初撃に比べて攻めが弱い。怖気づいた……はないな。何を企んでやがる)
ハウリアによる初手の奇襲は、ガハルドをもってしても防ぐことで精一杯だった。しかし今はどうだ。殺気そのものに変化はなくとも、明らかに攻撃の手が緩んでいる。それこそ、ガハルドにも反撃のチャンスが生まれてくるくらいには。
しかしこれを好機と捉えられる程ガハルドも能天気ではなかった。ここまでの完璧な奇襲を仕掛けてきた相手が、今になってあからさまな隙を見せるなどありえない。そこには何か理由があり、それは己を敗北へと導く決定的なものであるはず。
正体不明の不安感に襲われていたガハルドはどうしても攻めきれずにいた。
(大技を放つってわけでもなさそうだな。まるで時間を稼いで、
ハウリアが助けを求める助っ人としては2人ほど心当たりがある。南雲ハジメと風磨仁だ。謁見の際には『知らない』と即答していたが、あそこまで堂々と言い放てばむしろ怪しんでくれと言っているようなものだ。というか少なくともハウリアに武器を与えたのはハジメであると、ガハルドは確信していた。
はっきりと断言してしまえば、ハジメと仁、そのどちらかでも敵に回れば帝国は終わる。文字通り地図上から消えてなくなるという意味だ。そのため、2人の内どちらかの援護をハウリアが待っているのならこの戦いに勝ち目はない。
だがガハルドはその可能性は低いと見積もっていた。もはやハウリアとハジメ達に繋がりがあることが確定的であったとしても、2人がこの戦いに手を出すことはない。もしハジメと仁が全力でハウリアに手を貸したのだとすれば、もう既に戦いは終わってる。それをしないということは、少なくとも今すぐハジメ達が参戦してくることはないということ。だからこそ、ガハルドはただ全力で勝ちにいった。
「ッ――!」
「どうした皇帝。隙だらけだぞ」
「はっ、上等ぉ!」
冷静に思考を巡らせていたガハルドだったが、ハウリアの刃が頬に掠り、再び戦闘に思考を切り替える。とはいえ、現状が不利であることは変わらない。それは他の誰でもないガハルド自身が把握していた。
(クソッ、落ち着いて考える時間もくれねぇか。せめて
あと一手足りない。どうしようもない現状に苛立ちを抑えきれず、ガハルドの動きに粗さが見え始めたその時だった。ガハルドの背後から迫るハウリアの刃を、何者かが弾き、迫るハウリアを殴り飛ばした。
暗闇で視界が制限された中ではあったものの、背後にいるその人物が何者であるかはガハルドはすぐに理解した。
「おまっ――バイアスか?!」
「親父ィ、援護に来たぜぇ!」
ガハルドを守ったのは、息子のバイアスだった。婚約パーティーが始まる直前に大胆なイメチェンを行ったようで姿は見違えているが、仮にも親だ。ガハルドがバイアスを見間違えるはずがない。
バイアスは確かに人間にしては強力な力を持つ。しかしガハルドや熟練の武官達に比べればまだまだ未熟だ。だからこそ、まさかハウリアの襲撃に息子が無事でいるとは微塵も信じていなかったガハルドは目を見開いて驚愕する。
しかしそれは、ガハルドにとって良い意味での想定外。援護に駆け付けたということは、つまりはハウリア達の襲撃を退けたということ。息子の実力がそこまでではないと決めつけていたガハルドであったが、それを可能とする強さがあるのなら戦力として十分に
ガハルドは未だ闇に潜み姿を見せないハウリア達がいるであろう場所を見つめる。どういうわけか先程よりも更に攻撃が緩くなっている気がした。それを援護に来たバイアスを警戒してのことだと結論付けたガハルドは楽し気な笑みを浮かべると、覇気を纏った声音で指示を下す。
「バイアス、俺を守れ! その隙を狙って奴らを叩く!」
