ピンクの魔人と共に   作:クー(無課金勢)

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お久しぶりです!
訳あって投稿できてませんでしたが、今日から亀更新で再開します!

ちなみに、暇な時に投稿していた作品が思ったより好評だったので良かったら読んでみてください。続きは書きません。
奏章Ⅳクリア後の衝動に任せた思い付き

Q. どうして投稿できなかったの?
A. スタレにハマってましたすいません


第七章
第5(第6)の大迷宮


 早朝特有の静謐が満たす、樹海の深部。

 

 視界を塞ぐほどの濃い霧が辺りを包み込み、それによって発達した高い隠密能力を持つ魔物達が闊歩する危険地帯。五感に優れた亜人族と行動を共にしていなければ通り抜けることはおろか、まっすぐ進むことすら困難な自然が生み出した迷宮。軽い気持ちでそこへ踏み込めば、あっさりと魔物達の餌へと早変わりすることになるだろう。

 

 そんな危険に溢れた樹海の一角に、異質な空間があった。

 

 半径30メートルはあるであろう半透明のドーム状障壁。その内側には霧が一切なく、魔物の気配も感じられない。まるでそこ一帯だけが樹海から切り離された別世界のようにも思える。本来樹海にあるはずのない安全地帯が、そこにはあったのだ。

 

 障壁の内側をよく目を凝らして見れば、2つの人影が見える。それらは超高速で動き回り、目で追うことすら困難だ。時折2人の姿が現れては消え、激しい衝突を繰り返す。

 

「っ…………そこ!」

「ダメだな。反応から攻撃までが遅すぎる」

「うっ……?!」

 

 視界に一瞬映り込んだ桃色の影を追って黒刀を振るう黒髪の少女――八重樫雫。そして振るわれた刃の全てを軽々と躱すピンク色の魔人――風磨仁。2人は、ドーム状の障壁内部で高速戦闘を繰り広げていた。

 

 雫は仮にも勇者パーティーの一員、常識の範囲内で考えれば弱いはずがない。極めて洗練された動きと共に振るわれた黒刀は常人であれば斬られたことすら気づかせず、その命を断ち切るだろう。しかしそれでも、仁との差はあまりにも大きすぎた。いくら仁が雫レベルまで気を抑えて加減しているとはいえ、体の動かし方、気の扱い、戦闘経験、こと戦いにおいて仁はあらゆる面を含めて雫を上回っている。

 

 空気を切り裂くような鋭い剣戟を仁は体を少し後ろにずらしただけで回避し、カウンターでボディブローを放つ。咄嗟に後方へ飛ぶことで威力を殺した雫だが、たとえ加減していたとしても仁の拳は重い。腹部に受けた衝撃に、雫は吹き飛ばされていく。

 

 転倒しないため、空中で身体を捻りって回転することで勢いを殺し、黒刀を地面に突き刺しながら雫は着地する。追撃を雫だったがその気配はない。それどころか、仁は顔を上げた雫に対して『早くかかってこい』と言わんばかりに指を曲げて挑発をしてきた。

 

「くっ……! はぁああああ!!」

「遅い、軽い、動きが単調すぎる。やり直し」

「ぐっ…………はぁ……はぁ……」

 

 負けてられないと雫は自身を鼓舞して地面を蹴り、一瞬の間で仁との距離を潰す。だが退くのではなく余裕の笑みを浮かべながら前へと踏み出した仁に黒刀を握る腕をあっさりと掴まれ、背負い投げの要領で投げ飛ばされてしまった。

 

「息が上がってるぞ。どうした、もう終わりか?」

「まだ!」

「そう、その意気だ」

 

 深く深呼吸をして息を落ち着かせ、雫は左手を仁へと向けると、その掌からバスケットボールサイズの()()()()()()()()()()。同時に、先行するようにして前を進むエネルギー弾の影に隠れながら雫も飛び出す。今仁の視点からは、雫の姿がエネルギー弾に隠れ、見えないはずだ。

 

 しかし、それも通じない。

 

「きゃあ!?」

「甘い。重要なのは気の強さや動きを掴むことだ。目で追ってる内はオレに1撃も与えられないぞ」

 

 先行したエネルギー弾と同軌道上に進むことで死角に潜んだ雫だったが、仁は地面に足を突き刺し、物理的に伸ばすことで視界に映っていないはずの雫の顎を地中を介して蹴り上げた。

 

「八重樫は視覚に頼り過ぎた。敵の動きは見るんじゃなく、感じるんだ。気配や僅かな空気の動き、それに勘。見るではなく感じろ……これが大事だ」

「ううっ……無茶な、ことを……」

「無茶でもしないとおまえがオレ達の戦いについてくるなんざ無理だからな。とはいえ、最初からできる奴なんていない。とにかく今は()()()に慣れることだ。そうすれば、少なくとも今よりは確実に強くなれる」

「今より……強く……」

「説教は終わりだ。さっさと構えろ。今度はこっちから行くぞ」

 

 忠告を告げてから構える仁を見て、雫もすぐさま黒刀を両手で握り防御の構えを取る。直後、雫の視界から仁が消えた。そして真横から感じられる気配と聞き覚えのある声。雫は確信する。

 

「――気を抜いたな」

 

 反射的に声の聞こえた方向に黒刀を構えて防御を試みるも、敢えて防御が間に合うようなスピードで放たれた回し蹴りの衝撃は黒刀越しに雫を弾き飛ばす。今度は体制を立て直すこともできず、地面に転がされた。

 

「何度も言ったはずだ、それは強者の特権だと。実力の伴わない油断はただの隙にしかならない。自分が強いと過信するな。この手合わせだけでもオレには26回おまえを殺せるチャンスがあったぞ」

 

 痛む体に鞭を打ち、歯を食いしばって雫を地に手を着けて立ち上がろうした……その時、雫は見た。本来曲がってはならない方向へとへし折れた自身の腕を。

 

「っ~~?!?!」

 

 雫は勇者パーティーとして大迷宮攻略を最前線で進んではいたものの、その中途半端に高いステータスから、これまで大きな怪我を受けたことがなかった。つまり彼女は痛みへの耐性が低かったのである。声にならない悲鳴を上げながら、雫は折れた腕を抱えて蹲る。それを見た仁もようやく自分がやり過ぎたことに気づいた。

