ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

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帝国編ラスト!! ちょっとタイトル凝りました。


Dance with me

 ハウリアが帝国との戦いに勝利し、捕らわれていた亜人族達は奴隷という束縛から解放された。

しかし当然のことだが、彼らに自力で帰る手段も体力もありはしない。そうなれば当然その役割をこなすのは助けた側の責任。

 

 というわけで、現在オレ達は連れ去られた亜人族と共に飛空艇"フェルニル"でフェアベルゲンへと向かっていた。

 

 現実的なことをいうと、ハジメの転移系アーティファクトやオレの瞬間移動を使えばすぐなのだが、それではあまりに芸がない。どこでもドアがあればタケコプターはいらない派からしてみれば分からないかもだが、こういうのは道中を楽しんでこそ意味がある。

 

 それにパッとフェアベルゲンに現れるより、巨大な飛空艇で空から迫ってきた方が演出的にかっこいい。

 

 代償としてハジメの魔力がゴリッゴリ削れるらしいが、そこは頑張ってもらおう。娯楽には対価がつきものだが、オレが払うわけじゃないから別になんだって構わない。

 

 そういうわけで、現状オレはフェルニル内部に作られた部屋のソファーに腰かけながら、優雅に読書しつつメリエンダ(お菓子タイム)と洒落込んでいた。

 

 ココアと山積みにされたシュークリームを口に含み、片手の上に乗せた本のページを気で1枚1枚捲っていく。そんな至高の時間を満喫していたオレの元へ一つの気配が近づいてきた。

 

「随分と熱中してますね。そんなにその本が気に入ったんですか?」

「……リリィか」

「っ……はい、リリィです!」

「お、おう」

 

 ハウリア王国の姫様こと、リリアーナだ。ソファーに座るオレと目線を合わせるように中腰の姿勢でこちらを見つめてきた。愛称で呼んだからだろうか、すっごい満面の笑みだ。やばい、分からん。

 

 フェルニルに乗っているのは、なにもオレ達と解放された亜人族だけじゃない。フェアベルゲンの長老達の前で帝国と亜人族の契約を宣誓することが目的のヘルシャー帝国皇帝ガハルドや、その宣誓をハイリヒ王国の王女として見届けるために同乗してきた目の前のリリアーナなんかがその例だ。

 

 リリィはオレがおやつの片手間として読んでる本――"破滅の巫女"を指差しながら問いかけてくる。ちょうど少し前にこれの話題が出たばかりなんだから、気になっても仕方ないだろう。特にリリィはこの物語が相当気に入ってるようだし。

 

「そうだな。内容が内容だけに矛盾点を挙げればキリがないが、少なくともオレには必要な本だ。それだけは分かる。それでも評価付けろって言われたら問答無用の星1だけどな」

「それはまた随分と下向きな評価ですね……というか、今更ですけどどこでその本を手に入れたんです? それって教会から王族に贈られる特別版ですよね? 一体いつの間に……」

「あの殺戮パーティーの後で帝城探検してたら見つけた」

「……それは、盗んだというのでは?」

「視点によってはそうなるかもな」

 

 リリィが目元を抑えて天井を見上げる。確かに帝城から物を盗むのは重罪なんだろうが、そんなこと今更だろう。それにそもそも、この本は図書館のような場所で乱雑に放置されていたものを拝借したに過ぎない。誰も気づかないだろうし、気づいたとしても今の帝国がそんな笹事を気にしてる余裕はない。

 

 片手で開いていた本を閉じ、オレは表紙を注視する。そこに描かれているのは1人の女性の肖像画。相当古いものであるからモノクロなのは仕方ないが、描かれた人物の容姿は驚くほどオレに酷似している。きっと彼女が、この物語の主人公"アルドロメア"なのだろう。

 

 自分でも思う、本当に瓜二つだと。ガハルドがオレの顔を見て真っ先にこれを思い浮かべたのも分かった気がした。いきなり目の前に御伽噺の人物とそっくりな奴が出てきたらそりゃあビビるわ。

 

「――っと、そんなことより、オレに何か用でもあったか? わざわざ声かけてきたってことはそういうことだろ。座れよ、時間はあるんだ。聞いてやる」

「あ、はい。失礼します……」

 

 話題がつい読んでいる本の方へ行ってしまったが、リリィの用件を聞いてなかったことを思い出し、オレは書籍版『破滅の巫女』を"宝物庫"に放り投げる。そして近くに置いてあった装飾品的ななにかを"変化ビーム"でちょっぴり豪華な椅子に変え、オレの対面に来るように投げ置いた。

 

 椅子にちょこんと座ったリリィは両膝の上に握った拳を置く。この姿を見てしまえば年相応の少女のようにしか見えないが、これでも王女なんだよなあ。

 

「改めて、帝国の件についてお礼を。私なんかの我が儘を聞いてくださり、ありがとうございます」

「その感謝は素直に受け取るが、オレがやったことなんざ精々ハウリア達のサポートだ。計画を立てたのはハジメだし、実行に移したのはハウリア達。礼を言うんだったらあいつらにもしてやってくれ」

「勿論です。南雲さんとハウリアの方々にもこの後お礼させていただきます。彼らのことですから、自分のやりたいことをやった結果だから感謝は必要ないとでも言うんでしょうけど。ただ、最初に仁さんへこの気持ちを伝えたかったんです」

「そうか、ならいい」

 