「……」
しかし返答はない。
「おい、聞いて――ッ!」
違和感を感じたガハルドが視線だけを背後に向けると、視界の端に紫色に怪しく輝く光球が迫ってきているのを捉え、咄嗟に回避行動に移った。本能で理解したからだ。それが自身を殺しうる攻撃であると。
「ぬひっ、どっちのとは言ってないがなぁ!」
そして光球が飛んできた先にいたのは、殺意を隠そうともせずガハルドに掌を向けたバイアス。今の攻撃が魔法なのか、それとも技能なのかは分からない。ただ1つ、ガハルドにも分かることがあるとすれば……
「テメェ、やっぱ操られてやがったか!!」
「操られた? 違うな、これは俺の意思だ。あの方の為に死ねぇ、親父ィ!!」
元より違和感はあった。というか違和感しかなかった。姿が変わってることもそうだが、あのバイアスがリリアーナを襲わず、婚約パーティーにも関わらず目立った行動を取らず、周囲に大勢の者がいる環境で弱者を貶す素振りもない。あの息子がこんな"普通"な行動を取るはずがないと、ガハルドはずっと違和感を感じていた。
そして今、こうして敵意を向けられ確信する。バイアスは何者かに操られ、帝国を落とそうとする勢力に手を貸していることを。ハウリアに無力化されられた婚約パーティーの参加者達もその事実に気づき、口も手足も切り裂かれて苦悶の表情を歪めながらも実の父に殺意を向ける皇太子に唖然としていた。
こうして現皇帝と次期皇帝の殺し合いは闇の中で始まった。互いに騎士剣を手に鏡のような独特の剣術でぶつかり合う。暗闇の中に火花が舞い散り、嵐の如く剣戟は激しさを増す。しかし、双方の体に刃は届かない。
バイアスは仁の"魔術"によって洗脳されてはいるものの、思考を操っているわけではないため習得した魔法も体に染みついた剣術も一切劣化していない。それどころか、潜在能力を無理矢理引き出され、あらゆる能力が上昇している。それゆえに、本来は敵うはずのないガハルドとも互角に渡り合えていた。
能力的には五分。しかしどちらの方が有利かと問われれば間違いなくバイアスの方だった。
バイアスはただひたすらに目の前の敵を切り伏せればいいだけだが、ガハルドはそんなバイアスの猛攻を捌いた上で意識の外から飛んでくるハウリアの攻撃にも対処しなければならない。いくら帝国最強の戦士とはいえ、そう簡単に切り抜けられるものではなかった。
「くぅう!」
対処が追いつかず、腕と足の健といった致命的な部位こそ避けられたものの体中に切り傷がつけられる。全身から血が流れ出し、迸る激痛に苦悶の声が漏れ出る。このままでは負ける。数秒先の未来をガハルドは予測した。
「ハハハハハァ、死ねぇ、親父ィ!」
動きが鈍くなったガハルド目掛けて、大振りの騎士剣が迫る。仁から与えられた『殺さずに無力化しろ』という命令を完全に無視して殺す気満々のバイアスをガハルドは冷めた視線で見つめていた。
皇帝の敗北はつまり、帝国の敗北を意味する。しかも相手は亜人族の中でも敵とすら認識していなかった兎人族。例えそこに何者かの介入があったのだとしても、兎人族に負けたという歴史を帝国に残す訳にはいかない。
ならば、ガハルドが取るべき選択は1つに絞られる。しかしそれは、人としても1人の親としてもそう簡単にできることではない。普通の感性を持つ者であれば、どうしても躊躇いが生まれてしまう程の禁忌。
だがガハルドは、躊躇いなくそれを
「こんのっ、馬鹿息子がァ!!」
「ぁ――」
首が宙を舞う。それは絶体絶命のガハルドのものではない。ハウリア族特有のウサミミも見られない。消去法でそれが誰のものであり、何が起こったのかを会場にいる全員が即座に理解した。