 

「あちゃあ……。加減ミスったなこれ」

 

 咄嗟に蹲る雫へと駆け寄り、"回復の術"で折れた腕とこれまでのダメージを癒す。荒い呼吸を繰り返していた雫だったが、痛みが消えたことで「ふぅ」と一息つくと、ぐったりとした感じで仁に体を預けて倒れ込んだ。

 

「はーっ……はーっ……ごめんなさい。心配させたわね」

「いや、加減ミスったのはオレだ。八重樫が謝る必要はないだろ」

「それでも仁に鍛えて欲しいって頼んだのは私よ。それに、加減が上手くできなかったってことはそれだけ真剣にやってくれたってことでしょ。私からしてみればそっちの方がありがたいわ」

「でも痛かったろ。腕折れちまったし……」

「私がいいって言ってるの。もう気にしないで。それより、ちょっと休みたいわ……」

「オッケー。じゃあとりあえず今日のところはこれで終わりにするか。オレもそろそろ寝たいしな」

「ええ、じゃあ膝貸してくれる?」

「またかよ。毎度のことだが何故おまえは男の膝枕を望む?」

「だって……仁の体なんかスベスベの粘土みたいで心地いいから……」

「なんか……あんま嬉しくないな」

 

 そうして雫は、強引に仁の膝を枕にすると、これまでの疲れの反動からか泥のように眠りについた。

 

 

 

 フェアベルゲンに到着してから既に5日。仁は以前王国で交わした『雫を強くする』という約束を守るため、毎日雫に修行をつけていた。

 

 人を鍛えた経験こそなくとも、仁は強くなる方法を知っている。だから別に雫を今より強くするくらい簡単なことなのだが、短期間で仁やハジメレベルまで強くなるだなんて甘い話はない。そのため仁は内心複雑ではあったが、反則技を使ったハードメニューを考案した。

 

 通常であればまず時間をかけて肉体作りをし、身体の動かし方や攻撃の仕方や避け方といった基本を学び、知識を身に着け、最後に気という概念を受け入れて糧とする。それが最も安全かつ効率の良い修行なのであるが、仁はその過程を"魔術"と"技能"で色々とすっ飛ばした。

 

 まず初めに、雫の基礎的な能力を引き上げた。帝国のバイアス皇太子にやったものと同じだ。"魔術"によって、秘めた強さを無理矢理引きずり出す。それを雫の肉体に負担がかかりすぎない程度に抑えて行使したのだ。それにより、半強制的に最低限の肉体作りと気という概念の理解を雫は終えた。代償としてその際、雫は身体の悲鳴に耐えきれず白目を向いて意識を失ったけれど。

 

 次に、仁は自分の技能である"体内エネルギー操作"を使って雫に身をもって気のコントロールを教え込んだ。

 

 これは仁自身も知らなかったことではあるが、"体内エネルギー操作"の本質は自分自身の気を完全に操るといったものではない。それ以外の使い道が分からなかったからこそ、仁はこの技能を使い気のコントロールを習得したが、それはあくまで手段の1つであって、気を扱うだけだったらその技能は別に必須じゃなかった。

 

 こうして雫と修行することになって初めて知ったのだが、どうやら"体内エネルギー操作"は自分のものだけではなく、()()()()()()()()()()()()だったのだ。当然格下にしか効かない姑息な手段であるが、今回はそれが効果的に働いた。

 

 仁によって気を無理矢理操られた雫は自分の体にある気という概念について感覚で認識し、仁程ではなくとも気のコントロールを可能にした。代わりに、『気の筋肉痛』のような症状に襲われ、その日は痛みで眠ることすらできなかったらしい。

 

 こうして最低限の土台作りに2日がかかってから、文字通り命を賭けた修行が始まった。しかもその内容は超ハード。朝起きてから寝るまで24時間常に合計40キロのリストバンドを両手両足に装着させられ、そのまま霧で視界が塞がれた樹海でのサバイバル。それが終われば今度はハジメが設置した霧と魔物を通さない結界の中で加減が苦手な仁との組み手という、休む時間や食事の時間こそあるものの、普通に死ぬのではないかという酷いメニューだった。雫が目を点にして『私を殺す気?』と問いただしたのは決しておかしいことではない。

 

 中でも雫が一番辛かったのが、数少ないフェアベルゲンで過ごす時間の中、座った椅子がリストバンドの重さでミシミシと鳴り、香織に『雫ちゃん、もしかして着痩せするタイプだったの?』と純粋な困り顔で言われた時だった。年頃の女子高生に重りをつけるのは良くない。その日雫は全力で仁に八つ当たりした。

 

 そして現在。目まぐるしい成長を遂げた雫は気を抑えているとはいえ、仁の動きにギリギリで食らいつき、気のコントロールも魔人ブウに吸収される以前の仁以上にまで上達した。それでも大迷宮に挑む戦力として数えられるかは難しい所であるが、大迷宮のある"大樹"への道が開ける周期まではあと2日。それまでに及第点ぐらいにはできるだろうと、仁は怪しくほくそ笑む。

 

 仁は自分の膝の上でスヤスヤと寝息をたてる雫の髪を優しく撫でる。

 

「もっと強くなってくれよ、八重樫。おまえに助けられる時を待ってるからな」

 

 ちなみに、仁の最終目標は雫がタイマンでハジメを倒せるくらいだとか。まだ修行中の身だというのにチート錬成師とのタイマンが約束された雫であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五感が優れたオレとシアを先頭に、オレ達は現在、大樹へ向かって足を進めていた。

 

 フェアベルゲンに来てからちょうど1週間。"大樹"への道が開ける周期がやっと来た。物理的に体に纏わりついてくる濃霧こそ未だ気持ち悪いが、1週間も樹海でサバイバルしてたオレは構うことなく歩き続ける。

 

 次の目的地は七大迷宮の1つ、【ハルツィナ大迷宮】。そこは、"樹海"の最深部にあるという巨大な一本樹木が入口となっていて、今オレ達はそこへ向かって移動中だ。ちなみにその大樹は亜人族が"大樹ウール・アルト"とか呼んで、神聖な場所になってるらしい。