 リリィは椅子に座りながらも、「本当にありがとうございます」と頭を下げる。こうして真正面から感謝の気持ちをぶつけられるのも悪い気分じゃないが、少々気恥ずかしいものもある。オレはそれを誤魔化すよう目線を背けながらリリィに顔を上げさせた。

 

「まったく……確かに今回の事件で皇帝一族はいつ滅んでもおかしくない立場に置かされた。その()()()としてリリィの婚約話もなかったことにはなったが、それはあくまで一時的なもんだ。王国の現状は何も変わってないし、新しい婚約希望者がいつ出て来てもおかしくない。それぐらいは分かってるだろ?」

「はい、それは勿論。でも、一時的であっても時間が生まれたことも事実です」

楽観的(プラス)な発想だな。だがそこまで分かってるんだったら十分だ。可能な限り急ぐといい。オレ達と違っておまえには時間がないわけだからな。()が現れるよりも先に、お望みの"普通"とやらを手に入れてみせろ」

「せっかく手に入れた機会です、そのつもりですよ。ですがその前に……仁さん、1つとてもいい案があるんです」

 

 人差し指をピンと立てながら、リリィはオレを見つめる。その顔は、何かを躊躇っているような、それでいてどこか覚悟を決めたような曖昧な表情だった。不思議には思いながらも、オレは話の続きを促す。

 

 しかし、次にリリィの口から放たれた言葉は完全にオレの想定を超えたものだった。

 

「仁さん、私の夫になってください」

「ぶふぉ?!」

 

 とんでもない提案に思わず口に入れていたシュークリームを吹き出す。

 

「は、はあ!? おま、おまえ何言ってくれてんの!?」

「ダメ、ですか?」

「うっ……」

 

 目をウルウルと潤わせながら上目遣いでこっちを見つめて来るリリィに躊躇いそうになるが、流石にこの提案を受けるわけにはいかない。オレは自身の頬をぶん殴って無理矢理正気に戻すと、リリィを見つめ返す。

 

「いやいやいや、普通にダメだからな。良い相手見つけろとは言ったが、その対象はちゃんと選べよ。闇雲に身近な男に手を出してたらその内痛い目見るぞ。というか、なんでオレなんだよ。別におまえがオレに惚れるような要素なかったろ」

「……本当に、そうお思いですか?」

「うん……?」

「仁さん、私は本気で貴方のことを異性としてお慕いしています」

「…………は?」

 

 唐突に放たれた言葉にオレは再び驚かされる。一瞬、何を言ってるのかもよく分からなかった。

 

 だが告げられた言葉の意味をゆっくりと脳が咀嚼していくと、体中の熱が顔に集まってくるような錯覚を感じた。きっと今のオレはマヌケ面のまま顔を真っ赤にしていることだろう。もしかしたら物理的に煙を湧いてるかもしれない。それぐらいにオレは自身の異常を把握していた。

 

 オレが内心慌てていることを察したのか、「ふふっ」と小さな笑みを溢したリリィは楽しそうに言葉を続ける。その姿はまるで、今まで我慢していたものを解き放てて喜んでいるようにも見えた。

 

「皇太子様に襲われそうになったあの時、凄く怖かったんです。王族として生まれた以上、普通の結婚生活なんて望めないことは覚悟していました。それでも、私を辱めることしか考えてないあの人とこれから一生暮らし続けるだなんて嫌で嫌で仕方なかったんです。『どうしてこんなことに』と絶望すらしました。でも……」

 

 リリィの気持ちは王族でないオレには理解しきれない。それでも、理不尽に力を振るわれる気持ちは痛い程に分かる。婚約パーティー直前にレイプされかけたあの時は本当に怖かったのだろう。誰でもいいから助けて欲しかったのだろう。でもオレとは違ってリリィは……

 

 ああ、なるほど。そういうことか。

 

 分かったかもしれない。どうしてリリィがオレに好意を抱くのか。恐らくリリィにとって、あの時が分岐点だったのだ。

 

「そんな私を、仁さんは助けてくれました。誰も助けてくれないと諦めかけていた私の最後の足掻きを聞いて、駆け付けてくれました。それが…それがどれほど嬉しかったことか。貴方に分かりますか?」

「……」

 

 分かる。分かってしまった。どうしようもない理不尽に襲われて、助けを求めても誰にも届かない。それでも必死に伸ばした手を誰かが掴み取ってくれたのなら……それはきっと、どうしようもないくらい嬉しいはずだ。

 

 昔、イジメを受けてた頃のオレにそういう相手がいたなら、きっとそう感じたはず。だから今のリリィの気持ちを否定できない。例えそれが()()()()()()()のだとしても、助けてしまったオレが軽はずみに拒絶していいものではない。

 

「ずるいですよ仁さん。あんな助け方をされたら女の子は、恋に落ちちゃうんですから」

 

 花が咲くような、可憐な笑みを見せたリリィは羞恥に頬を染めながらそう口にした。

 

 その顔には見覚えがあった。トータスに来る前、オレ達がまだ普通の学生であった頃、白崎がハジメに向ける表情によく似ていた。そこまで分かってしまえば、もう見て見ぬふりをするなんてできない。オレはきっと今ほど鈍感系主人公の能力を羨んだことはないだろう。

 

「もう一度言いますね。風磨仁さん、私は貴方を愛しています。これから先、夫として私を支えてくれませんか?」

 

 そして再度リリィから決定的な言葉を告げられる。

 

 もうオレの頭の中はぐちゃぐちゃだった。告白されたことなんて一度もないし、好きな相手はいても、誰かが自分に異性として好意を寄せてるなんて考えたこともなかった。

 