すなわち、ガハルドが実の息子であるバイアスを殺したという現実を。
親が子を殺す。それは禁忌とされる行為だ。だがこの状況で、皇帝としての決断となれば、これ以上に最善な手はない。例え相手が第3者によって操られた息子であったとしても、王とは時に冷酷に、肉親すら手にかけなければならない時がある。ガハルドにとってそれが今だっただけのこと。
しかしそこが限界だった。自身の手で殺した息子の死体を一瞥すらせず、ガハルドがハウリア達に再度意識を向けたその時、突如体をふらつき始めて地に膝を着いた。
「っ! なんだっ? 体が……」
ハウリア達が事前に散布していた麻痺毒がここにきて効果を見せたのだ。『待ってましたぁ!』と言わんばかりに、四方八方からハウリア達が飛びかかる。
それを何とか弾き返そうとするガハルドだったが、体がこれまでの負傷と麻痺毒によって思うように動かず、まず両腕の健が切られた。
「ぐぁ!」
続いて剣を取り落としたガハルドにカムが小太刀を振るう。それは的確に隠し持っていた魔法陣やアーティファクトを破壊し、魔法戦闘へ切り替えることさえ許さない。
そして最後に、刹那のタイミングで交差するようにすれ違った2人のハウリア族が残りの足の腱をも切断した。
「ッ――」
収まることない激痛に襲われているにも関わらず、悲鳴一つ上げないガハルドは見事であるが肉体の方は既に限界を超えていた。その体は意志に反してゆっくりと傾き、ドシャと音を響かせてうつ伏せに倒れてしまう。
静まり返るパーティー会場。誰も言葉を発しはしない。それは、物理的に口を閉ざされているからというのもあるが、きっと、たとえ口が利けたとしても、言葉を発する者はいなかっただろう。
なぜなら、暗闇に視界を閉ざされていようとも、理解できてしまったから。
――ヘルシャー帝国の敗北を。
〇
決着がついた。
初手の奇襲が成功していなければ。バイアスの洗脳を見抜かれていれば。麻痺毒が対策されていれば。恐らくここまでの圧勝は叶わなかっただろう。勿論もしもを警戒して第2第3の策は用意してあっただろうが、ここまでスムーズにはいかなかったはずだ。
だが結末として、ハウリア達はこの戦力差で帝城を落とした。文句のつけようもない完全な勝利と断言していいだろう
そして現在、オレ達の前では"絶対約束守らせネックレス(仁命名)"またの名を"誓約の首輪"を強制的に身に着けられたガハルドがとある契約を結ばされようとしていた。誓約の首輪について分かりやすく説明すれば、『おまえが信用ならないから破ったら末代まで死ねよ』みたいな行き過ぎた契約書だと思ってもらえればいい。
契約の内容は4つ。1つ、現奴隷の解放。2つ、樹海への不可侵・不干渉の確約。3つ、亜人族の奴隷化・迫害の禁止。4つ、その法定化と法の遵守。
国の法律を変える重大な契約であるものの、ハウリアが提示した契約はそれほど厳しいものではなかった。要するに、亜人族には関わるなってだけの話だ。国の生死を左右するような問題でもなければ、大勢の人間が死ぬこともない。これまで奴隷として屈辱を味わされてきた亜人族の要求としては消極的過ぎた。
状況的に承諾以外の選択はありえない。そう思っていたのだが、どうやらオレの考えは浅かったらしい。ガハルドの出した結論は違った。
「――俺は絶対、"誓約"など口にしない」
それが帝国のプライドを守るためか、それとも帝国民の娯楽を失わせないためかはオレには分からない。だがこの時点で平和的な解決ができなくなったと悟り、オレは「あちゃ~」と目元を抑える。ここまで喧嘩売っといて今更平和的がどうこう言えるもんでもない気がするけれど。