 

 その大樹についてだが、どうにも樹海の他部分と比べて霧が濃い。五感の優れた亜人族でも方向感覚狂わされるというのだからそれは相当だ。別にやろうと思えば樹海の霧を纏めて吹き飛ばすことぐらいわけないが、それでは樹海そのものもまとめて更地になってしまう。いくらなんでもそこまでする必要はないため、オレ達は霧が弱まる周期を狙って大樹へ進んでいた。

 

 とはいえ大人しいのは霧だけで、樹海の魔物達は絶好調。道中、霧に紛れて奇襲を仕掛けられた数はもはや数えきれない。だが今回に関してはそんな雑魚にオレやハジメ達が手を出すことはなく、天之河達に全任せだ。ハジメ曰く、【ハルツィナ樹海】の大迷宮がどんな試練か分からない以上、初挑戦のメンバーには樹海の魔物でウォーミングアップしてもらおうということらしい。

 

 言い分は納得できるが、元を言ってしまえばこの程度の魔物に苦戦しているようでは大迷宮で戦力になるとは思えない。見ている限り戦力になりそうなのは2人。

 

 1人は白崎、一度であっても大迷宮攻略経験があるからだろう。自分の役割を正しく把握して回復に専念している。短文の詠唱にも関わらず一瞬で周囲の味方を癒す魔法は味方からしてみればありがたいが、敵にいれば非常に厄介な相手だ。白崎がいるだけでゾンビ戦法が可能になるのだからヒーラーとしては相当優秀な部類だろう。本人の戦闘能力が低いという欠点こそあるが、そこはその内ハジメがなんとかすると言ってた。まあ任せよう。

 

 そしてもう1人が……

 

「疾っ!」

 

 あからさまに1人だけ別次元の戦闘を繰り返してる八重樫だ。

 

 体の力を抜きリラックスした状態のまま濃霧で見えないはずの魔物にゆっくりと近づき、一瞬黒刀を振るったかと思えば魔物が胴体を切断され、血を吹き出して死んでいく。オレの目には八重樫の刃が魔物を切り裂いた瞬間がちゃんと見えてるが、他の奴らからみればそれはさぞ衝撃的な光景だろう。

 

「はっ!」

 

 更に、背後から奇襲を仕掛けてきた魔物を視線すらせずにエネルギー弾で吹き飛ばす。2日前とは違い、視界に頼らずとも魔物の接近を察することぐらいはできるようになっていた。

 

「……よし、大丈夫だな」

「いや待て待て待て、仁。お前八重樫にどんな魔改造しやがった? 1週間前とはもう別人レベルだろアレ。どうなってんだあの動き、下手したらユエ達とも張り合えるぞ」

 

 周囲の敵を殲滅し、黒刀を収めた八重樫を見たオレはほっと胸をなでおろす。

 

 戦力として不安は感じてない。そもそもオレが鍛えたんだから不安の要素なんてあるはずもない。ただ時間がないからと、かなり邪道な方法で強化してしまったため、体に負担がないかだけが心配だった。だがそれも杞憂に終わり、まだまだオレやハジメに比べれば劣るものの、少なくとも足を引っ張らない程度には戦えるようにはなったし、後遺症も見られない。これなら大迷宮でも遅れをとることはないだろう。

 

 一応説明しておくが、今日は修行用のリストバンドを着けさせてない。いくらなんでもあの重りを付けながらの大迷宮攻略は無理だとオレが判断してからだ。ただ、戦況が不利になった時、あの重りを外して形勢逆転する八重樫の姿は見たかった。

 

「南雲君、流石にそこまで人間を辞めてないわ。気を感じることはできても、仁みたいに空は飛べないし、凄いビームも撃てないもの……それに、まだ目の前の生意気な師匠からは1本も取れてないしね」

 

 オレとハジメの話が聞こえていたようで、こちらへ歩み寄りながら八重樫は唇を尖らせて拗ねたような反応を見せる。オレというお手本が目の前にあるというのに、まったく近づける気がしないと以前愚痴をこぼしていたから気にしてるんだろう。

 

「たかだか数日修行した程度でそこまで強くなられたらオレの立つ瀬がないだろ。そう簡単に1本取られてやるか。でもそうだな、もしオレに1撃でも与えたらその時は八重樫の頼みを何でも聞いてやるよ。文字通り"なんでも"……な」

「言ったわね。覚悟しなさいよ」

「おう、出来るもんならやってみろ」

 

 その後、白崎が「雫ちゃんが私の知らない間に化け物(そっち)側に行ってる!?」と驚愕し、天之河が神代魔法を手に入れれば元がそこまで強くなかったオレやハジメよりも強くなれるなどと、ありえない妄想話に盛り上がりを見せたりはしたものの、無事に目的の場所にまで辿り着くことが出来た。

 

 

 

 

 

 

「へぇ、これが大樹。オスカーの記憶で見たことはあるが、生で見ると違うもんだな。なんていうかこう……すげぇ」

 

 一見ただの壁にも思える巨大な葉も花もない木を目にしたオレはそんな感想を抱いた。与えられた記憶とほとんど同じ光景ではあるものの、この壮大さは実際に目にしてみなければ実感できないだろう。語彙力も大分低下してる。そしてそんな反応をしたのはオレだけじゃなく、天之河達もその巨大さに口をポカンと開けて唖然としていた。

 

 驚愕と感激に目を輝かせるオレ達とは対照的に、既にここに来るのが2度目のハジメは樹木の根本にある石板に触れ、『ここからは何が起こってもおかしくない本当の魔境だ。気を引き締めろと』と言いたげな鋭い視線を飛ばしてくる。

 

 あんな風にしてるが、どうせハジメも初見の時にはオレや天之河達のような反応をしていたに決まってる。あいつはそういうとこあるからな。

 

「仁、ちょっと来い。お前の知識を借りたい」

「おう? ああ、それは別にいいが……ハジメの考えてる通りだと思うぞ」

 

 ハジメから声をかけられ、オレは大樹の根本にある石板に近づく。どうやら、ハジメはオレが持つ"オスカー・オルクスの記憶"を利用したいようだが、この程度のギミックにそんなもの必要ない。