 頭では断るべきだと分かっている。オレには好きな奴がいる。そんな状態で別の女からの告白を受け入れるだなんて告白してくれた相手に失礼だ。なのに、リリィの境遇に共感してしまったことで、躊躇いが生じてしまった。

 

 ここで断ったら、リリィはどう感じるだろう。どんな行動を取るだろう。そんな考えが頭の中でグルグルと回り続けている。

 

「本気、なのか?」

「……はい」

「……そうか」

 

 自然と口数が減っていく。何が正しくて何が間違っているのかが分からない。ただこれだけは言える。絶対おやつタイムにする話じゃない。纏まらない思考の中、オレは腕を組んで目を閉じた。

 

「……返事を、いただけますか?」

 

 しかし、リリィはオレが落ち着くのを待ってはくれない。内心でもうちょっと待ってくれよと不満を零しつつ瞼を開けると、真っ赤になったリリィの顔がそこにあった。余裕ありげに振る舞っているように見えたが、本当は勢いで告ってしまったのかもしれない。思ったより時間はなさそうだ。

 

 オレは高鳴る心臓を(物理で)抑え、考えの纏まらない頭を(物理で)冷やし、焦る心を(気合いで)沈める。それでも未だ混乱しているが、覚悟を決めてリリィを見つめ返した。急に真面目な雰囲気を作ったせいか、一瞬リリィの肩がビクッと震える。この状況なら緊張するのも仕方ないだろうが言わせて欲しい。最初に始めたのはおまえだろ。

 

「オレは――」

 

 しかしオレがそう口を開こうとしたその時、

 

「きゃあ!?」

「うおっ……大丈夫か?」

 

 外から大きな衝撃音が響くと同時に、飛空艇全体が激しく揺らいだ。

 

 オレは突然の衝撃に対応できずバランスを崩して前のめりに倒れそうになったリリィを受け止める。そうなれば自然と、オレ達は第三者から見て抱き合うような形になってしまう。今さらながら、こういうのを自然にやるのがいけないんだなと悟り、内心で『女誑かしまくってんじゃねぇよ』と愚痴っていたハジメへ謝罪する。

 

 更に顔を赤くしたリリィを椅子に座らせ、オレは現状を把握すべく飛空艇の外側の気を探る。そしてその原因が判明すると、呆れてため息を漏らした。

 

「……何やってんだあいつら?」

 

 飛空艇の甲板。そこそこ広いスペースのあったそこで、何故かユエとシアのタッグと白崎、ティオ、谷口、そして八重樫という謎メンバーが結構ガチな喧嘩を繰り広げていたからだ。どうしてそうなったのかは知らないが、間違いなくハジメが関わってる。それだけは分かった。

 

「あの、一体何が……」

「なんかよく分からんが甲板で女共が派手な喧嘩してる」

「はい? えっと、なんで?」

「オレに聞くな。こっちが知りたい」

 

 謎の展開にオレはリリィと共に困惑する。ただこのままスルーするわけにもいかない。別にあいつらの喧嘩は勝手だが、普通に迷惑だ。やるんなら後で別のところでやってくれ。オレは甲板で発生した喧嘩を止めるべく、おやつを"宝物庫"に回収し、ソファーから立ち上がる。

 

 そして人生を左右する重要なイベントを途中で妨害され、見えるはずのない甲板を睨みながら頬を膨らませるリリィへ声をかけた。

 

「悪いな、話の途中だが喧嘩の仲裁に行ってくる。さっきの返事だが……すまんが時間くれ。今はちょっと考えを纏められないからよ。近い内に必ず返事はする。だから悩む時間が欲しい。許してくれるか?」

 

 結局、オレが選んだ決断は決断の後回しだった。それが男として情けないことだってのは自分でもよく分かっている。それでも、今はプライドよりもちゃんと考える方を優先したい。

 

 今のこの狂った思考では『本当にそれでいい』と納得できる選択をオレは引き出せない。だから一度落ち着けるタイミングを用意して真面目にリリィとのことを考えたかった。タイミング的にユエ達の喧嘩を利用するような形になるが、別にそれは構わない。勝手に喧嘩始めたあいつらが悪い。

 

 イエスでもノーでもない返答を聞かされたリリィは見るからに落ち込んでいた。まあ恐怖と羞恥を耐えて実行した告白を保留にされたらいい気分はしないだろう。酷い罪悪感に襲われながらも、オレは再度リリィに同じ提案をしてみせると、渋々とだが納得の反応が帰ってきた。

 

「むぅ……はいはい、分かりました。分かりましたよ! 私は良い女ですから、仁さんの気持ちが固まるまで我慢してあげます!」

「ごめん。そうしてくれると助かる」

「でも! ちゃんと決めてくれないと怒りますからね。もし次に聞いた時、仁さんの意思がまだ決まってなかったら……」

「決まってなかったら?」

「――性的に襲います」

「うん、それはやめような。おまえ王女って自覚ある」

 

 なんだかとんでもないことを宣言されたが、それだけ言ってリリィはプンプンと怒りながらオレに背を向けて去っていた。そんな彼女を見届けると、オレも額に指をあてて"瞬間移動"でユエ達の戦場へ向かうのだった。

 

 

 

 それと甲板での喧嘩の勝敗は、オレの介入により全員ノックアウトでドロー。その後、八重樫には滅茶苦茶怒られた。これはオレが悪かったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜中。帝国に攫われた亜人族達が戻ったフェアベルゲンでは、同胞の帰還を祝して宴会が行われていた。