首を縦に振らないガハルドにまず行ったのは身内の処刑だった。とはいえ、最優先ぶっ殺し候補であったバイアスはもう死んでいるので、亜人虐めて楽しんでいた側室の首を飛ばした。しかしガハルドには家族としての情がそれほどないのか、冷静さを欠いた様子は見られない。
近しい者の命を奪っても効果は薄い。そう判断したカムは次の手段に出る。
数秒後、今度は帝城中に大爆発の轟音が響いた。何が起きたのかこの場にいるパーティーの参加者達は分からない。だがそれが襲撃者であるハウリア達の仕業で、自分達の不都合に働くものだとは誰もが直感で理解した。
「っ。なんだ、今のは!」
「なに、大したことではない。奴隷の監視用兵舎を爆破しただけだ」
「爆破だと? まさか……」
「ふむ、中には何人いたか……取り敢えず数百単位の兵士が死んだ。ガハルド、お前のせいでな」
「貴様のやったことだろうが!」
「いいや、お前がやったのだ、ガハルド。お前の決断が兵士の命を奪った。そして……"デルタワン、こちらアルファワン、やれ"」
随分と非情なことを言うカムだが、これはブラフだ。今の爆発音も誰もいない部屋を事前に調べておいて爆破しただけに過ぎない。当然被害者数も0だ。いくらなんでも無差別に殺してしまえばただの
当たり前だが、そんなことも知らずにまんまと騙されているガハルドは咄嗟に制止の声をかけるも、2度目の轟音が
「……どこを爆破した?」
「治療院だ」
「なっ、てめぇ!」
「安心しろ。爆破したのは軍の治療院だ。死んだのは兵士と軍医達だけ……もっとも、一般の治療院、宿、娼館、住宅街、先の魔人族襲撃で住宅を失った者達の仮設住宅区にも仕掛けはしてあるが、リクエストはあるか?」
「一般人に手を出してんじゃねぇぞ! 堕ちるところまで堕ちたかハウリア!」
「……貴様等は、亜人というだけで迫害してきただろうに。立場が変わればその言い様か……"デルタ、やれ"」
「まてっ!」
散々亜人族を殺し、女子供を道具のように扱い、もはや帝国全体で迫害しておいて、今更関係のない一般人には手を出すななど都合がよすぎる。治療院という名のゴミ捨て場を爆破したカムは呆れ気味な声を出してから容赦なく次の命令を下す。
そして再び響く、爆発音。
ガハルドは歯ぎしりする。今度こそ、帝国の民が建物ごと爆破されたと思い込んだのだろう。実際に爆破されたのは帝城に続く跳ね橋だが。
事実は異なるとはいえ、言動行動共にやっていることが完全にテロリストのそれであるカムの要求にガハルドは即断できずに沈黙する。未だ逆転の可能性を諦めてないらしいが、苦みばしった表情と流れる冷や汗から相当追い詰められていることは遠くから見てもよく分かった。
「"デルタへ、こちらアルファワン……や"」
「まてっ!」
だがそんな相手であってもカムは一切容赦しない。そこでついにガハルドが慌てて制止の声をかけた。そして、怒りをぶつけるように頭を数度地面に打ち付けると、吹っ切ったように顔を上げる。
「かぁーー、ちくしょうが! わーたよっ! 俺の負けだ! 要求を呑む! だから、これ以上、無差別に爆破すんのは止めろ!」
「それは重畳。では誓約の言葉を」
契約の言葉を口にしてからが本当の敗北とでも言いたいのか、カムは淡々と返す。そう言われ、ガハルドは肩の力を抜くと、会場にいる生き残り達に向かって語りかけた。
「はぁ、くそ、お前等、すまんな。今回ばかりはしてやられた。……帝国は強さこそが至上。こいつら兎人族ハウリアは、それを"帝城を落とす"ことで示した。民の命も握られている。故に、"ヘルシャーを代表してここに誓う! 全ての亜人奴隷を解放する! ハルツィナ樹海には一切干渉しない! 今、この時より亜人に対する奴隷化と迫害を禁止する! これを破った者には帝国が厳罰に処す! その旨を帝国の新たな法として制定する!" 文句がある奴は、俺の所に来い! 俺に勝てば、あとは好きにしろ!」