 

 オレは石板の裏側を覗き込み、そこにある窪みに【オルクス大迷宮】攻略の証である指輪をはめ込んだ。一応オスカーの記憶からこうすれば道が開くのは知ってるが、石板の裏側にはあからさまな何かをはめ込むような窪みがあるのだからそれにさえ気づけば誰だって分かる簡単な仕掛けに過ぎない。

 

 一拍置いて、石版が淡く輝き出し文字が浮き出始める。

 

"四つの証"

"再生の力"

"紡がれた絆の道標"

"全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう"

 

「4つか……それならオレの分だけで足りるな」

 

 以前も説明したことはあるが、七大迷宮の中には挑戦すること自体に条件を必要とする場所もある。この【ハルツィナ大迷宮】は中でもそれが最も厳しい大迷宮だ。オレはそれが分かっていたからこそ、ここの攻略を後回しにしていた。ただ、それを知らずに来た以前のハジメ達は1度入場制限に引っかかったらしい。

 

 浮き出た文字をそのままの意味として考えるならば、"四つの証"――最低4つの七大迷宮を攻略した証を石板の窪みにはめ込むこと。"再生の力"――神への反逆心を持つことが攻略の必須条件となる【メルジーネ海底遺跡】。そこで手に入れた"再生魔法"を大樹へ向けて行使すること。"紡がれた絆の道標"――常人では来ることのできないこの場所へ、亜人族という種族の壁を越えた協力者と共に辿り着くこと。

 

 これら3つの条件を達成することで、ようやく大迷宮への挑戦権が与えられる。オレはさくっと手持ちの"攻略の証"をはめ込むと、大樹に浮き出た紋章に触れ、再生魔法を発動する。

 

「わぁお、これは凄い。製作者(リューティリス)は中々センスがあるな」

 

 直後、眩い光が大樹を包み込み、オレが触れている箇所から波紋のような光が何度も天辺に向かって走り始めた。その姿は、まるで根から水を汲み取るようにも見える。光は大樹の隅々まで行き渡り、徐々に瑞々しさを取り戻していく。

 

 やがて、大樹は頭上の枝にポツポツと葉が付き始めると、一気に生い茂り、鮮やかな緑を完全に取り戻した。

 

 更に次の瞬間、正面の幹が突如裂けるように左右に分かれオレ達の目の前には洞が現れた。目測だが恐らく数十人が優に入れる広さだろう。普通に考えて、ここが大迷宮の入口と考えていいはずだ。

 

 オレが先陣を切って巨大な洞の中へ足を踏み入れていくと、『もう少し躊躇えよ……』と呆れた様子のハジメ達も小走りで入ってくる。続いて攻略資格のない天之川達まで入ってきた。どうやら、1人でも入場制限を突破していればその他大勢もオーケーという親切設計みたいだ。

 

 だが洞の中には何もない。続く通路も転移魔方陣もなく、ただ広いだけ空間がドーム状に広がっているだけ。

 

「行き止まりなのか?」

「……それはないな。どちらかと言えば、罠に近い」

 

 なんとなくこの先の展開が読めたオレは天之河の呟きを否定し、たった今潜った洞の入口を親指で指差す。その瞬間、洞の入口は逆再生でもしているように閉じ始めた。出口を封鎖されそうになり慌てふためく天之河達だったが、ハジメが黙らせると、洞の中は完全な暗闇に包まれる。

 

 続いて、足元に強烈な光と共に出現する魔法陣。見た感じ転移系の魔法陣だが、ここまで派手な演出をしておいてそれだけの効果なはずないだろう。それぐらいは分かっていたものの、オレは特に抵抗することもなく転移の魔法を受け入れた。抗うのは簡単だ。でも、それで攻略資格を剥奪されるのも困る。

 

 そこまで冷静さを貫けていたオレだったが、次の瞬間、そのような思考は跡形もなく吹き飛んだ。

 

「っ……マジか……」

 

 それは、あまりにも()()()()()()()()

 

 ほんの一瞬。少し前のオレであったなら見逃していたかもしれないほどの僅かな時間。この大樹の内からオレはそれを感じ取った。ハジメ達のような『普通に比べれば大きい』程度のものとはまるで違う。正真正銘の規格外。オレすらも圧倒する気。

 

 しかも、その気は"悪"で染まりきっていて、ひとかけらの"善"もない。魔人ブウとしての記憶も含めて、これまで感じたことすらない巨悪にオレは無意識の内に恐怖し、一歩後退っていた。すぐにオレ同様に気を感じ取れる八重樫に視線を向けるも、あまりに一瞬の出来事であったためかまったく気づいてない。

 

「……ハハ、今度は死ぬかもな」

 

 周りが動揺する中、オレは別の意味で焦りを感じ、冷や汗を流す。そんなオレ達から問題なく発動された魔法陣の輝きは容赦なく視界を奪っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び光を取り戻したハジメ達の視界に映ったのは、木々の生い茂る樹海だった。勇者パーティーのリーダーとして指揮経験のある光輝が反射的に仲間の安否を確認する。そして、全員の無事を確認すると、一行は大迷宮経験者であるハジメの意見に従い探索を始めることにした。

 

 しかし、ハジメと雫を除いた全員がある違和感に気づき足を止める。

 

「……2人共? 行かないの?」

 

 皆が歩き出す中、ハジメと雫だけが何故かその場を動こうとしなかったのだ。それに気づいた香織が"?"を浮かべて振り返る。

 

「……4人、ね」

 

 雫は親友である香織の言葉に耳を貸さない。落ち着いた雰囲気のまま黒刀を鞘から瞬きの間に引き抜き、力を抜いたリラックスした状態でその場に立ち尽くす。

 

「一応聞いておくが……八重樫、お前は()()か?」

「そんなこと聞かなくても南雲君なら分かるでしょ。私にだって分かるから」

「まあな……」

 

 ハジメも雫と同様、香織の言葉に反応を見せない。それどころか、周りを気に掛けることすらなく殺意を振り撒いた。全員がその殺気を身に受け、全身を震わせる。

 

「ハジメさん、雫さん。一体何を――」

 