 

 ただし、フェアベルゲン出禁を食らってるオレはせっかくの宴会に参加することができず、ハジメ達のように今晩の部屋を割り当てられることもない。1人寂しく樹海で野宿していた。今もフェアベルゲンのある方向から聞こえる喧騒をBGMに木の上で寝っ転がっている。

 

「はぁ……」

 

 今日は奴隷にされていた亜人族達が解放された記念すべき日だというのに、オレの口からは先程からため息しか出てこない。これも全てリリィのせいだ。あの時、リリィに告白されてからというもの、オレはずっとどう返事を返すべきか悩み続けていた。

 

 フェアベルゲンに到着してそう間もなく、ハジメとハウリア族を間に挟んだガハルドと長老達の殺伐とした話し合いは終わった。案の定オレは入国不可であったため外で待っていたものの、別にフェアベルゲンの外からでも声を聞き取るぐらいオレの聴覚なら容易い。

 

 そこで亜人族達のこれからを心配する必要がないと安心してしまったからだろう。オレは先送りにしていた問題に直面せざるを得なくなった。お分かりだろう、リリアーナ告白事件だ。

 

「嫌い……じゃあないな。だからといって好きってわけでも……」

 

 別にリリィが嫌なわけじゃない。美人で性格も良くて、家柄が凄い。もしオレが八重樫と出会っていなかったら即断でオーケーしていたレベルの超優良物件だ。問題はオレが異性としての好意を抱いてないことぐらいだが、そんなものは後からいくらでもついてくる。

 

 だからこそ分かってしまう。オレはきっと、リリィの告白を受け入れれば幸せになってしまうと。

 

 それが悪いことであるはずがない。なのに心の中のオレが『それでいいのか?』と何度も囁きかけてくる。きっと、こっちがオレの本心なんだろう。

 

 この際だから濁さずはっきりと言ってしまおう。オレは……八重樫雫が好きだ。

 

 だがそれはあくまでオレ個人の一方的な感情。肝心の八重樫の方はそもそもオレの気持ちに気づいてるかどうかすら怪しい。好きな相手と必ずしも両想いになれる程世界は優しくない。もしかしたら、八重樫には別に好きな相手がいる可能性だってある。

 

 だったらもういっそのこと、八重樫のことは諦めてオレを確実に好きになってくれるリリィと結ばれるのも1つの選択なのでは? という甘い考えが脳裏を過った。

 

 そんなグルグルと同じところを何周も回るような思考に支配されていると、突然下の方から何かが衝突するような鈍い衝撃音が響き、同時にオレがベット代わりにしていた樹木が大きく揺れ始めた。

 

「え……いや、ちょっ、何っ!?」

 

 バランスを崩し浮遊感を感じたところでやっとオレは理解した。自分が寝そべっている木が何らかの衝撃を受け、揺さぶられていることに。ただそれは本当に理解しただけであって、気を抜いていたオレは舞空術を使うことすら忘れ、そのまま木から落っこちた。

 

「ううっ……まったく、オレはカブトムシじゃないんだが? それで、一体なんの用?」

 

 地面に顔からダイブしたオレは、カブトムシを捕まえる小学生のように木の幹の蹴ってオレを落とした犯人を睨む。感じられる気からそれが誰であるかは分かっていたが、改めて顔を確認すると『なんでよりにもよってこのタイミングで』と思わずにはいられない。

 

「用って程のことじゃないけど、少し聞きたいことがあるの。少し付き合ってくれる?」

 

 それはちょうど今オレの悩みの種となっている人物の1人、八重樫雫だった。

 

「別にいいけど、こんな気も抜けない場所でいいのか?」

「大丈夫よ。だって仁が守ってくれるんでしょう?」

「おいおい人任せかよ」

 

 一応ここはフェアベルゲンの外の樹海であり、魔物にいつ襲われてもおかしくない危険地帯だ。だがまあ八重樫の言う通り、オレが近くにいればそんな危険あるはずがない。適当に殺気を振り撒いてるだけで、魔物の方からどっかに行ってくれる。

 

 八重樫は先程までオレがベットにしていた樹木の根本に体育座りの体勢で腰を降ろすと、その真横の地面をポンポンと叩く。そこに座れということだろう。普段なら多少緊張するぐらいだが、今のオレの精神状態だとかなり恥ずい。

 

 とはいえ断るのもそれで不自然だ。オレは高鳴る鼓動を隠しながら八重樫の隣に座った。

 

「それで、用件は?」

「……」

「八重樫?」

「仁……リリィに何かしたでしょ」

「ぼふっ!?」

 

 思わず噴き出してしまう。まさかその話題が出て来るとは思わなかった。しかも八重樫から。

 

「やっぱり、何かあったのね」

「うっ……いや、それは……その……」

 

 オレの反応から確信を得たのか、問い詰めるように八重樫が顔を近づけてくる。うっわ、めっちゃ綺麗。ってそんなこと考えてる場合じゃなかった。

 

 八重樫から必死に視線を逸らし、オレは何か使える言い訳はないかと脳をフル回転させる。しかし、こんな状況で都合の良い発想が生まれるはずもなく、言い訳どころか何か言葉にすることさえできない。

 

「自白するつもりはないと……分かったわ、じゃあ当ててあげる」

 

 無言を肯定と勝手に捉えた八重樫はジト目でこちらを見据えながら重い声音で告げる。

 