亜人を今まで通り奴隷扱いしたければ、ヘルシャーの血を絶やせ! 受けて立つ! という宣言だった。本当に根っこから実力至上主義を体現したような男だ。はっきり言って嫌いだが、その信念だけは認めてやってもいい。
ハウリアは誓約の首輪が正しく発動されたことを確認すると、皇帝一族全員に同じ首飾りをかけ、明日中に誓約の内容を公表して奴隷を全て解放することと、長老衆の眼前にて誓約を復唱させることを約束させる。
あまりにも期間が短いと、文句を言いかけたガハルドだったが何をされるか分からないと渋々了承し、闇の中で見えないにも関わらずオレとハジメのいる場所を睨んできた。
「はぁ~、わかったよ。お前等が脱獄したときから何となく嫌な予感はしてたんだ。それが、ここまでいいようにやられるとはな。…………なぁ、俺に、あるいは帝国に、何か恨みでもあったのかよ。南雲ハジメ、風磨仁」
返答するつもりはない。オレはもがくリリィを脇に抱えたまま目線を逸らし、ハジメに至っては壁にもたれて欠伸している。今回の舞台の主役はあくまでハウリア族だ。オレ達が必要以上に手を出すつもりはない。今のオレ達は所詮脇役なのだから。
少なくとも答えるつもりがないことだけは伝わったのだろう。ガハルドは盛大に舌打ちしてから更に強く睨んでくる。軽い殺気だ。わざわざ反応してやるまでもない。
「ガハルド、警告しておこう。確かに我等は、我等を変えてくれた恩人から助力を得た。しかし、その力は既に我等専用として掌握している。やろうと思えば、いつでも帝城内の情報を探れるし侵入もできる。寝首を掻くことなど容易い。法の網を掻い潜ろうものなら、御仁の力なくとも我等の刃が貴様等の首を刈ると思え。……まあ、貴様の息子に関しては我等も予定外ではあったがな」
「人の息子をついで扱いかよ。まったく、魔力のない亜人にどうやって大層なアーティファクトを使わせてんだか……」
ハジメのアーティファクトの意味不明さに苦虫を噛み潰したような表情を見せるガハルドだが、別の強い武器があったからハウリア達が勝てたわけじゃない。確かに戦闘における魔法行使の可能不可能によってこれまで亜人は多種族に遅れをとっていたが、身体能力や気配の扱い方については人間よりも亜人の方がよっぽど優れてる。
少し強い武器を装備して、味方が1人洗脳されただけで負けてしまう程度の戦力差だったのだ。元からそこまでの実力差は種族間になかったと考えた方がいい。
そこら辺にいる蟻がビーム撃ってきたとしても、驚きこそすれ死ぬことはない。オレが言いたいのは要するにそういうことだ。人間が上位、亜人が下位だなんて関係性は初めからなく、ちょっとした変化で逆転してしまうくらいの狭い実力差だったのだ。オレとハジメがやったことなど軽いアシスト程度のもの。
まあ帝国側からしたら、『何ということをしてくれたんだ!』って感じだろうけど。
とはいえ、今回はオレ達がわざわざ天之河を利用して帝城に入場し、帝城内にアーティファクトの設置や魔法トラップの解除をしてたから潜入もかなり余裕だったはずだ。多分次回以降の潜入はもうちょっと難易度高くなるだろう。それでも、ハウリア達はやってのけるだろうが。
「案ずるな、ガハルド。ハウリア族以外の亜人族にアーティファクトが渡ることはない。お前が誓約を宣誓したところで、調子に乗って帝国を攻めることなど有り得んよ。もしそうなったら、我等ハウリア族の刃はフェアベルゲンの愚か者に振るわれるだろう」