 どうしてハジメが殺意を振り撒いているのか。そこには必ず納得できる理由があると信じたシアが声をかけようとした……その瞬間だった。

 

 雫とハジメが動いたのはほぼ同時だった。

 

 ハジメが瞬きする間にユエとティオ、龍太郎、そして仁をワイヤー型の拘束用アーティファクト、"ボーラ"で拘束し、一瞬遅れて飛んだ雫がジタバタともがく4人の首を躊躇いなく切り飛ばした。

 

「「「「なっ……」」」」

 

 数秒にも満たないほんの一瞬の出来事。他の者達は何もついていけないまま、ユエとティオ、龍太郎と仁は仲間であるハジメと雫に殺されたのだ。

 

 その事実に、光輝達は当然のことシアも激しく動揺する。そして全員が、ハジメと雫に正気を疑うような眼差しを向けた。

 

「南雲! 一体なんのつもりだ!」

「雫ちゃん! どうして!」

 

 光輝と香織が焦燥感に満ちた声を上げ、ハジメと雫に迫る。当然の反応だろう。仲間が殺されたのだから。だがそこでようやく違和感に気づいたシアが逆に香織達を手で制す。

 

 光輝だけは何故かハジメだけを取り押さえようと今にも飛びかかりそうな雰囲気だったものの、その行動も続いて放たれた雫の言葉によって停止する。

 

「皆、落ち着いてよく見なさい。あれは偽物よ」

 

 そう言い切った雫が頸を切ったユエ達に目線を送る。

 

 あまりにグロテスクな光景に思わず顔を背けそうになる光輝達だったが、雫の言葉ならと堪えて視線を移す。そして見た。頭部を失ったユエ、ティオ、龍太郎、仁の胴体が、一拍おいてドロリと溶け出し、赤錆色のスライムのようなものとなってそのまま地面のシミとなった光景を。

 

 先ほどまで仲間だと思っていた人物が、"何者"ではない"何か"であったのだと理解し、光輝達の呼吸が自然と浅くなり冷や汗が滝のように流れ落ちる。それは騙されていた驚きからではない。あのまま気づかなければどうなっていたのかという恐怖からだ。

 

「チッ。流石大迷宮だ。いきなりやってくれる……」

「本当よ。随分と性格の悪い魔物もいるのね」

 

 ハジメが苛立ち気味にボーラを宝物庫に収納し、雫が一息ついてから黒刀を鞘に収める。2人の様子は冷静に見えるものの、その雰囲気からあからさまに腹が立っていることは誰もが容易く見て取れた。

 

「ハジメさん……ユエさんとティオさんは……」

「転移の際、別の場所に飛ばされたんだろうな。僅かに、神代魔法を取得する時の記憶を探られる感覚があった」

「それで、あの擬態能力を持った魔物が成り済まして不意打ちでもする予定だったんでしょうね。まったく、よくこんなトラップ思いつくわね」

 

 ハジメの推測を雫が補強するように解説する。それを聞いた香織と鈴は感心したように頷いた。

 

「なるほど……それにしてもよくわかったね」

「うんうん、鈴には見分けがつかなかったよ。どうやって気がついたの?」

 

 鈴が、また成り済ましで仲間に紛れられたら困るとハジメと雫に見分け方を問う。彼女なりに大迷宮攻略に真剣に取り組もうとしているのだ。鈴の問いに、光輝もはぐれた親友の安否を気にしつつ興味深げに2人を見やる。

 

 先に答えたのはハジメだった。

 

「どうって言われてもな。……見た瞬間、わかったとしか言いようがない。目の前のこいつは"俺のユエじゃない"って」

「「「「……」」」」

 

 ある意味、惚気とも言えるような回答に全員がガクッと脱力する。この時ようやく鈴も気づいたことだろうユエが関連した時のハジメは少し――いや、大分ウザいと。

 

「じゃあ、風磨君と龍太郎君、それにティオさんは?」

「一度、偽者がいるって分かれば、後は注意して見れば"魔眼石"で違和感を見抜くことは出来るんだよ。だから、今後は俺といる限り心配無用だ」

 

 そうですかぁ~と、シアはどこか呆れたような眼差しをハジメに向けた。そんな中、香織が何か思いついたようにハッとする。その顔はどこか楽しそうで、かつ何か期待を含めたような目をしていた。

 

「じゃあじゃあ、雫ちゃんも同じなの! 仁君見てすぐ気づいたの!」

「「!?」」

 

 香織の問い掛けに『幼馴染は俺のもの理論』の使い手である光輝と恋バナマニアの鈴が正反対の反応で「「そうなの(か)!?」」と食い気味に問いかける。そうなれば、自然と雫に視線が集まってくる。そんな風に香織と鈴が甘酸っぱい解答を期待する中、雫は特に気負った様子もなくあっさり答えた。

 

「そうね。確かに仁の擬態は他の3人と比べてかなり分かりやすかったからすぐに分かったわ。でも、それぐらい香織や鈴も分かるでしょ? 後は、皆から魔物に近い気を探しただけよ」

「「……」」

 

 ただ残念かな。八重樫雫は南雲ハジメに匹敵するレベルの鈍感である。自分が抱く感情に整理をつけられない雫の中では、『自分だから仁の正体に気づけた』のではなく、『仁だけ魔物の擬態が甘かった』という都合の良い認識へと変換されてしまうのだ。

 

 これには香織と鈴も頭を抱え、この場にいない親友にハジメも同情する。こっそりと光輝が仁に嫉妬心を抱いていたりもしたが、そんなハジメ達の反応に雫は疑問符を浮かべながら「そんなことより、早く進みましょう」と提案して先を急ごうとする。彼女も彼女でマイペースだ。

 

「雫ちゃん。それは仁君が可哀想だよ……」

「ま、まさかシズシズに鈍感属性があったなんて……萌える!」

「なんだって雫は……風磨の奴なんかを……」

 

 まさかのハジメと同じ属性を雫が持ち合わせていたことに香織は同情し、鈴はむしろ顔を赤らめながら興奮して息を荒くする。そんな雫達を呆れたように見ながら、ハジメが先陣を切って進んでいく。一行は最初から色々問題を抱えつつ樹海の中へと足を踏み入れるのだった。