「――リリィに告白されたでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 図星を突かれ、目の前で驚愕に染まった顔を見せる仁を見つめ、雫は先程のリリアーナとの会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

『雫、少しいいですか?』

『え? ええ、別に大丈夫だけど……』

 

 ガハルドの宣誓が終わり、ハジメによってガハルドとリリアーナが強制送還される少し前、リリアーナは真剣な面持ちで雫に声をかけてきた。その様子がいつもの彼女とは違うことに雫はすぐに気づき、何か重要なことなのだと察すると人気のない場所まで2人で移動した。

 

 しかしその先で告げられた内容は雫に想定とは別方向の衝撃を与えた。

 

『私、仁さんが好きです』

『……え?』

 

 その瞬間、雫の思考は真っ白に染め上げられる。リリアーナから告げられた言葉の意味は理解できたものの、理解できた上で『なぜ?』という疑問に頭の中を支配されたからだ。

 

 混乱する雫にリリアーナは続けて話した。婚約パーティーが始まる前、皇太子に襲われそうになっていたところを助けてもらったこと。一緒にダンスを踊った際、助けを乞い、受け入れてもらえたこと。先程、飛空艇内で雫がユエ達の喧嘩に巻き込まれている時に想いを告げたこと。そして、その告白を先延ばしにされたことも。

 

 自分が知らない間にリリアーナと仁の関係が想定以上に進んでいたことに驚きつつも、雫はあくまで冷静にこう返した。

 

『そう、良かったわねリリィ。仁も南雲君に引けを取らない鈍感だけど、私は応援するわ。頑張ってね』

 

 それが、『皆の頼れる八重樫雫』が言うべき言葉であったから。

 

 リリアーナは雫にとって、この世界で唯一出来た新しい親友だった。少し前まで結婚したくもない男と結婚されそうになっていたことを考えれば、雫としては望んだ相手と添い遂げて欲しいという気持ちもある。そのため、()()()()()雫は『理想の自分』という仮面を被ってそう告げた。例えそれが、本心でなかったとしても。

 

『雫、それ本気で言ってます?』

『……? どういうこと?』

 

 だが今回は相手が悪かった。

 

 日本にいた頃であれば、雫は恋愛相談してきた相手に『ありがと~』とお礼を言われるだけで終わりだっただろう。しかし、リリアーナは仁の雫に対する気持ちに薄っすらとであるが気づいていて、雫が仁に向ける感情がただの幼馴染に向けるものでは済まないことも知っていた。

 

 それが分かっていたからこそ、リリアーナは雫にだけこのことを告げたのだ。ただの相談ではなく、恋敵(ライバル)へ向けた挑戦状として。だというのに返ってきたのは自分を応援するなどという勝負すらしようとしない宣言。

 

 自分と同じ相手を奪い合う敵同士として認めてくれたならば嬉しかった。敵ですらないと侮られてもまだ許せる。しかし、戦いの土俵に上がろうともせず、その席を譲ろうとする。それは親友としてのリリアーナが許せなかった。

 

『どうしてそんな事が言えるんです? 今まで貴女の近くにいた仁さんをぽっと出の私が横から奪おうとしてるんですよ。何とも思わないんですか!』

 

 だが雫はリリアーナの言葉の意味までは理解しても、その気持ちまでは届かなかった。

 

『まったく、何を心配してるのかと思ったら、そういうことね。大丈夫よ。勘違いしてるみたいだけど、私と仁はそういう関係じゃないわ。幼馴染とお姫様が付き合うっていうのはちょっと複雑だけど、リリィの邪魔はしないから安心して』

『雫……貴女もしかして気づいてないの……』

『……?』

 

 それは間違いなく雫の本心からの言葉だった。それは断言できる。だからこそ、リリアーナは衝撃を受けた。いや、それはきっとリリアーナでなくとも少なからず驚いたことだろう。なぜなら、言葉とは裏腹に雫はとても辛そうな顔をしていたのだから。

 

 だが自分がそんな顔をしていることさえ、雫は気づいていない。あまりにもちぐはぐな心。その原因は、雫のこれまでの生き方に関係していた。

 

 八重樫雫はこれまで、弱い自分を隠すため自分を偽って生きてきた。それ自体は別になんらおかしいことではない。程度の差はあれど、人は誰だって他人に自分をよく見せたいものだ。ただ雫には、身近に仁という自分を偽る上での最適な見本があった。

 

 その事実が、彼女の在り方を歪めさせてしまった。もはや自分自身ですら、本心が分からなくなる程までに。

 

『そんな、どうしてそこまで……』

 

 詳細を知らなくとも、なんとなくリリアーナは雫の事情を把握した。そして同時に恐怖する。雫達の暮らしていた【地球】では、そこまでしなくては"普通"にすらなれないのかと。

 

 リリアーナにとって、仁達の故郷である【地球】は戦争のない平和な世界であると光輝から聞かされていた。だから勝手に誰も争わない、誰も不幸にならない理想郷を想像していたのだ。だが真実は違う。

 

 【トータス】のようにあちこちで戦争が起き、死というものが身近な存在ではないが、【地球】が理想郷とは程遠い世界であることは間違いない。人が間違いを重ね、その間違いを別の間違いで上書きし続けた結果、複雑化したのが【地球】だ。それは【トータス】のように死にやすくはないものの、とても生きにくい世界だろう。

 

 複雑化した世界では、適応するために人も変わる。そう、まさに雫がその例だ。その事実にリリアーナは恐怖したのだ。そんな生き方は、王族としての使命を優先した自分であっても怖気づくと。