その言葉を聞いて、ようやくガハルドの誤解が解ける。今までガハルドはハウリア族をフェアベルゲンの極秘戦力だと勝手に勘違いしていたようだが、あくまでハジメ側であってフェアベルゲンの味方というわけでもないと、ようやく理解できたらしい。今さら、と言えなくもないけれど。
ちなみにこの時、カムの中には自分達は"フェアベルゲンの兵士"ではなく、"南雲ハジメの部下"だと宣言したい気持ちも物凄くあったらしい。本当に宣言しないでくれて良かった。
「そうかい。よーくわかったよ。だから、いい加減解放しやがれ。明日中なんて無茶な要求してくれたんだ。直ぐにでも動かなきゃ間に合わねぇだろうが」
「……いいだろう。我等ハウリア族はいつでも貴様等を見ている。そのことをゆめゆめ忘れるな」
その言葉を最後に、会場を再び静寂が包み込んだ。ハウリア達の気が一斉に帝城から消えていくのを確認しながらオレはハジメに視線を向けると、涙ぐむシアに抱きつかれながら、口元を吊り上げていた。
今頃、通信でハウリア達と話でもしているんだろう。この勝利への道筋を立ててくれた感謝とこれからの戦いに対する意気込みってところか。2人の様子を見てオレにも自然と笑みが零れる。抱えているリリィが謎に虚無の視線を向けて来るが気にしてはいけない。
和やかムードにオレ達が包まれている時、ちょっと記憶の端に追いやっていた声が響く。
「くそっ、アイツ等、放置して行きやがったな。……誰か、光を……あぁ、そうだ誰もいねぇ……って、ゴラァ! 仁、南雲ハジメ! てめぇら、いつまで知らんふりしてやがる! どうせ、無傷なんだろうが! この状況、何とかしやがれ!」
地面にぶっ倒れて首輪をつけられた1人SMプレイ中のガハルドだ。どうやらハウリア達は完全放置して帰ってったらしい。ちゃんと責任もって解放しとけよ、と凄く言いたい。
「ハジメ、パス。オレあの変態に近づきたくない」
「へいへいっと……」
とりあえずオレはガハルドに近づきたくなかったためハジメに任せると、ハジメは片手でシアを抱き締めたまま光る石を天井にぶん投げて疑似的な太陽モドキを作り出した。瞬間、パーティー会場が昼間と変わらないレベルの明るさで照らされる。
なんとなく分かっていたが、こうして明るくなるとパーティー会場の悲惨さがよく伝わってくる。至る所に大量の血が飛び散り、転がっている無数の生首。まだ生きてはいる者も無事ではなく、全員が手足の腱を切られて痛みに呻きながら床に這いつくばっていた。
貴族の令嬢の中には、恐怖と痛みで失禁してる奴も少なくない。早々に気絶していた者の方がまだ幸運だっただろう。
そんな中でオレ達は明らかに浮いていた。そりゃそうだ。無傷でいるのに帝国側に手も貸さない。グルと思われるのも仕方のない状況だ。案の定、戦闘していた者達から憎しみの籠った眼で睨まれてる。
結構緊迫した状況にも関わらず、シアとハジメは平常運転だ。他人の目をまったく気にしていないかのようにいちゃついている。その様子に青筋を浮かべたガハルドだったが、流石に本能のままキレ散らかすなんてことはなく、『帝国に対する敵意がないのなら治療するなり、人を呼ぶなりしろ』と暗に『今助けてくれればハウリア族とは関係なかったことにする』と告げてきた。
倒れてる奴の中には相当出血がヤバくて死にそうなのもいるからガハルドとしても焦ってるんだろう。あからさまにブチギレている部下達にオレ達を襲わないよう忠告してからもう一度ハジメに助けを求めた。
そこで、ハジメに頼まれた白崎が嬉々として怪我人達の傷を魔法で癒していく。ところで、白崎は都合の良い女みたいな扱いされてるけどあれは本当にいいんだろうか?