 

 ちなみに、ハジメが偽物だと判断したならば間違いないという確信を持って4人の頸を斬った雫であるが、仁だけは『頸斬っても死なない』という地味に嫌な信頼によって他の偽物よりも躊躇いなく斬られたのだが……それは言わぬが吉であろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はぐれたユエ、ティオ、龍太郎。そして仁を探すため、ハジメ一行は樹海の奥深くを進んでいた。どうも今回の大迷宮は精神的に追い詰めようというコンセプトが強いらしく、生理的嫌悪感を抱く蜂型の魔物や傷つけられたユエに擬態して精神的な揺さぶりをかける猿型の魔物といった、嫌がらせに特化した魔物が続々とハジメ達の前には立ち塞がった。

 

 しかし鈴や香織ならば兎も角、ハジメがその程度の揺さぶりに心を乱すわけもない。偽物とはいえユエを痛めつけた魔物にハジメがブチギレるという想定外こそあったものの、光輝がハジメに目玉を潰された以外は特に大きな怪我もなく順調に樹海を進んでいた。

 

 そうこうしている内に、ついにハジメとユエは再会を果たした。

 

 その姿こそ、元の美しい少女のものではなく、醜いゴブリンであったが、ハジメが最愛の女を間違えるわけがない。

 

 同時に、一行は理解した。この大迷宮ではぐれた仲間達は魔物の姿に変わっていることを。共に大迷宮へと挑む仲間を離れ離れにし、一方には成り済ました魔物を連れさせ、もう一方は姿を魔物に変えて力を奪う。もし誰もその異変に気付くことがなければ、何も知らないままに仲間を手に掛けてしまう可能性も十分ありうるある意味最も残酷な大迷宮だ。一番最初にユエと再会できたのは幸運だっただろう。

 

 非情に性格の悪いトラップだが、そのタネが割れてしまえばもうハジメには大した障害にはならない。"魔眼石"を持つハジメであれば、敵が本当に魔物か姿を変えられた仲間かを容易く区別をつけられるからだ。

 

 ハジメの推測は正しく、魔物にされた仲間達はあっさりと見つかった。

 

 ゴブリンに集団的なイジメを受けて恍惚とするゴブリン――ティオを回収し、空手の動きでオーガと殴り合っていたオーガ――龍太郎を発見。まあぶっちゃけ"魔眼石"は必要なかったとも言えるが、こうしては順調にはぐれた仲間達との再会は進んでいた。

 

 残された仲間は……

 

「――あとは仁だけだな」

「ですね。でもあのピンク野郎なら大丈夫じゃないですかね?」

『……ん。放置していこう』

『それはさすがにどうかと思うのじゃが……まあ、うむ。確かに手助けはいらなそうじゃな……』

「あー……仁君だしねー」

 

 魔物に姿を変えられたことで言語を発せなくなった為、"念話石"にて会話をするユエとティオを加えたハジメ達は仁を探しながらも樹海の探索を続ける。普通ならば、はぐれた仲間の事を心配するべきなのだが、その場にいる誰もが特に根拠もなく仁が無事である確信を抱いていた。

 

 そこに仁のことを最もよく知っているであろう雫が異を唱える。

 

「皆、油断しないで。確かに仁は無事だろうけど、あの馬鹿のことよ。魔物になったなら、ほぼ間違いなくノリと勢いで私達に敵対してくるわ」

 

 まあその心配は仁にではなく、調子に乗った仁に襲われる自分達にではあったが。

 

「えーと、雫ちゃん? いくらなんでもそれは……」

「そうだぞ、雫。風磨は仲間だ。そんなことするはずないだろ?」

「あー……香織。確かにあいつならやりかねないぞ」

「え……なんで? 鈴には風磨君の考えてることがぜんぜん分からないんだけど……」

 

 突飛な発想に呆れる香織と光輝であるが、ハジメが同意したことで、比較的常識人寄りであるメンバ―が驚愕する。勿論雫の推測に証拠はない。完全に可能性があるというだけである。しかし、あながち間違いというわけでもなかった。

 

 楽しいこと、面白いことといった自分の娯楽を優先的に行動する仁が姿を魔物に変えられたならば、『最強の魔物としてハジメ達をぶっ倒すのも面白そう』という思考に至ってもなんら不思議ではない。いいや、むしろ真っ先にそれを思い浮かべるはず。そう雫は勝手に決めつけていた。相変わらず、仁への理解度が高い幼馴染である。

 

「そういうことだから、もしあいつを見つけても警戒は解かないで。何をしでかすか分かったものじゃ――」

 

 ズドンッ!!

 

 雫の忠告を樹海の奥から響いた鈍い衝撃音が遮る。

 

 まるで何か巨大なものが勢いよく壁にぶつかったかのような振動と共に響く音。大迷宮の中で緊張感を張り巡らしていたハジメ達はその音に嫌でも気を引かされてしまった。全員が顔を見合わせ、音の発生源へと視線を向ける。そしてその先から更に連続的に響く衝撃音。

 

「「「「「……」」」」」

 

 数秒の沈黙。そして、

 

(((((絶対にあっちだ!)))))

 

 王国を出発して以降初めて、ハジメ達は光輝含めて全員の心の声が一致した瞬間であった。

 

 異常事態あるところに仁あり。本人が聞けば間違いなく不服であろう評価に従って、そこに仁がいるであろうと確信したメンバー達は、駆け足で衝撃音の聞こえた方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 かつて、ハジメとユエが【オルクス大迷宮】攻略中にて遭遇したトレントを何倍も大きくしたような巨木の魔物。衝撃音を頼りに移動してきたハジメ達がまず目にしたのはその存在だった。

 

 その枝は鞭のようにしなって不規則な軌道を描き、葉は刃物のように飛び交う。木の実は砲弾のように撃ち放たれ、地中へと沈んでいた根はまるで槍のように突き出してくる。そんな、攻撃の1つ1つが常人であれば致命傷に至る巨大トレントと相対しているのは直径15センチ程度の()()()()のスライム。

 

「どうやら、この姿になっても強さは変わらないようだな。どうする? おまえの相手は世界一強いスライムだぞ!」

 