 

『私は、雫のことが分かりません……』

 

 顔を青褪めたリリアーナは後退るも、すぐに心を持ち直してもう一度雫を正面から見つめ直す。『雫がどうしてそんな生き方を許容できるのかが分からない』『仁達のいた世界が恐ろしい』そんな感情を胸に秘めつつも、もう自分の心に嘘をつかないために。

 

『でも、雫がそう言うならもう私は遠慮なんてしません。後悔しても知りませんよ』

 

 最後にそう一方的に告げると、リリアーナは背を向けて去っていく。その覚悟に決まった背中を雫は痛む胸を抑えて見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 それが仁がフェアベルゲンにいない間に起きたリリアーナと雫の話。

 

「リリィから聞いたわ。随分と格好つけてあの子を助けたみたいね。べた惚れだったわよ。それで、返事はどうするつもり?」

 

 あの後から、雫はずっと考え続けていた。リリアーナと仁の関係のことを。2人が恋人の関係になることに不満はない。そもそも、別に雫と仁は付き合ってすらいない。不満に思う事こそが間違っているのだ。それなのに、2人の幸せを考えると胸が張り裂けそうな痛みに襲われる。

 

 それがどういう感情なのか、雫は知っている(知らない)

 

 分からなくて、怖くて、認めたくなくて……だから彼女は仁に会いに来た。仁と一緒にいれば一時ではあるがこの痛みを忘れられると、雫は無意識の内に確信してしまったのだ。それがどういう意味を持つか考えることすら放棄して。

 

「今のところはノーだ。いい女なことは間違いないんだが、オレはリリィに恋愛感情を持ってない。そんな状態で受け入れてもあいつも嬉しくないだろ」

「へぇ、意外ね。仁のことだから『逆玉ひゃっほ~い!』とか言って何も考えずに付き合うのだとばっかり」

「それはいくらなんでも軽薄過ぎない? オレって結構純愛派だぞ」

「ええ、知ってるわ。でもそうね、それならきっぱり断ってないのは仁らしくないし、少しリリィのことを意識し始めてるってところかしら?」

「うぐぅ……オレに対する理解力が高すぎるだろおまえ」

「当然でしょ。どれだけ一緒にいると思ってるの」

 

 仁が今のところリリアーナと恋人関係になることはないと知り、雫の心は落ち着きを取り戻す。それを自分で分かってはいたが、深くは考えようとせずに話を続ける。しかし雫は次に発した己の言葉を後悔することになった。

 

「そこまで悩んでるってことは、もしかして誰か他に好きな娘でもいるの?」

 

 そんなはずがないと確信をもって雫は問いかける。これまで、元の世界でもこちらの世界に来てからも、仁がそういう目線で誰かを見ることはなかった。香織がハジメに好意を寄せていることを誰よりも早く察した"他人の恋愛には鋭い"雫だからこそ、仁にそういう相手がいないことは分かっていた――はずだった。

 

「……」

「ぇ……」

 

 仁からの返答はない。顔を背け、耳まで真っ赤になっている姿がその答えを明らかにしていた。流石にその反応は想定していなかった雫は唖然とした後に勢いよく立ち上がる。

 

「う、嘘! そうなの!?」

「……悪いかよ、オレに好きな奴がいたら」

 

 雫の脳内で『いつ』『誰が』という疑問が駆け巡る。雫にとって仁は子供の頃からずっと一緒にいた幼馴染だ。もし仁に好きな相手がいたとしたのなら、その相手は雫も知っている人物の可能性が高い。そして何故か真っ先に浮かんできたのは、今や完全に恋愛暴走機関車になりかけている幼馴染のことだった。

 

「まさか、香織?」

「どうしてそうなる。あいつとハジメのこと応援してたのは八重樫も知ってるだろ」

「じゃ、じゃあ……畑山先生とか?」

「年齢、容姿、立場、色々合わせて常識で考えろ。オレが社会的に殺される」

「……まさか南雲君?」

「はっ倒すぞ、おい」

 

 それから先も仁に顔を近づけて思い当たる人物の名前をあげるも、その全てが否定される。香織のことから失敗を学び、普段なら恋バナにそこまで積極的に関わらない雫だが、今回ばかりはグイグイと攻めた。それもあの仁が半笑い気味に軽く引く程に。

 

「悪いけど、オレが惚れてる女は多分八重樫には分からないよ。知りたかったらもうちょい恋愛勉強してくるんだな。あと、これ絶対他の奴に言うなよ。もしばらしたら白崎に八つ当たりにするからな」

「え、えぇ……」

 

 雫にデコピンを食らわせ、一度落ち着かせてから仁は少し距離を取る。単純にこれ以上追求されたくないという気持ちと、雫と至近距離で近づかれて赤くなった顔を隠すためだろう。もう夜だからか、そんなことにも気づけない雫は再び木を背もたれにして地面に腰を降ろして俯く。

 

「でも、そうなのね。仁にももう、好きな人が……」

 

 言葉にすると、忘れかけていた胸の痛みが再び雫を襲う。同時に抑えようのない孤独感が湧き上がり、自然と涙がこぼれそうになった。それを必死に抑えて、雫は笑みを作ると下げていた顔を上げると、そこには本気で心配そうに見つめて来る仁の顔があった。

 

「大丈夫か、八重樫。おまえさっきからちょっと変だぞ」

「うん、大丈夫。私は何ともないわ」

「いや、でもおまえ……」

 