「回復まで化け物クラスかよ。……やってられねぇな」
これほどの範囲かつ人数を短文の詠唱で回復させる白崎にガハルドがどこか疲れた表情でぼやいた。確かに、白崎は勇者パーティーの中では頭一つ抜き出ている。大迷宮攻略経験があるというのも大きいが、ハジメと再会するため修行を怠らなかった成果だろう。単体にしかかけられないオレよりも
ただそれで何もかもがスムーズに進むはずもない。傷の癒えた戦闘可能な者達が即時にガハルドの周囲に固まると、回復してやったというのにハジメに向けて警戒心丸出しの険しい表情を向けてきた。
「よせっての。殺気なんか叩きつけて反撃くらったらマジで全滅すんぞ」
「しかし、陛下! アイツ等は明らかに手引きを!」
「このままでは帝国の威信は地に落ちますぞ!」
「そうです! 皇太子殿下まで……放ってはおけません!」
「そっちは俺じゃねぇんだよな……」
面倒そうに嗜めるガハルドに部下達が次々と言い募っている。
こちら側としては、別に突っ込んできてもなんとも思わない。全員殺すだけだ。そうすることが分かっているからだろう。ガハルドは会場にいる全員にも向けて覇気に満ちた声を発した。
「ガタガタ騒ぐな! 言ったはずだぞ、お前等を無駄死にさせるつもりはないと。いいか、あの白髪眼帯の野郎と後ろの女みてぇな男は正真正銘の化け物だ。ただ1人で万軍を歯牙にもかけず滅ぼせる、そういう手合いだ。……強ぇんだよ、その影すら踏めない程な。奴らに従えとは言わねぇが、力こそ至上と掲げる帝国人なら実力差に駄々を捏ねるような無様は晒すな!」
その怒声に部下達も会場の貴族達もその身を強ばらせる。気になったが、女みたいな男ってのはもしかしてオレのことだろうか? フェアベルゲンに着くまでに7回くらい殺してもいいかな?
「それはハウリア族に対しても同じだ。最弱のはずの奴等が力をつけて、帝国の本丸に挑みやがったんだ。いいようにしてやられたのは、それだけ俺達が弱く間抜けだったってだけの話だろう? このままで済ますつもりはねぇし、奴等もそうは思っていないだろうが……まずは認めろ。俺達は敗けたんだ。敗者は勝者に従う。それが帝国のルールだ! それでもまだ、文句があるなら俺に言え! 力で俺を屈服させ、従わせてみろ! 奴等がそうしたようにな!」
ガハルドの馬鹿デカい声がパーティー会場に木霊する。それを聞いた周囲の帝国兵達は僅かに逡巡した後、ガハルドの前で頭を垂れた。奇襲早々にやられて後の戦いを全部皇帝に任せたんだ。そりゃあ反論する気分にもなれない。
「うん、これにて一件落着だな」
そしてこの直後にこう言えてしまうのが
それからのことを端的に話そう。
オレ達に対する敵対心を胸に秘めつつも、パーティー参加者の生き残りが落ち着きを取り戻してから少し経ち、異常に気づき帝城に乗り込んできた帝国兵のせいで再び色々騒動になりそうではあったが、迅速に事態の収拾は図られた。
帝城ではその後、生き残りの重鎮達による緊急会議によって誓約を果たすための段取りが決められていたが、なんかハジメとハウリアがまたやらかしたらしく、恐ろしくスムーズに話しは纏まったようだ。
そして夜中にも関わらず兵士達によって個人所有の亜人奴隷達が、急遽立てられた無数の仮設テントに集められた。
当然、猛反発は起きた。夜中に突然叩き起こされたかと思ったら、所有している奴隷を強制的に没収されたのだ。補償があり、皇帝の勅命であるとはいえ、容易には納得できない帝都民も少なくない。
そして約束の1日が過ぎた翌昼過ぎ、帝都中の亜人奴隷が一箇所に集まるという異常事態に何事かと集まる帝都民を前にして、帝国側から誓約の内容と、更に細かく定めた法の内容が発表された。