 舞い来る枝を、手裏剣のように飛ぶ葉刃を残像を残すほどの速さで躱し、不規則な軌道で敵を惑わせてから四方八方あらゆる方向からのトレントモドキへと連続体当たりを浴びせるスライム。原理は不明であるが、何故か喋るスライムは、壁へ吹き飛ばしたトレントモドキを見下すように見下ろす。

 

 自然の掟に正面から喧嘩を売ったかのような強肉弱食(ジャイアントキリング)。色合いがピンクであることもあって、すぐにそのスライムの正体が仁であると気づいたハジメ達だったが、想定とは見当違いなタイプの再開に全員が口をポカンと開けて忽然としてしまう。

 

 通常、スライムとはもっとドロッとした液状に近い肉体構造をしているはずだし、あんな超高速で動き回ることもなければ、声帯の関係上喋れるわけがない。そもそも生物として、今の仁の姿は矛盾していた。

 

「……さあて……もう飽きたからそろそろ終わりにするか」

 

 仁の異常ぶりに呆れればいいのか、頼もしく思えばいいのか、ハジメ達が混乱している間に、ついにピンクスライムはトレントモドキへとフィニッシュを仕掛ける。

 

 もはや霞んでしか見えない速度でトレントモドキの周囲をクルクルと飛び回っていたピンクスライムは、ドガガガガッ! とガトリングガンを連射してるかのような衝撃音を響かせながら、正確にトレントモドキの不意の突ける方向から幾度となく突進する。

 

 肉体こそスライムになったものの、強さ自体にはこれといった変化のなかったピンクスライムは巨木の体を何度も貫通し、数えることすら億劫となる風穴を空けていく。その巨体ゆえに回避は厳しく、枝や葉刃による攻撃も、"樹海現界"による防御も許さない怒涛の連続攻撃がトレントモドキを襲う。

 

 体中の至る箇所を砕かれ、耐えきれずに崩壊していくトレントモドキ。そこに追い打ちと言わんばかりにピンクスライムは体を液状に変化させ、貫通した際に身体に開けた穴から内部へと侵入。

 

 そして数秒後、ピンクスライムが体内で大爆発を引き落としたことにより、トレントモドキは内側から激しい光と共に破裂していった。戦場であった辺りにはトレントモドキであった樹木や葉などが飛び散り、その残骸の上に巨木の内側から飛び出してきたピンクスライムが着地する。

 

「ま、ウォーミングアップにはなったかな。大分この体にも慣れてきたみたいだし。これなら『ボス成り代わり大作戦』も順調にいきそ…………あっ」

 

 そこでやっと、予想通り迷惑しかかからない計画を企てていた仁(スライムVer)はトレントモドキとの戦闘を目撃していたハジメ達に気づく。スライムとなったため顔こそ分からないが、きっと今の仁は目を丸くして唖然としているのだろう。

 

 しばし両者共に沈黙の時間が流れてから、雫が呆れたようなため息を零す。

 

「そう、やっぱりくだらないこと考えてたわけね。敢えて言わせてもらうけど……馬鹿なの?」

「ひ、ひでーなオイ。っていうかそっちのゴブリン2体とオーガを見るに状況は把握済みってわけか? なんだよ、頑張った意味ないじゃん」

「す、凄い。シズシズの言った通りのこと考えてる。まさか、これが"愛"!?」

 

 呑気な様子でフワ―っと空中をスライド移動で近づく仁を、雫がガシッと頭っぽいところを掴んでから引き寄せてぬいぐるみのように抱き締める。勝手に行動されると迷惑だからジッとしていろという雫なりの警告だろう。

 

「っ~~?!?!」

「ちょっ暴れないで! じっとしてなさい!」

 

 見た目はスライムでも中身は男の子。羞恥にピンクの体を真っ赤に染めて必死に抜け出そうとする仁だったが、あまり力を入れすぎると逆に雫を怪我させてしまうと気づき。物理的に煙を沸かしながら体に触れる感触に気づかないようジッと体を固める。

 

 そんな2人の様子を注視していた鈴はただ1人頬を赤らめて興奮しているものの、誰もが関わらない方がいいと意図的に無視したため反応する者はいない。

 

「あいつら……人前でいちゃつくんじゃねーよ……」

 

 そのセリフを仁が聞いていれば即「おまえが言うな!』と反論していたことだろう。ハジメは仁と雫が戯れている光景を視界の端に入れながら先程のトレントモドキと仁の戦闘を思い返していた。

 

 その時、ハジメの中にある推測が生まれる。ユエやティオと違って、仁だけが戦闘能力を維持したまま姿を魔物に変えられた理由について。

 

「……なるほど、そういうことか。今調べた感じだと、どうにも仁は元が強すぎて大迷宮の魔法効果が中途半端に効いてるみたいだな。姿だけはなんとか変えられたけど、強さまでは調整するのは流石に無理だったらしい。強すぎて大迷宮の魔法部分的に弾くとか、おまえ一体どうなってんだよ」

「え……なにそれ、もう魔法とか何も関係ないじゃん!」

「ハジメさんも大概ですけど。あの人も十分おかしいですよね。父様達が見ていたら喜々として二つ名を考えそうです」

『……気に入らないけど、頼りにはなる』

『同意するぞ、ユエよ。味方である内は……であるがな』

 

 魔法も技能も関係なく、ただ肉体のスペックだけで大迷宮の魔法に抗った仁に全員が軽く引いた。あらゆる状況に対応できる豊富な手札を持つハジメとは対照的にその身一つのゴリ押しで解決する仁。タイプの異なる異常さを改めて思い知らされたハジメ達は自分の更に上を行く強さに悔しさを感じながらも、雫と未だイチャイチャ(無意識)してる仁にある種の頼もしさを抱く。

 

 ただ1人。光輝だけはスライムとなった仁をまるで睨みつけるように見つめ、ギュッと唇を噛み締めていた。

 

 自分達が到達した最高到達点である【オルクス大迷宮】(表層)90層の魔物ですら比べ物にならない強力な魔物を、仁はスライムの体でかつ、遊び半分で片付けた。ここには、ハジメや仁との差を覆すためにやって来たのだと自分に言い聞かせても、助けられっぱなしで果たして神代魔法は手に入るのか……そんな不安が心の内から湧き上がってくる。