 仁だって雫がおかしいことには気づいていた。今までもどこか自分の本心を隠すような仕草を見せることには気づいていたが、今はそれが隠しきれていない。完璧に作られた笑顔だというのに、どこか寂しそうな感情が漏れ出ていた。

 

「もう……大丈夫って言ってるでしょ。それより仁、貴方さっきリリィのことをあだ名で呼んでたけど、今までは"姫様"って呼んでたわよね? 一体何があったのか言いなさい」

「え、いや、それはその……やむを得ない事情がありまして……」

「いいから吐きなさい。ほら」

 

 これ以上仁を心配させないため、雫は強引に話を方向転換させる。ただそんな簡単に話題が思いつくはずもない。とりあえず雫は事前に聞こうと思っていた疑問を問いかけた。

 

 あの婚約パーティー以降、リリアーナは仁のことを『仁さん』と、仁はリリアーナのことを『リリィ』と呼び方が明らかに変わっていた。それはまるで付き合い始めたカップルのように。そう考えると雫の胸の痛みがまた強くなるが、幼馴染の自分が苗字で呼ばれているのに異世界に来てから出会ったリリアーナがあだ名で呼ばれていることに不満を感じた雫は圧をかけて問い詰める。

 

 いくら肉体的に強くなったところで、風磨仁は八重樫雫に強くは出れない。元の世界にいた頃からそんな2人の関係性は変わらない。そのため、この状況に持ち込まれた時点で仁は詰んでいたのだ。

 

 抵抗を諦め、仁は語る。婚約パーティーでリリアーナとのダンス中にしていた会話を。

 

「そういうこと。あの時やけにリリィが仁にくっついてたのはそういう事だったのね。謎が解けたわ。というか、思った以上に口説いてるじゃない。南雲君のこと無自覚女タラシクソ野郎だなんてもう言えないわよ」

「言ってない。そこまでは言ってないんだが……反省してる」

 

 そこに無意識とはいえ個人的感情が乗っているものの、雫の指摘は間違っていない。あの状況で仁が無駄に格好つけなければリリアーナが恋に落ちる可能性も少しは減っていたかもしれない。それを自分でも分かっていたため、仁は雫の小言を大人しく受け入れる。

 

「それにしても、ダンス……か」

 

 落ち込む仁にそれから二言三言小言を告げた雫は小さく言葉を溢した。

 

 あの婚約パーティーには勇者パーティーとして雫達も参加していた。ハジメは案の定自分を囲む女性達と踊り、光輝は帝国貴族のお嬢様方に引っ張り回され、龍太郎は食いまくっている所をおばさま方に連行され、鈴はどこぞのダンディーなおっさんと流されるままに踊っていた。

 

 そして仁もリリアーナと踊っていたことを考えると、あのパーティーで踊っていないのは雫だけとなる。正しく説明するのなら、雫もガハルド皇帝にダンスを誘われはしたが断固拒否し、それを見た帝国貴族の誰もが『皇帝の誘いを断る女』に恐怖し手を出さなかったのだ。

 

 雫も夢に夢見る女の子の1人。お城でのダンスパーティーには多少では済まない憧れがあった。されど現実は年の離れた既婚者に誘われただけ。周りが楽しくダンスする中、自分だけがそれを見せられていたのだ。あの時は亜人族の自由を勝ち取るための大事の時だったため忘れていたが、それを思い出した雫の中から今更ながら不満の感情が湧き上がってくる。

 

「そうね、使うつもりはなかったけど、捨てるくらいなら使ってあげた方がいいわよね」

「え、なに、今度はどうした?」

 

 『これはリリィの邪魔をするわけじゃなくてただの在庫処分だから大丈夫』と自分の心に言い聞かせ、雫は立ち上がると近くに置いていた荷物の中から赤く輝くルービックキューブのような立方体を取り出した。そして小さく詠唱を唱えると、その立方体を地面へと置く。

 

 直後、立方体から聞き覚えのある音楽が流れ始めた。

 

「これは……もしかしてパーティーの時に流れてた……」

「音を録音できるアーティファクトみたいよ。異世界風のボイスレコーダーね。一度しか録音できないし、一度しか流せないみたいだから使い勝手は悪いけど」

「へぇ、そりゃあまた限定された使い道だ。んで、なんでいきなりコレ起動したの?」

「そんなこと、1つしかないでしょ」

 

 このアーティファクト――"忘記守"はガハルドがハジメによってフェアベルゲンから強制退去される前、必死になって雫に押し付けたものだ。そこには婚約パーティーの時の音楽が記録されており、ガハルド風に言うならば『今度会った時に2人きりの場所でそれを流してあの時出来なかった踊りをするぞ』という意図が込められている。

 

 本来は大切な者へ遺言を残したり、忘れたくない思い出を記録する高価なものであるが、こんなことに使用するのはガハルドくらいなものだろう。

 

 最初は雫も受け取るつもりはなかった。だが半ば強制的に押し付けられ、返そうにもガハルドはハジメにより送還済み。捨てようにも日本人のもったいない精神が働いてしまい、どうしようか困っていた所だったのだ。

 

 仁は雫が突然アーティファクトを起動したことに疑問に感じていたが、この場には同年代の男と女が2人っきり、辺りに鳴り響くはダンスパーティーで流れる優雅な音楽。ならば、やることは決まっているだろう。

 

 雫は座っている仁に右手を差し伸べると、あまり見せない可愛らしい笑顔で告げた。

 

「仁――私と踊ってくれる?」

 