それに対し当然、帝都民達からは唖然とした後に再度猛反発が起きた。今まで身近にあって当然の如く便利な道具扱いしてきたものが突然なくなるのだ。しかも今後、手に入れることも禁止される。はっきり言って混乱していた。日本人だっていきなりスマホを没収されたらブチギレるだろう。そんな感じと捉えて欲しい。
そんなあと一歩で暴動にまで発展するという緊急的な事態だったが、オレのとある案によってそれは一気に収まった。
名付けるなら『亜人族厄災計画』とでも付けようか。
亜人族に危害を加えた者には不幸が訪れ、既に不幸が溜まり過ぎた帝国には厄災が迫っているというストーリーをでっち上げたのだ。
亜人族には力のない代わりに世界そのものに救いを求められる不思議パワーが存在し、それによって危害を加えた者には大小様々な不幸が訪れる。そしてその不幸を長年溜め続けた結果、現在帝国には国そのものが滅ぶ可能性を秘めた厄災が迫っている。
そんな勢い任せで考えた設定を用意した上で、オレが帝国の上空に国を半壊させるレベルの見た目だけクソでかいエネルギー弾作り出した。後は「空より厄災が迫っている。逃れるためには帝国にいる全亜人族を解放するしかない」と兵士に説明させるだけ。
亜人族がそんな力を持つだなんて信じられない帝都民も多数いたが、実際に空からはオレの作った赤黒い球体がゆっっっくりと迫っているのを見れば、もう信じる信じないかは関係ない。例え間違っていたとしても亜人族を解放するしかないのだ。
そして亜人族を解放してからエネルギー弾を消せば、適当に作ったこのストーリーにも真実味が生まれてくる。
ハジメは『エヒトに全部押し付けようぜ作戦』を提案したが、それはそれであのクズの株が上がる気がしたので代案を用意させてもらった。
こうして帝都民達はあっさりと奴隷達を放棄し、数千人の亜人奴隷達の枷が兵士達の手により次々と外されていった。自分達が解放されていくのを宇宙猫のような顔で見ていた亜人族の姿が少し面白かったのは内緒だ。
やがて、全ての亜人から奴隷の枷が外されると、一応勇者である天之河が唯一の武器であるカリスマを発揮して帝都外へと亜人達を先導させ、"身体強化"によって声を増幅させたシアが大声で「自由ですよぉー! お家に帰りますよぉー!」と叫ぶと、ようやく"解放"されたことを実感した彼ら彼女らは一斉に大地を揺るがす程の大歓声が上げたのだった。
とまあ、こうして長年続いた帝国による亜人族の支配は終わりを告げたというわけだ。中には、かなり長期的なケアが必要な奴もいるだろうが、そこまではオレ達が介入するべきじゃない。それでも、生きて再び故郷の地を踏める、生き別れた大切な人達と再会できる。それはきっと、"善いこと"だ。
だからオレは確信をもってこう言おう。
――やっぱり、人助けは気分がいい。
魔改造ハウリア族
ハジメ作のアーティファクトによって超強化されたハウリア族。
基本原作通りの強さ。当初、仁が気を分け与えるという展開も考えてはいたが、9割がた同じ展開になると思いボツ。
仁のことは今回手を貸してくれたため結構好感度が高い。何故シアがあそこまで嫌っているのだろうと疑問に思っているらしい。
自称強者皇帝
光輝よりも強い程度で自分が強いと思い込んでいる勘違い系王様。
途中まで単独でハウリア相手に善戦していたが、まさかの味方裏切り&麻痺毒コンボによって沈んだ。はいKO!!
家族に対する情は薄く、敵と判断したならば容赦なく息子も殺す非情さ。故に王としての器はリリアーナより断然大きい。ただ今回は相手が悪かった。
スポポビッチ風王子
死亡
亜人族厄災計画
仁の考えた亜人族解放のためだけの作り話。
ざっくり説明すると、『亜人イジメたら不幸になるよー。でも帝国は不幸溜め過ぎたからヤバいよー。さあ、早く亜人を解放しよう!』というオール嘘の作り話。