 

 ネガティブな考えを振り払うように仁から視線を外した光輝だが、外した先――仁の背後の地面から地響きを立てて生えてきた急速に成長する巨木の姿に息を呑む。

 

「なっ……再生している?」

 

 光輝の言葉通り、それは先のトレントモドキそっくりである。まさに"再生した"といった感じだ。咄嗟に身構える光輝達だったが、再生したトレントモドキは特に襲いかかるでもなく、幹が裂けるように左右に裂け、先の大樹の時と同じように洞を作り始めた。

 

「ああ、そういうこと……納得。どうりで大迷宮のボスにしては弱かったわけだ。役割が敵じゃなくて扉なら、あの程度の強さにも頷けるな」

 

 仁はどこか腑に落ちたかのようにスライムの体で器用にコクコクと頷くと、未だ自身を抱く雫へ指示してちょうど出来上がった洞へと向けて進んでいく。その後をハジメ達が付いて行き、身構えていた光輝達も構えを解いて慌てて追随する。

 

 洞の中はやはり何の特徴もない空間だった。大迷宮の入口と同じ仕組みである。そして入口の時と同様、全員が中に入った直後に洞の入口が勝手に閉じていき、ほぼ同時に足元が輝きだした。

 

「なんだまた転移か。リューティリスは遊びがないな。オスカーの記憶だと、もうちょっと頭ぶっ飛んでる女だったと思うんだけど」

 

 大樹の入口とほぼ同じ仕掛けに、代わり映えがないと仁はスライムの体だというのに誰が見ても分かるように残念がる。そんな仁を無視して、ハジメはユエ(ゴブリンVer)とゴブリン(ティオ)をグッと抱き寄せた。

 

 抱き締めた所で転移陣が引き離そうとすれば抗えないのだが、何もしないよりはいいというハジメの小さな抵抗だ。

 

 仁とは違いこっちの2人は戦闘力が魔物並みに下がっているのだから、ちょっとしたことが致命傷になりかねない。些細なことでも出来ることはしておきたいというハジメのツンデレ的思考からの行動というわけだ。その気持ちが伝わったのか、見た目がゴブリンの2人は明らかに喜んでいると分かるポワポワとした雰囲気を漂わせる。

 

「ハジメ、ちょっとは場を弁えろ。正直に言ってウザい」

 

 ただそれを見せつけられた側。特に男性陣からしてみれば複雑な心境だ。仁が男メンバーの意見を代表して正面から文句を言い放つ。真意は兎も角、今のハジメは周りから見たらいつ命を失ってもおかしくない迷宮で女(複数)といちゃついているようにしか見えない。

 

 見せつけられた彼女のいない男子組からしてみれば、それはもう挑発でしかない。光輝と龍太郎(オーガVer)はハジメに少し苛立った反応を見せ、仁なんか隠す事もなく思いっきり殺気をぶつけ、雫にはたかれている。

 

 そうこうしている内に、魔法陣の輝きは増しき。やがて、仁達の視界は再び莫大な光によって塗りつぶされた。




魔改造系ヒロイン 雫
仁との修行によって謎の超強化を貰った少女。
眠っていた力を魔術によって無理矢理引き出され、気を強制的に操作されたことで嫌でも気の概念を把握し、仁のスパルタ指導によって軽く勇者を超える戦闘力を身に着けた。ただまだ気のコントロールは完璧ではなく、舞空術や気を0~100まで自在に変化させることもできない。
強さ的にはハジメヒロインには2、3歩届かない程度の強さではあるが、今後も修行を続ければ力の差が逆転する可能性も大。

残念系ヒロイン 香織
檜山に殺されず、ノイントの身体をパクることもなかった結果、原作よりも弱くなってしまった少女。
世にも珍しい救済した方が弱くなる系のヒロイン。しかも弱体化したことでハジメヒロインレースでは最下位に位置する。この先、そもそも新たなヒロインが出て来るかどうかが怪しいところであるが、このまま進めば永久にメインヒロインになることはない。
強さ的には光輝達よりも多少強い程度。ただやはりノイントの肉体ではない分、全体的な性能では大きくダウンする。その上この先に強化イベントもなさそうなので本当に負けヒロインになる可能性は大。せめてヒーラーとしては最強になって欲しい。

スライム化 仁
仁が大迷宮の魔法によって魔物になった姿。
ありふれ世界にもスライム(バチェラムともいう?)は存在するが、この仁は某RPGで有名なあのフォルムのまま全身ピンクにしたような見た目。
スライムであるため、戦闘能力が低く、言葉を発することもできなければ動きもトロイ……はずだったのだが、元の肉体的スペックが高すぎて魔法を中途半端に弾いた結果、クソ強くて流暢に喋る謎スライムが完成した。
感覚的には、コーヒーキャンディーになったのに喋るし飛ぶし、攻撃もする合体お父さんのようなもの。つまり、原理不明。
仁がその気になれば、気合で最初の魔法陣から発動した魔法を無効化することもできたが、大迷宮ということもあって空気を読んで敢えて受け入れた。これがハジメだったら容赦なく無効化している。

原作との日付ズレ
原作では、フェアベルゲンについてから2日で大樹に向かうはずだったのだが、雫の修行パートを短くとも1週間は欲しかったため樹海の霧が空気を読んで頑張った結果、霧が薄まるタイミングが遅れた。
樹海の霧「褒めて……」ワクワク

雫の修行
当初の予定では、亀仙流の正しい修行をするつもりであったのだが、異常なまでに時間がかかるため仁に少し反則技を使わせて強くなるためのショートカットを用意した。

体内エネルギー操作(新設定)
気(体内エネルギー)を操作できる技能。
当然自分の気を操作することは可能だが、今回雫の修行の際に使用したことで、直接触れた格下の気ならば僅かに操ることが可能と判明。しかし効果はそれほど高くなく、ちょっとしたバフやデバフ用にしか使えない。
ただ誰にでも気の概念を理解させられることを考えれば、実は魔人ブウに吸収される前から大分チートだったのかもしれない。
実は後付け設定
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