 あまりに突拍子な誘いに仁は一瞬呆然とするも、すぐに雫の意図を察し、小さく笑みを溢してから飛び上がるように立ち上がった。

 

「ふっ、そういや八重樫はあの時誰とも踊ってなかったな。なんだ、1人だけハブられて寂しかったのかよ」

「ええ、そうよ。悪い」

「いいや、まったく」

「それなら早く手を取りなさい。あまり女性を待たせる男は嫌われるわよ」

 

 揶揄うような仁に対して雫は開き直って答える。

 

 あの婚約パーティーで雫が誰とも踊らずにいたことは仁も知っていた。雫は普段抑えている反動からか、小学生低学年のような好みや趣味を持っている。そんな彼女がお城のダンスパーティーに憧れないはずがない。

 

 そんな確信を持っていた仁だが、一応主役のリリアーナと踊ってしまった以上、すぐに別の女を誘っていいものかと思い、結局雫と踊ることはなかった。ガハルドが近づいて来た時、つい殴りそうにはなりはしたが。

 

 そのため、雫にこうして誘われたことは想定こそしていなかったがとても嬉しかった。当たり前だが、仁が断るなんてことあるはずがない。

 

「おっと悪い、八重樫の誘いなら手でも足でも喜んで」

 

 仁が差し出された手を取ると、2人は音楽に合わせて踊りを始める。

 

 つい先日婚約パーティーに参加していたとはいえ、2人にダンスの嗜みはない。誰が見ても3流以下の踊りだろう。仁がリリアーナと踊った時はダンス経験者のリリアーナの動きを一寸の狂いもなく予測し、その動きを逆算して正しい踊り方導き出すとかいうとんでもないやり方で踊っていたが、互いに経験が浅い以上それもできない。

 

 だがそんな下手くそなダンスであるというのに、2人の顔は笑顔だった。その姿はまるで、見様見真似で大人のように踊る無邪気な子供達のよう。

 

 ダンスの最中、雫は思った。

 

(リリィ、ごめんなさい。でも、これっきりだから……)

 

 今の自分の行動がリリアーナと約束した『邪魔しない』に当てはまらないことは、自分自身にすら鈍感になっている雫にだって分かる。それでも、この瞬間が楽しかったから。今だけは許して欲しいと心の内で謝罪を送る。

 

 気づけば、雫が感じていた胸の痛みはきれいさっぱり消えていた。

 

 対して、仁も楽しそうに踊る雫を見て思った。

 

(ああ、相変わらず、オレはこいつに弱いらしい)

 

 先程までリリアーナに揺れそうになっていた心が再び雫へと向けさせられたことを実感する。そして思い出した。自分は雫のこういう楽しそうにしている時の顔が一番好きだったのだと。この幼馴染と一緒の未来を生きたかったのだと再び覚悟が固まる。

 

 既に仁の中から、迷いは消えた。

 

 場所は決して清潔とはいえない樹海の中。音楽は優雅であれど音は小さく。ダンスの質は初心者レベル。観客はおらず、服装も平凡なもの。それでも、2人はこの先忘れることのないであろう時間を最大限楽しんでいた。

 

 幸せそうな笑顔を浮かべながらくるくると踊る2人のダンスは、アーティファクトに録音された音楽が鳴り止まった後もずっと続いた。




はい。というわけでヒロイン回でした。
執筆中何度も思ってしまった。「こいつら可愛すぎだろ!!」と。私は何を言ってるんだろう。とうとう頭がおかしくなったのかもしれない。
これで帝国編は終了です。恐らくですが、次の【ハルツィナ樹海】攻略編はこれまでで一番力を入れた章になるかと思います。亀のような更新がナメクジのような更新へと変わるでしょうけど、気長に待っていただけたら幸いです。

チョロイン+負けヒロインの称号を手に入れた女 リリアーナ
原作とは軌道が逸れ、仁に惚れてしまった王女様。本人的には好きだから告白したという形であるが、仁と雫が想像以上に面倒くさい恋愛をしていたためちょっと重い展開となる。
元々、彼女はヒロインとして出すつもりはなかったが、ハジメヒロインから脱落させようと悩んだ結果、必ず皇太子と帝国をぶち壊す必要があり、それはセットでリリアーナが惚れてしまう要因となるので仕方なくこうなった。
作者的な評価では、嫌いではないが特にこれといった印象のないヒロイン。ただ現在進行形で評価爆上がり中。
結果論として、また仁は関わった王族を惚れさせてしまった。

超鈍感系ヒロイン 雫
仁を真似して演技力を上げた結果、自分自身ですら自分の気持ちが分からなくなる重病に陥ったことが発覚。あまりにも鈍感過ぎる原因。
リリアーナが仁に告白したと知り、応援しようとするも原因不明の胸の痛み(恋の病)に襲われちょっと精神がぐちゃぐちゃになってしまう。なお仁とちょっと一緒にいたら治る模様。
他人の恋愛には敏感だが自分の恋愛には鈍いという絶妙な面倒くささを併せ持つ。
ラストのダンスシーンはとある魔法使いの高校生兄妹がダンス会場の外で踊ってる場面を見て思いついた。

今回ほぼ出番なし ガハルド
出番こそなかったものの、ユエ達の喧嘩に巻き込まれた挙句仁にボコボコされていたり、雫へ渡した自分と踊るための高額アーティファクトを仁と一緒に使われたりと不憫な枠に収まっている。
同情はしない。

書籍版 破滅の巫女
仁がゲット
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